「一つ、ひらめく生活の知恵!!」
葵がウインクすると睫毛から星が飛んだ。
・・・やたらとどす黒い星だ。
「二つ、膨らむ乙女ぱうぁー!!」
手にあるステッキから魔力が迸り、葵の体を覆ってゆく。
シルエットしか見えなくなった葵の服が解けるように消えた。
「三つ、みんなのお母さん!!」
魔力が葵の体を覆い、形になってゆく。
「家庭を守るは妻の使命!!」
覆っていた魔力がはじけ飛び、葵の姿があらわになった。
イメージカラーは黒を基調に、ショッキングピンクで縁取り、下品にならないレベルで少女趣味のフリルが付いた衣装・・・しかもミニスカで、足のラインがはっきり出る黒い薄めのストッキング。
くるりと回転してポーズをとれば、スカートの裾が翻る。
しかしその先は見えない。
まるで魔法のように絶対領域はきわどい所で絶対死守だ。
「マジカル美少女ワイフアオイ、見参!!」
髪が全てアップになり、頭頂部で一つに纏められ、パイナップルのようになっている。
・・・かなり奇抜なセンスのヘアースタイルだが、魔女っ娘的にはありなのか?
片手に玩具のステッキのような物を持ちながら、ビシッとポーズを決めて自分を指差してくるのは紛れもなく遠坂葵だ。
見間違いではない。
今の彼女の姿がどう見ても魔法少女のそれなのは夢ではない。
そして台詞が変化した事にも突っ込んではいけない。
多分、気分以上の理由はないからだ。
「うわぁ・・・」
シロウが彼らしからぬ声を上げた。
だが、本心やその他諸々の思いを込めた声だった。
軽く腰も引けている。
羞恥という物も色々あるが、度を越すと本人より見ている人間の方が恥ずかしいという場合が存在する。
今の葵がまさにそれだ。
”見た目”には本人ノリノリだが、葵に理性が残っていたなら恥死しかねない。
確かにこれは、凛と桜が泣き出して助けを求めてきても当然だ。
いつも見ている人間が、こんな性格豹変を起こせば怖くて仕方がないだろう。
正直な所を言えば、シロウだって逃げ出したい。
戦いすらせずに逃げ出したいと思ったのは何時以来だろうか?
勝てないかもしれないと弱音を吐いたのは多分これが初めてだ。
「・・・いくらなんでも厳しいだろう?30近い二人の子持ちに”美少女”のフレーズは間違って・・・」
「えい!」
「ぬおォォォ!!」
予備動作もなく打ち出された魔力の塊を、上体をのけぞらす事で避けた。
シロウが全力で回避に回らなければ避け切れなかっただろう。
構成はガンドに近いナニカだったが、色がとてつもなくドス黒かったのと形がハートだったのはどういう理屈だ?
「シロウさん?何かおっしゃいました?」
「いや、小鳥のさえずりでも聞き違えたのではないかね?」
「あらそう?イケナイ小鳥さんね〜♪」
クスクスと笑う葵だが・・・目が笑っていない。
アレは獲物を注意深く観察するハンターの目だ。
隙を見せれば食われる。
・・・とはいえ、どうした物か?
葵は操られているだけだ、傷つけるわけには行かない。
しかし、放っても置けない。
「うう・・・葵、正気に戻ってくれ」
背後でフラフラと気配が立ち上がった。
振り向く事さえ危険なので見る事はできないが、時臣だろう。
何とか回復したらしい。
シロウの隣に並んできたのを横目で見て・・・。
「ブッ!!」
・・・思わず噴出した。
「ど、どうかしたのかね、シロウ君!?」
「い、いや・・・何でもない。こちらを向かないでくれないか?」
本人は気づいていない。
時臣の顔にはさっきのガンドモドキのせいだろう。
くっきりとの形に黒いハートマークがプリントされている。
もともとニヒルな顔をしている時臣の顔に、そんな物がくっついている様は実にシュールだ。
大笑いしたいのを無理やりに押さえ込む。
今自分達がいる場所は敵の目の前なのだから・・・っとはいえ、”アレ”に対して敵という認識も少々的を外している感が否めない。
”アレ”は悪でもない代わりに正義でもない。
あえて言うのなら、自分の楽しいと思う事=正義(ジャスティス)だ。
「ふふ、貴方?私は何も可笑しくはありませんよ〜♪」
それはそうだろう。
本当に変な人間は、自分をイレギュラーとは言わない。
酔っ払いが千鳥足で自分は酔っていないという様に、今の葵を可笑しいと思っていないのは本人だけだ。
「私は目覚めたの!今までの私は間違っていた!!」
・・・ナニカの宗教に開眼でもしたのだろうか?
・・・それとも自己啓発セミナーか?
「ずばり、愛です!!」
「「愛?」」
「愛が世界を救う。即ち、マイラブ、イズ、ワールド」
・・・重症だ。
言っている事が欠片も理解できない。
「いい加減にしろ、ルビー」
シロウの一言で、ピタリと全てが止まった。
時臣が驚きの表情でシロウを見ている。
「シ、シロウ君、何か知っているのかね?」
時臣がすがりつくような目で見てくるが、顔のハートがくっきりはっきり見えるのであわてて視線を逸らす。
今の時臣はまずい。
そこにいるだけで空気を破壊し、笑いを呼び込む完全自動のシリアスブレイカーだ。
『・・・やはり気づかれましたか・・・シロウさん?』
ドクンと重々しい声が空気を凍らせる。
「この声はさっきの・・・やはり呪いの杖か!?」
葵の持つ杖から邪悪な魔力が放出されている。
それに気づいた時臣は魔術刻印を起動させた。
・・・何度でも言うが今の時臣はハート付きなので、見た目まったくシリアスではないが、気づいていない本人だけはこの上なく本気だ。
「本性を表したなルビー?」
そんな時臣を無視して・・・無視しなければやっていられない。
シロウは自然体で影を背負う杖と対峙した。
『フフフ・・・』
「フフフ・・・」
膨大な魔力が放出されている。
葵も釣られているのか邪悪に笑っていた。
『全世界の皆〜おっ待たせしました!!そうです。私がルビーです!!』
「・・・は?」
どこぞのマッドで薬マニアな割烹着の悪魔の声で成された自己紹介に、時臣の集めてきた魔力が炭酸の抜ける様な音と共に霧散する。
その横でシロウはげっそりとしていた。
時臣が無自覚のシリアスブレイカーなら、ルビーは天然のシリアスブレイカーだ。
「・・・・・・」
時臣が何か言いたげだが、何を言えば良いのかわからず口をパクパクさせてルビーを指差している。
「アレは何だ?えーっとだな、アレはゼルレッチが作った礼装の一つで、名前はカレイドステッキ。件の宝石剣製作の片手間で作った代物らしいのだが」
『そうなんですよ。あの爺・・・もといゼルレッチが生み出した最高傑作【愉快型自立魔術礼装】こそが私!そして【人工天然精霊】の私の事はお気軽にルビーちゃんとおよび下さい』
「・・・・・・」
まだ時臣はまともに喋る事が出来ないようだ。
「本人はああ言っているが本当に最高傑作なのかだと?・・・一応宝石剣よりも高位の理論で構築されているらしいからあながち間違いではない。とはいえ、完成後にさすがにまずいと思ったらしく製作者(ゼルレッチ)の手によって封印された黒歴史的代物だ」
『シロウさん、良く彼の言っている事がわかりますね?声出てませんよ?』
「フッこの程度、私の心眼(真)の前では容易い事だ」
『うわ〜すっごい才能の無駄遣いですね〜♪』
「・・・その高い性能を己の楽しみのみに全力投球している君にだけは言われたくないな」
「・・・・・・」
尚も言葉にならない時臣の言葉をシロウが読取る。
「ん?私がルビーの事を知っているのはともかく、何故ルビーが私のことを知っているのか?・・・私もよくは知らないが、どうもアイツは現在、過去、未来の自分と同機しているらしい。それが平行世界の自分なのかそうでないのかは判らないが。つまり、過去のルビーも未来のルビーも、そして今目の前にいるルビーも同じ存在ということだ」
「なんだそれは!!!」
時臣に声が戻った。
魔術師としてはそれは叫ばずにはいられないだろう。
遠坂(ゼルレッチ)の魔法は平行世界の管理、なのにシロウの言い分では擬似的なものだとしても【時間操作】の魔法にまで片手が届いている。
『でも感激です。英霊になって記憶の磨耗したシロウさんが私の事を覚えていてくださるなんて〜♪もしかして私の事・・・ふっ悪い女ですよ私は。ほれたら火傷するぜぃ?』
ビシッと杖の羽の部分を使って指差してくるカレイドステッキ・・・ルビーに、ドンとシロウが影を背負った。
「忘れたかった。実際忘れていた。忘れていたかったのに・・・なんで出て来るんだよお前?」
「シロウ君?」
何があったかは知れないが、どうやらシロウもあの杖の犠牲者の一人らしいというのは容易く知れる。
・・・この流れだと凛絡みで何かあったのだろう。
シロウの肩に手を置いた時臣はその点に対する追求はしないと心に決めた。
「くっ!」
シロウが咄嗟に顔を逸らす。
くどいが時臣にはハートがついたままだ。
完全に指摘するタイミングを逸してしまった。
「は、話を戻すが、ルビーの能力は平行世界にいる持ち主(マスター)の様々な可能性をダウンロード、持ち主の外装として能力を行使できる」
「凄いじゃないか!!」
時臣が興奮している。
ゼルレッチの魔術を追い求めているだけに、シロウの語った事の凄さを理解できたのだ。
彼にとっては破格の礼装に”見える”事だろう。
「ただし、代償が存在する」
『はい〜私の能力を使用するためには〜それに相応しい姿になってもらいます』
ルビーの説明に何かが固まった。
「それが、あれかね?」
『紅茶を入れるのが上手くなりたいならメイド服を〜唄が上手くなりたかったらアイドルの衣装を〜そして格ゲーはマジカルアンバー or チャイナ服です」
・・・突っ込みどころが満載だった。
特に最後の奴は何処から流れてきた電波だ?
隣で嘘だといってくれと無言で問いかけてくる時臣に、シロウは首を振る事しか出来なかった。
「アレがカレイドステッキの欠点の”一つ”だ」
時臣が希望が断たれた男の顔になった。
『な、何を言うのですかシロウさん!!まずは形から入るこの国の出身の貴方が、コスプレのよさを理解できないなんて信じられない!!貴方だって執事服を着て給仕とかやっていた時期があったじゃないですか!?』
「だまれ、あれは仕事だ!仕事服だ!!しかも自分でコスプレと断言するんじゃない!!!なによりお前(ルビー)の存在が一番大きな欠点だという事を大概に自覚しろ!!」
『それに時臣さん!貴方だって奥さんが若く何時までも可愛い方が良いでしょう!?』
「方向性を変えて誤魔化そうとするな!!」
シロウと時臣が連続で反論すると、マジカル☆アオイがうろたえた。
「そんな・・・貴方、私はもう用済みって事なの?畳と妻は新しい方が良いというのね!?」
「は?いや待つんだ葵・・・私はありのままの君が・・・」
「このロリコン!!」
「ゲフ!!」
葵がカレイドステッキを振ると、例のハート型ガンドが連続で発射され、時臣の前身を打ち据えて行く。
シロウでさえ避けに徹してやっと避けられるレベルの物が、魔術師とはいえただの人間の反射速度で避けられるわけがない。
ちなみに、シロウは危険を感じた瞬間に廊下の影に逃げている。
全身をガンドで撃たれた時臣は、体中にハートマークをつけてどんどんファンシーになって行く。
悶絶している所を見ると、やはり物理的な威力があるらしい。
とはいえ、そんな致命的なものではなく、威力だけ見れば彼女の拳程度のものだろう。
一度それで膝を付かされたシロウとしてはぞっとしないが、死にはすまい。
・・・とはいえ、当たりたくないのは確かだ。
あんなハートマークをつけて外に出れば何と言われるか知れない。
ガンドが止むと、後に残ったのは普段の時臣からは考えられない姿だった。
体中にをつけた姿は優雅さの欠片もない。
「・・・おい、ルビー?」
『なんですかシロウさん?』
「一つ確認したいんだが、一体何を望んで遠坂葵はその姿(マジカルアオイ)になったんだ?」
ルビーがフフッと笑う。
待っていましたとばかりに・・・。
『葵さんはずっと思っていたのですよ。自分に力があれば旦那さんの力になれて桜ちゃんを外に養子に出す事もなかったんじゃないかと・・・』
「・・・・・・」
未来を知るものだけに、思う事は多々ある。
葵が魔術師だったからといってどうにかなったとも思えない。
とはいえ、彼女が自分に力がなかった事に負い目を感じていた事は理解した。
本来なら、時臣あたりがフォローすべき事かもしれないが、聖杯戦争の余韻が未だに抜けていない状態では限界があったのだろうとも思う。
『ああ、何と言う乙女力に家族力!!私のスカウターは振り切れました!!なんといじらしくも心討たれる(誤字にあらず)話でしょうか!?ルビーちゃんのハートはズッキューンです!!もう、もう!これはルビーちゃんの力で町の悪と戦う正義の魔法少女に!!』
「よし、ちょっと待とうか?」
調子に乗るルビーにシロウが待ったをかけた。
「何故そこから数段飛ばしに変身ヒーローにランクアップする事になる?そんな物が必要になるほどこの町は物騒じゃない」
むしろ、サーヴァントがいる分、犯罪発生率は低い方だ。
特にそのうちの赤い奴と、面倒ごとに自分で首を突っ込んで楽しむ青い奴のおかげで。
『チッチッ、判っていませんね〜いなければ作れば良いんですよ〜あは〜♪』
「貴様の方がよほど邪悪じゃないか!!」
シロウの怒声にもひるまず、ルビーはあは〜♪と笑っている。
『いやー、凛ちゃんの血を使って遠まわしに契約するのはかなり難しかったのですが、それを(自分の趣味の為に)どうにかしてしまうのがルビーちゃんクオリティ!!』
話がいきなり飛んだ。
話の連続性が崩壊しつつ、()の中に本音が駄々漏れだ。
「シ、シロウ君?」
「気づいたか?・・・多分思っている通りだ。あいつに理屈は通じない。話も興味のあることしか聞いていないからな」
「やはり・・・それで封印されていたのか」
時臣がルビーが封印された理由を理解して納得する。
『では、ちょっと町に繰り出して悪を捜しに行ってきまぁ〜す。再見(サイツェン)』
「貴方、ちょっと出かけてきます。アデュー!」
「「待たんかコラ!!」」
ピッと指を立てる葵に、シロウと時臣が突っ込みを入れた。
今の葵の姿はどう見ても魔法少女のそれである。
そんな物が街中に出ればどうなるか・・・しかも今はこの上なく昼間である。
こんな姿の葵をご近所さんに見られたら・・・。
冬木は地方都市である。
噂の蔓延はインフルエンザよりはやい。
彼女の性格を考えれば、明日には葵は引きこもりになる事確実だ。
「ルビー、遠坂葵を開放しろ、彼女の思いやストレスに関しては他の方法を模索するべきだ」
うんうんと時臣も同意している。
体中にを付けたままで・・・今更だが、ハートが黒いのはルビーの魔力のせいだろうか?
『え〜、シロウさん?変身ヒーローきらいなんですかぁ?』
「リアルでいて良いものかどうかは置いておいて、貴様が操っている時点で却下(アウト)だ。どうしてもというのなら実力を行使する!!」
シロウの手の中に現れたのは、捩れた歪な剣・・・【破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)】。
ルビーの契約は高位の呪い級であるのはゼルレッチの保証付きだ。
本体であるルビーが望まなければ、マスター変更すら出来ない。
しかし、話を聞く限りどうも変則的な方法を取ったようだ。
完全に契約を完了させてしまうと、ルビーの人格は休眠するはずだからこれは間違いない。
「完全に一体化していない術式ごと破戒する。なに、影響が出るとしたら君(ルビー)だけだ。魔力供給さえ切れれば、たしか休眠状態になるんだったな?」
『ひぇぇぇぇ!!シロウさんが本気の目をしてます!?』
「当然だろう?君のような危険を放置する事は私にとっては悪だからな」
さすがに【破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)】はまずいと感じたのか、ステッキの表面に汗のエフェクトが現れる。
『シロウさん・・・残念です。私は貴方に感謝しているというのに・・・ああ、何故こんな事に・・・シロウさん、何故貴方はシロウさんなんですか?』
「その運命は残酷だと言わんばかりの小芝居は止めろ、私はシェークスピアの悲劇の主人公になる気はない。大体、私に感謝しているとはどういうことだ?」
『あは〜♪それはですね〜』
ルビーの早変わりにももう驚かない。
さっさと進めろと促す。
『シロウさんが頑張ってくれたおかげで、私の犠牲者(マスター)の数が増えたんですよ〜♪その数、実に7人!!凄いでしょう!?』
「なん・・・だと?」
シロウは硬直した。
記憶ではルビーのマスターは過去・現在・未来を見ても二人だけ・・・凛と金髪縦ロールだけだったはずだ。
それがいきなり三倍以上・・・つまり被害者の数も三倍以上になったという事だ。
・・・しかもルビーの言い分では原因は自分という事になる。
『フフフ、シロウさ〜ん。隙ありで〜っす!!』
「ルビー、悪あがきを!!」
「ぎゃふ!!」
カレイドステッキから、例のガンドモドキが連続して放たれた。
咄嗟にシロウは避けたが、案の定時臣は避けきれずにまともに食らっている。
外れた物は部屋の壁に当たり、内装をファンタジーにしてゆく。
『ではシロウさんごきげんよう。これからもう一人のマスターの所に行って来ま〜す』
「待たんか!!」
『愛・キャン・フラーイ!!あは〜!!」
言って待つような殊勝な性格はしていない。
ルビーと葵は窓を突き破って二回から空中に飛び出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・は?」
二階にある問題の部屋を見ていたランサーは、硝子が砕けて出てきたものに対して槍を構えたが、出てきたものを目にして呆けた。
「な、何だありゃ?」
見覚えはある。
遠坂葵だ。
しかしその衣装は・・・なんと言うか魔女っ娘?
しかも飛んでいる。
「マジカルゥゥゥ!!」
葵がステッキを振ると、特大のが現れた。
魔力弾のようだが、込められている魔力は何処までも黒い。
「バスター!!」
葵は笑顔で撃ち出した。
ハート型の魔力弾はランサーの張った結界に当たって火花を散らす。
「・・・嘘だろ?」
呆然とするしかなかった。
影の国で学んだルーン魔術、ランサーとして召喚されたため、キャスターとして召喚されたときに比べればランクダウンしているだろうが、それでも自信を持っているルーン結界が打ち抜かれた。
その証拠に、結界にはハートの形に穴が開いている。
『あは〜♪待っててくださいね〜♪』
何故か葵ではない声が聞こえた気がするが・・・ともかく魔女っ娘姿の葵は結界の穴を通って悠々と屋敷の外に飛んで行った。
あまりの事に、ランサーはそれを見送る事しか出来ない。
「何をしているランサー!?」
「え?あ、シロウ?」
気が付けば、葵が飛び出してきた部屋の窓からシロウが顔を出している。
「いや、っつーかアレ何?恐ろしく奇抜なナニカが俺の結界をあっさりぶっ壊して行ったんだけど?」
「全身タイツの君が言えたことか!?話は後だ。君の望んでいた面倒ごとだぞ!?彼女を追え!!」
ちょっとむっとしたが、言っていることは間違ってはいないし、あの冷静なシロウがこんなにあわてているのもはじめて見た。
どうやら面倒ごとというのは本当らしい。
「わかった。そんじゃ行くかライダー?・・・っておい?」
何故かライダーが頭をたれていた。
「フフフ・・・私の負けです」
しかもいきなり敗北宣言だ。
「私には・・・私にはあんな可愛らしい格好をする勇気は・・・」
・・・どうも追求しない方が良いらしい。
眼帯から流れ出す雫はきっと見間違いのはずだ。
凛と桜になぐさめられる彼女に背を向け、ランサーは逃げ出すようにして葵を追った。
「ッて嘘だろ!?最速の英霊(オレ)が追いつけないだと!?」
葵の後姿は直ぐに見つかった。
しかしその背中がまったく近づかない。
それが意味するのは、目の前を飛んでゆく葵が、ランサーと同等かそれ以上の速度で移動しているという事だ。
「信じらんねぇ!!」
信じられないことを、己の欲望のためなら平然とやらかす・・・それもまたルビークオリティ。
そんな愉快なことをやらかしまくっているルビーの行く先では、町の外れを冬木市内に向かって走る白い車があった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お母様凄い!!」
メルセデス・ベンツ300SLクーペの助手席で歓声を上げる娘(イリヤ)に、アイリは調子に乗ってアクセルをさらに踏み込む。
既に時速100kを越えている車体のエンジンが獰猛な咆哮を上げた。
「イリヤ、ここから面白い事が起こるからしっかり見ているのよ?」
「はい!!」
コーナーに差し掛かったところで、アイリはハンドルとブレーキを瞬時に操作する。
「凄いわお母様!車って”横”にも走れるのね!?」
右から左に流れてゆく目の前の光景に、イリヤが目を輝かせた。
「ドリフトって言うのよ。楽しいでしょ?」
「ええ、とっても楽しいわ!!」
ご満悦なイリヤを横目で見るアイリも楽しそうだ。
コーナーを抜けたベンツは、即座に加速してトップスピードを維持したままクリアー・・・そして伝説へ。
「ん?」
ふと、五感以外の物・・・魔力感知に引っかかる物を感じて、アイリは車を止めた。
「・・・何、これ?」
「お母様?」
どうにも形容しがたい魔力だ。
それが一直線に自分達に向かって来ている。
かなりの速度で・・・敵かと緊張する暇すら無かった。
「来た。って・・・え?」
空からゆっくり降りて来た人物を見て、アイリの思考が止まる。
現れた人物が空中浮遊できた事ではない。
尋常じゃない魔力でもない。
アイリを絶句させたのは、その人物が知っている人間であって知っている人間に見えなかったからだ。
「お母様、すごい!!お父様の行ったとおり、本当に魔法少女はいるのね!?」
「え、え・・・っと・・・」
アイリは答えに詰まった。
シロウに聞いた事にはそんな連中は空想の産物といわれたのだが・・・。
「・・・どう見ても魔法少女よね?」
360度、どの方向から見ても魔法少女だ。
そしてアイリは彼女のことを知っている。
「魔法少女のお姉さ〜ん」
「イリヤ?」
何時の間にかイリヤが車を降りて彼女に手を振っている。
アイリもとりあえず車を降りた。
何かしなければ何も始まらない気がする。
「えっと・・・お久しぶりですね?その・・・遠坂葵さん」
「は〜い、お久しぶりで〜す」
元気良く子供のような挨拶を返してくる葵に、ズサリと音を立ててアイリが退いた。
よくわからないが本能的な物だ。
つくづくこの人とはまともな状況での接点がないなーとアイリは思う。
一度目は英霊同士の酒宴の席で、そして二度目は今だ。
「そ、その・・・かわいいですね?」
アイリは言葉を選んだ。
人付き合いは距離感が大事らしい。
しかし、いきなり空から魔法少女の格好で降りてきた顔見知りとの距離感は、まだレベルの低いアイリには荷が重過ぎる。
「すっごーい」
「え?イリヤ!?」
気が付けばイリヤが葵の傍で目をキラキラ光らせている。
慌てたのはアイリだ。
今の葵はどう見ても普通じゃない。
「凄い、本物の魔法少女だ」
「Non、Non私は マジカル美少女ワイフアオイ」
「妖精さんは?使い魔は何処?」
イリヤはノリノリだ。
元々、好奇心は旺盛な子だったが、何もこんな所で発揮してくれなくても良いではないかと思う。
頼りになる夫とヘラクレス、舞弥は荷物を纏めている為に遅れているのだ。
『はい〜マスコットではありませんが、かわいいルビーちゃんが付いてますよ〜♪』
杖から声がした事には一瞬面食らったが、そこは魔術師の名家、アインツベルンの出身だ。
直ぐに正気を取り戻して杖を解析する。
どうやら、あの杖がこの状況の元凶らしい。
葵の魔力が杖に供給されているのを感じる。
『実はですねーイリヤちゃん?私〜今日は貴方のお母さんを魔法少女にスカウトしに来たのでーす』
「えー!!」
「え?」
どーんという感じに発表された杖の言葉に、母親と娘(アイリとイリヤ)の間では相当な温度差があった。
『彼女もまた、夫への限りない乙女愛を持ってらっしゃるので、ぜひ葵さんのパートナーになって欲しいのです』
「ち、ちょっと待って・・・」
慌ててアイリが止めに入る。
魔法少女になるという事は・・・自分も葵のようになるということか?
そう思ってアイリは視線を葵の頭からつま先まで二往復させる。
・・・つまり、自分もこの姿になれと?
「いえ・・・これは・・・」
「お母様が魔法少女になるの!?」
「イリヤ!?」
何か言い返そうとしたところで、愛娘に話の腰を折られた。
バッキバキである。
『そうです!アイリスフィールさんは葵さんと一緒に面白おかしく悪を蹴散らす魔法少女に大 変 身するのです!!』
・・・胡散臭い。
雪の山深い城から来た深層の令嬢なアイリだが・・・それでもあの杖の言っている事がおかしいと言う事くらいはさすがに見抜ける。
「フフフ」
「え?」
いきなり、葵の姿が目の前に現れた。
転移か高速接近かはわからないが、魔術で防御するには遅すぎるし近すぎる。
しかし、近づいてくれたおかげて、葵の目を直接見る事が出来た。
・・・焦点が合っていないどころか、ナルトのようにグルグルしている。
ただいま絶賛洗脳中だZE!と目が語っていた。
「と、遠坂さん!貴女やっぱり操られて・・・」
『良いではないか良いではないか〜』
葵がルビーを前に出して迫ってくる。
ルビーはノリノリだが、この国の時代劇など知らないアイリには上手い突っ込みも返しも出来ない。
横目で見れば、イリヤが自分達を見てワクワクしている。
「あーれー」
代官に襲われる村娘の心境をリアルに理解しながら・・・アイリの自由意志は吹っ飛んだ。
・・・魔女っ娘からは逃げられない。
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「やっと追いついたぜ」
町の屋根を、自分の持てる最速でかけてきたランサーが、道路に降り立つ。
空中から見たとき、国道に駐車している車と、その周りにいる数人の人間を確認している。
うち一人は間違いなく葵だ。
「もう逃がさね・・・って・・・何!?」
車の側にいるのは葵だ。
ランサーが追いかけてきた相手なのだから、彼女がここにいる事は問題ない。
「見た目は大人、中身は10歳、人呼んで逆合法(アンチ)ロリコン!!」
問題なのは、直ぐ側に立っている人間・・・彼女を見た瞬間、ランサーは全てが遅かった事に気が付いた。
「プリズマ☆アイリ!!ここに降臨!!」
ランサーは天を仰いだ。
限界まで空気を吸い込んで3・・・2・・・1・・・0
「・・・何で増えてやがる!?」
・・・魔女っ娘は増殖する。
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第四次聖杯戦争が終わり、冬木の街は多大な犠牲を払いつつも平穏を取り戻した。そんな中、戦後処理を行っていた遠坂家では大師父、キシュア・ゼルレッチの残した箱の片隅にあった“それ”が発見された。最大級の災厄の種であるそれを…。 他のサイトにあったFateの逆行再構成物の外伝であり、時臣矢アイリスフィールなどが生きていて葵も健在です。他に第五次聖杯戦争のサーヴァントもいます。 リリカルとマジカルの全力全壊に通じるお話です。