No.403305

あっぱれ!天下御免 異聞帳 序幕『華咲く学園、その名は大江戸』

狭乃 狼さん

これで何足目のわらじだろうww
 
と言うわけで、似非駄文作家こと、挟乃狼の新作ss、

あっぱれ!天下御免 異聞帳、ここに開幕です!

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2012-04-05 22:47:43 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:10685   閲覧ユーザー数:9518

 

 私立、大江戸学園――――――。

 

 戦後の疲弊したニホンの経済を、たった一代で回復させた希代の英傑である徳河早雲が設立した、巨大な学園都市である。

 ニホン近海に浮かぶ島を丸ごと一つその敷地とするこの学園は、すでに開校以来多くの卒業生をニホンの政財界の中枢へと送り出しており、今ではまさに、ニホンの将来を担う重要な育成機関として、その役割を果たしている。

 島の人口は創設当初こそ約千人程だったが、土地の拡張に比例して次第に増え、現在は約十万人にも達している。江戸時代を彷彿とさせる街並に、路面電車や携帯電話などの現代文化が入り乱れ、電気・ガス・水道のライフラインは地下の地熱発電所をはじめとした施設で賄っている。

 ただし、食料等をはじめとする生活物資に関しては、本土から定期的に来る船便のみによる輸入で賄っているため、それが欠航でもしてしまうと、全島民の生活が圧迫してしまうという欠点も、この学園は抱えているが。

 

 「ふむ。今日も大江戸学園はなべて事も無し、と。平和が一番、これが何よりだねい。そうは思わねえかい?イチ?」

 「はい、青山様。イチも全く同感です!」

 

 その大江戸学園のメインストリートを、雑多な人の流れに混じりながら歩く、二人の生徒の姿があった。一人は少々背の高めな、学園指定の制服である着物のその上に、紺色の羽織を無造作に羽織った青年。もう一人は、その青年の半分ほどしか背丈の無い、上着こそ同じ学園指定の制服でありながらも、少々丈の短いズボンを穿いた、茶色の髪の快活そうな少年である。

 

 「そうかいそうかい。なら、イチよ?こんな天気の良い日に仕事もなんだし、ちょいとばかりねずみ屋でもよって茶でも」

 「それはそれ。これはこれです。仕事はきちんとなさってください。青山様は仮にも南町奉行所の与力なんですから、サボタージュなどは認められません」

 「……実はそのねずみやがな?つい先だって、新作のケーキを、売り出したそうだぜい?」

 「う。新作のケーキ、ですか……」

 「おう。発売以降相当話題らしくてよ?ともすりゃあ、開店と同時に売れきれちまうこともあるそうだぜい?……そのケーキ、前もって二人分予約してあるんだが……ま、見回りが終ってから行くしかないかねい。……店、終わっちまわないといいがな?」

 「……ごほん!少々巡回ルートの順番が狂いますが、ねずみやへの御用聞き、店の開いている内に回ってしまっておきしょうか」

 「そうかい?俺あ別に後回しでも構わねいぜ?」

 「いえ!何をさておいても先に回るべきは、ねずみやのような人気店にすべきと、この黒門一丸は思うのです!ささ、そういうわけですので青山九狼さま!早い所御用聞きに参りましょう!」

 

 先ほどのお堅い真面目台詞は何処へやら。少年こと黒門一丸(くろかどかずまる)青山九狼(あおやまくろう)と言う名のその青年の背を、にこやかな顔で押しながら歩き出そうとする。その彼に背を押された九狼は、自分でそうなる様に誘導しておきながらも、あっさりと欲望に折れて先ほどまでとは180度態度を一転させたその年下の少年の事を、「やっぱりまだまだ子供だねぃ」と、そんな風に思いながらにやにやと見つつ、背を押されるそのままに歩き始めた。

 

 ここで、この大江戸学園のその大きな特徴の一つとして、学園全体の運営のその全てを、生徒達の自治によって行なっている、と言う点を上げてみたい。

 

 十万人の全生徒のその頂点に立つ、いわゆる生徒会長職である生徒大将軍をその筆頭とし、参謀役である副将軍と、会計として財政を司る老中や書記である御側御用人、武術系運動部をまとめる剣術指南役といった面々によって構成される、世間で言うところの生徒会である『幕府』がその中心となって、島内全土の運営から治安の維持にいたるまでのその全てを、生徒達自身の手で行なっているのである。

 その組織の一つ、主に街中の治安維持を担当する部署に、奉行所というものがある。これは、島全体を北と南の二つに区分した上で、それぞれの地区でそれぞれに治安を守る、要は学園の風紀委員のことであり、端的に言えば警察署と裁判所が一つになった、そんなような組織だと思えば分かりやすいだろう。

 

 青山九狼はその北と南の奉行所の内、南の奉行所に所属する与力―南町奉行所のトップである南町奉行、逢岡想(おおおかおもい)のその直属の部下―という立場にある、甲級の生徒であり剣徒でもある二年生である。 

 

 なお、剣徒というのは、大江戸学園の生徒の中でも、一部の家柄の生徒や、剣術等の能力に秀でた生徒などの、帯刀、すなわち腰に刀を帯びる権限を与えられた者の事である。もちろん、刀とは言え刃は潰してあるので、実際に人を切る事は出来ないが、それでも、刀自体は鋼鉄製であるため、当たればかなり痛い事には違いはないが。

 

 九狼は家柄こそ普通の一般家庭の出だが、剣の腕であれば十分に人並み以上の実力を持っており、学業面においても十分優秀な成績を収めているので帯刀を許可されている、と言うわけである。もっとも、彼自身は余りすすんでその剣を振るうことはせず、一朝事があってももっぱら口八丁手八丁でことを為すことが多く、その上、普段のその飄々とした態度や、剣徒らしからぬ柔和な物腰も手伝い、陰では『昼行灯』などと呼ばれて居たりもするのだが、九狼自身はその事をまったく気にもしていない。

 

 「全部本当なんだから怒ったって仕方あるめいよ。それにおいらぁ別に、昼間の灯りも嫌いじゃあねえしな」

 

 と言うのが、彼自身の素直な言である。

 

 一方、黒門一丸は乙級二年の生徒で、九狼が直接その手で雇っている、岡っ引きである。

 ちなみに岡っ引き、というのは、九狼のような与力や、その下の役職である同心などの奉行所に籍を置く人間が、未だ正規の役職に就く事の許されていない乙級の生徒達を、個人的にポケットマネーで雇っている協力者の事を指す。

 明朗快活で威勢の良い、元気という言葉が服を着て歩いているような、そんな性格の彼だが、乙級の生徒とはとても思えないほどしっかりしており、何かにつけてサボろうとする九狼を平然と叱り付け、その手綱を見事にコントロールして見せて居る。

 ただし、そんな一丸にも一つだけ、欠点がある。それは、彼が大の甘党である、と言うこと。ケーキ等の洋菓子に限らず、大福や団子などの和菓子にも当然目がなく、九狼から時折それを引き換え条件に出され、結局折れてしまうと言うこともしばしばあったりもする。

  

 「別に甘いものに釣られたわけでは無いですが、まあ、少しぐらい気を抜く事も、お勤めの内ということにしておきましょうか」

 

 以上が、大体彼が九狼に折れた時の決まり文句である。

 

 

 所変わって、ここは学園のとある一角にある、【ねずみや】という屋号の茶店。

 

 大江戸学園の教育方針の一つとして、生徒一人一人の自立心を養うという目的によって、島内での生活は全て自給自足とする事が、校則によって義務付けられていると言う点がある。

 この学園に在学中、全ての生徒は何がしかの手段、たとえば商売などを行なうことによって、日々の生活の糧をみずから稼がなければいけない事になっており、この喫茶ねずみ屋もそういった生徒によって経営されるうちの一軒で、学園内にある店舗の中では食事の味は勿論のこと、ここを経営する三人の女生徒、子住(ねずみ)三姉妹の魅力もあいまって、今ではかなりの人気を誇っている店である。

 「あー、退屈だあ~。なーんか面白いことないかなあー」

 そのねずみやの店内の一角で、テーブルに両肘を着けて大きくため息を吐きながら、そんなことをこぼしている青年が居た。まったく手入れをしていないのか、その根元で無造作に束ねた長い黒髪はぼさぼさ。着ている制服もかなり着崩した着方をして居る上に、その上に羽織る紺色の羽織は本当にただ肩にかけているだけ、と。一見して相当だらしない姿に、周囲の人間からは見て取れているだろう。

 「そんなに退屈だったら、何かしらお仕事でもしたらどうですか?退屈の若様?」

 「おお、由真ちゃんか。……仕事、ねえ。……面白くない」

 紅茶のカップを傾けながら、退屈という言葉を連呼していたその彼の直ぐ傍に、この店の店員である薄い赤毛の少女、子住由真(ねずみゆま)がお盆片手に寄ってきて、その彼の事を退屈の若様と呼びながら声をかけた。

 その由真の声に対し、青年はほんの少しだけ考えるような顔をした後、いともあっさりと面白くないの一言で返して見せた。

 「またそれ?ほんとにいいご身分ですこと。まあ、本土でも徳河に並ぶ屈指の財閥、早乙女家の次男坊さんである早乙女柾棟(さおとめまさむね)さんからしてみれば、世の大抵の事は面白くないんでしょうけど」

 「あ、由真ちゃん、お茶、おかわり」

 「……はいはい。ま、お代はきちんと頂いている以上、こっちとしてはそんなにとやかく言う気はないんだけどね。おねえちゃーん、アールグレイ、退屈の若様が追加よー」

 由真の嫌味というか皮肉なような台詞などまったく気にすることもなく、その青年、早乙女柾棟は紅茶のお代わりを由真に頼み、その由真が厨房へと引っ込んでいくのを横目で見送った後、再び退屈だとか何か面白いことはないものか、などとぼやき始める。

 

 こんな調子の彼、早乙女柾棟であるが、先に由真が少し語ったように、本土ではこの学園の創始者である徳河家と並び称されることもあるほどの大財閥である早乙女家の次男であり、一応、将来的には財閥の中心を担う事になるはずの人物である。

 彼自身も、学園入学当初はその責任と義務を十分に認識し、いずれは実家の役に立つ、そんな心積もりでこの大江戸学園に入学、一時期は生徒大将軍である徳河吉彦の、その直属の部下として動いていたこともあった。

 しかし、今からほんの少し前、その将軍である徳河吉彦が突如として巨額の公金を横領、そのまま行方不明となってしまうという事件が起きた。

 その時、柾棟も幕閣の一員として、事の真相と将軍の行方を探るべく懸命に動いたのであるが、結局、両者ともに終ぞ発見することは出来ず、将軍の側近だった彼は己の無力さを心底痛感し、役職をすべて辞して、一浪人として日々の学園生活を送り始めた。

 そんな事情をよく知ってか、実家のほうも彼への仕送りの送金を止めるということをせず、毎月多額の生活費が彼の元へと送られ続けているため、柾棟自身は生活には一切困っていないが、それも手伝って日々の刺激というものからは完全に縁遠い状態となってしまった彼は、いつの間にか退屈だというその台詞が口癖になり、周囲もそんな彼を揶揄して、退屈の若様、と呼ぶようになっていた。

 

 「……ほんと、つまらない事だらけだぜ、あのお人好しが居なくなってこっちよ……。吉彦の奴、一体どこ行っちまったんだろうなあ……」

 テーブルに肩肘をついたまま、自分の額に触れつつポツリと呟く柾棟。彼が触れたそこには、少しばかり目立つ一筋の傷がある。前将軍徳河吉彦が在位していた頃に、とある理由からその将軍自身手によって付けられた傷である。 

 「……いつか必ず見つけ出して、あの時のこいつのお礼、返してやらないとな……」

 

 そんな事を、由真が再び運んできたアールグレイの紅茶をすすりつつ、今は行方の分からない親友の顔をその脳裏に浮かべながら、どこか寂しげな目をして、誰に言うとでもなく呟いていた彼であった。

 

 

 

 場面はここで三度、別の場所へと移る。

 大江戸学園には多くの有名会社や財閥といった、富裕層の子女が多く通っており、そういった生徒たちは一般の生徒達が住む場所とは少し離れた区画にある高級住宅、武家屋敷にその居を構えている者がほとんどである。 

 

 「ほな、今回の取引はこれで成立ですな、詩乃(うたの)はん」

 「ええ、ご苦労様でした、越後屋さん」

 『ヒ~ヤ』

 

 その武家屋敷が立ち並ぶ、武家屋敷街の内の一軒の屋敷内にて、とある交渉ごとを持っている二人の女性との姿があった。

 片方は学園指定の制服を、最早原型をとどめて居ないほど、胸元は顕わに、丈は超が着くほどに短く、色気満点な物へと改造してしまっている、とにかく、派手という言葉が良く似合う出で立ちをした、金髪に何本もの(かんざし)を身につける、越後屋と、会話相手から呼ばれた女性。

 もう一人、その越後屋から詩乃と呼ばれた、極普通の制服の上に白く長い羽織を羽織った、少々小柄な細面の黒髪の少女。ちなみに、その彼女の上には何故か、まんまるな体型をした、猫?らしき動物が一匹のっかっていて、先ほどのはその猫?の鳴声だったりする。

 

 「それじゃ、お買い上げの品は明日にも運ばせますよってに。そちらもお支払いの方、よろしく頼みます」

 「ふふ、分かってますよ。全部で十五万エン、明日にはお届けにあがります」

 「はい。ほんなら、ウチはこれで。アツヒメも元気でな?また今度来るときには、大好物のちくわ、持ってきますさかいに」

 『ひやあ♪』

 

 ちくわ、と言う単語が越後屋の口から出ると、詩乃の頭の上で舟を漕いでいたその猫?が、あるのか無いのか良く分からないその瞳を輝かせ、部屋を立ち去る越後屋の背に、かなり嬉しそうな鳴き声をあげて送った。

 

 「良かったわね、アツヒメ。山吹さんは一度言った事は必ずしてくれる人だから、次の取引の時が楽しみね」

 『ひーあ~♪』

 

 先ほどの話し相手である女性、大江戸学園では知らない者は居ない大商人、越後屋山吹のその律儀さを彼女は良く知っている。特に、こと商売がらみとなれば尚の事、越後屋山吹と言う女性は、信頼と言う商売人にとっては最大の利益を生むそれを、絶対に疎かにする事は無いことを。

 

 ちなみに、先ほど詩乃が言っていた金額の単位、『エン』は、島内でしか使えない、島内だけの通貨の事である。とはいえ、本土でもインターネットショッピングを使えば、極僅かだがエンが使用できるサイトがあり、本土から個人的に商品を取り寄せる事も、可能といえば可能である。

 『エン』は1エン小判という、これはトクガワニウムと呼ばれる特殊金属で出来た、金色に輝く小判状の形状をしている。少々重く、かさばるのが難点ではあるが、お金の大事さを重量で知ってもらうという、学園の基本方針によって、あえて小判という形をとっている。なお、貨幣価値は1エン=1円である。

 

 閑話休題。

 

 

 

 「詩乃嬢?山吹さんは帰ったんですか?」

 

 越後屋が部屋を退出してから数分後、詩乃が一人と一匹で茶を飲んでいる所に、一人の青年がひょっこりと顔を出した。制服を少し改造した、紺を基調とした着流し姿に、深い青色フレームの眼鏡という、その髪の色の蒼に合わせて同色系統に、その出で立ちを纏め上げていた。

 

 「ええ、今しがた。(あおい)くんは、今日の分の作業は終ったんですか?」

 「ええ、たった今。じゃ、僕も今日はこれで帰らせてもらうよ。明日はまた、別の所の仕事に行かないと行けないんで、次に詩乃嬢の家の番が回ってくるのは、十日後になるかね」

 「分かったわ。長屋の皆さんにも宜しくね。……それはそうと、蒼君?」

 「なんです?」

 

 蒼、と。詩乃にそう呼ばれた青年が部屋を出ようとしたところを、その彼女が不意に呼び止め、蒼はその彼女に視線だけを向けて応えた。

 

 「……何時まで“偽り”の生活を続けるつもりです?」

 「……またその話か。何度も言っている通り、僕はここではずっと、岡崎蒼のままで居る。入学時にそう言ったはずでしょう?天上院詩乃さん」

 「……」

 「……本土に戻ったら、どうせまた、嫌でも世間のしがらみに縛られなければいけなくなるんだ。学生で居られる今の内ぐらい、自由気ままに過ごしたいんです。……お話はそれだけですか?じゃ、僕はこれで」

 「蒼七郎(そうしちろう)さん!」

 「……今の僕は岡崎蒼。松平蒼七郎じゃあありません。……それじゃ」

 

 自分の事を久しぶりに“本名”で呼んだ詩乃に、そう冷たく吐き捨て、蒼は二度と振り返る事無くその場から去っていった。

 

 「……本当に、困った人ね……。例え本人がどれだけ否定しようとも、松平の、徳河の命運からは逃れられないのに……。そういう意味では、私も同じだけど……ね」

 『ひ~あ~……』

 「あ、ごめんね、アツヒメ。剣魂(けんだま)の貴女に要らぬ心配をかけていたら、ご主人様失格よね」

 『ひあ~』

 

 あまり気にするな、とでも、そのまん丸な猫こと、詩乃の剣魂であるアツヒメは言っているのだろう。それはもちろん、主人である詩乃の事であると同時に、蒼の事も含まれている事は、想像に難くない。

 

 ところで剣魂とは何か、であるが。

 徳河財閥の科学の粋を集めて開発した、剣徒達の中でも一部の者だけが持つ事を許される、剣徒の為のサポートマシンのことで、学園島の中央に聳え立つスカイツリーから発せられる、特殊な粒子で形成されたナノマシンの集合体が、剣の柄に登録してある剣魂コードによって、様々な姿の、様々な特徴を持った生物の姿を形成しているのが剣魂である。

 

 基本的には知能が高く、人の言葉も十分に理解し、主人を的確に補佐するのがその役目なのだが、個体ごとにその差異がかなり激しく、剣魂によっては主人の言うことを全く聞かない、そんな個体も中には居たりする。

  

 

 

 詩乃の屋敷を出た岡崎蒼は、自宅のある長屋へと向かっていたが、途中、まだ食事を済ませていなかったことに気付き、軽食でも済ませておこうと思い立って、その道中にあるねずみやへと足を運んでいた。

 

 「あれ?青山様に一丸君じゃあないですか」

 「お?蒼か。こいつぁ珍しい所で会うもんだ。仕事帰りかい?」

 「ええ、まあ。そんな所です。あ、由真ちゃん。ケーキセットと紅茶を一つ」

 「はーい」

 

 店内に偶然居合わせた九狼と一丸のコンビと軽く挨拶を交わし、蒼はそのすぐ隣に開いていた席へと座って、ウェイトレスである由真へと注文を伝える。

 

 「はあ~……。この新作ケーキ、ほっぺたが落ちそですよ~」

 「相変わらず、幸せそうに食べますね、一丸くんは。でも良いんですか、二人とも?こんな所で油売ってるのをお奉行様に知られたら、後で雷が落ちるかもしれませんよ?」

 「なあに。そん時はそん時さ。人間、働いてばかりじゃ、息が詰まるってもんよ。なあ、イチ?」

 「むぐむぐ……(コクコク)」

 

 至福の表情を顔に浮かべたまま、ケーキを口の中で咀嚼しつつ、九狼の言葉に頷く一丸を、蒼はやれやれと肩をすくめて、呆れた笑顔で見る。

 

 「で?あそこに居る御仁は何を?」 

 「……いつもの病気じゃあねえのかい?」

 「ああ。いつもの病気ですか……」

 「……誰が何の病気だって?人聞きの悪い事は言わないで欲しいものですね、青山の旦那」

 「病気だろ?……“退屈病”っていう名前のよ?」

 

 少し離れた入り口付近の席に居た柾棟が、九狼と蒼の台詞を耳ざとく聞きつけ、彼らの座る席の近くへと軽い足取りで近づいて来た。

 

 「むぐ。……退屈殿のそれは治しようが無い、不治の病のような物なのは、学園に居る生徒なら誰でも知っていることなのです」

 「言うねえ、この乙級くんは。特効薬ならあるぜ?ただし、めったに見つからないけどな」

 「お前さんの言うそれは、特効薬なんかじゃあないだろう?せいぜい、一時しのぎ程度だろ」

 「退屈の若様を治す薬は、この世のどんな名医も生み出せやしませんからね。若様の興味を刺激するような面白いことなんて、そう起きるものじゃあないですから」

 「当然ですね。南町と北町、二つの奉行所があるこの島では、めったな事じゃあ大きな事件などおきませんから」

 「それはまあ、違いないんだけどな。……はあ、なんか面白い事件でも起きないかなあ?例えばこう、世直しを気取った悪党どもが、学園中で一気に暴れだすとか」

 『……』

 

 九狼たちのみならず、周りに居た他の客や、店員である子住三姉妹も含めたジト目が、そんな物騒な発言をした柾棟へと、一斉に無言のままに集中。それに気付くやいなや、居心地の悪くなった柾棟は勘定をさっさと済ませると、逃げるようにねずみやを後にしていった。

 

 

 

 それから少しばかり経って、九狼と一丸のコンビも再び巡回へと戻っていき、店内には蒼と他の客達だけとなった。

 

 「……世直し、か。……吉兄が将軍の座に健在のままだったら、そんな言葉すら出てこないだろうにな……。って、僕は何を考えてるんだか。……今の俺はただの岡崎蒼。それ以上でもそれ以下でもない」

 「あ、ねえねえ、蒼。あんたさ、知ってる?近々、この学園に転入生が来るって話」

 「転入生?それはまた珍しいね。……確か一番最近の転入生って言ったら、天上院の詩乃さんまで遡らないと居ないんじゃ」

 

 大江戸学園は基本的に、本土の学校からの途中編入と言うのは、よほどの事でもない限り、受け入れられる事すらない。それなのに、今度この学園に、久方ぶりの転入生がやってくると言う。それはつまり、それなりの身分に居る者か、あるいは相当に優秀な者であると言うことになる。

 

 「ま、なんにしても僕には関係ない話さ。……お代、ここに置いておくよ。ご馳走様。結花さんにも、ケーキセット美味しかったって、伝えといて」

 「あ、ちょっと、蒼!……もう、相変わらず、周りの変化には全然興味を示さないんだから」

 

 背後から呼び止める由真の声を意図的に無視し、蒼はそのままねずみやを出て、自宅のある長屋へとその帰路に着いた。

 

 この時。

 

 由真の言ったその転入生が、彼や九狼、一丸に柾棟といった面子のみならず、学園の生徒達のその全ての、閉ざされた空間とも言えるこの学園島の、停滞し淀んでいた空気を大きく動かす事になる、その切欠となる人物になろうとは、この時の蒼には到底想像だにすら出来ていなかった。

 

 そう。

 

 物語は間も無く動き出す。

 

 秋月八雲と言う名の一人の青年。

 

 何の取り得も無い、ただ、一生懸命なだけのその青年の、愚鈍ながらも真っ直ぐなその意思が、全ての歯車を大きく動かし回し始める。

 

 半年。

 

 それだけの時間が過ぎた時、もう一つの、天下御免の物語は、その幕を上げる事になるのである。

 

 

 

 次回

 

 あっぱれ!天下御免異聞帳、第一幕。

 

 『ようこそ華の大江戸へ』

 

 続く

 

 

 ……と、思います(笑)

 

 

 

 と、いうわけで!

 

 やっちゃいました、恋姫以外の新しいssシリーズ!

 

 あっぱれ!天下御免異聞帳、ここに開幕で御座います。

 

 さて、今回のこのssですが、原作の流れを基本そのままに、オリキャラたちの視点を重視した、もう一つのあっぱれ!天下御免のお話と言う感じで、今後構成して行こうと思っております。

 

 で、そのオリキャラたちなんですが、実は恋姫ラウンジにて交流をさせていただいている、一部のユーザーさんと作者自身の名前を使ったキャラクターとなっております。

 

 そして参加と言うか、お名前を使わせてくれたユーザーさんは、以下の方々です。

 

 一丸さま。

 

 BLUEさま。

 

 劉邦柾棟さま。

 

 うたまるさま。

 

 以上、順不同。

 

 キャラの容姿はほとんど作者の創作ですが、ただお一人、BLUEさんのキャラクター名と容姿だけは、ご本人さんが書かれている方の、あっぱれのssに登場する分身さんを使わせてもらいました。 

 

 それ以外はもちろん、原作にあわせて、キャラの元ネタは時代劇から作りました。

 

 誰が何の作品がモチーフになっているか、正解は近いうち、キャラ設定でも書いて公表しようと思っておりますが、多分、大体の人には分かってしまうかもしれません。

 

 さて、全部分かるかな?www 

 

 まあ、これの更新は気が向いたら程度にと思ってますので、仲帝記が詰まったときにでもプロットを練りつつ、ちまちまやっていこうと思ってます。

 

 それでは皆さん、次回こそは、仲帝記の幕間にてお会いしましょう。

 

 再見~!  


 
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