No.42609

妖精と魔法使いと旅人と(掌編/ほのぼの)

さん

ほのぼのファンタジー。
派手な魔法はでてきません。
絵を入れると、どんな風になるかのテストもかねてみたり。

(挿絵・本文/2004年 冬)

2008-11-20 20:15:25 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:709   閲覧ユーザー数:684

 

 

 年老いた魔法使いはランプに火を灯すと、天井にかけた。

 椅子が軋んだ音をたて、紙が擦り切れるまで読んだ書物を開く。

 時折自前のひげが本に挟まらないよう気を配りながら、魔法使いは頁をめくった。

 静かな時間が過ぎていく、湯気を立てたお茶は次第に冷めていった。

 しわだらけの手が湯のみに触れ、ようやく魔法使いは時間の流れを感じた。

 ため息一つ。魔法使いは老眼鏡を外すと目頭を押さえた。

 風が窓をカタカタと鳴らした。

「やかましいのがおらんのも、寂しいものじゃの」

 窓に作った小さい小窓に目をやり、つぶやく。

 それは猫が通るには小さすぎて、さらに小指の爪ほどの小さな鍵がついていた。

 小さな来訪者がいつ来ても良いようにと、昔自分で取り付けたものだった。

 

――――じっじー、この部屋かび臭いぞぉーっ。

 

 そんな事を言いながら、あの子はよく魔法使いを部屋から連れ出したものだった。

 

 

 本を開いたままにして、魔法使いは新しいお茶を煎れようと腰をあげた。

 小さい家は本で埋もれていたが、

 唯一来客を迎えるためのテーブルの上だけは片付いていた。

 前にここに人が座ったのは、何年前だったろうか。

 

――――村で物知りだとお聞きまして。お話を伺っても宜しいでしょうか?

 

 礼儀正しい若者だった。

 異国を巡る旅をしながら、書紀として地方の伝統などをまとめているという。

 わしは知っている限りの事を、話して聞かせた。

 

 今はあの子と一緒に異国の空の下を旅しているだろう。

 多少口うるさいが、妖精は幸運も招くと言う。

 そう悪いことにはなるまい。

 

 ストーブの上に置かれたヤカンから急須へと熱い湯が注がれる。

 ほどなくして芳醇な香りが部屋を漂い始めた。

 窓が先ほどより強い音で鳴った。

「今夜は嵐かの」

 一息お茶に吹きかけ、年老いた魔法使いはお茶をすすった。

 

 外で何かが光った。

 遅れて、大地を揺るがす凄まじい音が響く。

 雷なら珍しいことでもないが……外を見た魔法使いは目を見張った。

 

 橙色の炎が木々の隙間で小さく踊っていた。

「いかん。あそこはあの子の――――」

 年老いた魔法使いは見かけより機敏に動くと、

 入り口に立てかけてある樫の木の杖を手にし、小屋を出た。

 雷と風が猛る中、魔法使いは火の元へと急いだ。

 

 

 

 パチパチ。

 火の粉が次々と花を燃やしていた。

 黒コゲの幹の周囲から炎が昇ると、小さな花畑に襲い掛かっていた。

 年老いた魔法使いは花畑に踏み込むと、雨が降る様必死に祈りを捧げた。

 強風が火を大火へと育て上げていく。

 しわの寄った額から、煤(すす)の混じった黒い汗が伝う。

 煙が立ちこめるのも構わず、魔法使いは祈りつづけた。

 煙を吸って咳き込む。

 年老いた魔法使いは、咳が止まらず苦しげにうずくまった。

 

――――じっじー。ほら、花のひげ飾りーっ。アハハ。

 

 ここはあの子が好きな場所、そして年老いた魔法使いの大切な場所でもあった。

 火の粉が魔法使いのマントを焦がす。雨は降りそうに無かった。

 酸欠から頭の中が真っ黒に塗りつぶされても、魔法使いは祈るのを止めなかった。

 

――――じっじーっ。

 

 しわがれた手から杖落ち、そのしわだらけの目が閉じられた。

 

 

 しゃんしゃん。

 ヤカンが騒がしく蒸気を吹き上げていた。

 ああ、火から降ろさんと……と、年老いた魔法使いはしわに隠れた目を開けた。

「じっじーっ!!」

 妖精はすぐさま、その高い鼻に飛び込んだ。

 

「ばかばかばかばかっ」

 そのまましわだらけの額を叩く。

「こ、これよさんか」

 魔法使いは妖精を掴みあげる。

 妖精はボロボロ涙を零し、声をあげて泣き喚いた。

「――――? なぜお前がここにおる。旅はどうした」

 魔法使いの疑問は、若々しい声が答えた。

「三年のお約束だったでしょう? 少し早く着いていて良かった。

 喉に痛いところなどは?」

 薬湯の独特のエグイ香りが漂う湯のみを差し出し、若者は告げた。

 

 妖精が旅人に着いて行きたいと訴えた時、魔法使いは三年後に戻ってくることを条件に送り出した。

 その約束を旅人は守った。正確には、一ヶ月近く早い。

「予定より早く着いたのは、この事を予知されていたのかもしれませんね」

 

 雷が落ちたとき、妖精は若者のフードから飛び出した。

 風をものともせず魔法使いの小屋に着くと、

 そこには煎れたばかりのお茶が湯気をあげているだけだった。

 すぐさま辺りを飛び回り、火災とそこに倒れる魔法使いを見つけ、

 いち早く旅人を呼んだのだ。

「そうか……こんな老いぼれをありがとう。

 しかしまさか、お前に命を助けられるとは」

 魔法使いは若者に礼を言い、妖精には驚きの目を向ける。

「じっじー。花なんてまた植えたら良いんだよーっ。

 珍しい植物の種だって、いっぱいいっぱいお土産に持って来たんだからっ」

 そう言って妖精は若者の服に飛び込むと、皮袋を抱えて顔を出した。

 年老いた魔法使いが花を好むと知っていたので、

 お土産にと行く先々で集めたものだった。

「そうじゃな……。聞かせてくれんか。二人がどんな旅をしたのか」

『もちろん』

 長い旅から戻った二人は、元気そうな魔法使いに安心し、にこやかに笑った。

 

 翌日、誰よりも早起きした魔法使いは、

 二人を起さないよう気を配り、花畑を見に行った。

 炎が静まった花畑は土と灰が積もるだけだった。

 燃えてしまった花も、後の良い肥料になる。

 そして、燃えなかった石が花畑だった場所には残されていた。

 灰の積もる墓碑を魔法使いは手で払った。

 

――――じっじー。

 

 そう呼んでくれた幼い子供との思い出が蘇る。

 墓に添えた花がいつしか花畑となって、

 一人の妖精がその花畑に姿を見せるようになった。

 幼くして死んだ子供は、時に妖精になるという。

 この花畑がある限り、あの子は旅先でも無事であると魔法使いは信じていた。

 だからこの花畑が失えばあの子も居なくなってしまう、そんな不安に駆られた。

 しかし、もうあの子はこの花畑に縛られてなどいない。

 あの子の集めた花の種をこの地に蒔けば、さぞ美しい花が咲くことだろう。

「わしはそれを見守ることにしようかの」

 

 一週間がすぎて、年老いた魔法使いは二人を見送った。

 そのしわだらけの手には、旅人と妖精が作った未完の書紀の写しがあった。

「じっじーっ。また三年後に会おうなーっ」

 妖精は旅人の頭の上で小さい腕を力いっぱい振りまわした。

「ふぉふぉふぉ。孫を頼んじゃぞ」

 若者に聞こえたかどうかはわからないが、魔法使いは満足げに小屋に戻った。

 

 

 

 ……翌年、花粉症への対処の仕方を調べる年老いた魔法使いの姿があった。

 

 

 

 

...END


 
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