黒髪の勇者 第二編 第二章 王都の盗賊(パート5)
「盗賊退治とは、随分と面白そうな事をしているね。」
翌日、王立学校の食堂で例によって朝食を摂っていると、ウェンディが興味津々という様子でそう言った。
「深刻な話よ。万が一海の宝玉が奪取されれば・・。」
フランソワがそう答えた。
「勿論、聖玉の重要性は私だって分かっているよ。我がフィヨルド王国にも大地の聖玉は王権の証として認識されているからね。それを手に入れたものは王権を手に入れる資格が認められる。実際、今のウェルグラム王家だって元を正せば有力豪族の一勢力に過ぎなかったのだから。」
「そうなのか。」
意外そうな口調で、詩音はウェンディにそう訊ねた。
「そうさ。詩音は知らないのか?現存するミルドガルド大陸の王国の中で最も古い国家はアリア王国なんだよ。今のフィヨルド王国は150年前に出来たばかりの国家だからね。」
「今は落ち着いているけれど、西方からの騎馬民族の攻撃に悩まされ続けていた国がフィヨルド王国なのよ。200年前の西方異民族の攻撃は過去最大とも言える侵略で、フィヨルド、グロリア、それにビザンツ地方の殆どが異民族の支配下に置かれる事になったの。」
補足するように、フランソワがそう言った。
「その時大地の聖玉はどこかに紛失して、数十年程度行方が分からなかったらしい。それを手に入れた人物がウェルグラム朝の創始者であるシロンクス大王さ。シロンクス大王は聖玉の元に豪族たちを集合させ、異民族の放逐に成功したのというわけ。」
滔々と、ウェンディが語った。
「私の国にも、空の聖玉というものがありますわ。幸いにして私の国は大陸戦争での独立以来、一度も国土を蹂躙されたことはありませんが。」
続けて、それまで静かに話を聞いていたカティアが口を開いた。
それぞれの話に耳を傾けながら、中国で言うところの玉璽、日本でいえば三種の神器に該当するような物体か、と詩音は考えた。改めて、よくそんな貴重なものを見せてくれたものだと感心してしまう。
「やあ、おはよう、フランソワ、それにシオン。」
そう言って現れたのはアルフォンスであった。
「おはよう、アルフォンス。」
フランソワがそう答えた。
「知り合いかい?」
遠慮なく詩音の隣に腰かけたアルフォンスを眺めながら、ウェンディがそう言った。
「アルフォンスよ。私の同級生なの。」
フランソワがそう言った。
「初めまして。それから、昨日はありがとう。おかげでいい刺激を貰ったよ。」
「作れそうなのか?」
詩音がそう訊ねると、アルフォンスは力強く頷いた。
「とりあえずリボルバー銃の構造は理解出来た。何度か試作品を作る必要があるけれど、何とかなると思う。」
「私も手伝うわ、アルフォンス。」
身を乗り出しながら、フランソワもそう言った。
「ところで詩音、一つ提案があるのだけれど。」
食事も半ばというところで、アルフォンスが口を開いた。
「どうした?」
「盗賊退治、僕にも手伝わせてほしい。」
「それは・・多分、大丈夫だと思うけれど。」
詩音はそう言いながら、フランソワに視線を送った。
「大丈夫だと思うわ。ビアンカ様もアレフも融通は利く方だし。」
「なら、早速来週から参加するよ。シオン、宜しく頼む!」
「それ、私も参加しようかな。カティアもどう?」
にやり、と笑いながらウェンディがそう言った。カティアはただ無言で、小さく頷く。
「まあ・・大丈夫だと思うわ。」
少し考えながら、フランソワがそう言った。
「俺は賛成だね。捜索に竜が使えればより広範囲な警備が出来るだろうし。」
この航空機が存在しない世界に置いて、竜は唯一の航空戦力となる。上空警備は相当の力になるだろう。
「そうね、ならビアンカ様に一筆したためておくわ。」
詩音の言葉に頷きながら、フランソワがそう答えた。
予告日まで、後一週間か。
それから二週間が過ぎ、随分と警備にも慣れてきたフランソワ達をシャトー・リッツ宮殿から送り出した所で、アレフは思考を纏めるように腕を組んだ。予告状を出して来てからの三週間というもの、ジュリアンとタートルの活動はぴたりと鳴りを潜めていた。余計な被害が発生していないことは喜ばしい事ではあるが、凄腕の盗賊が一ヶ月間を無為に過ごすとは到底考えられない。何かの方策で、宝玉奪取の秘策を練っていると考えることが妥当であろう。
そう考えながら、アレフはアリシア城の見取り図を頭の中で思い浮かべた。これまで被害のあった邸宅とは異なり、アリシア城は近代戦に対応するべく改築された星型要塞であることは先述のとおりである。その周囲は幅50メートルを越える水堀で囲まれており、通常考えるなら突破は不可能。仮に泳いできたとしても、不審者に対しては容赦のない対応を行う規定となっているから、無事に渡りきれるとは到底思えない。
「あるとすれば、空からか。」
シャトー・リッツ宮殿のガラス窓から僅かに見える月を眺めながら、アレフはそう呟いた。
仮に竜を使ってくるすれば確かに厄介であり、というのも竜の生産地を持たないアリア王国は竜騎士自体が希少な存在だからである。事実、アリア王国竜騎士団は海軍の下部組織に過ぎず、構成もたった三十騎と規模に置いて大いに見劣りをしていたのである。その内二十騎は第一艦隊と第二艦隊に配備している為、アリシア城に竜騎士隊はたったの十騎しか存在していない。当然常に全騎を配備している訳にもいかず、見回りに使える竜騎士は一度に無理をしても三騎というところであった。もし三騎程度なら、たった一騎でも奇襲を掛ければ突破は可能であろう。そのような懐事情の中、ウェンディとカティアの参加はアレフに取って予想外の幸運とも言うべき事態ではあった。
だが。
果たして、一盗賊風情が竜を手に入れることが出来るだろうか。
そう考えて、アレフは小さく首を振った。どう考えても、一個人が手に入れられるような代物ではない。というのも生産量が限定されている竜は火竜、風竜問わず全てが厳重な管理下に置かれているからである。易々と市場に出回る訳がないし、仮に出回っていたとしても相当な高値になることは間違いがないのだから。それに、竜はすぐには人には懐かない。竜騎士となるにはそれこそ相当の訓練とセンスが必要とされる。興味本位で手に入れたとして、最悪竜に食い殺される結果となりかねない。
ならば、一体どこから侵入すると言うのか。
アレフはそう考えて、苛立つように髪を掻き毟った。
「そうね、私もそう思うわ。」
アレフに向かって、ビアンカが紅茶を口にしながらそう言った。
親衛隊長としての定例報告の為にビアンカの元を訪れたのである。場所は先日詩音とフランソワを案内した三階フロアの応接間であった。
「空以外の手段としてはもう、正面突破しか考えられないが。」
「確かに、あれほどの魔力なら正門の突破までなら不可能ではないでしょうね。でも、ここまでたどり着けるかしら。」
王宮には当然ながら、魔道師も豊富に控えている。前線の被害はある程度止むを得ないとして、アリシア城内であれば十分以内に全員の集合が可能であった。
「考えにくいな。」
「奴らはこれまで一度として失敗がないどころか、その足跡も殆ど残してはいないわ。それほど優秀な盗賊殿が、そこまでのリスクを取るとは思えない。」
盗賊殿、という台詞を嫌味たっぷりに、ビアンカがそう言った。
「それにね、アレフ。奴らがこの広大なアリシア城のどこに海の聖玉があるのか、把握しているとは思えないの。宝物庫の場所は一般公開は勿論、王宮の人間でも知っている人間が限られているのだから。」
「宝物庫の場所、か・・。」
その時、アレフはある事を思いついた。
だが、その考えをすぐに否定したのはアレフが自らの部下である近衛兵団を心から信頼していたからであった。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
第十五話です。
先週はサボってすんませんでした。。。
ということでよろしくお願いします。
ちなみにアリシア城を『星型要塞』と表現していますが、所謂五稜郭をイメージして頂ければと思います。
続きを表示