「菊、キスしていいかい?」
彼が突然そんな事いうものだから、私は目を思いっきり見開いて、我慢できなくなって目を閉じた。
瞼を開けると、彼の真剣な顔。吸い込まれそうな綺麗な空色の瞳。双方の目が、私に向けられていた。
なんで彼はこんなに真剣な顔をしているのだろう?だってさっきまでお酒飲んを飲んで楽しくやっていたじゃないか。あぁそうか。彼は酒に酔っているのだ。
気分がよくなって、ついでにひと肌恋しくなったのだろう。それで近くにたまたま私がいたから、とりあえず後で訴えられぬようこんな事を訊いたのだ。そう思って、瞼を閉じて、また開けた。
彼はまだ私を見てる。嫌だな。そんなに見ないで欲しい。
そうだ。嫌なら、此方から視線を外せばいいのだ。私はようやくその事に気づいた。私は彼に背を向け、また酒をあおった。
これで安心だ。もう目を合わさない。
背中から、彼の息遣いが聞こえた。はぁ、と溜息。それから、なにか、なんだろう。首筋に何かが触れた。柔らかくて、あったたかなぬくもり。何かが首筋をまっすぐに這う。
なにしてるんだろうこのひと?純粋な疑問が私の中に浮かんだ。
私の勘違いじゃなければ、彼は今、私にキスをしている。そして首筋に自らの唇を這わせている。
流石に冗談じゃすまされない。訴える気はないが、文句ぐらい言っておかなければと振り返ったら、いきなり唇を奪われた。その内に、アルコールの交じった吐息と舌が、私の中に入って来た。
私はその光景の全てをこの目に映した。
だけどまだ、この目の前の光景が信じられない。目の前に、金色の髪がゆらゆらと揺れ、私の頬を刺激する。さっきまで私をみていた彼の空色の瞳は、今は閉じられていた。
あぁそうだ。嫌なら閉じればいいのだ。
彼の真似をして、私も目を閉じた。
目を閉じると、同時に私の世界も閉じた。外部からの情報は、視覚を失い一気にさめたものとなった。これで大丈夫だ。これでもう、何も感じない。彼の目さえみなければ、なんて事無い。何時もの私になれる。
彼は、秘めたるおもいを私にぶつけた。だけど、閉じてしまった私にはもう何も届かない。何も伝わらない。文字の羅列が音の波に乗って流れて行くだけ。ただそれだけ。
彼はまた溜息をつく。私は彼のおもいの名に、さらなる付加価値をつける事ができる。だけど私は何も応えない。これが私なりの答えだから。
閉じた世界に、彼のぬくもりが降ってくる。口内にアルコールの香りが広がった。口内で唾液とアルコールが循環していく。
私はそれをただ黙って受け入れた。彼のぬくもりを感じながら、彼のぬくもりが離れる姿を想像した。それはとてもいい気持ちだった。
早く彼の酔いが醒めないだろうか。そしたら、酒の席の事は全部流してて、また酒を酌み交わすのだ。きっと楽しいお酒が飲める。それがいい。私と彼の仲は、それでいいのだ。
耳元で彼がそっと音を揺らす。
「菊、すきだよ」
私はこたえない。
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.沈黙は肯定ではない。沈黙とは限りない無である。あなたの言葉、ぬくもり、その全てに私は名を与えない――。
■アル→→(←)菊です。いつも通りのどろどろ。