No.379015 バレンタインデーにおじさんは桜ちゃんを連れて逃げました2012-02-16 22:46:12 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:2662 閲覧ユーザー数:2437 |
バレンタインデーにおじさんは桜ちゃんを連れて逃げました
冬木という街に間桐雁夜という名前のおじさんがいました。
おじさんはまだ20代でしたがもう髪が真っ白くなっていました。
だから見た目はおじさんでした。
そのおじさんにはお兄さんがいました。
おじさんのお兄さんには子供が2人いました。
男の子の方はワカメという名前でした。本名は別にあるのかもしれませんが、ワカメで十分でした。ワカメ以外に呼び名を付ける価値はありません。
女の子の方は桜ちゃんという名前でした。
桜ちゃんはとても可愛い女の子で間桐の家の血筋には見えませんでした。
そして実際に桜ちゃんはおじさんのお兄さんの本当の子供ではありませんでした。
桜ちゃんは魔術の名門遠坂家の2番目の女の子として生まれました。けれどおじさんの家が魔術師としてへっぽこになっていたので養女に貰われてきたのです。
桜ちゃんはおじさんの家の救いの女神になる筈でした。ですが実際にはとても酷い扱いを受けていました。
おじさんのお父さんの臓硯おじいちゃんは桜ちゃんを苛めて苛めて苛め抜いて、自分の言うことを何でも聞く便利な魔術師にしようと企んでいたのです。
おじさんはそのことにとても胸を痛めていました。
だからおじさんは桜ちゃんが受けている酷い扱いを自分も受けることにしたのです。
でもおじさんには桜ちゃんほど魔術の才能がなかったので、おじさんの体はみるみる弱っていきました。それでおじさんは髪が真っ白になってしまったのです。
でも、そんなことはおじさんにとって何でもありませんでした。昔から仲良しで大好きな桜ちゃんの為だからどんなに酷い目に遭っても平気だったのです。
桜ちゃんはおじさんが好きだった女の人、葵さんの娘でした。おじさんは葵さんのことが今でも好きでした。
だから葵さんの娘である桜ちゃんを昔からとても大事にして可愛がっていました。
桜ちゃんもそんなおじさんがとっても大好きで、でも少しだけ不満でした。
「桜は……お母様の代わりなの?」
桜ちゃんは1人の女の子としておじさんが大好きだったのです。
だから桜ちゃんにとって葵さんは大好きなお母さんであり、恋のライバルでもあったのです。
桜ちゃんはまだ幼い女の子でしたが、恋する乙女だったのです。
桜ちゃんが間桐家に養女に来て、それからおじさんが間桐の家に戻ってからしばらくの月日が流れました。
今日は2月14日バレンタインデー。女の子が男の子にチョコと一緒に愛の告白をする1年に1度の聖なる日です。
桜ちゃんは大好きなおじさんの為にチョコを準備していました。
桜ちゃんはおじさんのお兄さんやワカメの目を盗んで少しずつチョコを溜めていました。そしてそれを今日湯煎で溶かしてハート型に固め直したのです。
去年お母さんがバレンタインにやっていたことを桜ちゃんは覚えていて真似してみたのです。
表面が泡立ったり表面が細かく割れていたりしましたがチョコレートは上手に出来ました。
桜ちゃんはチョコレートを袋に包みました。でも、袋をとじるリボンがありませんでした。
少し考えて桜ちゃんは自分の髪を結っていたリボンを外して袋に結び付けました。
そのリボンは桜ちゃんのお姉さんから貰った大事な大事なリボンでした。
でも、大好きなおじさんにあげる大事な大事なチョコだったので桜ちゃんはリボンを頭から外したのです。
準備が全て整い桜ちゃんはおじさんの元へと向かいました。
おじさんは蟲蔵を出た廊下の所でグッタリと座り込んでいました。
「おじさん……大丈夫?」
桜ちゃんはおじさんの元に慌てて駆け寄りました。
「大丈夫だよ、桜ちゃん。おじさんはこう見えても丈夫なんだから」
おじさんは桜ちゃんに笑ってみせました。でもその笑みはとても弱々しくて、却って桜ちゃんを心配させました。
「おじさん……っ!」
桜ちゃんはおじさんにしがみ付きました。桜ちゃんはおじさんの体の状態が心配で心配でたまりませんでした。
「桜ちゃんにこんなにも心配してもらえるなんて……おじさんは世界一の幸せ者だなあ」
おじさんは先ほどよりも優しい笑みを浮かべながら桜ちゃんの頭を撫でたのでした。
「おじさんは……わたしに心配してもらえると幸せなの?」
「ああ、そうだよ。おじさんは幸せだよ」
おじさんは桜ちゃんの頭を撫でながらはっきりと頷きました。
「どうして?」
「おじさんは桜ちゃんのことが大好きだからだよ」
おじさんは笑顔を見せながら桜ちゃんに言いました。
「それ、本当?」
桜ちゃんは真剣な瞳でおじさんの顔を見詰め込みます。
「え、えと?」
突然真剣な表情になった桜ちゃんにおじさんは驚いています。
「おじさんは桜のこと好き? お母様よりも?」
「えええぇっ!?」
思ってもみない質問におじさんは大声を上げながら驚きました。
「おじさんはわたしのこと、誰よりも好きでいてくれるの?」
「い、いや、だから、それはね……」
いつになく大人っぽいことを訊いて来る桜ちゃんにおじさんはタジタジです。
一方、桜ちゃんはお母さんに負けたくない気持ちも手伝って、一生懸命に自分の気持ちを伝えようとしました。
「わたしはね……おじさんのこと、世界で一番誰よりも好き、だよ。大好き」
桜ちゃんは自分の気持ちを精一杯言葉にして表しました。桜ちゃんの顔は真っ赤に染まっています。だけど桜ちゃんはちゃんと想いを言葉にしました。
「さ、桜ちゃん……」
いつもと違う桜ちゃんの様子におじさんも驚いています。
だけどおじさんはそんな桜ちゃんの様子を見ながら胸がドクンと高鳴るのを感じました。
それはおじさんが今まで桜ちゃんに感じたことがない胸の高鳴りでした。
「おじさん……わたしの気持ちを、あげるね」
桜ちゃんのおじさんへのアタックは続きます。
桜ちゃんはおじさんにチョコレートが入った包みを渡しました。
「桜ちゃんがおじさんに?」
「うんっ」
桜ちゃんから贈り物が貰えるなんて全然考えていなかったおじさんは驚きながら袋を開けました。中から出てきたのは大きなハート型をしたチョコレートでした。
「これを、俺に?」
「うんっ。わたしの……気持ち、だよ」
照れながらコクッと頷いて見える桜ちゃん。
そんな桜ちゃんがおじさんにはいつもより大人っぽい恋する1人の女の子に見えたのでした。
おじさんの胸がまたドクンと高鳴りました。おじさんには段々と桜ちゃんが今までとはちょっと違う見え方をして来ました。
葵さんを見ている時のような眩い輝きを桜ちゃんから感じ始めたのです。
「ま、まさかな……」
おじさんは桜ちゃんに感じた輝きを頭を振りながら否定しようとしました。
おじさんと桜ちゃんでは年齢差があり過ぎます。しかも桜ちゃんはまだ幼い女の子です。
桜ちゃんを恋愛対象として見られる筈がない。おじさんは自分にそう言い聞かせました。
でも、その時おじさんは気付いてしまったのです。
桜ちゃんがくれたチョコレートの包みに使われていたリボン。それが桜ちゃんがいつもとてもとても大事にしていたお姉さんから貰ったリボンだと気が付いたのです。
「さ、桜ちゃん。このリボンは……君が大事に大事にしていたリボンじゃないか。な、なんで?」
おじさんは心底驚きながら桜ちゃんに尋ねました。
そんなおじさんに対して桜ちゃんは顔を真っ赤にしながらも目を逸らさないで答えたのです。
「桜は……おじさんのことが世界で一番誰よりも好きだから、何だってあげられるんだよ。おじさん……大好きっ」
桜ちゃんのその愛の篭った告白はおじさんが今まで築いて守って来た何かを粉々に壊したのでした。
「さっ、桜ちゃんっ!」
気が付けばおじさんは桜ちゃんを抱きしめていました。
「お、おじさん……」
桜ちゃんも少しだけびっくりしました。でも、嫌がりません。おじさんの腕に安心して体重を預けます。
おじさんが桜ちゃんを力強く抱きしめた時は今までにも何度かありました。
その時は桜ちゃんの境遇を不憫に思い、悲しさから強く強く抱きしめていました。
でも、今は違いました。
おじさんは桜ちゃんが愛しくて強く強く抱きしめていたのです。
おじさんは桜ちゃんを抱きしめてとても温かい気持ちで満たされていくのを感じました。
「わたしはおじさんのことが大好き。おじさんは、桜のこと大好き?」
腕の中の桜ちゃんから先ほどと同じ質問が来ました。
でも、その質問の持つ意味はおじさんには全く別物に変わっていたのです。
「おじさんも、桜ちゃんのことが好きだよ」
おじさんには腕の中にいる桜ちゃんがとても輝いて見えました。
「お母様よりも?」
「桜ちゃんのお母さんと同じぐらい桜ちゃんのことが大好きだよ」
それはおじさんにとって最上級の好きでした。
「お母さんと同じ、なんだ」
桜ちゃんはその回答にほんのちょっぴり落ち込みました。
「でも、おじさんはわたしのことをお母様と同じぐらい大好きになってくれたんだね。えへへ」
桜ちゃんは間桐の家に来てから一番の笑顔をおじさんに向けました。
「いつか……桜のことが世界で一番大好きだっておじさんに言わせちゃうんだから」
桜ちゃんからのおじさんへの恋の宣戦布告でした。
それを聞いて、おじさんは胸が激しく激しく高鳴りました。
桜ちゃんのことが葵さん以上に激しく輝いて見えました。
「お、俺は桜ちゃんのことが世界で一ば……」
言い掛けておじさんは口を閉じました。
気が付いたのです。
今それを口にしてはいけないと。
成すべきことが他にあると。
おじさんが桜ちゃんに対して必ずしなければいけないこと。
それは──
「桜ちゃん……おじさんと一緒にこの家を出ようっ!」
おじさんは桜ちゃんの両手を握り締めながら訴えたのでした。
「おじさんと、家を出る?」
桜ちゃんは首を捻りました。
おじさんの提案は桜ちゃんにとって全く考えたことがないものでした。
「そうだよ。このままこの屋敷にいたら桜ちゃんの身が危険だ。だから、俺と一緒に逃げよう」
おじさんの表情はとても真剣なものでした。
その瞳を見ていると、桜ちゃんは自分の中に熱い何かが込み上げて来るのを感じました。
「おじさんが……桜を守ってくれるの?」
「ああ。約束する。おじさんは桜ちゃんを守る。おじさんは桜ちゃんだけのヒーローになってみせるよ」
おじさんは力強く頷きました。
その様子を見て、桜ちゃんはいつにない程に顔が真っ赤になりました。
「……わたし、おじさんに付いて行くから。どこまでも、いつまでも付いて行くから」
桜ちゃんは俯きながら小さな小さな声で返事をしました。
「じゃあ、2人でこの家を出よう」
「うん」
こうしておじさんと桜ちゃんは間桐の屋敷を逃げ出すことになったのです。
おじさんは間桐の屋敷を逃げ出すに当たって、桜ちゃんの身代わりを立てました。
ワカメを桜ちゃんの代わりに蟲蔵に放り込んだのです。
蟲蔵の中で人生が根底から覆るようなイベントが起きてワカメは綺麗なワカメになりました。
ワカメは綺麗なワカメになったことで少しですが魔術が扱えるようになりました。
それにより綺麗なワカメは間桐家の跡取り魔術師になったのです。
臓硯おじいちゃんもおじさんのお兄ちゃんも綺麗なワカメに夢中になりました。
夢中になり過ぎておじさんのことも桜ちゃんのこともすっかり忘れてしまったぐらいです。
こうしておじさんと桜ちゃんは追われることなく遠い街で暮らし始めたのです。
「狭い家しか借りられなくてごめんね。おじさん貧乏でさ」
おじさんの言う通り、2人が引っ越したアパートは古くて小さな部屋でした。
豪邸だった間桐屋敷に比べるとお日様と豆電球ぐらいの違いがあります。
「ううん。わたしは満足だよ」
桜ちゃんは首を横に振っておじさんの言葉を否定しました。
「おじさんと一緒なら……どこだってお城より素敵なお家だよ」
桜ちゃんはニッコリと笑いました。
「ありがとう……桜ちゃん」
おじさんは桜ちゃんを抱きしめました。
こうして2人のささやかながらも楽しい生活は始まりを告げたのです。
それからしばらくしておじさんは風の噂に聖杯戦争が始まったと聞きました。
魔術の元名門である間桐家もこの戦いに参加しました。
間桐家は綺麗なワカメをマスターとして参戦させたのです。
綺麗なワカメは召喚の儀を行い、反英霊大人になったワカメをサーヴァントに召喚しました。
クラス・ワカマーに分類される大人になったワカメはとてもへっぽこなサーヴァントでした。何一つ秀でた能力はなく最弱のサーヴァントの称号をほしいままにしていました。
だけど、あまりにも弱過ぎて誰からもサーヴァントと認識されなかったことが功を奏しました。
聖杯戦争の勝者はワカメとサーヴァントの大人になったワカメになりました。
戦いに勝ち残っていたセイバーは他のサーヴァントを全員倒した筈なのに聖杯が現れないことにガッカリして英霊の座に帰ってしまったのです。
その結果、最後に現界していたサーヴァントは大人になったワカメになりました。
そして勝者となった綺麗になったワカメの前に聖杯が現れました。
でもそれはどんな望みも叶えてくれるという万能の願望器ではありませんでした。
もっととても恐ろしいものだったのです。
聖杯はとても恐ろしい黒い炎を噴き出させて間桐の屋敷を焼いてしまいました。
鎮火しようとした臓硯おじいちゃんは蟲蔵の蟲と一緒に焼け死んでしまいました。
おじさんのお兄さんと綺麗になったワカメは全身黒コゲでアフロヘアになって病院に運ばれていきました。
おじさんは風の噂で間桐の屋敷が燃えてしまったことを聞きました。
仲は良くなかったとはいえ、お兄さんやワカメのことが気になり桜ちゃんと一緒に屋敷に戻ってみました。
屋敷に帰ったおじさんと桜ちゃんが見たもの。
それは危険物質を出し切って綺麗になった聖杯の姿でした。
おじさんと桜ちゃんは聖杯を見ながら手を合わせました。
「どうか桜ちゃんの体が蟲に酷いことをされていない元の綺麗な状態に戻りますように」
「おじさんの体が元に戻りますように」
聖杯は2人の願いを叶えました。
おじさんと桜ちゃんの体は蟲に蝕まれる前の綺麗な状態に戻りました。
そして2人はアパートに戻り、体の状態を気にすることなく幸せに暮らしたのでした。
聖杯戦争が終了してから10年ほどが経ちました。
「桜ちゃん。この格好本当におかしくない?」
アパートの玄関に立つスーツ姿のおじさんはとても緊張した表情を浮かべていました。
「とっても凛々しいですから心配要りませんよ」
高校の卒業証書を持った制服姿の桜ちゃんは微笑んでおじさんに返します。
「いや、でも、ちょっとでも変な格好して行ったら時臣の野郎にそれだけで跳ね除けられる気がして……」
おじさんは桜ちゃんにオーケーを貰ったのにまだ不安なようでした。
「大丈夫ですよ。私が選んだ世界でたった1人の男性なんですから。自信を持って下さい」
桜ちゃんは笑顔でおじさんの腕を取って組みました。
桜ちゃんに腕を組んでもらったことでおじさんも勇気が出て来ました。
「時臣に葵さん。俺と桜ちゃんの結婚を許してくれるかな?」
「どうでしょうね? 母親の方に惚れていた男性がその娘との結婚の許可を貰いに行くのですから……一波乱二波乱はあるんじゃないですか?」
桜ちゃんは意地悪く笑いました。
「えぇえええぇ~っ? それは困るよ……」
おじさんが再び情けない表情を見せます。
「でも大丈夫ですよ」
桜ちゃんが今度はとても優しい顔をしておじさんの顔を覗き込みます。
「世界で一番誰よりも大好きな人との結婚なんですから。どれだけ反対されたって、最後には認めさせますよ」
桜ちゃんは力強く頷いてみせました。
「俺のお嫁さんは逞しくて頼りになるなあ」
おじさんはリラックスしたように息を吐き出しました。
「でも、やっぱり今日だけはおじさんに格好良い所を見せてもらわないと♪」
「これから結婚の許可を貰いに行こうというのに……俺はいつまでおじさんって呼ばれるの?」
おじさんはちょっとだけガッカリしています。
「幼い時からずっとそう呼んでいるんで今更呼び方を変え辛いんですよね」
桜ちゃんは頬に指を当てました。
「でも、確かに言う通りですね。結婚するのに呼び方がおじさんじゃまずいですよね」
桜ちゃんは首を縦に振りました。
「それじゃあこれから遠坂家に結婚の許可を貰いに行きましょう……雁夜さん」
「お、おう。桜ちゃ……桜」
桜ちゃんはおじさんの手を取ったまま玄関を出て歩き始めました。
その道はおじさんと桜ちゃんの幸せを永遠のものにしてくれる大きな道へと繋がっているものでした。
こうしておじさんと桜ちゃんはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし
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