No.379008

はがない 僕は混浴が少ない

はがない。
二次創作は流通期間が短いから作り手と読み手に齟齬が生じ易いとよく思う今日この頃。
怖いよ資本主義市場。お笑い芸人の寿命が3ヶ月と似た理不尽さだよ。


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2012-02-16 22:35:35 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:15327   閲覧ユーザー数:14904

はがない 僕は混浴が少ない

 

 

 冬休みが終わり数日が過ぎた。

「先輩、理科と一緒に温泉に入ってエッチなことしませんか?」

 放課後、いつものように隣人部の部室に顔を出したら理科がとても血迷ったことを述べてくれた。

「「…………っ!?」」

 その提案の衝撃に夜空と星奈は頭からテーブルに突っ込んで良い音を立てている。大丈夫か、アイツら?

「あのなあ、理科。お前も女の子なんだから、もう少しそのストレート過ぎる表現をどうにかできないのか?」

 せめてもの救いは小鳩とマリアの年少組がまだ部室に顔を出していないことか。理科の発言は子供の情操教育に悪過ぎる。

「では言い直します。先輩、理科と一緒に温泉に入って淫靡で淫らで猥褻なことをしませんか? 一晩中、それはもう子宮と理性が壊れちゃうぐらいに激しく扇情的にぃ~~っ!」

 理科はひっくり返ってブリッジしながら悶えている。まあ、それもいつものことだ。

「欠片も隠す気がない言葉を言い直してくれてありがとう」

 理科に修正を求めるのは無駄みたいだ。なら──

「で、一緒に温泉ってどういうことなんだ?」

 無駄な過程は省いて本題に入る。

「あの。淫靡で淫らで猥褻なことに対する説明は要らないのですか?」

「必要ない」

「先輩、意地悪です。そういうプレイですか?」

「プレイじゃないから早く話せ」

 再起動を終えた後ろの夜空から怒りの波動を感じる。夜空の奴はこういう下品な話が嫌いだからな。理科に自分の血で化粧させない為にもさっさと話を進めよう。

「実はこの度、温泉の水質調査の依頼を受けまして、理科が週末を利用して現地に出向くことになったのです」

「へ~。どこの?」

「草ツー温泉です」

「何だその、パチモンくさいって言うか、パチモンそのものの温泉は?」

 普通に裁判で訴えられそうな名前だ。ていうか、俺が草津温泉の関係者ならまず訴える。

「あっ、それ、パパの会社が最近発掘した温泉よ。隣町にあるの」

「何考えてんだよ、あの人は……」

 溜め息が漏れ出る。娘とは方向性が違うけど、やっぱ変わってるよな、柏崎天馬(ペガサス)理事長も。

「とにかくそういう訳で理科は、星奈先輩のお父さんの依頼で今週の土日を使って草ツー温泉に行ってきます」

 理科は楽しそうだ。俺も理科の出張は良いことだと思う。コイツは基本的に引き篭もりだから偶には外の空気を吸った方が良い。

 

「事情はわかったが、何故俺が一緒にという話になる? 仕事で行くんだろ?」

 理科は普段の言動はアレだが、世間的によく知られた天才科学者。正式な仕事の筈。

「それが、検査の日は温泉宿を閉めることになっていて、どうせ貸切になるのだから友達を何人でも連れて来て良いぞというお言葉を頂戴しまして」

「何かいい加減だなあ」

「でも、理科には友達がいません。少なくとも哺乳類では」

「爬虫類や両生類ならいるのか?」

「理科は無機物となら心を通わせることができる気がします」

 生物はレベルが高過ぎたか。余計なツッコミを入れてしまった。

「とにかくそんな状況なので愛する小鷹先輩と一緒に行って記念に子供の1人でも作ろうかと思いまして」

「記念写真撮るみたいな軽いノリで恐ろしいことを言うな」

 理科のエロ思考ぶりには毎度頭が痛い。

「そういう訳で先輩、2人で産休を取る下準備をしましょう」

「却下だ」

「ええ~~っ?」

 不満そうな声を上げる理科。けど、不満の声を上げたいのはこっちだ。

「何でですか? もしかして生まれる子供は双子じゃないとダメってことですか? でも、双子の産み分けはまだ医学的には根拠が薄弱で……」

「そうじゃねえ! 俺と理科は恋人でも何でもないのに2人で泊まりに行けるかっての!」

 どうしてこう、コイツには貞操観念が欠けているんだ。ここは仮にも学校だぞ。

「じゃあ、今すぐ恋人になりましょうよ。理科は小鷹先輩のことを愛していますから全然問題ありませんよ」

 理科が俺に向かってウインクする。

 その瞬間、禍々しいどす黒いオーラを背後に2つ感じた。すげえ、怖ぇ。

「却下だ却下!」

 俺が否定した瞬間、どす黒いオーラが消えた。一体なんだったのだ?

「ええ~~? どうしてですか? 理科なら一生食いっぱぐれることがない超お買い得物件ですよ?」

「そ、そういうお付き合いはだな……お互いのことをもっとよく知り合ってからするもんだと思うぞ」

 理科の勢いに無意識に一歩退く。

 理科のことは嫌いじゃない。けれど、やっぱり男女の付き合いってのは、友達さえいない俺にはちょっとピンと来ない。

というか……隣人部の人間関係が根本的に崩れてしまいそうで、その……。

「じゃあ、今回を通じて理科のことをよく知って頂ければ良いじゃないですか? こう、理科の右の太ももから左の太ももの間まで奥深くを小鷹先輩自身で激しく知って頂ければ」

「いちいち話をエロい方向に持っていくなっ!」

 まったく、小鳩やマリアがこの部屋にいたらどうするつもりなんだ。

 

「よし、決めたぞ」

 背後から夜空のキリッとした声が聞こえて来た。

「理科と小鷹先輩の恋を応援することをですか?」

「違うッ!」

 一瞬、夜空の全身から真っ黒い邪気が放たれたような気がした。

「隣人部は今週末、泊り掛けで合宿を行うことに決定したぞ」

「合宿、ですか?」

 理科が首を捻った。

「せっかくの肉父からのご好意だ。隣人部全員で草ツー温泉に行こうではないか」

 夜空はニヤリと笑った。面白いおもちゃを見つけて弄る時のあの目で。

「夜空先輩は理科と先輩の愛の蜜月場を邪魔するつもりですか?」

 理科はムッとしている。

「部の合宿なのだから全員参加は当然のことだろう?」

 夜空は理科の非難の視線を軽く受け流した。

「では、ここは民主的に決めよう。肉よ、草ツー温泉での合宿をどう思う?」

 話を振られた星奈が俺の顔を見る。

「がっ、合宿って……小鷹と一つ同じ屋根の下で寝ることになるんでしょ?」

 星奈の顔が急激に真っ赤になっていく。

「そうです。そして若い男女が一つ屋根の下に泊まれば淫靡なことしか起きません。ユニバース・エクスプロージョンです」

 言い切る理科はもういっそ清々しかった。黙ってくれないかな、永遠に。

「まあ、女の魅力ランキングから言えば、肉が小鷹に襲われるのはミドリムシのメスの次の次の次ぐらいだろうから永遠に順番など回って来ないぞ。安心しろ」

 夜空は流し目で星奈をバカにしながら髪を掻き揚げた。

「何で俺がプランクトンを襲わなくちゃならないんだよ。っていうか、ミドリムシは植物だからメスとか言わねえよ」

 背筋を反らして偉そうな態度を取っている夜空に向けて顔を抑えながら溜め息を吐く。

「女の、魅力……」

 一方で星奈は踏ん反り返る夜空のとある一点をジッと眺めていた。次いで視線を動かして理科の同じ部分を見た。そして最後に自分のそれ、ようするに胸を両手で叩いてみた。

星奈の年不相応に立派過ぎる胸はぽよんと弾力たっぷりに跳ねた。ちょっと至福……いや、何でもない。

「あたし、合宿に賛成」

 賛成と語った星奈は何故か誇らしげな表情を浮かべていた。

「アンタたちに戦力の絶対的差というものを見せてあげるわ」

 星奈はいつになく楽しそうに見える。WHY?

「チッ。忌々しい発情肉が」

「でかけりゃ良いってもんじゃないですよ」

 一方で夜空と理科は凄い不機嫌そうな表情を浮かべている。一体何なんだ、このやり取りは?

 

「それで、今部室にいるのは後小鷹だけな訳だが。小鷹は合宿に賛成か?」

 夜空は俺にも意見を尋ねて来た。

「先輩は理科と2人きりで淫靡な夜を過ごしたいですよね?」

 理科の意見は無視して考える。

 合宿という言葉にはかなり惹かれるものがある。如何にも青春の友情行事って感じがする。でも、気掛かりなこともある。

「小鳩も連れて行って良いのか?」

「小鳩も隣人部の部員だからな。当然参加だ」

「よしっ。なら、みんなで行こうぜ」

 こうして俺たちは草ツー温泉に合宿に行くことになった。

 

 

 

 

「やっと着いたわねぇ。ハァハァ。もう疲れたわよぉ」

「最寄のバス停から徒歩1時間とか舐めているのか、この温泉は」

「あんちゃ~ん。もう1歩も歩けんとぉ~疲れたばぃ……」

「神の使徒であるわたしはお兄ちゃんの背中に乗っていたから楽チンだったぞ」

「ここが草ツー温泉か」

 隣市の筈なのに到着まで3時間を要してようやく俺たちは草ツー温泉に到着した。

 幸村だけは家の都合とかで不参加になってしまった。幸村がお風呂行事に絡めないのには何か大人の事情が働いている気もする。具体的には原作6巻辺りが怪しい。

 まあそれは残念だが、それでもこんな大人数で泊り掛けイベントをやるのは初めてなので結構楽しみだ。

 しかも舞台は温泉。身も心もリフレッシュできそうだ。できそうな筈なのだが……。

「なあ理科。温泉は本当にここで合っているのか?」

 隣で仕事の資料を確かめている理科にちょっと尋ねてみる。

 目の前には6階建てのかなり大きな旅館が見える。けれど、その周辺には何もない。夏までは青々とした水田だったのだろう刈り取られた田んぼ跡が見えるだけだった。

「ええ。ここで合ってますよ。ほらっ、旅館の名前も聖クロニカ草ツー温泉旅館ですし」

 理科が向いている先を見れば確かに大きな看板で『聖クロニカ草ツー温泉旅館』と書いてある。微妙すぎるネーミングセンスだ。

「けどここ、全然温泉って感じがしないんだが?」

 父親の仕事の関係で全国を転々として来た俺は各地の温泉とも巡り会って来た。客を呼び込む為に様々な演出を施して温泉街であることを盛んに訴えていた。

 なのに、ここのやる気のなさは何なんだ?

「仕方ないですよ。ここは地下を相当深くまで掘削して無理やり掘り当てた類の“温泉”ですから温泉街を形成できるほどの湯量はありません」

「切ない裏話だなあ」

 そういや何年か前にそうやって掘った“温泉”の多くが実は本物じゃないとか騒がれた時期があったなあ。

「それにこの旅館、表向きは聖クロニカ学園の保養施設なんですよ。学校の施設なので税金も優遇されてます」

「堂々と旅館と銘打ってるじゃないか。それに俺はこんな施設があるなんて聞いたことがないぞ」

「ええ。先生たちが慰安旅行に使うぐらいで生徒たちには存在を知らせていない施設ですから」

「保養施設の役目を果たしてないだろ、それは」

 何で温泉に来て体の内側から黒くなるような感触を味わわなけりゃならんのだ?

「まあそんな訳で、水質的にも政治的にもかなり微妙な温泉なので理科が結果を操作……正確な測定を頼まれた訳です」

「大人って汚ねえっ!」

 どっと疲れた。

 

 旅館を前にして、理科が今回の仕事について軽く説明を入れる。

「水質検査はサンプルの水を幾つか持ち帰って機械に掛けますので、ここでの検査自体には時間が掛かりません。皆さんが温泉に入るのに支障は生じませんよ」

「おおっ。それは助かる。せっかく温泉宿に来たのに温泉に入れないんじゃ寂しいもんな」

 日々の勉強と家事労働の疲れを温泉でのんびり癒したいもんだ。

「後、小鷹先輩の動き回る遺伝子を理科の子宮に入れて持ち帰りたいのですが」

「却下」

 何故そうまでしてエロに結びつける?

「それからこの間も言いましたが、今日はこの旅館が保守点検日になっているので、泊まるのは理科たちだけです」

「こんな大きな旅館を貸切とは随分贅沢だよな」

 6階建ての旅館を貸切なんて生涯で二度とない気がする。

「そして今回は隣人部の合宿ということで女子用の大部屋と、小鷹先輩が使う個室の2部屋を用意して頂きました」

「独りきりなのは寂しいが、女子と一緒に寝る訳にもいかないから仕方ないか」

 枕投げとかちょっと憧れていたが、今回は諦めるしかないよな。幸村もいないのだし。

「何を言っているんですか? 先輩は理科と一緒に寝るんですよ」

「何でそうなる?」

「だって、合宿って、宿で合体するっていう意味でしょ? 先輩と理科が合体しなくちゃ詐欺になっちゃいますよ」

「どんな血迷った定義だそれ!」

 天才ってのは頭おかしくないといけないのか?

「破廉恥だぞ、理科!」

「そうよそうよ! もっと慎みってものを持ちなさいよ!」

 夜空と星奈も理科の非難に回る。けれど理科はケロッとした表情で言い返した。

「そんなこと言って、夜空先輩も星奈先輩も小鷹先輩と合宿したいんじゃないですか?」

「「なぁっ!?」」

 夜空と星奈の声が揃う。

「大方、夜中にトイレに行く道を間違えたフリをして枕持ったまま小鷹先輩の布団に潜り込んで、寝惚けたフリをしながら誘惑して合宿するつもりなんですね!」

「「な、ななぁっ!?」」

 夜空と星奈の声がまた揃った。

 偶に思う。理科はきっと長生きできないって。口は災いの元だって慣用句の意味をその身をもって示しちゃうんじゃないかって。

「あっ、あたしがそんな下品な手口で小鷹の布団に潜り込む筈がないでしょう! 夜中に急に温泉に入りたくなっちゃって道を間違えたりはするかもしれないけれど!」

「フッ。愚かだな、理科よ。私は寝る時に枕を使わない派なのだっ!」

 2人の反論の論点が何かおかしい気もするが放っておく。

「なら、誰が小鷹先輩と合宿するか、今夜勝負ですね」

「あたしは小鷹なんか全然興味ないんだからね! 偶々布団を間違えちゃうかもしれないけれど!」

「私もだ! 偶然が私を小鷹の布団へと導いてしまうかもしれないだけだ。勘違いするな!」

 少年漫画のノリになって激しく炎を燃やしながら争っている3人はこの際放っておく。

 俺は年少組へと視線を向けた。

 

「あんちゃ~ん。今夜……一緒に寝て良い?」

「小鳩は枕替わるとなかなか眠れなくなるもんな。ああ、いいぞ」

「わたしもお兄ちゃんと一緒に寝るぞ」

「ああ、別に構わないぞ」

 子守は大人の仕事だしな。

「「「な、なな、ななな、ななぁ~~~~っ!?」」」

 夜空と星奈と理科の声が揃った。

「小鳩ちゃんが……小鷹と一緒に寝るだなんて。2人がそんなインモラルな関係だったなんて……。羽瀬川兄妹は2人ともあたしのものなのにぃ~~っ!」

「やはり小鷹はそっちの人間だったのか。大人の魅力満載の私では10歳幼女には勝てないのか……小鷹のロリペドフェリア~~っ!」

「幼女2人と3ピーだなんて……小鷹先輩はどこまで業が深ければ気が済むんですか。バ~バリア~~ン~~っ!」

 絶叫する3人をとても遠く感じる。

「なあ、あんちゃん。アイツら何を言うとるんの?」

「小鳩は理解できなくて良いことだよ」

「お兄ちゃん。うんこ夜空たちがうるさい」

「マリアも小鳩もあんな大人にだけは絶対になっちゃダメだぞ」

 年少組2人を優しく諭す。

 俺、もしかすると保父さんとか向いてるかもしれない。

 でも、同級生に見た目だけで怖がられているから難しいかもなぁ。

 絶叫を続ける3人から距離を置きながらそんなことをふと思った。

 

 

 旅館の従業員に挨拶をして部屋へと案内される。

 俺と女子用の大部屋は共に6階に準備されていた。

 バルコニー付きのそのシンプルな和室は、説明しにくいのだがとても気品に溢れていた。

 

 5階までの下の階はみな、大掃除の最中なのだという。

 だが、そんなことよりも、若い女中さんは俺の部屋を去る前にとんでもない発言をしてくれた。

「それとお風呂の件ですが、本日は清掃と保守点検がございまして露天風呂1つのみのご使用になります」

「あの、露天風呂1つのみって、じゃあ、男女で時間分けをするってことですか?」

「いえ、志熊さまから混浴で構わないと聞いておりますので、そのように準備させております」

「って、幾ら何でもそれはまずいでしょう? 高校生の男女が混浴って」

「それではお客様。ごゆっくり~。冷蔵庫の中にはサービスでマムシドリンクが嫌になるぐらいタップリ入ってますので」

 女中さんは俺の頼みを聞き入れないまま出ていってしまった。

「……マムシドリンクって何だよ? ここは学校の保養施設じゃなかったのかよ?」

 大きな溜め息が出る。

 

「小鷹先パ~イ♪ 理科のサプライズ、気に入って頂けましたか~♪」

 そして騒動の創造主が間髪開けずに入ってきた。

「驚きはしたが気に入ってはいないぞ」

 溜め息が理科への正式回答。

「またまた~♪ 理科と一緒に温泉入れることになって躍り上がるほど嬉しい癖に♪」

 理科は指を俺の頬にプニプニと突き刺してくる。ウゼェ。

「踊ってるのはお前の方だろ」

 理科はテーブルに登ってストリップショー的な踊りを披露している。勿論俺は見ない。見てたまるかっての!

 

「小鷹、この部屋に唾棄すべき変態は来ていないか?」

「エロマッドサイエンティストを隠すと為にならないわよ!」

 怒りを全身で表現しながら夜空と星奈が入って来た。

「理科ならそこで悶えているぞ」

 理科は相変わらずテーブルの上で悶えながらのたうち回っている。夜空たちが来たのにまるで気付いている様子がなかった。

「小鷹はもう聞いた?」

「何を?」

 予想外の事態に弱い星奈の切羽詰った表情を見れば何のことか見当はつく。けれど、自分からその話をするとエロ男みたいで嫌だ。

「こ、混浴のことよっ!」

星奈は大声で混浴と叫んだ。照れ隠しなのだろうが、女の子が混浴と叫ぶとより恥ずかしい気がするのは俺だけか?

「ま、まさか、小鷹。あたしと一緒に温泉に入りたいとか考えていないでしょうね!?」

「ハァっ?」

 星奈さんはテンパり始めてよくわからないことを口走り始めた。

「偶然を装いながら一緒に温泉に入ってきて『俺は星奈の体の隅々まで知ってるんだぜ』とかみんなに自慢して、あたしを小鷹の女扱いする気なんでしょうっ!」

「あの、だから星奈は一体何を言って?」

 そもそも自慢げに語れる友人知人が俺には存在していません。

「それで、パパにもそう言いふらしてあたしとの結婚に駆け付けるつもりなんでしょうっ!」

 星奈は真っ赤になりながら俺に非難の視線を送ってくる。

「小鷹は卑怯よっ!」

「何が?」

 勝手に卑怯者呼ばわりされて勘弁して欲しい。

「あたしと一緒にお風呂に入りたいのなら正々堂々そう言えば良いじゃないのよっ!」

「言う奴はかなりの変態だと思うぞ」

 我ながら鋭い切り返しだったと思う。だが、俺のツッコミは届かない。

「そしてあたしにプロポーズしたいのなら周囲やパパを搦め手に使わないではっきりと言ってくれれば良いじゃないのよっ!」

 星奈が指を突きつけてきた。

「え~と、それはどんなエロゲーが元になっているのでしょうか?」

「とにかくっ! あたしは小鷹がちゃんとプロポーズしてくれない限り、一緒にお風呂に入ってなんかあげないんだからねっ!」

 ……え~と、この場合俺はどうリアクションを返すのが正しいのでしょうか?

 夜空や理科に尋ねるとろくな答えが返ってこない気がするので幸村……はいないので次の年長者小鳩を見る。

 頼む、妹よ。非力な兄を導いてくれ!

「あんちゃんは一生誰とも結婚しないでウチと一緒におるんじゃあ!」

 小鳩が星奈に向かって吠えた。

 一生誰とも結婚しないにはちょっと傷ついたが、兄に対する見事な援護射撃。さすがは俺の妹。俺に最も近い存在。

 これで少しは星奈も大人しく……。

「フッ。甘いわね、小鳩ちゃんっ!」

 星奈は大きな胸を強調させながら偉そうにふんぞり返った。

「あたしと小鷹は今日ラッキースケベで結ばれて、来年には小鳩ちゃんはあたしをお義姉ちゃんと呼ぶようになるのよ! 昴も小鷹も高校生の色香で私が頂くわよ、レイシス・ヴィ・フェリシティ・花澤ちゃん!」

「昴さんとの恋愛を邪魔するだけでなく、我が半身までも奪おうというの、パンチラ・肉感・伊藤っ!」

 イカン。小鳩と星奈は前世?まで思い出して俺の知らない次元で争いを始めてしまった。これはもう俺の手には負えない。

 

 諦めて夜空と理科を見る。

「小鷹は昔のように私を男だと勘違いして一緒に温泉に入るつもりなんだろう。だがな、幾ら策を練ろうと私は一緒に入浴などしないぞ! 肉とは違うんだ! ノー破廉恥だ!」

「理科はそこの出来損ないのツンデレ先輩2人と違って自分の欲望を素直に曝け出します。さあ、理科と一緒にお風呂に入りましょう」

 2人とも瞳がヤバイ色に染まっている。星奈と合わせて3人の少女に対して体の震えが止まらない。

 俺はこの状況を打破すべく最後の希望へと向き直った。

「顧問のマリア先生っ!」

 初めてマリアに対して顧問、先生と呼んだ。

「何だ、お兄ちゃん?」

「入浴時間帯を男女で分けましょう!」

 俺は、自分が生き残る為の唯一にして絶対の策を提案したのだった。

 

 

 

「やっとホッと一息つけたなあ」

 大きな円形状の露天風呂に入りながら大きく息を吐く。

 両手を回して肩の凝りをほぐしながら開放感に浸る。

 結局温泉に関しては、男、というか俺が午後4時から5時、女子が5時から6時、夕食後に関しては9時から10時が男で、10時から12時までが女子になった。

 とにかく俺は合計2時間の自由を得たことになる。フリーダムって叫びたいぐらいだ。

 そんなこんなで俺は温泉を満喫中だ。

「そろそろ4時半ぐらいかな? 着替えて戻る時間を考えると後15分ぐらいで出ないとなぁ」

 マリアは堪え性がないから時間より早くここにやって来るような気がする。幾らまだ幼い少女とはいえ裸で鉢合わせは良くないだろう。そんな事態になれば夜空や星奈がとても怖い。アイツらは俺をロリコンにしたがっているからなあ。

「残り10分ちょっとの平和を楽しんで上がるとするか」

 テレビアニメで温泉はサービス回担当なのだろう。けれど生身の人間がラッキースケベの如きイベントに巻き込まれれば、社会的生命は断たれ最悪警察行きだ。

 リアルを生きる俺たちにとって温泉でハプニングなど起きない方が良いのだ。ラッキースケベなど起きないに限る……。

「ちょっと、夜空っ! あたしの服引っ張ってんじゃないわよ。脱げないじゃないの!」

「うるさいっ! 貴様の如き皮下脂肪の無駄遣いが視界内で肌を晒すだけで公害なのだ!」

 ラッキースケベなど起きないに限る……。

「理科は今こそ長年の研究の集大成、空中で一瞬にして服を脱ぎ去るルパン・ダイヴをお見せしますよ!」

「きゃっはははははは。わたしが一番っ、なのだ~~っ♪」

「クッククククク。神の使い如きがこの闇の眷属に本気で勝てると思っておるとは片腹痛いぞ」

 大空を見上げて色具合を確認する。

 まだ5時前だよなという1点のみを確認する。とりあえず時間に関して俺に非はない。

 後は、もう知らん。というか俺の手に負えるもんじゃない。

 被害が可能な限り最小限で収まるように手を合わせて祈ってみる。

 無駄だと知りながら。

 

「にゃっはっはっは。やっぱり私がいっちば~ん、なのだ~~っ♪」

 だが、祈り空しく事態は動き始める。

 ホテル内に通じる扉が開いてマリアが飛び込んで来た。

 タオル1枚巻いていない素っ裸だ。

 凹凸のないその体は、少女というより子供と呼んだ方が妥当じゃないかと思う。本人もまるで羞恥心を感じていないし。

「闇の眷属を舐めるな、神の使いよっ!」

 続いて入って来たのは小鳩。

 こちらもタオル1枚巻いていないスッポンポン。

 兄としては小鳩も14歳という年頃の少女なのだからタオルを巻くぐらいの羞恥心は持って欲しい。

 そしてマリアとあんまり変わらない凹凸のないスタイルもお兄ちゃんをちょっとだけ心配させる。

 もしかすると小鳩の成長期はもう終わってしまったのだろうか?

 小さい小鳩は可愛いが、将来のことを考えるともう少し成長して欲しい。

 ともかく年少組2人はスッポンポンで俺の入っている温泉へと駆け込んで来た。

 だが、まあ、それは良い。

 マリアは子供だし、小鳩は妹だ。裸であるからと言って何か驚くことはない。そんな必要は何もない。

 少なくとも俺は凹凸のないボディーを見てハァハァする類の人間じゃない。

 だが、問題なのはこれからだ。

 

「ちょっと退きなさいよ、夜空っ! 扉が通れないじゃないのよっ!」

「黙れ肉っ! お前の無駄に育った乳と尻のせいで入り口を塞いでいるのだと何故気付かないっ!」

 続いてもつれるように入って来たのは夜空と星奈だった。

 高2ともなるとさすがに羞恥心ぐらいは持ってくれており、2人は体にバスタオルを巻いている。夜空は白、星奈はピンクだ。

 だが、その体から発せられる破壊力はマリアや小鳩の比ではない。黙ってさえいれば学校を代表する美少女2人がバスタオル姿で俺に向かって駆けて来るのだ。

 これで動揺するなという方が無理だろう。

 俺は2人の姿を出来る限り視界に収めないようにしながらキープ・クールと心の中で唱え続ける。

 だが、夜空たちに続いて最後に出て来た奴は俺の努力を全て無にしてくれた。

 

「ルパン・ダイヴに失敗して出遅れるとは理科一生の不覚ですっ!」

 自称変態、公称天才科学者の少女は小鳩たちのように素っ裸で入って来やがった。

 星奈には負けるものの高校生としては十分に立派な胸が俺の眼前に惜しげもなく晒されていた。

 ……神様、俺は一体どうしたら良いんですか?

 現実を生きる俺たちは、温泉に女の子が入って来たからといって飛び上がって喜んだりりなんかできない。

 そんなことしたら、終わる。色んなものが。ギャルゲーアニメみたいに来週になったら全部リセットなんて便利な機能は現実にはないのだから。

 

「俯いちゃってどうしたのだ、お兄ちゃん?」

「あんちゃん、大丈夫?」

 先に到着したマリアと小鳩が湯の中へと入って来た。

 2人の視線は俺へと集中している。

 いけない、この年少組に俺の動揺を悟られては絶対にダメだ。

 俺のこの焦り立つ動揺を…………ゲッ!

 慌てて頭の上に乗っけていたタオルを手に取って腰へと巻き直す。間一髪セーフだった。

 このタオルだけは、何があっても死守せねばっ!

「どうしたのだ、お兄ちゃん? 突然前屈みにしゃがみ込んじゃって」

「あんちゃん、もしかしてのぼせたん?」

 2人の視線が俺の腹から下へと向く。

 危なかったぁ。もう少しで俺は幼い少女2人に看取られながら社会的な死を迎えてしまう所だった。

 だが、代わりに俺はもう立ち上がれなくなってしまった。温泉からの脱出が不可能に。

「いや、ちょっと考え事をしていただけで体調とかは全然大丈夫だから。ありがとうな、2人とも」

 下半身の異常を悟られない為に動けない。が、代わりに微笑んで返す。不審を気取られない為の最大級スマイル。

 よし、これで誤魔化せるっ!

 

「見て、夜空っ! 小鷹が裸の小鳩ちゃんとマリアを見ながらデレデレとしまりのない笑みを浮かべているわ。どう好意的に解釈しても犯罪者の瞳そのものよ!」

「夜空はやっぱりそっち系の男だったのだな。あの表情を見せられては否定できん!」

 第一関門を突破したと思ったら、更に厄介な第二関門が現れた。

 星奈と夜空はとにかく俺をそっちの人だと思いたくて仕方がないらしい。何故同じ部活動の仲間を犯罪者にしたがる?

 さあ、どうやってこの難関を切り抜ける?

 俺にどんな選択肢がある?

 ……有効な打開策が一つも思い付かない。

 だが、選択肢は意外にも向こうの方からやって来た。

「きゃぁあああああぁっ!?」

 もう少しで温泉という地点で、星奈のバスタオルがはだけて地面に落ちてしまったのだ。

 重力に逆らって暴れまくった立派な胸と尻の力に逆らえなかったらしい。

 バスタオルが取り外されて俺の目の前で裸を晒す星奈。

「やっぱ……すげぇ…………」

 星奈の裸を見て俺は圧倒されていた。

 トップモデルと呼んでも全く差支えがない星奈のナイスプロポーションの裸身に俺は呆然となっていた。

 星奈の裸を見るのはこれが初めてじゃない。

 星奈の家に泊まった時も、海に合宿に行った時も俺は偶然とはいえ星奈の裸を見てしまった。だが、今回ほど近くで見たことはない。

 高校生離れしたセクシー体型を持つ美少女の裸は何度見ても俺の思考回路を麻痺させる。

 悪いとは知りつつも、彼女から目が離せない。

「嫌ぁああああぁああああああああああぁっ!」

 星奈が泣きながら悲鳴を上げてしゃがみ込んだ所で我に返り慌てて目を逸らす。

「うぇええええええぇんっ! また小鷹に裸見られたぁああああぁっ! もうお嫁に行けない~~~~っ!」

 泣いている星奈に罪悪感を覚える。勿論男の入浴時間帯に風呂にやって来た星奈にも非はある。が、裸の星奈を凝視してしまったのは俺の過ちだ。

 そして星奈の裸を見てしまったことは俺の体に更なる問題を引き起こした。あまりにも過酷な状況に俺は立たされてしまった。

「どうしたのだ、お兄ちゃん? お湯の中で体育座りなんて始めちゃって」

「やっぱりどっか痛いん?」

 心配そうに俺を覗き込んで来るマリアと小鳩。

 俺の体に起きている変化を悟られる訳には絶対にいかなかった。

 いや、万が一知られた場合は、全部星奈のせいだと言っておこう。星奈なら健康な男子の反応で解決。これで俺は夜空と星奈の追及をかわすことができるようになった。

 何か色々と後がまずい状況になったが、第二関門もクリア。

 

 そして最後にやって来た第三関門。

「さあ、小鷹先~輩~っ♪ 理科と先輩がこの草ツー温泉のアダムとイヴになりましょう~パラダ~イスっ!」

 相手は4本足で地を蹴りながら近付いて来る羞恥心の欠片もない色欲に忠実な獣。

 言語を用いた交渉で問題解決が不可能そうな所に最大の困難が存在する。

 だが、この関門に関して言えば俺が何かする必要はなさそうだった。

「変態痴女とはいえ、前を隠すぐらいの礼儀は持てっ!」

 夜空さんの裏拳が理科の顔面に決まった。

「グホッ!?」

 鼻っ柱を思いっきり叩かれた理科はお得意の意味不明口上を述べる間もなく地面へと沈んだ。

 こうして俺の第一次最低限の体裁を守る戦いは勝利の内に幕を閉じた。

 

 

 

「なあ、何でお前らは一緒に温泉に入っているんだよ?」

 マリアたちの乱入から5分後、何故か俺は隣人部の女子全員と温泉に浸かっていた。

 美少女たちと入浴。

 漫画やアニメであれば、男主人公に憎悪が集中する筈の羨ましいシチュエーションに違いない。その環境を満喫できなければ性的不能者であるとネット上で揶揄されそうな程に。

 だが、だがだ。

 リアルでそんな状況になったらそれを楽しめる奴なんてよっぽどの剛の者だけだ。

 だって、興奮しちゃったら、これから夜空たちと会うのが気まず過ぎる。

 加えて、星奈たちにエロ男認定されたらどうなる。部室が針のむしろと化す。

 ぼっちは人の視線に敏感なナイーヴな生物なんだぞ。

 夜空さんたちは何を面白がっているのか知りません。が、もう少し男子高校生のナイーヴな心を理解してくださいよ。

「私たちの部屋の時計は5時を回っていたのだから何の問題もなかろう」

 バスタオルを巻いたまま入浴中の夜空が答える。

コイツらに俺の気持ちを読み取る気、欠片もなし。わかっていたけどさ……。

「そうよ。私たちに何ら非はないわ」

 バスタオルを巻き直して入浴中の星奈が付け足す。

 ……う、浮いてる。

 何が、とは言わない。言ってたまるか。

「実は先輩たちったら、小鷹先輩と一緒にお風呂に入りたくてわざわざ時計の針を30分進めて、偽の5時を作り出したんですよ。エロスの鑑ですよね♪」

 ニッコニコしながら真相を解説するのはスッポンポン戦士理科。コイツに恥じらいを求めるのはやっぱ無理だな。

 よって見ない。見てたまるか。

「小鷹先輩が入っているのを知っているにも関わらず、『5時になった。さあ、温泉だ(よ)』と言いながらここに一直線に向かった夜空先輩たちのハイパーメガ粒子エロスには理科も敵いませ……ブヘェッ!?」

 大きな音がして、大きな水しぶきが上がった。そして、後頭部に大きなたんこぶを作った理科の水死体が温泉に浮かんでいた。

 ちなみに夜空は真っ赤になった拳を震わしている。一体何が起きたのか全くの謎だ。真相を少しも知りたくない。知ってたまるか。

「にゃっはっは。理科は余計なお喋りをし過ぎるからうんこ暴力夜空に殴られたの……ブブホォっ!?」

 マリアは第二の被害者になり果てた。

 温泉では連続殺人事件が起きないといけないお約束でもあるってのか?

 俺たちの世代ではもう2時間サスペンスで舞台が温泉とかそういう番組は放映してないんだぞ!?

 何故、そんな俺たちの知らない歴史を愚かにも繰り返そうとするんだ?

「あんちゃん、ウチ怖い」

 小鳩がしがみついて来た。

「裸の小鳩ちゃんに抱きつかれるとか……小鷹、アンタっ! なんて羨ましい、いえ、羨まし過ぎる真似を~~っ!」

「言い直せてないってのっ!」

 夜空に続いて今度は星奈までプッツンしそうな勢いだった。殺人鬼がもう1人増えた。

 

「お前ら、風呂ぐらい静かに入れっ! 恥ずかしい真似をするなっ!」

 小鳩を背中に庇いながら恐怖に屈せずに2人に向かって吼える。

 星奈はともかく、夜空はかなり世間体を気にする奴だから効果はある筈。

 だが、俺の判断は甘過ぎた。

「妹と10歳児の裸を見てエロ顔を見せたロリコン犯罪者の分際で私たちに説教か?」

「裸の小鳩ちゃんに抱きつかれている犯罪者の分際で恥ずかしい真似はするなですって?」

 2人の修羅が俺を睨んでいた。その殺気としか言い様のない凶悪な気配。獣の眼差し。

そんなものを感じ取って俺に取れる選択肢は一つしかなかった。

「逃げるぞ、小鳩!」

 妹を連れてこの連続殺人発生現場から逃げ出すしかない。

「あ、あんちゃん?」

「ここにいたら危険だっ!」

 このままここにいると俺たちが第3、4の温泉サスペンスの被害者になりかねない。

 俺は小鳩の手を取って温泉からの脱出を図る。

「おいおい、小鷹。今は楽しい温泉慰安中だぞ。そんなに急いでどこに行く?」

「小鳩ちゃんと温泉なんていう美味し過ぎるイベントをあたしが逃すと思っているの?」

 しかし回り込まれてしまった。

 2人は更に強烈な殺気を撒き散らしながら俺たちに近付いて来ている。

 どうする?

 どうすれば、妹だけでも安全圏に避難させることができる?

 その時俺の脳裏に先ほどの星奈の取り乱した姿が脳裏に浮かび上がった。

 

『うぇええええええぇんっ! また小鷹に裸見られたぁああああぁっ! もうお嫁に行けない~~~~っ!』

 

「これだぁっ!」

 俺は起死回生の逆転策を練り上げることに成功した。

 だが、その作戦を発動させれば……。

「小鳩……」

 妹へと振り返る。

「小鳩は俺がいなくなっても、しっかりやっていけるよな?」

「あんちゃん、一体何を?」

 小鳩が呆然とした瞳で俺を見る。

「俺は、小鳩なら立派な大人になれるって信じているから」

 小鳩の頭を2度優しく撫でる。

「温泉殺人鬼の2人は俺が引き付ける。小鳩はその間に脱衣所に走れ」

 小鳩の頭から手を離しながらミッション内容を告げる。

「あんちゃんは一体どうするん?」

「俺なら……心配要らないさ」

 小鳩に力強く頷いてみせる。それから体の向きを変えて、夜空と星奈を正面に見据えた。

 さあ、羽瀬川小鷹。

 一世一代の大立ち回りの始まりだぜっ!

 

「夜空、星奈。先に謝っておく。スマン」

「「へっ?」」

頭を下げてから2人に向かって特攻を仕掛ける。

「小鳩……兄ちゃんはお空のお星様になっていつまでも見守っているからな」

 右手で星奈のバスタオルを、左手で夜空のバスタオルを掴み──

「羽瀬川小鷹の男を舐めんなぁ~~っ!」

 一気に剥ぎ取った。

「「ええ~~っ!?」」

 俺の前に晒される夜空と星奈の裸。

 夜空の裸を見るのはこれが初めてだけど……やっぱ綺麗だなあ。

 確かに胸やお尻は星奈に比べると小さい。けれど、女子高校生らしい夜空の体つきは、顔の美少女ぶりと相まって最高に綺麗だ。10代後半の少女らしい色気が満載だ。

 そして星奈は何度見ても威力が大き過ぎる立派なスタイルが特徴。言うまでもなく超高校級が星奈の魅力だ。

 美少女2人の全裸。2人とも甲乙付けがたいほどに素晴らしい。

 俺の人生の最期に見る光景としては悪くない。いや、眼福過ぎる。

 さあ、小鳩。

 兄ちゃんに夜空と星奈の憎悪と殺意が集中している間にお前だけでも無事に逃げてくれ!

 

「「嫌ぁあああああああああぁっ!! ユニバ~~~~スっ!!」」

 だが、俺の予想に反して夜空と星奈は両腕で自分の胸を隠すと温泉の中へとしゃがみ込んでしまった。

 しかしこれは生を放棄した筈の俺にとっても千載一遇のチャンスだった。俺にもまた生きてこの温泉を出られるチャンスが生じたのだ。

「よしっ!」

 妹の手を掴んで一緒に走り去ろう。

 そう思った瞬間だった。

「あんちゃんのアホぉおおおおおおおおおおおおおぉっ!」

 小鳩の怒声と共に突如後頭部に激しい痛みを覚えた。

 それから一瞬の内に目の前の光景が急に白み掛かり、次いで暗転していく。

 何が起こったのかと思い振り返ると、小鳩が頬を膨らませながらゲンコツを固めていた。

 怒った小鳩に無防備な頭を殴られたのだとすぐに理解した。

 非力な小鳩は俺が守ってやらなきゃと勝手に思い込んでいたが……小鳩もまた強く逞しく成長していたのだ。

「知らない間に……大人になっていたんだな、小鳩」

 妹の成長ぶりを誇らしく思いながら俺は意識を手放したのだった。

 

 

 

「知らない天井だ……」

 気が付くと、温泉旅館の俺が宿泊している部屋で寝かされていた。

 首を傾け直して窓を見ればすっかり暗くなっている。数時間は経過しているらしい。にも関わらず電気はついていない。

 自分の状態を確認すれば、浴衣を着せられている。腹の部分の圧迫からパンツも履いていることがわかる。

 倒れた時は全裸だったことを考えると誰かが着せてくれたらしい。ここの従業員の人が着せてくれたことを願う。

 そこまでの状況を把握した所でゆっくりと上半身を起こしてみる。

 さて、何がどうなったのやら。

「おお~。お兄ちゃん。やっと目が覚めたか~」

 温泉でも修道服姿のマリアが俺を見てニッコリと笑った。マリアもまた死後の世界から帰還したらしい。

「ちなみに先輩を着替えさせたのは旅館の従業員の男性ですから心配ありませんよ。でも、その前にしっかりと……。あっ、理科、携帯の待ち受け画像を新しく替えたんですけど、見ます? ゲッヘッへ」

「データごと消去してくれ」

 最初の温泉連続殺人事件の被害者である理科も生き返ったようだ。

 さて、後は殺人鬼側の人達だが……。

 真っ暗い部屋の中、俺は、審判の時を待った。

「あんちゃんのアホ~~~~っ!」

 右手から妹の非難の声が上がった。俺を冥府へと送った犯人である小鳩はまだ怒っているようだ。

 俺が夜空と星奈にセクハラを働いたことにご立腹らしい。だが、妹のご機嫌斜めにはもう慣れているので小鳩の怒りはそんなに怖くない。

 問題は……

「小鷹よ。起きたのなら正座だ」

「イエス、マム」

 俺の右枕元に座っていた夜空が冷静な声を出した。

「何か、申し開きはあるか?」

 夜空さんは驚くほど淡々とした声を出している。

「いえ。何も弁解することはありません」

 夜空さんに向かって頭を下げる。

 俺にだって夜空が怒りを解いた訳ではないことぐらい十二分にわかっている。

 海でも囚人服のような水着を着ていた夜空のことだ。肌を露出することに相当強い抵抗感を持っていることは想像に難くない。

 その夜空の裸を、しかもタオルを剥ぎ取って無理矢理見てしまったのだ。夜空がどんなに傷付いたのか想像することは容易い。

 それと共に、どれだけの怒りをその内に秘めているかもだ。

「では、小鷹。今後の私たちについて話をしよう」

「今後の私たち、とは?」

 どうしよう。とてつもなく嫌な予感しかしない。

「小鷹はウェディングドレスと白無垢のどっちが好きか? もしくは両方か?」

 青空を思わせる爽やかな表情で夜空はそう訊いた。

「あの、それはどういう質問で?」

「いいから答えろ」

「どちらも、好きです」

「式の途中で着替え直せば良いということだな」

 笑顔の夜空さんから強烈なプレッシャーを受けて素直に答えるしかなかった。

「子供は何人欲しい?」

「えっと……2人。いや、3人かな。俺の子供だと、ほらっ、友達少ないかもしれないから、兄弟が多ければそれだけでも大丈夫って言うか……」

 ぼっちが子供にまで遺伝してしまったらどうしよう。

「結婚したら何と呼んで欲しい? あなたか? ダーリンか? 小鷹か? 旦那様か? ご主人様か? お兄ちゃんか?」

「小鷹で、いいです」

 後半、変なお店の呼び方みたいになってます。けれど、それをツッコむ勇気は今の俺にはありません。

「行ってらっしゃいのキスは室内でして欲しいか? それとも玄関を出てご近所さんに見せ付けるようにして欲しいか?」

「あの、目立つのはあまり……」

「なるほど。家の中で秘密裏に、だが激しくして欲しいわけだな。このムッツリスケベめ」

 夜空はドヤ顔で息を吐き出して見せた。

「では具体的に今後の日程に関してだが……小鷹が18歳の誕生日にゴールインで良いな? 卒業証書には名前を羽瀬川夜空と記載してもらうように理事長に掛け合っておく」

 何のことだかわかりたくない日程を独り喋り続ける夜空から目を背ける。

 

 勘弁してくださいよ、夜空さん……。

 

 自分の今後の人生が果てしなく重いもので塗り潰されていく感じだった。

 神さま、女の子と一緒に温泉に入って、その女の子のバスタオルを剥ぎ取っちゃったのは終身刑ものの罪ですか?

「にゃっはっはっはは。夜空は何か変なことを言っているのだあ」

 神の御使いは夜空さんを見ながら大笑いしている。止める気はないらしい。

 俺はどうやら死刑確定らしい……。

 

 だが、神は俺を見捨ててはいなかった。

「結婚式の装束とか子供の数とか呼び方とか何を勝手なことを訊いてるのよっ!」

 星奈が、理事長の娘柏崎星奈さんが俺の代わりに吼えてくれた。

 頑張れ、星奈っ!

 口には出せないけれど、俺はお前の味方だっ!

「私は小鷹との結婚後の生活について話し合っているだけだぞ?」

「「「「「なっ!?」」」」」

 平然と答える夜空に俺たちの驚きの声が揃う。

「結婚後の生活ってどういうことよ!」

「私は小鷹に生まれたままの姿をジットリと凝視されてしまった。私はもう小鷹以外のお嫁さんにはなれない。小鷹も当然責任は取ってくれるのであろうな?」

 夜空さんはごく当然とばかりにサラッとした表情で俺に結婚を迫って来た。

「小鷹は……結婚まで誰にも見せないと心に固く決めて来た私の裸を見た初めての男なのだぞ。責任は……取ってくれるのだろうな」

 頬を赤らめる夜空さん。

 やべぇ。ちょっと、いや、凄く可愛い。

 だが、流されちゃダメだ、羽瀬川小鷹。

 ここで夜空に優しい言葉を掛けようものなら俺の一生はもう決まってしまう。

 友達を作るという大願を成就する前に妻帯者になってしまう。そうなったら家にまっすぐ帰る付き合いの悪い人になってしまい、ますます友達が出来なくなる。

いや、美人な奥さんがいれば友達要らないか? 友達居なくてもお嫁さんがいれば人選勝ち組な気もする。

 いやいや、だから騙されるな、俺っ!

 俺はまだ高校生。生涯の伴侶を決めるには早過ぎる。しかも責任とかそんな単語の果てに結婚するのはまず過ぎる。

 熱烈な恋愛の果てに夕日の綺麗な公園でプロポーズとかしてみたいんだ。だって、俺、リア充の一挙手一投足に憧れてますっすから。

 だが、許されざる罪人である俺には自分からお断りの言葉を出すことは出来なかった。

 誰か、俺を結婚という人生の墓場から救い出してくれっ!

「フッザケンじゃないわよっ!」

 星奈が、俺の代わりに吼えてくれた。

 やべぇ。今の星奈さん、マジで格好いい~。

「小鷹に先に裸を見られたのはあたしの方なのよっ! だから小鷹が結婚しなくちゃいけないのはあたしの方なんだからねっ!」

 豊か過ぎる胸を叩いて踏ん反り返る星奈さん。

 俺の味方だと思ったのは、砂漠に浮かぶオアシスのように蜃気楼、幻だった。

「小鷹のお嫁さんにはこのあたしがなるんだからねっ!」

「肉の分際で私の夫に不倫を仕掛けようとは良い度胸だっ!」

 激しく火花を散らしながら睨み合う夜空と星奈。

 もう、俺にはどうしようもなくて残りの3人の顔を見る。

 誰か、俺を助けてください……。

「そういうことでしたら、裸を見られてしまった理科も小鷹先輩のお嫁さんにならざるをえませんね。ええ、なりますとも」

「お前は自分から見せ付けたよな……」

 理科さんは当然のことながら俺の言うことを聞いてくれない。

「なるほど。裸を見られるとお兄ちゃんと結婚できるのか。なら、私もお兄ちゃんのお嫁さんだな。にゃっはっはっは」

「シスターが結婚とかまずいだろ」

 マリアも人の話を聞かずに笑っている。

「なら、ウチもあんちゃんのお嫁さんになるたいっ!」

「兄妹で結婚とかまずいだろ」

 マリアや小鳩に結婚を申し込まれると背徳的な気分になるのは何故だろう?

 だが、これで一つだけハッキリした。

「隣人部に……俺の味方はいない」

 逃げよう。

 心に固くそう誓った。

 逃げることが根本的な解決にならないことは俺もよく知っている。

 でも、今は逃げないとダメだって思う。

 

「で、隣人部の女子全員の裸を卑劣な手段で盗み見た小鷹は誰と責任を取って結婚するのだ? 勿論、10年前から愛し合っていた世話焼き系幼馴染の私、だよな?」

 ヤンデレと化した瞳で夜空さんが尋ねて来る。やべえ、100人分大切にできる友だちという設定がいつの間にか愛し合っていた世話焼き系幼馴染にジョブチェンジしている。

 こ、怖ぇ……。

「何を言ってるの? 小鷹のお嫁さんになるのはパパ公認のあたしに決まっているでしょ? あたしのこと……幸せにしてくれなきゃ、許さないんだからね!」

 星奈さんはツンデレっすか?

 でも、家族公認を持ち出すとか外堀から埋めていく用意周到ぶりがある意味で夜空さんよりも怖いっす。

「あっ、理科は別に本妻じゃなくても構いませんから。でも代わりに理科みたいな聞き分けの良い子は一生涯捨てられませんよね♪」

 理科さんはさり気なく粘着質女であることをアピールしています。怖いです。別れるとか言った瞬間に解剖されそうです。

「にゃっはっはっは。5人の女と結婚するなんて、お兄ちゃんは女好きだな。沢山のシスターと結婚している神さまの次に女好きだ。にゃっはっはっは」

 10歳児に女好きと断言されてしまいました。怖い。怖いよ。

もう、生きているのが辛いです。

「クックック。わが半身よ。そろそろ兄と妹とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は前世から熱烈に愛し合っている運命の夫婦であることを教えても良かろう。クックック」

 何かこう、今のタイミングで言われるには最も相応しくない厨二台詞を言われてしまった。怖ぇよ、厨二。

 そして改めて思う。ハーレムとは墓場の別名であると。

 もうこうなった以上、俺に出来ることは……

「ごめん、みんな……ユニバ~~~~スっ!!」

 運命からの逃避しかなかった。

 俺は浴衣姿のまま玄関まで駆け抜けて、更に真冬の夜の下へと駆け出していく。

 とてつもなく寒い。でも、止まるなんて俺には出来なかった。

「未来のお嫁さんから逃げ出すとは何事だ、小鷹っ!」

「ラブラブカップルの鬼ごっこってヤツね。負けないわよ♪」

「理科は結婚とか全然興味ありませんから、合宿だけでもして子供を生ませてくださ~い♪」

「にゃっはっは。お兄ちゃんとの追いかけっこなのだな。この私が一番に捕まえてやるのだ~」

「クックック。どこに逃げようと、闇の眷属たるこの我に闇の中で逃れることなどできないのだ。クックック」

 追い掛けて来る5人の少女。

 こうして、俺と隣人部女性陣の長い長い鬼ごっこが始まった。

 混浴温泉が羨ましいイベントだと思う奴が心底憎い。

 そう思いながら俺は明日を信じて駆け続けたのだった。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 


 
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