No.370508

崇高なる恋情

健忘真実さん

動物園の住人・マウンテンゴリラのさくらが、女子高生に恋をした!

2012-01-30 12:08:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:504   閲覧ユーザー数:503

 美優はゾウをスケッチしていた。表情や動きをすばやく捉えて描いていく。

 毎週日曜日の午前中は動物園で過ごしている。

 少ない小遣いの中から交通費と入園料を払ってまで通っているのは、純粋に動物が好

きなのと、画を描くのが好きなのと。将来はイラストレーターの道に進みたいと思って

いる。また、動物は触りたいが、見ているだけでも飽きがこない。

 しかし今日は、妙な視線を感じていた。いや、先週からである。時々顔を周囲に向け

てみるのだが、それらしい人影が見当たらない。

 帰りがけになにげなく目を向けたゴリラの広場。先々週にスケッチをした『さくら』

は希少種のマウンテンゴリラ。さくらは美優に流し眼を送ってきている。なんともいえ

ない色気を感じてゾクッとした。

 

 天王寺公園の一部が動物園になっている。公園の噴水へと急いだ。海斗は手持無沙汰

に水が吹き上がるのを見ていた。同じ公立高校の3年生で、クラスは別である。美優は

美術部、海斗は剣道部に所属している。ほぼ月一で、こうしてデートをしていた。

 

 ふたりは屋台でたこ焼きを買い、ベンチに座った。竹皮の舟に入ったたこ焼きを膝の

上に置き、両手のつまようじで開いて、フーフーと冷ましながら食べていた。

 

「ひょんでな、アハーッ、しょのしゃくらっちゅうホリラ、アファファ、ひっとふちの

こと(ごくん)見てたみたいやねん。スケッチしてる間ズーッとやでェ」

「ふーん、フーッ、フーツ、美優に気があるんちゃうか」

「まっさか~、・・・けど、妬ける?」

 頬を赤くして横を向いた海斗の顔を、美優は下からのぞきあげた。海斗は目を動かし

て美優の顔を見た。

「青のり、ぎょうさん付いてるで」

と言って、あいている薬指を美優の唇にあて青のりをとると、自分の口に持っていった。

「ゴリラに妬くもなにもないやろ、そいつオスなんか?」

 美優は唇を舌でなめまわして

「ううん、メス」

「ほんならなおさらや、アホらし」

 翌週、美優は[マウンテンゴリラ]と書かれた広場の柵の前に立ち、さくらを眺めた。

美優のいる柵から広場の間には、ゴリラが来られないように返しが施されている。

 さくらのスケッチを始めた。正面から。横になっているところ。バナナを食べている

様子など、根気よくそのタイミングを待ちながら。

 時々さくらは、じっと見つめてきた。

――なんちゅうきれいな澄んだ眼、してるんやろ。この前みたいな流し眼、してくれへん

かな

 

 描いたスケッチを1枚はがして、紙飛行機にして飛ばした。さくらから離れた所に落

ちたが、さくらはのっそりと立ち上がって拾いに行き、広げてじっと見入っている。そ

のまま寝室のほうへ入ってしまった。

 

 次の週、さくらはゾクゾクッとする流し眼を送ってきた。すごい色気を感じる。心が

湧きたつようで、夢中になって、一挙手一投足に至るまで観察し、描き続けた。そうし

ているうちに美優は、さくらと一体感を感じるようになっていた。自分を見つめるまな

ざしに、あふれる“愛”を感じた。

 美優は以前描いていた自画像を、さくらの画と共に紙飛行機にして飛ばした。

 

 

「美優、最近どないしてん。デートしてくれへんし。俺のこと嫌になったんか?」

 学校の廊下で会った時に問われた。

「そんなことあらへんて。画、描くんが面白なってきただけや。それに試験も近いし」

 

 美優は動物園に1日中入り浸ってさくらを描き続けた。さくらだけを描いた。さくら

はポーズをとるようにもなった。描いている間中動かないでいる。自分が満足できた画

は、紙飛行機にして飛ばした。その度にさくらは、拾い上げると寝室に入ってしまう。

 

 年が明けると、大学受験が始まった。芸術学部を目指していたが、ことごとく失敗し

た。海斗と会うこともなくなっていた。

 どうしようもなく、どうしたらいいかも分からず3カ月ぶりに動物園に行った。

 入場ゲートで係員に呼びとめられた。

「あっ、ちょっとあんた、待って」

 びっくりして振り返った。

「あんた、ゴリラのさくらの画、描いてた人とちゃう?」

「そうですけど」

「ちょっと中に入ってきてくれへん」

と言いつつ、どこかへ電話をかけている。

「はい、はい、ほならここで待っとってもらいまっさかい、早よ来てください」

 

 しばらく狭い部屋の中で待たされた。係員はお茶をポットから入れて勧めてくれる。

 中年らしき男性が駆け足でやって来るのが見えた。

 

「やぁ、すんません、お待たせしました。ぼく、ゴリラの飼育担当の中山いいます」

 はぁ、と怪訝な顔で中山を見つめた。

「あんたさん、さくらの画を描いてはったんですよね」

「はい、すみませんでした。紙飛行機にして投げ入れてました。アカンことですよね」

「はい、いえ、そういうこととちごうて・・・実は今、さくら病気ですねん。それが・

・・なんちゅうたらええんか・・・恋わずらいですか」

「恋わずらい!?」

「3か月前から食欲なくしよって。好物のリンゴやバナナもちょっとしか食べよらんの

です。ほんで部屋を移して寝床を掃除してたら・・・見てください、これ」

 手に持っていた紙を広げて見せた。いろんな色のシミが付いてはいたが、まぎれもな

く美優が描いたさくらの画と自画像だった。

 

「よかったら一緒に来てもらえませんか」

 美優は中山に付いて行った。

 

「さくらは体は大きいて一見怖いですけど、ま、ゴリラちゅうもんは、特にメスですけ

ど、おとなしいて優しい動物なんですよ。人間に近こうて、DNAはほとんど一致して

ますしね。むしろ人間より平和的です」

 

 寝室で袋を頭からかぶって寝ていたさくらは、動かない。

「さくら・・さぁ声かけたってください」

 ドアを入ると格子があった。そこから さくら、と呼び掛けた。

 するとさくらは袋を払いのけると美優をしばらく見つめ、のっそりと立ち上がると長

い腕を地につけてうろつき、バナナを食べ始めた。

 

「やっぱり、さ、もよろしいからこちらに」

 

「学生さんですか?」

「受験に失敗して、今はまだ・・・どうするかまだ分からないんです」

「そうですか。もしよかったら飼育員として働いてみませんか。学校で生態学や動物行

動学を勉強してきた人もいてますが、先輩から教わりながら覚えていく人も多いですよ。

何より動物が好きな人。それ以上に大事なんは、動物から好かれることですわ。ただし、

病気やお産の時は不眠不休になりますがね」

 

 

 現在、美優とさくらはまるで恋人同士のように、溌溂として触れ合っている。


 
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