prologue―プロローグ―
幻想郷――外の世界とは分かたれたひとつの世界として存在している。ここには外の世界では既に幻想の存在となってしまった神、妖怪、妖精などという存在が最後の拠り所としてやって来る、いわば理想郷のような世界だった。
そんな世界を二分しているものがあった。それが博麗神社を基点として存在している「博麗大結界」である。その他にも「常識と非常識を分ける境界」というものも存在している。
今日もまた一日平和な時間が流れている。
ここ「博麗神社」においても二人の人間がゆったりとした時間を過ごしているのが見える。ひとりは大人の女性で、彼女の隣には彼女と同じ紅白の巫女服を着ている少女が縁側に座り込んでお茶を啜っていた。
「博麗の巫女」としての役割はその大結界を安定させることと妖怪たちが行き過ぎたことをした場合に討伐するということくらいだった。
しかし人の身でありながら圧倒的な強さを持つ「博麗の巫女」に対してかなう妖怪たちはほとんどいなかった。いたとしてもそれは幻想郷に存在しているいくつかのパワーバランスを担っている場所を治めている者たちくらいだろう。
だからといってこの世界の者たちは好き好んで戦闘を行うなど好戦的な性格をしているわけではなかった。
そのためにほとんどは平和な時間が流れるためにこうやってゆったりとすることがほとんどだった。当然巫女としての仕事もするし、いつ何が起きてもいいように修行だってする。
今代の巫女である「博麗霊華」もまたそのようにして巫女の務めを全うしていた。
そんな彼女の隣に座っているは彼女の跡継ぎである「博麗霊夢」である。二人の顔立ちは似ているようで似ていない。何せ二人は血の繋がりのないもの同士だからだ。
博麗霊華には夫はいない。もともと「博麗の巫女」の跡継ぎはその代の巫女が身ごもった子どもがなるか、もしくは巫女になりえる力を持っている子どもをどこからか連れてくるということになっていた。
結婚ということも一時は考えた霊華であるが、彼女が「博麗の巫女」であるためにほとんど人が集まる「人里」という場所から離れたところに住んでいるためにほとんど人との交流がなかったのだ。
そうなると人間の男をほとんど知らない。食料などはこの幻想郷という世界を作るのに位置役を買い、管理者として存在している妖怪の賢者が定期的に持ってきてくれるためにほとんど人里に足を伸ばすこともなかったのだ。
今更ながらに人の付き合いを疎かにしてしまったことを後悔していた。
隣に座っている跡継ぎであり、弟子であり、娘のような存在である霊夢もそろそろ「博麗の巫女」としての修行をしなければいけない時期になっていた。
意味ありげな視線を投げかけていたためか、それに気づいた霊夢が霊華に対して見上げるように見つめ返してきた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ」
尋ねてきた霊夢であるが、霊華はなんでもないと悟られないようにする。彼女が霊華のことをどのように思っているかは分からない。少なくとも今まで母親だとは言ってくれていないので年の離れた姉のような存在くらいだろうと思っていた。
季節は春。そろそろ桜も満開になりそうだという時期だった。
きっとその頃になると「妖怪の賢者」が宴会を開くだろうと思った。当然会場はここ「博麗神社」。神聖な場所であるのに妖怪たちが集まるなどという不思議な場所である。だが霊華はあくまでも中立な立場の存在。それがとても窮屈で周りから敵意を向けられるのは分かっていることだ。
きっと隣に座る霊夢もまた同じような立場に立つようになり、周りから色々な感情を抱かれるようになるのだろうと諦観と申し訳なさを感じていた。
これが「博麗の巫女」としての役割であり、「幻想郷の防衛機能」なのだ。「博麗の巫女」という存在は所詮安全装置のような機械でしかない。博麗霊華という人間ではなく、ただの「博麗の巫女」としての存在しか異議がなかった。
人は支えとなるような存在意義がなければ生きていけない。今は運よく霊華はそう言うことがないが霊夢や次世代の巫女たちがそのことでつぶれないだろうかという心配も抱いていた。
年を取ったり、巫女としての役割が終わりに近づいてきたためであろうか、このようなことを考えることが多くなっていた。
隣に座る霊夢が自身よりもとてつもない才能を持っていることははじめてあったときから知っていたことだ。もしかすると彼女だけでなく歴代の巫女たちを超える存在になるかもしれないと思った。
だがそれは同時に危険も伴っていた。彼女が無事に巫女となれるか、もし失敗すれば幻想郷そのものに危機が訪れてしまう。
「ヤッホー、霊華、霊夢。来たわよ」
「あ、ゆかりだ」
「あら、紫じゃない。一体今日はどうしたのかしら?」
突然空間に切れ目が走り、その両端にはリボンが結われているなどという不思議なものが現れた。その切れ目が徐々に開かれていき、その中には無数の目玉が存在するというような奇妙なものだった。
その中からゆっくりと現れた金色の長い髪をもち帽子を被った女性。霊夢が最初に気付いて彼女のことを「ゆかり」と呼んだ。
次に一体何をしに来たのかと平穏をぶち壊すかのようにして現れた彼女に対して睨みつけるようにしてみる霊華が「紫」と呼んだ。
霊華の睨みつけるのをどこ吹く風というように気にかけることなく、その奇妙な空間から神社の境内へと降り立つ。
彼女が幻想郷を作くり出したひとりである「八雲紫」だった。
スキマ妖怪という存在である彼女がもつ「境界を操る程度の能力」によって作り出した移動するのに便利であるスキマによってどこからともなく「博麗神社」に現れたということだった。
神出鬼没である彼女はいつもどこにいるのかまったくつかみどころがない。「幻想郷」にいたと思ったら外の世界に行くなどと何を考えているのかまったく分からせないという胡散臭さも持っていた。
だが彼女が「幻想郷」と「博麗神社」を大切に思っているということは確かであるし、霊華もそして霊夢もまた彼女には色々と助けられていた。
霊夢のことを連れてきたのも彼女であった。
今回彼女が来たのはなんだろうかと再度尋ねてみる。するといつになく真剣な表情を見せる紫。
落ち着き払った様子を見せながら口を開く。
「霊夢の正式な「博麗の巫女」としての儀式の時に必要な「アレ」を打つ人間がここに来るわよ」
「……そう、もうそんな時期になったのね」
先ほど考えていたことだ。
ほとんど情報が来ないためにこうして突然訪問があるなどということはよくあることだった。こうした重要なことは大抵紫がこうして教えてくれるのだ。
彼女が言う「アレ」。
本当に生み出すことが出切るのだろうかときっとその時にはここにはいない霊華は不安に思う。
突然一陣の風が吹いた。その風がここに誰かが近づいてくるのを知らせてくれた。ゆっくりとであるが石段を踏みしめる二つの音があった。
そしてようやく鳥居の奥から見えた姿。
大人の男性と少年だった。おそらく親子なのだろうというのは霊華と霊夢とは違って顔立ちに少しだけ似ている部分があった。三人の姿を見て男性が少年を促すようにして近づいてきた。
「お早い到着ね」
「すぐに戻りますけどね。久しぶりだな、「博麗の巫女」様」
「ええ、そうね。もう十年以上経つのかしら」
懐かしがるように男性が霊華に対して話しかける。彼女が「博麗の巫女」として正式になった時、必要になった「アレ」を提供したのが彼だった。当時はまだ子どもだったのでいくつも年上である彼のことなどほとんど忘れかかっていたが、久しぶりにその姿を見てそういえばと思い出しつつあった。
当時の面影を残しながらもがっちりとした体躯を持つ男性へと変わっていた。あれ以降まったく交流がなかったが、まさか強行して再開することになるとは想像もしていなかった。
隣にいる少し無愛想な表情を見せている少年に視線を向ける。視線に気づいた用でこちらに対して睨みつけるような視線を返してきた。
もともと目の作りが睨み付けるようなものだったために自然とそうなってしまうのだろうと思う。
腰には小さな刀が治められているのが見える。おそらく彼もまた霊夢同様に鍛錬を開始しているのだろうと分かる。
「ほら挨拶しろ」
「「神代切継」だ」
「ほらあなたもよ」
「……博麗霊夢よ。で、あんた何をしに来たの?」
「お前が次の「博麗の巫女」かよ……」
父親に促されるようにして少年は淡々と名前だけを言う。それを聞いていた4人の反応はそれぞれバラバラだ。気にしていないというような態度を取る霊華であるが返すように促された霊夢はあからさまに不機嫌さを露にしている。
ゆっくりとしていた一時を邪魔された挙句、自己紹介もほとんどなおざりにされたのだ。他の三人が何も言わないのが不思議で仕方がなかった。
そのため同じように名前だけを投げつけるようにして言い、何をしに来たのかと質問をぶつける。
それに対して返って来たのは霊夢を巫女として疑うような言葉だった。それに対してムッとした表情を浮かべた霊夢は目の前にいる切継に対して掴み掛った。
しかし相手は霊夢よりもいくつも年上の、それも男だ。小さな体の霊夢がいくら勢いよく飛び掛っても倒れることなく簡単に受け止められる。
「嘗めるな! わたしは次の「博麗の巫女」になるのよ、そういうあんたこそなんなのよ!」
「霊夢、この人間はね……あなたが正式に「博麗の巫女」になる時にあなたの能力と「博麗の巫女」の力に楔を入れるための「聖剣」を打つ役割を担ってるのよ」
「はぁ? くさび? 何でそんなのがいるのよ」
「知らないのか。「博麗の巫女」の力が人の身に余るものだからだ」
自分が近い将来「博麗の巫女」になるということを押さないながらその意味を理解している霊夢であるから切継の言葉は頭に来た。
切継が「博麗の巫女」、それも自分とどのような関係があるのかと叫ぶ。それに対して説明を入れる紫。
人の身に余る力を宿してしまう博麗の巫女の力が暴走するのを抑えるために神代家が代々打つという聖剣が必要になるのだと。
それも今回の跡継ぎである霊夢は今までの巫女を越える力をその身に宿しているために相当な業物を用意しなければいけないということもだ。
自分の中にそのような力があるということを知り、少し得意げになる霊夢。
対して自分が馬鹿にした少女に歴代を超える力があると知らされ、それを疑うような視線を向ける切継。
しかしそれを否定しない大人たちの様子を見て信じられないと驚きを少しだけ露にする。
「まだ信じられないっていう顔してるわね。いいわ、私は私の力でこの力を使いこなしてやる! だからあんたのナマクラなんていらないわ!」
「なっ!? 馬鹿にしやがって、いいぜ……やってやるさ。俺は完璧な聖剣を打つ……その時になって泣きついても知らないぜ!」
「上等よ! どうせあんたも私に助けられる立場になるのよ!」
「それはどうかな? もしかすると反対かもしれないぜ? 未来の巫女さんよ!」
「なによ!」
「やるか!?」
霊夢は切継に対して宣誓するかのように人差し指を向けて叫ぶ。
正式な巫女となる時、切継が打つとされる聖剣が必要なくなるように自分でその力を完全に使いこなして見せると。
さらに挑発するように彼の打つものをナマクラと過小評価してみせる。
当然それに反応を示す切継。同じように宣誓するかのように完璧な聖剣を打って見せると言う。
売り言葉に買い言葉。いつの間にか二人はおでこを密着させて、視線をぶつけ合いながら言い合いをしている。
それぞれの首根っこを掴みあげる切継の父。二人を話してから、自分の息子の頭に拳骨を落とす。
「バカヤロウ! 年上のくせに小さい女の子に対してそれはないだろ、切継」
「だってよ、親父――」
「だっても、へちまもねえだろ! ほら、霊夢ちゃんに謝れ」
怒鳴り声を頭上からかけられたために耳を覆いたくなる。片目だけを開けて霊夢の方を見る切継であるが、彼女は霊華の背中に隠れ、顔だけを出していわゆる「アッカンベー」を彼に向けてしていた。
流石にそれをされて謝る気をすっかりなくしてしまった切継は絶対に謝るもんかと叫びながら博麗神社を飛び出して行く。
そんな彼の背中に対して待つようにと叫ぶ父親。しかし彼の足は止まることはなく勢いよく石段を駆け下りていく。
父親は仕方ないとこんなことになってしまったことを謝罪し、切継のことを追いかける。
物語は幻想郷の基点である「博麗神社」から始まった――。
後書き
始めましての方は始めまして、いつも読んでくださっている方はありがとうございます。泉海斗です。
こちらの作品はふととあるライトノベルである「聖剣の刀鍛治」という作品を読んだ時に現在執筆中の作品のクロスオーバーのひとつである東方Profectとクロスさせるとしたらどんなものがよいだろうかなどと考えた結果生まれたものです。
作者の勢いによって生まれてしまったものですが、息抜きのつもりで今後も執筆を続けていきたいと思っております。
完全にオリジナルの設定を設けてしまっていますが、これもひとつの物語なのだと、平行世界、ありえるかもしれないという程度に受け取っていただけると嬉しいです。
今作品のヒロインは霊夢ひとりです。
主人公が周りから好意を持たれるかもしれないですが、基本的にはそのようにしていきたいと思っております。
なんとも後味の悪いファーストコンタクトになってしまった二人。次話はそれから三年後の話から始まります。その間に何があったのか、などはおいおいお話の中で明かしていきたいと思っております。
今後とも皆様に楽しんでいただける作品にするということをモットーに楽しく執筆していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。
それでは!!
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今日も平和な日常が続いている幻想郷。
そんな幻想郷を外の世界と分け隔てている存在――「博麗大結界」。そんな大結界を守護する存在である博麗の巫女。
今代の博麗の巫女である「博麗霊夢」がいる。
何故彼女は博麗の巫女としての力とともに、「空を飛ぶ程度の能力」転じて「あらゆるものから浮く程度の能力」という人の身に余る能力をその身に宿す事ができているのか。
そこには知られざる者の尽力があったからこそそれが可能となっている。
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