なんか、わからないうちに水瀬愛須と付き合うことになった。
アイドルと付き合うなんて、まるでマンガのような出来事だ。
でも、実際、アイドルとの交際はマンガのように甘いものじゃなかった。
むしろ、辛いことだらけである。
今も……
「おかず!」
「だから、なんで、お前のデビューシングルがおかずなんだ!?」
差し出されたCDと白いご飯に思わず突っ込んだ。
「因幡さんに聞いたら、やっぱり、デビューシングルはおかずになるって……」
「なんで、あの娘の言うことをいちいち信じる!?」
「友達だから?」
「俺と友達の言うこと、どっちが大切だ!?」
「……」
「悩むな!」
頭痛を感じた。
念のため、朝、買っておいたコンビニのおかずを広げた。
「買っておいて良かったよ……」
「デザート」
写真集を渡され、俺は顔をしかめた。
「なんだ、このアイドルの写真集は?」
「因幡さんが教えてくれたの。他の女の子はデザート感覚だって」
「それは浮気男のいいわけだろうが!?」
「浮気してるの?」
「しとらん!」
「よかった」
無表情でホッとする愛須に俺はこめかみを押さえた。
(なんとかして、因幡さんとこいつの交友関係を切れないものか?)
携帯電話が鳴った。
「私の歌の着信じゃない」
「悪かったな!」
今度、ちゃんと着信をDLするわ。
届いたメールを開いた。
ウンザリした。
「なにが届いたの?」
愛須も俺の携帯電話を見て、無表情の顔が怒りに染まった。
『死ね!』
メールにはそう書かれていた。
「酷いメールね?」
「最近、この手のメールが多いんだよ」
「そういえば、私の携帯も変なメールが届くよ?」
「どんなメールだ?」
「これ」
携帯電話を見せられた。
『男と話すな! いつも聞いてるよ!』
「変なメールだね」
「無表情で軽く流すな!」
携帯電話を奪い、破壊した。
「私の携帯が!?」
「弁償してやるから、無表情で泣くな! それよりも……」
肩を掴んだ。
「この前の盗聴器の事件、ちゃんと警察に連絡したか?」
「登場時期?」
「誰が登場する!?」
「私?」
「もうしとるわ!」
「模試、とるわ?」
「お前、前回の模試、酷かったらしいな?」
「……ジェット機に乗ること」
「話を戻すな!」
「ジェット機に乗ること!」
「搭乗って言いたいんだろう!?」
「百パーセントのイチゴ」
「東城!」
「わか~~~!」
「侍!」
「侍じゃない愛須だ!」
「思いっきり遠くに飛んだな!?」
「話し合いに飛ぶ?」
「Talk(トーク)に飛ぶじゃない!」
「私、豚より、牛のほうが好きだな」
「ポークでもない! それに、お前の好みなんか聞いてない!」
「じゃあ、なにを聞きたいの?」
「盗聴器の件を警察に連絡したかを聞いてるんだ!」
「だから、とうちょうきって……あ!?」
「あ、じゃねーよ! 忘れるな、そんな大切なこと!」
本気で泣き出す俺に愛須は事の重大さが理解できてないのか無表情で小首をかしげた。
これで全て合点した。
俺への嫌がらせメールは全部、こいつのファンからの攻撃だったんだ。
毎晩寝る前に必ず、五分は電話してるから、盗聴器からは俺が部屋にいるように感じてるんだろう。
情報化社会だ。
無防備な青年のメアドを調べることなど造作もないのだろう。
俺の携帯も解約しないとな。(買い換えたばかりなのに……)
「学校を早退するぞ!」
「アインシュタインの定理?」
「相対性理論じゃない!」
「勉強、苦手……」
「勉強するために早退するんじゃない!」
「不良だね?」
「遊ぶためでもない!」
「どこか悪いの?」
「病院でもないし、悪いのはお前の状況だ!」
「私、まだ、アレは大丈夫よ」
「アレってなんだよ!?」
「女の子に聞かないでよ」
「コイツは……」
彼女じゃなければ、殴ってやりたい……
「結局、なにがしたいの?」
「盗聴器を探しに行くんだよ!」
眩暈がした。
早退は意外とすんなり認められた。
どうやら、噂を聞いた白鳥生徒会長が先生たちに口聞きしてくれたらしい。
さすが、デキる女だ。
どこぞのバカアイドルとは大違いだ。
「ここがお前の家か?」
オートロック式の立派な縦型マンションに俺は感心した。
「ご両親は?」
「私の一人暮らし。だから……大丈夫だよ」
「じゃあ早速、盗聴器を探すぞ!」
「え!?」
「え、じゃねーよ。なんのためにここにきたと思ってるんだ?」
「遊びに来てくれたんじゃないの?」
「うんなわけないだろう!」
「初めての自宅訪問だよ!?」
「確かにロマンスは感じるな?」
「ゲーム?」
「古い!」
「じゃあ、途中で薬局で買ったこれは」
ポケットから取り出したあるものを蹴飛ばした。
「なにを買ってるんだ!?」
「初めてはなしでもいいんだけど、責任は」
「とるか!」
「遊びだったの!?」
「そういう理由でお前の家に来たんじゃない!」
「因幡さんが男の子が女の子の家に来るときはこれしかないって……」
「因幡さんの話は今は捨てろ!」
「因幡さん、頭いいんだよ」
「知・る・か!」
「転入試験満点合格だったらしいよ」
「聞いとらん!」
「じゃあ、なにをしに家まで来たの?」
「盗聴器を探すために学校を抜けてきたんだろうが!?」
「甘い夜は?」
「甘いも辛いもあるか!」
「私は甘いものが好きだな」
「名前のとおりだな!」
「ソーダアイスとかが特に好きだな」
「名前のとおりだな!」
「辛いものも好きだよ」
「それはよかったな!」
手を強引に掴んだ。
「いくぞ!」
「う、うん……」
愛須の部屋は十階の一番西側にあった。
(日当たりが良さそうだな)
とか思いながら、ドアの前でカバンを広げた。
「なにしてるの? おかずでも取り出すの?」
「そのネタはもういい!」
「おすしの話はしてないよ?」
「そのネタじゃない!」
「花が咲く」
「それは種だ!」
「種を蒔くの?」
「蒔かねーよ!」
「未来の殺人ロボットが現れるの?」
「ターミネーターでもない!」
カバンから携帯電話サイズの機械を取り出した。
「ショドウフォン?」
「モヂカラは使わん!」
「じゃあ、なに、それ?」
「一葉さんに頼んで貸してもらった盗聴器を発見するレーダーだ! 一葉さん印だから、品質保証付だ!」
「私に黙って、他の女の子にあったの?」
「必要だからな!」
「一葉さんと私、どっちが大切なの?」
「変なところで張り合うな!」
ドアを開けようと取っ手を掴んだ。
レーダーが反応した。
「いきなり!?」
取っ手にセンサーを近づけた。
「ちょっと失礼」
取っ手を満遍なく触った。
「取っ手の根元に小さな盗聴器が……」
なんでもありの時代だからって、これは純粋に怖いな。
愛須も自分のみに起きてることが、ようやくわかったのか、無表情の顔が真っ青になった。
「今日の午後、数学の小テストだった」
「お前な~~……」
まだ、自分の状況が理解できてないらしい。
部屋に入ると愛須はいったん、俺を玄関で押しとどめた。
「すぐに入れるようにするから!」
「あ、ああ」
さすがに女の子だから、散らかった部屋を見せたくないのだろう。
意外と可愛いところがあるじゃないか。
「だけど、悪いが盗聴器を探すんだ。部屋を片付ける時間は省かせてもらうぞ」
「あ?」
「なにしてるんだ、お前?」
立派なベッドを整える愛須に俺はジト~~とした。
愛須も慌ててベッドから降りた。
「乙女のたしなみ!」
「ベッドを整えることに、どこに乙女のたしなみがある?」
「乱れたベッドじゃ、お互い動きにくい……」
「お互いってなんだ?」
「アナタと私」
「だから、なんで、ベッドを整える!?」
「私とアナタが一緒に入るから?」
「入らん!」
「安全日よ、失礼な!」
「排卵じゃない!」
両方とも真っ赤になった。
「俺たちは盗聴器を探しにきたんだ! ベッドを整える必要は……」
センサーがベッドに反応した。
「おい、シーツをどけてみろ」
「うん?」
シーツをはがした。
「なにもないよ?」
でも、確かにベッドに反応が……
(まさか!?)
愛須を見た。
「このベッド、どこで買った?」
「ファンからのプレゼント!」
ベッドを真っ二つに破壊した。
「ああ、私のベッドが!?」
「やっぱり!」
機械がビッシリ詰められたベッドに俺は現代の情報化社会を恐れた。
「ベッドそのものが盗聴器って、どれだけ、手が込んでるんだ!?」
「今日、寝る場所がなくなった」
「こんなベッドで寝るな!」
「アナタの腕を枕にして寝ていいの?」
「話が飛躍しすぎだ!」
「昔の宅配屋」
「飛脚だ!」
「本件は」
「否決じゃない!」
「この胸の大きさの秘密は」
「秘訣でもない!」
「奥義!」
「秘剣でもない!」
「九頭龍閃(くずりゅうせん)!」
「飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)でもない!」
かなり無理が出てきたな。
もしかして、コイツも状況に混乱してるんじゃないのか。
で、数時間後……
「すごい量ね」
山積みになった盗聴器の山に俺と愛須は真っ青になった。
「これはもう、引っ越しを考えたほうがいいな」
盗聴器の一つである、可愛いぬいぐるみを手に取った。
(このぬいぐるみ、確かマニアの間じゃ、相当の値段で売れるはず……)
恐るべしストーカーファン。
「引越しって、アナタの家に?」
「動揺を隠せ!」
「本気なんだけど……」
「うん、なにか言ったか? 小声でうまく聞こえなかったんだが?」
「一緒に住むなら、安心していいよ! 私、料理や洗濯って、意外と得意だから。一人暮らしが長いから……」
「聞いとらん!」
「特に肉料理は得意だよ。男の子、お肉、好きでしょう?」
「大好きだが、今は関係ない!」
「居間には姦計がない?」
「悪巧みしてるのか!?」
「してないよ!」
「少しはマジメになれ!」
「少しは間島(まじま)になれ?」
「どんな耳してる!?」
「こんな耳」
「形がいいな?」
「耳フェチ?」
「違うわ!」
「そうだよね。男の子が好きなのは胸だもんね」
「それも因幡さんの受け売りか?」
「これは一年の双葉姉妹からの受け売り」
「年下からのアドバイスを真に受けるな!」
「年は関係ないよ! 必要なのは経験だよ!」
「ま、まさか、あの二人……!?」
「教えてくれなかった」
「だろうな!」
俺まで真っ赤になった。
「それよりも、汗かいたでしょう、お風呂に入る?」
「風呂?」
確かに盗聴器を探すのに苦労したからな、ちょっと汗をかいた。
「部屋も綺麗になったし、一度身体を清めて、それからベッドに」
「いらん!」
一蹴されて気に食わなかったのか、愛須は近くの盗聴器を小石でも蹴るように蹴った。
(本当に……)
頭痛を感じ泣き出しそうになった。
「で、これから、どうすればいいの?」
無表情のまま不機嫌な気持ちを露にし、俺を睨んだ。(器用な奴)
「盗聴器はあらかた見つけたし、後は警察に連絡だな。これだけの数だと、恐らく一人の犯行じゃないかもな」
「日取りのハンコ?」
「どんなハンコだよ!?」
「こう、打つたびに日付が変わる?」
「それは近未来的な無駄なハンコだな!?」
「無駄な反抗?」
「戦争か!?」
「掃除?」
「清掃!」
「スーツ」
「正装!」
頭を叩いた。
「バカ言ってないで、さっさと警察に連絡だ!」
「警察って、117だけ?」
「それは時報だ!」
「177?」
「気象庁!」
「119?」
「救急車!」
「994?」
「無理やり、数字にするな!」
「私、数字、嫌い」
「典型的な文系頭だもんな、お前」
「ちなみにこの前、読んでいた本もファンからの差し入れ……」
「捨てろ!」
「つまらなかったもんね……」
「つまるつまらないの問題じゃない!」
「じゃあ、なんの問題?」
「危機意識の問題だ!」
「機器意識の問題?」
「近未来ファンタジーの問題か!?」
「青いネコ型ロボットが生まれるのも後、百年だね?」
「ロボットを生む前に、お前の危機意識を生め!」
「機械に意識を生むの?」
「未来戦争でも起こす気か!?」
「ロボットは友達だよ」
「十万馬力のロボットか!?」
「心は無理でも、馬力は可能そうだね?」
「一葉さんなら、可能かもな?」
「天災だもんね?」
「天才だ! 失礼だろうが!?」
「もしかして、アナタ、一葉さんのこと、好きなの?」
「なんでそうなる!?」
「だって、盗聴器を発見するセンサーだって、私に相談せず、一葉さんを頼るし……」
「頼りになる人から盗聴器を発見するセンサーを借りて、なにが悪い!?」
「白鳥さんにはデレデレするし」
「そ、それは……」
言葉が詰まった。
「私の交友関係に文句をつけるし」
「うぐぅ……ッ!?」
今の言葉はぐうの音が出なかった。
確かに俺はコイツを縛ってるところがある。
いくらなんでも、交友関係を管理しようとするのはやりすぎだろう。
もしかして、俺って、かなり酷い彼氏かもしれない。
イタズラメールもコイツの無表情な仮面同様、俺の身から出たサビだとしたら、俺はコイツと付き合う資格は……
「あ、で、でも、別に強く縛られてるつもりはないよ。アナタが私を心配してるのはわかってるから!」
「フォローありがとう。それよりも、今日はここで寝るのは危険だな」
「ここで練るのは棄権だな?」
「パン作り大会でも開いてるのか!?」
「パンツ作り大会でも開きたいのか?」
「セクハラか!?」
「ちゃんと綺麗なの穿いてるよ!」
「聞きたくないわ、そんなこと!」
「私の下着に興味ないの?」
「ありまくるわ!」
「それはよかった」
「それよりも、今日は寝る場所を考えろ!」
「練る場所を考えるの?」
「寝・る・場・所・だ!」
「なんで?」
「部屋にこれだけの盗聴器があるんだぞ!?」
ドッサリある盗聴器を持ち上げた。
「もしかしたら、自由に出入りする手段があるのかもしれない。合鍵や……もしかしたら、同マンションの人間の犯行なら、余計に身を守る手段が薄れる!」
「心肺停止してくれてるの?」
「心配してくれるのだろうが!? お前、俺を殺したいのか!?」
「死ぬの?」
「なんで、お前が涙目になる!?」
「だって、死ぬって」
「俺は死なん」
「僕は死にましぇ~~~ん!」
「古い!」
「スイング!」
「振るいじゃない!」
「マジメな話し、私、どうすればいいの?」
「警察に連絡後は友達の家に泊めてもらうのが妥当だな。さすがに他人の家まではストーカーも襲いにこないだろう。ただ、そうなると」
思い浮かぶ人物が三人出た。
一人は一葉レイ。
愛須とは友人みたいだが、家にいることが極端に少ないらしい。
(匿ってもらうには少し不適当か)
次に白鳥飛翔。
頼りがいのある人だが、年上でコイツでも気を使うだろう。
(ちょっと外しておこう)
最後に因幡萌絵。
なんか、色々と信頼してるみたいだし、アレでいい娘だし……
(認めたくないが)
ため息を吐いた。
「因幡さんの家に泊めてもらえないかどうか、相談してみろ!」
「因幡さんと遭難してみろ?」
「死にたいのか!?」
「死にましぇ~~ん!」
「クドイ!」
「君のツッコミ」
「ヒドイ! って、そんな事、思ってたのかよ!?」
「自分でいったくせに」
「……」
また、ぐうの音が出なかった。
「いいから、因幡さんに電話しろ」
「わかった!」
携帯電話を取り出した。
「因幡さんの携帯アドレスって、何番だっけ?」
「俺が知るか!」
「電話帳に登録してあるんだけどね」
「なら、聞くな!」
「アナタの泣き顔って、可愛いわね?」
「ドSか、お前は!?」
「愛須の名前は愛する愛じゃなく、冷たいの愛須!」
「なんだ、最悪なキャッチフレーズは!?」
「一時期、これで売ろうという話もあったんだよ!」
「よかったよ、それが採用されなくって!」
「じゃあ、電話をかけるね」
電話帳を開いた。
「なんで、因幡さんの名前が『ウサギさん』になってるんだ?」
「因幡さんのH.N! 因幡の白兎から来てるんだって」
「わかりやすいな?」
「輪狩(わかり)やすな?」
「誰だよ!?」
「知らないの?」
「知るか!」
「輪狩やすなは私と一緒の事務所の友達だよ! 私より、有名なはずだけど」
「そ、そうなのか?」
「ツッコミが不発になったね?」
「この口か~~~~……偉そうなことを言うのは!?」
「いひゃいひゃい!?」(痛い痛い!?)
両頬をめいっぱい引っ張り、パッと離した。
「緋鯉! 音階のほっけを引っ掛けるなんて!?」
「うん? 緋鯉? 音階のほっけをひっかけるなんて?」
言ってる意味がわからず、何度か、言葉を加味した。
(緋鯉……酷い。音階……おんかい……おんな……ほっけ……ほっぺ……ひっかける……ひっぱる?)
頭を叩いた。
「わかりづらいわ!」
要するにこういいかったのだ
『酷い! 女の子のほっぺを引っ張るなんて!』
この状況でも、いや、この状況でこんなわかり辛いボケをかましやがって。
おバカタレントだって、もっと危機意識が高いぞ。
「まぁ、いい。さっさと、電話しろ」
「あ、そうえいば、なんの話だったっけ?」
睨んだ。
「じょ、冗談です……」
「ちょうど、学校も終わった頃だろうし、因幡さんは部活にも入ってないし、電話しやすい時間かもな?」
「電波しやすい時間?」
「お前の頭が電波だ!」
「緋鯉……」
「突っ込まんぞ」
携帯電話が鳴った。
「もしもし、因幡さん、私。え、私私詐欺? うぅん……それいうなら、カフェオレ詐欺じゃなかったっけ?」
「貸せ!」
電話を奪った。
「もしもし、因幡さん! かけてる人間くらいわかるだろう!」
≪あれ? 君、この前、教室中に交際張り紙を張った子だよね?≫
「それは俺じゃなくって、このバカがやったんだ!」
≪あんな方法があるなんて、知らなかったよ。私もやろうとしたら、彼氏に物凄い勢いで怒られた。どうしてくれるの!?≫
「俺のせいじゃねーよ!」
≪まぁ、いいや。予言はなに?≫
「そのネタ、流行ってるのか!?」
≪祖の種は蒔いてるのか?≫
「神話か!?」
≪上段蹴りだよ!≫
「冗談だろうが! こっちはマジメな話がしたいんだ、マジメに聞け!」
≪オーケーオーケー! そんなに怒鳴らなくってもわかるよ。耳が太陽だよ≫
「耳が痛いよ、だろうが! 耳が赤く燃えてるのか!?」
≪燃えるのは東方だもんね?≫
「いいから、聞け!」
≪はいは~~い♪≫
なんで、俺の周りにはこんなやつばっかなんだ。
事の成り行きを説明した。
≪なるへそ? そういうことなら、早く言ってくれればいいのに?≫
「言う暇を与えるほど、貴様はマジメに応対したか?」
≪マジメにお歌いになったか?≫
「いい加減にしないと、本気で耳を潰すほどの大声をあげるぞ?」
≪はいはい。わかったわかった≫
クスクス笑われた。
≪君、なかなか、いい男だね?≫
「そ、そうか?」
≪今の彼氏がいなかったら、きっと、君を好きになってたと思うな≫
「……ッ!?」
真っ赤になる俺に愛須が脛が蹴ってきた。
「いって~~~~!?」
≪え、絶頂したの?≫
「黙れ! いいから、泊めてくれるかどうかだけ、教えてくれ!」
≪別にいいよ。私と相部屋になるけど、新しい家が見つけるまでなら、我慢できるでしょう?≫
「ありがとう。恩に着るよ」
≪女を斬るなんて、君はジャック・ザ・リッパーか!?≫
「ロンドンの連続殺人鬼になんかなりたくないわ!」
≪未解決事件だもんね?≫
「いいから、お前の家に愛須を連れて行くぞ!」
≪わかったよ、ボス!≫
「本当にお前のボスなったろうか?」
≪ご、ごめんなさい……≫
電話を切ると俺はため息を吐いた。
「なんで、俺を睨んでるんだ?」
無表情な状態のまま、涙目になる愛須に俺は背中が冷えた。
「因幡さんも好きなの?」
「だから違うって!」
「だって、楽しそうに会話してたし……」
「アイツが話をややっこしくしてたんだ!」
「生まれたての赤ちゃんのこと?」
「ややこだ!」
「相手さん?」
「奴(やっこ)さん!」
「雷」
「サンダー!」
「飲み心地爽やか」
「サイダー!」
「哺乳類」
「サイ!」
「半か丁」
「サイコロ!」
「もう」
「サイコー!」
「イエ~~イ!」
無表情で手を上げる愛須に俺も吊られて手を上げ、パチンッと打った。
「もう、いい、疲れる……さっさと、因幡さんの家に行くぞ!」
「うん」
家の前につくと因幡さんが家の前に立っていた。
「あ、ようやく来た!」
「待っててくれたのか?」
「友達のピンチだからね」
笑顔で愛須に手を握る因幡さんに俺はちょっと見直した。
(意外といい奴じゃん)
「部屋は掃除してあるから、入りなよ」
「うん。しばらくお世話になるね?」
「なんだか、修学旅行みたいだね!」
「ねぇ、恋話しよう!」
「お前らはノンキだね?」
スッカリ女子会ムードの二人に俺は帰ろうとした。
「あ、そうだ。これ、君にあげるよ」
「うん? 防犯ブザー?」
可愛い女の子向けの防犯ブザーに首をかしげた。
「頭頂部をたくさん、部屋にセットした奴でしょう?」
「それじゃあ、スプラッタホラーになってるぞ」
「あ、ごめん……等身大」
「それは人間サイズ」
「同人誌?」
「薄い本!」
「プロ以上の実力のアマもいるよね?」
「いいから、話を続けろ」
「はいはい。ボスは単機だね?」
「短気だろうが!? 俺は戦闘ロボットか!?」
「どちらかというと、私専用だよね?」
「愛須は黙ってろ!」
「は~~い!」
コイツら二人を相手にすると俺一人じゃ捌ききれない……
「とりあえず、そのとうなんとかをたくさん張ってる奴だからね、もしかしたら、君の行動も筒抜けかもしれないし、余人のために」
「俺のためじゃないのかよ!?」
「あ、間違えた、要人のためにね」
「だから、俺のためじゃないのかよ!?」
「ああ、もう、うるさいな! 君は水瀬さんにとって要人なんだから、これでいいの!」
「開き直るな!」
ギュッと袖を引っ張られた。
「気をつけて帰ってね?」
「……」
こう彼女に心配されるとなにも言えないよな。
「厚意だけ受け取っておくよ!」
防犯ブザーをポケットに仕舞った。
「じゃあ、愛須、また明日な!」
「また、足した?」
「なにを足すんだ!?」
「引いたの?」
「引いてもいない!」
「私、数学嫌い」
「数学の問題じゃない!」
「じゃあ、なんで、足し算の話しなんかしたの?」
「足し算も引き算も、ましてや、掛け算でも割り算もしてない!」
「じゃあ、なんの話!?」
「明日も会おうなって、いったんだ!」
「え、あ……う、うん。また、明日、会おうね?」
「マジメに返されるとこっちが困るな」
「アシカが青畝(あおうね)?」
「だからって、無理にボケるな!」
「ちなみに畝(うね)とは畑の作物を育てるために直線状に盛り上げた土のことをさすよ」
「雑学ありがとうよ!」
「じゃあね!」
警察に連絡して、稲葉さんの家まで愛須を送ったら、スッカリ空は夜になっていた。
(ただの杞憂だと思うけど、因幡さんが言うように、さっさと帰るか?)
大量の盗聴器を思い出し、震えた。
「まったく」
カツンッと小石が蹴られた。
「うん?」
前と後ろを囲むように数人のバットを持った男が俺に近づいてきた。
(なんだ、コイツら?)
顔を隠すように布やマスクをつけた男たちに俺はポケットの中の防犯ブザーに手を入れた。
警戒心を露にしながら、男の横を通り過ぎようとした。
通せんぼされた。
「通りたいんですが?」
「お前、水瀬愛須に付きまとってるだろう?」
「前回も同じこといわれ……ッ!?」
ポケットに手を入れた腕をバットで殴られた。
「ぐぁぁぁぁぁ!?」
地面に転がった。
(防犯ブザーが取り出せない!?)
腕の痛みのせいで、ポケットの防犯ブザーを鳴らせなかった。
男たちが俺を囲んだ。
「俺たちの水瀬愛須に危害を加える害虫め!?」
(コイツら、工藤よりも危ないぞ!?)
本気で命の危機を感じる俺に、男の一人がバットを振り上げた。
(クッ!)
一瞬、頭の中に愛須の顔が浮かんだ。
笑顔じゃなく、冷たい無表情が俺を苦笑させた。
(ゴメン……)
死を覚悟する俺に気の抜けた声が聞こえた。
「お~~い……なにやってるの、ヒック!?」
振り下ろされたバットがへし折られた。
「え?」
俺たちは真っ青になった。
「あっれ~~……このバット、やわらかいな~~……ひっく!」
「工藤先輩!?」
「そうで~~す! 性は工藤。名前は不明の工藤ちゃんで~~す♪」
「なんか、雰囲気が違うような?」
「ヒック!」
臭い息を吐いてしゃっくりをする工藤先輩に聞いた。
「もしかして、酔っ払ってます?」
「いいじゃないの~~……最近、俺、女の子からの扱い悪いのよ~~……飲みたい時だってあるのよ~~ん♪」
(す、すごい酒乱……)
酔ってるせいか、気さくになってる工藤先輩に俺は違和感を覚えた。
「それよりも、お前たち、武器を持って、よってたかって、どうしたの?」
据わった目で男たちを見る工藤先輩に男たちは真っ青になった。
「可愛い後輩を甚振ったお礼をさせてもらおうか?」
「お、お前には関係ないだろう!?」
「俺はコイツの先輩だぞ~~……後輩がやられたら、仕返しするのは先輩の義務だろう~~~?」
なんか、工藤先輩がいい奴になってる。
もしかして、工藤先輩って、酔うといい奴になるタイプなのか。
聞いたことないけど……
「この酔っ払いが!」
振り上げられたバットが工藤先輩の頭に襲い掛かった。
「おっと……」
転ぶようにバットを避け、尻餅をついた。
「あっれ~~……世界が反転する~~♪」
ケラケラ笑う工藤先輩にもう一人の男がバットを振り上げた。
「えい!」
「うぐぅ!?」
座ったまま股間を蹴った。
男は悶絶した。
手で飛ぶようにジャンプし、空中で回転しながら、立ち上がった。
「自己流酔拳(じこうりゅうすいけん)!」
「工藤先輩、酔拳は酔っ払って戦う拳法じゃなく、戦う姿が酔っ払って見えることからつけられた拳法ですよ」
「いいんだい! ぼっくんが酔拳って言ってるんだから、酔拳なんだい!」
子供のように暴れる工藤先輩の腕に巻き込まれ、数人の男が吹き飛ばされた。
「コイツ、バケモノか!?」
「バケモノじゃなくって、先輩だい! こう見えても、昔は男の子の友達だって、多かったんだぞ!」
八つ当たりするように残りの男たちも殴り飛ばした。
で、数秒後。
「えへへ♪ みんな、寝むちゃった~~……♪」
見事に死屍累々となった愛須のファン達に無傷の工藤先輩は俺を立たせた。
「腕は折れてないみたいだな?」
優しく腕を支える工藤先輩に俺は慌ててお礼をいった。
「あ、ありがとうございます」
「いいんだよ!」
バシバシと肩を叩かれた。
「可愛い後輩がやられそうになったのだ! これは工藤ちゃんが助けないで誰が助ける!」
「酔っ払ったまま格好いいこといわれても、格好つかないですよ?」
「いいのだ! 君はいつでも、この工藤先輩ちゃまを頼ってくれたまへ!」
「酷い酔っ払いですね。ある意味?」
「酷いと酔っ払いって、漢字が似てるね~~?」
「似てません!」
「いや、似てるよ~~……」
「まぁ、確かに似てる気はするけど」
「やった~~♪ 工藤ちゃんの勝っち~~♪」
「先輩、どれくらい飲んだの?」
「工藤ちゃんはお猪口いっぱい飲むだけで、こうなるのだ~~♪」
「いつも酔っ払ってくれるとこっちはありがたいんですけどね……」
「いつも言われてるけど、酔っ払う前って、そんなに酷いかな……ヒック」
殴られてない腕を掴まれた。
「まぁ、ここであったのもなにかの縁だし、病院まで連れて行ってやるよ。腕を確かめないともしかしたら化膿するかもしれないし?」
「い、いえ、ご心配なく!」
「後輩は先輩の言うことを聞くものだ! 安心したまえ! 治療費くらい、先輩が持ってやる!」
「工藤先輩の見解が変わってきました」
「こう見えても、中学時代はいい奴で通ってたのよ~~ん♪」
「高校でなにがあったんですか?」
「聞きたい?」
「いえ……聞きたくありません」
「僕チンも教えな~~い♪」
(ウッザ!)
工藤先輩に引っ張られるまま、俺は病院まで運ばれた。
幸い、腕も折れておらず、治療費も工藤先輩が持ってくれた。
もっとも、翌日、工藤先輩は昨日のことを全て忘れて、元に戻っていたが……
愛須のストーカー事件は工藤先輩の活躍で綺麗に解決したらしい。
酔うと頼りになるんだな、この人……
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今回はストーカー事件です。
好きと憎しみ、いろんな複雑なものが重なり合って、ストーカーになるんでしょうけど、ある意味、ストーカーも人間の持つサガの被害者かもしれませんね。(だからといって、許されることじゃないですけど)