No.491485

そらのおとしものショートストーリー5th あの子と海12 この世全ての悪っ子2

水曜定期更新

オレガノさんの巻。
ちなみにある方がああなっている理由はその14で明らかになります。

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2012-10-03 00:09:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1553   閲覧ユーザー数:1488

そらのおとしものショートストーリー5th あの子と海12 この世全ての悪っ子2

 

 

「畜生……っ。どうしてこんなことになっちまったんだ……」

 楽しいものになる筈だった海でのバカンス。

 イカロスやニンフは勿論、日和や鳳凰院月乃なんかも呼んで皆でワイワイやるつもりだった。

 おっぱいボインボインお尻プリンプリンの水着の美少女達に囲まれてうっはうっはのむっひょっひょのひと時を過ごすつもりだった。

 ところがだ。

 それぞれ都合がどうとかで1人欠け2人欠け、海に到着したのは当初の予定より大幅に少なかった。

 たわわに実るおっぱいの量が減ってしまった。

 だが俺に訪れた悲劇はそれだけでは終わらなかったのだ。

 俺達は観光用ヨットに乗って大海原へと繰り出した。ところがいつものお騒がせメンバーがこともあろうに船内で喧嘩を始めた。

 そして危険指数は超1級品である奴らはお約束的な展開として船に大穴を開けてくれた。沈み行く船体。俺は水面へと放り出され……運良く浮いていた丸太に捕まって事なきを得たが、その後気絶してしまった。で、現在……。

 

「こんな無人島に流れ着くなんて俺は漫画の主人公かっての~~っ!!」

 綺麗な淡い青い色をした海に向かって大声で叫ぶ。

 何と俺は漂流してどことも知らない無人島へ流れ着いてしまったのだ。前に1度、会長達に騙されてそはらと2人きりで無人島生活体験もどきをさせられたことはある。が、今回は正真正銘の本物だ。本当に無人島に流れ着いてしまった。

 

「智樹様と2人きり。計画通り。ニヤソ」

 

 無人島でも綺麗な着物姿のオレガノは顔をツヤツヤさせながらぶつぶつ言っている。

 そう、俺と一緒にこの島に辿り着いたのはオレガノだった。

 俺とオレガノは命からがらこの島へと逃げ延びて来たのだった。

 

 

 フラレテル・ビーイングの襲撃はあまりにも突然で、しかも周到だった。

『ハーレム王桜井智樹っ! 命はもらったぁ~~っ!!』

 そしてその言い分はあまりにも一方的で言い掛かりとかそれより酷いものだった。

 俺達がクルージングを楽しんでいた船はあっという間に戦場になった。

 そして──

『桜井く~~~んっ!!』

『日和~~っ!!』

 追い回されていた俺は救難用ボートに乗り遅れ1人沈みゆく船体に取り残された。

 絶体絶命の危機。その時だった。

『智樹様。この丸太に乗って逃げましょう。私の飛行能力は補助用なので遠くへは飛べません』

 背中の羽を揺らして船上に戻ってきたのはオレガノだった。

 オレガノは右手に太い丸太を抱えていた。

『元々はコンブの頭を殴る為の鈍器ですが脱出用にも使える筈です』

『よしっ。早速、脱出だ』

 丸太を海の中に投げ入れる。それからオレガノをお姫抱っこして丸太の上に飛び乗る。

『脱衣(トランザム)っ!!』

 そして脱衣モードとなって丸太を押して沈没に巻き込まれないように大海原へと漕ぎ出したのだった。

 

 

「すまんなあ、オレガノ。お前まで漂流に巻き込んでしまって」

「いえ。お気になさらずに。……計画通りですので」

 オレガノは砂浜をほうきで清掃しながら何でもないと言ってくれる。

 本当に良い子だなあ。

「けど、何であんな洋上でフラレテル・ビーイングが現れたんだろうな」

 あの襲撃はあまりにも計算され尽くしていた。あんなモテない嫉妬だらけの連中に潜水艦まで動員したあんな精巧な襲撃計画が立てられるだろうか?

「誰かが手引きしたのかも知れませんね」

「そうだな。義経が俺を殺そうとアイツらを煽ったのかもな」

「……バカどもを動員して智樹様と2人きりになりコンブを暗殺する良い機会だったのですが、目的を半分しか達することができませんでした。チッ」

 オレガノは小さく溜め息を吐いた。

 せっかくの楽しいクルージングが台無しになってしまったのだからその気持ちは分かる。

「それで智樹様。これからどうしましょうか?」

「どうしようとは?」

「今後の方針に関してです」

「ああ」

 方針と言われて考えることはほとんどない。

「オレガノの羽で長距離飛べない以上、助けが来るまでこの島でサバイバルだな」

 海に飛び出すのは無謀すぎる。

 となればこの島で持久戦に入るしかない。

「分かりました。この島にいる限り私は智樹様にお仕えするメイドとお考えください…………実質的には妻ですがね」

 恭しく頭を下げるオレガノ。

「そんな堅苦しく考えることはないって。気楽に行こうぜ」

「いいえ」

 オレガノは首を横に振った。

「私は美香子お嬢様にどんな時でも礼儀正しくあるように教えられて来ました。その教えを正しいと思った私はこの島でもそれを実践しているまでです」

「ほんとにオレガノは良い子だなあ」

 オレガノの頭を撫でる。

「……順調に好感度が上がっていますね。智樹様ゲットだぜまで必ず持っていってみせますよ。フフフ」

 オレガノは気持ちよさそうに頭を撫でられている。

「俺の周りはバイオレンス漂う女の子ばっかりだからなあ。純粋なオレガノを見ているとホッとするよ」

「……もっともっと私を褒め称えて女の子として意識して下さい。火力しか脳のない空女王、電子戦専用の癖に頭が悪いコンブ、バリヤーぐらいしか用途がないバカトレアなぞ恐るるに足りません」

 オレガノの頭を撫でていると俺の心も温かくてなってくる。

「俺の周りでこんな良い子なのはオレガノと日和ぐらいのもんだよなあ~~♪」

「……やはり私の最大の敵は風音日和様。避けては通れない強敵ですね」

 オレガノは俺を見上げた。

 

「智樹様は風音日和様のことがお好きなのですね」

 オレガノはニヤッと意地悪く笑ってみせた。美香子会長を彷彿とさせる笑み。

「なっ、何を突然言っているんだよ。おっ、俺は、日和のこと……」

 日和の笑顔が脳裏に思い浮かぶ。

 そしてかつて彼女が俺に告白してくれた時の場面が。

 オレガノに対して何も返答出来ない。

「これは出過ぎたことを聞いてしまいました。智樹様が誰を妻に娶られようと私は貴方に従ってお仕えするまでです」

「けっ、結婚っておまえな!?」

 好きという指摘だけでも驚かされるのに、結婚という単語まで使われるなんて。俺の頭は絶賛大パニック中だ。

『桜…智樹くん。幸せになろうね』

 真っ白いウェディング・ドレス姿で微笑んでくる日和。

 その威力はマジパネェ。

「……この無人島生活を出来る限り長引かせて好感度を逆転させるしかないようですね。チッ、つべこべ言わずに着物姿の無防備美少女を押し倒してモノにするぐらいの気概を持ちやがれっての」

 オレガノは何かを小さく呟くと大きく溜め息を吐いた。

「私としたことがまた出過ぎた真似をしてしまいました」

「今のはちょっと会長に似ていたぞ」

 この世全ての悪、五月田根美香子会長を髣髴とさせるいじめ方だった。

「最上級のお褒めの言葉、ありがとうございます」

 オレガノは嬉しそうに、そして恭しく頭を下げた。

 

「言っとくけど、今のは全然誉めてないからな」

「何をおっしゃいますか。美香子お嬢さまに似ている。それ以上の誉め言葉がこの世界に存在すると?」

 オレガノは凄く素の表情で聞き直した。本気の顔だ。本気で会長に似ていることを誉め言葉として受け取っている。

「ちょっと待てよ! 会長はこの世全ての悪なんだぞ。この世全てを軽い気持ちで闇に沈めようとする人なんだぞ」

「人間には夜の闇が必要なのです」

「会長に世界を委ねたらこの世界には一欠けらの光も差し込まなくなるんだぞ」

「闇の中でこそ一筋の光により強い価値を見出せるのです。人間とは光を求めて懸命になるべき存在であると」

 語るオレガノに一切の揺れはない。心からの言葉であることが分かる。

「確かにオレガノの言う通りに人は懸命に生きるべきだと思う。けれど、会長は悪を、闇をわざわざ作ろうとする存在だぞ」

「智樹様。私達エンジェロイドには人間の言う善悪という概念が元々希薄なのです」

「そういや人間の価値判断がよく分からないってイカロスやニンフはよく言ってたな」

 イカロスが俺のムフフ悪戯を嫌な顔もせずに手伝ってくれるのもイカロス自身があまり善悪の判断をしないことによる部分が大きい。

「エンジェロイドが善悪を含めた価値判断力を養うようになったのは地上に降りてから、特に智樹様の影響が大きいのですよ」

「そういや、そうかもな」

 最初は人形みたいだったイカロスが多様な感情を抱くようになったのは地上に降りてきてからで間違いない。

 ニンフが俺の計画をよく邪魔するのは、俺のスケベ心を悪しきものと思うようになったから。出会ったばかりの頃は俺のムフフ計画に反対しなかったのと比べると現在は明らかな嫌悪感を示している。

 アストレアは前から何ていうかしっかりした奴だった。自分で考えて自分で決める。バカだけどそれをよく実践している。最近は特に。バカだけど。

「私の場合、影響を与えたのは美香子お嬢さまです。美香子お嬢さまの見る世界に私は心奪われました」

 オレガノは楽しげに語っている。

 オレガノが楽しそうなのは結構なのだけど、その内容はヤバ過ぎる。

「確かにお嬢さまが良いと思うものは他の方の善悪とはまるで異なる基準を持っています。お嬢さまが好むものを人は悪と呼ぶでしょう。その意味でお嬢さまの存在は歪んでいると言い換えることも出来ます」

 淡々と話すオレガノに何か言いようのない恐怖を感じる。

「お嬢さまの志向する善行とは即ち人々にとっては悪。そして大変優秀な力を持つお嬢さまは全世界に自身の影響力を行使することが出来ます」

「なら、会長には大人しくしてもらうしかないな。会長は空美町より外に目を向けちゃいけない」

「ですが広大なお嬢さまの御心はこの地球上全てに善が施されることを望んでいるのです」

「そんなこと、俺が絶対に阻止してやるっ!」

 知り合いになってしまったのも何かの縁。会長の悪しき野望は俺が阻止してやる。

「智樹様は美香子お嬢さまの善行を止める、のですね」

「ああ。会長を思う通りになんか絶対にさせない」

「そこ、に私は疑問を感じているのです。いえ、私が美香子様に惹かれている理由はそこにあるのかも知れません」

「どういうことだ?」

 オレガノは真っ青な海を指差した。

「智樹様はこの青い海を綺麗だとは感じますか?」

「ああ、感じるぞ。観光旅行のポスターでも青い海ってのは誉め言葉の典型例だからな」

「そうでしょうね」

 オレガノは頷いてみせた。

「では今目の前に広がるのが光差さない真っ暗な夜の海だったら?」

「怖い、だろうな」

 周囲が何も見えない状況で一面にどこまでも深い水ばかり広がっていたら。それはどうしようもなく死を連想させる空間へと変わってしまう。

「でしょうね。観光ポスターで釣り企画でもないのに夜の海を写したりはしないでしょう」

 オレガノはもう1度頷いてみた。

「ですが光の当たり方が違うだけで2つは同じものです」

「いや、それはそうなんだけどさ……」

「そして美香子お嬢さまは2つが同じものであることを知りながら夜の海を好む方です」

「………………っ」

 ゾクッとするものが背中を通り抜けた。。

「果たして美香子お嬢さまは許されざる悪なのでしょうか?」

 両拳を握り締める。

「感性が違うだけなら構わねえよ。けどさ……会長は進んで世界を夜の海だけに変えようと行動する人間だろ? 行動に移すようなら……ダメだ」

「イカロス様達エンジェロイド達には何物にも縛られず自由に生きろと説き、美香子お嬢さまには他人を気にして窮屈に生きろとおっしゃるのですか? それはあまりに矛盾しているのでは?」

「…………矛盾があろうが、美香子会長を好きにはさせない」

 痛い所を突かれた。でも、会長に世界を滅ぼさせはしない。

「美香子お嬢さまはとても綺麗な御心の持ち主であるのに分かって頂けず残念です」

「力になってやれずにすまないな」

 真っ青な海を見ながら返事する。

 財政難と面倒ごとに巻き込まれたくない一心でオレガノを会長の所に預けてしまったが、あれは間違いだったかも知れない。いや、間違いだと決め付けることも出来ないのだが。

「はあ~」

 大きく溜め息を吐く。

 俺はこの島にいる間はこれ以上美香子会長の話をしないように心に決めた。

 

 

 

 無人島で漂流生活を始めてから1ヶ月が過ぎた。

 水も食料も豊富なこの島では生活に困ることはそうない。快適な漂着ライフを満喫していた。

 けれど、その影は徐々にだが確実に忍び寄って来ていた。

「オレガノ~。今日も大漁だったぞぉ~」

 昼、海中での漁を終えた俺は砂浜へと戻ってきた。

 けれど、いつもならほうきを掃きながら出迎えてくれるオレガノが現れない。

「オレガノ?」

 不審に思った俺は内陸部の樹の上に立てた家の方面へと向かって歩く。

 そして家のすぐ近くの草地の地面にオレガノが倒れているのを発見した。

「オレガノ~~っ!?」

 慌てて駆け寄ってオレガノを抱き上げる。

「…………と、智樹、様?」

 オレガノはうっすらと目を開いた。

「どうした? 一体何があったんだ? まさか森の化け物や毒蛇にやられたのか?」

「いえ。夏の太陽の日差しにやられて少し立ち眩みを起こしただけですのでご心配には及びません」

「ご心配には及びませんって、気絶していたじゃないか」

 エンジェロイドが気絶するという事態は人間よりも深刻だった筈。

「私は医療用エンジェロイドなので、戦闘用に比べてちょっとしたことでもスリープ、再起動を果たすように出来ているのですよ。だから心配なさらないで下さい」

「けど、今だって立ち上がれないじゃないか」

 オレガノの体には力が入っているようには見えない。俺に膝枕されているままだ。

「後しばらく智樹様の膝枕を堪能すれば愛の力で立ち上がれるようになります。それまでこのままの姿勢でいてくれると私は幸せです」

 オレガノは俺の腿に頬を当ててスリスリした。

 けれどその動作にわざとらしさを感じた俺の不安が取り除かれることはなかった。

 何かとても嫌な予感が俺を支配した。

 その日からは俺は木の下にもう1つ家を建ててそちらで暮らすようにした。

 オレガノが梯子を上り下りしないで済むように。

 

 

 漂流生活開始から2ヶ月が過ぎた。

 俺達の生活に変化はない。

 けれど、オレガノが体調を崩す機会は段々と増えて来ている。

気絶という事態はないものの体調を悪そうにしている時は多い。

「私は医療用エンジェロイドです。自分の体調ぐらい自分が一番よく知っています。私は心配要りません」

 オレガノの体調のことを尋ねる度に同じ答えが返って来る。

 俺じゃあエンジェロイドの体調のことは何も分からない。当惑だけしている。

 ニンフに聞かないといかないのだろうけど、連絡手段はない。

 島を脱出しようにもここがどこかも分からず、長期間の航海にオレガノが耐えられるかも分からない。

 俺から打てる手は何もない。

「早く俺たちを見つけてくれよ。イカロス、日和……っ」

 焦る。けれど何も出来ることがないのは本当にもどかしいことだった。

 楽しい筈のワイルドライフは、文明がないことへの苛立ちによって塗り潰され始めていた。

 

 

 漂流生活が始まってから3ヶ月が経過した。

「いつも苦労ばかり掛けてしまい申し訳ありません」

「このくらい何でもねえよ」

 床に臥せっているオレガノの額のタオルを取り替える。元は俺のパーカーだったものだが今は頭を冷やすタオルとして生まれ変わっている。

「ですが、私は智樹様の生活を快適にするメイドとなることを誓った身。なのにこの体たらくは申し訳なく……」

「体調が悪いんだから仕方ないさ」

 オレガノは最近ほとんど毎日のように臥せって起き上がれなくなっていた。体調の悪化は目に見えている。けれど、俺にはどうすれば良いのか分からない。

「せめて……オレガノの体調不良の原因が分かればなあ」

 大きな溜め息が漏れ出る。

 オレガノは今まで体調不良の原因を喋ったことがない。

 何故かは分からないが俺にその原因を隠している。

 それがとても悔しくて、悲しかった。

「私が体調を崩している理由は……必須栄養素が不足しているからです」

 今まで体調不良の原因を語ったことがなかったオレガノが遂に口を開いた。

 何故今になってとは思うけれど、とにかくオレガノが喋る気になってくれた。

「必須栄養素って、たんぱく質とか脂肪とかってあれか?」

「同じようなものですね。もっとも、私の場合は必要な栄養素が人間とも他のエンジェロイドとも異なるのですが」

 オレガノは床に臥せたまま唇の端だけを曲げてシニカルな笑みを浮かべた。

「それで何なんだ。オレガノに必要な栄養素って?」

「それは…………邪悪分です」

「じゃあくぶん?」

 聞いたことがない成分だった。

「この世全ての悪である美香子お嬢さまは人間ではあり得ない程の邪悪エナジーを常に放出しています。お嬢さまの側に仕え、私はそのエナジーを浴び続けました」

「どう考えても体に悪そうにしか思えないんだが」

「普通の人間ならそうでしょう。長い間浴び続ければ廃人、最悪の場合は死に至ります。ですが……」

 オレガノはよろよろと上半身を起こした。

「おっ、おい。起き上がっちゃ……」

 オレガノの肩に触れる。

「もう大丈夫ですから」

 オレガノはゆっくりと首を横に振る。

「美香子お嬢さまの邪悪エナジーは私の体と相性が良く、私の活動力の源になりました。医療用エンジェロイドの私がコンブ相手に大暴れ出来るようになったのも、邪悪エナジーに含まれる邪悪分を体内に蓄積した結果です」

「そ、そうなのか……」

 何と反応すれば良いのか分からない。

「邪悪分は私に活力を与えてくれる大切な要素でした。ですがいつしか私は邪悪分なしに活動できない体になってしまっていたのです」

 ヤバい薬に手を出した患者みたいだと思ったが口には出せない。

「美香子お嬢さまが近くにいる時は私の体には何の異変も生じません。極悪と呼ばれるような方がいる時もしかりです」

「五月田根家はヤの付く商売だから邪悪エナジー源には事欠かないだろうな」

 以前五月田根家で殺され掛けたあの時のことを思い出す。

「ですが、この島には私達2人しかおりません。美香子お嬢さまの行動に異を唱える智樹様からは十分な量の邪悪エナジーが吸収できません」

「でも俺、学校じゃ結構な悪がきとして知られ渡っているんだけどなあ」

「智樹様が女子生徒を相手に破廉恥なことを企み実行している時に放たれている邪悪エナジーならば私の体調も回復するのですが」

「そういうことは早く言えよっ!」

 立ち上がる。俺がエロいことを実行しようとすればオレガノが回復するなんて簡単な条件だったなんて。知っていればもっと早くオレガノの体調を良くできたのに。

「それで智樹様はどなたを相手に破廉恥なことをするつもりなのですか?」

「えっ?」

 オレガノに言われて動きが止まる。

「この島には智樹様と私しかおりません」

「だったら、オレガノを相手に……」

 寝ているオレガノへと視線を向ける。

「智樹様は体調不良で臥せっている少女を相手に喜び勇んで破廉恥な行為が出来るのですか?」

「そ、それは……」

 寝ているオレガノを見ていると助けたいという思いは強く沸くが、エロいことをしたいという気持ちは少しも沸いてでない。

「心からエロを楽しもうとしない限り十分な量の邪悪エナジーは発生しません。ですが智樹様は今の私に下劣な欲望を向けることが出来ないでしょう。智樹様は優し過ぎるのです」

「オレガノの……言う通りだ」

 オレガノの体に触るとか頬を撫でるとかそういう悪戯は出来るかも知れない。でも俺はその行為を楽しんでは出来ない。心の中で懺悔しながら行うことになるだろう。そしてエロに情熱を燃やせない以上邪悪な波動は生じない。それじゃあ意味がない。

「だから原因をお話ししても智樹様を苦しめることになると思って黙っていたのです」

「お前の命が掛かっているっていうのにそんな気遣いは要らなかったのに。畜生っ!」

 泣きたいのをグッと我慢する。

 今本当に辛いのは俺じゃない。オレガノなんだ。

 そして急激に不安に襲われる。

「じゃあ、何で今になって喋ったんだ?」

 喉がカラカラに渇く。

「智樹様のご想像の通りです」

 心臓が、うるさい。

「私の命はもう尽きようとしています」

 ドクンドクンうるさ過ぎる。

「智樹様も私の死因が何であるのかぐらい知っていないと納得出来ず悔しいだろうと思いまして」

 それを聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 

「そんな悲しいことばかり言ってんじゃねえよっ!」

 オレガノを抱きしめながら叫ぶ。

「俺は……オレガノが生き延びる方法しか考えたくないんだよ」

 涙が、止まらない。

「ですが、智樹様がこんなに優しい方である以上、それは無理というものです」

 死を目前にしている筈なのにオレガノの声は淡々としていた。

「そんなつれないことを言うな」

 俺はこんなにも動揺していると言うのに。

「なら、最期に1つ我がままを聞いて下さいますか」

「最期とか言うな」

 オレガノの言葉1つ1つに心が引き裂かれそうになる。

「で、我がままってのは何だ?」

 

「今、この一瞬だけで良いので……私を智樹様の妻にして頂けませんか?」

 

 心臓がまたバクンと大きな音を奏でた。

「私が亡くなるまでのほんの一瞬で良いのです。私を智樹様のお嫁さんにして下さい」

 オレガノの言葉に混乱が深まる。

「智樹様のお返事をお聞かせ下さい」

 唐突な求婚。

 オレガノの現在の状態を考えれば、例え同情から来る気持ちであってもプロポーズを受けるべきだろう。だけど……。

「日和さまのこと、ですね」

「…………っ!!!」

 オレガノには言わずとも俺の戸惑いの理由がバレていた。

「智樹様の正直なお気持ちをお聞かせ下さい。そうでなければ安心して逝けません」

 オレガノが俺の手を握って来た。

 その手にはもうほとんど力が篭っていない。

 オレガノの命は後僅か。

 俺は、俺は……。

 

(約束された勝利の出番 発動)

 

「ごめん、オレガノ。俺やっぱり、結婚の申し込みだけは受けられないよ」

 顔を背けながらオレガノにプロポーズの返答をする。

 酷いことを言っているのは分かる。

 自分が憎くて仕方ない。

 でも、俺は、俺は……。

「俺は……日和が好きなんだ。だから、オレガノと結婚することは出来ない」

 どんなに酷いことをしても好きな子を裏切ることは出来ない。

 それが、俺の出した結論だった。

「ごめん。本当に……ごめん」

 幾ら謝っても済まない。それぐらい酷いことをオレガノに俺はしている。

 会長ではなく俺こそがこの世全ての悪なのだと実感せざるを得ないぐらいに。

「智樹様の素直なお気持ちが聞けて胸のつかえが取れました」

 オレガノは俺の頭を優しく撫でた。

「智樹様を託せる女性がいることを知って私は安心して旅立てます」

 オレガノの手の動きはどこまでも優しい。

「それでは智樹様のことをよろしくお願いしますね、日和さま」

「へっ? 日和?」

 慌てて後ろを振り向く。

 そこには今にも泣きそうな瞳で俺とオレガノを見詰めている日和が立っていた。

「その、立ち聞きする気はなかったのですが……中に入っていける雰囲気でもなかったので」

 日和は顔を俯かせて頭を下げた。

 オレガノの容態のこと、プロポーズのことを聞かれたらしい。

「それは別に構いません。ですが、私の命が尽きる前に……日和さんのお考えを聞かせてもらいたいと思います」

 オレガノは再び会長のような意地悪な笑みを浮かべた。

 それはとても弱弱しい笑みだったが、それでも彼女がこの地上に来て得た大切な笑みだった。

「わっ、私は……っ」

 日和は顔を真っ赤にしながら俺を見た。

 それから戸惑いながらオレガノを見た。

 そしてしばらく目を瞑った後、覚悟を決めたように大声を張り上げた。

「私は、私も桜……智樹くんのことが好きです。智樹くんの、お嫁さんにして下さいっ!」

 それは何と言うかやけっぱちな声だった。

 でも、その内容はすげぇ嬉しいもんで。

「ひっ、ひよ……」

「これで、安心して逝けます」

 日和に抱きつこうとした所でオレガノの悲し過ぎる一言。

「オレガノ……死んじゃダメだぁ~~っ!」

 

「うふふふふふ~。そうよ~~。こんな所でオレガノちゃんに死んでもらっては会長が困ってしまうわ~」

 反転してオレガノに抱きつこうとした所で俺の体の動きは止まった。

「会、長……?」

 日和の後ろか出て来たのは五月田根美香子会長だった。

「どうして会長がここに?」

「風音さんが桜井くん達の居場所を突き止めたっていうから~連れて来てもらったのよ~」

 のほほんと述べる会長。

 でもそれはとても情に厚い行為で、この世全ての悪らしからぬ思いやりに溢れた行為。

「桜井くんを3ヶ月も苛めてなかったから会長鬱憤が溜まっちゃって~2人が空美町に戻るまで待ちきれなかったのよ~。うふふふふ」

「やっぱり会長はこの世全ての悪っすね」

 空美町に戻るまで果たして俺は生き延びることが出来るだろうか?

「あっ! 体が、動きます。手が軽やかに…動きます」

 オレガノが自分の手をマジマジと見ながら驚きの声を上げた。

「そうか。会長がここに現れたことで邪悪エナジーを存分に浴びて邪悪分が補給されたのか!」

 オレガノは恐る恐る立ち上がってみる。

 その足つきはまだおぼつかないが、俺の支えなしで彼女は1人で立っていた。

「動く。体が動きます。私のいうことを聞きます。本当にありがとうございます、美香子お嬢さま」

 オレガノは半泣きしながら会長に礼を述べた。

「オレガノちゃんは大事な大事な会長のお友達ですもの~。助けるのは当然のことよ~」

 己の発する邪悪エナジーによってオレガノを救った会長も何だか誇らしげだった。

「ほんのついさっきまでどうなることかと驚いたけど、これで一件落着だな」

 オレガノの命の危機も去ったようだし、助けも来てくれて漂流生活も終わりを迎えてめでたしめでたしだな。

 

「会長は~桜井くんをいじめる為にこの島に来たんだから~オレガノちゃん。何かかっこうのネタはないかしら~?」

「ちょっと待て~~っ!? せっかく良い話で終わらせようとしていた所で何でそんな危険な道を突き進もうとするんだ~っ!?」

「だって会長は~この世全ての悪ですもの~うふふふふふ」

 会長の邪悪な笑み。

 その笑みにオレガノが伝染してしまった。

「実は私、先ほど智樹様にプロポーズされまして」

「ちょっと待て!?」

「へぇ~それで~?」

 オレガノを止めようとする俺は会長に羽交い絞めされて動けない。

「私が体調不良で反応できないのを良いことに了承と勝手に解釈し、あまつさえ体を狙って来たのです。お嬢さま達の到着が後1分遅ければ……私の純潔は奪われていました」

「桜井くんったら~鬼畜ね~♪」

「嘘を言うな! 嘘をっ!」

「ですが、智樹様が私に抱きついていたのは紛れもない事実ではないですか。あの時の熱い抱擁の感触、今でもはっきりと覚えています」

 オレガノが嘘と真実を混ぜてえげつない攻撃を仕掛けて来る。

「智樹くん……私のことを好きって言ったのに早速浮気ですか?」

「日和までかよ~~っ!」

 日和はクスクスと楽しげに笑っている。

「あらあら~。これで桜井くんの味方は誰もいなくなり~オレガノちゃんを悲しませた罪のお仕置きは決まりね~」

 会長は実に楽しそうに笑っている。

「智樹くん。私と結婚する前に女の子を泣かせて来た罰はちゃんと受けて清算して下さいね~♪」

「日和は、会長の恐ろしさがまだ分かってないんだよ……」

 俺は生きて空美町に帰れるかも分からない。

 それが五月田根美香子会長という少女がこの世全ての悪と呼ばれる由縁なのだ。

「俺今回は……そんなに悪いことはしてないと思うんだけどなあ」

 大きく溜め息を吐きながら諦めの表情で空を見上げる。

 

 1行の描写もないのにやっぱり大空に笑顔でキメているアストレアが優しく俺たちを見守ってくれていた。

 

 

 了

 

 

 

 


 
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