No.478641 ソードアート・オンライン―大太刀の十字騎士―ユウさん 2012-09-01 23:01:40 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:1795 閲覧ユーザー数:1667 |
幸いというべきか、帰り道ではほとんどモンスターと出くわすことはなく、すぐに麓に到着した。
だけど、索敵スキルで隠れてるんは分かってるから、油断は出来ない。
小川にかかる橋の向こう、道の両脇に繁る木立に目的の人物が隠れていることを。
その橋を渡ろうとする、シリカちゃんの肩に手を掛ける。
そして低い声で言う。
「――そこで待ち伏せている人、出てきなよ」
「え…………!?」
私が言うと、シリカちゃんは慌てて木立に目を凝らしている。
数秒後、がさりと木の葉が動き、プレイヤーを示すカーソルが表示される。
橋の向こうに現れたのは――昨日会った女性プレイヤー。
真っ赤な髪、赤い唇、エナメル状に輝く黒いレーザーアーマーを装備しており、片手には細い十字槍を携えている。
「ろ……ロザリアさん……!?なんでこんなところに……!?」
ロザリアと呼ばれた女性プレイヤー(昨日も聞いた気がするが、覚えなくてもいい名前は覚えない主義なんで)はシリカちゃんの問いには答えず、唇を片側に吊り上げ笑った。
「アタシのハンティングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、侍さん。あなどってたかしら?」
侍ねぇ。
刀使うとこ見られてたのかなぁ。
と、そこでようやく、ロザリアはシリカちゃんに視線を移す。
「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」
その言葉を聞いたシリカちゃんは数歩後ずさった。
そして、ロザリアが続けた言葉に、シリカちゃんは絶句した。
「じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」
「……!?な……何を言ってるの……」
そこで、私が進み出て、口を開く。
「そうは行かないよ、ロザリアさん。いや――犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言ったほうがいいですかねぇ」
私が言うと、ロザリアの眉がぴくりと跳ね上がり、唇から笑いが消えた。
SAO内で、盗みや傷害、または殺人といったシステム上の犯罪を行ったプレイヤーは、緑色のカーソルからオレンジへと変化する。
それゆえ、犯罪者をオレンジプレイヤー、その集団をオレンジギルドと呼ぶ。
しかし、目の前のロザリアのカーソルは緑。
まあ、色が変わるような事は、他のにやらせてるからなんだけどね。
それを知らないシリカちゃんは、私を見上げ、掠れた声で問い質してくる。
「え……でも……だって……ロザリアさんは、グリーン……」
「オレンジギルドって言っても、みんながみんな犯罪者カラーじゃない場合も多いんだ。グリーンのメンバーが街で獲物をみつくろって、パーティーに紛れ込み、待ち伏せてポイントに誘導する。昨日の夜私たちの話を盗聴していたのもあいつの仲間だよ」
「そ……そんな……」
シリカちゃんが愕然としながらロザリアの顔を見やり、言った。
「じゃ……じゃあ、この二週間、一緒のパーティーにいたのは……」
シリカちゃんの問いに、ロザリアは再び毒々し笑みを浮かべ、言った。
「そうよォ。あのパーティーの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が貯まって、おいしくなるのを待ってたの。本当なら今日にもヤっちゃう予定だったんだけどー」
ロザリアは、シリカちゃんの顔を見つめながら、ちろりと舌で唇を舐める。
ほんと、行動がいちいち気持ち悪いな、この人。
「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテム取りに行くって言うじゃない。《プネウマの花》って今が旬だから、とってもいい相場なのよね。やっぱり情報収集は大事よねー」
そこで言葉を切り、私に視線を向けて肩をすくめた。
「でもそこの侍サン、そこまで解ってながらノコノコその子に付き合うなんて、馬鹿?それとも本当にそっちの趣味?」
後者はあながち、間違いではない。
だって、元男だ、女に恋してもおかしくはない。
そんなこと考えてると、シリカちゃんが短剣を抜こうとするので、肩をぐっと掴み、止める。
「いや、どっちでもないよ」
後者はありえるけど、実際の用事は違うからね。
「私もあなたを探してたんだよ、ロザリアさん」
「――どういうことかしら?」
「あなた、十日前に、三十八層で《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったでしょ。メンバー四人が殺されて、リーダーだけが脱出したやつ」
「……ああ、あの貧乏な連中ね」
眉をひと筋も動かすことなく、ロザリアが頷く。
「リーダーだった男の人はね、毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で泣きながら仇討ちをしてくれる人を探してたんだよ」
私は言葉に少し殺気を込める。
少しと言っても、普通の人なら下手すれば吐くレベルだ。
そのせいで、シリカちゃんが泣きそうになる。
なので、頭を撫でてあげながら続ける。
「でもその男の人はね、依頼を引き受けた私たちに向かって、あなたたちを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれ、そう言ったんだよ。――あなたに、あの人の気持ちが解りますか?」
「解らないわよ」
面倒そうにロザリアは答えた。
まあ、命の価値すら分からない奴に、理解できるわけないよな。
「何よ、マジんなっちゃって、馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠ないし。そんなんで、現実に戻った時罪になるわけないわよ。だいたい戻れるかどうかも解んないのにさ、正義とか法律とか、笑っちゃうわよね。アタシはそういう奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈持ち込む奴がね」
私はこの人が嫌いだ。
人の命を軽く思ってる。そんな人大っ嫌い。
ぶっちゃけ、殺してやりたい。
でも、クライアントの依頼内容には殺せとはなかった。
殺してはいけない、そう心の中で呟きながら踏みとどまる。
「で、あんた、その死に損ないの言うこと真に受けて、アタシらを探してたわけだ。ヒマな人だねー。ま、あんたの撒いた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど……でもさぁ、たった二人でどうにかなるとでも思ってんの……?」
ロザリアは唇にきゅっと嗜虐的な笑みを浮かべ、掲げた右手の指先を、二度素早く宙を扇いだ。
すると、向こう岸へ伸びる道の両脇の木立が激しく揺れて、次々と人影が現れる。
そのカーソルは、一つを除いてオレンジだった。
その数は十。
それくらいなら楽勝だな。
ちなみに、一人だけグリーンのプレイヤーは昨日盗聴していたプレイヤーだろう。
その他のプレイヤーは、皆派手な格好の男性プレイヤーだった。
その男性プレイヤーたちは、にやにや笑いながら、私たちの体に粘つくような視線を向けている。
シリカちゃんは私のコートの陰に姿を隠し、小声で囁きかける。
「ひ、ヒナさん……人数が多すぎます、脱出しないと……!」
「だいじょうぶだよ。私が逃げて、って言うまでは、結晶を用意してそこで見てればいいよ」
穏やかな声で私は答え、シリカちゃんの頭にぽん、と手を置き、そのまま橋に向かって歩き出す。
無茶だと思っているのか、シリカちゃんは再び呼びかけた。
「ヒナさん……!」
その声はフィールドに響き渡る。
「ヒナ……?」
不意に、賊の一人が呟いた。
私の名前は知っているが、有名な格好じゃないから思い出せないみたいだ。
仕方ない、そう思って、私はいつもの騎士服に着替える。
ちなみに、私の騎士服は血盟騎士団の女子用の制服の上に、白の全身を覆うくらいのフード付きコートだ。
コートの背中には、大きな血盟騎士団の象徴の、赤い十字が入っている。
さらに、サービスで太刀も装備したから、これでわかるよね。
「その格好……白い鞘の太刀……。――《伝説の白騎士》……?」
案の定、男は顔を蒼白にし、数歩後ずさる。
てか、二つ名まで知ってるとは。
「や、やばいよ、ロザリアさん。こいつ……一人でボスを倒した伝説の、こ、攻略組だ……」
うげ、そんなことまで知られてんのか。
ボスを倒したって言っても、すごい弱い奴だったし。
伝説にまでなるぼどのものじゃないんだけでなぁ。
そんなこと考えてると、ロザリアが甲高い声で喚く。
「こ、攻略組や伝説がこんなとこをウロウロしているわけないじゃない!どうせ、名前を騙ってびびらせようってコスプレ野郎に決まってる。それに――もし本当に伝説だとしても、この人数でかかれば一人くらい余裕だわよ!!」
その声に勢いずいたように、オレンジ共の先頭に立つ大柄な斧使いも叫んだ。
「そ、そうだ!攻略組、しかも伝説なら、すげえ金とかアイテム持ってんぜ!美味しい獲物じゃねえかよ!!」
口々に同意の言葉を喚きながら、オレンジたちは一斉に抜刀した。
馬鹿だなぁ。
「ヒナさん……無理だよ、逃げようよ!!」
シリカちゃんがクリスタルを握り締めながら、必死に叫んでる。
そんなに弱く思われてたのかなぁ?
中層区のプレイヤーたちに倒されるほど、弱くなったつもりはないし、上層区でも、本気でやればヒース以外には負けないつもりなんだけどなぁ。
私が武器を抜かず考えていたら、それを諦めたかと思ったのか、ロザリアともう一人のグリーン以外の男たちは武器を構え、猛り狂った笑みを浮かべ我先にと走り出した。
短い橋をドカドカ駆け抜け、「オラァァァ!!」だの、「死ねやァァァ!!」だの叫びながら、私に斬撃を叩き込んでくる。
ダメージは全く食らってないんだけど、同時に九発は気持ち悪いなぁ。
「いやあああ!!」
シリカちゃんが無抵抗の私を見て、絶叫する。
いや、ダメージは食らってないから大丈夫。
「やめて!やめてよ!!ヒナさんが、し……死んじゃう!!」
シリカちゃんの言葉に男たちが耳を貸すはずもなく。
私に攻撃を続ける。
誰も気付かないのかなぁ。
――HPが全く減ってないことに。
私がそう思ったとき、今にも飛び出そうとしていた、シリカちゃんの動きが止まる。
やっと気付いたのかな。
シリカちゃんが気づいてから少しして、男たちも私が一向に倒れる様子がないことに気付き、戸惑いの表情を浮かべていく。
「あんたら何やってんだ!!さっさと殺しな!!」
苛立ちからか、ロザリアが叫びながら命令する。
まったく、やっても無駄だっていうのにね。
「お……おい、どうなってんだよコイツ……」
一人が、異常なものを見るように顔を歪め、攻撃を止めて数歩下がった。
それが呼び水になったように、残りの八人も攻撃を中止し、距離を取る。
さあ、ネタバレでもしますかな。
私は顔を上げ、静かな声で言った。
「――十秒あたり二桁以下、ってところかな。それがあなたたち九人が私に与えられるダメージの総量。すっくないなぁ~。私のレベルは93、ヒットポイントは一八〇〇〇ぐらい……さらに戦鬪時回復(バトルヒーリング)スキルで十秒に六○○自動回復する。何時間攻撃しても私は倒せないよ」
私の言葉で男たちは口を開け、立ち尽くした。
そして、少しの放心状態のあと、サブリーダーらしき両手剣士が掠れ声で言った。
「そんなの……そんなのアリかよ……。ムチャクチャじゃねえかよ……」
「そうだよ」
私は吐き捨てるように返答する。
「たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差がつく。それがレベル制MMOの理不尽さというもの。まあ、あなたたちが犯罪やってる間、ずっと死と隣り合わせの最前線に潜り続けた結果だね」
私の言葉で、また男たちは後ずさった。
その顔には恐怖に染まっていた。
「チッ」
不意にロザリアが、腰から転移結晶を掴み出した。
「転移――」
だが、私がそんなことさせるはずなく、一瞬でロザリアの前に移動する。
「ひっ……」
体を強張らせたロザリアの手からクリスタルを奪い、そのまま襟首を引っ張って、橋のこちら側に引き摺ってくる。
「は……放せよ!!どうする気だよ畜生!!」
私は無言のまま、ロザリアを男たちの中央に投げる。
そして、コートのポケットから、転移結晶より濃い青の結晶を取り出す。
「これさ、私たちに依頼した男が全財産はたいて買った回廊結晶だよ。出口は黒鉄宮の監獄エリアに設定してある。あなたたちには、全員これで牢獄(ジェイル)に跳んでもらいまーす。あとは《軍》の人たちが面倒見てくれるよ」
抵抗できると思ったのか、ロザリアが強気な笑いを浮かべ、言った。
「――もし、嫌だと言ったら?」
「うーん、全員殺すかな?」
私の答えに、ロザリアの笑みが凍りつく。
「冗談だよ。まあ、その場合はこれを使うよ」
私はコートの内側から、刀身が薄緑の粘液で濡れている、短刀を取り出す。
「レベル5の麻痺毒だよ。十分間は動けなくなると思うよ。まあ、全員をコリドーに放り込むには、それだけあれば充分だよ……さて、自分の足で入るか、投げ込まれるか、好きなほうを選んでいいよ」
私の言葉にもう、誰も反抗しなかった。
全員が無言でうなだれるのを確認して、短刀を仕舞い、回廊結晶を掲げて叫ぶ。
「コリドー・オープン!」
私の声と同時に結晶が砕け散り、私の前の空間に青い光の渦ができる。
「畜生……」
最初にそこに飛び込んだのは、長身の斧使いだった。
それに続くように、残りのオレンジプレイヤーたちも、毒づきながら、又は無言で光の中に消えていく。
グリーンの盗聴役もそれに続いて、残りはロザリアだけになる。
早く行ってくれないかなぁ。前線に帰らないと、ヒースが五月蝿いんだよね。
「……やりたきゃ、やってみなよ。グリーンのアタシに傷をつけたら、今度はあんたがオレンジに……」
往生際が悪いやつだ。
そう思い、私は言葉が終わらないうちに、再び襟首を掴み上げる。
「大丈夫、色が変わらないようにお前をここにぶち込む方法なんて、いくつもあるから」
そう言って、私はロザリアを掴んだまま回廊に向かって歩く。
それに対し、ロザリアは尚も抵抗を続ける。
「ちょっと、やめて、やめてよ!許してよ!ねえ!……そ、そうだ、あんた、アタシと組まない?あんたの腕があれば、どんなギルドだって……」
台詞が終わる前に、私はロザリアを頭からコリドーに放り込む。
その姿が掻き消えると、回廊も一瞬光って消滅した。
まったく、悪役らしい台詞で消えたもんだ。
はぁ、謝らなくちゃね。
そう思って、私はシリカちゃんをしばらく見つめ、囁くように言った。
「……ごめんね、シリカちゃん。シリカちゃんを囮にするようなことになっちゃって。私のこと、言おうと思ったんだけど……シリカちゃんに怖がられると思って、言えなかった」
私の言葉にシリカちゃんは、必死で首を振る。
優しい子だな。シリカちゃんは。
「街まで、送るね」
私はそう言い歩き出そうとするが、シリカちゃんの声で止まる。
「あ――足が、動かないんです」
私はクスッと笑いながら振り向き、右手を差し出す。
その手を握ったシリカちゃんも、少し笑う。
私たちは、街に向かって歩き始めた。
三十五層の風見鶏亭に到着するまで、私たちは無言だった。
寂しいなぁ、と思いながら、二階の私の部屋に入ると、窓からはすでに赤い夕陽が差し込んでいた。
ああ、攻略進んでるかなぁ。
そんな、関係のないことを考えていると、シリカちゃんが震えた声で言った。
「ヒナさん……行っちゃうんですか……?」
しばらく黙ってから、ゆっくり頷く。
「うん……。五日も前線から離れちゃったからね。すぐに、攻略に戻らないと……」
「……そう、ですよね……」
場の空気を和ませるために、溜めて「団長の嫌がらせが悪化するから」と言いたかったのだが、言う前にシリカちゃんの言葉が出てきてしまった。
まあいいか。
「…………あ……あたし……」
シリカちゃんはそこで言葉を止め、涙を流す。
落ち着かせるために、私はシリカちゃんの肩に手を乗せ、優しく囁く。
「大丈夫、レベルなんてただの数字。この世界での幻想の強さでしかない。それよりももっと大事なものがある。それに、私は自由騎士だから、会いたかったらメッセージ飛ばしてくれたら、会いに来るから。だって、シリカちゃんのこと好きだからね」
最後の方は、抱き締めながら言う。
そうすると、シリカちゃんも抱き締め返してくる。
「私も好きです。友達とかじゃなくて、恋人として」
「へ?」
その言葉を、私は数秒理解することが出来なかった。
だって、同い年くらいの同性の女の子に告白されたんだよ!?
えっ!?私は友達的なあれで言ったのに。
「あ、あのー、し、シリカちゃん?」
「は、はい?」
シリカちゃんの顔は、恥ずかしかったのか、赤くなっている。
「えっ?好きって、私を?」
「はい……えっ!?ヒナさんは違うんですか!?」
シリカちゃんは抱きつきながら、涙目+上目遣いで聞いてくる。
くそっ!それは反則だよ。
「ううん。私も好きだよ。シリカちゃん」
「はい。嬉しいです」
しまったー!やっちゃったー!
恋人みたいになっちゃったー!
まあいいか、シリカちゃんは可愛いし。
「さ、さあ、ピナを呼び戻してあげようか」
「はい!」
シリカちゃんは満面の笑みで頷き、シリカちゃんは《ピナの心》と《プネウマの花》を呼び出す。
「その花の中に溜まってる雫を、羽根に振りかけるんだ。それでピナは生き返るよ」
「解りました……」
どうしよう茅場さん。
私に恋人ができました。
しかも、同性の。
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シリカ編?終わり