No.448830

【夢小説】きっと優しい世界【忍たま】

スイさん

初投稿です。と言ってもサイトから引っ張ってきた既出のものですが。 初投稿なのでタグやら何やらがよくわかりませんのでご指摘いただけると幸いです。
投稿するにあたって主人公名その他オリジナルキャラ名は固定です。
特殊主人公トリップ連載。シリアス時々ほのぼのギャグ。 能力を封じられ本家から捨てられた主人公が目覚めると、そこは忍術学園だった。生きるため、そして能力を取り戻すため奮闘するお話。5年生寄り。

2012-07-08 07:52:50 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:4850   閲覧ユーザー数:4841

 

 その日は綾科家にとって特別な日だった。

 大切な行事を執り行う日であり、大切な人の誕生日であり、そして命日だった。

 

 綾科家は古くから続く祓い屋の家系である。

 本家の血筋の者は皆例外なく使い魔と呼ばれる霊獣を操り、高い霊力を持ち、人に害なす悪霊・悪鬼・物の怪など、およそ常人には見る事が出来ないそれらを屠る。

 科学文明が発達した現代でも例外なくそれら人外の存在は人を惑わし、陥れ、堕落させ、魂を食む。

 綾科の一族はそれに対抗出来得る勢力の1つなのだ。

 霊的に澄んだ山にその一角を構え、広い敷地に広い屋敷、しかし世間とはかけ離れた狭い世界を築き上げていた。

 

 そんな家に生を受けて本日で16年目。

 綾科ユイは一族にとって大切な儀式の執行者に選ばれ、儀式用の装束に袖を通しただ静かにその時を待っていた。

 しかし腑に落ちない事がいくつか。

 その1つは使い魔封じの印を刻まれた事。

 これまでいくつか儀式と言われるものを経験してきたが、自分の使い魔を封じられる事など皆無だった。それなのに今回に限り使い魔封じの印を額に施されているのだ。

 もう1つは儀式の目的が明らかでない事。

 双子の姉であり、次期当主であるレンが本来ならすべき儀式であるが、レンが体調不良によりどうしても儀式に立ち会えないらしい。その点に関しても物凄く心配なのだが、それにしても儀式の詳細が知らされていないのは単なる事務上の手違いなのか・・・・。

 

 いずれにしても、ユイに拒否権は無かった。

 当主である母の言う事は絶対、そして前当主である祖母の言う事も絶対なのだ、この家は。

 この家に生を受け、天寿を全うしたいのなら反抗するべきではない。

 それが16年間で学んだ内の1つだった。

 

 懐に忍ばせた愛用の道具にそっと触れると、幾分か気分も落ち着いた。

 それでも漠然とした不安は拭えない。

 この不安は一体何なのか、今のユイには知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 「時間です」

 

 儀式の補助役を務める分家の男がユイを儀式の場へと促す。

 閉じていた目を開き、男の後を無言でついていく。

 普段なら少し意識を己の中へと向ければうるさいくらいに話しかけてくる愛嬌のある者たちの気配が今は感じられない。こんな静かな、引き潮のような感覚はいつ以来だろうか。

 いつもの喧騒を時に鬱陶しく感じる事もあったが、今はその喧騒を求めている自分がいる。

 ―――あぁ、早く儀式を終わらせてこの印を消してもらわねば・・・ 

 使い魔封じの印は自分では消せず、必ず第三者の手が必要になる。

 一族の中では従える使い魔の数は歴代の当主よりも多いが、自分自身の霊力はさほど強くないため、使い魔を封じられるとユイは打つ手がなかった。

 

 前を歩く男が立ち止まり、こちらを振り向く。

 どうやら儀式の場へと到着したようだ。

 ・・・やはりいつもの儀式とは少し趣が違うようだった。

 薄暗い室内。

 少し湿った空気。

 何か――例えば物の怪が――出てきてもおかしくないようなその雰囲気に、無意識に体が震えた。

 

 「そのまま真っ直ぐお進みください。」

 

 男に言われるまま、ゆっくりと足を進める。

 室内だと思っていたそこは、どうやら四方と天井を囲っただけのようだ。

 踏みしめるそこは柔らかい土。

 四隅に灯された蝋燭だけがその場を照らす、薄暗い場。

 自然と足が止まった。

 あと一歩踏み出すと、そこには穴がある。

 きっとこの穴が儀式に何らかの関係があるのだろう。

 薄暗いせいか、穴の底は暗くて見えない。

 

 「・・・何をしているのです。そのまま進みなさい。」

 

 聞き覚えのあるしわがれた声が不気味に響いた。

 声のした方向――後ろを振り返るとそこには先ほどの男と、いつの間にか祖母が立っていた。

 

 「ばば様、ですが穴が。」

 「その穴に入るのです。」

 「え、穴に?」

 「さぁ早くしなさい。」

 「で、ですが底が見えないのです。どのくらいの深さなのか・・・」

 「底が見える程度では死ねないでしょう?」

 「え?」

 

 祖母の言う事がいまいち理解できない。

 穴に入れと言っているのはわかるが、その目的は?

 

 「察しの悪い子ですね。ユイ、あなたはその穴に入り、その魂を神に捧げるのです。」

 「!」

 

 魂を神に捧げるなどと遠まわしな表現を使ったが、ユイは察した。

 

 ―――私に 死ねと?

 

 信じられない、信じたくないという顔をしていたのだろう。

 祖母は軽く息を吐き、表情の無いまま言葉をつむいだ。

 

 「最後に教えてあげましょう。綾科家には表向きは知られていないある掟があるのです。

 それは双子が忌み子だという事。忌み子を当主にするわけにはいきません。ですから双子の下の子は、16になると同時に魂を天に捧げる事によって、上の子は何の憂いもなく当主になる事が出来るのです。」

 

 そんな・・・と声に出せたのかは定かではない。

 ただ酷く混乱し、絶望した。

 目の前にいる老婆が悪魔のように見えた。

 いや、老婆はその時間違いなく悪魔だった。

 そして隣にいた男が近づいてくる。

 ―――逃げなくちゃ

 

 逃げないと、殺される。

 でも・・・・どこへ?

 

 

 16年間、ずっとこの広い家の狭い世界で生きてきた。

 逆らえないと知っている。逃げ場も無いと知っている。

 助けなんて来ないと・・・知っているのだ。

 

 ――――助けて・・・レン・・・・

 

 

 

 

 

 

 今日は一族にとって大切な儀式を執り行う日。

 今日は大好きなレンの16回目の誕生日。

 そして―――――

 

 

 今日は私の命日だった。

 

 ユイは自分の半身であるレンの事が大好きだった。

 幼い頃から何をするにも、どこに行くにも一緒で、片時も離れなかった。

 物心ついた頃から、レンは次期当主という一族にとって重要な人物であると何度も何度も言い聞かされてきた。そして自分はそのレンを危険から守り、戦う宿命なのだと。

 それはユイにとっては少しの苦にもならない、むしろ幸福な事だった。

 自分が強くなれば、レンが危険な目にあわなくて済む。自分がレンを守る事が出来るのだと、ユイは自ら進んで鍛錬に励んだ。

 

 しかしいつからだろう、レンが笑わなくなったのは。

 ある日を境に、レンはユイの前で、いや、誰の前でも笑わなくなった。

 ユイが一体どうしたのかと聞いても、悲しそうな、それでいて怒りを含んだ表情をするだけで理由を教えてはくれなかった。

 ―――きっと私が何か気に障る事をしてしまったんだ。

 ユイは自然とそういう結論にたどりつき、レンに謝った。

 だがレンは「ユイが謝る事は何もない」と言ったきり口を閉ざした。

 結局レンが笑わなくなった理由はわからないままだった。

 

 レンはああ言ったが、ユイは信じなかった。

 きっと自分がとんでもない失態をやらかして、レンは笑えなくなってしまったのだ。

 だからもし、自分が死ぬ事でレンが幸せになれるなら、笑ってくれるようになるのなら、自分の死も無駄じゃないのかもしれないなと、そんな事を考えていた。

 

 ――――でも最後にレンに会いたかったな・・・・

 

 沈み行く意識の中で、最後に思ったのはほんの小さな小さな願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「――――レン・・・。」

 

 声に出してみると、意外にもそれは自分の耳に届いた。

 それがまるで自分の肉体から発せられた声のようであり、自分の耳へと入っていったかのような感覚だ。

 死んで魂だけになっても、生きていた頃の記憶のせいでそう思うだけだろうか?

 

 ―――ん?

 

 目を開けると、視界が開けた。

 鼻をすんすんと言わせてみると、何だか薬のような臭いがたちこめている。

 耳を澄ますと、すぐ近くから話し声が聞こえてくる。

 手を握ってみると、確かに感じる握力。

 体を起こしてみると、かけられていた布団がずれる。

 

 「ここは・・?」

 

 口を開くと、確かにそれは自分の声だった。

 ――――生きてる?

 確かに穴に突き落とされたはずだ。

 意識が無くなるほど深い穴だったはずだ。

 それなのに生きている。

 

 

 「あ、伊作せんぱーい、気がついたみたいですよ。」

 

 衝立の向こうから幼い少年の声が聞こえた。

 聞き覚えのない声に、自然と体がこわばる。

 すると衝立の向こうから、小さな少年と、同い年くらいの少年が顔をのぞかせた。

 どちらも見たことのない顔だ。

 警戒心が自然と顔に出ていたらしい。

 

 「ははは、そんなに警戒しなくても大丈夫。君が裏山で倒れていたところをこっちの乱太郎達が見つけてここまで運んできたんだ。具合はどう?」

 

 人の良さそうな笑顔で話しかけてくるが、やはり警戒してしまう。

 

 「あの、ここはどこですか?あなたは誰ですか?」

 「ああ、紹介が遅れてごめん。ここは忍術学園だよ。僕はこの学園の生徒で6年は組の善法寺伊作。こっちは1年は組の猪名寺乱太郎。」

 「はじめまして、お姉さんの名前は何ていうんですか?」

 「あ・・・私は綾科ユイと言います。」

 「綾科さん、よろしくね。ところでどうして裏山なんかに?道にでも迷ったの?」

 

 見たことないし、ここの関係者じゃないよねと言われ、首を縦に振る。

 しかし私自身にもどうしてこんなところにいるのかわからない。

 そもそも忍術学園とは一体どこだ?

 核兵器やミサイルの時代にもう忍者なんていやしないだろうに、学校まであるとは一体どういう事なのか。

 そして今気づいたが、目の前にいる2人の服装がまず有り得ない。

 まるで忍び装束のようなその服装、それに善法寺と名乗った方は地毛だろうか、ものすごく髪が長い。

 これじゃあ本当に昔の忍者のようだ。

 

 幻術にでもかけられているのだろうか。

 しかしそのような気配も感じられない。

 それとも生きてると思ったのが間違いで、実はもう死んであの世とやらに来ているのだろうか。

 使い魔さえ使えれば調べる事も可能だが、どうやら使い魔封じの印は未だ効果を発揮しているらしく、己の中の者達はうんともすんとも言わない。

 目の前にいる2人のどちらかに協力してもらえばすぐにでも印は解けるのだが、まだ信用も出来ないのに弱みを見せるわけにはいかない。

 

 「えっと、ユイさんはどこかの神社の関係者なんですか?」

 「え、どうして。」

 「だって服装が。」

 「あ・・・。」

 

 猪名寺と名乗った少年の問いに改めて自分が着ている服を見ると、儀式用の装束のままだった。儀式用の装束とは簡単に言うと巫女服だが、普通の巫女服より袖が短く、色も紅白ではなく白黒である。

 

 「いえ、特に神社やお寺の人間というわけではありません。」

 「だったらどうしてそんな格好してるんですか?」

 「それは・・・。」

 

 とても正直に話せない。かといってその場でいい嘘も思いつかず、口ごもってしまうと、伊作が乱太郎を制した。

 

 「話しにくければ話さなくてもいいよ。けどどこから来たのかわからないと、帰る事も出来ないからね。綾科さんの家はどこ?それともどこかに行く途中だったのかな?」

 「家・・・は・・・・。」

 

 ぎゅっと布団を強く握り締め、唇を噛みうつむく。

 危うく泣いてしまうところだったのを、必死にこらえた。

 

 「家は・・・ありません。行く当ても・・・ありません。」

 

 そうだ、私はもう天涯孤独の身。たとえここがあの世じゃなく自分が生きているのだとしても、もう家には戻れない。戻るのは死にに行くのと同義だから。だからと言って助けを求める誰かがいるわけでもない。

 ユイは世の中から孤立していた。

 行く当ても、帰る当ても・・・・生きていく当てもなかった。

 

 

 「体は平気?歩けるなら、学園長先生のところへ行こう。僕が話してみるよ。」

 

 しばらくの沈黙を破ったのは伊作のその一言だった。

 学園長先生というくらいだから、ここで一番偉い人なんだろうということは想像がついたが、一体何を話すというのか。ユイが不思議そうに伊作の顔を見ている事に気づいて、伊作は言葉を付け足した。

 

 「行く当て、ないんでしょう?」

 

 柔らかく微笑んだこの男を、信じてもいいんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ乱太郎、留守番まかせたよ。」

 「はい、いってらっしゃーい。」

 

 伊作に促されて部屋を出て、後ろをついていく。

 ついていく最中に周囲をきょろきょろと見渡していて、ふとある物に目が留まった。

 井戸がある。

 今時井戸を使っているなんて、よほど水が澄んでいるのだろうか?

 綾科の家でも井戸はあったが、やはり主体は水道だったし、井戸の水はさすがに飲料水にはしていなかった。

 

 「どうしたんだい?何か気になる物でもあった?」

 

 考え事をしていてつい足を止めてしまったらしい。

 不思議に思った伊作がユイに問いかけてきた。

 

 「あの・・・井戸、使ってるんですか?」

 「ええ?当たり前じゃない。井戸を使わないと水が使えないでしょう。学園内に川が流れてるわけじゃないし。」

 

 変な事聞くなぁと笑われてしまったが、ユイにとっては伊作の言葉は衝撃の連続だった。

 井戸を使わないと水が使えないということは、ここには水道が通っていないという事だ。それにもしこの学園内に川が流れていたら、その水を使うかのような発言もあった。

 昔の汚れていない川じゃあるまいし・・・・昔?

 

 「さぁ、早く学園長先生のところへ行こう。」

 「は、い。」

 

 何か今ひらめきかけたのだが、伊作の言葉で何をひらめきかけたのか忘れた。

 

 

 

 

 

 

 「さぁ着いたよ。ちょっと待ってて。僕が先に学園長先生にわけを話すから。」

 

 ユイがこくりと頷くのを見てから伊作は部屋に向かって声をかけた。

 

 「学園長先生、6年は組の善法寺伊作です。少しお話があるのですがよろしいですか?」

 「うむ、入れ。」

 

 中からしわがれた声が聞こえて、伊作は「失礼します」と言って部屋の中へ入っていった。

 ユイは言われた通りその場で待つことにする。

 それにしても、古風な作りの屋敷だ。

 先ほどの――多分医務室か何かからこの学園長先生とやらの部屋まで歩いてきたが、現代で使われている機器などが一切見当たらなかった。

 例えば蛍光灯。廊下の天井にすら蛍光灯が使われていなかった。夜暗いだろうな。

 というかそもそも電線が見当たらない。廊下から直接外が見えるが、電線どころか電柱の一本も無かった。

 

 ここがどこなのかは未だにわからない。

 だがユイには、16年間住んでいた世界では無いという事だけは何となくわかってきた。

 

 

 

 

 

 それからしばらく経った時、部屋と廊下を仕切っている障子が開き、伊作が顔を出した。

 

 「綾科さん、入って。」

 「・・・失礼します。」

 

 伊作に言われるままに部屋へと足を踏み入れる。

 中には伊作と、恐らく学園長であろうその人が座っていた。

 

 「綾科ユイじゃな。座りなさい。」

 「はい。」

 

 学園長に促され、正面に腰を下ろす。

 学園長はじっとユイを見据えながら口を開いた。

 

 「善法寺伊作から話は聞いた。帰る場所も、行く当ても無いそうじゃな。」

 「・・・・はい。」

 「タダというわけにはいかん。きっちり働いてもらう。それでもよければ当てが見つかるまでこの学園にいてもよいが、どうする?」

 「え?」

 

 学園長の発言に、ユイが目を大きく見開いた。

 

 「あの・・・いいんですか?」

 「何がじゃ。」

 「私がどこから来てなぜここにいるのかもわかっていないのに、そんな怪しい人間を、おいていただけるんですか?」

 「なんじゃそんな事か。

 よいか綾科ユイ。ここは忍術学園じゃ。将来忍者になるべくして集まった忍者のたまご、忍たま達の学び舎じゃ。おぬしがもしこの学園に害をもたらすどこぞのくのいちであったなら、忍たま及び先生方が容赦なくおぬしを攻撃するであろう。しかし無害であるならば、行き場がないという者を無下に放り出すほど冷酷な者は、この学園にはおらん。

 確かに今のおぬしは不審者かもしれん。じゃが有害か無害かの判断はまだ出来ん。それは今後おぬしがここで働く中で生徒及び先生方が明らかにするであろう。無害と判断されればよし。有害と判断された場合には・・・わかるな?

 この学園に留まるという事はそれなりの危険性を伴うということじゃ。その覚悟が出来ているのなら、わしはおぬしの意思を尊重する。

 ・・・・さぁ、どうする綾科ユイ?」

 

 なるほど、相手もただ善意だけでここに居てもいいと言ってるわけじゃないのか。

 それでも行く当てもないユイにとってはおいしい話だった。

 そもそもここに来る直前に、本当なら失っていたはずの命だ。危険が伴ったとしても、とりあえず勝手がわからない世界に紛れ込んだようだし、いきなり外に放り出されるよりはいい。

 ユイは学園長に向かって「お願いします」と土下座をした。

 

 「よしわかった。ではこれより綾科ユイは忍術学園のお手伝いさんとして働いてもらうことにする。それで仕事場じゃが・・・どこかいい所はないかの?善法寺伊作よ。」

 「食堂のおばちゃんの手伝いとかはどうでしょうか?」

 「おお、おばちゃんの手伝いか。どうじゃ綾科ユイ。料理は出来るか?」

 「全くできません。」

 「えええええええ!?そんな力強く言うところ!?」

 

 伊作が何か言ってるが、出来ないものは出来ない。出来ないというよりは、出来るかどうか確認したことすらない。つまり料理など1度もした事がない。まぁ出来ないだろう。そんな人間に食堂の手伝いなど務まるものか。

 

 「では何が出来るんじゃ?」

 「何が、と言われましても・・・どちらかというと、力仕事の方が。」

 「女の子なのに、力仕事が得意なの?」

 

 伊作が何か言ってるが、それは偏見というものだ。そりゃ男よりは力が無いかもしれないが、16年間体術に勤しんできたこのしなやかな腕を見てもらいたいものだ。

 

 「では薪割りや、食堂のおばちゃんの荷物運びの手伝いなどの方がいいんかの?」

 「その方がお役に立てるかと。」

 「ならば決まりじゃな。早速皆に紹介しよう。全員校庭に集合じゃ!」

 

 「・・・というわけで、彼女はしばらくの間忍術学園でお手伝いさんとして働いてもらう事になった!さぁ皆に挨拶をしなさい。」

 「綾科ユイと言います。・・・よろしくお願いします。」

 

 学園長先生の部屋で今後の身の振り方が決まってからそれほど時間は経っていない。

 あの後すぐに学園長命令で全教職員並びに全生徒が校庭に集まった。

 その間に私は鼠色の装束に着替えさせられていた。もちろん着替えを手伝ったのは女性であったが。

 そして学園長先生に促され、こうして全員の前で挨拶をするに至ったのである。

 正直こんな大人数の前で挨拶するなんて、恥ずかしい事この上ない。

 緊張のせいで気の利いた挨拶など出来ず、結局名前を言うだけで挨拶は終了した。

 

 「納得いきません!」

 

 ふいに生徒の中から声が上がった。

 

 「そんな素性のわからない女を学園に置くなど、危険ではないのですか!?」

 「潮江文次郎よ、おぬしの言う事は一理ある。が、おぬしらは忍者になるべくこの学園におるのであろう。それならば、彼女が危険人物かそうでないかを見極める事くらい出来るはずじゃ。もし危険人物だという確証が得られたならわしに報告せよ。その際は容赦はせぬということは、彼女も納得済みじゃ。」

 

 そう言われれば引き下がるしかないのか、潮江と呼ばれた隈が印象的な男は「学園長先生がそうおっしゃるなら・・・」とおとなしくなった。彼も生徒なのだろうか、伊作と同じ色の装束を着ているが、まさか同い年じゃないだろうな。

 そんな事を考えている内に解散となったのか、生徒達はぱらぱらと散っていった。

 と思ったら、井桁模様の入った装束を着た生徒が3人私の元へと駆け寄ってきた。1人は見覚えがある。

 

 「えっと、確かいな・・・?」

 「猪名寺乱太郎です。乱太郎って呼んでください。で、こっちが・・・」

 「摂津きり丸でぇーーす!きり丸でいいっすよ。」

 「福富しんべヱです。僕もしんべヱって呼んでください。」

 「綾科ユイです。乱太郎、きり丸、しんべヱ・・・うん、覚えた。」

 

 何度か口の中で繰り返して忘れないようにする。

 そうそう、確か乱太郎という子は伊作と一緒に医務室らしきところにいた子だ。

 ん?そういえば確か・・・

 

 「もしかして、あなた達が私をここまで?」

 「そうっすよぉ。たまたま裏山まで山菜摘みに行ったらユイさんが倒れてて。」

 「苦しそうな顔して気絶してたから、どこか怪我してると思ってあわてて医務室まで運んだんです。」

 「でも怪我もなさそうだし、それに行く当てがないって言ってたのでしばらくここで働く事になったってわかって安心しました。」

 「・・・ありがとう。あなた達が助けてくれなかったら、今頃途方に暮れていたかもしれない。」

 

 私は3人に向かって深く頭を下げた。

 怪我はしていなかったが、勝手のわからない世界で1人彷徨う事になっていたかもしれなかったのだ。感謝してもし足りない。

 

 「お礼なんていいですよぉ。保健委員として当然の事をしただけですから。」

 「こんな事言ってますけど、乱太郎のやつ、ユイさんの顔見てデレデレしてたんすから。」

 「ちょ、きりちゃんなんて事言うの!」

 「乱太郎は綺麗な人とか可愛い子に弱いから。」

 「しんべヱまで!私のイメージが!」

 

 3人のやりとりを見てほんわかした気分になる。

 仲良しなんだなぁ。

 そんなのんきな事を思っていると、3人を呼ぶ声が聞こえた。

 

 「乱太郎、きり丸、しんべヱ!授業始まるぞ。早く山田先生のところへ行きなさい。」

 「はぁ~い。」

 「じゃあユイさん、私達行きますね。」

 「いってらっしゃい。授業頑張って。」

 

 走りながら手を振ってくる3人に軽く手を振り返しながら見送る。

 3人の姿が見えなくなったところで、先ほど3人を呼びに来た男性がユイに声をかけた。

 

 「私はあの子達1年は組の担任の土井半助という。学園長先生から力仕事その他雑用何でもすると聞いたんだが・・・。」

 「料理は出来ません。」

 「それも学園長先生から聞きいた。」

 

 私の断言っぷりに土井先生は苦笑いを浮かべながら頬をかく。

 

 「別に料理をしてくれと言いに来たわけじゃないが、年頃の娘が料理の1つも出来なかったら困るんじゃないか?」

 

 例えば嫁の貰い手とか・・・と言いかけて失言だと気づいたのか慌てて口を塞ぐが、もうほとんど声に出ていたので今更塞いでも無駄である。

 しかし私は全く気にしていなかった。

 料理が出来ないのは料理をする必要がない環境にいたせいであって、必要に迫られれば人間何でも出来るようになるものだ。今後料理をしなくてはいけない事態に多く直面するなら、自然と身につくだろうと、そんな風に考えていた。

 

 「料理、今後は出来るようになっていく予定です。多分。」

 「多分って・・・。いやまぁいいか。早速で悪いんだが、業者が野菜を大量に届けてくれたんで、それを食堂のおばちゃんのところまで持っていくのを手伝ってほしい。」

 「わかりました。でも食堂がどこかわかりません。」

 「道案内がてら私が一緒に運ぶから大丈夫。」

 「そうですか、わかりました。お願いします。」

 

 忍術学園に来て初めての仕事だなと、私は心の中で気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 学園の門の前に大量に置かれた野菜。にんじん大根じゃがいもたまねぎその他緑の野菜、色々ある。

 これだけの量を運ぶのはさすがに骨が折れそうだ。何往復しなければいけないのか。

 

 「荷車を持ってくるから、ちょっと待っていなさい。」

 「あ、はい。」

 

 荷車、台車やリヤカーじゃないんだな、などと自分の知識との小さな差を1つずつ心に留めていく。

 何となく『ここ』が自分のいた時代より前の時代だという事が感じられるが、確信はまだない。単にこの忍術学園という括りの中だけが特殊な環境なのかもしれないし、一歩外に出れば見慣れた景色が飛び込んでくるかもしれない。

 しかしそれを確かめるためだけに外に飛び出す気は無い。

 ここで実績を積み、外出しても帰ってきていいというところまで信用を得なければ、寝床が確保できないからだ。

 

 (せめて額の印さえ解ければ、1人でも何とかサバイバル出来るんだけどな・・・。)

 

 小さくため息をつきながら、額に手をあてる。

 赤い印。

 これを消すには同じ赤が必要だ。

 信頼できる人が1人でも出来れば、頼めるのだが。

 

 (焦るな、焦るな。焦っては事を仕損じる。まだここに来て何もしてない。信頼するには、信頼を得なければ。)

 

 落ち着くために深呼吸をしていると、土井先生が荷車を引いて戻ってきた。

 

 「お待たせ。さぁこれに野菜を乗せて食堂まで運ぶぞ。」

 「わかりました。」

 

 この大きさなら全部乗りそうだ。

 2人で野菜を荷車に積んでいく。

 黙々と作業をしていると、ふいに土井先生がこちらをじっと見ている事に気がついた。

 

 「あの、何か?」

 「あぁ、いや・・・・その、綾科さんは帰る家が無いと、先ほど学園長先生がおっしゃっていたが・・・。」

 「・・・はい。」

 「その、やはり戦で?」

 「・・・・。」

 

 答えられず、私は俯いた。

 本当は違うのだが、否定すれば他の理由を探さなければならない。かと言って肯定すると嘘をついた事になる。私はどちらも嫌だった。

 しかしその態度は土井先生には『沈黙=肯定』と映ったらしく、私にとってはいい方向で勘違いをしてくれた。

 

 「あ、その、すまん。思い出させてしまったな。・・・さっき君と話していたきり丸も、同じでね。休みの日なんかは私の家で一緒に暮らしてるんだ。」

 「え、きり丸が。」

 「全然そうは見えないだろう。明るくていい子だよ。・・・金にはうるさいけど。」

 「そう・・・ですか。」

 「戦なんて、するもんじゃないよな。まぁ戦や城同士のにらみ合いなんかがあるから私達忍者の需要があるわけで、何とも言えないところなんだが・・・・。」

 「あー・・・土井・・・先生?も、忍者なんですか?」

 「え。」

 

 何だと思ってたんだ?と言われて、「先生」と答えたらものすごく複雑そうな顔をされた。

 そうか、忍術学園の先生っていうのは、忍者なんだな、と心のメモ用紙に書き留めた。

 

 

 そんな他愛もない話をしている内に野菜が積み終わったので、早速食堂に向けて出発したいところなのだが、道がわからない。

 

 「あの、道案内お願いします。」

 「あぁ、こっちだ。」

 

 そう言って土井先生は道を指さし、荷車を引き始めた。

 私が引っ張らなくていいのだろうかと思ったが、引っ張ってくれるのなら後ろから押そう。

 荷車の後ろに回り、荷台の部分を思いっきり押すと、「うおわっ!」という間抜けな声が前の方から聞こえてきた。

 

 「何だ!?」

 「何だって、土井先生が引っ張るなら後ろから押そうと思って押しました。」

 「押した!?この荷車を!?」

 

 何かやたら驚いてらっしゃる。押してはいけなかったのだろうか。

 

 「押してはいけませんでしたか。」

 「いや、その細腕でこの荷車を押した事に驚いたんだ。」

 「だから力仕事ならお役に立てるかもと、学園長先生に言ったんです。」

 「なるほどな・・・。なんでそんな怪力なんだ?」

 「そりゃあ毎日のトレーニングは欠かせませんから。」

 「・・・・家が武家か何かだったのか?」

 「武家・・・あー、まぁ・・・そんなところでしょうか。」

 

 武家とか言ったよこの人。

 もうどう考えても戦国時代っぽい世界に紛れ込んだに違いないのだが、出来ればそうでない事を願いたいという気持ちが、「まだ確信は得てない」という言い訳を何度も繰り返す。

 戦国時代なんかに来たとなると、大好きなアイスクリームが食べられないじゃないか。

 ・・・・そういえばお腹すいたな。

 なんて事を考えながら荷車を押していると、「着いたぞ」という声が聞こえた。

 どうやら食堂についたらしい。

 

 「おばちゃーん、野菜持ってきましたよー。」

 「はいはい、今行きますよ。」

 

 どうやらここは食堂の裏手らしい。勝手口のようなところから土井先生が中に向かって声をかけると、中からいかにも「食堂のおばちゃん」らしき人が出てきた。

 

 「あらあら、こんなたくさんの野菜運ぶの大変だったでしょう。いつもならここまで業者さんが運んでくれるんだけど、今日は何か急ぎの用があるとかで困ってたのよー。ありがとうね土井先生、それと、ユイちゃんだったかしら。」

 「はい。」

 「それじゃ、運んでもらってきたすぐで悪いんだけど、そこに野菜おろしてもらえるかしら。」

 「わかりました。」

 

 指定された場所に野菜を下ろしていく。

 「助かるわぁ~」とのんびりした口調で言うおばちゃんは、この量の野菜を一人で切り盛りしているのだろうか。

 出来る事なら料理に関しても手伝いたいのだが、本気でしたことが無いので、私に出来る事は野菜を運ぶ事ぐらいだ。

 ・・・皮むきくらいなら出来るだろうか。・・・・いや血の海になるかもしれない。

 

 「おばちゃん、他に手伝う事があれば綾科さんに言ってください。」

 「料理以外でお願いします。」

 「あらあら、料理は苦手なのかしら?出来ればそっちも手伝ってくれると助かるんだけど。」

 「料理した事がないもので・・・すいません。」

 「おやまぁ、年頃の女の子なのに料理の1つも出来ないと将来困るんじゃないの?私でよければ教えてあげるわよ。」

 「え、ほんとですか?」

 

 これは願っても無い申し出だ。この学園から出て行くにしても自炊出来なければ始まらないので、料理を教えてくれるというのなら是非教えていただきたいところだった。

 

 「忙しい時は無理だけど、手が空いた時とかなら喜んで教えてあげるわよ。」

 「ありがとうございます。」

 「良かったな。」

 「はい。」

 

 少しだけここの生活に希望が見えてきた。

 不審者にこれだけ優しくしていいものだろうかという疑問もあったが、気にしてても仕方ないので気にしない事にした。心の中で疑われていようと、表に見えなければ気分も悪くならないものだなと能天気に考えて居ると・・・

 

 ぐぅ・・・

 

 腹が鳴った。

 何か食べ物をください、とは恥ずかしくて言えなかったので、黙々と野菜を下ろし続けた。

 

 どうやら先ほどのハラヘリ音は食堂のおばちゃんと土井先生にはちゃっかり届いていたらしく、2人は顔を見合わせて苦笑した。

 

 「ユイちゃんお腹空いてるのね。まだ仕込みの途中だから大したものは出せないけど、お昼の残りでおにぎりぐらいなら出せるわよ。」

 「!」

 

 おにぎりと聞いてユイの目つきが変わる。

 まるで飢えた獣のようだ。いや、まさに飢えているのだが。

 

 「残りの野菜は私が下ろしておくから、食堂に行って食べてきなさい。」

 

 苦笑を漏らしながらも土井先生は代わりに野菜を下ろしはじめ、ユイに食堂に入るように促した。

 なんていい人達なんだと感激しながらユイは「ありがとうございます」と頭を下げて食堂に入った。

 

 

 

 

 食堂は複数の大きなテーブルに腰掛が並んでいて、いかにも食堂という感じだった。

 おばちゃんの仕事場、つまり調理場から入ったので表にまわってみると、カウンターのようになっており、ここでおばちゃんにご飯を頼むんだなと納得した。

 私の家も家族以外にたくさんの使用人やお弟子さんなどがいたため大所帯で、食堂なるものがあったのだが、ここと少し雰囲気が似ている。私はほとんど食堂を利用する事はなかったのだが、たまに利用するととても新鮮で面白かった。

 ・・・・似たような面影を見つけると、つい思い出してしまう。そして苦しくなる。

 帰りたいという気持ちと、帰りたくないという気持ちが入り混じって、感情のやり場が無くなる。

 きっとこの気持ちは、自分が生き続けている限りずっと持ち続けるんだろう。

 

 「さ、出来たわよ。お残しは許しまへんで!」

 「いただきます。」

 

 誰が残すものかと心の中で声高に叫んでみる。

 おばちゃんから受け取ったお盆を持って、適当に席についた。

 お盆の上にはおにぎりが3つとたくあん、それにお味噌汁までついている。

 十分すぎるそのもてなしに涙腺が緩みそうになった。

 合掌をしてからお箸を手に取り、味噌汁を一口。

 ・・・・おいしい。

 空腹だからなのか、おばちゃんの確かな実力故なのか、味噌汁は今までの人生で1,2を争うくらいおいしく感じられた。生きてるって素晴らしい。

 そんな事を思いながらおにぎりを頬張っていると、食堂の入り口から何やら視線を感じた。

 ふと入り口の方を見てみると、人が立っていた。

 何か見覚えがある顔だ。

 目の下にくっきりと出来ている隈、忘れるはずがない。

 ・・・が、どこで見たのか忘れた。

 あぁ、そういえば伊作が同じ色の装束を着ていたっけ、随分老け顔だし、同い年なわけないか。

 入り口に立っている男を見つめながらそんな事を考えつつも、手と口はせわしなく動いていた。

 

 「おい、なぜここで飯なんか食ってる。」

 

 多分それは私に対して言った言葉なのだろうが、この男は馬鹿なのではないだろうか。

 食堂でご飯を食べる以外に何をしろと言うのか。

 先ほどと同じくそんな事を考えながら男を凝視し、食事を続ける。

 

 「おい貴様だ貴様!こっち見ながら飯食ってるお前に言ってるんだ!返事くらいしろ!」

 

 じっと見られている事に居心地の悪さを感じたのか、隈男はさきほどより大きな声を出して私の方へと近づいてきた。

 どかっと正面に座り、思い切りにらんでいる。

 それでも私は黙々と食べ続け、ついに食事を平らげる。

 おいしかった、ご馳走様でしたと合掌をして、改めて目の前の隈男と対峙した。

 

 「えっと、私の事ですか。」

 「遅いわバカタレ!」

 

 短気な男だ。

 あ、思い出したぞ。この男は確か校庭で挨拶させられた時に何かぶーぶー言ってた男だ。

 

 「食堂はご飯を食べるところですよ?」

 「そんな事はわかっとるわ!俺が言いたいのは、なぜ貴様が飯を食っているのか聞いてるんだ!」

 「?私だってさすがに食事しないと生きていけないので。」

 「そんな事だってわかっとるわ!なぜ仕事もせずに飯を食ってる!」

 

 やっと隈男の言いたい事が理解できた。

 働かざる者、食うべからずって事だな。

 

 「腹が減っては戦が出来ぬって言うじゃないですか。」

 「わかったような口を聞きやがって、学園長先生はどうか知らんがな、俺は不審者を学園に置くべきではないと思っている。もしかしたらどこかの城の間諜かもしれんしな。」

 「カンチョウって何ですか。」

 「そんな事も知らんのかバカタレ!わざとか、わざとなんだな!?」

 

 知らないから聞いたのに怒られてしまった。

 あからさまに疑ってかかられるのはどうもやりにくい。

 カンチョウなんて響き、お通じ関係しか知らない。

 

 「で、カンチョウとは?」

 「・・・・間諜とは、敵の様子を探って味方に報告する、要するにスパイの事だ。」

 「あぁスパイの事ですか。」

 

 ・・・じゃあなぜ最初からスパイと言わないんだろう。

 もしこの世界が戦国時代だったとしても、私の知っている戦国時代とは何かが違っていた。

 今の会話といい、横文字が通じるのは何だかおかしい。

 

 「じゃあ、どこのスパイだと思ってるんですか?」

 「どこってそりゃ、ドクタケ城とかタソガレドキ城とか・・・。」

 「何ですかそれ。」

 「何って城の名前だろうがバカタレ、お前一体どこから来たんだ!?」

 「・・・・・。」

 

 どこからと言われると答えようが無いので黙って俯くしかない。

 しかしドクタケとかタソガレドキとか、城の名前らしいがそんな城歴史の勉強で習った覚えが全くない。

 ここが戦国時代だとしても、自分の知る戦国時代ではないんだなと一人ごちた。

 さて、目の前のケンカっぱやい隈男もこの沈黙をどうやらいいように解釈してくれたようで、気まずそうに「ちっ」と舌打ちをしながら顔を逸らした。

 この手は使える。

 

 「あら潮江君、こんな時間に食堂にいるなんて珍しいわね。どうかしたの?」

 

 調理場の方から聞いた声がした。おばちゃんがカウンター越しに顔を覗かせていた。

 目の前の隈男はどうやら潮江という名前らしい。

 潮江は立ち上がり、おばちゃんに話しかけた。

 

 「あ、おばちゃん、会計委員の仕事で昼飯を食べ損なったんですが、何か余ってませんか?」

 「会計委員も大変ねー、いつもご苦労様。おにぎりでよければ作れるけど、それでいいかしら?」

 「お願いします。」

 「わかったわ。じゃあちょっと待っててね。」

 

 そう言っておばちゃんはカウンターの奥に引っ込んだ。

 それを確認してから潮江は再び私の前の席に腰掛ける。

 会計委員の『仕事』と言ったからには、やはりこの男は生徒ではなく先生なのだろう。装束の色が違うが。

 

 「えーっと・・・潮江・・・先生?」

 「何で先生なんだバカタレ!俺は6年い組の潮江文次郎だ!」

 「え、6年?12歳?」

 「なぜ6年生が12歳になる!15だ15!」

 「15歳・・・でもさっき、会計委員の仕事と言っていたので、先生なのかなぁと・・・。」

 「俺は会計委員長だからな。会計委員が会計委員の仕事をするのは当たり前の事だ。仕事もしていないお前と違ってな。」

 

 15歳の前に『この顔で』という枕詞をつけなかった事を是非とも褒めていただきたい、と心の中でつぶやきながら、6年生が15歳になるというこの学園の常識をまた1つ心のメモ用紙に書き留めた。

 それにしてもものすごく嫌味を言われた事に、さすがの私も気がついた。

 しかしまぁ、食事も終わったのにまだ食堂に居座っているのは確かに『仕事をしていない』と言われても仕方ない状況だったので言い訳はしなかった。

 そろそろ戻らないと、土井先生に申し訳ない。

 というか土井先生がいなくなったら次の仕事は誰からもらえばいいのかわからないので、どこかへ行ってしまう前に戻らなければ。

 私はお盆を持って立ち上がると、潮江の方をじっと見つめた。

 

 「何だ、何か文句でもあるのか?」

 「文句というか・・・・1つだけ。」

 「何だ。」

 「上から3番目。」

 「は?」

 「上から3番目に、多分ヒントがありますよ。」

 「は?何を言って・・・。」

 「それじゃ、失礼します。」

 

 そう言い残して私はカウンターの中へと入り、「おばちゃんご馳走様でした。」と声をかけ、勝手口から外に出た。

 後に残された潮江は、ユイの言っている意味がさっぱりわからず、首をかしげるばかりだった。

 

 

 

 

 おばちゃんの有難いおにぎりを食べ終わり、私はまた食堂の裏手へと戻ってきた。

 ちょうど土井先生が野菜を下ろし終わり、一息ついているところだった。

 

 「ただいま戻りました。代わりに下ろしていただいてありがとうございます。」

 「いや構わない。ちゃんと腹ごしらえはしてきたのか?」

 「はい、おかげさまで。」

 「まぁまた夕食の時間にここに来るといい。おばちゃんの料理はうまいぞ~。」

 「楽しみです。」

 

 空腹感は無くなったが、おにぎり3つと味噌汁では満腹というわけにはいかず、まだまだ腹には余裕があったので、夕飯が楽しみで仕方がない。

 しかし食事にばかり気をとられているわけにはいかない。

 

 「次は何をすればいいですか?」

 「あー、今日のところはもういい。いきなりの事だったからまだ君に振り分ける仕事が決まってないんだ。明日からはちゃんと仕事をしてもらえるように先生方と相談するよ。」

 「何から何まですいません。」

 「構わないさ。学園長先生の思いつきに比べたら楽なもんだ。」

 

 そういって笑う土井先生はとても良い人だと感じた。

 たとえその笑顔の下では私の事を不審者だと思っていたのだとしても。

 

 「私は今日どこで寝たらいいんでしょうか?」

 「あぁ、それについてはくのいち長屋の空き部屋を使ってもらうと山本シナ先生がおっしゃっていたから、後で案内してもらえるように言っておこう。」

 「ありがとうございます。ところで、差し出がましいかもしれないんですが・・・・。」

 「ん?」

 「門から食堂までの道ならわかったんですが、全体的な位置関係というか、他の道が全くわからないので道案内をして欲しいんですが・・・・それが無理なら地図なんかがあると有難いんですが。」

 「あぁそうか、そりゃそうだよなぁ。すまん、地図はないんだが誰かに案内させよう。」

 

 たとえ地図があったとしても不審者である自分に渡すわけはないかと心の中で納得させる。

 土井先生がきょろきょろと見回して辺りに誰かいないか探しているようだが、特に通りかかる人もいないようだ。

 

 「うーん困ったな。これから職員会議があるから私が案内するわけにはいかないし・・・。」

 「あの、無理なら・・・。」

 「道案内なら私がしましょうか、土井先生。」

 

 突然上から声が降って来た。

 真上は空なのでもちろん誰もいない。が、上を見ながら周囲を見回すと食堂の屋根の上に人影が見えた。

 普通あんなところに上るか?

 まぁ忍者の学校だろうし、なんでもアリなんだろう。

 人影はひらりと音もなく私と土井先生の前に降り立つ。

 今度は青紫の装束だ。何色あるんだろうか。

 

 「鉢屋三郎か。・・・お前ずっとつけていたな。」

 「彼女に興味がありましてね。」

 

 やれやれと言った感じでため息をつく土井先生を尻目に、鉢屋と呼ばれた男はちらりと私の方へ目をやる。

 興味があるというのは確実に悪い意味でだな、と私も心の中で盛大にため息をついた。

 また先ほどの隈男のように嫌味を言われるのだろうか。

 あの時は気にならないフリをしたが、私だってれっきとした人間なので嫌味を言われれば不愉快にもなるし、言い返したくもなる。

 

 「それじゃあ道案内は任せるが・・・・・あんまり意地悪をしてやるなよ。」

 「わかっていますよ。お任せください。」

 「じゃあ綾科さん、私は行くから。寝床の件は任せておいてくれ。」

 「ありがとうございます。」

 

 ぺこりと頭を下げ、土井先生を見送る。

 後に残されたのは興味深そうにユイを見る鉢屋と、道案内が終わるまで嫌味を言われ続ける覚悟を決めたユイだった。

 

 「改めて、私は5年ろ組の鉢屋三郎。よろしくな。」

 「綾科ユイと言います。よろしくお願いします。」

 

 とりあえず自己紹介を済ませる。

 

 「私は土井先生のようにあんたを信用してるわけじゃないが、道案内はちゃんとするから安心しろ。」

 「信用してないのに、どうして道案内してくれるんですか?」

 「信用はしてないが、興味があるのは本当だからな。」

 

 にっと人の悪い笑みを浮かべる。

 ユイの勘が告げている。この男は警戒すべき男だと。

 弱みを見せないようにしなければと、ぐっと拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 「で、ここが図書室。」

 「・・・・・・・。」

 「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」

 

 頭を抱えてしゃがみこんだ私を一応気遣う心くらいはあるらしい。

 が、気遣われたところで別に具合が悪いわけじゃないのでどうでもいい。

 

 「広すぎる・・・。」

 「あぁ、覚えられないのか。まぁ覚えられなきゃ誰かに聞くしかないな。」

 

 教えてもらえるかどうかは別だけど、と付け足す鉢屋はものすごく意地が悪いと思うが、悔しい事に間違った事は言っていない。

 確かに不審者に道を教える輩が果たしてどれだけいるのか疑問だ。

 というかそんなにまで多数に不審者と思われているのだろうかと、それを考えてまた憂鬱になる。

 せめて紙と鉛筆があれば地図でも書くのになぁと、手持ちの品薄具合にげんなりした。

 

 「大体の案内はこれで終わりだぞ。後はくのいち長屋とかが残っているが、それは後でどうせ行く事になるんだし案内は必要ないよな。」

 「はい・・・・ありがとうございました。」

 

 ではこれで・・・ときびすを返そうとしたのだが、笑顔で「まぁ待てよ」と腕をつかまれる。痛いんですが。

 

 「・・・なんでしょう?」

 「私はあんたが道がわからないというから案内してやったんだぞ。それで案内が終わってじゃあこれで、はないだろう?」

 「何か聞きたいことでも?」

 「察しがよくて何よりだ。立ち話も何だし、そこに座って親睦を深めようじゃないか。」

 

 いわゆる縁側を指して、座るように促される。

 拒否権はもちろんない。

 私はしぶしぶと鉢屋の隣に少し間をあけて腰掛ける。

 

 「・・・で、聞きたい事とは?」

 「あんたの正体・・・と言いたいところだが、それは別に興味ないからいい。」

 

 興味ないんかい。

 何だかつかみどころのない男だ。

 不審者の正体なんて、誰もが一番知りたいところじゃないんだろうか。

 まぁ聞かれたところで答えようがないのだが。

 

 「私が聞きたいのは、食堂での潮江先輩に対する発言の意味だ。」

 「潮江・・・何だか聞いたことあるような。」 

 「学園が広いから道が覚えられないんじゃなくて、あんた単に記憶力悪いだけだろう。」

 「否定はしません。」

 「そこ得意げになるところじゃないから。さっき食堂であんたの前に座ってただろう、6年の。」

 「・・・あぁ、あの隈男。」

 「ぶっ。」

 

 隈男という言い方がうけたのか、鉢屋が噴き出した。しまった、つい心の中でのあだ名が。

 

 「今度潮江先輩に会ったら、隈男って呼んでた事伝えておくよ。」

 「やめてくださいお願いします。」

 

 あの人ただでさえ敵意むき出しで怖いのに、もっと怖くなるじゃないか。

 「あんたなかなか面白い奴だな」なんてけらけら笑いながら言う鉢屋に、切実な心の叫びは届いてない気がする。

 

 「で、潮江さんが何でしたっけ?」

 「だからさ、食堂出る時に先輩に言っただろう?『上から3番目』とか何とか。」

 「あぁ、あれが何か?」

 「あれはどういう意味なんだ?」

 「意味?」

 

 ユイが何のことかわからないと言った風に首をかしげる。「意味・・・?意味ねぇ」などと独り言をぶつぶつと言っているのを見ると、とぼけているわけでもなさそうだ。

 

 「どうしてあんな言葉が出てきたんだ?」

 「顔を見てるとぱっと出てきたんです。」

 「なんだそれ。」

 「直感?」

 「直感であんな具体的な言葉が出てくるなんておかしいだろ。」

 「なんでおかしいんですか?」

 「なんでって・・・。」

 

 なんだか会話がかみ合わない。その事に鉢屋は段々イライラしてきた。

 

 「普通は人の顔みて上から何番目だとか下から何番目だとか出てこないだろ。大体何の上から3番目なんだ。」

 「何のって、それは潮江さんがわかってる事でしょう。」

 「なんで潮江先輩がわかるんだよ。」

 「だって潮江さんの問題じゃないですか。」

 「だから何の問題だよ!お前いい加減にしろよ!」

 「何!?逆ギレかっこ悪い!」

 「逆ギレって何だお前キレてないだろう!」

 「キレてますよ大分前からキレてます!」

 「キレる場所がわからん!どこでキレた!?」

 

 「ちょっと、図書室の前でうるさいんだけど。」

 

 振り返るとそこには鉢屋のドッペルゲンガーが黒い笑顔で立っていた。

 

 「す、すまない雷蔵、こいつがあまりにも頭が悪いんでついかっとなってしまった。」

 「・・・・・・。」

 

 今のユイには鉢屋の嫌味など毛ほども気にしていない。いや、気にしている余裕などなかった。

 少し間を置いて座っている鉢屋と同じ顔が、2人の後ろに立っている。

 それは普通に考えれば「双子」という言葉を連想させる場面だ。

 そしてもちろんユイもその普通の考えに至った。

 が、今のユイにその二文字はナイフよりも鋭利な刃となって胸をえぐった。

 

 ――――レン・・・。

 

 どんな些細なきっかけでも思い出してしまう存在。

 鉢屋が雷蔵と呼んだ男を見た瞬間、自分の半身の事を思い出してしまった。

 最後に一目でも会いたかった存在。

 

 「おい・・・?お前大丈夫か?」

 「・・・何か僕の顔についてる・・?」

 

 急に言葉を無くし呆然と不破を見続けるユイをさすがに不審に思ったのか、鉢屋はユイの目の前で手をひらひらと動かし、不破は自分の顔に何かついているのかと自らの顔をぺたぺたと触っている。

 

 「あ・・・い、いえ、何も・・。あの、すいませんでした。」

 

 はっと我に返り、慌てて俯く。

 後少しで涙がこぼれそうになるところだった。

 ユイのあからさまな行動に2人は何かを感じ取ったが、あえて深くは突っ込まなかった。

 

 「それじゃ僕は当番だから戻るけど、三郎、静かにね。それとあんまり意地悪しちゃ駄目だよ。」

 「さっき土井先生に同じ事言われた。」

 

 私だって分をわきまえて行動しているんだぞ、と少し憤りながら腕を組み、ふんと鼻息を鳴らす鉢屋を無視して、不破はユイに声をかけた。

 

 「えっと、確か綾科さんだよね。僕は5年ろ組の不破雷蔵って言うんだ。三郎に意地悪されたら遠慮なく僕に言ってね。」

 「・・・はい、ありがとうございます。」

 

 ちらりと不破の方を見るが、またすぐに視線を逸らして俯いてしまう。

 そんなユイの態度を不破も心配になるが、当番だからと図書室の中へと戻って行った。

 後に残された鉢屋は、決まり悪そうにあさっての方向を向き小さなため息をついた。

 

 「・・・場所変えるか。」

 

 ここでまた言い合いになったら今度こそ不破の制裁が待っている。そう考えた鉢屋は腰掛けていた縁側から立ち上がり、独り言のようにそうつぶやいた。

 しかしそのつぶやきが耳に届いていないのか、ユイは相変わらず俯いたままだ。

 一体彼の何が気に食わなかったのか、鉢屋には知る由もない。

 

 「おい、綾科ユイ。」

 「・・・・・・・ですか?」

 「え?」

 「さっきの人・・・。」

 「雷蔵の事か?」

 「双子なんですか?」

 「私と雷蔵がか?ははは、まぁ初見だと勘違いされて当然だが、私と雷蔵は赤の他人だ。」

 「え・・?」

 

 驚いた様子で鉢屋を見上げる。

 やっと顔を上げたな、と鉢屋は少し胸をなでおろす。まるで自分が本当にいじめてるみたいな気がしてもやもやしていたのだ。

 

 「そっくりなのに。」

 「それは私が変装名人だからな。この顔は私の本当の顔ではなく、雷蔵の顔を借りているだけだ。」

 「変装・・・?どうして変装・・?」

 「変装は私のアイデンティティだからな。」

 「アイ・・・・・。」

 

 またも横文字か。

 実はやっぱりこの学園だけが昔風なだけで、外に出れば車や自転車なんかがわんさかしている気がしてきた。

 それに双子じゃなかった。

 ほっとしたような、何だかがっかりしたような、そんな複雑な気持ちが入り混じっていた。

 変装だなんて、紛らわしい。

 

 「素顔が相当残念なんですか?」

 「お前一回痛い目見た方がいいと思う、うん。」

 「痛い痛い痛い。」

 

 両方のこめかみをぐりぐりと拳骨で圧迫される。大の男が女相手にむきになるなよ。

 

 「ほら、行くぞ。ここで騒いでたら今度こそ雷蔵が本気で怒る。」

 「行くぞって・・・あの、もう案内はしてもらったので、特に場所を変えてまで一緒にいる必要は無いのでは。」

 「お前、私の質問に答えていない事忘れてないか?」

 「質問って?」

 「なんだその記憶力の無さは!?わざとか!?わざとなんだな!」

 「だから痛い痛い痛い。」

 「はっ、殺気!」

 

 びくっとして背後を振り返る鉢屋だが、別に図書室からはまだ誰も出てきていない。

 が、何となく図書室の中から異様なオーラが見える気がする。

 うん、場所を変えたほうが安全っぽい。

 鉢屋に腕を引っ張られながら足早にその場を後にした。

 腕痛い痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 「後で雷蔵に怒られたらお前のせいだからな・・・・。」

 「どうして私のせいなんですか。」

 「お前があまりにもわざとらしくとぼけるからだ!」

 「だから痛い痛い痛い。女に暴力振るう男、みっともない。」

 「これは暴力じゃない、教育的指導だ!」

 「あなたに教育されるほど顔は残念じゃありません。」

 「顔が残念だから変装してるんじゃないわ!何だその自意識過剰発言は!」

 「じゃあ素顔見せてくださいよ。」

 「お前に見せる素顔は無いね。」

 「そんな事言ってどうせ誰にも見せた事無いんじゃないですか?それってやっぱり素顔が残念・・・・」

 「この口か!?この口だな!?」

 「いひゃいいひゃい。」

 「・・・・・何やってんの?」

 

 

 図書室からそそくさと移動して、ここならいいだろうと長い廊下の一角に再び腰を下ろし言い合いをしていると、ふいに後ろから声がかけられた。

 後ろを振り向いて見ると、そこには隣の残念顔と同じ色の装束を着て、一見するとドレッドヘアか?と思うような髪のまとまり具合と丸み具合を兼ね備えた不思議な髪質をした男が立っていた。

 

 「何だ勘右衛門いたなら声をかけろ。」

 「だから今かけたじゃん。で、何漫才みたいな事やってんの?」

 

 その人、さっきの集会で紹介された人だよね?と私の方を見やる。

 私は慌ててぺこりと頭を下げる。

 

 「俺は5年い組の尾浜勘右衛門。よろしくー。」

 「綾科ユイと言います。よろしくお願いします。」

 

 人好きそうな笑顔で名を告げてくれるこの人にとっても、きっと私は不審者なんだろうな。

 あぁ一刻も早く信頼できる人が欲しい。

 とりあえずこの残念顔だけは信頼できない事は確実だ。

 

 「何だよ鉢屋、いつの間に綾科さんと仲良くなったの?」

 「全然仲良くない!こいつ、私が親切で学園内を案内してやったというのに、こっちの質問には答えないわ人の事を残念残念と・・・・。」

 「素顔を見せてもらえればちゃんと訂正しますよ。」

 「あはははは、残念って!まぁ確かに鉢屋の素顔誰も見たことないから残念じゃないって証明出来ないや。」

 「ほらやっぱり誰にも素顔見せた事無いんじゃないですか。」

 「だから変装は私のアイデンティティなんだ!おいそれと素顔を見せてたまるか!」

 「それは残念・・です。」

 「おい、その『残念』の後の一拍は何だ。心の中で『顔』って付け足しただろう!」

 「それは被害妄想というものですよ。」

 「ああ言えばこう言う・・!!!」

 「だから痛い痛い痛い。」

 

 これで何度目になるのかこめかみぐりぐり攻撃を受けるが、そこのうどんヘアの方、止めてください。

 

 「すごいなー綾科さん、鉢屋に口で負けてないよ。」

 「問答のし合いは得意ですから。」

 「問答と言えば思い出したがさっきの質問に早く答えろ。」

 「さっきの質問って何でしたっけ?」

 「だああああああもうそのやり取りはいい!」

 

 どうやらこの質問は回避できないようだ。

 正直答えたくなかったが、仕方がない。嘘をつこうかとも考えたが、嘘は嫌いだ。

 

 「上から3番目っていうのはですね。」

 「なんだやっぱり覚えてたんじゃないか!」

 「?何が上から3番目なの?」

 

 途中参加の勘右衛門は何の話かさっぱりわからないようだ。

 

 「隈男さんへのアドバイスです。」

 「ぶっ。」

 

 あ、しまった。またついうっかり心の中のあだ名が。

 「隈男って!」と必死に笑いをこらえているうどんヘアの方、笑いが漏れてます。

 

 「何だか困っていたようなので。」

 「潮江先輩の話では確か会計委員の仕事で昼飯を食い損ねたって事だったな。その関係か?」

 「さぁ、それ以上の事はわかりません。」

 「しかし大体お前、潮江先輩が会計委員だって事はさっき初めて知ったはずだろう。なのになぜそれに関係するアドバイスが出来る?」

 「いやだから、その会計委員に関係するかどうかはわかりませんて。」

 「もし会計委員に関係しない事だとしても、そのアドバイスはどっから出てくるんだ?」

 「どこからって言われても・・・口から?」

 「その口を針と糸で縫いつけてやろうか?」

 「痛くないようにお願いします。」

 「だあああああイライラする!!!」

 

 この人、からかい甲斐があるな。

 今度から残念顔じゃなくて暇潰しって呼ぼうかな。

 なんて心の中の名簿を書き換えていると、黙ってやりとりを聞いていた尾浜が口を開いた。

 

 「なんか今の会話だけ聞いてると、俺も鉢屋と同じで綾科さんの言ってる事がさっぱりなんだけど。」

 「それは残念。」

 「ごめん残念って言わないで!思い出し笑いする!」

 

 笑い上戸なのだろうか。

 しかしその笑いを何とかこらえ改めてユイへと向き直ると、意外な一言を発した。

 

 「じゃあさ、俺にも何かアドバイスしてみてよ。」

 「おお、勘右衛門ナイスアイデアだ。」

 「はぁ・・・。」

 

 どうナイスアイデアなのかさっぱりわからないが、とりあえず言われるがままにアドバイスでもしてみよう。

 尾浜の顔をじっと見つめる。

 あまりにも凝視されているからか「うっ」と言う声とともに緊張が伝わってきた。

 

 「・・・・待ちぼうけ・・・・。」

 「え、待ちぼうけ?・・・・はっ!そうだった!俺木下先生に急ぎの用で呼ばれてたんだった!!鉢屋のアホ!なんでこんな所で漫才なんてしてたんだよ!それじゃあ綾科さんまたね!」

 「アホとは何だアホとは!」

 

 律儀に私に手を振ってから脱兎のごとく駆け出す尾浜を見送りながら手を振り返すが、まぁ見ていないだろう。

 それより問題は、隣で今まで馬鹿やってた鉢屋が神妙な面持ちで自分を見つめている事だった。

 

 

 

 

 
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