満天の星空のもと、密林はねっとりとした闇に包まれていた。
そのなかを女がひとり、あかりも持たずに歩いている。夜空は木々の葉に遮られ、一筋の光さえ届かない。だというのに、女の足どりは昼間のそれと変わらない。
ふいに女が立ちどまったのは、そこが切りたった崖の先端であったからだ。
ここからは世界が、はるか彼方の海までが見下ろすことができる。
だが今は夜。
闇にそまった世界にひろがっているのは都市のあかりだ。なかでも海ぞいに集中する大都市のそれは、空の星をも焦がす松明のよう。
その下でくりひろげられているであろう人間たちの狂騒ぶりを思いうかべて、女はそっと溜息をはきだす。
「こんなところで何をしている?」
聞きなれた男の声に女はふりかえった。男は彼女がみつめていた夜景をみやり、眉をひそめる。日系人的な顔だちをした女とは違い、彫りの深い顔の男は典型的な欧米人のように見える。
それでも、数少ない貴重な同族だ。
「今日はカーニバルでしょう? だから、ちょっとその様子を見に、ね」
彼が人間を毛嫌いしているのを知っているために、彼女の口調はやや弱い。
「はん。貧困だ何だと不平ばかりを口にしているくせに、こんな時ばかりは極楽気分か」
くだらない。
予想どおりの返答に苦笑いをうかべる。だが彼は正しいと女は思う。
たしかに高い知能を持ってはいる。それ故すべてが自分たちのものだという傲慢な思いこみと、己の欲だけを追求するやり方で世界を支配し、そして破壊しつづけている。
動植物の食物連鎖からもはずれた、異端の種。
女は自分の手をみつめた。
脆弱な膚をあらわにした人間特有の手だ。だが彼女たちは人ではない。
本来なら大地に根をおろし、その場で静かに生きてゆくはずの植物の一種である。人間の無計画な伐採のせいで絶滅しかけ、その危機感が彼らに劇的な進化をとげさせた。
すなわち、人の姿に擬態することを身につけたのだ。
この奇跡とも思える進化は神のなせるわざか、それとも悪魔のいたずらか。
彼女には分からない。
だいいちそう思考すること自体、ひどく植物ばなれしているようにも思える。
かたちをまねることが、その精神構造すらも変化させたのだろうか?
答えは出ない。
植物からも、動物からもかけ離れてしまった自分たち。
そうしなければ生きられないほど自然は厳しく、そして地球は狂っていた。
「帰るぞ」
一言つぶやき、歩きだした男の背中を女は追う。
植物たちの、そして人間の悲鳴を聞きつけたかのように、彼女はそっと瞳をとじた。
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暗黒の密林から、都市の灯りをみつめる男女。人々が祭りに酔いしれる夜に、彼らは何を思うのか。SF(サイエンス・ファンタジーと少し不思議)系のショートショート。