No.456010

IS(インフィニット・ストラトス)―皇軍兵士よ気高くあれ―

珠鋼さん

帝国海軍航空隊『特務零戦隊』に所属する桐島春樹は、祖国を、そして大切なものを守るため、命を賭して戦い、戦場にその命を散らした。だが、彼は唐突に現れた女神(自称)により、新たな世界に転生させられることとなる。そして彼は新たな世界でもう一度戦場を駆け抜ける。そう、全ては大切なものを守るために。 ※オリ主・オリ設定ものです。その手の作品が苦手な方、またオリ主の設定に対して「不謹慎だ!」と思われる方は戻ることを推奨します。基本は原作に沿って話を進めていきますが、所々で原作ブレイク上等という場面があるかもしれませんし、所々でおかしな点が見受けられるかもしれません。それでも構わないという方は本編へどうぞ。

2012-07-19 23:57:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1319   閲覧ユーザー数:1288

 

 

第01話 女神との邂逅

 

 

 

 

 

 

「ここは、何処だ?」

 

気付けば、俺は全く見知らぬ場所に立っていた。

 

そこは………そうだな、敢えて言葉にするなら真っ白な世界だった。

 

前後上下左右、とにかく目に入る光景全てが汚れのない白で塗り潰されている。つい先程まで俺がいた蒼穹の戦場とはまるで異なる風景だ。

 

(………見る限り、本当に何もないな。というか地平線すら見えんぞ)

 

目を凝らしてみても、周囲一帯には人工物はおろか、植物の類も見当たらない。それどころか、地面と空の境界をなす地平線さえも見えないときた。明らかに常軌を逸した風景である。

 

ここまでくれば誰でも察しがつくと思うが、恐らくここは俺のいた“この世”とは全く別物の世界なのだろう。

 

その証拠に、俺にはあの世界で死んだ記憶が残っている。何せ激突の衝撃と飛び散った破片によって身体がズタズタに引き裂かれたのだ。あの光景と感触は忘れようとしてもしばらくは忘れられまい。

 

「ということは…………ここは所謂“死後の世界”というやつなのか?」

 

「うむ、その通りじゃ」

 

「っ!?」

 

まさか返事が返ってくるとは思っていなかった俺は、突然聞こえてきた声に慌てて背後を振り返った。

 

「…………誰だ?」

 

警戒しつつ、俺は目の前に立っている人物にそう問いかけた。

 

そこに立っていたのは、美しい容姿に整った体つきをした女だった。

 

上と下が一体となった白い丈長の服を身に纏い、背中まで伸びた薄い蒼色の髪はまるで上等な布のような艶やかさを放っている。一言で言い表すなら、まるで物語に出てくる女神のような女である。

 

「う、美しい? 私がか? そ、そのようなこと言われたのは初めてじゃが、主は世辞が上手いのう/////」

 

「なっ!?」

 

女の言葉を聞いた瞬間、俺は思わず絶句した。

 

だって、そうだろ? 俺はあくまで“思った”だけで、直接口に出して“言った”わけではないのだから。

 

「ははは、そう警戒するな。別に私は主をどうこうしようなんて思っておらん」

 

苦笑しながら、目の前の女が言う。だが俺はその言葉を無視し、油断無く目の前の女を睨み付ける。

 

思っただけなのにその内容を言い当てたことといい、つい先程まで誰もいなかったはずの場所に忽然と現れたことといい、警戒するなと言う方が無理な話だろう。

 

「………わかったわかった。ちゃんと話す、だからまずその警戒心を解け」

 

確かに、このまま警戒していても埒が空かない。たが信用していいのか?

 

「信用するしないは主の勝手じゃが、取り敢えず私の話は聞いておいた方がいいと思うぞ?」

 

「………………」

 

まただ。口には出してないのに、この女また俺の考えてることを当てやがった。一体どうして………………

 

「どうしてと言われてものう…………あっ、そうか。普通の人間には心の中を読むなぞできんからな」

 

心の中を読む? なるほど、そういうことか。

 

「うむ。そういうことじゃ」

 

そう言って、女は何でもない風に頷いた。

 

「………あんた、本当に何者なんだ?」

 

浮き世離れした容姿、本来ならあり得ない色の髪、そして心の中まで見通す能力、はっきり言って同じ人間とは思えない。

 

「それはそうだ。何せ私は人間ではないからな」

 

…………………は?

 

言っている意味が理解できない。だが、目の前の女はそんな俺に構うことなく言葉を続ける。

 

「何者かと聞かれると、そうじゃのう…………ぶっちゃけて言うと女神か?」

 

ぶっちゃけるな。そしてふざけるな。真面目に答えろ。

 

「いやいや、これ真面目な話じゃぞ。私はたくさんいる神様の内の一人で、主らの住んでた世界やその他多くの世界の管理をしているんじゃよ」

 

「……………」

 

開いた口が塞がらなかった。

 

普通なら何を馬鹿なと一蹴するところだが、何故だか今の俺にはそれが出来ない。むしろ女から(僅かだが)感じられる神々しい雰囲気や物語の中にしかいないような容姿から、なるほどと納得してしまうくらいだ。

 

「だが………、喋り方が妙にジジクサイ女神というのはどうなんだ?」

 

「こ、これは少しでも威厳を出す為に必要だからと上司が強制してきただけじゃ!!」

 

なるほど、そういうことか。しかし神様が上司って…………。まぁ、それはさておき。

 

「………つまり、あんたは“女神みたいな女”ではなく、“本物の女神”である。と……そういうことか?」

 

「うむ、そういうことじゃ。どうじゃ? 凄いじゃろ?」

 

そう言い、女神はえへんと腰に手を当てて胸を張る。その際、胸に付いてる形の良い水蜜桃二つが大きく揺れ――――――

 

(ま、まずい。こんなの直視していられん)

 

慌てて目を背ける。恐らく今の俺は耳まで赤くなっていることだろう。

 

「ははは、赤くなりおって、ウブじゃの~」

 

笑いながら、女神は胸を強調するように、むにゅと自分の両手で乳房を掴んで谷間を作る。くそ、この女わざとやってやがる。

 

「そ、それより、何故その女神が俺如きの前に現れる? 何か理由があるんだろ?」

 

別に話を変える為に言ったわけではないが、その辺だけははっきりさせておかねばなるまい。まぁこのままからかわれ続けるのが嫌だというのもあるにはあるが。

 

「あ、逃げた」

 

「…………………」

 

「う、うそうそ、うそです。だからそんな殺気全開で睨むな」

 

失敬な。俺はただ沸き上がる殺意の衝動を必死に押さえ込んでいただけだ。

 

「…………それで? あんたは俺の質問に答える気があるのか?」

 

「も、もちろん。何せその為に主をこの場に呼んだのじゃからの」

 

随分な怯えようだな。俺ってそんなに恐いのか?

 

「うむ、それはもう……じゃなくて! まぁ質問に関しては少しばかり長くなるから、取り敢えず此方で茶でも」

 

そして女神が指さすその先には――――――

 

「………………ちゃぶ台?」

 

「うむ。最近和風テイストにはまっていての」

 

テイスト? まぁいいか。つっこんだらつっこんだで、また話が横道にそれそうだし。

 

「ほれ、主は此方じゃ」

 

言われ、俺は女神と相対する形で腰を下ろす。うん、家みたいでなんだか落ち着くな。

 

「う~む飲み物は………玉露で良いかの?」

 

「玉露!? 玉露が飲めるのか!?」

 

「う、うむ。えらく驚くのう」

 

当たり前だ。玉露と言ったら日本のお茶の中でもかなり高級なもの。俺のような一般庶民にはまず縁がない。

 

「ほう、そうなのか。ホレ、茶が入ったぞ」

 

「あぁ、済まない。………というかそろそろ心の中読むのやめてくれないか?」

 

「む? あぁそうだったな。スマンスマン」

 

ったく。まぁいいけど。

 

「では、まぁこれから本題に入っていくのじゃが、その前に一言いいかの?」

 

「?(こくり)」

 

お茶を啜りながら、女神の問いに頷いて答える。うん、さすがは玉露。これまで飲んできたお茶とは比較にならない程の美味さだ。

 

「え~と、取り敢えず………………すいませんでしたぁ!!!」

 

「ぶふぉ!? い、いきなり何を!?」

 

驚きのあまり、俺は飲んでいた玉露を噴き出した。

 

何せ、いきなり女神が俺に向かって土下座してきたのだ。これで驚かない人間はいないだろう。

 

「じ、実はのう………主が死んだのは私のせいなんじゃよ」

 

「は? 女神のせい?」

 

何を馬鹿な。俺は最期敵機に体当たり攻撃かまして死んだんだぞ? これの何処に女神の責任があるというんだ。

 

「まぁ、取り敢えず顔を上げて。それでちゃんと詳細を説明してくれ」

 

何にしても、まずはこの土下座状態の女神をなんとかしなくては、これではまるで俺が悪いことしたみたいじゃないか。

 

「う、うむ」

 

幸い、女神はすぐに顔を上げてくれた。まぁその表情には若干ばつの悪そうな色が浮かんでいたが。

 

「で? 俺の死はあんたのせいだと言うが、具体的にはどういう意味なんだ?」

 

お茶を飲みながら、俺は土下座状態から普通の座り方へ戻った女神に言う。対する女神は、相変わらずのばつの悪そうな表情で言葉を紡いでいった。

 

その内容を簡潔にまとめると、以下の通りになる。

 

・俺は本来ならあの空域にいるはずのない人間だったこと

 

・俺は愛機のエンジンの故障により作戦自体に参加できず、部隊唯一の生き残りとして天寿を全うするはずだったこと

 

・女神の方の手違いでエンジンの故障が起きず、作戦に参加できたこと

 

・俺の殺した米兵は元々別の連中が殺すはずだったこと

 

以上だ。

 

「――――というわけなんじゃ。む、湯飲みが空じゃな。茶のお代わりはいるか?」

 

「あぁ頼む。………まさか俺の死にそんな裏事情があったとはな、予想外もいいところだ」

 

玉露のお代わりを頂きながら、思わずそんな言葉を呟く。

 

俺は間違いなく自分の意志で死んだと思っていたのに、蓋を開けてみれば実は女神の手違いだと言う。何と言うか、複雑な心境だった。

 

「まぁ、主からしてみれば内心複雑じゃだろうな。しかしのう、他の世界も大体同じようなものなんじゃよ?」

 

そこで女神は自分の玉露を一口啜り、それに、と言葉を続ける。

 

「嫌われるのを承知で言わせて貰うが、私の方だっていろいろ大変なんじゃよ」

 

そう言う女神の口調は何処か愚痴っぽかった。

 

「何せ私が管理してるのは主の住んでた世界を入れたら10個くらいあるからな。その上主の世界は欲の皮突っ張った馬鹿連中の起こした戦争のせいで他の世界とは比較にならない程の人間が死んでしまうし、私はその事務作業に忙殺されるし、さらに言わせて貰うと私も一つの世界にばかり構っていられんから他の世界全部の維持管理も平行してやらなくてはならん。おかげで私は三百年間ずっと仕事漬けで、戦争が起こったここ数年に至っては、休暇はもちろんまともに寝ることすらできてないんじゃよ」

 

うわ、それは確かに辛いな。並の人間ならとうの昔に、というかかなり最初の段階で過労死してるぞ。

 

「…………そりゃあ、手違いで何人か死なせたとしても不思議じゃないな」

 

「まぁの。だがそれを完璧にこなすのが女神の仕事なのじゃ。人間の“身勝手”にいつまでも振り回されてるようじゃ、女神としてはまだまだ三流だってことじゃな」

 

そう言い、自嘲気味に笑う女神。気のせいだろうか、その姿は何処か疲れ切っているようにも見えた。

 

(………いや、気のせいなんかじゃないんだろうな)

 

話を聞いただけでも目眩がする程の忙しさだ。実際にそれを何年もこなしてきたんだから疲れないはずないだろう。

 

(俺たちは俺たちなりの正義に基づいて戦っていただけなのに、よもやこんなところにそのツケを支払されているやつがいたとはな…………)

 

それを考えると、少しばかり申し訳なく思えてくる。もっとも、戦闘機パイロットとして戦場を駆け抜けたこと自体は微塵も後悔していないし、謝る気もないが。

 

「大変だな。神様ってのは」

 

俺がそう言うと、女神は驚きの表情で俺を見た。ん? 俺の顔に何か付いてるか?

 

「えっと…………私が言うのも変な話じゃが、怒らないのか?」

 

恐る恐るといった具合に、女神が俺に訊ねてきた。なるほど、どうやらこいつは俺が今の話を聞いて憤慨すると思っていたらしいな。

 

「むしろ怒る理由が見当たらない。確かに俺はあんたのミスで死んだのかもしれないが、そのおかげで俺はかけがえのない相棒(零戦)とともに最期まで戦い抜き、英霊たちと同じ空の上で死ぬことができたんだからな」

 

もし仮に女神の手違いが起きず、当初の通り作戦に参加できなかったとしたら、俺は今頃作戦に参加できなかったことを激しく呪っていたに違いない。

 

何せ、あの作戦は『乾坤一擲、皇国の興廃この一戦にあり』とまで言われた重要なものだ。それに参加できないばかりか、他の戦友たちが皆全身全霊で戦い命を落としていったというのに、俺だけが終戦まで生き残り、あまつさえ天寿を全うするなど断じて許されることではない。

 

相棒に関してもそうだ。俺の見立てと小耳に挟んだ噂が正しければ、日本は作戦成功に合わせてアメリカの降伏勧告を受け入れたはず、そうなれば俺の相棒も米軍たちの武装解除によって空の上ではなく地上で叩き壊される運命にあったはずだ。

 

結果的に、俺も相棒も女神の手違いがあったからこそ満足のいく最期を迎えることができたのだ。怒る理由などあるはずもない。

 

「だから気にするな。それに、あんただって別に悪気があってやったわけではないんだろ?」

 

「あ、当たり前じゃ!! 私はそんな畜生にも劣る下衆じみた真似絶対にせん!!」

 

声を荒げ、否定する女神。それに対し、俺は女神にこう返した。

 

「なら何も問題はないさ。故意にやったというなら問題だが、そうでないなら俺はあんたを責めるつもりはない」

 

他人からすれば、俺の言葉は正気を疑うようなものなのかもしれない。だが、それが俺の本心だ。

 

「じゃ、じゃが…………死んだということはもう家族や友達に会えないということと同義なのじゃぞ? 主にも未練の一つや二つあったのではないのか?」

 

先程と同じ恐る恐るといった様子の口調で、女神が言う。そんなに怯えるならわざわざ言わなければいいのに、律儀というか真面目というか。

 

「いいんだよ。そんなことは、それに…………」

 

だからなのかもしれない。女神がこういうやつだったから、俺もうっかり口を滑らせてしまったんだろう。

 

「仮に生き残っていたとしても、俺にはもう………帰るべき場所も帰りを待っててくれる人もいないんだよ」

 

「っ!!」

 

直後、女神がしまったとばかりに目を見開く。そして、それは俺も同じだった。

 

(……しまった。やっちまった………)

 

自分の言った言葉を改めて思い出し、俺は自分の迂闊さを呪う。だが後悔先に立たず、今更悔いたところでもう遅い。

 

「あ、いや、その………済まない」

 

慌てて謝るが、女神は何も喋らない。いや、喋らないというより掛ける言葉が見つからないといった具合だ。

 

「と、とにかく。そういうことだから、あんたが責任を感じる必要は一切ない。だから気にするな」

 

誰にだって失敗はあるし、それだけの重労働をさせられれば失敗が頻発するのは道理だ。むしろ文句を言いつつもしっかり仕事をこなしている彼女はもっとよく評価されるべきだろう。

 

そういう意味合いも含めて言ったのだが、やはり女神は何も言わない。それどころかむしろ纏う空気の重みがより一層増した気がした。

 

(くそ、先程の俺を殴ってやりたい)

 

こんなことになったのも、俺がうっかり要らんことを言ってしまったせいだ。できることならこの重苦しい空気をなんとかしてから靖国に“逝きたい”のだが、果たしてどう対処すればいいのやら。

 

「…………決めた」

 

「え?」

 

どうやってこの重苦しい雰囲気を断ち切るか思案していると、唐突に女神が声を漏らした。

 

「もはや此方の事情も主の意志も関係無い。主には転生してもらう」

 

そう言う女神の表情や雰囲気は、先程までの親しみやすそうな女のそれではなく――――――

 

「絶対に、な」

 

他者を畏怖させる程の威厳に満ち溢れた、神様としてのものだった。

 

 

 

今までの転生者たちは、私がミスして死なせてしまったということを知ると、皆一様に怒り、私に悪口雑言を吐きかけてきた。

 

まぁ間違えて死なせてしまったのは私の落ち度だし、彼らにだって大切な人たちがいたのだろうから怒られるのも悪口を言われるのも仕方がないと言えば仕方がないことだ。

 

だが同時に、私は若干、本当に僅かではあるがその人間たちに対して苛立ちを覚えていた。

 

『文句なら重労働させてる上司に言え』

 

『神の仕事がどれだけ大変かも知らないで』

 

『そんなに文句言うなら変わってみろ』

 

『怒りたいのはこっちだ』

 

そんな身勝手で理不尽で浅ましい考えを抱く自分自身に嫌悪しながらも、私の苦労を何一つ理解してくれず、文句ばかり言う人間たちに対し、私は怒りを募らせていた(人間であればストレスで胃が穴だらけになっていたのではないだろうか)。

 

………分かっている。悪いのは私で、あの人間たちはれっきとした被害者。私が彼らから責めを受けるのは仕方のないことなんだって。

 

だが、私とて万能ではない。人間は私たちのこと全知全能だと思っているみたいだが、私たちは万能なんかじゃない。

 

それに、私にだって感情はある。理解するのと納得するのは全く別の問題だ。

 

だが、まさかそんなこと言うわけにもいかない。私がどう考えようと、周りからすれば悪いのは私の方なのだから。

 

だから、内心に複雑な思いを抱きつつも、自分の失敗を取り戻す為に様々な人間を転生させてきた。まぁ、その時にはやれチート能力だのやれ漫画やアニメやラノベの世界だの煩く注文してきたものだが。

 

だが彼は、桐島春樹は違った。

 

これまでにも何人か例外はいた。けれど、先程の様に私の話を最後まで聞いてくれたのは彼だけだ。

 

嬉しかった。私の話を聞いてくれたことが、私の苦労を理解してくれたことが。

 

だが、それ以上に不安だった。

 

何せ、故意ではないといっても手違いで命を奪ってしまったのだ。

 

表面上は気にしてない風に装っているが、内心では腸が煮え繰り返るような怒りを抱いてるかもしれない。

 

故に不安だった。先程の殺気も恐かったが、優しくされた後に徹底的に糾弾されるのではないかと考えるとさらに恐くなった。

 

だが、その心配は杞憂に終わった。

 

『それに…………仮に生き残ったとしても、俺にはもう………帰るべき場所も帰りを待っててくれる人もいないんだよ』

 

そう言う彼の表情はひどく悲しそうで、ひどく痛々しかった。

 

彼がそう言った時、私は悟った。

 

彼は胸中に拭い切れない程の絶望を抱えていたのだということを。彼は死ぬことに救いを求めていたのだということを。

 

(そんなの、悲し過ぎるではないか…………)

 

これが、元々死ぬ運命にあった人間ならば、助けること叶わぬと諦めもついただろう。

 

だが、彼は私の手違いで死なせてしまった人間。言わば、本来なら死ぬはずのなかった人間だ。

 

天寿を全うするはずだったのに、長い時間をかけて戦争の傷を癒すはずだったのに。

 

私が、他ならぬ私が、彼から立ち直る機会を、やり直す機会を奪ってしまった。

 

『…………決めた』

 

だから、私は決めた。

 

『もはや此方の事情も主の意志も関係無い』

 

転生させなければ罰則が下されるとか、彼自身が死を望んでいるだとか、そんなことはもうどうでもいい。

 

『主には転生してもらう』

 

これは私の我が儘。彼にもう一度生を歩んでもらい、今度こそ幸せな、転生してよかったと思えるような人生を歩んでもらう、要するに自己満足とでも言うべき我が儘だ。

 

結果、私は彼に恨まれるかもしれない。

 

だが、かまわない。たとえ恨まれようが、憎まれようが、彼は絶対に絶望したままになどさせない。

 

『絶対に、な』

 

そう、絶対に。

 

 

「転………生……?」

 

驚いた表情のまま、目の前の少年は私の言葉を反芻する。

 

「そう転生。もっと分かりやすく言うなら、死んだ主を別の世界に生き返らせるということじゃよ」

 

何を言っているのか理解できないのか、少年は私の言葉に困惑している様子だった。いや、困惑しているのは私の態度が変わったからだろうか。

 

(まぁ、無理ないか。他の神から見れば私は公私の落差が激しいらしいからの)

 

だが、今はそんなこと関係無い。それで私のやることが変わるわけじゃないのだから。

 

「………といっても主が元いた世界は不可能じゃがな。その代わり、主の望む世界ならどこでも構わぬ。なんなら漫画やアニメやラノベの世界でも構わんし、主が望むのならチート能力も付けよう」

 

新しい人生を歩んでいくにあたって、今まで転生させてきた人間たちは皆能力や転生先、果ては容姿までやたらと煩く注文してきた。

 

正直、私はその厚かましさに若干内心で辟易していたが、彼に関してはむしろ出来うる限り要望に応えてあげたいという思いの方が強い。

 

(私も大概現金なやつじゃのう)

 

内心で自嘲しつつ、私は目の前の少年を見据える。だが、目の前の少年は私の言葉に若干混乱しているみたいだった。

 

「は? 漫画? アニメ? ラノベ? チート?」

 

おっと、そうだった。彼のいた世界にはまだその手の文化がないんだったな。

 

「要するに、もう一度人として生を得るにあたって、どんな力が欲しいか、またどんな世界に行きたいか、何か希望があれば叶えてやるということじゃよ」

 

私がそう説明すると、彼は途端に眉を顰めた。

 

「………それはつまり、死んだ俺を別の世界に蘇生させる、と。そういうことなんだな?」

 

「単刀直入に言うと、そういうことになるのう」

 

「………俺以外の、他の英霊たちは?」

 

「言ったはずじゃ。彼らは元々死ぬ運命だったのだと。じゃから死ぬはずではなかった主とは違って転生は適用できん。早い話、転生が適用されるのは主だけということじゃな」

 

「そんなの納得できるかっ!!!」

 

怒気を孕んだ大声で、少年が怒鳴る。その目には、まるで剥き出しの刃の様な鋭い殺気が宿っていた。もしこれが常人なら殺気をあてられた瞬間腰を抜かしていたかもしれない。

 

しかし残念、公私の“公”の方のスイッチが入った状態の私には、そんな殺気などどこ吹く風だ。

 

「それを私に言われても困るのう。そういう決まりなのじゃから。まぁ決まりがあろうとなかろうと、私は主を転生させるつもりだったがな」

 

「ふざけるのも大概にしろっ!! 多くの英霊たちが皆同じように粉骨砕身の思いで戦い、その命を散らしたというのに、俺だけを転生させるだと? そんなこと許されるはずがないだろう!」

 

その後も、更に言葉を続けようと口を開くが、自分が冷静さを欠いていると自覚したのか、少年は途端に口を噤んだ。

 

そして、気分を落ち着ける為なのか、数回ほど深呼吸を繰り返した後、再び口を開いた。

 

「……あんたの言いたいことは理解した。だが先程も述べた通り、俺は一軍人として死ねたことを誇りに思っているし、他の英霊たちを差し置いて生き返りたいとは思わない」

 

先程の激昂が嘘のように、少年は落ち着いた口調でそう言った。

 

「だから俺は転生なんかしない。その心遣いには感謝するが、どうせ蘇生させるのなら俺のような“死んだところで何の問題も無い人間”なんかより、鬼畜米英どもの大量虐殺によって命を落とした無辜の国民たちを蘇生させてくれ」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は思わず絶句した。

 

それはそうだ。何せこの少年は自分のことを“死んだところで何の問題も無い人間”だと言ったのだから。そりゃあ言葉を失うというものだ。

 

(我が身のことを第一に考える人間などいくらでもいるというのに、何故お前はそんな悲しいことを言う? 何故その言葉を疑問に思わぬのだ?)

 

何故、この少年はこれほどまでに我が身を顧みないのだろう。

 

彼が所属していた“軍”とやらがそうさせたのか、あるいは彼の生きた“時代”がそうさせたのか、はたまたその両方か。いずれにせよ、『誇り』や『名誉』云々だけが理由というわけではあるまい。

 

(………やはり、家族と故郷を同時に失った悲しみが、彼を歪めてしまったのか)

 

先程の口振りから察するに、それが一番の原因なのだろうな。

 

私には家族も故郷も存在しない。生前、私がまだ人間だった頃には存在したらしいが、今となっては思い出すことも出来ない程昔のことだ。

 

それ故、私には家族や故郷を失う悲しみがどんな気持ちなのかよく分からない。まぁ精神に途方もない苦痛を伴うというくらいだな。私の認識といえば。

 

だとすれば、私がしようとしているのはなんだ? 他でもない、彼の傷を広げるような行為なのではないか?

 

だとしたら私は――――――――

 

(いや、この考えはよそう。決意が揺らぐ)

 

そうだ。ついさっき決めたじゃないか。

 

恨まれようが、憎まれようが、関係無い。彼には今度こそ幸せな人生を送ってもらうのだ、と。

 

なればこそ、今私が取るべき行動はただ一つだけだ。

 

「…………つまり主は意地でも転生はせぬ、と。そういうことか?」

 

「ああ。軍人になった時からいつだって死ぬ覚悟は出来ていたし、人である以上いずれは死ぬんだ。俺の場合それがあの時だったというだけだろ?」

 

「そうか…………」

 

本当に強情なやつだな。こうなったらもう“アレ”しかあるまい。

 

「ならば、もう私からは何も言うまい」

 

私がそう言うと、少年は安堵の溜め息をついた。

 

「はぁ、ようやく理解してくれたか」

 

「これ以上は何を言っても無駄だと思ったのでな」

 

そう、これ以上の言葉は不要。よって―――――――

 

「えい」

 

ドン

 

―――――私は少年を突飛ばした。

 

「へ?」

 

よほど私の行動が予想外だったのか、少年は突飛ばされたことを怒るのも忘れ、間の抜けた声を上げる。ちなみに私の腕力は人間の女と同じくらいなので、彼を突飛ばしても数歩後ろへ後退させるのが精一杯だ。

 

だが、それでいい。何せ彼の後ろには―――――――

 

 

 

ズルッ(“何か”に足を取られ、後ろ向きに倒れる)

 

 

 

「………………は?」

 

「主があまりにも強情なのでな。強硬手段を移らせてもらった」

 

――――――巨大な落とし穴が口を開けて待ち構えているのだからな。

 

「なああぁぁぁぁぜええぇぇぇぇぇっ!!?」

 

叫びながら、闇が広がる落とし穴の中へと落下していく少年。だが、少しするとその叫び声すら聞こえなくなった。

 

「ここは私の造り出した世界じゃぞ? 故にここでは私が望めばどんなことでも起こり得る。言わば、ここでは私が法なんじゃよ」

 

何故というから種明かしをしてみたが…………。どうやらもう聞こえないみたいだな。

 

「むっ、こんなことしておる場合ではない。早く“やつ”の転生先と設定を決めねば」

 

言いながら、私は目の前にタッチパネルを呼び出し、文字を打ち込んでいく。

 

(強硬手段(これ)使うと選択の幅が異様に狭いんじゃが…………、まぁ、いた仕方あるまい。そもそもあやつが強情なのが悪いんじゃし)

 

この際、相手の意思を無視したのは気にしない。気にしないったら気にしない。異論は認めん。

 

「どれ、転生先は……………ましなのがIS-インフィニットストラトス-しかないのう」

 

まぁ、この世界なら直ぐに死ぬということもないだろう。あとは少年次第か。

 

「次に能力は………………むっ? もう決まっておるじゃと? 閲覧は…………不可能か」

 

こうなってしまっては手出しのしようがない。どんな能力が付与されたかは知らないが、現状だけで乗り切ってもらうしかあるまい。まぁISの性能自体は異常なまでに高いみたいだから、さほど心配は要らんだろう。

 

「そうじゃ。直ぐに自害に走らぬようにプロテクトを掛けておかねばな。あと時系列は……………原作開始前か。むっ? 記憶の改竄がされておらぬだと?」

 

それだけではない。今しがた調べたところ、原作キャラやその他モブキャラの記憶の改竄はもちろん、少年の戸籍や個人情報のことごとくが作成されていないことが分かった。

 

つまるところ、あの少年は何の下準備もされていない状態の異世界に単身放り込まれたということになる。

 

(なんとかせねば…………)

 

思考しつつ、私は呼び出したタッチパネルに文字を打ち込んでいく。果たして今から書き込んで間に合うかどうか…………

 

「くっ、案の定か」

 

やはりというかなんというか、画面上に表示されたのは“変更不可”の四文字だった。

 

一応、変更不可と表示される寸前に、過去に桐島春樹という名の人間がいたという痕跡だけは残すことができたが、裏を返せば変更できたのはたったそれだけ。戸籍や個人情報に関する問題は何一つ解決していない。

 

(まさかここまで融通が効かぬとは、やはり強硬手段など使うものではないな)

 

何にせよ、こちらから出来ることはもう何もない。あと出来ることと言えば、精々あの少年が幸福に生きていけるように祈るくらいである。まぁ神が祈るというのもおかしな話だが。

 

(後はあの少年次第。果たして吉と出るか凶と出るか……………)

 

人間だったらこんな時「行く末は神のみぞ知ることだ」とでも言うのだろうが、生憎その神である私にもこの先どう転んでいくのか見当が着かない。

 

(あくまで死ぬことに拘るか、希望を見つけて生きることを望むか、個人的には後者の展開がいいな)

 

まぁ、気長に見守っていてやるさ。だから――――――

 

「精一杯、幸せに生きるんじゃぞ。桐島春樹」

 

せめて彼の者の人生に幸福があらんことを。


 
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