No.402486 あやせたんの野望温泉編 京介side2012-04-04 00:50:50 投稿 / 全8ページ 総閲覧数:3897 閲覧ユーザー数:3687 |
正月が明けての1月3日、午前10時。
俺は館山行きの列車の中にいた。
「タクよぉっ。千葉でか過ぎだっての。電車乗るのに1時間近く待たされて、更に1時間半移動とかって普通に海外行けるだろこれ」
寝坊し電車に乗り遅れてスケジュールを狂わせた癖に偉そうに被害者ぶりながら大股で赤のレースパンツ丸見えの姿勢で頬杖ついて座っているチンチクリン生意気女と共に。
「……加奈子の奴、最近はもうちょっと大人になってくれたと思ったんだがなあ」
俺は旅の同行者来栖加奈子を見ながら大きく溜息を吐いた。
あやせたんの野望温泉編 京介side
受験を直前にしての小旅行のきっかけはあやせからの1本の電話だった。
俺は深く眠りに落ちていた状態から大きな着信で飛び起きて受話器を取ることになった。
「おぉ~う。あやせか~? あけましておめでとう」
ディスプレイの表示にはマイラブリーエンジェルと出ている。
『あけましておめでとうございます。って、お兄さん、何かとても眠そうですね。声が半分死んでますよ』
「眠そうっていうか、寝てたんだよ。電話で起こされたんだ」
大あくびをしながらラブリーエンジェルに答える。
大晦日の晩、俺は突如部屋に押し掛けて来た桐乃に強引に初詣へと連れて行かれた。
しかも近所でぱっぱと済ますのではなく、電車に乗って成田山まで連れて行かれた。全国初詣参拝者数で毎年ランキングする場所にだ。
おかげで参拝するだけで2時間も待たされた。しかも妹に待っている間、ひたすら話し続けることを強いられた。そして話がつまらないとダメだしを出され続けた。
俺はただ、心穏やかにさだまさしのトークを聞いていたかったのに……。
結局家に着いて眠りに就いた時はもう4時を過ぎていた。で、ボロボロになって寝ていた所にあやせから電話が掛かって来たという訳だ。
桐乃に続いて今度はあやせが俺の平和な正月のエンジョイを邪魔する。
俺の知っている女子中学生はパネェほどこの高坂京介を痛め付けてくれる。
「で、用件は何なんだ?」
きっとろくなもんじゃない。あやせから電話が来る時は不幸の前兆。それはもう経験則でわかっている。けれど、あやせだから聞いてしまう。だってマイエンジェルだから。
我ながらバカだなと思う。今年こそはコイツの要求を断固断るようにしなければ。
よしっ、何を言われても絶対に拒否してやる!
『お兄さん、わたしと一緒に旅行に行きませんか?』
「あやせっ! 俺は一生お前を幸せにすると誓うっ!」
クッソォっ!
あやせの卑劣な誘いには乗らないと誓った瞬間にお泊まりイベントの誘いが来るだなんて。今から生まれてくる子供の名前を考えるしかないじゃねえかっ! 進学やめて就職だ。
「さあっ、あやせっ! 元気な女の子を産んでくれっ! 俺たちの子供に男は必要ない!」
美人妻と美少女娘に囲まれた生活。それこそが俺が求める理想郷だったんだぁっ!
ガチャン……って、あやせの奴、いきなり電話切りやがった。
『お兄さん、反省しましたか?』
電話を掛け直してきたあやせの声は果てしなく冷たかった。
「…………はいっ」
やっぱりもう、あやせにテンション上げるのはやめよう。
うん、あやせに対して興奮していると自分の大事なものを全部なくしてしまう気がする。
2012年の抱負はあやせたんに引っ掛からない。これに決めた。
『……そういう言葉は録音機を仕込んでいる時に言ってください。すぐに父に提出して2人の結婚を認めてもらいますから。後、女の子ですね。わかりました。努力します』
あやせは小さな声で何かを呟いた。
「何て言ったんだ?」
『お兄さんは年が明けてもセクハラ三昧で最悪ですって呟いただけですよ』
「そうか……」
あやせたんは相変わらず俺に厳しい。この女が俺に靡くことは100%ない(断言)。
もう、夢を見るのはよそう(決意)。あやせたんルートフラグは完全消失だぜ(決定)。
「それで、一緒に旅行ってどういう意味だ」
あやせが思わせぶりな話を持ち掛けてくる時は大抵面倒くさい裏がある。
『実は、明後日から1泊2日でわたしと加奈子とブリジットちゃんたちモデル仲間で館山の温泉に慰安旅行に行くことになったのですが』
「ほぉ~」
現役美少女学生プロモデルの温泉慰安旅行。こんなエサを提示するぐらいだから相当ヤバイ思惑が裏に隠れているに違いない。
『それで、中学生と小学生だけの旅行はまずいということで事務所のマネージャーに同行をお願いしました。ですが、日程の都合が合わなくて……』
「で、代わりに白羽の矢が俺に立ったと」
『はい。加奈子から前のマネージャー、つまりお兄さんが良いと強烈な要請がありまして』
「なるほど」
あやせの話は一見道理に基づいている様に聞こえる。けれど、だからこそおかしい。この話はあまりにも綺麗過ぎる。絶対に裏がある。
「けどよ。俺があやせたちの旅行に同行なんかすると知ったら桐乃がプチキレないか?」
妹はいまだに俺があやせと話したというだけで物凄く不機嫌になる。桐乃の友達の旅行に同行するなんてなれば俺の命はないに違いない。
『バレなきゃいいんですよ♪』
「お前今、何気なく俺に責任を転嫁しただろう?」
桐乃にバレたら自己責任ってか。俺からバレなくても、加奈子やブリジットちゃんから秘密が漏れる可能性は十分にあるだろうが。あやせは俺が死ぬのを期待しているのか?
やっぱ、行くの辞めといた方が無難だな。
『実はその宿、混浴露天風呂が存在していまして』
「あやせたんはズルいぞっ!」
健全な成年男子がですよ。美少女たちと旅行、しかも混浴なんて提示されたら断れる訳がないじゃないですかっ!
……いや、どう考えてもこれ、罠だよな。あやせの性格的に言っても。
「どうせあやせのことだから、俺が混浴風呂に入った瞬間にスタンガンで感電死させるつもりなんだろ?」
あやせが最初から俺を殺すつもりなのだと仮定すれば、俺が誘われた理由は説明が明白になる。
温泉イベントともなれば俺を死刑にする材料には事欠かないだろう。うん、納得だ。
『そ、そんな酷いことをわたしがお兄さんにする訳がないじゃないですかっ!』
あやせが批難の声を上げる。けれど、俺にはそんなあやせの声が信じられない。
「今まで何度も何度も全く手加減なしのハイキックやスタンガン攻撃を食らわしてくれたあやせたんの言葉とは思えないな」
『あ、あれは全部お兄さんが悪いんじゃないですか。わたしにセクハラしたりするから』
「まあとにかく今回の件は縁がなかったということで」
受験は待ってくれないからな。俺も正月だなんてのんびりしてられない。
『こ、今回は特別です。お兄さんが真面目に仕事をして下さるなら……その、混浴温泉に入っても良いですよ』
「えっ?」
あの潔癖症あやせが俺の混浴入りを認めた?
いや、騙されるな高坂京介っ!
「どうせあやせたんは混浴には入らないんだろ?」
俺だけ混浴湯に入って、加奈子たちに軽蔑の視線を送らせるつもりに違いない。
『お、お兄さんの頑張り次第では…………わたしも、混浴のお風呂に入ろうかな……』
「あやせたんは……ズル過ぎるよ…………是非、わたくしめに同行させてください」
俺は泣いた。泣きながら話を承諾した。
きっと罠に違いなかった。100%罠に違いなかった。でも、受けずにいられなかった。
あやせたんとの混浴をエサにされては断るなんて男としてできなかった。例えどんな惨めな最期が待っているのだとしても。
『……お兄さんさえきちんと告白してくださればわたしはいつだって一緒にお風呂オーケーなんですけどね。本当、バカで鈍感なんだから』
あやせたんは小声で何かを愚痴っていた。でも、それは俺に聞こえなかった。
ただただ泣きながらあやせたんの依頼を受けた。
これが俺があやせたちの旅行に同行することになった経緯だった。
女の子と2人で長時間の移動というのは結構面倒だ。
麻奈実のように一切気を使わなくて良い相手なら何も困りはしない。
妹相手ならムカつくことは多くてももう慣れている。
夏の黒猫のように彼女だったら移動時間も楽しい。
けど、相手が自分とあまり接点のない年下の少女だとどうにも時間を持て余す。圧迫感を感じる。
本当、現状は黒猫とのデートの時と正反対の気分だ。
「……そういえば黒猫のヤツ、一体どうしているんだろうな」
年末年始、黒猫がどこかに誘ってくれるんじゃないかと密かに期待していた。けれど、その根拠もない期待は結局実ることはなかった。
俺の方から何度も電話とメールを入れてみた。けれど、返信はなかった。
「……新しい学校で、彼氏出来ちゃったりしたのかよ」
黒猫に俺以外の彼氏。その可能性を考えるともの凄く憂鬱になる。
けど、アイツ、根は純情だし、邪気眼な部分に目を瞑れば凄く可愛い。黒猫の本当の良さをわかる男が現れたって不思議じゃない。
俺と黒猫は夏の終わりに別れて以来曖昧な関係のままだし、年末年始を機に他の男が出来たとしても……。
「ええ~いっ! やめやめっ! 美少女たちと旅行中だってのに暗いこと考えてどうする!」
頭を横に激しく振って黒猫のことは一時頭の片隅へと押しやる。
代わりに今の旅の同行者を何気なく観察してみることにする。
「タクッ。電車の長距離移動は楽じゃねえなあ」
加奈子はさっきから足を盛んに組み替えている。不用心なのかさっきから赤いパンツが丸見えだ。
目の前に座っているのが紳士な俺だからいいものの、他の人間だったらと思うとだらしなさ過ぎる。
チンチクリンなコイツに色気なんか感じない。ていうかパンモロは男の子的にアウトだ。
が、目の前に座っているのが真性のロリペド野郎だったらこのパンモロ状態はまずい。
注意してやらないとまずいよなあ。本当、ガキの子守は疲れるなあ。
と、加奈子の瞳が俺をロックした。
「あのよぉ」
加奈子が思い詰めたような言いにくそうなコイツらしくない表情で口を開いた。
「なあ、京介はホモなのか?」
俺は思わず口の中に含んでいたお茶を加奈子に向かって吹き出した。
「グエホェッ! ゲホェッ!!」
「汚ねえなあっ! 顔に少し掛かっちまったじゃねえかっ!」
加奈子は自分の口の周りに飛んだお茶を舌で拭き取りながら俺を睨んだ。
「んあこと言ったって、お前が俺をホモかなんて事実無根のことを言うから驚いたんじゃねえか!」
「だ、だってよぉ」
加奈子は柄にもなく頬を真っ赤に染めた。
「こんな可愛いJCと車内で2人きりだって言うのにオメェ全然意識してねえし」
「あのなあ、俺は仕事で来てるんだぞ。女の子と2人だからって浮かれてられねえよ」
それ以前に、もうじき高校生になるのにどう見ても小学生にしか見えない加奈子と2人きりっじゃなあ。あやせだったら大興奮だろうが。
「そ、それによぉ」
加奈子の顔中が真っ赤に染まった。
「み、見たんだろ?」
「何をだよ?」
加奈子は俯いた。
「あ、あたしの……」
「あたしの?」
「だからあたしのパンツだよ、パンツッ! あたしの勝負パンツを京介は見たんだろっ!」
加奈子が立ち上がりながら吠えた。
「見た……つうか見えてたな」
あんだけ大股開いてりゃ目を塞いでない限り嫌でも見えてくる。
「じゃ、じゃあ! 何かないのかよ!」
「何かって?」
加奈子は何が言いたいのだろう?
「JCのしかもプロモデルの勝負パンツ見たんだぞっ! 飛び上がって天井を突き破るぐらいの喜びのリアクションがあっても良いだろうが!」
「そう言われても……加奈子のパンツじゃなあ」
小学生にしか見えないチンチクリンのパンモロ。おまけにこの捻くれた俺様女じゃなあ。
「あっ、だが同じ女子中学生のパンツでもあやせのパンツが見えたら喜び踊り狂って電車の窓から転落するかもしれないな」
しかし、そうは言ったもののあれだけ潔癖性で俺を警戒しているあやせのことだ。
俺にパンツを見せる気など100回生まれ変わってもないだろう。
それにもし、ミスでパンチラするようなことがあれば、俺の記憶がなくなるまで蹴る殴るを繰り返すに違いない。
よって俺があやせのパンツを記憶するようなイベントは論理的にあり得ない。
何しろあやせルートは俺に実装されていないからな。フラグのない子とはラッキースケベイベントは起きない(断言)。
「あやせのパンツだと喜び踊り狂うだと? フッザケンナぁあああああぁっ!」
「うぉっ!?」
突然加奈子が怒り狂った。加奈子は激しい剣幕で俺に近づき
「京介の馬鹿ぁああああああああぁっ!!」
「ぐっはぁああああああぁっ!?」
俺の右頬を思い切りビンタしやがった。
「オメェなんか大嫌いだぁああああああああぁっ!!」
そして泣きながら隣の車両へと走り去ってしまった。
「何なんだよ、一体?」
引っ叩かれた頬をさする。
「俺は加奈子を下劣な瞳で見てないって言っているのによぉ」
俺は頬をさすりながら加奈子が消えていった隣の車両をジッと見続けた。
館山駅に到着しても加奈子の機嫌は直らない。
というか、出会ったばかりの頃のように年上の人間を人とも思わないこき使いぶりを披露してくれた。
おかげで午後ティー1本を求めて知らない街を走り回る結果になった。
戻って来たら実は旅行の参加者だったらしい桐乃から跳び蹴りは喰らうしで本当に散々だった。
タダで高級温泉旅館に泊まれてアルバイト代もくれるというからつい誘いに乗ってしまった。しかし、俺は早くもこの話を後悔し始めていた。
やっぱり、敏感な年頃の少女たちの引率ってのは高校生の俺には荷が重い。
でもまあ、18歳以上が俺しかいないのだから愚痴っていないで頑張らないとな。
溜息を吐きながら気合を入れ直す。
桐乃と加奈子の機嫌を取りながら何とか全員で出発。
タクシーに乗ってしばらく移動してようやく俺たちは目的地の温泉宿に到着した。
「へぇ~。何て言うか、本当に趣のある所なんだなあ」
大きな木造平屋建てのその建物は、お金持ちや社会的地位のある人が使いそうな伝統と格式を兼ね備えてそうな重厚さを感じさせた。
本物の木の香りが俺をブルジョワゾーンを知らしめているとでも言うかそんな感じ。
「なあ、あやせ。こういう所って高いんだろ? 本当に俺たちが泊まりに来て良かったのか?」
ちょっとビビリ入って招待主であるあやせに再度確かめてみる。
「……実際は今回の旅行かなり痛い出費でした。お兄さん1分の1フィギュアと抱き枕特注で資金もかなりキツキツだった所に宿泊代、交通費、お兄さんのバイト代ですから」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でもありません」
あやせは激しく首を横に振った。
「父は、モデル仲間のみんなと親睦を深める手伝いになるならと喜んでいましたよ」
「それは良かった。あやせのお父さんに感謝だ」
正確には俺は仕事仲間じゃないが、まあマネージャーということで許してもらおう。マネージャーが男だと知られたらあやせのお父上さまはお怒りになるかもしれないが。
「え~と、今日の部屋割りですが」
あやせは玄関を前にして諸注意を始めた。加奈子や桐乃が旅館の中に入ったらジッとしていられない性格であることをよく理解している。
さすがだな、あやせ。
「今回、部屋は3つ取りました」
しかし、加奈子は既に旅館の外の景色を興味深そうに眺め始めている。すぐ近くが切り立った崖でその下が海だし、確かに眺めは良い。一昔前のサスペンス劇場のラストシーンで使えそうな立地だ。
桐乃は普段どおり真性(注:確かにその病気であるの意)のロリペド犯罪者の瞳でブリジットちゃんを嘗め回すように見ている。
あやせをあやせさまと呼んで恐れ敬っているブリジットちゃんだけがあやせの話を聞いている。必死に桐乃の方を見ないようにしながら。
「1つの部屋はお兄さんに使って頂きます。男性は1人だけですから決まりですね」
瞬間、8つの野獣のような鋭いギラギラと光った獰猛な瞳が俺を射すくめた。
食われるっ!?
野獣に襲われて食い散らかされる自分を想像した。俺は野獣を前にしてあまりにも無力な存在だった。抵抗する間もなく食い尽くされた。
けど、ここは日本の中。そんな恐ろしい野獣がいる筈なんてないよな?
まったく、俺も一体全体何を意味不明な恐怖に怯えているのだか。
「女子は4人なので2部屋に分かれますが……」
「はいは~いっ! アタシはブリジットちゃんと同じ部屋がいい~♪」
犯罪者が挙手した。犯行自白だろうか。ここ、近くに崖あるし。
「という訳でブリジットちゃんと同室は加奈子にします。桐乃はブリジットちゃんの部屋に入ることを禁止します。破ったらグーで顔を殴ります。こんな風に」
あやせのコークスクリューが桐乃の頬に決まった。ゴキッと鈍い音が響いた。
「やめてよっ! 顔はモデルの命なのよっ! 殴るならお腹にしてよ!」
桐乃の妄信的な支持者であったあやせも随分桐乃と対等に打ち解けるようになったなぁ。
うんうん。
「なあ、京介。オメェは兄として妹への暴行をどうとも思わないのか?」
「あやせたんに逆らったら俺まで殺されるだろ♪ 加奈子は止められるのか?」
「はっはっは。京介は無茶と無理の違いを知るべきだな」
うんうん。
「そういう訳で残りの一室はわたしと桐乃になります」
「本来そういう説明はマネージャーである俺がやるべきなんだろうが代役ありがとうな」
うん。俺は18歳以上ということで名目上の保護者で一緒に来ているだけだな、本当に。
チェックインを済ませ、3つの部屋へと案内される。
俺の部屋は思った通りに和室だった。しかも、部屋の中はシンプルな作りとなっておりテレビすら置いていない。中央に桧をくりぬいたっぽいテーブルが鎮座しているのみ。
しかし、その何もなさが却って金持ちの風格を醸し出している。まあ、そういう部屋だ。
さて、何をしようか?
「失礼します」
と、仲居さんが頭を下げながらふすまを開けて入って来た。
前髪を切り揃えた長い髪のその仲居さんは随分若い人に見えた。なんか、俺よりも年下に見える。
「ようこそおいで下さいました」
「えっ?」
その若い仲居さんの声には聞き覚えがあった。
いや、聞き覚えがあったなんてレベルじゃない。
それは夏の頃、毎日聞いていた声。俺を幸せへと導いてくれた声。秋になってからほとんど聞けなくなった声。
俺の驚きの声に反応して体をビクッと振るわせた仲居さんがゆっくりと顔を上げる。
そこにあったその顔は──
「黒猫……っ」
「京介……っ」
4ヶ月前に別れた恋人、五更瑠璃のものだった。
「何で黒猫がここで仲居さんしているんだよ?」
黒猫は橙色の旅館でよく見るような着物を着ていた。
「京介こそ、何でこんな高級旅館に泊まっているのよ?」
俺たちは互いに驚いた。黒猫なんか営業口調をやめてしまっている。
いや、でも、それぐらい驚いた。だって、年末年始とずっと会えなかった黒猫と突如再会してしまったのだから。
「俺は桐乃やその友達のモデル仲間の慰安旅行にマネージャーとして同行しているんだ。勘違いしないでもらいたいが仕事だかんな」
女子中学生と温泉旅行。わかってはいたものの改めて口にしようとすると危なすぎる。
「私だって冬休みの間、ここで住み込みでアルバイトしているだけよ」
黒猫も少し慌てた口調で答えた。
「そうだったのか。いや、年末年始に何度も連絡したんだが、全然通じなかったもんでさ」
「連絡……してくれたの?」
「ああ。その、年末とかお正月に会えないかと思ってな」
黒猫の頬が赤く染まった。
「その、家に携帯を忘れてきてしまったのよ。ここ、アルバイトはパソコンも使えないし。だから、貴方からの連絡を無視した訳じゃないのよ。わかって頂戴」
黒猫が訴えるような瞳で俺を見つめる。夏にいつも見ていた黒猫の澄んだ瞳だった。
「わ、わかってるさ。元気そうで、何よりだ」
黒猫に彼氏が出来たかもしれないと思って不安になっていた。そう口から出掛かったが、実際に口にしたのは別の言葉だった。
何故素直に言わなかったのかは自分でもよくわからない。ただ、それを今のタイミングで言うべきじゃないと心が警告を発したのに従った。
そして、その言葉の後に残ったのは室内の気まずい雰囲気だった。
どちらとも何も喋らないまま数十秒が流れていく。
「わ、私は仕事中だから、そろそろ戻るわね」
「お、おう……」
先に退散を告げたのは黒猫の方だった。
「用事があれば呼んで。そこのテーブルの上にのっているボタンを押せば私が来るわ」
「お、おう」
俺はテーブルの上のボタン、というか人を象った工芸品を見た。
「悪戯では呼ばないでよ。私、忙しいのだから」
「わかってるさ」
仕事の邪魔をするつもりはない。
「でも、どうしても私に会いたくなったら一度ぐらいなら自由に押しても良いわよ」
黒猫はポッと赤くなった。
俺はその顔に見蕩れてしまい、どっちなんだよ!とツッコミを入れられなかった。
「それから、貴方の妹たちには私がここでバイトしていることは言わないでよ。どう弄られるかわかったものじゃない」
「頼まれなくても言わないさ」
ここは何もない所なので、桐乃は探索に飽きたら誰か人間を弄り始めるに違いなかった。アルバイト黒猫は格好の餌食になってしまう。
それに、2人きりの秘密の方が何か素敵だ。
「それでは、ごゆっくり御くつろぎ下さい」
黒猫は頭を丁寧に下げて部屋を出て行こうとする。
そんな彼女に対して俺は咄嗟に出て来た言葉を紡いだ。
「着物姿も可愛いぞ」
「あ、ありがとう」
黒猫は顔を真っ赤にしながら出て行った。
「黒猫の登場で事態は更に複雑になったな」
黒猫の存在を桐乃たちに知られないように細心の注意を払わないといけない。
あやせは何か企んでいるに違いないし、加奈子と桐乃は不機嫌だ。
うん、苦労は多い。でも……
「黒猫は他の男と付き合っている訳じゃなくて安心したな」
ちょっとだけ嬉しくなっている俺がいた。
俺たちは3つの部屋に分かれて滞在している。
合同で何かやることを特に決めている訳ではない。一緒に観光に行く約束もしていない。要は自由行動だ。
更に部屋の中にはテレビすら置いていない。ゲームや雑誌、勉強道具まで置いてきた。
うん、早い話やることがまるでない。
という訳で他の面子の所にお邪魔してみようと思う。
いや、ただ遊びに行くんじゃないぞ。
マネージャーとして桐乃たちがおかしな行動をしていないか観察する必要があるからだ。
廊下に出て右手に進んだ部屋が桐乃とあやせの部屋。左手に進むと加奈子とブリジットちゃんの部屋になる。
廊下から外に出ると古風な和式庭園に繋がっている。庭園には大きな池もあるらしい。
更に外に出て行くと、先程見えた崖、そして海へと繋がっている。
そしてここは温泉宿なので温泉もちゃんと完備されている。
この個室にも小さな温泉の浴槽は存在するが、やっぱり大きな浴槽で体を思い切り伸ばしたい。
この宿には男女別々の室内大浴場と男女共用の露天混浴温泉があるらしい。
さて、どこに行こうか?
●右の部屋 *選択できません。あやせイベントをご希望の方は別売りのあやせ+(5,980円 税別)をご購入の上ふっかつのじゅもんをスタート画面で入力してください。
●左の部屋(桐乃+??? イベント)
●庭園(ブリジット+??? イベント)
●崖(加奈子 イベント)
⇒●温泉(黒猫+??? イベント)
「温泉に来ているのだからやっぱり温泉に行くのが正解ってもんだよな」
決して混浴温泉に男のロマンを求めている訳じゃない。温泉宿に来たら1日に3回は温泉に入るのが礼儀ってもんだろう。
温泉好きという自分を確立しながらダッシュで浴場へと向かった。
「混浴、いや、露天風呂に至るには……男湯、女湯の各湯から内扉を開いて屋外に出て歩いていけば良いわけだな」
温泉好きとして露天風呂への行き方を覚えるのは必須だ。やましい気持ちなんかこれっぽっちもない。純粋に温泉を楽しみたいだけなんだ、俺は。
だが、そんな純な俺を悲劇が襲った。
「清掃中、だと?」
木の立て札で流暢な字体で“清掃中”の文字が。
「温泉好きの俺がごく自然に混浴に入れるイベントが最初で蹴躓いた~~っ!」
どうしてこう、俺の人生はやることなすこと上手くいかないんだ……。
「浴場の前で何を大騒ぎしているのよ? これから1時間は清掃時間よ」
男湯の暖簾を潜って黒猫が中から出てきた。
黒猫は右手に掃除機を、左手にモップを持っている。どうやら今掃除を担当しているらしい。
「いや、ちょっとひとっ風呂浴びようと思ったら清掃中の札が出ていたもんでガッカリしてさ」
「女子中学生モデルとの旅行で着いた早々温泉、しかも混浴有りに入ろうだなんて……貴方、自分の欲望に忠実過ぎるんじゃないの?」
黒猫からナイフのように鋭利で氷のように冷たい視線が突き刺さる。
「な、何を言っているのかね、瑠璃ちゃんは。俺はただ、純粋に温泉を楽しもうと思ってだな……」
「ふ~ん」
黒猫の非難の視線変わらず。
だが、黒猫は5秒ほど俺を値踏みしてから大きな溜め息を吐いた。
「室内浴場は今私が清掃中だけど、露天風呂の方なら入っても良いわよ」
「マジでっ!?」
大声で瞬間的に反応してしまった。
「俺、混浴温泉に入って良いんっすか?」
黒猫さんに確認を取ってしまう。
「入りたければ入れば良いじゃない。貴方の望む通りの展開は訪れないだろうけど」
黒猫さんからゴーサインを頂いた。
「よっしゃ~~~~っ!!」
俺は黒猫の手を引っ張りながら暖簾を潜って脱衣場へと駆けていく。
「何で私の手を引いていくのよ?」
「嬉しいからに決まってるからだろっ!」
美少女に混浴温泉への進入を許可される。こんな嬉しいことは人生で他にあるだろうか? いや、ない(反語)。
「温っ泉~♪ 温~泉~♪」
「何でいきなり脱ぎだすのよ!?」
黒猫は顔を真っ赤に染めている。
「何故って服を脱がなきゃ温泉に入れないだろ」
ズボンに手を掛けて下ろす。パンツに手を掛けた所で隣から悲鳴が上がった。
「何で私がいる横で裸になろうとしているのよっ!?」
「おいおいおい。短い間とはいえ俺たちは恋人同士だっただろ。お互いの裸ぐらいもう抵抗なく見られる仲じゃないか。キラキラ~☆☆」
「私たちはそんな関係にはなっていないでしょうがっ! …………まだ」
黒猫は首まで真っ赤に染まっている。そう言えば黒猫はエッチなことにまるで免疫がなかったな。
そんな黒猫さんには俺から丹精込めた読者サービスをあげよう。
俺は躊躇なくパンツを地面へと下ろした。
「さあ、黒猫。ガール・ミーツ・サンだ」
両手を腰に当てながら背筋を反らして黒猫を誇らしく見る。
「えっ?」
今、黒猫には生まれたままの姿の俺が見えているに違いなかった(読者サービス)。
誇らしく、ひたすら誇らしく背筋を反らす。すると必然的に下半身が前へ押し出される感じになる(読者サービス)。
黒猫さんにはこれを契機に男の体の美学を知ってもらいたい。
「………………っ」
黒猫さんはタップリ30秒は固まっていた。
俺の体の隅々まで凝視され堪能されてしまっている。体の底からポカポカと体が火照っていくのを感じる。
これが、これが燃えってヤツなのかっ!?
俺の中にも熱血はあったと言うのかっ!?
年下の妹的元彼女に見せ付けて俺は今、新しい世界の扉を開こうとしていた。
「い、嫌ぁあああああああああああああああぁっ!!」
だが、新しい世界の扉は悲鳴によって閉じられてしまった。
「おいおい、ここは高級旅館なんだろ? 世界の美に触れたからってそんな大声出すなよ」
黒猫の肩に手を触れようとする。が、手を弾かれてしまった。
「そのミニマム・ポークビッツを早く閉まって頂戴っ!」
黒猫は涙を溜めながら怒っている。
「まあまあ。俺の荒れ狂う巨大海神リヴァイアサンを見たからってそんな興奮しなくても」
ニヤッとスマイルを浮かべてみせる。
「イヤホンと形も大きさもそっくりな汚いソレを一刻も早く閉まって頂戴っ!」
「お、おい。幾ら何でもその比喩は……」
男の尊厳を賭けて抗議しようと思ったその瞬間だった。
「京介の変~~態~~~~っ!!」
黒猫が持っていたモップが掬い上げる軌道を描きながら俺の股間に直撃した。
「ユニバ~~~スっ!!」
俺は、辿り着いた新境地の名前を叫びながらゆっくりと地に伏した。
「まったく、瑠璃さんは相変わらず雅も冗談も理解してくれないよな」
温泉に浸かりながら受けた傷の痛みを癒す。
リヴァイアサンへの直接攻撃を受けた後、俺は内股でフラフラと歩きながらやっとの思いで温泉へと退却した。
俺が男湯を通じて温泉へと撤退するまでの間、黒猫は終始険しい瞳で俺を睨んでいた。
邪気眼厨二趣味の癖にエッチなことにはまるで免疫も容赦もない。俺のリヴァイアサンが再起不能になったら将来困るのは黒猫の方かもしれないって言うのに。
「にしても、ここは流石に眺めが良いよなあ」
露天風呂からは眼下に海が見えた。1月ということで外気は冷たいが、寒さを忘れるぐらいに見晴らしが良い。
「混浴の重圧を跳ね除けて辿り着いた者のみがこの光景を見られるんだよなあ」
女にとっては男に裸を見られるかもしれないという危険性。男にとっては女の裸を見たがるスケベのレッテルを張られる危険性。そのリスクに耐えた者だけがこの桃源郷に辿り着けるのだ。
「……って、誰も来ないな」
温泉に浸かり始めてそろそろ30分になるが、誰も入って来ない。
あやせたち女の子は勿論のこと、男でさえもだ。
一体、何故?
と、黒猫とのやり取りを思い出す。
何故黒猫は堂々と男湯の暖簾を潜って出てきた?
その際彼女は何と言った?
『浴場の前で何を大騒ぎしているのよ? これから1時間は清掃時間よ』
うん? 後、1時間は清掃時間?
それってつまり……。
「しまったぁ~~っ! 清掃中の札が掛かっているから誰も入って来ないのか~~っ!」
破廉恥嫌いの黒猫さんが俺の混浴温泉入りを許可するなんておかしいと思った。
誰もやって来ないことを知っていたからこそ許可を出したのは、俺の元彼女は。
厳しいっすよ、瑠璃さん……。
「俺は裸の美少女に混浴で巡り会うことはないのか……」
急激に力が抜けた。
さっきまで輝いていた光景が急にくすんで見え始めた。
「人生なんて……こんなもんだよな。何を夢見てたんだか、俺は」
呆然としながら海を見る。
と、その時だった。
俺の耳は少女の声を探知した。
「わぁ~本当にお外にお風呂があるんだ~。すっご~い~」
少女の声は段々と近付いてくる。
「わたし、温泉って初めて~♪」
聞き覚えのある少女の声。俺は何の気なしに振り返った。
「「えっ?」」
俺の丁度目の前に立っていた少女。
綺麗なブロンドの髪を持つ少女はイギリスからやって来た美少女プロモデル、ブリジット・エヴァンスちゃんだった。
「あっ、えっ? 京介お兄ちゃん?」
ブリジットちゃんは日本の入浴文化をまだよく知らないのかタオルで体を隠していなかった。
要するにスッポンポン。全裸。
詳しく描写すると俺がアレな人と勘違いされそうなので簡潔に述べておく。
少しだけ起伏を持ち始めた将来有望そうな胸、その中心に存在する桜色、小学生少女な下の方もみんな見えてしまった。うん、見えてしまったのだから仕方ない。
え~と、どうするべきだろうか?
とりあえず警察に自主するべきか? 俺は小学生少女の裸を見てしまったと。
いや、ここは混浴なのだし俺に非はないはずだ。多分……。
「な、何で京介お兄ちゃんがここにいるの? ここ、女湯の筈じゃ……?」
体が硬直してしまったらしいブリジットちゃんは俺を見ながらプルプルと震えている。顔はちょっと泣きそうだ。
「え~と、ここは混浴露天風呂って言って男も女も入って良い温泉なんだよ」
「そ、そうなんだ」
頷いてみせるもののブリジットちゃんの体は震え続けている。
もしかしてブリジットちゃん、混浴が何だか知らなかったんじゃ?
あやせさん、その辺はちゃんと教えておいてもらわないと困りますよ。
俺、今、ブリジットちゃんの裸を無理矢理見ちゃった悪人的な位置に付きつつありますよ。でも俺、無実の筈ですよ。ここ、混浴っすから。
「それに、あのさ、今、お風呂は掃除中の筈なんだけど……」
とりあえず責任転嫁を図りたいと思います。何でも良いから自分の無実を訴えたいです。
何か俺の目、さっきからブリジットちゃんの体をロックオンしたままなのですが。
いえ、俺は桐乃とは違いますよ。洋ロリはぁはぁなんて決して考えていませんよ。
でもね、ブリジットちゃん。プロモデルだけあって本当に綺麗なんですよ。エロい意味じゃなくて純粋に。ええ。多分……。
「そう言えば……女湯の入り口に何か札があったけど、漢字が読めないからそのまま入ってきたんだよ。誰もいなくて気分良かったし」
「そ、そうだったんだ」
黒猫さ~ん。何で女湯の掃除してくれていなかったんっすか~?
おかげで俺はこんな素晴らしい喜劇、いや、社会的に死刑宣告されそうな悲劇体験を迎えてしまったっすよ。
「あの、京介お兄ちゃん……」
ブリジットちゃんがジッと俺を見た。
「えっと、何?」
何を、言われるんだろう?
「は、恥ずかしいから、あんまりジッと見ないで」
ブリジットちゃんの顔が真っ赤に染まった。
イカン。
これは俺の紳士ぶりが試されている。
ここでの回答を間違えると俺は、社会的にも生物学的にも殺される。
さあ、頭を捻って答えを出せ、高坂京介っ!
答えは……これだぁっ!!
「まったく、小学生は最高だぜっ!!」
アレッ?
何か俺、意図と反して大変な回答を出してしまったような。
「お、お、おお……」
ブリジットちゃんの体の揺れが酷くなった。
ヤバい。非常にヤバい。今、何かが終わろうとしている。
まずい。
ブリジットちゃんを止めないとっ!
俺は慌てて湯船から立ち上がる。
だが、遅すぎた。
「京介お兄ちゃんのエッチィ~~~~~~っ!!」
ブリジットちゃんの大声が屋外に響き渡る。ブリジットちゃんは両手で体を隠しながらその場にしゃがみ込んだ。
……終わった。俺の紳士人生。もう死にたい。
だが、まだどこまで堕ちるのかという人間の尊厳を賭けた最大レースが残っている。次にブリジットちゃんに叫ばれたら終わる。
俺の、社会的生命。世間に殺されてたまるかぁ~~っ!
俺は湯の中を懸命に駆けてブリジットちゃんへと近付いていく。後1歩でブリジットちゃんと接触できる。その地点まで近付いた。
俺は勝利を確信した。
だが、神は俺に厳しかった。残酷だった。俺を殺したがっていた。
「一体、どうしたのっ?」
神猫の異名を持つ少女が扉を開けて露天風呂の前へと駆け込んで来たのだった。
「「えっ?」」
硬直して固まる俺と黒猫。
さて、状況を整理してみよう。
俺は温泉に入っている。湯船にタオルを晒すような無粋な真似はしないので当然腰の手ぬぐいも取っている。
そして、立ち上がった状態で湯の中を移動していた。腿から上は水に浸かっていない。
結論。黒猫の位置から俺の美しい裸身は丸見えである。まあ、それは良い。ドンマイ。
だが続いて、もう一つ問題がある。
俺のごく目の前にはブリジットちゃんがいる。
ブリジットちゃんは裸だ。しかも両手で体を隠している状態でしゃがみ込んでいる。そして極め付けに悲鳴を上げてくれた。
この構図、見方によっては俺がブリジットちゃんを襲う、または無理矢理裸身を見せつけようとしているように錯覚してしまうのではないか?
事実とは全く異なる偏見がまかり通ってしまうのではないか?
いや、俺の元カノ、今でも愛している黒猫さんがそんな下衆な見解を抱くわけがないですよね。ねっ、瑠璃さん?
「京介……上がったら正座」
「はい」
言われた通りにお湯から出て石の上に正座する。
「覚悟は良いわね?」
「はい」
こうして長い長いお説教が始まった……。
「ちゃんと聞いているの、京介?」
「はい、聞いております」
お説教が始まってから1時間が過ぎた。
1月の真冬の空の下に裸で石上に正座はとても寒いです。後ろの温泉の熱気も暖房器具としては全然足しになりません。
「旅館のお姉さん……京介お兄ちゃんも十分反省しているし、あれは冗談だったんだからもういいよ~」
服に着替え直したブリジットちゃんの優しいお言葉がありがたいです。
「ちゃんと反省しているの?」
「はい、しております」
黒猫さんに向かって頭を下げること。それがこの卑しいわたくしめに出来る唯一のことでございます。
「まったく、外交問題にでも発展したらどう責任を取るつもりなの?」
「返す言葉もございません」
それにしても瑠璃さん、怒り方がパネェっす。堂に入っています。キレるという表現がピッタリの桐乃やあやせと違ってお母さんって感じのするお叱りっす。
「とにかく京介はこの一件の責任を取りなさい」
「はい」
きっと10年経っても20年経ってもこの構図は変わらないんだろうなあ。もう、そんな感じがヒシヒシと滲み出ています。
「京介お兄ちゃん、責任を取ってくれるの?」
「そうよ。貴方の裸を覗き、あまつさえあの男の粗末極まりないイヤホンもどきを見せられた苦痛の対価に何でもお願いしなさい」
「いや、だから、イヤホンは……何でもないっす」
何も言えねえ。言える余地がねえ。
「何でも? う~ん」
ブリジットちゃんは首を捻った。
「わたし、知ってるよ。こういう時、日本では男の人は責任取って女の人をお嫁さんに貰うんだよね。じゃあわたし、京介お兄ちゃんのお嫁さんになるね♪」
「「へっ?」」
俺と黒猫の声が揃う。
……ブリジットちゃんはまたとんでもない爆弾を落としてくれた。
えっと、この場合どう答えるべきなんでしょうか?
恐る恐る黒猫の顔を見る。
黒猫はプルプルと震え、そして爆発した。
「そのお願いだけは絶対にダメよっ!!」
黒猫は大声で叫びながら首を激しく横に振った。
「ふぇっ?」
ブリジットちゃんが驚いた表情を見せる。そんな少女に対して黒猫は無言のまま俺を睨んで来た。
えっ? 俺が理由を説明するんですか?
アイコンタクトを送り返す。黒猫さんは間髪入れずに頷き返した。
ブリジットちゃんが俺のお嫁さんになることを黒猫が断固拒否する理由。
ロリペドを問題にしているのではないだろう。それだったら黒猫が説明すれば済むだけのこと。じゃあ、他の理由となると……。
思い浮かんだ理由は1つだけだった。俺の願望と言った方が正しいか。
他に良い考えも浮かばないので俺はそれを素直に口にしてみた。
「俺とこのお姉ちゃんはもう既に結婚の約束をしているんだ。だからブリジットちゃんとは結婚できないんだ」
親指を立てながら歯を光らせた。
「え~~っ!? そうだったんだ~~っ!」
ブリジットちゃんは目を丸くして驚いた。
「じゃあ、お嫁さんの代わりにパフェをご馳走してください」
「ああ。お安い御用だ」
……俺との結婚とパフェ1杯は等価交換なのか? どんだけ安いの、俺?
いや、今はそれよりも、だ。
ゆっくりと首を横に向ける。
「わ、私と、京介が……既に結婚の約束…………プシュ~~」
黒猫はオーバーヒートしていた。全身真っ赤に染めながら湯気を噴出している。
よし、今がチャンスだ。
「よし、ブリジットちゃん。今の隙に戻ろう」
「未来の奥さんを置いていって良いの?」
「夫婦だからこの程度のことは全然大丈夫さ」
ブリジットちゃんの肩を押しながら露天風呂を脱出する。
「京介お兄ちゃんは裸隠さないの?」
「全裸は紳士のたしなみだからな」
小学生の後ろを全裸で歩く紳士。
フッ。今の俺は最高に輝いているぜ。
後で黒猫に思いっきり怒られるんだろうなと予測しながら俺は温泉を後にした。
時刻は午後4時を迎えた。
相変わらずの自由行動。団体で動く気はサラサラないらしい。
桐乃や加奈子に一緒に動くように声を掛けたが即効で拒否られた。あやせはどこに行っているのかみつからない。ブリジットちゃんと2人で出掛けると要らぬ誤解を生みそうだし、結局団体案は立ち消えになった。
暇を持て余しているし、どこへ行こうか?
●右の部屋(桐乃 イベント)
●左の部屋(ブリジット+??? イベント)
●庭園(加奈子+??? イベント)
●崖 *選択できません あやせイベントをご覧になりたい方はあやせたんの野望パワーアップキット(6980円 税別)をご購入の上再インストールをお願いします
⇒●温泉(黒猫+??? 黒猫ルートイベント②)
「温泉に来ているのだから、何度でも温泉に行くのが正解ってもんだよな」
決して混浴温泉に男のロマンを求めている訳じゃない。温泉宿に来たら1日に3回は温泉に入るのが礼儀ってもんだろう。
温泉好きという自分を確立しながらダッシュで浴場へと向かった。
「さっき黒猫に怒られて寒空で正座させられたせいで身も心も冷えちまったなあ」
正座1時間+お説教は辛かった。
もう1度温泉に入り直さないと本気で風邪を引いてしまいそうだった。
という訳で、俺は大義名分を得て再び温泉に向かっている。スキップしながら。
今度こそ元カノに怒られる事態になりませんように。でも、ちょっとだけ嬉しいイベントが起きて欲しいとも思う今日この頃です。だって、健全な男子っすから。
「貴方、懲りずにまた混浴露天風呂に入りに来たの?」
「って、いきなり遭遇~~っ!?」
浴場付近の廊下で掃除機掛けをしている黒猫さんに出会ってしまいました。
「そんなに小学生や中学生少女の裸が見たいの? さっきのお説教じゃ足りなかった?」
黒猫の視線が猛烈に厳しい。
「な、何を言っているんですか、瑠璃さんは。いやだなあ、もぉ~。俺は、体が冷えたから温泉に入りに来ただけっすよ」
頭を掻きながら笑って答える。笑って乗り切るしかない。
「じゃあ、露天風呂には行かないのね?」
黒猫の値踏みするような疑いの視線が突き刺さる。
「え~と……それはまあ、成り行き次第という感じで……」
目を逸らしながら答える。
黒猫は俺の嘘を見破るのがとても上手い。なので嘘はつけない。けれど、堂々と混浴風呂に入ると言えばまたお説教が待っている。
なので、誤魔化し通すしかない。
と、黒猫は俺を見ながら大きな溜息を吐き、次いで俯いた。
「先輩が性犯罪者の眼差しで中学生のみならず小学生女子まで見るようになったのは……私の、せい。なのよね」
「へっ?」
黒猫は酷く落ち込んだ表情を見せている。でも、瑠璃は一体何を言っているんだ?
「彼女だったのに、私が、その……貴方の性的な欲求を満たすようなことを何もしてあげなかったから、年下の女なら誰でも良くなってしまったのでしょう?」
「あの、瑠璃さんは……わたくしのことをロリコン犯罪者とお考えなのでしょうか?」
俺は、桐乃とは違うと声を大にして言いたいのですが?
「ごめんなさい。私が彼女として至らなかったばっかりに」
黒猫は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
……黒猫さんの中で俺はロリコン犯罪者が確定ですか?
どう反応すれば良いのか当惑している間に黒猫はゆっくりと頭を戻した。そして、潤んだ瞳で俺を見た。
「でも、もし、許されるなら今度こそ私は……」
言い掛けて言葉が止まる。黒猫は俯いた。
「ううん。貴方にとても酷いことをしてしまった私にそれを言う資格はないわよね」
泣きそうな表情をしている。
「ごめんなさい。仕事だから、もう行くわね」
黒猫は掃除機を手に持って廊下の曲がり角の先へと消えていった。
「瑠璃……」
黒猫が何を言いたいのかは何となくわかっていた。ごく短い時間だったけど、俺たちは心を通わせた彼氏彼女の仲だったのだから。
でも俺は自分から黒猫に声を掛けることができなかった。
俺はまだ迷っていた。
自分が何を選ぶべきかを。何をしたいのかを。
男湯にある桧製の浴槽に身を沈める。
冷えた体に温泉の湯と桧の温もりが身に染みて温かい。
けれど、心はあまり晴れない。
原因は先程の一件。
黒猫の泣きそうな顔が頭に張り付いて離れない。
「説教されている時は昔に戻れたと思ったんだがなあ……」
石の上で説教されていた時はとても怖かった。けれど、黒猫に容赦なく怒られるのは久しぶりの体験だったのでとても楽しくもあった。昔に戻ったみたいだった。
「……昔みたいって、俺と黒猫の関係は何が正常なんだよ?」
普通が何だかそもそも全然わからない。
「黒猫は妹のオタク友達から始まって、一緒に出版社に乗り込んで、高校の後輩になって、桐乃を迎えに行く時には勇気をもらって、それから俺の生まれて初めての彼女になって。でも、すぐに別れは訪れて、おまけに転校までされちゃって友達に逆戻りして。でも、俺たちは互いに嫌いになった訳じゃなくて……」
口に出してみるほどに訳がわからない。そして、胸が苦しくなる。
「だぁ~~~~っ! 気分転換しないと脳の血管がプチ切れてしまいそうだぁっ!」
気分転換に温泉に入っているのに、別の気分転換をしないと頭がおかしくなってしまいそうだった。
「冷気に当たって頭、冷やして来よう……」
俺は屋外で少し頭を冷やすことにした。
「さすがは冬。4時台なのにもう暗くなり掛けてるな」
海を見れば既に蒼い輝きは失われて、茜色と闇が代わりを占めている。
受験生をやっていると外の景色の変化に鈍感になって仕方がない。受験生活に時計は必須だが、常に室内で勉強をしているので外が明るかろうが暗かろうが関係ない。
こうやって旅行に来たりすると太陽の昇り降りという当たり前のことを再確認できる。それが何だか嬉しかったりする。
「ちょっとだけ、気が紛れたか」
違うことを考えていると、先程の悩みから少しだけ解放される。それは一時的な逃避に過ぎないのかもしれない。でも、それでも俺はホッとした。
「みんなも露天風呂に入ってくれば良いのになあ」
せっかくの温泉旅行なのだし、桐乃たちも温泉を満喫すれば良いのに。
「そうか。わかった」
「へっ?」
何の気もなしに呟いた独り言に返答があった。
そして、白いバスタオルを巻いた少女が俺に向かって歩いて来た。
「加奈子?」
ツインテールを解いて髪を下ろしているから雰囲気が違っていたが、その少女は間違いなく来栖加奈子だった。
「隣、入るぞ」
そう言って浴槽の縁へとやって来た加奈子はバスタオルを体から取り払った。
「へっ?」
バスタオルがなくなったことでほんの短い時間だったが、加奈子の裸が全部見えてしまった。
ブリジットちゃんよりも小さいんじゃないかと疑いたくなる胸も下の方まで全部。
何、これ? どんなエロゲー?
あまりの展開に俺は呆気に取られて何も言えなかった。
一方加奈子は手早く湯の中に体を沈めると、そのまま俺の隣へと移動してきた。
「結構温まんなぁ、露天風呂って」
軽く息を出して微笑む加奈子。その左腕は俺の右腕に触れている。
コイツのこの一連の行動を俺はどう評価するべきか? どう受け止めるべきなのか?
頭が混乱して何もわからない。
わからないまま加奈子の顔を見る。
「あんま、こっち見んなよ。あたし裸なんだし恥ずかしいじゃねえか」
頬を染める加奈子に怒られた。
「す、スマン」
加奈子に謝って彼女とは反対方向を向く。
「あんまりそっぽ向くなよ。あたしがまるで魅力ないみたいで傷付くじゃねえか」
「す、スマン」
じゃあどうすれば良いんだと思いながら首の位置をまっすぐに戻す。加奈子も見ない。露骨に避けもしない。
微妙な位置取りで頑張る。何を頑張るのかわからないけれど、とにかく頑張る。
「なあ、何で露天風呂に入りに来たんだ? ここ、混浴なのに」
先程のブリジットちゃんは混浴が何だか知らずにここに来た。加奈子が幾ら学校の成績が悪いとはいえ、混浴の意味を知らない筈がない。
何より加奈子は俺がいるのを知っていてここに来た。どういうことなんだ?
「あたしたちも露天風呂に入ってくれば良いのにと言ったのは京介だろ」
「いや、まあ、そうなんだが……」
男が混浴勧めて年頃の女の子がそれに乗るか、普通?
今日の加奈子は何だかちょっと様子が変だ。電車の時からずっとおかしい。
挙動不審なのはいつものことだが、何かが違う。
「それにさ……」
加奈子は言い辛そうに言葉を切りながら話を切り出した。
「あのよぉ、京介に……き、聞きたいことがあるんだ」
加奈子の左腕が俺の右腕を掴んだ。
「なっ、何だよ?」
小さくて女の子らしい手の感触に驚く。
「オメェさあ……今、付き合ってる女はいるのか?」
ぶっきらぼうな声。けど、加奈子の目はいつになく真剣だった。
「いや、夏の終わりに別れてから誰とも付き合ってない」
事実だけ述べる。
黒猫と別れてから俺は恋愛に対してより臆病になっていた。それに受験で忙しくて女の子にかまけている時間がなかったのも事実だ。
「じゃあ、よぉ……どんな女が好みなんだ?」
「大雑把な質問だな」
加奈子が何でこんな質問をするのかわからない。
もしかすると、コイツも恋をしたのかもしれない。後数ヶ月で高校生だしな。
なら、少し真面目に答えてやらないとな。
好きな女……外見の好みということならマイ・エンジェルあやせで決まりだ。だが、加奈子が聞いているのは好きなアイドルとかそういう話じゃないよな。
心から好きな子ってなると……やっぱり夏休みの間付き合っていた黒猫が該当すると思う。俺が本気で好きだった子だもんな。今でも未練がいっぱいだし。
けど、黒猫がどんな女の子かと言われると凄く困る。
邪気眼厨二の毒電波痛い系ヘビーオタク少女で、自分のことを聖天使神猫と名乗り、天下の往来を痛すぎるコスプレで平然と歩く女の子。
そう答えたら間違いなく加奈子は怒るだろう。俺がそう聞かされてもキレる自信がある。
じゃあ、何て答えるか。答えが難しい。
「じゃあ、髪の長い子と短い子のどっちが好きか?」
随分具体的な質問になった。これなら、答えられる。
「似合っているならどちらでも良いけれど、やっぱり長い方が好みかな」
黒猫もあやせも長い髪がよく似合う子だからな。
「そ、そうかぁ」
加奈子はちょっと安心した表情を見せながら自分の髪を撫でた。
「じゃあさ、髪は下ろしているのと結ってあるの、どっちがいいか?」
黒猫、あやせ共に髪はストレートで下ろしている。
「ストレートでサラサラな髪って良いよな」
「そっか……あたしもツインテールやめて髪下ろそうかな……」
加奈子は自分の髪の毛を掌に乗せてジッと見ている。そう言えば加奈子が髪を下ろした姿を見るのは初めてだな。
ツインテールの時は元気娘、というか落ち着きのない悪ガキって感じだけど、こうやって髪を下ろしていると普段よりもグッと大人びて見える。
「加奈子は普段のツインテールも似合ってるけど、髪を下ろしていると大人っぽく見えるな」
加奈子は悪ガキってイメージが強いけれど、モデル事務所にスカウトされてプロのモデルになるぐらいの整った顔立ちをしている。
髪を下ろしてそれっぽい服装をしてそれっぽい仕草を取れば随分大人っぽく見えるんじゃないだろうか。まあ、俺の勝手の憶測に過ぎないが。
「京介がそう言うんなら、これからは髪を下ろしてみようかな」
加奈子は赤くなりながら俯いた。
ええ~っ?
何で俺の考えを素直に受け入れちゃうんですか、加奈子さん?
本当に今日、何かおかしいっすよ!?
「じゃあさ、やっぱり家庭的な女の方が良いか? 料理が上手かったりする方が」
言われて黒猫は料理上手だったことを思い出す。手先も器用であの神猫衣装も自分で作ったんだよな、確か。
「うん。そうだな。俺は料理得意じゃないし、やっぱり彼女はそういうの得意な方が嬉しいな」
「そうか。じゃああたしもこれから料理とか洗濯とか掃除とか頑張ってみる」
って、ここでも俺の意見を取り入れる!?
段々、怖くなってきた。
「じゃあ、従順な女と自己顕示欲の強い女じゃ?」
黒猫もあやせも自己顕示欲は無茶苦茶強いよな。でも、2人とも引く所では引くし、黒猫は俺を一生懸命盛り立ててくれた。
「ちゃんと筋を通して判断できるなら自己顕示欲が強くても構わないんじゃないのか?」
ただ流されるのでも、ただの我侭でもない。それを体現したいと俺自身願っている。
「筋を通して判断、か…………ガキのままじゃダメってことだよな」
加奈子は空を見上げて目を閉じた。
「好きになるきっかけとかどうなんだ? ドラマみたいな出会いとかそういうのは?」
「最初の出会いっていうか、その後の積み重ねが重要なんじゃねえかな」
黒猫の第一印象はあんまり良いものじゃなかった。妹が参加したオタクっ娘集まれのオフ会で、生まれて初めて接触した痛い系ハードオタク。
口は悪いし、話している内容は毒が混じってしかも電波で意味がわからないし。妹の友達ってフィルターを掛けていたから多少可愛らしく見えたけれど、黒猫を最初から俺の直接の知り合いとみなすことは勘弁って感じだった。
黒猫にしても俺の第一印象はろくなものではなかったと思う。ビッチ兄ぐらいだったんじゃないだろうか?
そんな2人が出会って1年ほど経って男女交際をしたのだから何とも不思議というか。うん。出会いは大事かも知れないけれど、それ以上に大切なのはその後の付き合い方だな。
「じゃあさ、京介から見て……あたしの印象ってどう変わった?」
凄く、思い詰めた声だった。
コイツ、好きな男がいるに違いない。
だから、今の自分が男からどう見えるのか心配で仕方がないんだ。
「加奈子は俺と初めて会ったのがいつだったか覚えているか?」
「マネージャーの仕事の時じゃねえのか?」
「違うよ。お前が中2の初夏、桐乃の家に遊びに来た時のことだよ」
そう。あやせと初めて会ったあの日、俺は加奈子とも初めて知り合った。
「えっ? そうなのか? 全然記憶にない……」
「あの時お前は、俺のことを地味だの冴えないだの散々な評価を下してくれたからな」
「あっ、あたしがそんなことをっ!? いや、覚えてないんだけど……」
加奈子が首をガクッと落とした。
「だから俺も何だこの口と態度の悪いガキは。そう思った。それが加奈子への第一印象」
「それは、最悪な第一印象だな」
加奈子の顔が口の部分まで湯の中に沈んだ。
「でもさ、メルルイベントでのプロ意識とか、ブリジットちゃんを本気で守ろうとした姿とか見て……俺、お前のことを見直したんだぜ。加奈子はスゲェって」
「ほ、本当かっ!?」
加奈子が立ち上がった。
……いや、だからこんな近距離で裸のまま立ち上がられると、その、目のやり場が。
チンチクリンとはいえ、コイツもやっぱり美人で、ペッタンコだけど体のラインはとっても綺麗で。
説明しなくてもわかるだろ? いや、困るんですって。こういうシチュエーション。
「京介……どうしても聞いて欲しい話があるんだ」
加奈子は俺の桃色な葛藤などまるで気にせずに、俺の手を力強く握った。
「な、何だ?」
加奈子の顔も体もまともに見られない。けれど、加奈子の声は真剣で聞かなきゃいけないと思った。
加奈子はすぐには答えずに大きく2度、3度と深呼吸を繰り返した。
そして、俺は聞くことになった。
「あたしは、京介のことが好きなんだぁ~~っ!」
生涯で2度目の愛の告白を。
その言葉は俺の胸に深く深く突き刺さった。
黒猫、加奈子。
2人の少女の存在は、俺を再び恋愛と向き合わせようとさせていた。
あやせたんの野望温泉編 加奈子side に続く
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