No.454458

fate imaginary unit 第三次聖杯戦争 第四話

wataraiさん

一見完璧に見えるものでもどこかに綻びというものは存在する。
始まりの御三家が過去二回の反省を踏まえて作り上げたこの第三次聖杯戦争もまた例外ではなかった。
彼はその例外の一つとも言えるだろう。
いや、もしかしたら一介の軍人である彼がマスターになるのは必然だったことかもしれない。
答えはまさに聖杯のみぞ知るところだろうか……

2012-07-17 00:42:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:716   閲覧ユーザー数:715

一カ月前

 

「どうにも、お前さんは神さまに愛されてるのかねぇ」

 

「そんなことないよ、ばぁさん。ただ単純に運が良かっただけさ」

 

寂れていると言っても差支えない村の中でそこまで大きくもない家の中で男と老婆が話をしていた。

 

老婆の方は腕など細く力を込めてしまえば簡単に折れてしまいそうな位華奢な体躯であった。

 

それに比べて男の方は日本男児にしては背が高くがっしりとした時代が時代なら、そう武蔵坊弁慶に並ぶかと言うほどの巨躯だった。

 

老婆は彼の母親だった。

 

床に伏していても気丈な瞳は陰りを見せることなく、絶えず彼を見つめていた。

 

「とりあえず間に合ってなによりだ」

 

彼は安堵の溜息を吐く。

 

危篤だと電報を受け取った時は本当に気が動転したのを覚えている。

 

上官もただならぬ雰囲気を感じ取ったのか僅かばかりではあるが帰郷が許されたのだ。

 

彼は、自分の荒れた指を眺める。

 

徴兵されてからというもの海に出ることはあっても魚を捕ったりすることは無くなってしまったな。と自らが積み上げた経験が無に帰るような気持ちがして少し哀しくなった。

 

その体躯から白兵戦では無類の強さを誇るであろうと帝国陸軍に配属されていた。

 

勿論階級などは一番下の足軽のようなものだ。

 

希望を言えばまだ船に乗れる海軍が良かったのだが、個人の希望が簡単に通るはずもなくその希望は無視された。

 

男は漁師だった。

 

父の背中を追って海に出た。

 

そして二十歳になる頃にはこの村周辺でもその名前を響かせるほどの名手になっていた。

 

「もう俺が魚を捕ることはないのかもな」

 

目の前の老婆に聞こえることないように注意しながら、男は独り言のように呟く。

 

男は荒れた指から視線を自らの手の甲に移す。

 

そこにはいつ出来たか分からない傷があった。

 

擦っても取れないのだから刺青に近い。

 

男の名前は権藤統二と言った。

 

彼は本来聖杯戦争とは全く無縁の人間であった。

 

恐らく彼は自分にこの刺青が宿るまで聖杯戦争のせの字も知らなかったことに違いない。

 

そして魔術師という存在も知らなかったことだろう。

 

そもそもこの刺青が宿ったことが何を意味するかも理解していなかっただろう。

 

手の甲の刺青とは別に統二の背中には首から尻にかけて大きな刺青があった。

 

これは勿論統二自身がいれたものではない。

 

まるで人体の血管と神経を模したような模様。

 

その刺青に理由についてはこの村では伝説にもなっていた。

 

――まだ統二が、少年だった頃。

 

そうは言ってももう船にも乗っていた時のある日のこと。

 

彼の乗っていた船が嵐に見舞われ難破した。

 

当然統二も投げ出されて、体は海深くに沈んでいった。

 

そろそろ息も持たなくなってきてここまでかと統二が人生を諦めた瞬間、海の底に光る社を見つけた。

 

統二はその光が気になり、最後の力を振り絞ってその光に触れた。

 

まばゆい光に包まれる。

 

それと同時に激しい痛みが統二の体を襲う。

 

その痛みに耐えかねて統二の意識は奥深くに沈んでいった。

 

統二は目を覚ますと、自らが生きていることに驚く。

 

彼は、奇跡的に浜辺に打ち上げられたのだ

 

しかし、立ち上がる気力すらなくただ倒れていた所を村人に一人が発見して偶然にも助かった。

 

統二は持ち前の体力で暫く寝ると快復したのだが、背中に大きな傷が出来ており、その傷だけがいつまでも色濃く残っていた――。

 

それが現在の刺青なのだ。

 

統二がその話を村の長老達にすると、長老たちは口を合わせてこの村に古くから伝わる水神の加護だと言った。

 

その加護を受けてからというもの、背中の刺青に精神を集中させると普段持つことが出来ないような重い物を持ち上げたり、速く動くことが出来るようになった。

 

その力を行使する度に背中が熱くなるのを感じた。

 

そして、右手に謎の刺青が宿る前の晩奇妙な夢を見たのだ。

 

海の水神と名乗る昔話によく出てくる精霊のような風貌をした老人が統二の前に現れたのだ。

 

 

『お前はまもなく聖杯にマスターとして呼び出されるだろう。その時お前に授けた魔術回路がきっと役に立つだろう』

 

「お言葉ですが水神殿。聖杯戦争とはなんでしょうか……」

 

統二がそう質問すると老人はにこやかに笑い、統二はまた光に包まれる。

 

光に触れた瞬間統二は全てを理解していた。

 

聖杯戦争、マスター、サーヴァント、そして魔術師と呼ばれる存在がいること、そして己の体に宿った背中の刺青の意味を。

 

全てを理解した上で統二はその老人に向き直った。

 

「あなたは何を望むのですか?」

 

『そうさのぉ……今度会う時までに考えておこうぞ』

 

欲のない神様だ。統二は素直にそう思った。

 

恐らく聖杯もこの神にとってはどうでもいいようなことだろうという印象を受けた。

 

「承知しました。あなたに助けていただいたこの命あなたの為に使いましょう」

 

統二がそう言うと、急に目が覚めた。

 

夢だったのか。

 

それにしては随分とリアルな夢だった。

 

統二は寝床の横に古びた木片があるのに気がつく。

 

それを手に取ってみる。

 

統二の船に使われている材木ではなかった。

 

それにこの木片が俺が落としたものにしては、古すぎる。

 

その木片はほぼ崩れかかっていてともすれば霧散してしまいそうだった。

 

ただ、この使い道もないゴミ同然の木片を何故か統二は捨てることが出来なかった。

 

「もしかしたら、彼が私の為に触媒でも置いていってくれたのかもしれないな」

 

統二は自分の夢のような妄想に少し笑みを漏らして、手ぬぐいにその木片をそっと包むと、机の中にそっとしまった。

 


 
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