No.464575

【C82】Sirius #0 -sample-

シセさん

東方project 秘封倶楽部 × 堤監督ドラマ作品 SPEC/TRICK という異色な短編SSです。
コミックマーケット82 2日目 東館 テ-57a GAUSS SHEEP で配布予定です。

2012-08-04 00:08:52 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1027   閲覧ユーザー数:1024

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の中には、常識では考えられない超能力・霊能力を持った人々が存在する。

 

 

 だが、超能力・霊能力者が本当にその力を持っているのか。

 

 

 はたまた本当に超能力・霊能力があるのか。

 

 

 それは現代の科学を持ってしても、誰にも判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が小さい頃。小学校の低学年だったはずだ。

 夏休みになると私は両親に連れられ祖父母の家に来る事が恒例となっていた。

 山奥の小さな集落、田園風景の広がる穏やかな場所に祖父母の家はあった。

 祖父母の家は嫌いじゃない。

 家の裏に流れている河原で遊んだり。

 縁側で食べる西瓜。

 家族で一緒にやる花火。

 テレビや映画でよく見る夏の風物詩が、全て祖父母の家にあった。

 とても楽しかった。

 家族で何時も笑って、楽しんで、はしゃいだ。

 私が特に好きだったのは夏祭り。

 祖父母の家から大分離れた所にある神社でやっているお祭りで、きんきらと輝く赤い提灯と屋台の列が軒を連ねている様がとても印象に残っている。

 一年に一回。あの時、あの場所でしか会えない屋台に私は胸躍らせて、何を買おうか、金魚すくいをやろうかと小さいながら真剣に手持ちの少ないお小遣いで考えたものだ。

 その日も、私は母親と夏祭りに来ていた。

 ピンクの浴衣、赤い下駄、出店で買った綿飴を左手に、右手は母親の暖かい手を繋ぎ私はうきうきとした気分で帰っていた。

 私が何時もより楽しんでいた所為で、予定していた時間よりもどっぷり日が暮れていた。

 行きはよいよい帰りは怖いとはこの事だ。

 神社へ行くときはまだ明るく、森林からヒグラシが涼しげに声を投げかけていたがもう周りは夕闇にから暗闇に切り替わろうとしている。

 田舎道と言うのは街灯も少ない。足元に石ころがあったら直ぐにでも転んでしまいそうだった。

 母親の手を握り、少しずつ暗くなる世界に引き込まれないよう。

 足元に注意しながら母親の歩調を早くしようと精一杯歩いていた。

 からんからん、からんからんと下駄を鳴らして。

 家に帰る時、何時も小さなトンネルを通っていた。

 コンクリートで出来たトンネルだった。

 暗く、じめじめとしていてお化けが出そうだといつも思っていた。

 トンネルの中は暗い。

 向こう側の光も頼りなく、夕日の淡い山吹色が消えそうに見えた。

 トンネルに入る。

 からんからん、からんと私の下駄の鳴る音がトンネルの中で反響した。

 トンネルの丁度中間辺り。歩いている最中急にその音が静かになったかと思うと、私の右足は素足になった。

「いたっ」

 右足がアスファルトの路面と擦れる。

 足の裏、親指と人差し指の間にも擦ったようなヒリヒリとした痛みが走った。

 おかしいなと思い、暗い足元を見る。

 どうやら下駄が脱げてしまったようだ。

 私の二歩後ろに鼻緒の切れた下駄が横になって転がっている。

「あら、しょうがないわね」

 私が立ち止まった様子を見て母親はそう言った。

 母親は私の下駄を手に取り、「ほら、おんぶしてあげるわ」と私に背を向けしゃがんだ。

「うん」

 そう言って私は母親の肩に捕まろうと手を伸ばした。

 その時、私の右足に何か触れた。

 冷たく、硬いものが私の足首に引っかかっている。

 右足を踏み出そうと思っても、右足は動かない。

 私は自分の足元を見る。

 右足に、何か大きな黒い塊が私の足首を覆っていた。

 何かな?と、私は足を引っ張った。

 

 ずるり。

 

 足を引っ張った瞬間、水気を含んだそんな音が聞こえた。

 私は、足を掴んでいる物がしっかりと見た。

 手。

 地面から黒い手首が、私の足を冷たく、がっちりと、掴んでいる。

 ぞっと、寒気がした。

 捕まれた足から、だんだんと血の気が引くのが判った。

 たまらず私は足を引っ張る。が、今度は微動だにしない。

 冷たい手が、さらに強く私の足首を掴んだ気がした。

「おかあさあん……」

 震える、泣き出しそうな声を私は上げた。

 母親に助けを求める。

 母親は私の顔を見て不思議そうに「どうしたの?」と声をかけたが、私の足元を見ると驚いた表情で手を掴むと引っ張った。

 だが足は抜けない。

 むしろ、引っ張った所為で腕が抜けそうなほど痛い。

 また強く右足の手が強く握った。

 きつく、私の骨を抉るように食い込んだ。

「痛いっ。痛いよお母さん」

「何っ……何なのよっ!」

 私の声は聞こえているはずなのに、母親はまだ私の腕を引っ張る。

 母親の息遣いが荒くなる。

 私はどうしたら言いか判らず、痛みをこらえるので精一杯だった。

 どうなってしまうのか、私はこれからどうなるのかそれが怖くて、私は泣いた。

「うっ……ひっぅ……うわああああん」

 怖い。

 痛い。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 たまらなく怖い。

 泣くしかできない。

 何も出来ない、何も動かせない自分の体と心が押しつぶされて行く感覚。

 もう声も出す事ができない。

 

 

 ずるり。

 

 その音と共に、足元が急に軽くなった。

 私は引っ張られていた腕から母親に飛び込んだ。

 振り返り、確認する。

 私の足元を掴んでいた手がまだそこにある。

 手のひらを私達に見せるようにして、水溜りのような中から手首が伸びている。

 私と母親はその姿をまじまじと見ていた。

 

 ぐずり。

 

 今度はそんな音がしたかと思うと、それが段々と、大きくなっていく。

 音と、水溜りが大きくなっていく。

 壁を這う。しくしくと侵食される。

 黒が広がった。

「う……あっ……」

 母親が息の漏れる様な声をあげる。

 もう私達が入ってきた向こう側、トンネルの入り口は見えない。

 黒い影が段々と、伸びて動いていく。

 ぐにゃぐにゃと、土臭い臭いを漂わせて。

 変形し、コールタールのようなものが一面に広がった。

 それが段々と私達に近づいてくる。

 後ずさりする。

 私達は逃げようとするが、私も母親も足が震えて動かない。

 足元のほんの数センチの所まで、影が這い寄った。

「走って!」

 母親が叫ぶと同時に、私の手を引いた。

 トンネルの向こう側、まだ日の光が出ている。

 それを目指して私達は走る。

 私は片方しか履いていない下駄が邪魔で、うまく走れない。

 舗装されているはずなのに、走る度に足が支える。

 スピードが出ない。

 石に躓いた瞬間、残っていた片方の下駄が脱げた。

「キャッ!」

 私は転んだ。

 その拍子に、母親の掴んでいた手が離れる。

 急いで母親を追おうと手を伸ばした。

 

 ぐずり。

 

 立ち上がろうとしたところで、捕まれた。

 水気を帯びた影は、冷たく軟らかい泥のような感触だった。

「いやっ!いやっいやいやいやっ!」

 足元を動かし、捕まれた影を振り抜こうともがく。

 動かすたび、段々と足首からひざの辺りまで影は登ってくる。

 影に飲まれるたび、足の感覚が消えてゆく気がした。

「×××っ!」

 母親が私の名前を叫んだ。

 私の足にかかった影を手で振り払おうと足に手を伸ばす。

 そして触った瞬間。今度は影が私の足から母親の手に乗り移った。

「お母さんっ!」

 母親の体が、手から段々と黒く飲み込まれていく。

「なっ……ぃっ……」

 影は先程よりも早い速度で、母親の体を染めて行く。

 母親も影から逃れようと身を捩って振り払おうとする。

「お母さんっ!お母さんっ!」

 苦しむ母親に私はなすすべも無く、唯声をかける。

「走って!逃げてっ!」

 もう母親は体の右半分が影に埋まっている。

 ずるり。またその音がする度に母親の体が消えていく。

「お母さんっ!」

 そう叫んだその時、気がついた。

 ずるり。という音が何なのか。

 這う音ではない。

 影に、切れ目が入っていく音。

 一つではない。幾つも、幾つもの切れ目が入っていく。

 ずるり。ずるり。と音が鳴る。

 母親の姿が消え、その音がトンネルに木霊する。

 

 ずるずるずるずるずる。

 

 影が直線状に凹み、ぷつりと切れ目が増えていく。

 

 ずるっ。

 

 切れ目が開いた。

 むき出しの眼球が、私の目の前に広がった。

 充血した、見開くような眼が私の目の前にある。

 沢山、一面に入った切れ目から沢山。

 大きいものから、小さいものまで、ぎょろぎょろと周りを見渡している。

 その一つの大きな眼が、私と眼が合った。

 眼に映る私の姿。

 その眼が、私を飲み込んでやると言っているかのように。

 ずるりとまた音を立てて、大きく見開いた。

 眼球の瞳孔がきゅっとしぼみ、焦点を私に合わせた。

「…………っ!」

 必死に逃げた。一目散に。

 怖くて、怖くて、母親の事を気にすることなく夜道を走った。

 足の裏から染みるように感じる冷たさが私の心を蝕んで行く。

 まだあれが追ってくるのではないかと怯えながら、アスファルトの石が足の裏に刺さりそうになりながら、私は走った。

 走った。

 怖くて怖くて、怯えながら走った。

 眼から溢れる怖いと言う思いを拭い去り、家に着いた時にはもうどっぷり日が暮れていた。

 玄関を開け、明るい家の中に逃げ込んだ。

「どうしたんだ。そんな格好で……」

 私の姿を見て、父親は驚いた表情でそう言った。

 震える体を抑え、私はガチガチと鳴る口でたどたどしく話した。

「おっ、お母さ…んが……お母さんがっ!」

 私は泣きながら父親と祖父にお母さんを助けてと叫んだ。

 私の姿を見てただならぬ事が起きたと察した父親は、祖父と直ぐに母親を探しに行った。

 近所の人も一緒になって探してくれ、あの小さいトンネルを大人が数十人集まって探してくれた。

 だが、私の履いていた下駄だけがそこにあったという。

 翌日、明るくなってからも母親を探してくれた。

 だけれども、見つからなかった。

 何日も、探してくれた。

 私も一緒に探した。

 だけど、見つからない。

 何度も何度も探したけど見つからない。

 母親は消えてしまった。

 トンネルの中で、何処かに行ってしまった。

 未だにあの声が耳に残っている。

 私の耳に、こびり付いて離れない。

 今でも母親の声が聞こえる。

「走って!逃げてっ!」

 その声だけが、最後に母親が残した物。

 あれから数年経った。

 母親は依然として見つかっていない。

 祖父母の家にも、もうずっと行けない。

 嫌で仕方が無い。

 行く度に、皆口々にこう言うからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「向こう側へ行ってしまったかもしれんね」

 

「ああ、この世界との境界の向こう側に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じめじめとした空気が汗ばんだ肌に纏わり付く嫌な七月、曇りの日。

 黴臭い空気を吸い、「こんな天気の悪い日に気味の悪いアパートに来るなんて……」そうマエリベリー・ハーンはコンクリート剥き出しとなっている階段を上りながら悪態をついた。階段を上る度にじんわりとかいた汗が首筋を伝い、虫が這うような感覚がする。

 知り合いの宇佐見蓮子を呼ぶためとはいえ、彼女の住んでいるこのアパートはどうも好きになれなかった。

 全体的に薄汚い黒ずんだ建物。

 ひび割れ、じめじめとした廊下と階段。

 雨水で溶け出した金属と水垢で赤茶色に変色した薄汚い壁。

 廊下の四隅には蜘蛛の巣。

 偶に見るムカデとヤモリ。

 はっきり言って汚いし不衛生だし、気味が悪い。

 夜中に来たら幽霊が出てきてもおかしくは無い築数十年は経っている建物だった。

 普通の人なら敬遠する物件だと思うのだが、彼女は何故かここを好き好んで住んでいる。しかもまだ二十歳にも満たない年頃の女子ならなお更。

このアパートが特別この地区で一番安い家賃だからという訳でもない。

 周りを見ればそれなりに綺麗な建物はあるし、探せばまだ安い所も見つかるはずだ。

 宇佐見の家はそこまで貧乏と言うわけでも無い筈だ。頑張れば綺麗なところに住めると思う。それなのに、宇佐見はこんな場所に住んでいる。

 以前、宇佐見自身にどうしてこんな所に住んでいるのかと聞いた事があったが、「私が好きだから住んでるのよ」と簡単にあしらわれてしまった。

 それが宇佐見の本音なのかはわからないが、何をどういう理由で住んでいたとしても、宇佐見蓮子の考えは共有できないとマエリベリーは何時も思っていた。

 階段を上り終わりため息をつく。仕方がないと自分に言い聞かせ、歩みを進める。

 廊下にはアパートの各部屋、玄関の前に洗濯機が置かれている。小汚い洗剤のカスが付いた洗濯機を避けながら目的の部屋の前で立ち止まった。

 玄関のドアには黒い文字で『210号室/宇佐見蓮子』と書かれ、黄色く変色した樹脂製のプレートが掛けられていた。名前を確認すると、マエリベリーはドアを叩く。

「蓮子、宇佐見蓮子」

 ドア越しに声を掛けるが、中からの応答は無い。

 試しに呼び鈴を鳴らし、また再度叩いた。

「…………」

 しばらく待ってみるが反応は無い。

 あれ?おかしいな。とマエリベリーは首を傾げる。

 今日はバイトが休みだから部屋にいる筈なのに。そう思いマエリベリーはショルダーバッグから黒い携帯電話を取り出すと部屋の住人に電話をかけてみる。

 液晶パネルに表示された名前を選択し、コールボタンを押した。携帯電話のスピーカーからコール音が流れ始めると、部屋の中からけたたましいダースベーダーのテーマが聞こえてきた。

「全く……」

 ため息をつき、肩を落とした。まだ寝ているのだろうか。携帯電話が部屋の中にあるということは多分いるのだろう。しばし部屋の中から聞こえるダースベーダーのテーマを堪能していたが、止まる気配はない。

 呼び鈴を連打し、ドアノブをまわしてみるが鍵が掛かっているようで押しても引いても開かなかった。

「う~ん……」

 さて、どうしたものか。携帯電話の液晶パネルに表示されている時間はもう既にお昼の十二時を示そうとしている。

 よくよく考えてみると、流石にこの時間帯まで寝ている事は無いのでないだろうか。携帯電話が置きっぱなしと言う事は、もしかしてとり忘れて何処かに出かけた?

 マエリベリーはしばし玄関の前でううんと唸った。このまま待ち続けて待とうかどうしようかと悩む。試しに外に付けられている電気メーターの回転を見てみるが、緩やかに回るばかりで中に人がいるかどうかまでは判らない。

 急な用件があったからわざわざ宇佐見の部屋まで来たと言うのに、肝心の本人がいなかったら話にならない。宇佐見が他に行きそうな場所を考えてみるが思い当たる節も無い。

 何処か昼食を食べにでも行ったのだろうか。ここの近辺だと近くにカレー屋があったはずだ。もしかしたらそこにいるかもしれないと、マエリベリーは踵を返そうとした。

 その時、部屋の中で何かが『ドタドタッ』と一気に倒れる音がした。

 その音にもしやとマエリベリーは耳を傾ける。

 ドア越しに小さい声だが「…………ぅぅん…」と誰かが唸る声と、また物が倒れる音が聞こえる。マエリベリーはインターホンを連打した。

「蓮子……蓮子っ!」

 そして、しばらく待つ。

「…………」

 携帯電話が五分経過した事を教えた。

 偶に部屋の中から何かが倒れる音、もぞもぞと摺る様な音が聞こえるが、未だ部屋から誰かが出てくる様子は無い。流石にマエリベリーも痺れを切らした。

 ドアを叩きながら空いている左手で携帯を操作する。再び部屋の中からダースベーダーのテーマが聞こえてきた。

 マエリベリーはドアに向かって渾身の打撃と叫び声を叩き込む。

「うさあああぁああみ!れえええんこおおおおおっ!」

 ドアが撓むほどの衝撃が廊下に響いた。があんとドアが震える。

 丁度叫び終わった所で、呼び出し中のコール音が止んだ。

 ブツッというノイズの後ろからガサガサとスピーカーの割れる音。眠たそうな、はっきりとしないくぐもった宇佐見の声が聞こえる。

『ふあい……宇佐見です……』

 ノイズが収まった所で、部屋の主の声がはっきりと聞こえた。

「……起きた?」

 数秒の沈黙。

『……起きました』

「玄関の前にいるから開けなさい」

『ふぁぃ……』

 宇佐見が電話越しにそう言うと、どたどたと部屋の中から重い足取りが聞こえ、ゆっくりとドアノブが回る。蝶番の擦れる音と共に玄関から宇佐見蓮子が顔を出した。

「朝から五月蝿いなぁ……何なのよ……」

 ドアから顔を出した宇佐見は、寝癖のついたボサボサの髪形で緑と赤のハートが満遍なく描かれたパジャマを着ている。頭をかき、マエリベリーの顔を見ると「あぁ、メリーか」とあだ名でそう言った。

 元々はマエリベリーという名前だが、どうも彼女にとっては発音がしにくいらしく、宇佐見はマエリベリーのことをそう呼んでいる。綴りを考えてもそう呼ぶことはまず無いと思うのだが、いつの間にか定着してしまいそのまま呼ばれていた。

 まあ、あだ名なんてそれくらい簡単でも良いだろう。マエリベリー自身、この呼び方は嫌いじゃなかった。

「おはよう蓮子」寝ぼけている宇佐見にまずは挨拶。

「おはようございます……メリー様……」

 宇佐見は大きな欠伸をすると、手のひらで顔を拭う。まだ眠いのか眼をしょぼしょぼさせ、薄く開いた眼で遠くを見るようにマエリベリーの顔を再度確認した。

「今日は休みでしょ……五月蝿いわ。メリー……土日くらい静かにしてよ……」

「よくもまあ、こんな時間まで寝れるわね……」

 携帯電話に表示された時間を確認しながらマエリベリーは言った。

「だって……今日は折角の土曜日じゃない。休日よ。少しくらいゆっくりと寝させてもらってもいいじゃない……ふあ~……」

 宇佐見はまた大きな欠伸をすると、ぼさぼさの頭を掻きフケを落としながらうなだれる。

 その様子をマエリベリーは見ていて何時もながら何ともお気楽な人間なんだろうと感心してしまう。少しは何か根性でも叩きなおしてやりたいと思うのだが……まあ、いいか。今はそんな時間があるわけではない。

「まあいいわ。とりあえず、コレはどういうことよ?」

「んへえ?」

 寝ぼけている宇佐見を横目に、マエリベリーはショルダーバッグから一冊の本を取り出し、宇佐見に突きつけた。

「コレは一体どういうことなのか説明してくれないかしら?」

 宇佐見はマエリベリーの差し出した本を手に取ると、眉間に皺を寄せ、本の表紙を食い入るように見つめる。

 本の表紙には『超常現象など無いっ!』と書かれたキャッチコピーと『ドン何処ドン!超常現象』と本のタイトルがゴシック体の強調された文字で、でかでかと書かれている。初めて手にする人から見るとどちらが本のタイトルか見分けがつかない。

 タイトルの背景には、宇佐見のにこやかとは言いがたい笑顔の写真が貼られている。

 不細工な、無理矢理笑っているようにしか見えない笑顔がまじまじと本を手にした人を見つめる。眼を見開き、頬を無理矢理吊り上げているのではないかと思うほど笑っていない顔だ。

 宇佐見はその本を手に取りまじまじと表紙を見つめると「おっ!」と声を上げた。

 続けてクククッと笑い声を上げる。

「ふ、ふふふっ……メリー?」

 肩を震わせ、宇佐見はにやりと頬を吊り上げが顔でマエリベリーを見た。

「何?」

「この本?面白かったでしょ?これ中々売れてるみたいでさ。いやあ、これで私も一躍有名人の仲間入りだよ。はっはっはっはっは!」

「はっはっはって全く持って面白くないわよ。そもそも何でこの本に私の事が書いてあるのよ。しかも実名で、私の名前まで書いてあるじゃない!」

「いや、だってさ、メリーだってこの前の事件を解決したじゃない。著作権って言うのもあるみたいだし、出版社の人と相談して折角だからメリーの名前も入れたのよ」

「貴女ねぇ……その所為でどうなっているのか判ってるのかしら……」

 マエリベリーはあっけらかんと話す宇佐見に嫌気が差し、頭を抱えた。私がバイトとして雇っていなかったら宇佐見とはもう縁を切ってもいい。そう思った。

「あの~?」

 二人が一悶着起こしている傍、唐突に呼ばれ二人はその方を向く。

 外に置かれた洗濯機の陰から一人の女性が不安そうに二人を見ていた。

 女性は二十代前半位だろうか。マエリベリー達よりも年上だというのは判る。

 短髪で赤髪に近い髪の色。喪服のような黒い服を着ていた。

「えっ……あれ?火焔さん、何でこんな所に?」

「いえ、あのまま待っているよりも一緒に行った方が良いかと思いまして……」

 火焔という女性は少し下を俯きながら手を組み替えたりと落ち着かない様子で申し訳なさそうにそう言った。

「あのまま家で待っていただければよかったのに……すいません、すぐにコイツを連れて行きますから」

「え?ちょっとメリー。誰?」

 宇佐見はマエリベリーと火焔という女性を交互に見ると、自分のパジャマ姿を見られたくないのか、少しドアの影に隠れた。

「蓮子、紹介するわ。火焔鈴(かえんりん)さんよ」

「どうも……初めまして」

 マエリベリーが宇佐見に火焔を紹介すると、火焔は小さくお辞儀をした。それにつられて「ああ、どうもどうも」と宇佐見もつられて軽く会釈を交わす。

「ええっと、それで一体全体何の用……なの?」

 この状況で流石に宇佐見もただならぬ空気に気がついたようだ。

見知らぬ年上の女性が一人。どうもその女性とマエリベリーはお互いに知り合いで一緒に自分の部屋に来ているのだから、気づかないほうがおかしい。

「私も火焔さんとはさっき会ったばかりだけれど、蓮子と私に用があってきたそうよ」

「用?」

「貴女が書いた本を読んで……ね、それで来たって言ってたわ」

そう言ってマエリベリーは宇佐見が手に持っている本を指差した。

「私の……本を?」すこし呆然とした顔で宇佐見が火焔の方を見る。

「あ、はい。宇佐見先生のその本を読ませていただいて……」

「先生……」

 その名前で呼ばれ、宇佐見は絶頂した時のごとく、うっとりとした顔つきになった。

 しきりに「先生」と口にしながら、何処か明後日の方を見ている。

「お~い……蓮子?」と顔の前で手を振ってみるが、見ていないのか宇佐見は反応しなかった。

「それは……本当ですかあ?」とろけるような声で宇佐見が聞いた。

「えっ、あっはい。宇佐見先生の超常現象何て物理学で全て解決できるという言葉に感銘を受けまして……」

「感銘……」はああっと、宇佐見のため息が聞こえる。

「ふ……ふふふっふふっ、私もついに有名人の仲間入りかあ・・・」

 口元を押さえるようにしてクククと嬉しそうに宇佐見は笑う。

 ああ、また始まったよ。マエリベリーは蓮子のこの仕草を見ながらやれやれと肩を落とした。宇佐見の癖だ。嬉しいときはいつもこうやって気取った気持ち悪い笑い方をする。こうなったら止まらない。

 宇佐見はドアから飛び出すと、火焔の目の前に行き彼女の手を硬く熱く掴んだ。

「ありがとうございますっ!わざわざ私のために来てくださる何て……!ああ、何て貴方は素敵な人なんでしょうか……」

「あっ、いえ……そんな」

 宇佐見の顔が余りにも近すぎて火焔は少し顔を背けるが、宇佐見は気にしていないのか、火焔をそのままじっと見つめている。マエリベリーはその宇佐見をみて「うわぁ……」と声を漏らした。

「いえいえいえいえいえ。素敵な方にお会いできただけでも光栄でございますよ。ああ、一体ご用件は何でしょ……ああ、挨拶が遅れましたね。メリーっ!」

 そう宇佐見はマエリベリーを呼ぶと右手を高々と上げ、火焔に深々とお辞儀をする。

 マエリベリーも「はいはい」と言い、仕方なく宇佐見と同じようにお辞儀をした。

「ようこそお客様。怪奇封印現象調査秘密倶楽部へ。いらっしゃいやせ」

 宇佐見はあの本の表紙と同じ、ニカッと満面の下手糞な笑顔を火焔に向けた。

「はっ……はあ、どうも……」

 そう言って火焔は何ともいえない表情で私達に再度お辞儀をする。

 また数ヶ月前と同じく面倒な事が降りかかってきたと、マエリベリーはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued……


 
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