【花火】 サンプル
少し日が短くなってきたような気がする。
ミンミンとやかましかった蝉が、ツクツク、カナカナと変わっていた。もう数週間すれば、それも聞こえなくなるのだろう。
──今年の夏も、もう終わりか。
夏休みの最後に、帝人は、久々に実家に戻っていた。これといって用事は無い。強いて言うならば、盆にも帰らなかったことを親にチクチク言われるのに耐えかねた、というくらいだろうか。少しだけ顔を見せて帰るつもりで、帝人はこの町に帰ってきていた。
帝人には、実家でくつろいでいる暇は無いのだ。
こうして実家の周りを散歩している間にも、池袋という街は、ぐるぐると動いているのだから。
何をしていても、ダラーズのことが頭から離れない。昔この町にいた頃は、そんなことなかったのに。
ついついチャットや掲示板にアクセスしそうになるので、携帯は電源を切ってバッグに入れて家に置いてきた。今日だけは、青葉の言葉に甘えてみようと決めていたのだ。
『帝人先輩は気を張りすぎなんです。一日ぐらい、ダラーズも何も忘れて、のんびりしてきてください。一日ぐらいなら、俺がなんとかしますから』という言葉を。
遠くから、夕焼け小焼けのメロディが聞こえてきた。
五時の音楽。これを聞いたら急いで家に帰っていた小学生時代を思い出す。
小学生時代。
正臣が、この小さな町を縦横無尽に走っていた頃。
それを帝人が、どこか眩しい気持ちで見つめていた頃。
懐かしい思いに浸りつつ、そろそろ家に戻って帰り支度でもしようか、と歩みを止めた帝人の横を、浴衣を着た女の子が二人、はしゃぎながら駆け抜けていった。
「早く!早くしないと花火始まっちゃうよ!」
「花火、八時からじゃん!まだ時間あるのにー」
花火?
そのとき、はっと帝人の脳裏に蘇るものがあった。
この町の夏の終わりといえば、小さいながらちょっとした伝統となっている、花火大会。会場となる河原には、出店もいくつか出る。
小学生の頃は、毎年それが楽しみで仕方なかったはずなのに。
いつの間に、忘れてしまったのだろう。
すっかり忘れていたイベントとはいえ、たまたまその日に地元に戻ったのには、どこか運命のようなものを感じざるを得なくて。
──やっぱり、花火まで見て帰ろう。
一旦家に戻り、しばらく時間を潰して、八時少し前に河原に向かった。
やはり今も、地元では名物なのだろう。河原は人でにぎわっていた。
その人ごみから少し離れた木の影に、帝人は腰を下ろした。
ここは、帝人のお気に入りの場所。
正臣に教えてもらった、人が少ないのに花火がよく見える、特等席。
正臣が引っ越す一週間前にも、二人で花火を見た場所。
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コミシ福岡30で出した小説です。お陰様で完売しました。◆動画作りました⇒http://www.nicovideo.jp/watch/sm18834117