黒髪の勇者 第二編第二章 王都の盗賊(パート6)
「いやしかし、参ったね。」
警備から寝室へと戻った所で、詩音と同じ寝室をあてがわれたアルフォンスがため息交じりにそう言った。
「手がかり一つ無いな。」
詩音も少し疲れた様子でそう言った。これで巡回に参加するのは三度目になるが、目星となる様な出来事は何一つ発生しなかったのである。
「予告期限は、来週の土曜日だっけ。」
ベッドに仰向けになったアルフォンスが、そう言った。
「ああ。」
「一体、どうやってこのシャトー・リッツ宮殿に乗り込むつもりなのだろう。」
それは詩音も怪訝に感じているところであった。こうして何度かアリシア城を訪れてみれば見るほど、堅牢な城塞だということが良く分かる。大軍勢に侵攻されたとしても、恐らく相当の耐久力を誇るだろう。それをたったの二人で、どんな魔法を使って侵入を試みるというのだろうか。
やがて、すやすやとアルフォンスの寝息が響き始めた。その音を聴きながら、詩音は仰向けになったままでぼんやりと天井を眺めた。カーテンの閉じられた室内で目に見えるものは殆どない。だが、瞳を閉じた所で眠れるような気配はまるでなかった。
少し、散歩でもするか。
そう思い立って、詩音はアルフォンスを起こさない様に気を付けながらベッドから起き上がった。靴を履き、足音に気を付けながら寝室を出る。勿論、太刀を持っていくことは忘れない。
用意された寝室はシャトー・リッツ宮殿の二階である。上層階は王族の専門階ということだから、不用意に立ち寄れば大問題となるだろう。外に出てもいいが、深夜帯に外に出ていく素振りを見せれば不審に思われるかもしれない。いずれにせよ、少し外の空気が吸いたいけれど。
詩音がそう考えた時、背後から声が掛けられた。
「シオン、眠れないの?」
フランソワであった。
「目が冴えてしまって。フランソワは?」
そう訊ねると、フランソワは小さく笑った。
「私もよ、シオン。少し外の空気を吸おうと思って。」
同じだね、と詩音は答えて小さく口元を緩めた。そのまま、訊ねる。
「どこかいい場所はないだろうか。」
「テラスがあるわ。一緒に行きましょう。」
そう言うとフランソワはのんびりと歩き出した。途中で、海の宝玉が保管されている宝物庫の前を通る。
「ご苦労さまです。」
衛兵の一人が、そう言った。一人は初めて見る顔だったが、もう一人は以前案内された時にも守衛に立っていた若い少年兵である。ユリウスと言っただろうか。
「お疲れ様です。」
自分よりも幼く見えるにも関わらず、きっちりとした作法を行うユリウスの姿に感嘆としながら、詩音はそう答えた。
テラスは宝物庫のすぐ先にあった。二階部分がせり出しており、絶景とまではいかないがそれなりに視界が開けている。街の様子も見えなくはないが、流石にこの時間であれば小さなランタン程度の光が数える程度に見えるだけだった。
「嫌なことがあると、良くここに来たなぁ。」
ふわり、とサイドに纏めた髪を夜風に靡かせながら、フランソワはそう言った。
「昔、住んでいたのだっけ。」
手すりを掴んで景色を眺めるフランソワの隣に立った詩音が、そう言った。
「これでも私、王位継承者だからね。アリア王家に万が一のことがあればシャルロイド公爵家が王位を継ぐ決まりになっているの。だから、幼少の段階で帝王学を身につけさせる為に一定期間を王宮で過ごす事になっているのよ。」
「他に王族はいないのか?」
「勿論、王族の血を引いている人は沢山いるわ。でも、イリアル様とヨシツネ様との間に生まれた兄弟が王位を継承するときに、今後王位継承問題で揉めない様に取り決めを交わしたの。アリア王家断絶の際はシャルロイド公爵家を優先させるという規約ね。そして不幸にも、現代のアリア王族直系の子孫はビアンカ様しかいらっしゃらないわ。」
「なら、万が一の時はフランソワが女王様になるのか。」
「順当に考えれば、お父様かな。」
フランソワはそこでくすり、と笑った。
「私は末っ子だし、そうそう王位を継ぐことはないと思うわ。」
「いずれにせよ、大変だね。」
血の重みというのだろうか。少なくとも傍流に属する詩音にしてみれば、その重みはどうにも実感を掴みづらい。
「そうね。でも私はわたし。何かが変わる訳じゃないわ。ただ、王族とか貴族とかは、どうしても堅苦しく感じてしまうけれどね。」
もう一度、夜風が流れた。
「ねぇ、シオン。」
「どうした。」
「私たち、ちゃんとビアンカ様のお役に立てるかな。」
そうだな、と答えながら、詩音は月明かりにぼんやりと浮かび上がる街並みを眺めた。
「多分、大丈夫さ。俺達もついている。」
根拠のない自身ではあったが、詩音は自らを納得させるように、そう言った。
「いや、流石はシオン、全く歯が立たないよ!」
翌週、武道の講義を終えた所で、マシューがぜいぜいと地面にへたり込みながらそう言った。
「訓練しているからね。」
そう言いながら詩音はマシューに右手を差し出した。一時間半の講義時間で、シオンは何事もなかったかのように十人抜きを果たした所である。
「もう、レベルが段違いだね、シオン。僕なんかの相手をさせてしまって、却って申し訳ない。」
小太りの身体を引き上げるようにふうふうと荒い息をつきながら、マシューはそう言った。
「いや、真剣さは伝わったよ。」
取り繕うようにそうは言ったが、確かに周りのレベル不足は否めない。元々貴族で剣を片手に名を上げようと考えている人間が少ないせいだろう。以前シャルロイド公爵家にお世話になっていた頃は訓練相手にウェッジやシアールという丁度いい相手がいたが、少なくとも科学科の中には詩音と同等以上のレベルを持った剣士は存在していないらしい。
「そう言えば、噂を聞いたよ。」
後片付けをしている最中に、マシューがそう言った。今日の講義はこれでおしまいである。
「噂?」
汗に濡れた訓練着を脱ぎながら、詩音はそう訊ねた。
「王宮の盗賊退治に一役買っているのだろう。入学早々ビアンカ女王のお目にかかるなんて、流石シオンだと皆納得しているよ。」
「依頼が来たのはフランソワの方さ。俺はおまけだ。」
勇者云々の話をすると面倒であるので、詩音は他の生徒にはそのような弁解をしていた。
「それで、捕まえられそうかい?」
少し声を落としながら、マシューがそう言った。
「まだ、何とも。この一カ月はまるで動きが無かったし。」
「頑張ってくれよ、シオン。実はアンダルシア家も盗賊の被害にあっているんだ。ちらりとだけ影を見たけれど、まるで鼠みたいにすばしっこくて、表情までは確認できなかったけれど。」
「そうなのか。」
念のため加えておくと、アンダルシア家とはマシューの実家である。
「どんな奴だったか、分かる範囲で教えてくれないか。」
続けて、少し興奮気味に詩音が訊ねると、マシューは力なく首を横に振った。
「僕が見られたのは奴らが逃走する一瞬だけ。まるで空でも飛んでいるかのように見事な跳躍ですぐに視界から消えてしまったよ。」
「そうか。」
ある程度予想していたとはいえ、相手は相当に身の軽い人物である様子だった。面と面で向かい合っての勝負ならそうそう負けるつもりはないが、速さで逃げきろうとした場合はどうだろうか。予告期限直前ではあるが、一度速さとの戦いに慣れておいた方がいいだろうか。
そう考えて、詩音は一人の少女の事を思い出した。
速度と言えば、あの少女しか思い浮かばない。
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第十六話です。
宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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