No.43119

悪意の獣(掌編/和風)

さん

和風タッチの短いお話です。
悪さをすればするほど喜ばれて、弱っちゃう獣のお話。

2008-11-23 18:34:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:909   閲覧ユーザー数:875

~壱~

 

 悪意の獣は、いつも悪さばかりを考えながら旅をしていた。

 赤子を盗む。火を放つ。畑を荒らす。

 いつも最後は村人に追われて、這う這うの体で逃げ出す。

 そうやって獣は、口笛を吹きながら、

 自分の事を知られていない土地を転々としていた。

 

 ああ、楽しかった。

 次は何をしてやろう。

 

 次の村が近づいて来た頃、悪意の獣は滝の様なひどい大雨に襲われた。

 川は激流と化し、今にも洪水が起こりそうだ。

 村へと続く橋を渡りながら、獣は思いついた。

 

 そうだ。この橋を壊せば、村人たちは逃げ出せなくなって困るに違いない。

 

 橋を渡りきると、獣はそれを実行した。

 橋は崩れ、川に流された。

 ちょうどよく、村から男たちが笠を被ってやってきた。

 橋が心配になって見に来たのだ。

 彼等がみたのは、跡形もない橋の前でふんぞりかえる獣の姿だった。

「あんたがやったのか」

 獣は堂々と、そうだと答えた。

 そうして、罵りの言葉を待った。

「ありがとう。助かったよ。橋を落とさなかったら、

 今ごろ流れてきた樹木が詰まって洪水になるところだった」

 ありがとう。ありがとうと、男たちは礼を言った。

 元より男たちは、橋を落とすつもりで川に来たのだ。

 悪意の獣は、男たちを気味悪がった。

 

 男たちは獣を村に招き、暖かいいろりの前を獣に譲った。

 悪意の獣は居心地悪そうに、そわそわした。

 暖かな炎を恨めしげに見ながら、軒下でうずくまる方が自分にはあっているのに。

 獣は、女が雑炊をお椀によそうのを見て思いついた。

 丹精込めて作られたそれを、土間に捨ててやろうと。

 これならきっと、怒り出すに違いない。

 獣は一番にお椀を渡された。

「さあさあ、暖かいうちにどうぞ」

 獣は急に立ち上がると、手の中のお椀を投げ捨てるばかりか鍋をひっくり返した。

 みんなは驚いた顔で、獣をみた。

 獣は今度こそと、怒りの言葉を待った。

 女が散乱した雑炊の中身をみて言った。

「あら嫌だ。これは毒茸じゃないか。食べていたら、

 あたしらみんなおっちんでるところだったよ」

 獣は目を剥いて驚いた。

 

 またか。また失敗か。

 

 みんなは、あんたは命の恩人だ、と悪意の獣にお礼を言った。

 そして、獣は村で一番立派な家の客間に通された。

 

 その晩、悪意の獣は暖かな布団上でうなされた。

 

 

 

 

 

~弐~

 

 悪意の獣はいつも悪さばかりを考えて、旅をしてきた。

 家畜は襲う。子供を売る。墓を壊す。

 そうして最後は村人に追われて、這う這うの体で逃げ出す。

 そうやって獣は、口笛を吹きながら、新しい土地を転々としてきた。

 なのに――――。

 

 ああ、つまらない。

 ここでは、悪さが喜ばれるのか。

 

 悪意の獣は、村の土手に座り込んで溜息をついた。

 お腹は満たされていた。朝食をいただいたからだ。

 あげくに昨日の嵐が嘘のように、空まで晴れている。

 最悪の天気だ。

 

「あんたの羽織、随分ボロだね。貸してご覧、繕ってあげるよ」

 

 悪意の獣は閃いた。

 本当のことを言えばいいのだ。

 新しい事をやっても失敗するなら、過去の成功例を聞かせればいい。

 女は針と糸を投げ捨て、逃げ出すことだろう。

 

 悪意の獣は羽織を渡すと、自分が今までに成し遂げた悪事を女に明かした。

 

 自分は悪意の獣だということ。

 あちらこちらで悪さばかりして、最後は農具と松明で追い立てられること。

 罵られ石をぶつけられるのが大好きだということ。

 昨日も村人を助ける気なんか、これっぽっちもなかった。

 橋を壊せば村人たちが困るだろうと思ってやったし、

 鍋だって台無しにしてやろうと思ってやった。

 

 獣の話に相づちをうちながら、女は黙々と手を動かした。

 獣は期待で、鼻息を荒くした。

 

 女は綺麗になった羽織を獣の肩にかけると、ぽんぽんと二度叩いた。

 まるで、赤子を寝かしつけるような優しさがあった。

 獣は口を半開きにして、女をじろじろと見た。

 逃げる様子も、人を呼ぶ様子もない。

 

「大丈夫。この村に、あんたに石を投げるヤツはいないよ」

 

 獣の眉が八の字に歪んだ。

 なんて村だろう。こんな村、橋が直ったらすぐに出て行こう。

 悪意の獣は肩を落として、背中をまるめた。

 

「まだ、痛むのかい?」

 悪意の獣はますます気分が悪くなった。

 体は痛くないのに、獣は自分の胸を押さえた。

 

 暖かな日差しも、緑の芝も、風にのって届く花の香りも。

 悪意の獣は大嫌いだった。

 

 

 

 

 

 女が、あ、と小さな声で叫んだ。

 獣は肩ごしに後ろをみた。

 先程の風にあおられたのか裁縫箱が倒れて、針山が土手の方に転がっていた。

 

 悪意の獣は立ち上がって、女と針山を追い掛けていた。

 女の足で追い付けなくても、獣の足なら間に合うからと。

 

 

 女のてのひらの上に、針山が乗っていた。

 礼を言おうと女が顔を上げたとき、悪意の獣はもう何処にもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

~?~

 

 

 

 ./

 

 

 握り飯を口一杯に頬張ると、男は二、三回噛んだだけで飲み込んだ。

 視線の先には、透き通った川と作りかけの橋があった。

 次の握り飯に手を伸ばす、と威勢のいい女の声がかかった。

「ちょっと、もっと良く噛んでお食べよ」

 男は眉をひそめたが、次の一口は長く噛んでから飲み込んだ。

 その様子をみて村の男たちが、女房の尻に引かれる奴だな、と言った。

 以前なら怒っていた気がするのに、何故だか嫌でもなかった。

 

 いずれ他の村からの手配書が回ってくるだろう。

 それでも男は、もう少しだけこの村に居ようと思った。

 自分が壊した橋が直るまでは。

 

 

 

...おしまい


 
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