No.455885

【夢小説】きっと優しい世界2【忍たま】

スイさん

特殊主人公トリップ連載。5年生寄りの上級生中心・シリアス時々ほのぼのギャグ。
能力を封じられ本家から捨てられた主人公が目覚めると、そこは忍術学園だった。生きるため、そして力を取り戻すために奮闘するお話。
1日目終了。

2度目の投稿にあたってサブタイトルをつけました。前作も気が向いたらサブタイトルを付け直すかもしれません。

2012-07-19 21:36:03 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4861   閲覧ユーザー数:4844

再び廊下にて

 

 「・・・勘右衛門とは初対面だよな。」

 「初対面ですね。」

 「勘右衛門が木下先生に呼ばれていたなんて事はお前が知っているはずないよな。」

 「そうですね。」

 「・・・・何の力だそれは?」

 

 鉢屋は明らかに私を警戒していた。

 それがひしひしと伝わってくる。

 返答を誤れば痛い目を見る事になる。

 ここで余計に警戒されて、上の人間に「綾科ユイは危険人物」などと報告されては非常に困る。

 何とかこの窮地を回避できる答えはないものかと一瞬考えたが、嘘は嫌いだ。

 

 「んー、何の力というか、強いて言うなら占いですね。」

 「占い?」

 「潮江さんと尾浜さんにしたアドバイスは厳密に言うと占いではありませんけど、あれを突き詰めていくと占いになるので、占いで合ってると思うんですけど。」

 「お前は陰陽師か何かなのか?」

 「陰陽師って・・・違いますけど。」

 

 陰陽師とか言っちゃったよ。

 普通に占い師でいいじゃないか。この時代には占い師っていう職業は普及してないのだろうか?

 

 「単なる特技ですよ。」

 「占いが特技?」

 「おかしいですか?」

 「まぁあまり聞かないな。」

 「確かに特技占いって人は私もお目にかかった事ないですね。」

 

 でも事実なんですけど、と鉢屋の様子を伺うと、先ほどのびんびんに警戒心はむき出しにはしていなかった。その事にほっとする。

 

 「占いっていうのは何かしら道具を使ったりするもんなんじゃないのか?」

 「使いますよ道具。」

 「でも潮江先輩やさっきの勘右衛門の時は何も使った様子がなかったが?」

 「あれはだから正式な占いではなくて、私の直感みたいなものです。」

 「直感であそこまで正確に言い当てられるものなのか?」

 「だから特技なんですよ。」

 

 そう言うと納得したのか、腕を組んでふむ・・・と考え込んでしまった。

 嘘は一言も言っていない。1度目も2度目も、自分の直感で発言したまでだ。

 常人と違うのは、その直感の発言が『勘』ではなく『確信』という点だろうか。

 それはまさに、持って生まれた天性の能力だった。

 

 「じゃあ戦で家族や家を失ったのは、占いでどうにかできなかったのか?」

 「それ・・・は・・・・。」

 

 痛いところを突いてくる男だ。

 確かにあの儀式に関しては占えば何かしら予測は出来たかもしれない。が、予測できたからといってそれが回避できるかどうかは別問題である。

 それに加えて、ユイの占いは自分自身の事だけは占えなかった。嫌な予感が『死の予感』まで至らなかったのはそのせいである。

 だが、今問われているのは自身の事ではなく家族の事だ。その理由は使えない。

 

 「・・・毎日日課のように占いをしていたわけじゃないので。頼まれた時や気になる事があった時じゃないと占いませんでしたから。それに・・・・。」

 「それに?」

 「家族とは、あまりうまくいってなかったので・・・・。」

 「・・・・そうか。」

 

 実際、年を取っていくにつれて家族は疎遠になっていった。

 理由はずっとわからなかったが、恐らく私が16で死ぬ事を少なくとも両親は知っていたのだろう。それが関係しているとしか思えなかった。

 レンは一緒にいたが、それはレンが次期当主で自分がレンの守護役だったからであって、家族だから一緒にいたのかと言われれば疑問だった。それでも私はレンと一緒にいれるという事実だけで嬉しかったのだが。

  

 「すまなかったな、思い出させて。」

 「いえ・・・・。」

 

 素直に謝罪する鉢屋には少し驚いたが、警戒心が大分薄らいでいる事に安堵した。 

 これで鉢屋の興味の対象であった疑問には答えたので、ようやく解放されるだろう。随分と長い間この男と一緒に居たものだ。特にこの男が純粋に苦手なわけではないが、自分を疑っている人間と一緒に居たいと思う物好きはあまりいないだろう。

 

 「じゃあこれで疑問は解決しましたよね。」

 「ああ。」

 「では私はこれで失礼します。」

 「ああ。」

 

 ぺこりと頭を下げ、きびすを返す。

 もうすっかり日が傾いている。夕飯時だ。

 私は今までの記憶を総動員して食堂へと通じる道を歩き始めた。

 

 

 

 

 「・・・・・・。」

 

 どうしてついてくる。

 後ろから一定の距離を空けて鉢屋がついてくる。

 おかしい、もう用は無いはずだ。

 

 「・・・・・・。」

 

 ここで早足になるのもおかしいし、かと言ってUターンする勇気は今のところ無い。

 しかしこの距離を保ったままでは食堂へと向かう間に気力がものすごく消耗してしまう事は確実だ。

 私は意を決してそろりと振り返り鉢屋に声をかけた。

 

 「あの・・・どうしてついてくるんでしょう?」

 「行く方向が同じなだけだ。」

 「あぁ・・・そうですか・・・・。」

 

 よく考えてみたら自分だけが夕飯時だと思う事自体がおかしい事に気づいた。

 誰が食堂に向かってもおかしくない時間帯のはずだった。時計など無いので実際に今が何時かまではわからないが。

 待てよ。

 そうすると食堂はラッシュの時間帯があるという事だ。それが今かもしれない。

 もしそうなら自分は今食堂に行くべきではない。所詮居候の身、皆が食べ終わって食堂が空いた頃に行くべきではないだろうか。

 

 「おっと、急に止まるなよ。」

 「あ、すいません。」

 

 どうやら足が止まっていたらしい。

 どうせなら足が止まったついでに方向転換もしておくか。

 そう考えて私は来た道をUターンする事にした。

 

 「おい、食堂に行くんじゃないのか?」

 「私、後にします。きっと今の時間混んでるでしょうし。」

 「道に迷っても知らないぞ。」

 「その時は誰かに『鉢屋さんの教え方が極悪だったもんで』って言い訳して道案内してもらいます。」

 「記憶力の無さを私のせいにするな!」

 「じゃあ誰のせいにしろって言うんですか。」

 「お前だお前、お前自身のせいだろ。」

 「違いますよ。私は記憶力いいんです。単に興味の無いものには働かないだけで。」

 「道くらい興味を持てよ!」

 「だから食堂までの道はどこに居ても完璧です。」

 「どんだけ食い意地張ってるんだ!」

 「何言ってるんですか、人間食べないと死ぬんですよ?生への執着は全生物の本能ですよ本能。」

 「何かお前と話してると調子が狂う!」

 「私なんて絶好調ですよ。」

 「なんかムカつく!」

 「痛い痛い痛い。」

 

 いい加減アウェーだからって暴力に訴えるのはやめていただきたいものだ。こめかみがいくらあっても足りないではないか。

 

 「・・・何やってんだ三郎?」

 

 なんだかデジャヴを感じる発言だ。

 その声はちょうど私が戻ろうとしていた道の方から聞こえてきた。

 そこにはまたも鉢屋と同じ色の装束を着た、今度は2人組が立っていた。

 一人は長い睫毛と整った顔、もう一人は髪の毛がばしばしでまるでハリネズミのようだ。

 

 「兵助に八左ヱ門、今から夕飯か?」

 「ああ。三郎も行くんだろ?一緒に行こうぜ。・・・と、その人はえーっと。」

 「綾科ユイさんだろ。・・・三郎、離してやれば?」

 

 実は3人が和やかに話している間も、この暴力男はずっとこめかみをぐりぐりしていたのだ。

 睫毛の君の一声で「ちっ」と舌打ちをしながらぐりぐりをやめてくれた。

 なんていい人なんだ。土井先生の次に。

 

 「ありがとうございます。初めまして、綾科ユイと言います。それでは失礼します。」

 

 2人に名前だけ名乗り、頭を下げてそそくさと横をすり抜ける。

 「あ、逃げやがった!」とか後ろで叫んでる声が聞こえるが気にしない。

 ほんとにこれ以上人と関わりたくない。

 まったく、あの暴力男はいらん何かを呼び寄せるとんでもない奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 後に残された睫毛の君こと久々知兵助と、ハリネズミこと竹谷八左ヱ門は、鉢屋の手からそそくさと逃げていくユイの背中を見送った後、鉢屋の方へと向き直った。

 

 「なんだよ三郎、俺らが委員会活動に勤しんでる最中にちょっかい出してたのかよ?」

 「ちょっかいとは何だちょっかいとは。私は土井先生の代わりに道案内をしてやっただけだぞ。」

 「それにしては随分仲が良さそうだったな。」

 「あれはあいつがカンに障る事ばかり言うからだ。まったくソリが合わん。」

 「そうかぁ?何かすげー楽しそうだったぞ三郎。」

 

 久々知と竹谷の目には仲良くじゃれあってるようにしか見えなかったが、どうやら本人にその気はないようだ。

 「楽しそう?冗談じゃない!」などと悪態をついているが、本当に嫌いな人間に対する態度ではないだろうと2人は思った。

 

 「それにしても三郎は、あの人の事どこかのくのいちか何かだと疑っていなかったか?」

 「今も疑ってるさ。」

 

 久々知の問いに、鉢屋は間髪入れずに返答する。

 もうとっくに見えなくなった、ユイが戻って行った廊下を見つめながら、これまでのユイの態度を思い出す。

 

 「気を許すフリをした方が、人間色々ぼろが出るもんじゃないかと思ってね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど鉢屋と会話していたところまで戻ってくると、ユイはやっと一息ついた。

 何だかんだで現状を把握してから今まで、一度も一人きりになる事が無かったため、考える時間が欲しくとも無かったのだ。やっと考える時間が出来てユイは目を閉じて考え始めた。

 

 穴に落とされたのは確実だ。それは鮮明に覚えている。思い出すと震えるくらいに。

 だがその後の一番古い記憶は、この忍術学園の医務室だ。(鉢屋の案内であそこが医務室だとわかった)

 自分を助けてくれた乱太郎、きり丸、しんべヱいわく、学園の裏山で倒れていたという。

 だがこんな学園知らない。来た事も、聞いた事もない。

 穴の先がここに繋がっていたのだろうか。そう考えるしかないのだが、なぜどうやって繋がっていたのかは全くわからない。

 何かの術が施されていたのだろうか。

 それにしても自分を殺すための穴なのに、何かの術が施されているとしても絶対に自分には不利な術に違いないはずだが、別に五体満足だし、特に影響などなさそうだ。

 とりあえずあの穴の先にこの忍術学園があったとしよう。

 だがどうしても理解できないのがここの時代。明らかに自分が住んでいた現代とは違う気がする。

 まだ確信は無い。だが限りなく確信に近い推測で、ここは『昔』だと言える。

 電気ガス水道等一切無く、人の発言を聞いていても戦国時代のような雰囲気だ。

 だが横文字が通じるあたり、自分の知っている戦国時代でもない。

 

 自分のいた世界とはかけ離れた世界。別次元。

 それがユイが今の情報量で導き出せる唯一の結論だった。

 だが別次元の世界に繋がる穴なんて、どうやって作るのだろう。

 それこそ神か悪魔でもない限り・・・・神?悪魔?

 

 「その可能性は否定できない・・・か。」

 「どの可能性が否定できないって?」

 

 突然後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには緑の装束を着た2人組が立っていた。

 見たことのある隈と、目を見張る美男子だった。

 聞いた事のある声だと思ったのは、隈男が発したからだろう。

 ものすごく会いたくない奴に再会してしまった事に、心の中で大きな舌打ちをした。

 

再び廊下にて2

 

 食堂で遭遇した時よりも更に人相が悪い気がする。そんなに眉間にしわを寄せて睨む事ないだろう。お前はそれでも15なのか、など心の中で様々な罵詈雑言を飛ばしてみるが、今の状況が最悪な事に変わりはない。

 何やら絶対攻め立てられそうな雰囲気だ。絶対暴力振るわれる。

 先ほどの鉢屋のかわいらしい暴力が今では懐かしい。

 そんな事を思いながら後ずさっていると(すでに壁だが)、隣の美男子が呆れたように横目で隈男を見やった。

 

 「お前の顔があまりにも迫力があって怖がられているぞ文次郎。もう少しましな顔はできんのか。」

 「うるせぇ仙蔵!元々こんな顔つきなんだからほっとけ!」

 「やれやれ、そこまで敵意むき出しでどうする。お前は話をしたいんじゃなかったのか。」

 「うるせぇよ。別に力でどうこうしようなんて考えてねぇよ。」

 

 やっぱりさっき遠慮せずに食堂に行けばよかった。

 大勢の人目につくのが嫌だったというのが一番の理由で今の時間帯を避けたが、それが裏目に出てしまうとは。人目があれば、せめて暴力沙汰にはならないだろうに、今の人目といえば隈男の隣の美男子しかいない。しかもその美男子、多分隈男の友達だ。どちらの肩を持つかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 

 「自己紹介が遅れたが、私は6年い組の立花仙蔵という。綾科さんだったか。」

 「あ・・・・綾科ユイ・・です。よろしくお願いします・・・。」

 「そう警戒しなくても何もしやしないさ。この文次郎も、無抵抗の人間に手を出すほど非道でもないから安心しろ。」

 「・・・・。」

 

 そう言われてもあなたの隣の隈男さんは相変わらずものすごい不機嫌オーラを発しておりますが、と口に出して言いたかったのだがとてもじゃないが声にならない。

 逃げようかとも思ったが、ここで逃げたら『抵抗』と見なされて追いかけられて手を出されるかもしれない。一体どうすればこの危機的状況から抜け出せるのだろうか。

 

 「おい。」

 「は、はい。」

 「お前は一体何者だ。」

 「な、何者って・・・言われましても・・・。」

 

 隈男の質問の意図が全くわからない。

 不審者だと疑ってかかってるのはわかるのだが、例えばもし本当に不審者だとして、何者だと問われて「どこぞのくのいちです」などと言う輩がこの世にいるだろうか、いやいない。

 しかし私自身は自分がこの学園に害をもたらす気はさらさらないので、不審者ではないと思っている。故に隈男の質問にはこう答えるしかなかった。

 

 「単なる、一般人です。」

 「嘘をつけバカタレ。一般人があんな事わかるわけがないだろう!」

 「あ、あんな事、とは?」

 「忘れたとは言わせんぞ、食堂でのセリフを。」

 「わ、忘れました。」

 「バカタレ!お前は鳥頭か!」

 「と、鳥頭じゃなくて、単に興味の無い事はすぐ忘れるタチなので。」

 「それが鳥頭だと言っとるんだバカタレ!」

 「じゃ、じゃあ鳥頭でいいので、忘れました。」

 「思い出す努力をせんか!」

 「え、えーと、えーと・・・この顔で15歳・・・。」

 「ぶっ」

 

 しまった!気が動転してあの時必死に言うのをこらえた枕詞をうっかり言ってしまった。

 そのせいで美男子はお腹を抱えて声を出さずに笑っているし、隈男はぷるぷると顔を真っ赤にして震えだした。

 

 「す、すいません、あの、えっと、貫禄のある顔だなぁと思いまして。」

 「顔の事はどうでもいい!ほっとけ!それよりもあの妙なセリフだ!」

 「妙なセリフ・・・とは・・・?」

 「くくく・・・落ち着け文次郎・・く・・・っ。」

 「仙蔵いい加減笑うのを止めろ!!!」

 「すまんすまん。しかし文次郎、綾科さんは覚えていないようだぞ。お前の聞き違いじゃないのか?」

 「いや、絶対に『上から3番目』と言った!言っただろう女!」

 「あー、なんだその事か・・・。」

 

 まさかあんな一言をさっきの鉢屋三郎といい、この隈男といい、こうも拘るとは。

 下手な親切心を出すんじゃなかった、と今更後悔した。

 もうこの学園の人には何かあっても何も言わないのが吉だなと自分の中で結論付ける。

 

 「確かに言いましたけど、それが何か?」

 「さっきの態度とは打って変わって気だるげにするな!」

 「あー、すいません。」

 

 さっきの今でまた散々問い詰められるのかと思うと気だるげになるのも仕方ない事だと思う。

 「それで何ですか?」と話を一応促してみる。どうせ同じような事を聞かれるだけだろうが。

 

 「お前は確か、『上から3番目にヒントがある』と言っていたな。それは何に対するヒントだ。」

 「それはく・・・・潮江さんの悩みに対するヒントですが。」

 「おい、くって何だくって。」

 「お気になさらず。」

 

 危ない危ない、危うく心の中でのあだ名が露呈してしまうところだった。

 

 「まぁいい・・・。俺はお前に悩みなど話した事もなければ、あの時食堂で会話したのが初めてだと思ったが?」

 「そうですね。」

 「それなのにどうして俺の悩みに対するヒントなんてものが出せる?」

 「特技ですから。」

 「特技だと?」

 「はい、特技です。」

 「お前の特技っていうのは、知らん奴の悩みを見抜いてヒントを出す事か?」

 「違いますよ。私の特技は占いです。ヒントを差し上げたのはたまたま見えたからです。」

 「見えた?」

 「あなたの悩みというか、その時思っていた事が見えたんです。」

 「じゃあその時俺は何を思っていたんだ?」

 「・・・『どこかがミスしてる。せめてどれかわかればな』。」

 「・・・・・・・・。」

 「何のミスか、『どれ』が何を指しているのかは私にはわかりませんけど。」

 「お前は人の心が読めるのか。」

 「人の心が読める、とはちょっと違いますけど。」

 

 次々と出される質問に答える度に、隈男の顔はますます険しくなっていくような気がする。

 何だかまずい方向だ。

 この特技は隠しておくべきだった。本当に親切心なんて出すんじゃなかった。

 今更ながら、己の世渡り下手を呪ってみるが、もう遅い。

 

 「・・・会計委員の帳簿の計上にミスがあって、どうにも計算が合わず誤差が出ていた。本日中には誤差を修正しておかないと今後の会計委員の仕事にも影響が出てくるが、帳簿の数が多すぎて全てを見直す時間が無かった。」

 「・・はぁ。」

 

 いきなりよくわからない話を振られたので適当に相槌を打つのが精一杯だった。

 そんな話されても私には全く関係無いのだが。

 

 「半信半疑で、山積みされていた帳簿の『上から3番目』の帳簿を見直したところ、計算ミスが見つかり誤差が修正できた。」

 「・・・良かったですね。」

 「これは偶然か?」

 「・・・・もしそれが偶然じゃなかった場合、どうするんですか?」

 「先生方にこの事を報告する。」

 「・・・・。」

 

 不審者だという疑惑が晴れていない今、そんな事を報告されれば間違いなく危険人物だと認定されてしまう。下手したら殺されるんじゃないだろうか。

 ・・・・やはり世界は私に優しくはないようだ。たとえ世界の様相が一変しても、その事実は揺らがない。

 ―――私の寿命は16年と、生まれた時から決定されていたんだろうか。

 

 「・・・どうぞご自由に。お話はそれだけですか?なら失礼します。」

 「あ、おい!」

 

 2人の返答も聞かず、私は走り出し、その場を後にした。

 先生方に報告されて処分される前に、この学園を出よう。

 そして申し訳ないが通りがかった人に、強引にでも額の印を消してもらうしかない。 

 それが一番長生きできる方法だ。

 昨日で途切れるはずだった命、もう少し執着してもいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 後に残された潮江は、なぜユイが走り去って行ったのかが理解できなかった。

 

 「・・・なんだあいつは。」

 「・・・・・文次郎、お前の言い方だと、確実に彼女を危険人物として先生方に報告するように聞こえたが?」

 「はぁ?なんでそうなる?」

 「普通に考えて出自のわからない、まだ信用するに足りない人間が人の心を読めるような言動をしていたと報告すれば、誰だって野放しにしておくのは危険だと判断すると思うが?」

 「それは確かにそうだが・・・俺は一応、あの女に助けられたと思ってるんだぞ。」

 「お前、礼すら言っていないぞ。睨みつけて一方的に質問をしていただけだ。彼女は尋問だと思っただろうな。」

 「あ。」

 

 

 

 

 

 あの食堂での会話の後、軽く食事を終えてすぐさま1人で会計委員会室に戻った。

 そこに高く積み上げられた帳簿の山を見てげんなりしたが、やるしかないのでのろのろと1番上の帳簿を手に取ったところで、ふとユイの発言を思い出したのだ。

 

 (上から・・・3番目・・・・。)

 

 結局どれからやろうがミスが見つかるまでは帳簿とにらみ合いをしなければならないのだから、どんな順番でやっても同じだと思い、何ともなしに上から3番目の帳簿から見てみることにした。別にユイの言う事を信用したわけではない。どちらかというと、ユイが潮江の皮肉に対する腹いせに適当な事を言っているのだろうと思っていたのだ。だからそれを確かめてやろうとしただけだった。

 それなのに、問題のミスが本当にこの帳簿から出てきたのだ。

 少し見ただけではわからない、小さなミスだったが、そのミスのせいでその後の計算が大きく狂っている。

 それを全て計算し直してみると、誤差はきれいに無くなった。

 もし普通に1冊1冊を見ていくだけなら発見できなかったかもしれない。

 ユイの発言で、その発言が適当だと証明してやろうといつも以上に注意深く見た事が幸いしたのだ。

 この結果は偶然なのか、はたして・・・・。

 

 (もしわかって言ってたんなら、あいつはとんでもない力を持ってる事になる。もしその力が学園の敵対勢力のものだとしたら厄介だ。だが逆に学園に引き込めば・・・・?)

 

 もしかしたらどこかの城のくのいちかもしれないと疑っていたが、もしそうならあんな力は隠しておくはずだ。あいつは戦や忍者の駆け引きに疎い可能性がある。

 そう考えて本人に問い詰める前に同室の立花仙蔵に事の顛末を話すと、立花も潮江の意見に賛成をしたので2人でユイを探していたのだ。

 

 だがユイ自身はそんな2人の考えなど知る由もなかった。

 

 

再び学園長の庵にて

 

 私はあの暇潰し・・・もとい、鉢屋氏の警告をもっと重く受け止めるべきだったのだ。

 彼は信用できない人物だが、少なくとも先ほど会話をしている間は私の事を一応気遣ってくれる節もあったのだから。

 しかし後悔先に立たず。今更何を思おうが手遅れだ。

 

 

 

 そう、私はすっかり道に迷っていた。

 

 

 

 おかしい。土井先生と野菜を積んでいた、あの門へ向かったはずだ。

 しかしながら、門など影も形も無い。

 ここはどこだ。

 とりあえず建物内に戻ると見つかる可能性が高いので、木の陰に隠れているのだが、全く検討がつかない。

 見知らぬ土地で迷子になるという事がこうも心細いものとは知らなかった。

 いい経験になった。今度から道はちゃんと覚えるように心がけよう。

 ・・・それにしてもお腹が空いた。

 人間悩んでいてもお腹が空くものだ。いや、悩むということは脳を働かせているためにカロリーを消費するので、何も悩みが無い時よりも空腹になるのは当然の事なのだ。

 そんなどうでもいい事を考えていても今の現状を打破できる気は全くしない。

 

 (このまま見つかって、よくて投獄、悪くて死刑、なんだろうな。)

 

 ああ、こんな事なら医務室で意識を取り戻した時に乱太郎を人質に取ってでも印を消してもらうんだった。印さえなくなれば・・・・。

 今頼りになるのは自分自身のみ。

 もし素手であの隈男とやりあう事になるのなら、それなりに渡り合える自信はある。が、相手は忍者のたまごらしいので、絶対得物を所持しているはずだ。手裏剣とか。刃物を持ち出されたら、丸腰ではどうしようもない。

 

 「見つかって殺される前に餓死しそうな気がする・・・・。」

 「なんだ、まだ食堂行ってないのか?食いっぱぐれるぞ。」

 「!?」

 

 突然上から声が降ってきた。またか!

 この学園は上から話しかけるのが礼儀なのかと思ってしまうじゃないか。

 などと考えている場合ではない。見つかってしまった。

 目の前に降り立ったのは、土井先生だった。

 よりによっていい人ランキング1位の人に見つかって殺される羽目になるとは、つくづく世界は私に優しくない。

 

 「学園長先生がお呼びだぞ。おばちゃんには私から言って一人分確保しといてもらうから行ってきなさい。」

 「・・・見逃してもらえませんか。」

 「何をだ?」

 「私、この学園を出ていきます。だから私には会わなかった事にしてもらえませんか。」

 「・・・・どうして突然出て行くんだ?行く当てもないんだろう?」

 「ありませんけど、殺されるよりは、放浪してる方がいいですから。」

 「殺される?誰が君を殺すっていうんだ?」

 「え、だって、あの隈男が・・・・。」

 「ぶっ。」

 

 しまった、また言ってしまった。だけどもういい。あんな奴隈男で十分だ。

 

 「おいおい、一応年上は敬いなさい。言いたい事はわかるがいくらなんでもあんまりだぞ。」

 「・・・・誰が年上ですか?」

 「文次郎は6年生で15だぞ。」

 「・・・・・・・・・私、16なんですが。」

 「え!?」

 

 あまりにも驚きすぎじゃないだろうか、土井先生よ。

 私が16だと何か不都合でもあるのか。

 

 「あ、いやすまん。もっと若く見えたものだから・・・・。」

 「別にいいですけど・・・。」

 「それより、何か勘違いしてないか?誰も君を殺そうなどと考えていないぞ。もちろん学園長先生も。」

 「じゃあどうして呼び出されるんでしょうか。」

 「それは文次郎と仙蔵の話を確かめるためだと思うぞ。」

 「話って・・。」

 「綾科さんの力が、忍術学園に利益をもたらすかもしれないという話だったが。」

 「え?」

 

 危険人物だっていう報告をしに行ったんじゃなかったのだろうか。

 何だかわけがわからないと言った様子でいると、土井先生が苦笑しながら話してくれた。

 

 「仙蔵が言ってたぞ。文次郎の話し方だと彼女は尋問だと思ったに違いないって。報告も、悪い内容だと思ってるかもしれないってな。どうやら図星だったみたいだな。」

 「・・・・・。」

 「とにかく一緒に学園長先生のところへ行くぞ。こんな所に居るって事は、大方道にでも迷ったんだろう?」

 「なぜそれを・・・。」

 「さっき君はこの学園を出て行くと言っていた。君が学園から出て行くとしたら表門に行く可能性が一番高い。なのにここは表門とはほど遠い、間逆の方向だ。ここに来てまだ時間も経っていない君がこんな所にいる理由は迷ったぐらいしかないと思うが、どうかな?」

 「・・・恐れ入りました。」

 

 誰か、もう1度道案内してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よく来たな。まぁ座りなさい。」

 「・・・はい。」

 

 土井先生に連れられて学園長の庵にやってきた私は、初めて来た時と同じように学園長の前に正座した。

 最初と違うのは、部屋にいる面子だった。

 善法寺の代わりに、潮江と立花、それに土井先生を始めとする黒い装束の人たち――先生方だった。

 何の拷問ですかこれは。

 

 「おぬしの話は潮江文次郎、立花仙蔵から聞かせてもらった。」

 「・・・・。」

 「そう固くなるな。誰も取って食いやせん。ただことの真相を確かめたいだけじゃ。」

 「・・・と言いますと?」

 「おぬしは潮江文次郎と初対面にも関わらず、悩んでいる事に気づき、その内容を把握し、助言したそうじゃな。間違いは無いか?」

 「・・・間違いありません。」

 

 教師陣からざわめきが起こる。

 居心地が悪い。早く解放してほしい。

 

 「おぬしのその力は何の力じゃ?生まれ持ったものか?」

 「・・・はい。私には生まれた時から占いの素質とこの力がありました。」

 「占いか・・・そういえばおぬしはここに来た時に少し変わった装束を身につけていたが、陰陽師か何かの家系かの?」

 「いえ、陰陽師ではありません。」

 

 また出たよ陰陽師。

 いやかっこいいけど陰陽師。

 

 「おぬしの占いとは、例えば何を占うんじゃ?」

 「私自身の事以外なら、大抵の事は占えます。内容によっては曖昧な結果になるものもありますが。」

 「ふむ、例えば今起こっている戦の勝敗などは占えるのか?」

 「・・・・占えます。」

 「ではおぬしの占いの的中率はどの程度なんじゃ?占いなんじゃから、当たるも八卦、当たらぬも八卦というくらいじゃしの。」

 「情報が完璧であるのなら、外すことはまずありません。」

 

 先ほどよりも一層ざわめきが広がる。

 それはそうだろう、それはつまり、予言と同じようなものだから。

 しかし占いはあくまでも占い。

 予想外の事が起これば結果も変わってくるし、見落としがあればそれもまた影響する。

 1時間後に同じ内容を占っても結果が変わっていることだってあるのだ。

 未来は確定されたものではなく、変える事だって出来るということだ。

 

 「その力がもし敵方のものであったならちと厄介じゃな。」

 

 学園長は横においてあったお茶を手に取り、すすりながらのんきな声で言う。

 ずずっとお茶をすすり、一息つき、湯のみを元の位置に戻す。

 実に数十秒という短時間だったが、次のセリフを待つ私にとっては1時間にも2時間にも感じられた。

 「敵方だと厄介だからここで死んでもらう」だの言われたらもうどうしようもない。

 そんな今想像しうる最悪のシナリオをいくつか考えていると、学園長が口を開いた。

 

 「綾科ユイよ。今一度確認するが、おぬしは身寄りがなく、帰る場所もない。そうじゃな?」

 「・・・・・はい。」

 

 身寄りがない、というのは実際真実ではないが、頼れる身内などもはや誰もいない今となっては身寄りがないというのもあながち間違ってはいない。もちろん帰る場所など、どこにもありはしない。

 

 「まぁ、どこかのくのいちにしては発言に警戒心が無さ過ぎるからのう。普通このような力が露見すれば大騒ぎになるじゃろうて。」

 「今度から気をつけます・・・・。」

 

 返す言葉もございません学園長先生。

 しかし綾科の家ではそれがさも当然のように受け入れられていたので感覚が世間一般とはちょっとずれているのだ。言い訳にしかならないが、16年もそのような環境にいれば、それが自然になってしまう。

 本当に今度からは注意しないと、今回はどうやら大丈夫のようだが、いつか自分の首を絞める事になりかねない。

 

 「これからもおぬしがこの忍術学園に留まる事、離れる事に関してはおぬしの自由にすればよい。じゃが、学園がおぬしの占いの力を必要とした場合は、その力貸してもらう事はできんかの?」

 「そんな事なら、いくらでも。」

 「うむ、よい返事じゃ。今はおぬしの事を不審者と思っている者も少なくは無いが、おぬしがまっとうに生きておれば、自然と皆の警戒心は薄れていくじゃろう。少なくともわしはおぬしを信用する事にした。」

 「あ、ありがとうございます・・・。」

 

 学園のトップに信用してもらえるなら、とりあえず身の安全は確保できたことになるのだろうか。

 一時は殺されるとまで思った原因であるこの力が、まさかこうも良い方向に向かうとは。

 これぞまさに怪我の功名というやつだろう。

 

 「それでは、もう下がってよいぞ。潮江文次郎、立花仙蔵もご苦労であった。」

 

 学園長の締めの言葉で、その場は解散となった。

 ほっと一安心したところで、夕食がまだだという事に気がついた。

 土井先生、ずっとここに居たけど、やっぱり食事の確保なんて・・・してくれてないか。とほほ。

 

 「おい。」

 

 ぱらぱらと教師陣が解散していく中、最後に出て行こうとしていたらふいに声をかけられた。

 この声は・・・・・。

 振り向くと、やはりそこには隈男こと、潮江文次郎が立っていた。

 廊下で遭遇した時とは別人のように人相が違う。何だか気まずそうだ。

 

 「何ですか?」

 「その・・・・悪かったな、怖がらせて。」

 「・・・・何だかあなたに素直に謝られる事の方が怖いです。」

 「せっかく人が謝ってるのにその言い草は何だ!・・・と、あー、いや、その・・。」

 「・・・・いいにくそうに口ごもってるのもちょっと怖いです。」

 「お前はいちいち一言多いんだよ!礼くらい普通の雰囲気で言わせろ!」

 「礼・・・とは?」

 「あーだから・・・会計委員の事だよ。助かった。」

 「・・・良かったですね。」

 

 お礼を言うだけなのに照れくさそうにしてる隈男は、間違いなく年相応だった。

 なんだ、結構可愛いところがあるじゃないか。

 そんな隈男を微笑ましく見ている事が本人の気に障ったのか、「ちっ」と大きく舌打ちをして顔を背けた。

 

 「勘違いするなよ。俺はまだお前の事を完全に信用したわけじゃないからな!」

 

 こいつ、力が戻ったら絶対一発ぶん殴る。

 せっかくいい雰囲気でこの場が終わったっていうのに、何だその発言。KYにもほどがあるだろ。

 

 「・・・空気読めよ。」

 

 思った以上に低い声が出て自分でも心の中で「こわっ」と思ったが、それに加えてギロリと睨みつけてやった。

 まさか今までびくびくしていた女がドスのきいた声で、なおかつ睨みつけるとは思っていなかったのか、隈男は大げさにびくついた。

 身の安全が確保された今、完全なる下手に出なくても大丈夫だと判断したので今後はびくびくおどおどした控えめな態度はいい人ランキングにランクインした人と初対面の人の前だけにしようと思う。

 つまりこの男の前では常に臨戦態勢でいるという事だ。

 

 とりあえず「ふんっ」と鼻息を荒くして隈男をもう1度正面から睨みつけ、食堂へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 しばらく突っ立っていた潮江の肩をぽんと叩いて立花がやれやれと言った様子で口を開く。

 

 「本当に彼女の言う通りだ。少しは空気を読め。どう考えてもあんなセリフを言う空気じゃなかったぞ。」

 「う、うるせぇ!」

 

再び食堂内にて

 

 この忍術学園に来てから、暗い顔しかした事が無かったように思う。

 それは置かれた状況から言っても仕方がない事なのだが、今はすこぶる気分が良かった。

 この学園のトップが私を信用すると言ってくれたのだから、少なくともあからさまに敵意を向けられたり、暴力を振るわれたりする事は無いはずだ。それだけで、私は目標の第一歩を踏み出せたと意気揚々としていた。廊下をスキップするほどに。

 今度こそ食堂への道をまっすぐ進む。Uターンなど絶対にしない。

 どうかまだ私の分の食事が残っていますように。

 

 

 食堂に入ると、やはりもう食事の時間はとっくに過ぎているようでがらんとしていた。

 そんな中で1人食事をしている土井先生に自然と目がいくと、土井先生もこちらに気づき、軽く片手を上げた。私は軽く会釈をしてからカウンターへと向かう。少し身を乗り出して中にいるおばちゃんに話しかけた。

 

 「あの、まだご飯ありますか?」

 「ああユイちゃん、あるわよ。すぐ用意するわね。」

 「ありがとうございます。」

 

 そうして間もなくほかほかと湯気が立ったご飯に味噌汁、それに焼き魚と小鉢が乗ったお盆を渡された。うわぁ、すごいおいしそう。

 さて、がら空きだけどどこに座ろうかなと食堂を見渡すと土井先生が「こっちだこっち」と手招きしてる事に気づき、私の座る場所が決まった。

 招かれるままに土井先生の元へ行き、隣・・・は何だかちょっとアレかな、などと思い正面に座る事にした。

 

 「失礼します。」

 「ああ、良かったな食いっぱぐれなくて。」

 「はい。」

 「ところで、ものは相談なんだがな・・・・・。」

 「はい?」

 

 なんだか妙に神妙な面持ちで顔を近づけ小声で話しかけてくる土井先生に対して、私もなぜか小声になりながら、耳を寄せた。

 

 「・・・この竹輪を食べてもらえんか。」

 「は?」

 

 土井先生が指し示したのは自分のお盆で、その中でこんもりと山を作っている物体、それが竹輪だった。

 どこに入ってんだろうと思えば、味噌汁の具か。いいじゃないか竹輪、おいしいじゃないか。

 

 「・・・・嫌いなんですか?」

 「練り物だけはどうも苦手で・・・・。」

 

 頼む!とぱんっと両手を合わせて拝み倒す土井先生は何だか可愛い。

 小声でこっそり言ったのは、おばちゃんに見つかるとまずいからだろう。なんせ「お残しは許しまへんで」って言ってたぐらいだし。

 そこまで必死にならなくても、土井先生の頼みとあらばいくらでも食べてあげよう。

 「いいですよ」と言ってひょいひょいと箸で竹輪を自分の皿へと移す。

 

 「ありがとうありがとう!」

 「いや、そんなお礼を言われるほどの事では・・・。」

 「私にとっては死活問題だからな、本当に助かったよ。」

 

 心底ほっとした顔をして頭をかいているところを見ると、今まで練り物で相当おばちゃんと格闘していたんだろうなと勝手に想像する。それを思うと自然に口から「ふふ」と笑い声が漏れた。

 すると土井先生は頭をかいていた手を止め、まじまじと私の顔を凝視してきた。

 

 「今笑ったか?」

 「え、あ・・・すいません、何だか土井先生が練り物嫌いっていうのがちょっと可愛いと思ってしまいました。」

 「いや、それはいいんだが。初めて笑ったところを見た気がしてな。」

 「・・・あー、そういえば、ここに来て初めて笑ったかもしれません。」

 「そうか。綾科さんは笑ってる方が可愛いと思うぞ。」

 

 照れる様子もなくそんなセリフが言える土井先生は女たらしなのだろうかと思ったが、この人にならたらされてもいい!少なくとも私はそう思う。

 しかし、ここに来て初めて笑ったのは確かだが、まだ心の底から笑えるような状況でもない事もまた事実だった。

 完全に私に対する不審感が無くなったわけでもないし、それにまだ印はそのままだ。

 印を消してもらえるようになるまでに、後何歩進まなければいけないのだろう。

 そう考えるとまた笑顔ではいられなくなりそうだ・・・。

 

 「私も笑って過ごせるようになればいいなと思います。」

 「うん。私も出来る限り協力するから、困った事があれば頼ってくれ。」

 「土井先生にうっかり惚れそうで困ってるんですがどうすればいいですか。」

 「ええ!?」

 「冗談ですよ、半分は。私も土井先生の練り物いつでも食べますんで、言ってくださいね。」

 

 にこっとして言うと土井先生は「は、半分?」となんだかびっくりしている様子だが、気にしない。

 この人といると何となく笑顔になれる気がする。癒しの存在だなぁ本当に。

 

 「ああそうだ、寝床の件だがな、空き部屋を簡単に掃除して使えるようにしたと山本シナ先生がおっしゃっていたので、そこで寝泊りできるそうだ。」

 「ありがとうございます。助かります。」

 「部屋までの案内はくのいち教室の生徒が迎えに来ると言っていた。」

 「そうですか、女の子ですよね。楽しみです。」

 

 ここで遭遇するのは野郎どもばかりなので、同性と会うのが楽しみだった。おばちゃんは同性だけど、年齢が離れすぎているからお母さんみたいで、何だかちょっと違う。

 くのいち長屋だと言っていたし、やっぱりくのいちを目指している女の子なんだろう。なんだかカッコイイ。

 そんな事を考えていると、軽快な足音が食堂へと近づいてきた。

 

 「こちらに綾科ユイさんはいらっしゃいますかー?」

 

 ひょいと食堂の入り口から顔を出したのは、可愛らしい女の子3人組だった。

 私の席からは入り口が丸見えなので、3人組もどうやら私をすぐに視界に捉えたようだ。

 3人は一直線に私と土井先生が座っているテーブルへと駆け寄ってきた。

 

 「綾科ユイさんですよね?」

 「あ、はい。綾科ユイです。よろしくお願いします。」

 

 3人の内で比較的しっかりしてそうな子が話しかけてきたので、食事の手を止めて立ち上がり、自己紹介がてら頭を下げた。

 

 「初めまして、私はくのいち教室のトモミです。」

 「同じくユキでーす。」

 「おシゲといいましゅ。」

 「よろしくお願いします。」

 「山本シナ先生に、ユイさんに使ってもらう部屋まで案内するように言われたんですが、食事の途中でしたね。」

 「あ、すいません。すぐ食べ終わります。」

 「急がなくていいですよー。私達ちょっと山本先生に呼ばれているので、また戻ってきます。」

 「私達が戻ってくるまで待っててください。」

 「わかりました。じゃあそれまでに食べ終わっておきますね。」

 

 そんな会話を交わし、3人は「じゃあまた後でー」と言って食堂を去っていった。

 トモミ、ユキ、おシゲ・・・うん、覚えた。

 さぁ早く食べ終わらなくては。

 私は再び席に着き、食事を再開した。

 

 「ごちそうさまでした。」

 

 ふと向かいを見ると食事を食べ終えた土井先生が合掌をしていた。

 お盆を持って立ち上がった土井先生は「あ、そうだ」と何か思い出したようにこちらに目を向けた。

 

 「明日からの事なんだがな、とりあえず朝は身支度をして食堂で朝食をとってくれ。それから仕事の話をするから。」

 「あ、はい、わかりました。」

 「それじゃ、私はお先に。」

 「はい。」

 

 土井先生はそう言ってカウンターにお盆を置いておばちゃんに「ごちそうさまでした」と声をかけて食堂を出て行った。

 残された私は1人ぽつんと食事をとる事になった。

 1人で食事をとる事は慣れているが、この広さに1人はちょっと寂しいな。

 

 黙々と食べると食事は早く終わるもので、土井先生が去ってから10分ほどで平らげてしまった。

 あの3人組は先生に呼ばれたと言っていたので何か話でもしているのだろうと考えると、さすがにまだ時間がかかるだろうなと思い、この暇な時間をどうやって潰そうかと考えていた。

 その時だった。

 何かの気配を感じた。

 この気配は、綾科の家で本来の仕事をしていた時に嫌というほど感じた気配に似ていた。

 気配のする方――食堂の隅へと視線をやると・・・・・・それは居た。

  

 ――――物の怪だ。

 

 それは小さな鼠のような姿をしていたが、鼠とは違い、目が3つあった。

 気配からして悪さをするような感じではないが、この程度の小物がはっきりと姿を保っていられる事に驚いた。

 私がいた時代では、空気や土地は薄汚れ、霊的にも澄み切っているとは言い難かったため、小物の物の怪はその姿をはっきりと保つ事も難しかったのだ。それがこの小さな鼠の物の怪はどうだ、あんなにもはっきりと姿を保っているではないか。

 つまりここが霊的に澄んでいるという事だ。ただの食堂なのに。

 忍術学園という場所が特殊なのか、それとも・・・・・。

 

 (これはいよいよ別世界っていう信憑性を帯びてきたな・・・・。)

 

 別世界。

 それが私にとっては新天地となり得るのかどうか、今の私には知る術などなかった。

 

 

 

 

お風呂、そして自室にて

 

 その後食堂に戻ってきた3人組と共にくのいち長屋という場所へ向かい、部屋に案内してもらった。

 一人で使うには少し広すぎる気もするが、ここを使っていいという学園側の好意を有難く受け取る事にした。

 もし誰かと相部屋とか言われてもそれはそれで緊張するし。

 

 「じゃあ部屋も案内した事だし、ユイさん、皆でお風呂いきましょ。」

 「お風呂、いただいちゃっていいんですか?」

 「当たり前じゃないですかー。ささ、いきましょいきましょ。」

 「あ、でも私着替えも何も無いんですけど・・・。」

 「着替えや手ぬぐいなんかは山本先生が準備してくれてるはずだけど・・・。」

 

 そう言ってトモミちゃんは部屋の押入れを開けて中を確認してくれた。

 

 「あ、ありましたよー。夜着と手ぬぐいが3枚、それと装束の替え。」

 「ありがとうございます。何から何まで・・・。」

 「それじゃ、早速お風呂へゴーでしゅね!」

 

 そして私は3人と共にお風呂へと向かった。

 

 

 

 

 「わぁーーーーユイさんの肌すっごく綺麗!」

 「え、そうですか?」

 「ほんとだーーー!すべすべ!」

 「うらやましいですーー。」

 

 お風呂に入るために装束を脱ぐと、3人から羨望のまなざしを向けられた。

 別段綺麗な肌はしていないと思うのだが・・・・。

 しかしふと3人の体を見ると、うらやましがる気持ちが何となくわかった。

 小さな傷跡があちこちにある。

 これがくのいちを目指すという事なのだろうか。

 私は3人に対して純粋に尊敬の念を覚えた。

 傷を作っても、痛い思いをしても目指すものがあるという事は素晴らしい事だと思う。

 

 「私は3人ともすごく綺麗だと思います。」

 「やだ、ユイさんったら、私達なんて傷だらけですよ。」

 「んー、肌じゃなくて、何ていうんだろう。志が?」

 「志?」

 「だって、そんな傷作っても、何か目指してるんですよね?それってすごくカッコイイです。」

 「おシゲ、そんな事言われたの初めてですー。」

 「そうそう、私達はカッコイイくのいちになるために日々修行修行なんです!」

 「たまにサボってお団子屋さんとかにもいきたーい。」

 「お団子屋さん、いいですね。甘いもの大好きです。」

 「本当でしゅかー?今度しんべヱ様おすすめの甘味処に一緒に行きましょう。」

 「うわぁ、いいんですか?楽しみです。」

 「もっちろん。女の友情深めましょう!」

 「いいわね~。今度の休み、行こう行こう!」

 

 やっぱり女の子はいいな。こういう感じ、すごく好きだ。

 

 「ところでユイさんっていくつなんですか?」

 「私は16です。」

 「わぁ、お姉さんでしゅ!」

 「年上なんだから敬語なんていらないですよぉー。」

 「そうですか?じゃあ、皆も敬語使わないでほしいです。」

 「でも私達年下だし・・・。」

 「年下でも、この学園には私よりも長くいるんですから、私にとっては皆先輩なんです。なので痛み分けって事で、お互い敬語無しでどうですか?」

 「ユイさんがそういうなら・・・。」

 「じゃあ、これからよろしく。」

 

 こうして少しだけくのいちの子達と仲良くなれた。

 やっぱり裸の付き合いって大事だな、なんて事を思った。

 それからまだ私の知らないここでの知識を色々教えてもらった。

 くのいちの子達の事はくのたまと呼ぶんだとか、山本シナ先生の本当の年齢は誰も知らないんだとか(最初に着替えを手伝ってもらったのがその先生だったみたいだ)、忍たまは各学年で装束の色が違うのだとか、本当に些細な知識だけど、知らないのと知っているのとでは大違いである。

 3人に感謝感謝だ。

 

 

 

 

 

 お風呂から出て、皆と別れてあてがわれた自室へと戻る。

 これでおそらく、朝までは誰も訪ねて来る事もないだろう。もしかしたらまだ疑っている人が監視でもしているかもしれないが。

 完全に疑いが晴れるにはまだ時間がかかる、それは重々承知している。

 だからこそ私には自分を守るためにやるべき事があった。

 風呂前まで着ていた装束の中をあさり、綾科の家から持ってきた唯一の私の荷物。荷というほどのものではないが、大切な道具だ。

 元々着ていた儀式用の服からこちらの装束に着替えさせられる時でも絶対に離さなかった。

 見たところ武器でも危険物でもなさそうだからという事で特に気にせず没収されなかったが、確かに武器でも危険物でもない。これはただの占い道具なのだから。だが今の私にとって占いは武器となり得る唯一の特技だった。

 さて、とりあえずはじめなければ。

 

 私は深呼吸をし、精神を集中させてから占いを始めた。

 私の占い道具は12枚の札と、5つの玉。これを占う内容によってそれぞれ使い分けていく、私のオリジナルだ。

 占うのは、今日出会った人物の事。

 『ここがどこか』などという占いは不毛なのでしない。ここが例え『別世界』だとわかったとして、『元の世界に戻る方法』がわかったとして、戻るという選択肢が無いからだ。

 使い魔を封じられた今、綾科の家に戻れたとして、殺されるのが目に見えている。今は何においても、この額の印を消す事を優先しなければ。

 それには結局ここでしばらく生活するしかない。意を決して外に飛び出たとしても、私を不審人物だと思っている人に追われて殺されるかもしれない。外の世界にももしかしたら忍者的な何かがいるかもしれないし。そんな危険な賭けには出たくなかった。

 となればここで生活する以上、ここの人間に注意を払うのは至極当然の事だ。

 特に潮江文次郎、鉢屋三郎の2人は私に直接信用していない事を伝えてきた警戒すべき人物。

 他の人間も、表向きは警戒していないように見えて心の中ではどう思っているのかわからない。

 なので知る必要がある。彼らの事を。

 顔さえしっかりと把握していればある程度は占える。名前がわかっていれば尚良し。

 なので私は今日遭遇し、名前を聞いた人物を片っ端から占っていった。

 

 善法寺伊作、猪名寺乱太郎、摂津きり丸、福富しんべヱ、土井半助、潮江文次郎、鉢屋三郎、不破雷蔵、尾浜勘右衛門、立花仙蔵、ユキ、トモミ、シゲ、山本シナ、兵助、八左ヱ門、あとは名前を聞きそびれたが学園長と食堂のおばちゃん。

 占いの結果を全て頭に入れて、私はやっと眠りについた。

 

 

 ユイにとって、人の名前は重要な占いの素材である。

 鳥頭やら記憶力が無いやらと言われてはいるが、ユイは1度聞いた名前は決して忘れなかった。

 しかしそんな事は、信用してない人間になんて、言ってやらないのだ。

 自分は記憶力が悪い、要は頭の悪い人間だと思わせておく方が、油断していただけるだろう。

 そんなユイの、あまり意味の無い警戒など誰も知る事なく、夜は更けていった。

 


 
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