真っ青な空を仰いで、僕は溜息を付いた。
首を戻せばいつもと同じ登校中の光景。コンクリートの地面を踏み、ビルやマンションが立ち並ぶ都会を進み、学校近くに繋がる地下鉄へ向かう。
先程見上げた空はとても広く、ゆっくりと雲が動いているのにもかかわらず、そのすぐ下。つまり今僕らが暮らす地上はとても狭く、人々が慌しく速く動いている。まるで何かに追われているようだ。
「僕もそこに行きたいよ」
「そこって、何処?」
空をもう一度見上げ、ぽつりと呟く。
それは独り言で返事するものなど一人もいないはずなのに、後ろから僕に向けてへの問いが聞こえた。
それに驚き、ぱっと首だけ後ろを向くと、見慣れた顔が一つ。
「お前、驚きすぎ」
去年から同じクラスの親友に近い友人。
彼はとても驚いた僕に驚き、いつもと同じ少し掠れた、けれども良く通る声で言うと、軽く笑った。
彼とはたまに車内で会う。学校が同じだから良くあることだ。しかし、電車までの道程で会ったのは今思えば初めてで、どういった会話をすればいいのか分からない。
僕が黙っていると、彼から話しかけてきた。
「何か、悩み事?」
「まぁね」
愛想良く訪ねてきた彼に僕は愛想無く言葉を返す。周りは速く動いているのに、立ち止まっている僕らはどこか浮いている感じがして、取り残されてしまいそうな気持ちになって、僕は、歩こう。と彼に提案した。
彼は返事はせずに歩き出した。それに僕は遅れを取らないように歩く。
「言った方が楽かもしんねぇよ?」
遠まわしで、『話せ』という言葉。
僕がこのことを話し出さなければ、ずっと黙ったままで学校に着いてしまう気がして、僕は話すことにした。別にそんな大層なことでもないけど。そんな出だしの話。
「何かさ、色々と速い気がしてさ」
「うん」
「都会だからってことかもだけど、空はあんなにもゆっくりなのに僕ら人間達は速く動いて」
「うん」
僕の話に彼は相槌を打つ。
適当なものではなく、ちゃんと打つときに打っているので僕の話を聞いていると分かる。
動機が好奇心だとしても、それは話し手にとっては嬉しいことに変わりない。
「てかさ、何でそんなに焦ってるわけ?そこまで慌てなくてもいいと僕は思う」
「そだな」
「そんなに速くせかせか動いて、得られる利益を僕は知りたい。そんだけ」
僕は話を終え、彼のほうをちらりと横目で見ると、難しそうな顔で何か考えている。
しかし、僕の視線に気が付くと、僕と目を合わせ、にこりと笑い、こう言った。「同意」
「ひかりの、はやさ」
「光速?」
ぽつりと呟いた彼の言葉に僕は尋ねる。
すると、彼は当たりと言い、空を見上げた。僕も同じように空を見上げる。
彼の歩調はいつも速くない。まるでこの空のようにゆっくりとした足取りだ。
それは彼のマイペースな性格を表しているのかもしれない。
「人はさ、速い」
先程の僕の意見を彼は言った。
先程の彼と同じように僕は、うん。相槌を打つ。
すると、彼はめちゃくちゃな。と、微妙な付け足しをし、言葉を続けた。
「一番速い光速よりも速い」
比喩にしては少し飛びすぎだ。しかし、彼はいたって真面目。
ゆっくりとした足取りを、もっとゆっくりにした。また僕は人々に取り残されそうになり、彼を急かそうとした。
「別に、取り残されたって良いんじゃね?」
しかし、彼はぼくの心を読んだかのような言葉を言う。
彼はにこりとも笑わず空を見上げた。もうその足は止まっていた。
つられて僕も足を止め、空をまた見上げる。日光が眩しすぎて目がちかちかする。
僕と彼は目を細めながらも僕は空を見る。
「毎日毎日、いっつもいつも、光みてぇに速くしてると、すぐに老けて死ぬ。
どんだけ頑張っても死ぬんなら同じだ」
「ふぅん。で?」
彼の言いたいことの真意が全く分からなくて、僕は彼に愛想無い尋ね方をする。
僕と彼の横を通り過ぎて行く人々は、とても速い。まるで光。
「そんなんなら、ゆっくり生きようぜ。ってことじゃね?」
「何で疑問系なんだよ」
そう僕が突っ込むと、彼は先程と同じように歩き出した。
まぁこんなことを言い合っていたって仕方が無い。僕は溜息を付くと、歩き出した。
どうせもっと大きくなれば、僕だって彼だって、慌しくこの都会を速く動く人々の一員になるのだから。
ならば、その光速のような日々が僕の元へ訪れるまで、ゆっくりとヒト本来のスピードで生きることにしよう。
end.
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光の如く過ぎていく日々。
都会に生きる少年のある朝の風景です。