No.446984

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works9

水曜日定期更新……にならない。
忙しすぎて金曜日に。

UBWも第9話。
ようやく、ようやくこの長かったお話にも終わりが見えてきた。

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2012-07-06 00:35:47 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1661   閲覧ユーザー数:1583

 

そらのおとしものショートストーリー4th Unlimited Brief Works9

 

拙作におけるそらのおとしもの各キャラクターのポジションに関して その13

 

○美香子父(UBW):五月田根美香子の父にして、空美町の名家五月田根家の頭首にして、多角経営企業五月田根グループの会長にして、やの付く組織五月田根家の組長でもある老体。妻は既に亡くなっているらしいが、そもそも美香子自体が色々と怪しさを含んだ人物なので本当にそんな人物がいたのかも怪しい。拙作においてはほとんど出て来ず、既に故人になっている場合が多い。今回の作品でもイカロスに……。

 

○五月田根家組員(UBW):五月田根家に雇われているやの付く職業の男達。美香子の父と同様に圧倒的な強さを誇るイカロスに心酔している。故にイカロスは特に細工を施さずに提案という形で彼らを意のままに操っている。なお、イカロスが目指す新世界に必要なのは美少年と美青年と美中年と美老人なので、強面の彼らは原始分解した後にイケメンに再構成される予定となっている。

 

 

 

 ニンフは智樹と共にイカロスが待つ五月田根家の正門前に姿を消して立っていた。閉じられた巨大な門を前にして智樹に最後にもう1度覚悟を問い直す。

「この門を潜ったらアルファとの決戦……ううん。命を賭けた死闘になるわよ。それで良いの?」

「ああ。そうなることぐらい俺にも分かるし、その覚悟だって出来ている」

 智樹は躊躇なく頷いてみせた。

「イカロスが勝利したらこの世界は滅亡しちまう。なら、絶対に負ける訳にはいかない。だから、相手がアイツだろうと必ず勝つさ」

 智樹の声には力と信念が篭っている。ニンフにはそう聞こえた。

「智樹は……強いね」

 ニンフは気付いた。イカロスとの決戦を躊躇しているのは自分の方であると。カード無力化を優先してイカロスの相手を極力避けたいのはそれが戦略上の必要性というよりも自分の願望であったことを感じ取った。

「俺にも、絶対に守りたい女の子が出来たからな」

 智樹はニンフの左手を上から握り締めた。力強く温かい手の感触がニンフを包み込む。

「ありがとう」

 死闘を前にしているのにも関わらずニンフは嬉しさが胸の奥から込み上げてくるのを止められないでいた。

 顔が熱い。真っ赤になっているに違いなかった。

「勝って、俺達の明日を掴むぞ」

「うん」

 智樹の言葉に素直に頷く。

「智樹……格好良いよ」

「惚れた女の為なら幾らでも強くも格好良くも男ってもんだろうが」

 智樹の顔もまた真っ赤だった。

「大好きだよ……智樹」

「馬鹿っ。俺も大好きだよ」

 互いの顔が真っ赤になっている。

 命を落とすかも知れない戦いを前にして気分がとても良い。ニンフは今、確かに自分の幸せを感じていた。

 

「それじゃあ、仕掛けるわよ」

「ああっ」

 ニンフは智樹から離れて大きく息を吸い込む。

「勝負よ、アルファっ!!」

 掛け声と共に最終決戦の戦端を開く。己の必殺の技と共に。

「パラダイス……ソングッ!!」

「行くぜぇえええええええええええぇっ!!」

 ニンフが開いた穴を潜って智樹が、そしてニンフが五月田根邸の中へと侵入を果たす。

 

 

「討ち入りだぁああああああああああぁっ!!」

「イカロスさんの言っていた通りだぁっ!!」

「この五月田根家に喧嘩売ってくるとは。生かして帰さねえぞ、こらぁっ!!」

 五月田根の邸内はニンフが予想した通りに武装した組員で溢れていた。

 その数は正門付近だけでも30はいる。屋敷全体ではどれだけの人員が配置されているのか分からない程だった。

 しかし──

「それで襲撃者は一体どこにいるってんだ?」

「門の外にも誰もいませんぜ」

「俺達は幽霊の襲撃でも受けているっていうのか!?」

 ステルスモードで姿を消しているニンフ達を組員達はみつけることが出来なかった。

「じゃあ、こっちから行くぞっ!!」

 智樹は2枚のパンツを召喚して屈強な男たちへと切り掛っていく。

「ぎゃぁあああああああああああぁっ!!」

 智樹の剣技の前に次々と成す術もなく倒れていく男たち。

 組員達は普通の人間としてはいずれも屈強な部類に入っていた。しかし、姿が見えずジャミングシステムで智子並に戦闘力が強化されている智樹の敵ではなかった。

「まったく……それ、2枚とも私のパンツじゃないのよ。智樹の……エッチ」

 ニンフは顔を赤く染めながら耳代わりのセンサーへと手を当てる。

 智樹の圧倒的なパフォーマンスを見ながら自分の役割を果たすべくセンサーへと意識を集中させる。

「カードは……やっぱり温泉の真上に位置したまま特別な動きは見えず。アルファは……発見できず。この敷地内で息を潜めているってことかしら。そして五月田根家の組員達は予想よりも数が多いし、動きも組織だっているわね」

 敷地内に入ったことで、イカロスが張っていた妨害電波も薄らいでより詳細な情報が得られるようになった。

 しかしそうはいっても得られる情報には限界があり、更に得られた情報もニンフ達にとっては良いものではなかった。

「智樹がこれだけ暴れているのにも関わらず温泉側を警備している人員の配置にはほとんど動きなし。そはらがカードを無効化させるにはもっと警備を手薄にしなきゃ」

 ニンフは自分たちの行動が陽動であることを強く自覚している。即ち、そはらが作戦を完遂する為に敵の配置を崩さなくてはならない。

「彼らの行動が組織だっているのなら……やっぱり頭を潰さないと」

 命令系統を叩かないと勝利は得られない。それをはっきりと悟る。

「彼らを動かせるのは2人。1人はコイツらのカリスマであるアルファ。でも、アルファをもし倒せるのなら、その後にわざわざ組員達をどうこうする必要はなくなる。よってこれは却下」

 首を横に振る。

「となると、私達が狙うのは……この男たちを束ねて雇っている五月田根家の頭首。つまり、美香子の父親って訳ね」

 具体的な打倒目標を据え直す。だが──

「何で……五月田根家の頭首の反応がこの屋敷のどこにもないの?」

 美香子の父とはニンフも何度か対面したことがある。故にそのパーソナルデータは収集している。けれど、この屋敷のどこにもあのスイカ模様頭の老人と一致する情報を持つ人間がいない。

「アルファが隠蔽している? ううん。アルファの電子戦能力じゃ自分の身をひっそりと隠すのが精一杯の筈」

 首を振ってイカロスが隠している説を否定する。

「じゃあ…アルファが……頭首をどうにかしたと見る方が妥当よね。組員達を完全にコントロール下に置く為に」

 美香子の父は既にこの世にいないという最悪な選択肢から遠い所での監禁まで様々な選択肢が浮かび上がる。

 だがどんな説にも確証は何1つない。従って、美香子の父親を発見するのは今のニンフには不可能なことだった。

「アルファも私達の行動を読んでいるってことよね……ならっ、3人で力を合わせて難関を突破するまでよっ!」

 ニンフは大声を上げながら目標を定め直した。

 

「智樹っ! ここで奮戦しても温泉前の組員達の数が減ってないわ。戦場を邸内へと移して敵の陣形を崩すわよ」

「おおうっ!!」

 また1人敵の組員を倒しながら智樹が呼応する。

 正門と屋敷を繋ぐスペースにいた男達の数は相当に減っていた。最初は30人ほどいた組員達が今では10人ほどしかいない。

 しかしこのような状況にも関わらず増援はほとんど現れない。もはやこの場における戦いが何の意味も持たないことは明白だった。

 ニンフは屋敷の玄関を見ながら再び大きく息を吸い込む。

「パラダイス・ソングッ!!」

 再び自身の必殺技を放って玄関に丸い穴を開ける。

「さあ、殴り込みを掛けるわよっ!」

「応っ!!」

 今度はニンフが先頭に立って邸内へと突撃を敢行する。智樹がそれに続き、2人は穴を潜って邸内へと足を踏み入れた。

「多分、アルファは……」

 ニンフは1つの予感を抱きながら。

 

 

 五月田根の巨大な邸宅に入ったニンフと智樹が玄関で見たもの。

それは──

「…………いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました。マスター、ニンフ」

 ニンフたちに向かって深々と頭を下げる私服姿のイカロスだった。

「やっぱり……アルファはここにいたって訳ね」

 ニンフが目を細めてイカロスを睨む。

「…………はい。これ以上貴方達にウロチョロされるのも新世界創造に向けて迷惑なのでここで散って頂くことにしました」

 イカロスがゆっくりと顔を上げる。その瞳は赤く染まっており、その頭上には光の輪が乗っている。

 態度こそ丁寧であるが既に戦闘モードに入っているのは間違いなかった。

 イカロスの本気を見てニンフはステルスモードを解く。

 そして代わりに決戦を前にしてどうしても知っておきたいことを尋ねることにする。

「アルファは分かっているの?」

「…………何を?」

「カードで願えを叶えて全ての女をこの世から女を全て消しされば自分も消えちゃうってことをよ!」

 ニンフの質問。それは、イカロスの願いがもし仮に成就すれば、彼女自身は智樹の総受けに立ち会うことが出来ないのを理解しているのかということだった。

 それは願いが叶ってもイカロスは何1つ見届けることが出来ないことを意味している。

 つまり、イカロスの願いが叶った所で喜ぶことが出来る者はこの世に1人もいない。

「…………真のBL道とは自分さえもその存在を世界から完全に消し去ることから始まるのです」

 イカロスは笑って見せた。

 突然見せられたイカロスの笑顔にニンフも智樹も大きく驚かされる。

 だが、そんな驚きを他所に彼女の説明はまだ続いた。

「…………そして私は肉体を捨て、BLという概念になって総受けとなった真のマスターが男達に染まって堕ちていく姿を新世界そのものになって見守っていきたいと思います」

 イカロスはドヤ顔を見せていた。自身の考えに絶対の自信と誇りを持っている。人間に近付きたいと願ったエンジェロイド少女の行き着いた夢の果て。それが腐だった。

 

「そうか。…………ハァ~」

 智樹は大きく溜め息を吐いた。

「イカロスが自分だけの夢を持ったのは良いことだとは思う。けどな……」

 智樹がジッとイカロスを睨む。

「俺はお前の夢の内容には絶対に賛同できない。お前の夢は俺が潰させてもらう」

 イカロスもドヤ顔を崩して鋭く智樹を睨んだ。

「…………私がお仕えするのは覚醒を遂げた総受け真マスターのみです。男達によりベトベトに汚された真の貴方です。今の貴方は私の理想に遠く届かない贋作に過ぎません」

「俺に反論とは……本当に言うようになったな、お前も」

 智樹はイカロスの成長ぶりを見ながら笑った。

 そして全身に力を漲らせると2本のパンツ剣を交差させながら構えた。

「ニンフ、先に行けっ! 予定通りイカロスの相手は俺が引き受けるっ!」

 パンツの鋭い切っ先にも負けないぐらいに鋭利な視線がイカロスを捉えている。

「ここは俺に任せてお前はカードの方を頼んだぞ」

 智樹は屋敷の左手奥の方を見た。その視線の先には智樹がかつて殺され掛けた思い出を持つ因縁の温泉がある。

「…………戦力差から考えて、マスターとニンフの2人掛かりで攻めても勝率は0.001%にも達しません。戦力分散は下策も良い所かと」

「イカロス……お前、一体いつの戦力を基準にものを測っているんだ?」

 呆れ顔を見せるイカロスに対して智樹が正面から突っ込んでいく。そして2本の剣を少女の首と銅に向かって手を交差するように打ち込んだ。

「…………無駄なことです」

 イカロスは翼を広げ後方へと優雅に跳躍。難なく攻撃を避けた。だが、智樹の狙いはイカロスにダメージを与えることではなかった。

「行けっ、ニンフっ!」

 イカロスに近付き剣を振るい続けながら智樹が叫ぶ。

「うんっ! アルファの相手は任せたわよっ!」

 言われなくても智樹の行動の意図を把握していたニンフが智樹の脇をすり抜けて温泉に向かって駆け抜けていく。2人の連係プレイだった。

「…………させません。アルテミスっ!」

 イカロスの声と共に背中の羽から多数の追尾型ミサイルが発射される。

 イカロスの行動もまた智樹やニンフの行動を読んだものだった。だが、そんな彼女の行動もまた智樹は見通していた。

「パンツァ・ブーメランッ!!」

 数日前に智子が自分を救ったように、智樹は2枚のパンツをブーメランにして投げつける。

 アルテミスはその全てがニンフに届く前にパンツに激突して爆発。または爆発に巻き込まれて誘爆して破壊された。

「頑張れよ、ニンフ」

「智樹こそ、死んだら承知しないんだからね」

 ニンフは屋敷内の奥に向かって駆け出していった。

 

 

 室内で起きた大爆発は五月田根家の大きな玄関を半分以上吹き飛ばした。

 屋根にも壁にも大きな穴が開いてほとんど屋外と変わらない惨状に成り果ててしまっている。

 だが、そんな現状にも構わずに智樹とイカロスは睨み合っていた。

「まさか……お前と戦う運命だったとはな」

 智樹は小さく舌打ちした。けれど、その顔には闘志が満ち満ちている。

「やっぱ……平和が一番だからな。平和を乱す悪い子はお仕置きしてやんないとな」

 智樹にこの戦いを引く気は欠片もなかった。

 新たなパンツを2枚召喚してイカロスに向かって構える。

「…………本気で掛かって来てくれないと一瞬で死ぬことになりますよ」

 対するイカロスは目を瞑る余裕を見せながら智樹に進言する。その背中には無数のアルテミスが浮いており、いつでも智樹を攻撃できる態勢を取っている。

「…………まあ、今は死んで頂いても構いません。カードの力で理想のマスターとして蘇って頂くだけですので。どうせその予定ですし」

 イカロスの背中のアルテミスが更に増産されて空中を舞う。

「ご配慮ありがとう。だがな……そんな心配は要らないってんだよっ!」

 多数の大量破壊兵器を目の前に見せつけられながらも智樹は怯むことなくイカロスへと突撃を開始した。

「何故なら俺は……俺達はお前には負けないからだぁあああああああぁっ!!」

 智樹が2本の剣を振り上げる。

「…………マスターの贋作如きが……いつまでも調子に乗らないで下さい」

 対してイカロスは先程よりも遥かに多い数のアルテミスでこれを迎撃。

 マスターとエンジェロイドの最後の戦いが今ここに始まった。

 

 

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。アリじゃよ。アリ」

 ソレはそはらを見ながら笑っていた。

「何? あれ? スイカの……オバケ?」

 そうとしか表現できないソレがそはらの前に立ちはだかっていた。

 

 五月田根の邸内に侵入したそはらが見たもの。それは全長が10m以上ある巨大なスイカの苗だった。

 人間を一口で飲み込んでしまえそうな程巨大なスイカが“大”状に絡み合ったツタの上に人間の頭の様に聳えている。

「これ……いつか見た巨大お化けスイカとそっくり……」

 イカロスの畑になっていたスイカをニンフがジャミングシステムを発動させて生まれ出てしまった悪夢の産物と似ていた。

 けれどそれとは決定的に異なる点が1つある。それは──

「あのスイカの顔……どう見ても会長のお父さん、だよね……」

 それはスイカの表面に貼り付けられた顔が美香子の父親のものそのものだったということ。

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。アリじゃよ。アリ~~」

 そしてその口調と口癖はそはらが知る美香子の父親そのものだった。

「まさか……イカロスさん……」

 そはらの額に一筋の汗が流れる。

 イカロスは五月田根組長をいつもスイカに見立ててその頭を撫でていた。

 そのイカロスが組長を本当にスイカに変えてしまったと言うのなら?

 普段のイカロスであるならばそんな行動には絶対に出ない。けれど、今のイカロスは危ない。

 新たな世界を創造する為に現在の世界、イカロス風に言えば旧世界は特に価値のないものとして映っている。言い直せばもうじき作り変えられてしまう運命にあるイケメンでもない男を幾ら弄ろうと彼女が気にする筈がなかった。

 真相は闇の中。けれど、答えが何であれそはらの行動は決まっていた。

「でも、たとえ相手が誰であろうと……負けられないんだからぁあああああぁっ!!」

 そはらは右腕を大きく振り上げる。お化けスイカに対して必殺の殺人チョップ・エクスカリバーを発動させようと決意する。

 だが──

「きゃぁああああああああああぁっ!?!?」

 そはらが必殺技の発動体勢に入った瞬間、そはらの胴回りほどもある太いツタが何本も彼女を襲って来た。

 ジャミングシステムの力で強化された身体能力を駆使して後方へと飛んで逃げる。一瞬の後、そはらが立っていた地点の地面にはツタにより大きな穴が開けられていた。

「まったく……イカロスさんったら、とんでもない守護を用意していたものね」

 そはらの殺人チョップ・エクスカリバーは強力だ。攻撃力だけならイカロスのゲート・オブ・アポロンをも上回る。だが、その発動までには長い時間を要する。しかも発動中は無防備になってしまう。

「イカロスさんには私がカードを壊しに来ることが予測出来ていたってことよね」

 カードの発動場所を五月田根家に選んだのも、このタイミングでスイカのお化けが現れるのもイカロスが自分の役割を読んでいたからに違いなかった。

「ならっ! わたしはそのイカロスさんの予測を更に上回る働きを示さないとね」

 そはらは発動に時間の掛かるエクスカリバーを捨て、普通のチョップでスイカお化けに立ち向かうことに方針を定め直す。

 今の身体能力であれば大技に頼らなくても目の前の巨大化け物を退治出来る。そう踏んだ。

「行くよっ!」

 重心を下げて低い姿勢で突っ込んでいく。

 その突撃を予想していたかのように1本のツタがそはらに向かって襲い掛かって来る。

「セイヤぁああああああぁっ!」

 そはらは右腕を一閃。自分の体よりも太いツタを一瞬にして真っ二つにして断ち切った。

 だが、そんなそはらの攻撃に怯むことなくツタは次々と襲い掛かって来る。そはらは今度は左腕を薙ぎ払ってそのツタを切り裂いていく。

 そはらのチョップはツタを簡単に引き裂いていく。ツタがそはらを捕らえることはかなわない。

 だが──

「再生速度が早過ぎる……わたしが通常攻撃でこれを倒そうとするのもイカロスさんはお見通しだったって訳ね……」

 切った先からツタはまた生え直っていた。いや、それどころか時間の経過と共にお化けスイカの持つ全体のツタの数は増えていく。

「だったら……イカロスさんの計算と…………わたし達のチームワークのどちらが上か勝負だねっ!」

 何かを見つけたそはらが真上に向かって大きく飛び上がる。

 当然ツタはそはらを追って垂直に伸びて来る。如何にそはらの身体能力が強化されているとはいえ、空中に浮いていたのでは出来ることはない。

 ただ1つのことを除いては……。

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。アリじゃよ~~~~」

 勝利を確信したお化けスイカがツタを束ねて直径3m以上にも及ぶ巨大な鞭を形成しながらそはらを襲う。そんなもので叩かれれば全身の骨が砕かれてしまうことは必定。

 だが、そはらは少しも動じなかった。

 何故なら──

「パラダイス……ソングッ!!」

 仲間の存在を信じていたのだから。

 青い色の髪をした少女から必殺の一撃が放たれる。

 その超音波を物理化した攻撃はそはらを狙って真っ直ぐに伸びてきていた巨大束ねツタを真っ二つに切断した。

「なっ、なし……じゃ……よ」

 スイカお化けは驚愕の表情を見せる。

 絶好の勝機が一瞬にしてツタを切られて無防備な姿を晒す危機に変わってしまった。

 そして……空中への跳躍と落下はそれを発動させるのに十分な時間的余裕を少女に与えていたのだった。

 

「殺人チョップ……エクスカリバーッ!!!!」

 

 少女の右腕が煌き──

 お化けスイカの、頭となっているスイカの部分だけを残してそれより下の部分が光の中に掻き消えた。

「やったぁああああぁっ!」

 ニンフから喜びの声が上がる。

 だが、それでもまだ事態は収束していなかった。

 

「これもまたアリなんじゃよ~~~~~~~っ!!」

 スイカだけになったスイカお化けが大口を開きながらそはらへと襲い掛かって来た。

 そはらは後方に向かって大きく跳躍し、ひと飲みにされるのを避ける。

「アリ、アリ、アリなんじゃ~~~~っ!!」

 だが巨大スイカは執拗にそはらを追い掛けて来る。しかも俊敏でそはらの目にはその動きさえよく捉えられない。

「このっ! このっ! このぉ~~~っ!!」

 必死に両手を振り回してスイカを牽制する。だが、そんな牽制が当たる筈もなく、そはらは必死に移動を続けてスイカの丸飲み攻撃を避けていた。

「そはらぁ~~~~っ!!」

 小さな体のエンジェロイド少女が加勢に来ようとしているのが見えた。

 同時にそはらの耳は敷地の正門付近から爆発音が連続して聞こえてくるのを捉えた。

 智樹がイカロスと激闘を繰り広げているに違いなかった。

「……もう迷っている暇はないわよねっ!」

 そはらは大きく後ろに跳躍しながら肺に大きく息を吸い込んでニンフに向かって大声で叫んだ。

「ニンフさんっ! カードをお願いねぇええええええぇっ!」

 着地して態勢を整える。

「えっ……でも…………」

 戸惑うニンフ。

 そんなニンフの迷いを断ち切らせる為にそはらは自分からスイカに向かって飛び込んでいく。

「コイツは……内側からわたしが倒すからっ!!」

「そはらぁあああああああああぁっ!?!?」

 そはらは自ら大口を開けたスイカの中へと飛び込んでいった。

 その瞬間、スイカの動きは止まった。

「クッ!!」

 ニンフは歯を食いしばり拳を強く握り締めるとカードがある温泉へと向かって歩き出した。

 

 

 

「なっ、何よこれ…………?」

 温泉場に辿り着いたニンフは目の前に広がる光景を見て呆然とせざるをえなかった。

「くっ、腐っている……」

 ニンフは体を震わせながら目の前に広がる光景をそう評した。

 まず、温泉の液体の色が、黒と紫と茶色とその他暗色に変わっていた。そしてそのドロドロした水質はマグマを連想させた。

 あれに触ればどうなってしまうのか分からない。実際、温泉場を警備していた男達はあの泥かその湯気に当てられたのか全員が倒れ伏していた。しかも全員が全裸の状態で。体中を正体不明の白い液体に染め上げながら。お尻を持ち上げた姿勢で。

 そして、温泉の真上には直径5mほどの黒い球体が浮いていた。その球体の最上部にはブロンドの長い毛のようなものがついていた。

「まさか……あれは鳳凰院・キング・義経のなれの果てだっていうのっ!?」

 ニンフは直感だったが、自分の言葉が正しいと感じていた。あの球体はカードを体に貼り付けられた義経の変わり果てた姿であると。

「って、カオスっ!? まさか、あの球体に取り込まれているというのっ!?」

 球体から僅かにカオスが顔だけを覗かせて出ていた。その瞳は閉じられており、体は球体の中に取り込まれてしまっている。

「アルファったら……この世から女を消す為にカオスを生贄にするつもりなのね。なんて酷いことを……」

 大きな舌打ちを奏でる。

 男だけの楽園を作る為には女を全て掻き消さなければならない。その為にイカロスが目を付けたのが少女少女しているカオスの存在だった。

 即ち、イカロスは女という概念の象徴として男性性とは正反対のカオスを生贄に選び、これを消し去ることでカードがより強力に効果的に発動出来るように企んだのだった。

「じゃあ、もうカードは発動されてしまったと言うの? ううん、そんな筈はない。アルファは智樹の肉体をカード発動の最後の要にしようとしている。智樹がアルファとまだ戦っているということは……まだカードは発動されていない」

 必死に状況を整理する。

「私の力じゃカードを破壊することは出来ない。なら……願い事を上書きして私の願いを代わりに先に叶えさせるしかないっ」

 己がすべきことを見定める。

 

「ジャミングシステム起動ッ!!」

 ニンフはジャミングシステムを起動させてカードへのアクセスを試みる。

「駄目……か。シナプスの最高の科学技術の結晶じゃ、幾ら私でもハッキングは出来ないか」

 しかし上手くいかない。

 そしてまた考える。

「確か、あのカードは使用者の心からの願いを適切なタイミングで発動させてくれるものだった筈。アルファの願いがまだ発動されていないのは……智樹がまだ取り込まれていないから。智樹が負けたら世界は終わりってことね」

 更に頭を使う。電子戦用エンジェロイドとしての真価が問われている。いや、真価など誰に問われなくてもニンフは智樹やそはらの為にこのミッションを必ず遂行するつもりだった。

「だったら、今すぐ叶えて欲しい願い事を告げてしまえば私の願い事の方が優先される」

 方針は定まった。だが、その方針にはまだ大きな問題が残っていた。

「今すぐに叶えて欲しい緊急性がある私の心からの望みって何?」

 叶えて欲しい望みが自分で分からない。

「将来的には智樹と結婚したいし、赤ちゃんも欲しいけど……い、今すぐじゃなきゃ駄目って訳でもないし」

 ニンフの頭が混乱していく。

「アルファをやっつけなきゃって思うけど……あの子を壊しちゃうことに抵抗を感じている自分がいるし」

 心からの願いというのは難しい。

 ニンフは敵になったとはいえ、イカロスを倒すことにいまだ躊躇いを感じていた。躊躇いがある以上、その願いはカードで叶えることはできない。

「どっ、どうすれば良いの~~~~~っ!?!?」

 頭を抱えて悩む。

 そうしている間にも時は過ぎていく。するとそれが更に気を焦らせて考えが尚更まとまらなくなっていく。

 ニンフの頭の中は今、目の前の温泉の様にぐちゃぐちゃになっていた。

 そしてそんなニンフの頭を一気に覚ましたのは一発の砲声、そして悲鳴だった。

 

「ぎゃぁあああああああああああああああぁっ!?!?」

 

 広大な敷地を誇る五月田根の屋敷の対角線側から智樹の悲鳴が聞こえて来た。

「あの光……アポロンを使った訳っ!?」

 ニンフの脳裏に大爆発の衝撃を受けて吹き飛んでいく智樹の姿が思い浮かぶ。

「智樹はまだ生きてる……でも、このままじゃっ!」

 ニンフのセンサーは智樹がまだ生きていることを示している。立ち上がっていることも把握している。

 だが、イカロスの必殺技はアポロンの連続射撃であるゲート・オブ・アポロン。アポロンの連続攻撃など人間である智樹が堪えられる筈がない。

「アルファのゲート・オブ・アポロンを防ぐにはあれと同じ類いの戦争そのものの攻撃力が必要。そんな力……智子のUnlimited Brief Worksしかないのに。……あっ!」

 ニンフは息を呑んだ。

 慌てて振り返って、義経だった球体に飲まれているカードを見据える。

「みつけたわよ。私の願いっ!!」

 大きく目を開きながら語り掛ける。

「私は智樹を助けたいっ! その為の方法はたった一つだけっ!」

 ニンフは大きく息を吸い込み────今叶えて欲しい心からの願いをカードに向けて叫んだ。

 

「ギャルのパンティー……ちょ~~~~~~だ~~~~~~~~いっ!!!」

 

 その声が届いた次の瞬間、黒い球体は眩い光を上空に向けて放ったのだった。

 

 

 

「…………どうしたました、マスター? もう、おしまいですか?」

 イカロスは背後に無数のバビロンを具現化させながら己がマスターに尋ねた。

「へっ! 勝負はまだまだこれからだぜっての!」

 強がりを言って返す智樹。

 だが、その体は既にボロボロで立っているのがやっとなのは丸分かりだった。

 既にパンツの在庫も切れている。徒手空拳で最強のエンジェロイドに挑まなければならなくなっていた。

 

 

 戦いは当初智樹が有利なペースで進んでいた。

 ニンフとのリンクを通じて強化された智樹の体はアルテミスの大群にも負けなかった。その両腕のパンツで全てを叩き落した。

 だが、智樹はイカロスを攻め切ることは出来なかった。アルテミスを防ぐのが智樹には精一杯だった。

 一方でイカロスにはまだ隠し玉が存在していた。アポロンという最強の武器が。

『……髪の毛の1本ぐらいは残るように祈っていますから』

 イカロスは己のマスターに対して何の躊躇もなくその最大の武器を使用した。

『って、こんな所でアポロン使うのかよっ!?』

 智樹は驚愕しながらも瞬時に2本のパンツ剣をアポロンの矢に向かって投げ付けた。

 2本の剣はアポロンを3つに切り裂いて智樹に届く前に爆発させた。おかげで智樹がアポロンの直撃を受けることはなかった。

 だが、爆風に巻き込まれて智樹は大きく吹き飛ばされたのだった。

『ぎゃぁあああああああああああああああぁっ!?!?』

地面に強く打ち付けられて一瞬、呼吸が出来なくなる。それでも必死に立ち上がろうとすると全身に激痛が駆け巡った。

けれど智樹は立ち上がった。

この戦いが世界の命運を賭けた大一番であることを理解していたから。そして自分が負けるということは少年が愛する少女を失ってしまうことを意味していたから。

 

 

「…………しかし、どう分析してもマスターに勝機はありません。降伏して頂ければ痛い想いをさせずに一瞬にして楽にして差し上げることができますが」

 勝利を確信したイカロスが智樹に恐ろしい提案を投げ掛けて来る。どちらにしても死ぬしかないという恐ろしい提案を。

 だが、そんな提案を投げ掛けられても智樹は一向に怯まなかった。

「イカロス……俺はニンフのことが好きなんだ。愛しているんだよ」

 智樹の言葉を聞いてイカロスが表情をムッとさせた。

「…………マスターの愛は偽物です。マスターが愛するべきはこのわた……男達だけです。男女の愛など所詮まやかしに過ぎないのです。それをこの世から根絶すべく私はこのカード争奪戦に参戦したのです」

 イカロスは言葉を述べて更に表情を苛立たせた。

 けれど、智樹はイカロスの苛立ちには付き合わなかった。

「だからさ、俺は信じているんだよ。ニンフの奴をさ」

「…………まだ戯言を続けるのですか?」

 イカロスが怒りに顔を歪めた瞬間だった。

「…………えっ?」

 温泉場のある方面から眩い黄金の光が上空に向かって立ち上っていった。

 その光を見てイカロスは呆然とした。

 

「…………嘘っ。あれは、カード発動の光……っ。マスターをまだカードに取り付けていないのに……」

 イカロスの体が震える。

 彼女は理解していた。カードが自分でない者の願いを叶えてしまったことを。

「本当にニンフは……俺のことをよく分かってくれているぜ」

 智樹は闇に染まった空を見ながら呟いた。

「…………えっ?」

 智樹が何を言っているのか分からなくてイカロスは自身も真っ暗な空を見上げてみた。

 すると彼女の機械の瞳は夜の闇の中にそれを、いや、それらを捉えた。

「…………うっ、嘘っ」

 イカロスは自分が視覚とセンサーで捉えたそれらに驚愕せざるを得なかった。

 何しろ空を覆い尽くすほど大量の女性用下着が自分達の居場所目掛けて飛んで来ていたのだから。

 

「I am the bone of my panties……」

 

 智樹が目を瞑りながら呪文を唱えだす。その呪文にイカロスは聞き覚えがあった。

「…………まさか、そんな……」

 イカロスの知る智樹ではその禁断の秘法を扱うことは出来ない筈だった。ニンフのジャミングシステムによるプラス修正を加味した上での判断だった。

 だが、智樹はその禁断の呪文を唱え続けている。何故それが可能なのかイカロスには分からない。いや、分かりたくなかった。

「…………マスターとニンフはもう……だというの?」

 可能性を必死に打ち消す。

 それはあってはならないことだったから。

 そうなるのは男たち。または自分でなければならなかったのだから。

 だが、そうやって必死に否定を繰り返している内に智樹はその出来ない筈の秘術を発動させてしまったのだった。

 

「Unlimited Panties Works」

 

 呪文を唱え終えて智樹が目を開く。

 一見、何の変化も生じていないように見える。智子の様に空間ごと変異することもない。 

 だが、イカロスには分かっていた。大いなる変化が既に生じていたことを。

「…………なら、先手必勝あるのみですっ! ゲート・オブ・アポロンッ!!」

 1度に10本の必殺の矢が放たれる。

 これだけの火力が集中すれば人間など一たまりもない。

 だが──

「…………なっ!?!?」

 アポロンは上空から降り注いだ数十万枚のパンツに包まれてその進路を止めてしまう。

 それどころか、先端部の起爆装置も兼ねている灼熱の炎がパンツに包みこまれてその火を消してしまい、爆発さえ起きない。

 10本のアポロンは全て不発弾と化した。

 

 イカロスは数億枚のパンツを自在に操る智樹を怒りと焦りの瞳で見ている。

 智樹はそこに確かに逆転の勝機を見出した。

 そして少年はその反撃の狼煙を口に出して宣言した。

 

 

「行くぜ空女王──武器の貯蔵は十分か?」

 

 

 どんな願いも叶える万能のカードを巡る戦いもいよいよ最終章へと突入していた。

 

 

 

 完結編につづく

 

 

 

 

 

 


 
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