終章 堕天使と地獄 Next Paradise
「堕天使エリス。何か弁明の言葉はない?」
「……ある訳ないだろ。僕がやったことは全て事実だ」
地獄にも裁判はある。いや、裁判と言うにはあまりにおざなりなものだが、これがここでの裁判だ。
被告人と裁判長が向かい合い、被告人は罪の一切を自白させられる。その後、判決が決まるという、茶番じみたもの。するだけ時間の無駄だろう。
「では、判決を言い渡します。堕天使エリス・ローランド・ルカには解任の処罰と、三百年の禁固刑を。ワルキューレ、エイル・ユーフェミア・ヴァルハラにはそれを扇動した罰として、やはり解任と三百年の禁固刑を与えます」
想像はしていたことだが、さすがに地獄で与えられる罰は、スケールが違う。三百年、つまり僕が今まで生きて来た年数と同じだ。途方もない時間を、ただぼんやりと生き続けなければならない。
ただ、百年間鞭打ちとか、二百年間熱湯で茹でられるとか、そういうのじゃなくてまだ良かった。そうなっていたら、正気を保てなかったかもしれないな……。
「はぁ……。情状酌量の余地ありって思ったんだけど、残念」
僕と同じように罰を受けることになったミントが、深い溜め息を吐く。さっき呼ばれていた長ったらしい名前は、どうやらそれが彼女の本名のようだ。ミントという名前は愛称であり、他の悪魔達に馴染むためのものらしい。
「でも、果たすべきことは果たしたんだ。元からお前は死ぬ覚悟だったんだし、命があることは喜ぶべきなんじゃないか?」
「そうは言っても、エリスと一緒っていうのが納得行かないよ……。どちらか一方だけでも良かったのに」
「お前だけで良かったって言うのか?それは逆に僕に対して失礼だな。相応の業を背負うつもりで、あいつと戦うことを決めたんだ」
戦いが終わって、結局僕達は罪人として扱われることとなった。清々しい結末ではないが、後悔はなかった。あいつも道連れだし、三百年もの間、家から出られないとしても命はある。それだけで十分だ。
それに、僕の武器として最後まで戦ってくれたレヴィアは罪を免れたし、彼女はきっと僕に毎日のように会いに来てくれるだろう。セレストも傷一つ負っていなかったし、誰一人として僕が守りたいと思っていた相手は欠けることがなかった。――まあ、こうしてミントは僕と同罪になってしまったが。
「けど、策士策に溺れるって、このことだね。自分で張った予防線に、自分が絡め取られるなんて」
「がっつり僕達も絡め取られたけどな……」
最後の最後、アルフレドは僕達を見事に罠にはめてくれた。それは、やはり僕が気になっていた奴の騎竜だ。
動物的な見てくれだが、会話能力があるらしく、いち早く戦闘から逃れたあいつは、あろうことかサタンの元へと向かっていた。
目的は、反乱を起こした僕達のことを報告し、逆に僕達を罪に問うこと。そして、それは見事に成功してしまった。僕がアルフレドにとどめを刺す前に、サタンの手の悪魔達がやって来て、戦いは中断させられることになった。
状況から見れば、僕が一方的に相手をいたぶっていたようなものだし、サタンはアルフレドに滅多なことは出来ない。一方的に僕達が罪人にさせられてしまうところだったのだが……そこで奴の犯した最大のミスが露見することになる。
アルフレドは、あろうことかセレストを連れ去り、監禁してしまった。地獄の番犬であり、地獄において非常に高い地位と権力を持つ彼女を、「堕天使風情」が拉致するような不敬行為をしてしまったのだ。
セレスト自身の証言からそれがサタンの耳にも触れ、また、その話は地獄中を駆け巡り、「命知らずの愚か者」のアルフレドは、ある意味で死ぬよりも辛い永遠の禁固刑に処せられた。そしてそれは、全てセレストが決めたことだ。
あの見た目と、子どもっぽさから、正直まだ僕もあいつがそこまで偉いとは信じていなかったが、こんなことが出来てしまうのだから、その発言力の強さがよくわかった。そして、僕達を裁いたのもまた、セレストだ。ケルベロスとは、様々な意味で地獄の「番犬」をしているらしく、逃亡者や罪人だけではなく、地獄の秩序を乱す者をも監視している。
それはそのまま、地獄の最高裁判官であることも指しているようだ。偉そうにして僕達の前に立つ裁判長こそ、セレスト。逃亡者を見張る番犬、暴食者の地獄の罰の執行人、そして地獄の裁判長の、三つの顔を持つケルベロスだ。
「セレスー、わたし達、友達でしょ?だから、ちょっとぐらい軽くしてくれても……」
「ダメ。友達だからこそ、手心加える訳にはいかないの。ボク、遊びで裁判長やってるんじゃないもん」
「ミント、みっともないぞ。――元から、僕はこの地獄での生活を望んでいたんだ。家から出なくて良いなんて、逆に楽で良いじゃないか。プラスに考えてもみろ」
「エリスはそうかもだけど、わたしはもう地獄なんて見飽きてるもん!色々歩いて回らないと、全く楽しくないって」
……そういう考えもまあ、あるな。僕としては割と真剣に、これでもそこそこ楽しめると思っていたんだが、三百年はやっぱり長いな……物珍しさで頑張れるのは、せいぜい一年ぐらいな気がする。
「って言いたいんだけどね。エリスはボクの王子様だし、ミントはボクの最初の友達。大負けに負けてあげて、一ヶ月大人しくしてるだけで良いよ。ふふん、地獄の最高裁判官、セレストの名の下に減刑を認めますっ」
「えっ、本当?やったー!セレス大好きっ」
「お、おい、本当にそれで良いのか?いくらなんでも適当に減らし過ぎだろ」
「ボクが一番偉いんだから、良いんだよ。……それに、ボクは閉じ込められる怖さや寂しさを知ってるから」
珍しく真面目な顔で言われてしまうと、言葉に詰まってしまう。
アルフレドに監禁されていた間もそうだが、数週間に一度だけ与えられる休暇以外は、あの監獄のような暴食者の地獄に監禁状態だからな……言葉の重みも違って来る。
セレストが今まで味わって来た孤独は、どれほどのものなのだろう。適度に満たされながらも、空虚な時間を生きるという面では、天使の生活にも似通ったものがあるのかもしれない。
初めて会った頃は、ついつい毒づいてしまったが、今度じっくりと話し合ってみたい気もして来た。
「じゃあ、これも一応、形式的なものなんだけど、家まで送るね」
僕達が裁判を受けていたのは、地獄の最下層、凍て付く河コキュートスを臨む場所だ。慣例的に裁判はここで行われ、どう処罰されるにしても、裁判長自らの手で刑は執行されるという。
なら、セレストは今まで……いや、考えなくて良いか。悪魔が自分の手を汚しているのなんて、珍しくもなんともないことだ。
それで今更、僕は彼女の評価を変えるつもりはないし、いちいち気にするようなことじゃないな。
「ちなみにレヴィアだけど、紹介された鍛冶屋さんに見てもらったよ。どこも傷付いてないって言ってたし、元の姿に戻っても怪我はないみたいだった。……そういうの、ちょっと羨ましいな。ボク、傷付かないと言うより、どれだけ傷を負っても死なないと言う意味での不死だから」
「そうなのか……でも、良かった。あれだけ激しく戦ったら、どこか削れているかもしれないと思っていたんだが」
「それだけど、実は、相手の神器がなまくらだったのもあるんだよね。あの剣、強い毒が塗られていて、下手をすると天使ですらあっという間に死んじゃうんだけど、その代わり全然斬れないみたいなんだよ。まあ、危なっかしいから没収して、封印したけどね」
どういうことなのか、いまいち理解出来ていないのだろう。簡単に言ってみせるが、それはつまり、天使の不死性を前提から覆すようなものだ。ただの毒ではなく、ある種の呪いがかけられているのだろう。
天使をも蝕み、その命を散らせる、そんな神器があるとは知らなかったが、もしかすると堕落して長い時間が経ったことで、神器の能力もまた変化して行ったのかもしれない。
――そう、あいつの心のように。
もしかすると、アルフレドもまた、今の僕と同じように堕落しても尚、天使としての精神を貫こうとしていたのかもしれない。誰よりも誇り高く、堕天使と呼ばれながらも、天上に住まう天使に劣らない高潔の精神を持ち続けようと。
しかし、その結果があれだ。いつしか腐り、同じく堕天使の王、サタンの覇権をも脅かそうとしていた。
これから長く、永く地獄にいれば、僕の精神も変化してしまうのだろうか?
心までも堕落してしまうことは、必然。避けられない運命なのだろうか?
いや、きっと違う。そう僕は信じている。なぜなら……。
「ミント、お前が地獄に来て、何年ぐらいになるんだ?」
「えっ?どうだろ……千五百年ぐらい?」
ほら、大丈夫だ。
アルフレドが仮に天使として最古の部類としても、二千歳ほどだ。ミントとほとんど同じ年なのに、こうして今も腐らず、誇り高く、誰よりも他人のことを想っている彼女がいる。
そんな彼女や、間違いなく最古の命であるレヴィアやセレスト達と一緒に暮らして行くんだ。僕の理想が歪み、途中で道を踏み外すようなことは、きっとありえない。
だから僕は、自信を持って地獄の地面を踏み鳴らして行く。
僕の地獄での生活の、再出発をするために。
「エリス様……、ミントちゃん……無事に帰してもらえたんですね」
「ああ。一ヶ月の自宅謹慎ってところだ。ついでにその判決を下した本人もいるぞ」
家に帰ると、玄関の扉の前に弱々しくレヴィアが座り込んでいた。
その目にはいっぱいに涙が溜まっていて、僕の姿を認めると、遂にぽろぽろとその滴を零してしまう。
「なんだ。僕が殺されるとでも思ったのか?」
「……もう、会えないかと思いました。こんな風にお話をするなんて、もう叶わないって」
「ボクがエリス達の処遇は決めたんだよ?好きな人をそんな目に遭わせる訳ないじゃん。……っと、レヴィアもそうだったっけ」
「セレスちゃん……今だけは、感謝させてもらうね。けど、エリス様を真に愛しているのはあたしの方だから」
やれやれ、また二人が会ったら喧嘩か。騒がしいのは好きじゃないが、ずっとレヴィアに泣かれているよりはずっと良いな。
それに、レヴィアとセレスト、この二人が揃っているという状況は丁度都合が良い。
「後、僕から言っておくべきことがあるんだ。聞いてくれるか」
「あたしに、ですか?」
「ああ……レヴィアに、大事な話だ。それから、セレストにもちゃんと聞いて欲しい」
「うん。どうしたの?ここまで来るのに時間は十分あったんだから、その時にボクにだけでも話してくれてたら良かったのに」
「いや、残酷かもしれないけど、二人が揃った時に言いたいことだったんだ。……戦いが終わってから、考えていたことがある。それを聞いて欲しい」
こんなことをするのは、今まで生きて来た中で初めてのことだ。逆に言えば、三百年天界で生きて来て経験しなかったことを、この地獄の数週間で経験したことになる。
全く、生きていれば何が起きるか、わかったものじゃない。元々は謀略で地獄に堕とされたというのに、そのまま僕が自分自身の意思で地獄に残ろうとして、この地獄での経験が素晴らしいものだったと思えているなんて、少し前の僕に言っても信じないだろう。
僕自身、現実味のないことだ。でも、僕の感じていることは紛れもなく現実の感情で、これを夢や幻のように捨て去ってはいけない。言葉にして、伝える必要がある。
「僕は今、二人の女性に愛されている。それは以前からわかっていたことだし、二人の気持ちはまだ変わっていないことだと思う」
「はい、もちろんです」
「当然。今やエリスは、地獄のちょっとした英雄だしね」
「でも、僕はすぐには返事が出来なかった。それは、僕自身まだ地獄に残るべきか悩んでいたのもあるし、先に控える戦いのことばかりで、そんなことを考える余裕はなかったからだ。
……いや、それは言い訳か。結局のところ、僕はどちらか一人の気持ちを受け入れ、もう一人を振るという形で傷付けるのが怖かったのだと思う。こんなことを言うと嫌われるかもしれないけど、どちらを恋人にしてもよかったし、どちらもそうならなくてよかったんだ。少なくとも、以前までの僕は」
自分が今、下手なことを言っているのが自分でもわかる。
今でも出来るだけ本題まで遠回りして話を進めていて、少しでも時間を稼いでいるんだ。
それが無意味、それどころか余計に状況を悪くするというのに、そうせざるを得ないのもまた、自分でわかっている。
「でも、今なら女性を愛するという感情が理解出来ている気がする。利害関係ではなく、天使が人に抱くような慈愛でもなく、個人の感情として、僕はレヴィア。きみが愛おしい。僕のことを想って泣いてくれたきみを、迷うことなく僕を信じて、力になってくれたきみを、僕は恋人にしたい」
作法や方法はわからない。僕はただレヴィアの手首を握り、それを引き寄せると、手の甲に優しく唇を乗せた。中世の騎士が王女にするように。
「エリス様……」
「様はもう、取ってもらった方が良いかな。……それから、セレスト」
レヴィアの手を離すと、今度はセレストの手を優しく取る。
驚くほど軽いその体を引き寄せると、正面から抱きしめた。挨拶程度の抱擁より、ずっと熱く、濃厚なものを。
「エリス……?」
「お前の気持ちも、すごく嬉しい。けど僕は、二人の想いを同時に受け止められるほど器用じゃないんだ。……だから、僕を恋人として愛することは、諦めて欲しい」
「うん。だ、大丈夫だよ。ボク、なんとなくわかってたから、全然悲しくなんか……」
「でも、代わりに……なんて言ったら怒られるかな。僕の方が生きている年数は短いだろうし、生意気なんだろうけど、僕はお前の兄になりたいと思う。毎日は無理でも、出来るだけお前に会いに行って、寂しくないようにしてやりたいんだ」
泣きそうになるセレストを強く抱き、安心させるように頭を撫でた。
これが、僕の選択だった。スマートではないかもしれない。結局、僕はどっち付かずだったのかもしれない。それでも、僕の選択はこれの他には存在し得なかった。
「ありがとう……。えっと、お兄ちゃんって呼べば良い、かな?」
「好きなように呼んでくれれば良い。別に、今まで通りエリスでも何でも、呼びやすいように呼んでくれれば」
「じゃあ……エリ兄。絶対、忘れずに会いに来てね?ボク、ずっと待ってるから」
「僕の記憶力は、比較的良い方だからな。少なくとも、僕が一月家から出られないことをもう忘れている妹よりは」
セレストを解放してやり、はっと驚いた顔をたっぷりと見てやる。
本当、呆れるほど馬鹿で、単純で、それだけに可愛い奴だ。
「あっ……。じゃあ、ボクの方から会いに来るからね!レヴィアも、いちゃいちゃし過ぎないこと!後、ミントは寂しくなっても泣かないこと!」
「なんで急にわたし……?いや、別にわたしはエリスに何の感情も抱いてないし、そもそも他に友達いくらでもいるから、全然寂しくないんだけど」
「じゃ!うぅー、久し振りにベレンと会うなぁ……。怒られたらどうしよう」
放置して来た暴食者の地獄のことを思い出したのだろう。とぼとぼとセレストは歩いて行き、後には僕とミント、そしてレヴィアが残された。
「エリスさ……いえ、エリス。まずはお家に入りましょう」
「そうだな。久し振りの我が家だ」
「こらこら、わたしの家だよ。エリスはあくまで居候。……でもレヴィア。セレスじゃないけど、エリスを自分の家に連れ込もうなんて思わないでよ。エリスには借りを返してもらわないといけないんだから」
「借りだと?僕がいつ、お前にそんなものを作った」
ちょっと考えてみても、まるで思い当たるものがないな。僕がミントの力を借りて地獄を出たとしたら、それはミントへの最大の借りだろうが、もう、そうなることはないだろう。
「それはもちろん、今までウチに居候してたことだよ。これはもう、わたしの仕事を手伝うって形で返してもらうしかないよね」
「待て。そのためにお前の家に残るのなら、永遠とお前の言う借りが発生することに……」
「はいはい、知りませーん。エリスはわたしのためにきりきり働く。オーケー?」
「承諾出来るかっ。お前、少しは評価を見直してやろうと思っていたのに、やっぱり性根は悪魔だな!」
「ふふっ、悪魔で結構。だから、悪魔は悪魔らしく、天使のエリスをいじめちゃおうかな」
くそ……まだまだこいつには頭が上がりそうにないな。色々と上手過ぎる。
でも、いつか見ていろよ。僕は平穏な時間の止まった世界を捨て、せわしなくて不便だが、生きているのだということが実感出来るこの世界で、本当の意味で成長をするんだ。
いつか、堕落してからずっとここで暮らしていたお前にも、口喧嘩で負けないぐらいになってやる。
それまでは、僕の大事な恋人であるレヴィアを心の支えにしていこう。
「さて、じゃあ、今日からお仕事再開……って、あれ?わたし達、解任されてなかったっけ」
「……思いっきりされてたな。さすがに、もう一度同じ仕事をする訳にはいかないだろ。いくらセレストが適当に決めたことでも」
一ヶ月後、僕達は家の外に出ることを許され、早速一月ぶりの巡回に行こうとしていたのだが……僕達はもう、治安維持委員でも何でもないんだな。
「まずは、お仕事を探すことから始めますか?」
「そうだな……。僕はともかく、ミントは金を稼がないと将来的に餓死するだろうし、地獄に来てまで怠惰に過ごすのは、つまらなさ過ぎるからな」
「そうそう。まだお金があるから良いけど、食べ物もロクに食べられなかったら、ただでさえ薄い胸が更に……って、何自虐させてるの!?」
「いや、完全に自爆だろ。それに安心しろ。ゼロにどんな数をかけても、割っても、引いてもゼロには変わりないからな」
「だーかーらー!胸の大きさでわたしをいじめるの禁止!唯一反撃出来ない分野なんだからっ。貧乳いじめて何が楽しいの!?悲しくなって来ない!?」
お決まりのネタで半泣きにさせてやって、さて、本当にどうしたものか、と考える。
仕事中だろうが、セレストに一度会いに行った方が良いだろうか。それとも、何か良さそうな仕事がないか、探してみるか……?
元々、僕には「地獄を監視する」という、果てしなく漠然とした仕事とも言えないような役目が与えられていたのだが、そのことはもう考えなくて良いだろう。今の今まで、給料のようなものが与えられた覚えはないし。
「仕事、ねぇ。あいつの悪政が終わって、一月も経ったんだからかなり治安は良くなったでしょ?なら、もう治安維持の仕事なんていらないかな、って思うんだよね」
「まあ、厄介な悪魔が奴一人とも思えないけどな……。少なくとも前よりはマシになったと考えられるか」
「じゃあ、いっそ別な仕事を作ってみない?わたしと、エリスと、レヴィアでやるの。後は非常勤でセレスとか、男手が足りない時はバハルドも頼るって感じで」
「何の仕事をするんだ?無駄に悪魔は数だけいるだろ。どれも既存の仕事ばっかりで、客が見つかるとは思えないが」
「その通り。だから、悪魔がいっぱいいることを利用するの。言ってしまえば、皆どっかしら変で、自分勝手な連中ばっかりだからね。トラブルも絶えない訳だし、事件事故は日常茶飯事。だから――」
なんだ……それは、新しい仕事と呼べるものか?
「近所へのお使いから、破壊工作まで何でもやります。エリスよろず請負事務所、なんてどうかな」
「結局、前までの仕事の延長線上にある……って言うか、ほとんどそのままだけど、それで良いのか……?」
「もちろん!大きな変革をした後は、混乱を少しずつ着実に鎮めていかないと、でしょ?これが一番良いの」
ミントはなぜか自信満々で、反論なんてあるはずない、とでも言いたげだ。
まあ、僕としても嫌な仕事じゃないからな……。それに、レヴィアやセレストとの出会いも、前にミントがやっていた仕事があったからこそ、あり得たことだ。他人といくらでも関わり合える、楽しいしやりがいのある仕事だろうな。
そして、僕もそれをやってみたいと思う。天使がいくら高い能力を持っていても、全てを見ることは出来ない。全てを変えることは出来ない。なら、見える範囲、出来る範囲で働いていけば良いだろう。
「じゃあ、具体的にはどうするんだ?事務所は家を使うとして、今から宣伝活動か?」
「そうだね。地獄もまた見て回りたいし。おっと、レヴィアもそれで良い?」
「うん……。エリスと一緒に働けるなら、あたしは幸せ」
「うわぁ……胸焼け起こすぐらい甘いよ、この子。エリス、彼女がこれで良いの?」
「もちろんだ。僕も、レヴィアのことを深く愛しているからな」
「うぅ、わたしが付き合いきれないなんて思うなんて……。ま、二人とも賛成ってことで良いんだね。じゃあ、よろず請負事務所様ご一行、しゅっぱーつ!!」
天使は愛を説き、善行を勧めさせるべきだと教えられている。今では形骸化した、存在していて、存在していないような教えだったが、僕はその教えをこの場所で復活させたい。
失ったものは少なからずあった。でも、得たものもまた、かけがえのないものばかりだったこの場所。この地獄で。
唯一の天使として。
終わり
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ところで、レヴィアの一人称は「あたし」となっています。弱気なのに一人称は活発な印象を受ける「あたし」。完全に私の趣味です
他にも蛇腹剣が出たり、どこぞのジェレイドとかクラウンみたいな要素が出て来たり、ファンタジーなんだからとやりたい放題やった感があります。あー、満足