No.442666 エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件32012-06-27 22:31:06 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:2818 閲覧ユーザー数:2705 |
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件3
前回までのあらすじ
金欠に悩む私はエージェント佐天さんとして学園都市の暗部に身を置くしがないレベル0の美少女中学生。美少女の部分が最も重要なのは今更言うまでもない。
今回の依頼はクライアント“ですのっ!”から学園都市第3位のレールガンこと御坂美琴さんが類人猿によるストーキングに悩んでいるのでどうにかして欲しいというもの。
土曜日、私はファミレスで白井さんに接近して情報収集に努めようとした。けれど、白井さんは肝心な所で類人猿を見つけたと言って店を飛び出してしまう。
私も会計を済ませてすぐに後を追い掛けたが既に彼女を見失ってしまっていた。代わりに初春からのメールで白井さんが何者かに電撃攻撃を受けて病院に運ばれたことを知った。
私は類人猿の探索を続け自宅近くの公園で高校生の上条当麻さんとぶつかり知り合いになる。
彼の服を汚してしまった私は上条さんを自宅へと招きいれる。自室での会話を通じて私たちはお互いにレベル0同士であることを知り、親近感を得て大いに盛り上がったのだった。
上条さんがうちに上がってから2時間以上が過ぎて夕方となった。
私達はレベル0同士の仲間意識で凄く盛り上がっていた。けれど、上条さんは夕飯の支度をするということで帰宅することになった。
「夕飯だったら私が作りますから、一緒に食べていけば良いんじゃないですか?」
佐天さんの家事スキルはレベル5クラス。当然料理にだって自信はある。
「それはとても嬉しい申し出なんだけどなあ」
上条さんは天井を見上げた。
「うちにはお腹を空かせた猫とかがいるから俺が帰ってご飯を準備しないとまずいんだわ」
猫とかってことは複数のペットを飼っているのかな?
まあ、引き留めるべきでないことは分かった。
「じゃあ、玄関までお見送りしますね」
「センキュー」
2人並んで玄関へと歩く。
「じゃあ悪いけどこのスウェット、借りていくかんな。次会った時にでも返すよ」
「こちらこそ、結局洗濯物が乾かなくてすみません。次会った時に返しますから」
玄関前に立って上条さんを見送る。結局洗濯物は乾かずに次に渡す手はずとなった。
「あっ、そうだ。まだ連絡先を知らせていませんでしたよね。携帯貸して下さい」
「ああっ」
上条さんの携帯を受け取り、赤外線を通してピッと情報交換。上条当麻の名と共に彼の電話番号とメールアドレスをゲット。
「はいっ、どうもです」
「佐天さんが暇な時に連絡入れてくれればこの服返しに行くからさ」
「ストーキングの件もあるので早めに連絡入れることになると思いますんでよろしく」
上条さんに携帯を戻しながら次に会う約束を取り付ける。
「あっ、でも。私の部屋に長時間いたことを言いふらしちゃ駄目ですよ。上条さんのことを好きな女の子に逆恨みされて襲われるとか嫌ですから(伏線)」
フッフッフと悪戯っぽく笑ってみせる。
「そんなこと言いふらさないし。大体、俺のことが好きな女の子なんていないから安心してくれ」
「上条さん、モテそうな気がするんですけどねえ。まあ、そういうことにしておきます」
苦笑しながら答える。
「それじゃあ、またですね。上条さん」
「じゃあな、佐天さん」
上条さんと手を振って別れる。
本当に面白い人と知り合いになれてラッキーだった。
上条さんの背中をジッと見ていた私は気付いていなかった。
マンション付近の樹の陰から私のことを凝視している2つの瞳に。
嵐は確実に迫っていることに私は気付いていなかったのだ。
幕間3.とある少女とシャンプーの香り
髪の長い友人少女と想い人の少年が彼女の自宅の中へと消えてから2時間以上が過ぎた。
その間少女は呆然とその玄関を眺め続けていた。
日が傾き周囲一面が茜色に染まった頃、少年はようやく家を出て来た。
少女は少年が出て来たことに安堵を覚えた。けれどその安堵は束の間のものでしかなかった。
少女は玄関前へと出て来た少年の姿を見て驚愕せざるを得なかった。
「何でアイツ……入った時と今で服装が変わっているのよ?」
少年の服装が学生服から上下グレーのスウェットに変わっていた。その意味を考えて心臓が爆発してしまうのではないかと思うぐらいに激しく脈動する。
「アイツと佐天さんは……着替えを部屋に置いておけるほど親しい関係だって訳……?」
男が女の部屋に着替えを置いている。
その意味が分からないほどに少女は子供ではなかった。少なくとも少女は少年が着替えた脈絡をそう捉えた。
「嘘……嘘……嘘だ。私の考えていることは……大嘘なのよっ!」
必死に自分の仮説を否定しようとする。少年と友人少女が泊まりさえも抵抗なく行っている深い仲の間柄である筈がないと。
けれど、少女は自身の双眸から零れ落ちる涙を止めることが出来ない。
少年と友人少女の仲を否定したい気持ちと否定し切れない目の前の光景の狭間で少女の心はおかしくなってしまいそうだった。
「泣いてる場合じゃない。そうだ。こうなったらアイツに直接確かめて……」
少女は涙で霞む視界を手で擦って確保しながら階段を下りて来る少年へと近づいて行く。
このペースで歩いていけば少年が階段を下りきった所で2人は出会える。けれど後10秒で少年と対面できるという地点まで来て少女の足は止まった。
「でも……もし……アイツに佐天さんとの仲を大っぴらに認められちゃったら……」
少女の知る少年はとにかくデリカシーに欠けている。デリケートな乙女心に対する配慮など欠片もない。
『いやぁ~。ついにバレちゃったかあ。実は俺、佐天さんと前から付き合っていてさあ。お前も結婚式には招待するからちゃんと来てくれよ。あっはっはっはっはぁ』
とか
『ふっふっふっふ。俺はもう色々な意味で大人の男ですから、恋愛経験もないお前に子供扱いされる謂れはありませんことよ』
とか平気で言いそうだった。
少年への恋心を無視したそんな言葉を聞かされては少女の人格は本当に崩壊してしまうかも知れなかった。
その可能性を思うと少女は急に怖くなった。
少年の正面に立つつもりが……気が付くと階段脇に隠れていた。
「いやぁ~。久しぶりに楽しい一時を過ごせたなあ。ほんと良い子だよなあ、佐天さんって」
階段を下りて来た少年が上機嫌で少女に気付かぬまま去っていく。
少女はそんな少年の楽しげな横顔を声を掛けられないまま見送っている。そして少年が少女に最も近付いた所で気が付いた。
「えっ? 匂いが……いつもと違う……」
少年の頭から漂って来たのはいつものスーパーの特価品シャンプーの香りではなかった。
代わりに漂って来たのは柑橘系の甘くてスッキリした香り。この香りに少女は嗅ぎ覚えがあった。
「…………これって、佐天さんのシャンプーと同じ香り……」
香りは少年がつい先程まで一緒にいた少女が愛用しているシャンプーと同じものだった。
2時間ぶりに部屋から着替えて出て来た少年が友人少女と同じシャンプーの香りを発している。少女にとってそれはもうあまりにも決定的過ぎる事象だった。
「やっぱり、そうなんだ。2人は恋人同士……しかも、深い仲。なんだ……あはははは…」
もう否定する根拠も気力もなくなってしまった。デートシーン、自宅、服、そして同じシャンプーの香りとあまりにも条件が揃い過ぎていた。
「佐天さんも……恋人が出来たのなら……私に知らせてくれても良いのにさあ……」
友人に彼氏が出来たことを祝おうと思い顔を上げようとする。
けれど、どうしても顔を上げられない。それどころかますます瞼が涙で重くなって顔が下がっていく。
「友達の幸せを祝えないなんて……私……本当に嫌な子だ…………っ」
その日少女は日付が変わるまでマンションの前に俯いたまま立ち続けていた。
その可憐な瞳と地面を涙で濡らし続けながら。
8.御坂さんからの呼び出し
昨日はレベル0仲間の上条さんと大いに盛り上がった。
ストーカー事件についても調べてくれると言うし解決に向けて進展が望めるかも知れない。これについては上条さんからの連絡を待ちたいと思う。
逆に言えば私からその件について積極的に動くのは危ない。
「私が類人猿に狙われているかも知れないんだもんね」
昨日、白井さんが2度目の襲撃を受けて病院送りになったのは私の家のすぐ近くだった。
単なる偶然かも知れない。けれど、偶然ではなかった場合、私が狙われている可能性も十分に考えられる。その場合、最悪類人猿とのバトル展開になってしまう。
「佐天さんは荒事には向いていないから困るのよねえ」
レベル0の私は当然のことながら能力が使えない。類人猿に襲撃されてバトルとなった際に圧倒的不利は否めない。能力者とそうでない者では圧倒的な力の差がある。
まして相手はレベル4の白井さんを2度も病院送りにし、学園都市第3位の御坂さんをも手玉に取る存在。防犯グッズは幾つか持っているもののこれだけでは頼りない。
「やっぱり……最後に頼れるのは愛と勇気。なのかな」
自分の顔を他人に食べさせるという狂気の沙汰を爽やかに行う伝説的ヒーローの信条を思い出す。結局最後に残るのは自分自身だけなのだと心に戒め直す。
「さて、せっかくの日曜日をどう過ごそうかな?」
佐天さんはワイルドに生きることをモットーとしている。好きなヒーローはワイルドタイガーと胸を張って言えるぐらいに。
従って授業の予習復習は基本的にノーセンキュー。是が非でもやらない。
国家権力には屈しない。担任の大悟のお説教も怖くないっ! 補習だって怖くないっ!
という訳で日曜日は朝から絶賛暇している。プリキュアを見て黄色い子とのじゃんけん戦争に命を賭けて燃えるぐらいしかやることがない。
そんな調子なので朝食を食べ終えた頃には暇過ぎて床の上を手足をバタバタ動かしながら泳いでいた。
「ああ~凄く退屈。こうなったら初春の所に乗り込んでパンツ大乱舞ショーでも開催しようかなあ?」
初春が慌てふためくその頭上で色とりどりのパンツが空中を舞っている様子を思い浮かべて楽しくなる。
早速実行に移そうかなと思って立ち上がろうとした所で携帯がメロディーを奏で始めた。
「この曲……御坂さん?」
アニメ『ケロロ軍曹』のテーマ曲が流れるのは御坂さんからの発信に他ならない。
ストーカー事件の中心人物からの電話に一瞬にして気が引き締まった。額から脂汗を滲ませ鼓動が早くなるのを意識しながら受話器を持つ。
「もしもし。佐天です」
自分の声が裏返っていないことを確かめながら慎重に喋る。
設定を確認。
私は佐天涙子。エージェント佐天さんではない。従って御坂さんのストーキング事件について何も聞かされていない。よってそれに関する情報を自分から持ち出してはならない。
設定確認終了。
「…………良かった。…………出てくれて」
御坂さんの声はいつになく暗かった。ストーキングによる心の傷に違いなかった(断言)。
でも、それを自分から言い出す訳にはいかない。
「いやぁ~。日曜日はやることなくて暇ですからねぇ~。今さっきもキュアピースと激しいじゃんけん戦争を繰り広げていたぐらいですから♪」
代わりに明るく元気な佐天さんキャラで対応する。それが今私に求められている筈のキャラだと強く念じながら。
「…………じゃあ、今、暇なんだ」
「え~え~~。もう暇です。初春のパンツを空中乱舞させようと真剣に企んでいたぐらいに暇です」
『明るく明るく』と心の中で念を押しながら会話を続ける。それにこの流れ。御坂さんはもしかすると……。
「…………それじゃあ、今からちょっと出て来られるかな?」
思った通り、御坂さんからの呼び出しの誘いだった。
ゴクッと唾を飲み込む。
「どこに行けば良いでしょうか?」
御坂さんからの呼び出しというまさかの事態にどんなキャラを作れば良いのか分からず素で聞き直してしまう。
「…………実は今、佐天さんの家の近くの公園に来ているの。支度が済んだら出て来てくれるかな?」
「分かりました」
御坂さんが私の家の近くにいる。その意味を色々と考えて頭が混乱しそうになる。だからその混乱を抑えて淡々と返事することに神経を費やした。
御坂さんは私との会話を求めている。
それだけ分かればとりあえずは十分だ。
「…………じゃあ、ブランコの所で待っているから」
「はい。御願います」
通話が終了した。短い通話だったのにとても疲れた。
「予想外の急展開、よね」
携帯をジッと眺める。
「御坂さんの用件って何かな? ……さて、何が飛び出ることやら」
タイミング、落ち込んだ声色から見てストーカー事件関連の話であるのは多分間違いない。でも、どんな切り口からその話が出て来るのかはよく分からない。
御坂さんがうちのすぐ近くまでわざわざ出向いているというのが事態の深刻ぶりを物語っている。
「エージェント佐天さんの真価が問われる場面になりそうね」
窓の外を見上げる。
「大丈夫だよ、白井さん。クライアント“ですのっ!”。御坂さんは私が守ってみせるからっ!」
もう思い出の中にしかいない青空に笑顔でキメている2人に向かって誓いを立てる。
「準備だけはしっかり整えておかなくちゃ」
御坂さんと会うということは類人猿と遭遇する可能性も高い。気休めにしかならないけれど催涙スプレー、カラーボール、スティンガーミサイルなど護身用グッズと+αを鞄に詰めて戦いに備える。
更に自分のパンツの上に初春のパンツを穿くという二枚重ねで下半身の防御力を2倍に上げ、御坂さんを真似して短パンを更に穿くことで防御力を更に倍に上げる。そして緑色のブリーツスカートの膝下の丈を普段の3倍のものにすることで防御力も3倍に上がる。
これで佐天さんの今日の防御力は普段の12倍になった。備えは万全だ。
「よしっ! 行こうっ!」
エージェント佐天さんの大勝負の始まりだった。
幕間4.とある少女と無断外泊
気が付けば朝になっていた。
少女は濁った瞳で空を見上げながら既に夜が明けていることを確かめた。
「寮監……怒っているだろうなあ」
少女が住んでいるのは雅やかではあるが規則がやたらと厳しいことでもよく知られている女子寮。
門限を1分破っただけでも厳しい罰を受けることになる。まして、無断外泊となればどんなペナルティーを課されるか分からない。
少女は日付が変わるまで友人少女のマンション前に立ち続け、その後場所を公園へと移動してブランコに座りながら1夜を明かしたのだった。
「あの子がアリバイ工作を……出来るわけない、よね」
アリバイ工作を頼めそうな後輩のルームメイトは少女自身が病院送りにしてしまった。入院している以上、アリバイ作りを頼める筈がなかった。
「他にアリバイ工作してくれそうな人は……いる訳ないか。私、友達少ないもんね」
自嘲の溜め息が漏れ出る。
少女は学校の大多数の生徒から羨望の眼差しを向けられている。誰もが彼女にお近付きになりたいと願う。
けれど、実際に彼女に近付いて来る者は滅多にいない。少女は学校の他の生徒達にとって偶像に等しい存在。対等に接し、共に笑い、共に語り合う存在ではなかった。
それは少女も感じていた。だから少女もまた1歩どころか3歩引いた態度で学友達と接していた。その結果、彼女は校内で絶大な人気があるもののその実かなり孤立した存在になっていた。
そんな彼女にとって他校に通う2人の年下の友人は本当に大切な存在だった。自分を偶像として扱わない、ありのままの自分を見てくれるとても大切な存在。けれど……。
「佐天さんは……オープン過ぎるよ……」
年下の友人はその開放的な性格ゆえに自分のこともありのままに受け入れてくれた。けれど、友人がオープンに接するのは自分だけではない。
友人は異性に対しても、それも少女の想い人に対しても開放的に受け入れたのだ。その結果があの空白の2時間であり、着替えであり、シャンプーの香りだった。
「怒られるのも嫌だし……もう……このまま……学校……辞めちゃおうかな?」
レベル1から努力で最上位まで上り詰めた少女は自身が得てきたものに価値を感じられなくなっていた。
彼女が望んだものを手に入れたに違いない友人少女の能力数値はレベル0。即ち、少女の夢の達成と能力レベルの間には何の関連性もなかった。
それは少女の存在意義を根本から揺らがせてしまっていた。
「学園都市の外に出て能力とか関係なく生きていれば……私にだって友達が沢山出来るんだから…」
友人少女と自身の境遇を対比させてみる。恋愛には負け学友の恵まれ度でも勝負にならない。友人少女は常に多くの友達に囲まれる存在だった。
努力を積み重ね能力を極めてきた筈なのに……それは少女を幸せにしてくれていない。
また、泣きたくなって来た。
「それに、学園都市の外に出れば……アイツの顔を二度と見なくて済むんだし。良いこと尽くめじゃないの。あはっ……」
力なく笑い首を落としてうな垂れる。虚しさと切なさと悲しさと寂しさとそんな負の感情がグルグルと彼女を渦巻く。
「けど……私が学園都市を出るなんて……出来っこないか……」
少女とて幾度もの体験を通じて知っている。この学園都市には巨大な闇が存在することを。その闇はレベル5たる自分を決して逃しはしないことを。
もしその闇を無視して逃げ出そうとすれば自分に待っているのはきっと……。
けれど、そんな絶対の闇さえも払ってしまえそうな少年に1人だけ心当たりがあった。
「駄目だよね。アイツに助けを求めちゃ。アイツは……もう、佐天さんだけのヒーローでいれば良いんだから」
少女は首を必死に横に振って頭の中の幻影を打ち消す。少年はもう友人のもの。自分が助けを乞うてはいけない存在。
でも、少年の優しい表情が、頼もしい表情がどうしても消えてくれなくて……。
「でも、でも……やっぱりやだぁ」
けれど、脳内の少年はいつまでも消えてはくれない。
少女に少年を消すことは出来ない。それでも少年を消す為にはもっと特別な方法をとる必要があった。
「そうよ。白黒ハッキリ付けば……きっとこんな陰鬱な気分から解放されるに違いない! 佐天さんにアイツとの関係を問い質すのよっ!」
少女は大声で口にした提案を良いものだと思った。良いものだと思い込もうとした。
何故なら白黒ハッキリさせることは彼女の性に合ったやり方だから。
けれど、そんな自分の考えと体が示す反応は裏腹だった。
携帯を握る手は激しく振動していた。
ディスプレイを開こうにも指が震えてまともに持つことさえも出来ない。
けれど少女は持ち前の負けん気の強さを発揮してそれでも前へと突き進む。
「もしかしたら、全部私の勘違いかも知れない……アイツ、いつも誤解される様な行動ばかり取っているんだし。そうよ、きっと勘違いなのよ……」
それは少女にとって最後に残った希望。祈りにも似た願望。
けれど、強気攻勢が続いたのもここまでだった。
「でも、もし2人の仲を全肯定されちゃったら……私、本当にもう……」
その可能性を考えると恐ろしくて体の震えがより一層大きくなって止まらなくなる。しかもそう返答される可能性は高かった。証拠は揃っているのだから。
「やっぱり……連絡取るのは止めよう。今はまだ、真実を知りたくない……」
少女が友人への連絡を諦めて素直に寮長に怒られに帰ろうとした時だった。
「えっ?」
少女の指は短縮ダイヤルで友人少女の元へと電話を掛けてしまっていた。
彼女にそんなつもりはなかった。けれど、科学技術の粋を凝らして製作された携帯電話は指の僅かな動きでの通話を可能にしてしまっていた。
少女は学園都市の科学技術の力を借りて己が1歩を踏み出してしまっていた。
「…………そう。覚悟を決めろってこと、なんだ」
少女はその電話が掛かってしまったことを自分への試練へと考えた。そう考えると乗り越えられるような気が少しして来る。彼女はそうやって這い上がってきたのだから。
受話器を耳に当てる。
そして震えが止まらない体でそれでも息を大きく吸い込んだ。
「…………良かった。…………出てくれて」
少女はこの先に何が待っているとも分からない暗闇の海の中へと船を漕ぎ出していった。
9.御坂さんの混乱と謎の襲撃
自宅を出て2、3分で指定された公園に到着する。
御坂さんを探す。
彼女は電話で言ったいた通りにブランコに座っていた。遠目からでも落ち込んでいるのがその猫背の背中と俯いた顔から分かった。
「御坂さん……っ」
明るくて優しくて輝いている大好きな御坂さんのあんな落ち込んだ姿を見るのは辛い。
「私が、必ず事件を解決してみませすから」
エージェント佐天さんとしての決意を述べる。
「私は友達を見捨てたりはしませんからね」
佐天涙子としての決意を述べる。
「よし、行こう」
御坂さんの元へと歩いていく。
近付くほどに御坂さんの落ち込みぶりが酷いことが分かってしまう。ていうか、晴天の空の下で御坂さんがいる一角だけが暗闇に包まれている。
そして御坂さんの綺麗な顔に隈が出来ている。レベルアッパー事件の首謀者である木山先生みたいな顔をしている。寝不足なのだろうか?
そしてそして常盤台の制服がシワだらけの汚れだらけになっている。もしかして類人猿から一晩中逃げ回っていたりしたのだろうか?
「……これは相当気を引き締めないと」
事態は私の当初の予想よりも深刻なのに違いなかった。だから殊更明るい態度で振舞ってみることにした。
「オィ~~~~スッ!! 御坂さん、こんにちは~~♪ お久しぶりで~~す♪」
佐天さんの明るさで彼女を明るく包み込もうとする。けれど……。
「…………佐天SAN。こんに血は。お久しぶりDeath」
御坂さんは陰鬱な雰囲気を纏ったまま返答した。しかもどことなく死の香りがする。もの凄く怖い。逃げ出したい。
いや、駄目よ。今こそ友達として御坂さんの力になる時でしょうがっ!
臆病風よ、去れ。佐天涙子さんを舐めんなぁ~~っ!!
「え~と。今日は暑いですよね~♪ どうです。そこの出店でアイスでも食べませんか? 今日は大奮発して佐天さんが奢っちゃいますよ。あっはっはっは」
「…………ううん。遺らない。何も食べた苦な遺Death」
手強い……。
お馬鹿トークで元気付けるのは無理そうだった。なら、本題に入るしかない。
呼び出したのは御坂さんの方なのだし、少しは話してくれるに違いない。
「それで、ご要件というのは何でしょうか?」
首を傾げながら本題に入る。緊張を表に出さないように『笑顔笑顔』と心で唱える。
御坂さんが首を上げてブランコの前に立つ私を見た。
「…………佐天さん。最近何か、変わったこと、ない?」
彼女らしくない生気の抜けた瞳での質問。けれど、その質問の意図は明確だった。
そう。御坂さんはストーカーの被害が私にも及んでいないのか気にしているのだ。
ルームメイトの白井さんは既にやられて鬼籍に入ってしまっている。次は友達である私が狙われるかも知れないと不安で仕方がないのだ。御坂さんらしい優しい気配りだった。
なら、今の私がするべきは彼女の不安を軽減すること。エージェント佐天さんとして不安がる彼女から情報を搾取するのではなく、友達として彼女を救うべく動く時なのだ。
「何かって何ですか? 佐天さんは見ての通り元気と明るさが売りの女の子ですから」
右手の袖をまくって力こぶを作る真似をしてみせる。
「………………っ」
けれど、御坂さんは無言で私をボンヤリと見ているまま。まだ彼女を元気づけるにはアピールが足りないらしい。だったらっ!
「それどころか最近は高校生のボーイフレンドが出来まして、もういつになく絶好調って感じなんですよ♪ えっへん♪」
私は事件に巻き込まれていないことを上条さんの存在を持ち出しながら必死にアピールする。ちなみにボーイフレンドとは文字通り男の友達を意味するのは今更言うまでもない(断言)。
「…………高校生の…ボーイフレンド…………彼氏……」
とても小さく何かを呟いた御坂さんの体が一瞬、ビクッと震えた。
ヨシッ。反応あり。
やはり御坂さんも思春期真っただ中の乙女。異性とのロマンス話が嫌いな訳がない。
ならこの路線で一気に攻めるっ!
「そうなんですよぉ~。彼の名前は上条当麻って言いまして3歳年上の高校1年生です。レベル0仲間同士ということで会って早々に意気投合しちゃいまして♪ 昨日もいつになく盛り上がっちゃいました♪」
「…………上条当麻……意気投合……昨日は盛り上がる……2人きりの部屋で……2時間……っ」
上条さんを話題にしてから御坂さんの体は何度も激しく震えている。やはり恋バナは正解だったようだ。
もっともっと上条さんの話を続けて御坂さんの興味を惹きつけられれば彼女の陰鬱な心も吹き飛ばせるに違いない(断言)。
と、その時、携帯がメールの到着を知らせてうるさく自己主張を始めた。
携帯をこっそりと取り出して送り主を確かめる。『上条当麻』とディスプレイには記載されていた。
「おお~と。丁度今その上条さんからメールが到着しましたぁ。いやあ、愛されちゃってますね、私♪(死亡フラグ)」
殊更明るく振る舞いながらメールを開く。
文面はごく簡潔に記されていた。
昨日の件に関して会って話がしたい。
時間が空いたら連絡くれ。
文面を見た瞬間に緊張が走った。上条さんは昨日の今日でもう何かを掴んだらしい。
私は事件の真相に近付いている。それを思うと緊張感が込み上げてくる。けれど、それを御坂さんに悟られない様に更に一層明るく振舞うことを心掛ける。
「いやぁ~。上条さんったら、私に会いたいってメール送って来たんですよ。まったく~、年上なのに甘えん坊さんで困っちゃいますよぉ~♪」
昨日の件という部分は除外して述べる。伝えたいのは私が御坂さんの事件とは何の関連もなく、ボーイフレンド(男の友達)と青春を謳歌している様子。御坂さんは私のことで気に病む必要は何もないのだ。
「……………………仲が良いのは分かったから……そんなに……見せ付けないでよ……」
御坂さんは俯きながら何かを呟いた。けれど声が小さ過ぎて聞き取れない。
何か分からない以上、私は明るく男の子からも人気者のお気楽佐天さんを続けないといけない。御坂さんを元気付けるのが私の役目なのだから。
「それじゃあ早速返信メール打っちゃいますね。上条さんが寂しがらないように♪」
文面に何と打とうか頭を捻らす。
「え~と。今は忙しいので時間が出来たらお会いしましょう。その際にはケーキでも御馳走して下さいね。はぁとまあくっと」
文面を声に出しながら打つ。御坂さんの気分が晴れるようにと祈りながら。
「………………もぉ…………やだ…………」
御坂さんが何かを小さく呟く声が聞こえた。
文面を打ち終わり送信ボタンを押したその瞬間だった。
「えっ?」
何か光るものが私の顔のすぐ横を高速で突き抜けていった。そしてその光る物体は背後の樹の幹に直撃。大きな丸い穴を開けて更に突き進んでいった。
「電撃攻撃っ!?」
御坂さんの事件を知っていた私はすぐにそれが類人猿による攻撃であることを悟った。
遂に犯人は私に対しても直接的な攻撃を仕掛けて来たのだ。
「御坂さんっ!!」
御坂さんに大声で呼び掛けて『早く逃げてッ!!』と続けようとした時だった。右隣の水飲み場の影から強烈な発光が視界の隅に映った。
「ち、違うのぉっ! こんなことをするつもり、私には全然……」
御坂さんは私の顔を見ながら全身を大きく震わせ泣きそうな表情を見せた。突然の展開に体が動かず能力も発動出来ないようだった。類人猿に怯えているのだ(断言)。
だから私は御坂さんを咄嗟に抱き締めて地面へと倒れ込んだ。その直後に電撃は不快な空気との摩擦音を奏でながら私達の頭上を通過していった。危機一発だった。
「2度目の電撃。どうやら、私を狙っているのは間違いないみたいですね」
しかも今度は御坂さんまで巻き込む形で電撃が放たれた。類人猿の奴、見境なくなっているに違いない。
「ちっ、違うのぉおおおおおおおおぉっ!!」
一方で御坂さんは焦点の合わない瞳のまま私の腕の中で大声を出す。
「佐天さんを狙ったんじゃないのっ! 私、そんな嫌な女じゃない。能力が…力が勝手に…暴走してぇええええぇっ!!」
錯乱状態に陥っている御坂さんが頭を抱えながら叫んでいる間に3度目の雷撃が私達に向かって襲って来た。
「って、ヤバァ!?」
避けられない。
それを直感した。
障害物の多いブランコの周辺では転がり回ることさえ困難。加えて御坂さんを連れて逃げることなど出来そうにない。
なら、避けずに弾くまでだった。
「学園都市科学技術の結晶、電気伝導率0のゴム手袋の力を受けてみなさいっ!」
学園都市第1位の能力を応用して作られたという家庭用清掃用品を右手に嵌める。
そして飛んでくる電撃に向けて右手を突き出した。
「現掃生かし(エージェント・サバイバー)ッ!!」
私の突き出した右手が電撃に直撃。電気は方向を変えて地面へと弾かれた。
現役掃除婦(エージェント)、家事スキルレベル5の佐天さんを舐めんなっ!
「って、連続攻撃っすかぁ~~っ!?」
あちこちから第4、第5、第6の電撃が襲ってくる。私はそれらを右手を突き出して粉砕する。けれど、これじゃあすぐにやられてしまう。
「充電器くん。君に決めたぁっ!」
学園都市第3位、つまり御坂さんの能力を応用して作られたという家庭用電化製品を正面10m地点に向かって放り投げる。
私が投げた万能充電器は周囲の大気中に発生する電気を自動で集めて回ってくれる。御坂さんのような超強力な電撃は無理だけど、それより威力の劣るこの電撃ならきっと吸収してくれる筈。
いつも携帯のバッテリーが足りないことを気にしている佐天さんを舐めるなっ!
「御坂さんっ!!」
地面に倒れたままの彼女に強く呼び掛ける。
「ちっ、違うのよぉっ!! 本当に違うのっ!! 私、佐天さんを攻撃するつもりなんか全然ないのぉっ!!」
御坂さんは呆然と立ち上がり、後ずさった。混乱状態が続いていることは明白な態度。類人猿の奴、いつも格好良い御坂さんをこんなにしてくれて……許せないっ!
「……私、佐天さんを傷付けるつもりなんかないの。なかったの。本当なのよっ!」
「御坂さんのせいでないことはよく承知してますから」
犯人は御坂さんをストーキングする類人猿であることもよく知っている。立場上私から類人猿の話は出来ないのだけど。
「って、まだ来るのっ!? いい加減しつこいっての!!」
ゴム手袋を使って何度でも襲い掛かって来る電撃を弾く。どうやら充電器は使命を終えてもう使い物にならなくなったらしい。
「違うのぉおおおぉっ!! 私、佐天さんに嫉妬なんてしてないっ! 攻撃しようだなんて思ってないっ! 今だって、2人をお祝いしてあげようと思っただけなのぉ~~っ!!」
御坂さんの錯乱は続く。電撃の襲来も続く。
「ちょっと、ヤバいかな?」
右手1本で高速で迫り来る電撃を防ぎ切るのには限界があった。
「さすがに……もう、限界かも」
何度も電撃を弾いている内に右腕が痺れてきた。
後1発放たれたらヤバい。
私の身も危ないし、パニック状態に陥って能力が使えないらしい御坂さんの身も危ない。
まあ、今日の佐天さんは普段と比べて防御力は12倍だし、いざとなればこの身を呈してでも御坂さんを守ろう。
それが友として、エージェントして私が御坂さんに出来ること。
「大丈夫。御坂さんは何も心配する必要ありませんよ。私が守りますから」
そう決意を固めた時だった。
「佐天さん…………ごめんなさい」
御坂さんが涙を流しながら両手を揃え私に向かって頭を深々と下げた。
「私……でも、やっぱり、アイツのこと、本気で……でも、佐天さんは大切な友達だから……だから、えと、だからぁ……っ」
御坂さんの言動はさっきから要領を得ない。混乱状態がいまだに解けない。
「えっと、それは一体どういうことでしょうか?」
「だから、今は、まだっ…その……ごめんなさいっ!! ごめんなさ~~いっ!!」
御坂さんは続けて謝罪すると駆けながら公園を去っていった。
「御坂……さん……っ」
走り去っていく御坂さんの背中に強い拒絶を感じて私は追うことが出来なかった。
そして、御坂さんが去るのと時を合わせるようにして類人猿からの攻撃も止んだ。
御坂さんを追い掛けていったのか。それとも今回の襲撃は私への警告だったのか。どちらにせよ公園の戦いはここに終結した。
ブランコの周辺には幾つもの電撃の痕が残っている。とりわけ幹の中央に大きな穴が開いた樹は戦いの被害の大きさを物語っている。
アンチスキルやジャッジメントに発見されたら面倒だなと思いながら場所を移動する。
昨日カップルがいたせいで座れなかったベンチに座り、空を見上げながら大きく息を吐き出す。
思い出すのは先程の御坂さんの言動。
「御坂さん……自分のせいで私が攻撃を受けたって責任を感じているのかな?」
御坂さんの混乱した言動を見る限り、彼女は類人猿が周囲の人物を攻撃する事態を自分のせいだと思い込んでいる。
「悪いのはみんな類人猿なのに……」
事件の被害者である御坂さんに罪はない。悪いのはみんな類人猿だ。類人猿がみんなを不幸にしている。
「絶対に、捕まえてみせるからね。類人猿っ!!」
ゴム手袋が嵌められた右手をグッと握り込む。
科学の粋を駆使した家庭用品の数々があれば凶悪にして残虐な類人猿とも何とか最低限渡り合えることは分かった。
後は知恵と勇気を振り絞り、不屈の闘志と御坂さんへの友情パワーを燃やし続ければきっと類人猿も倒せるに違いない。
私には上条さんという心強い味方も出来た訳だし。
「私は勝てますよね……白井さん、クライアント“ですのっ!”?」
大空に浮かんでいる2人が優しく微笑んで私に力を貸してくれている気がした。
続く
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佐天さん第三話。佐天さん襲撃を受けるの巻。
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