●月村家の和メイド16
すずか view
カグヤちゃんが外で倒れた。それを聞いた時は心臓が張り裂けそうだった。また私の知らないところで無理をしたのだろうか? それとも止むにやまれない事情だったんだろうか? ううん、そんなのどうでもいいよ。ともかくカグヤちゃんの姿が見たくて、皆ですぐに駆け付けた。
駆け付けて聞いた話だと、お腹を殴られたらしいから誰かに襲われたのかもしれない。どうしてカグヤちゃんが? っと言う疑問はあったけど、それより早く良くなって欲しいって気持ちでいっぱいだった。
翌日になってやっと目が覚めたカグヤちゃんに、私は嬉しくて仕方なかったけど、カグヤちゃんはあんまり浮かない表情だった。自分の手を無機質な目で見て、窓から外の景色をただ眺めて―――、そんな事を繰り返してるだけで、何も応えてくれない。
まるで、初めて会った頃のカグヤちゃんに戻っちゃったみたいで、すごく不安だった。
あんまり暗い表情をしているモノだから、すごく気になって訊いたんだけど、カグヤちゃんは一度も視線を合わせてくれないまま「すみません……、一人にしてください……」なんて言った。
心配で、ただ心配で、私はどうして良いのか解んなかった。
「どうしたのよすずか?」
「元気ないよ、すずかちゃん?」
学校でアリサちゃんとなのはちゃんが、私の顔を覗き込んできた。二人とも心配そうな表情。私はそんなに顔に出てたのかな? 出てたのかも。隠すような事でもなかったし、二人もカグヤちゃんとお友達だから、話す事にした。
「うん……、実は昨日、カグヤちゃんが誰かに襲われたらしくって、今病院に―――」
「ええっ!? 大事じゃない!?」
「カグヤちゃん! 怪我は大丈夫なの!?」
あ、言い方が悪かったかな? 二人ともビックリした表情で問い詰めてくる。
二人の迫力に驚きながら、私は話を続ける。
「うん。怪我は大した事がないみたい。意識もはっきりしてるし、残るような傷も負ってないって」
「そっか……、でもあのカグヤが襲われるだなんて……、きっと相手は怪物並みの強さを持つのね」
「なんでそうなるの? アリサちゃん?」
「なのははまだ見た事無いんだっけ? カグヤって実はかなり強いのよ! 一人で誘拐犯を十人も倒しちゃうんだから!」
「ええ!? 本当にすごいっ!?」
カグヤちゃんの事を褒めてくれるのは嬉しいけど、それでカグヤちゃんは怪我をしたんだもん。私は喜べなかったな……。
「それで? カグヤの怪我は大した事ないんでしょ? だったらなんですずかが落ち込んでるのよ?」
「あ、うん……。あのね? カグヤちゃんなんだけど? 何だか目を覚ましてからずっと元気が無くて、何を訊いても『一人にしてください』って言われちゃって……」
「え? なに? アイツなんかあったの? いや、襲われたんだから何かあったも何もないけど……」
アリサちゃんの言いたい事も解る。カグヤちゃんが、ただ喧嘩で負けただけなら落ち込んだりなんてしない。きっと何かあったんだよ。心が傷つくような何かが……。
「今日、皆で御見舞に行ってあげるない? 少しは元気出るかもよ?」
「そうだよ。何かしてあげられるならしてあげたいし……」
二人の提案で、私達は放課後、カグヤちゃんの病室にお見舞いに行く事になったんですが……、
「カグヤ、早く元気になりなさいよ? 皆心配してるんだから」
「………」
「カグヤちゃん? 何か欲しい物とかってない? 家のお店のケーキ持ってこようか?」
「………」
「あのね、昨日のプレゼントの話なんだけど、カグヤちゃんが元気になったら、御家で渡す事になったから、だから早く元気に……ね?」
「………」
カグヤちゃんはずっと、窓の外か自分の手しか見ない。何を言っても言葉が届いているような気がしないよ~~。
「甘い物にも反応しないなんて重傷よね。本当に何があったのかしら?」
「もしかして……、襲ってきた人が変態さんだったとか?」
「それよ! カグヤきっと貞操の危機を味わったのよ! だからあんなに落ち込んで―――」
「皆様……」
「「「は、はいっ!?」」」
突然カグヤちゃんが冷たい声で呟くので、私達は三人揃って背筋を伸ばしてしまう。
「少し……、一人にしていてください……」
カグヤちゃんはやっぱり一度も目を合わせてくれませんでした。
なのは view
「―――って、事があったんだ……」
「そうだったんだな」
私は、カグヤちゃんのお見舞いから帰った後、その足で龍斗くんのいる八束神社に来ています。龍斗くんは何処かの学校の制服を着ていて、今学校帰りみたいです。龍斗くんの制服姿を初めて見るんですが、半ズボンじゃないんだね? 何だか少し恰好良くて、大人っぽく見えます。
「そっか……、あのカグヤが……」
何だか龍斗くん、少し考え込むような素振りを見せます。何か思う所でもあるのかな?
「なんとか力になってあげたいんだけど、理由が解らないと何もできないよ……」
「あのさ、なのは?」
「なに?」
「少し、一人にしてあげる事って出来ないのかな?」
「え?」
龍斗くんの発言に、私はビックリして目を丸くしてしまう。傷ついた子を一人にして放っておくって事?
不安な気持ちが顔に出ちゃってたのか、龍斗くんが慌てた様子で訂正します。
「別に、放っておこうって言ってるんじゃなくてね!? 少し、考えをまとめる時間を上げて欲しいと思って」
「考えをまとめる時間?」
「カグヤちゃんってさ、何かあると自分の中で考えて、自分の答えを出すタイプなんだよ。良くも悪くも自己の中で全てが完結してるんだよ。だから自分の中で整理が出来ていないと、周りに対して何か返したりする余裕がないんだと思う。今俺達が出来る事は、カグヤちゃんが考えをまとめて、自分で話し始めるのを待ってあげる事だと思う」
「そっか……、そうなんだね」
なんとくと同時に何か心に引っかかった。だって龍斗くん、何だか私以上にカグヤちゃんの事詳しいんだもん。なんと言うか……、胸がもやもやする!
「龍斗くんカグヤちゃんの事詳しいんだ……」
少し拗ねた感じになって、そんな言葉が自然と口から出た。初めての経験に自分でビックリしたけど、それ以上に龍斗くんの方がびっくりしてる。意地悪な言い方して嫌いになっちゃったかな?
「いや! 別にカグヤちゃんだから解るってわけじゃないんだ!? 本当に! なんとなく見てたら解ったって言うかな?」
「でも龍斗くん、カグヤちゃんとは私達より付き合い短かったよね? なのにもうそんなに解ってあげてるんだ?」
「ええっと、それは……、なんで怒ってるのなのは?」
「別に怒ってなんかないもん!」
「でも、そんなに頬膨らませて?」
「膨らんでない!」
ムキになってそっぽを向いてしまう私は、自分でもちょっとおかしいと思う。でも、気持が止められない。なんとなく龍斗くんが悪い気がする!
「膨らんでるって、ほら?」
ぷにっ、と、いきなり龍斗くんの指がなのはの膨らんだ頬を潰しました。途端に私の中で訳の解らない想いが溢れて、頭に血が上って行って恥しくなってくる。
「ふ、膨らんで……ないもん……っ」
「い~~や、さっきは膨らんで……、………」
「ちょっ!? な、なにっ!? なんで頬っぺた撫でるの!?」
「え? あ、いやごめん! なのはの頬っぺ、柔らかくてすべすべしてるから、つい……」
「ついって……! んん……っ! ふあぁ……!」
あれ? なんか、気持良い?
「ごめんっ!? いつまでも触って!」
「え? あ! いいよ! もっと触ってて!」
「へ?」
「あ」
何言ってるの私~~~~~っ!!
「えっと……、それじゃあ……」
なでなで……。
「あ、あう……」
は、恥しいよ~~~! でも、自分で言った手前、逃げられないし……っ。なんか、私龍斗くんの前だと、いつも変な感じになってる気がする~~~~~!
相談に来ただけなのに、なんでこんな事になっちゃってるの~~~!?
龍斗 view
カグヤちゃんが襲われたらしいと言う話を聞いて、「まさか?」っと思った。
なのはには『カグヤちゃん』が『狐』だと言う事は話していないから、まだ何も言えなかったけど、……最近気配のあった魔力反応。もしかすると侵入者がいて、それにカグヤちゃんが襲われたのかもしれない。ともかく本人に事情を聴かない事には始まらない。
そんな訳で、夜中、こっそり病院に忍び込んで、カグヤちゃんの病室を訪ねた。都合のいい事に個人用だったのが幸いして、あっさり中に侵入できた。
中に入った時、胸がドキリッと鼓動を打った。
病室のベットには、上体を起こした少女が、銀月の光を纏い、儚い眼差しで呆然と外を眺めていた。
幻想的と言えば聞こえはいい。だけど、この時の俺は『見惚れた』と言うより『魅入られた』と言う方がしっくりきた。
あそこに居るのは人間じゃない。少女の形をした別の何かで、触れてはいけない境界線その物の様な危機感を抱かせていた。
「君は誰?」
知っているはずの人物に、俺は思わずそう問いかけていた。
すると少女は、今俺に気付いた様に一瞥して、すぐに外へ視線を戻してしまった。
「ああ……、龍斗か……」
やっぱり解らない。
今度は確信的にそう思った。
此処に居るのは『魔術師カグヤ』でも『月村の和メイド、カグヤ』でもなく、俺が知らないはずの『東雲カグヤ』でもないと、はっきり判った。誰なのかは解らない。でも、そこに居るのは、カグヤと言う存在の根本で、それ故にカグヤと言う個人ではないような―――ダメだ。俺じゃあこれ以上は深く分析できない。此処に居る『誰か』は、俺が知るには早すぎる相手にしか思えない。
「………。用事がないなら……、一人にしてくれ……」
一瞬、ここは一旦帰ろうかと本気で悩んだが、そうじゃない気がした。ここで退いてもカグヤの何かを置き去りにするだけで、何の意味がないように思える。いや、恐らくどっちにしても意味はないのだと思う。ただ俺個人として、その選択が嫌だと思ったんだ。
俺は努めて『カグヤちゃん』に対するつもりで話しかける。
「いや、具合を見に来たんだよ。それと、カグヤちゃんが『襲われた』って言うのはどっちの方かと思って?」
出来る限り明るく話しかけると、銀月の少女がこちらに振り返り、立てた膝を抱きしめる様にして頭を膝の上に置いたままこちらを見つめると、少し思案するように、沈黙した。沈黙の間、無機質な眼差しを受けるのは、殺気を叩き込まれるより辛い。それでも根気よく待っていると、次第にその瞳が『カグヤ』の物に戻り始めた。
「そうだな……。お前には話しておいた方が良いだろう……」
自嘲的なその言葉に、口調こそいつもの敬語じゃないが、雰囲気がカグヤに戻った事に少し安堵した。しかし、カグヤの発言は、それとは別の意味で驚愕の物だった。
「魔術の才能を奪われたよ……。恐らく、二度と魔術の使用はできない……」
「な、んだ……てっ?」
言葉に詰まった。
魔術師が魔術を使えなくなり一般人となると言う事。それはつまり、今まで敵に回してきた者達に、「はい、自分は無防備になりました。仕返しのチャンスですよ~~!」と言っているような物だ。カグヤが魔術師として、どれだけの敵を作っているのかは知らないが、それでも自分を無防備にしてしまっている事に変わりない。
「い、一時的な物なんじゃないのか!?」
「かもしれん。……っが、そうでないかもしれん。丸一日経っても、魔術が使えないんだ……」
「そ、そんな、バカな……!」
魔術の才能を奪う魔術なんて聞いた事がない!? っとなると……別世界の魔法なのか!?
疑いと同時に一つの可能性が頭に閃いた!
「カグヤ! 管理局に行こう。その才能を奪う力が別世界の物なら、管理局が治療法を知っているかも!?」
「……」
カグヤがこちらを見る目は、どこか疲れ切った様な諦めた様な、そんな頼りない眼差しで、見ていて気分の良いモノじゃない。中々返事をしないカグヤに痺れを切らした俺は、カグヤの手を取ろうと近づいて―――、
「もし魔術を二度と使えないと言われたら……」
―――怯えた様な声が、俺の手を制止する。
「僕は……、義姉さんから受け取っていた唯一を……、失うんだな……」
その一言に、カグヤが抱えていた全てがあるのだと知った。
彼女は何処まで行っても義姉が大切なんだ。俺と同じで、義姉に多大な恩があって、俺と違って、この子はその恩を二度と返せない。だからせめて譲り受けた物は必死に守ろうとしていたんだ。なのに、その譲り受けた物まで奪われてしまい、どうして良いのか解らなくなってきてるんだ。
「龍斗……、管理局に行くのは……後にしてくれ……」
「カグヤちゃん……」
「魔術を使えない『カグヤ』は……、生きていける気がしない……」
「な、何言ってんだよ!? 自殺でもする気みたいな事言うなよ!?」
「だから……、未練を残しておかないと……、それを選びそうなんだよ……」
「カグヤ……」
「すずかの傍に……、居たいんだ……」
「……解った」
俺には……結局どうする事も出来ないんだと悟った。俺がもう少し大人だったら、何か出来る事はあったかもしれない。だけど、今の俺にはなにも出来なくて、できるとするなら、それはカグヤが求めている、すずかだけなのだろう。だから俺は、侵入者の話は退院してから、詳しい資料にして提出してもらう事にして、その場を去った。
俺は解っていた。これは実質上、カグヤが魔術師を一時的に止めたのと同じだと言う事を……。
この日カグヤは『誇り』を失ったんだ……。
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力を失ったカグヤは、いったい何を考えるのか………。