物音がした場所に向かったエステル達が見たのは狼の群れと戦っている兵士達であった。
~ボース側関所前・深夜~
「狼の群れ……!」
ヨシュアは兵士達と戦っている正体を見て驚いた。
「た、大変!早く加勢しなくちゃ!」
エステルは慌てて棍を出した。
「……犬のクセに気持ちよく眠っていたエヴリーヌを起こすなんてムカツクね。どんな鳴声を鳴かせてあげようかな……キャハッ♪」
一方エヴリーヌは凶悪な顔で物騒な事を言った後、虚空から弓を出した。
「……コラ、やめとけ。」
「エヴリーヌも武器をしまえ。余達の出番ではない。」
エステルとエヴリーヌが武器を出して狼の群れと戦おうとした時、アガットとリフィアが止めた。
「な、なんで止めるのよ!?あんた、それでも遊撃士なの!?」
「……なんで戦っちゃダメなの?リウイお兄ちゃん、いつも言ってるじゃない。『力ある者は力無き者にために使え。」って。」
アガットとリフィアの制止の声にエステルは怒り、エヴリーヌは不思議そうな表情をした。
「勘違いするんじゃねえ。関所を守るのは軍の仕事だ。ここの連中は錬度も高いからすぐに撃退できるだろうよ。余計なお節介ってモンだろうが。」
「アガットさんの言う通りです。エヴリーヌお姉様。彼らにも私達”闇夜の眷属”のように王国を守る兵士としての誇りを持っているのですから、それを無下にしてはいけません。」
「………………」
「そ、そんなこと……」
エヴリーヌはプリネの言葉を理解したのかつまらなさそうな表情で弓を虚空に戻したが、エステルは納得できない様子で呟いた。
「2人の言う通りだ!これは自分たちの仕事さ!」
「嬢ちゃんたちは中に入ってな!」
「で、でも……」
狼と戦っている隊長や副長が口々に手助けは無用であることを言ったが、エステルはまだ迷っていた時に突然警報がなった。
ジリリリリリ!!
「……ちいっ!」
警報にいち早く気付いたアガットは舌打ちをして、関所の奥へ向かって行った。
「ど、どうなってるの!?」
「エステル、反対側だ。ルーアン方面の出口でも何かが起こったらしい。」
「あ、あんですって~!?」
そしてエステル達もアガットを追って行った。
~ルーアン側関所前~
そこには狼の群れに力尽きて跪いている兵士が襲われようとしていた。最初に狼の群れが現れたボース側に戦力を割いたため、ルーアン側では一人で狼の群れと戦っていたため、
数に圧されてしまったのだ。狼の群れから一匹兵士に向かって飛び掛かった時
「おらっ!」
アガットが重剣で飛び掛かった狼を一刀両断した。
「す、凄い……!」
「噂以上の破壊力だね。」
「ほう、中々の実力だな。」
「ん。まあ、お兄ちゃんほどじゃないけど。」
「お、お姉様……さすがにお父様と比べるのはちょっと……」
アガットの実力にエステルやヨシュア、リフィアは感心したが、エヴリーヌはリウイと比べたのでプリネは苦笑して比較対象が違いすぎることを言った。
そして仲間を斬り伏せたアガットに標的を変えた狼の群れはアガットを包囲した。
「ハッ、包囲するつもりかよ。犬ッコロのくせにわりと知恵が働くじゃねえか。」
自分を包囲した狼の群れにアガットは不敵に笑った。
「……加勢するわよっ!」
そこにエステルとヨシュアが飛び込み、アガットの背中を守るような戦闘配置に付き、武器を構えた。
「コラ、引っ込んでろ!」
「ふ~んだ。あたしたちの勝手だもんね。」
「邪魔にならないように手伝わせてもらいますから。」
エステル達を見て怒鳴ったアガットだったが、2人は気にせず答えた。
「お姉様方!私達も援護を……!?」
狼の群れに飛び込んだエステル達を見て即座にレイピアを鞘から抜き、リフィアやエヴリーヌにエステル達の援護を呼びかけようとしたプリネだったが敵意をほかの場所から感じて口を閉ざした。
「プリネも気付いたか。………どうやら向こうの襲撃は囮で、こちらの襲撃が本命だったようだな。」
「……だね。犬のクセに頭がいいようだね。………いい加減出てきたら!エヴリーヌは見下されるのがムカツクの………!」
いつの間にか弓を出したエヴリーヌが放った矢は崖の一部を破壊すると、狼の群れが崖から降りて来て、リフィア達を囲んで攻撃する態勢になって唸り声をあげた。
「「「「「「「「グルルルルル………」」」」」」」」」
「ほう……よりにもよって余達に目をつけたか………余が直々に相手にすることを光栄に思うがいい。」
「自分達からエヴリーヌ達に向かって来たんだから、跡形………残さなくていいよね………ウッフフフ♪」
自分達にも戦う相手がいるとわかったリフィアは不敵に笑い、エヴリーヌは凶悪な表情で笑った。
「チッ、どいつもこいつも………勝手にしやがれ。ヒヨッコ共!せいぜい、俺の『重剣』に巻き込まれないよう注意しとけよ!」
「来ます……!」
プリネの警告に答えるかのように狼の群れはそれぞれの目標に向かって襲いかかった!
襲いかかった狼の群れは普通の魔獣よりは知恵が廻り、身も軽く強かったが正遊撃士の中でも実力が高いアガット、これまでの経験で着実に強くなっているエステルとヨシュア、
世界を滅ぼしかねない邪悪な存在、”邪龍”をリウイ達や神殺し達と共に戦い倒したことのあるリフィアやエヴリーヌ、そして18という若さながらメンフィルの強豪達に鍛えられ、すでに達人以上のクラスに達しているプリネが相手では分が悪かった。
「ふおらあぁぁぁ!」
何匹かに固まっている狼の群れに向かってアガットは重剣に気合を込め、闘気で火炎を巻き起こし放った豪快な一撃のクラフト――フレイムスマッシュは固まっている狼達を斬り伏せ
「せいっ、はっ!」
ヨシュアは一体一体を双剣の特徴である2回攻撃――双連撃で着実に仕留め
「はぁぁぁぁぁぁ!」
エステルは自分自身を回転させて棍を振り回すクラフト――旋風輪で狼たちを吹っ飛ばした後、魔術の詠唱をした。
「………炎よ、行け!火弾!」
エステルの片手から放たれた火の玉は一匹の狼を燃やして倒し、さらに吹っ飛した狼たちに着実に狙いをつけて火の玉を放ち倒した。
「純粋なる魔の陣よ、出でよ!イオ=ルーン!レイ=ルーン!」
「全部……つぶす!制圧射撃!……まだまだ!行くよ……死んじゃえばぁ!アン・セルヴォ!!」
一方エステル達とは離れた所で戦っているリフィアやエヴリーヌは魔術や弓技で次々と狼達を一撃で討取り
「闇よ!我が仇名す者達に絶望を!……黒の闇界!!」
プリネは自分が使える魔術の中でも威力があり、効果範囲も広い暗黒魔術で狼達を攻撃し重傷を負わせたところを
「そこっ!ハッ!」
レイピアで一体一体確実に仕留めて行った。
「フム……まだ数は結構いるな。エヴリーヌ、久しぶりに”アレ”をやるぞ。」
リフィアは自分達の攻撃範囲内に逃れて無事な狼達を見て、エヴリーヌに言った。
「そうだね、こいつら弱すぎてつまんなくなったし、エヴリーヌもさっさと寝たいし決めちゃおうか。」
「よし……始めるぞ!」
エヴリーヌの了承の意を聞くと、リフィアは杖を構えて詠唱を始めた。また、エヴリーヌも弓を虚空にしまい両手を掲げリフィアと同じように詠唱を始めた。
「「……我等に眠る”魔”の力よ、我等に逆らう者達を滅せよ!………血の粛清!!」」
「「「「「ガァ…………………!!」」」」」
リフィアとエヴリーヌが協力して放った魔術は狼達の上空から魔力でできた槍が雨のように降り注ぎ、それに命中した狼達は断末魔を上げながら跡形もなく消滅していった。
「フフ、お姉様達も張り切っていますね。……では私も!」
尊敬する姉達の活躍を見て、自分もさっさと勝負を決めようと思ったプリネは一体一体を確実に仕留めるのを止めて、一端後ろに跳んで後退しレイピアを斬撃をする構えにして、自らの魔力で剣に黒々と燃える闇の炎を宿らせた。
「全てを燃やしつくす暗黒の炎!……魔剣奥義!暗礁!火炎剣!!」
「「「「グォォォォォ………!!」」」」
斬撃の構えで放った衝撃波は紫色に燃える妖しい炎と同化して狼達に襲い、狼達に断末魔を上げさせながら塵や骨も残さず焼き尽くした。そしてプリネの攻撃を最後にリフィア達を囲んでいた狼達は全滅した。
一方エステル達の戦いも終盤に向かっていた。
「せいやっ!」
アガットの重剣による豪快な一撃は敵を真っ二つにし
「おぉぉぉ!」
冷たい視線で敵の動きを鈍らせて、さらに精神的に追い詰めるヨシュアのクラフト――魔眼で狼達にダメージを与えると共に動きを止めさせているところを
「………風よ、切り裂け!旋刃!!」
エステルの風の魔術で狼達を切り裂いて倒した。倒された狼達は魔獣が倒れた時と同じようにセピスを落として消滅していった。
「ふう……なんとかやっつけたわね。」
「うん、数も多かったしなかなか手強い相手だった。」
真夜中の戦闘がようやく終了してエステルとヨシュアは一息ついた。そしてアガットはしばらくの間エステル達を観察して、自分なりの正当な評価をした。
「………………………………フン……思ったよりもやるみたいだな。ま、あのオッサンの手解きを受けていたんだったら当然か。……魔術に関してはサッパリわからねえがシェラザードには劣るが上手く使ってやがるな。」
「え。」
アガットが自分達を少しだけ認めたことにエステルは驚いた。
「勘違いするなよ。あくまで新米としてはだ。まだまだ正遊撃士には遠いぜ。」
驚いているエステルにアガットは忠告した。
「おーい!そっちは大丈夫か!?」
そこにボース側の関所前で戦っていた隊長と副長がやってきた。
「ああ、問題ない。一匹残らず片付けたぞ。気絶していたヤツはどうだ?」
「思ったよりも軽傷だ。お前がいてくれて助かったよ」
「さすが『重剣のアガット』だぜ。」
「大したことはしてねぇよ。それに、このガキどもやそこのメンフィル人どもがそこそこ働いてくれたからな。」
口ぐちアガットを高評価した隊長や副長にアガットはなんでもない風に装って、エステル達の働きも言った。
「そうなのか……嬢ちゃんたち、ありがとうな。」
「う、うん。」
副長のお礼の言葉をエステルは戸惑いながら受け取った。
「へえ……嬢ちゃん達はメンフィル人だったんだ……てことは”闇夜の眷属”なのか?」
隊長はリフィア達を興味深そうな表情で見て尋ねた。隊長の疑問にリフィア達を代表してプリネが答えた。
「ええ、余計なお世話かと思いましたが手伝わさせていただきました。」
「いやいや、こちらも嬢ちゃん達のおかげで本当に助かった。ありがとう。」
「メンフィルとリベールは盟友だからな。困った時は手を取り合うのが当たり前だ。」
隊長のお礼の言葉にリフィアが答えた。
「ハハ、それは心強い。自分達も精強なメンフィル軍に負けないよう、より一層訓練を励まないとな……自分達は、念のため周辺をパトロールするつもりだ。君たちは中に入ってゆっくりと休んでくれ。」
「ああ、気をつけろよ。」
アガットがそう言うと、隊長と副長はパトロールを始めた。
「さてと、寝直すとするか。もう危険は去ったはずだ。お前らも大人しく寝ておきな。」
そしてエステル達に言いたい事だけ言ったアガットは関所の中へ入って行った。
「ど、どうなってんの?あの口の悪いヤツがあたしたちを誉めるなんて。」
アガットに遠回しに褒められたことにエステルは意外そうな表情で呟いた。
「少しは、僕たちの実力を認めてくれたのかもしれないね。思ったよりも真っ直ぐな人なんじゃないかな?」
「ええ、私も少しだけ行動を共にしましたが決して悪い方ではありませんよ。」
「うーん……とてもそうは思えないんだけど。……まあ、たしかにデカイ口を叩くだけはあるわね。」
ヨシュアとプリネの言葉にエステルはある程度納得した。
「そんなことより寝直すぞ。明日の峠越えに響かせる訳にもいかないしな。」
「賛成~……早く寝よう?」
リフィアとエヴリーヌの意見に頷いたエステル達は関所に入って寝直した。
翌日起床したエステル達は関所の兵士達に一晩泊めてもらったことに感謝の言葉を述べて、すでに関所から去ったアガットを追うかのようにルーアン地方に足を踏み入れた……
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第54話