No.443597

北郷一刀の奮闘記 第八話

y-skさん

気づけば、最初のお話を投稿して半年になります。
時の流れとは早いものですね。
私の拙作を読んで下さる方に、支援をして下さった方に、
そしてコメントを下さった方に感謝を。
今後も末永く宜しくお願い致します。

2012-06-30 09:19:41 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3806   閲覧ユーザー数:3224

奥ではまだ、がやがやと騒ぐ声が途切れることなく響いている。その殆どは女性のものであった。

あれほどの大男が、細身の女性に手も足も出ないというのは、何とも可笑しなことである。

 

――あれが惚れた弱みというヤツなのかも知れないなァ。

 

その辺りの機微は、まだ自分には分からないことであった。

それでも、いつかは知ることであろう。

不意に、小さくなった大男と歳を喰った自分が重なり、将来に言い表せぬ不安を感じた。

ああはなるまい、そう固く誓った所でどうにもならぬことだろう。

店の裏手から聞こえる喧騒を、意図して遠ざけて視線を前へと向けた。

 

 

店主に言われた通りに番台に立ってはいるが、随分と暇なものである。

そりゃあ、そうそう忙しくなるような店ではないと頭では分かっているが、やはり面白く無い。

ましてや、つい先日、この世界に来てから初めて自分の意思で行動を起こしたのである。

どうせならば接客というものをしてみたい、と意気込んだやる気が空回りを起こせば、気勢を削がれてしまうのも無理からぬことであった。

 

「言った通り、暇なモンだろ?」

 

声のした方へと顔を向けると店主が立っている。

腰に両手を当て、にやりと笑っていた。

 

「ええ。思ったよりも来ないものですね。」

 

「まァな、飯屋なら昼時に混むんだが、こういう店は何時になれば客が来るってのがねェからな。」

 

ただ突っ立ってるってのも面白く無いだろ?

そう言いながら、店主はこちらに布と筆を寄越した。

 

「何か、適当に意匠を考えてくれや。それで、ウチの店をもっと繁盛させてくれ。そうすりゃ、暇もどっかいっちまうだろうよ。」

 

がはは、と、体を揺らしながら、背中をばしばしと叩かれる。

 

やはり、力加減を知らないのではないのか。

 

頑張ります。

紡いだはずの言葉は、げほげほと噎せた咳の中に紛れて消えていった。

 

 

 

 

一向に此方へと流れては来ない、人の波を眺めているのもいい加減に飽き、視線を手元へと移す。

そこには、先程店主から渡された布があった。

思うままに筆を走らせる。

描くべきものは決まっていた。

 

先ずは、メイド服。

無論、スカート丈はロングで、色は濃紺の英国式である。華美な装飾を徹底的に廃し、実用性を高めてこそ、あの美しさが生まれるのだ。

当然ながら、ミニスカートのメイド服など邪道も邪道である。

メイド服の美しさは機能美にあり、取ってつけたような装飾はかえってその気品を損なうと知らぬ者が多すぎる。

遠き故郷を思い出し、一人憤慨する。何でもかんでもメイド服と言えば通ると思ったら大間違いなのだ。

 

しかし、邪道ではあるのだが、あくまで商品として考えるのであれば、ミニスカート丈のメイド服、所謂フレンチ・メイド服もデザインせざるを得なかった。

何とも心苦しく、悲しいことである。

 

嗚呼、お父様、社会とはこのように妥協と、折り合いとをつけて生きていくべきなのですね。私は今日、一つ大人になりました。

 

などど、阿呆なことを思いながらも筆は止まらない。

制服を考えるのにあれ程苦労したのがまるで嘘かのようである。

瞬く間に描き上がったそれは、十分に納得のいく一品であった。

 

出来れば、先生のように大人な女性に着て貰いたいものだ。

 

服とは、それ単体で完成する物ではない。身に纏う者がいてこそ初めて一つの作品として仕上がるのである。

メイド服のように落ち着いた美しさを持つ服には、やはり彼女のように瀟洒な人物が似合うのだ。

 

二着目は浴衣である。

浴衣と言っても実際は浴衣とは似て非なるものだ。

今、現在、この時代にある着物を浴衣風に改良しただけの物である。生地を薄くし、袖を小さくする。

後は通気性の良い布地で作れば完成だ。

夏目前の今の時期に売り出せば完売間違いないはず。

柄も単純な形の組み合わせから桜や金魚、中国に金魚がいるかは不明だが、等とバリエーション豊かに幅広く展開できるだろう。

問題は、既に現代日本の浴衣と同じように、夏へと向けた薄手の着物がこの時代に存在しているかどうかであるが、こればかりは聞いてみなければ分からないことだ。

 

一息に、と言っていい程の短い時間で三着の意匠を仕上げ終える。

再び視線を店内へと向けるも、相変わらず閑散としたままであった。

 

果たして商売として成り立っているのだろうか。

 

失礼極まりないことを思いながら通りへと目を向ける。

人々は忙しなく店の前を過ぎて行く。誰一人として此方へ興味を持つ者はいない。

それも仕方の無いことだろう。

変わったのは自分だけなのだ。今日、この店に従業員が一人増えた所で、彼らに何か変化があったわけでもない。

この番台から見える景色が、この店にとっての日常なのである。

それでも、自分自身の存在が何者からも必要とされていないのではないか、という疑念を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

結局、その日は客の姿を見ることなく営業を終えた。

日は大きく傾き、辺り一面オレンジに染まる頃合いのことであった。

 

「こんな日もあらァあな。」

 

店主は特に気にした様子もなく言う。

 

店仕舞いを終えると後は帰るだけである。

俺の今日一日の報告を待っているであろう彼女のことを思うと、取り立てて語ることのない仕事内容が申し訳なく思えた。

夫妻に挨拶をしようと奥へと向かう。

此方が口を開く前に奥さんから声がかかった。

 

「今日は一日、ご苦労だったねェ。」

 

「いえ、仕事という仕事はしていないので。」

 

少し、鼻に付く物言いだったかと、自身の言動を省みたが彼女は気にかける風もなく笑い飛ばした。

 

「まァ、こんな商売だからねェ。大抵はこんなモンさ。それに、ウチの人があんな顔だろ?一見さんは、まず寄り付かないね。」

 

「母ちゃん、それは言わない約束だろうが。」

 

渋い顔をした店主に、彼女は冗談だよと返す。しかし、相変わらず快活そうな笑みを浮かべたままだった。

元々強面の亭主が眉根を寄せていると、もはやただの破落戸のようにしか思えず、客の寄り付かない原因だと言われても信じそうになる。

そんな所へ、

「アンタもそう思うだろ?」

と、奥さんから振られれば、言葉を濁す他にない。

俺の曖昧な表情は、彼には何と聞こえたのだろうか。

 

「さて、元直さんだったね?」

 

仕切り直すように彼女は言う。

 

「今夜は泊まっていきな。折角来てくれたんだ。出来る限りの持て成しはしないとね。」

 

「いえ、そんな悪いですから……。」

 

「なァに言ってんだい。子供が遠慮なんかすることないんだよ。

 それに、料理も作っちまったんだ。ここで帰られた方が迷惑だってンだよ。」

 

「そうだぜ、元の字(元直のこと)。今日くらいは付き合え。」

 

幾分か迷ったものの、結局の所俺の答えはひとつだった。

今までは学園の中が俺の世界であった。しかし、今日は少し広がった。

そして広がった先の世界にいる二人が誘ってくれているのだ。

それが、世界そのものが俺を受け入れてくれたように思えて、嬉しかった。

 

「……では、お言葉に甘えさせて貰います。」

 

俺の言葉に、二人は笑みを浮かべてくれた。

 

 

一度、夫妻に別れを告げ学園へと戻る。

先生に、今日はあちらにお世話になると伝えに行くためである。

夕暮れの中を足取りも軽く進む。

橙色に染まった街並みはどこか優しく、ここが異郷の地であることを忘れさせてくれた。

まだ、通いなれていない道も、この時ばかりは慣れ親しんだ家路を辿るが如く。

学園の門が視界に入るまで、そう時間はかからなかった。

 

 

門を見上げる。僅か数時間程離れていただけなのだが、やけに感慨深くあった。

そのまま潜ろうとした所で、予期せぬ事態に陥ってしまった。

 

「何か、御用でしょうか?」

 

聞き慣れた声がした。

門から校舎へと続く道で三人娘と鉢合わせてしまったのだ。

 

諸葛亮、字を孔明、鳳統、字を士元、向朗、字を巨達。

よりにもよって、頭脳明晰な三人衆だった。

 

 

さて、どうしたものか。

用があるには違いないのだが、いきなり現れた得体の知れない男を通してくれるだろうか。

まして、水鏡女学院はその名の通り男子禁制である。正直、今日の仕事よりもハードになりそうだった。

 

「そこの方?」

 

再び声がかかる。この声巨達ちゃんだろう。

見れば、士元ちゃんはびくびくと怯え、孔明ちゃんの影で小さくなっている。

孔明ちゃんも彼女を守るように立ってはいるが、表情は強張っている。

そして、巨達は普段のほわわんとした空気が鳴りを潜め、剣呑な雰囲気が漂っている。

 

これは拙い。実に拙い。

 

ともかく名乗ってこの身を明かさなければ大変なことになる。間違いなく官兵いきだろう。

とにかく名乗らなければ……。

 

でもなんと名乗ればいいのだ。

 

徐庶?

いや、信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとしても今度は別の問題になる。

 

いっそのこと北郷一刀にするか?

だが、さすがにこの場面で二字姓、二文字名は偽名を疑われるのではないか?

怪しさ爆発だろう。

 

「答えて頂かないと、人を呼びますよ?」

 

考えが纏まらない俺に最後通告が突きつけられる。

彼女の目にはもはや不信の色しか映っていない。

 

 

不意に浮かんだ名を答える。願わくば先生が気付いてくれますように。

 

 

「失礼しました。私は単福と申します。水鏡先生にお取次ぎ願いませんか。」

 

 

 

「驚きましたよ。北郷さんがその名を名乗るとは。」

 

「咄嗟に出てきて助かりましたよ。首の皮一枚で繋がった感じです。」

 

単福

 

三国志演義にて徐庶が名乗っていた偽名である。

この世界で、徐庶と名乗っていた先生がこの名も名乗っていたかは賭けであった。

 

巨達ちゃんとの問答の末、漸くひり出したこの名で先生との面会が許された時は、ほっと胸を撫で下ろした。

正直、寿命が縮まる思いであった。

 

「その名を知っていたのも、あちらの知識なのでしょうか。」

 

彼女は興味深げに此方を眺める。

 

「ええ、一応そうなりますね。」

 

自分の知識が何もかもこちらで当て嵌まる訳ではない。

少なくとも、俺が知っている限りでは、司馬徽と徐庶は全く別人であった。しかし、この世界の徐庶は水鏡先生の偽名である。

そして何より、司馬徽が、諸葛亮が、鳳統が、そして向朗が女性などではなかった。

そう考えると、今回は運が良かったのだと言えるだろう。

 

「北郷さんの話を信じていなかった訳ではありませんが……。」

あちらの知識というものが、これほどのものだとは思いもよりませんでした。

 

体内の酸素を全て出し切るのではないかという程に、彼女は嘆息した。

 

「まぁ、今の時代の人に取ってはとんでもないものなのかも知れませんね。」

 

先程の、門での遣り取りを思い出しながら答える。

 

「ええ、少し認識を改める必要がありますね。」

 

そう言うと、彼女の表情は俄に真剣味を帯びてゆく。

 

「良いですか、北郷さん。貴方がどれだけの知識を抱えているかは、私にはわかりません。

 ですが、どれ一つをとってみてもこちらの世界では垂涎の的となること間違いありません。

 当然、貴方の身を攫おうとする者も出てくるはずです。

 ですから、その知識は決して無闇に使わぬように。貴方がどうしても、という時にだけ使いなさい。

 貴方の持つものを他の人間には悟られないように。努々、忘れないようにしてください。」

 

改めて思い知る。

自身がどれだけこの世界にとってイレギュラーなのかということを。

この知識が、歴史を変えてしまう可能性があるということを。

 

どうしても、という時のみ使いなさい、と彼女は言った。

果たして、俺は上手く使うことができるのだろうか。

それとも使わずに済むのだろうか。

まだ、先のことだと言えるような問題ではない。

いつかの、その時を見据えなければならなかった。

 

 

 

  北郷一刀の奮闘記 第八話 北郷一刀 了

 

 

 

 

 

〈あとがき〉

 

 

一刀くんの生活の場が定まった所で漸く一段落といった所です。

もし、章分けをするならば、このお話をもって第一章が終了となります。

この後に拠点のような話を幾つか挟み、いよいよ黄巾の乱が勃発、戦国乱世へと一直線です。

果たして、一刀くんの運命はいかに?

 

最後に言い訳のようなもの

 

本作中に、フレンチ・メイド服は邪道との記述がありますが、これは私個人の感想であり、決してフレンチ・メイドを貶めることを目的としたものではないということをご理解頂けるようお願いいたします。

 

それでは、また次のお話もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 


 
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