No.389886

桜の雨が降る-第2部

音符さん

異世界に迷い込んだ少女は、格差を是正し平等な世界をもたらすという理想を掲げるレジスタンス組織「エレフセリア」の旗頭となることと引き替えに生活の保証を得る。そのエレフセリアに恨みを持つ別の集団があった。幼児のように壊されてしまった「姫君」と、彼女を愛する「騎士」。異世界の流れに少女は巻きこまれ始める。

第2部2話を抜粋しております。本編はサイト(http://smilingpop.sakura.ne.jp/ )に掲載しております。

2012-03-10 23:46:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:543   閲覧ユーザー数:543

「最初の定数が58だとしたら、次はどうなるんだ?」

 参考書とノートを机の上に広げ、学生風の少年達がそれらを中心に議論を戦わせている。

「シラア定数が88以上でしょ? それだとおかしくない?」

「だから、まず全部をイサラ定数にするんだよ。そのあとでシラア定数とイサラ定数の差を出して」

 少年の熱弁は、耳障りな電子音に遮られた。

「え? 何の音?」

「ごめん、ぼくだ」

 隅の方で友人達の意見をノートに書き付けていた小柄な少年がすまなそうに手をあげる。

「アラームなんて、議論の時間でも計算してたのか?」

「いや。聞きたいラジオの番組があって」

 録音してくると言って、少年はノートをまとめると席を立った。

「それじゃ次の講義で」

 少年は学生ホールを出ると、柱の陰に隠れてポケットから機械を出した。長方形の、旧式の端末。もう二十年以上前に廃れたはずの機械だ。

 少年の手の中で、単色の液晶が「シキュウレンラクセヨ」という短い言葉を点滅させていた。

 彼は携帯端末を片手で操作し、何文字か打ちこんだ。柱の陰から出て廊下を歩き、階段を二階ほどあがる。同じ作りのドアのひとつを無造作に開けると、対照的な慎重さで鍵をかけ確認した。窓にかかっているカーテンを閉め、机に置かれたスタンドと端末の電源を同時に入れる。ディスプレイに明かりが灯り、少年の蒼い左目を反射で水色に光らせた。

 端末がすっかり起動すると、少年は黒い画面を起動させ、軽やかに一続きの文字列を打ちこんだ。一列打つと黒い画面は閉じ、また別の黒い画面が起動する。それを数回繰り返すと、唐突に「本当に宜しいですか?」という警告が表示された。躊躇う素振りすら見せずに、指が了解のキーを叩く。

 画面が光って白く反転したかと思うと、その白い画面に文字が浮かび上がった。

『遅かったな、ラーリ。私が連絡してからどれだけたったと思っているのかね? 六分と二十八秒だ。私をこれだけ待たせるとは、君はつくづく肝が据わっていると見える』

「こっちにも都合ってものがあるんだよ」

 ラーリと呼ばれた少年は顔をしかめて呟く。同時に、全く同じ言葉を画面に打ちこんだ。

『これからは私をあまり待たせないように』

「連絡の手段を最新の回線に変えればレスポンスも早いと思うんだけど」

『甘いね、君はつくづく甘ちゃんだ』

 ディスプレイの向こう側から、次々と言葉が返ってくる。

『確かに、最新の機器を使用すれば通信速度は少なく見積もって三.一四九倍ほど上昇するだろう。携帯端末なら従来の据え置き端末を介さずとも双方向のやり取りが可能だ。しかしわかっているのかね? 昨今の無線通信技術は電波を傍受されやすい。扱われているZEN形式はデータの加工が容易で漏洩も容易。これが意味するものは?』

「わかってるよ。盗聴されずに極秘の話をするにはこの手段がいちばんなんでしょ」

『宜しい』

 ディスプレイの向こうの人物が満足げに頷くのが見えた気がして、ラーリは息をついた。

『ちなみに、君と私の端末にはかの人謹製の超暗号化プログラムが導入されている。この記録はT.K+α方式で保存され、認証番号を入力しない限り既存の文字として閲覧することはできない。プログラムのディスクは処分したかね?』

「ああ。データ消去のプログラムを流してから叩き割ったさ。破片の半分は捨てて、半分は手元にある。場所は怖いから言わないぞ」

『君にしては用意周到じゃないか』

「当たり前。父さんにバレたらどうなると思ってんだ」

 君をこんなことに巻きこんで、という続きを、ラーリは打ちこまなかった。

『大丈夫。超暗号化プログラムはかの人の作品だが、君に渡したものにはこの私が直々に独自のアレンジを加えてある。かの人の腕を持ってしても簡単には破られないよ』

「コードを何行か追加しただけで何を偉そうに」

『先人のコードを複写し、模倣し、改良を加えるこの流れこそが今日の端末の発展につながっているんだよ、ラーリ君』

「はいはい。自称天才ハッカーのフリュト様」

 やや投げやり気味に言うと、ラーリはフリュトに本題を促した。

「で、ご要件は? ぼく次の講義あるんだけど」

『動きがあったよ。『エレフセリア』だ』

 表示された単語に、ラーリははっきりと眉を寄せた。

『データを送る。今時間がないというのなら、また夜に対策を授けよう。"騎士"たちには私から連絡しておく』

「ごめんね、フリュト」

 呟く声の切なさと対照的に、端末に打ち出された文字は無機質だった。

「ぼくはともかく、フリュトまで引っ張りこみたくなかったよ」

『気にするな。私だって『姫君』を助けたいんだ。『姫君』と我らとの縁は深いのだから』

「ぼくもそう思う。……でも、さ」

 ひとつ苦笑いすると、ラーリは端末に言葉を送り出した。

「その口調、何とかならない? いつもとのギャップが激しすぎ」

 画面からは笑顔の絵文字が返ってきた。


 
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