No.356939

Array Enchainment 第一日

今生康宏さん

聖六重奏とそこはかとなく被っている気がしますが、魔法学校ものです
タイトルを色々と凝って行った結果、すごく発音しづらく……
一応、「アレイ インチェインメント」と読みます。意味は「配列された縛られたもの」
また、enchainはenchant(魔法にかける、魅了するなどの意)と掛け言葉っぽくなっていたりします
……まあ、どうでも良い裏話な訳ですが

2012-01-02 18:10:23 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:309   閲覧ユーザー数:309

 魔法、それは、かつては人智を超えたものだった。

 

 

 古く、人は抗いがたい自然やその災害を神と呼び、畏れた。

 

 

 時が流れ、人は自然を自分の手で制御することが可能になった。

 それは、道具を使ったり、機械を開発したり、高度な測量技術を用いたりと、科学的アプローチに寄ってのものだった。

 

 だが、それだけが人の自然を支配する術ではなかった。

 人々の中に、超常的な力で自然を操る能力者が現れ、人の脅威となった。

 

 その時、魔法使いという言葉が生まれ、魔法使い達は迫害と重用の中で揺れ動いた。

 

 

 

 更に時代が下り、近代、現代と「今」に近付くにつれ、魔法使いは必要とされなくなった。

 機械技術が魔法を追い越し、「魔法」の定義が揺れた。結果として、その存在はなかったことにされた。

 

 魔法使い達は、その魔法の極意を子に伝え、更に発展させて行くというシステムを確立させていたというのに、その仕事がなくなった。

 行き場を失くした魔法使いの末裔達は、何者にも成れず、退廃的な人生を余儀なくされた。

 

 

 

 そこで「学校」が出来た。

 年嵩の魔法使いは、教職員。年若い魔法使いは、生徒。

 魔法の必要とされない世界で、魔法使い達は「学校ごっこ」を続ける。

 誰も望まない魔法の力を磨き、内輪だけでその力を見せ合う。

 何の成果も生まない、他愛もない遊び。

 だが、それが魔法使いに与えられた最後の道だった。

 ――十二月。魔法学校の入学式は春ではなく、冬の初めに取り行われることになっている。

 五十人の新入生が、門をくぐり、体育館で校長――賢者と呼ばれる大魔法使いの言葉を聞き、割り振られた教室に案内され、担任教師と、各々の簡単な自己紹介をする。

 その後、校庭に集合させられた新入生達は、戦いを強制された。

 「六芒星」。ある宗教のある聖印をモデルに作られたエリート六人。それを選別する為の戦いだ。

 

 この物語は、平均年齢十五歳の彼等が、年齢に不相応な大魔道戦を繰り広げるシーンから展開して行く。

 見た感じ、俺の脅威となりそうな相手は少ない。そう感じた。

 慢心ではなく、もっと基本的な理由からだ。

 得物を見ればわかる。俺の「刀」とまともにやり合えそうな武器の使用者の絶対数が少な過ぎる。

 杖や魔本では駄目だ。今流行りの携帯もノートパソコンも駄目。箒も弓矢も敵わない。

 俺の刀とやり合えるのは、同じ刀剣類か、圧倒的魔力で全てを薙ぎ払う砲だけだ。

 中でも目立つのは、一人の女。開始早々、超高速詠唱からの砲撃で、既に五人の生徒を戦闘不能にしている。

 真紅の魔方陣が示す属性は火。俺の雷との相性はとんとん。実力勝負しかない。

 一方、魔本なんて前時代的な武器を使いながら、目を惹いたのは俺と同じ、東洋人の男だ。

 地面から召喚した岩の牙で近付く相手を貪り喰らい、逃げる相手には水晶の剣を放っている。あれは見た目からして二十歳近い。経験豊富な猛者だ。属性は当然土。俺との相性が悪いのは言うまでもない。

 他に特筆すべき奴が居るとすれば、修道女風の格好の女が居た。フードは被っていないが、黒い僧服に身を包んでいる。

 恐らく俺より年下だろう。小柄な体には似合わない大竜巻を、十字架を触媒に操り、大暴れだ。風属性は、俺の雷と起源を同じくする。やはり相性は特別良くも悪くもない。

 六芒星を選ぶという戦いだが、俺を含めたこの四人以外、今年は六芒星は現れないだろう。

 ならば、その中でも優劣を決めるのがこの戦いの意義だ。

 俺は、舞い散る火の粉と水晶片を掻い潜り、細身の魔砲を操る金髪の女の方へと駆けた。

 照準を付けさせないじぐざぐの動きで肉迫し、抜刀と共に刀身に雷を纏わせる。

 我が家の魔法の基本にして極意。相手の魔力ごと断ち切る一撃だ。

 この一撃を外せば、魔砲相手には厳しい勝負を余儀なくされる。全力で討ち取りに行くしかない。

「抜刀一閃――!紫雷剣!」

 魔力を帯びた刃が、まるでそれ自身が放電したかの様に、強烈な電撃を放つ。

 といっても、見た目ほどこれには威力がない。その代わり、破壊ではない別な力が備わっている。

「くっ、フレイムスフィア!」

 無数の火球が宙に浮かび、俺に向かって飛来、円形の包囲陣を作る。

 注目すべきなのは、詠唱の文句を飛ばした高速詠唱だ。三十近い中堅魔法使いの常套手段だが、こいつはもうそれを自在に使うのか。

 恐らく、威力はきちんとした詠唱を経たものより数段落ちているが、直撃を受ければ意識が飛びかねない威力があるだろう。

 とはいえ、俺の「魔法切り」の刀なら、完全に相殺した上で、尚攻撃を通すことが出来る。

 雷の刃を宙に滑らせ、摩擦によって更に雷撃を強める。そして、火球を風圧で吹き飛ばす様に切り付けた。

 風船が割れる様に火球が形を失くし、俺と相手の間を遮るものは無くなった。

 それでも尚、俺の刀の雷は消えず、尚も強烈な光を放っている。

「……終わりだ」

 踏み込みと共に、返す刀で相手を切り払う。確かな手ごたえがあり、間もなく膝を突く音が聞こえた。

 刀という武器を用いているとはいえ、魔法は基本的に精神にしかダメージを与えない。斬り付けた様に見えても、ミミズ腫れ一つ残っていないだろう。

「相手の魔法を打ち消す魔法か……今尚、使い手が居たとは」

 悔しげな相手の声が漏れる。独り言のつもりで言ったのか、小さなものだったが、俺には不思議とはっきりと聞こえた。

「俺の魔法は、魔力付加。原始的な時代遅れ魔法だ。だが、だからこそ生き続けているものもある」

 だが、相手も強かったのは確かだ。乱戦でなく、完全な一対一なら、勝負はわからなかったかもしれない。

 中~遠距離において、無双の強さを発揮する魔砲だが、当然ながら弱点もある。

 それは、接近戦における攻撃手段の乏しさだ。

 得意の砲撃を至近距離で撃つとなると、当然ながら自分もそれに巻き込まれ、共倒れとなる場合が多い。そして、それは魔砲使いにとって、不名誉以外の何ものでもない。

 だから、基本的にそんな馬鹿な真似はしない。敵の対魔結界を強引にぶち破る場合には使われるそうだが。

 勿論、この相手は自分の弱点を把握した上で、それに対する備えを用意している。

 今発動した、大量の火球を作り出す魔法がそうだ。が、長時間魔力を照射する砲撃ならまだしも、単発の攻撃魔法なら、簡単に俺の刀で潰すことが出来る。

 小規模のものであっても、砲撃をしていればもう一悶着あっただろうが、初見の相手だし仕方がないことだろう。

 それに、俺の使う魔法が先に言った通り、特殊なのもある。今は魔法を解除する魔法も、武器に魔力を付加する魔法も廃れていて、対抗策を講じられることすら少ない。

「さて、後は……」

 振り返ってみると、もう立っているのはあの魔本使いと、修道女風だけだ。

 俺が戦っている間、二人も激戦を繰り広げていたらしいということは、地面に突き刺さっている水晶の欠片や、竜巻に抉られた砂を見ればわかるが、まだまだ二人とも魔力が尽きる様子もない。

 三つ巴の戦い、といったところだが、俺が二人とも倒せると思うほど、俺は楽観的じゃなく、また、現実もそんなに甘くないだろう。

 相性の悪い土属性と、互角の風属性。しかもどちらも広域攻撃を得意としている。その全てを打ち消した上で近付き、一撃を加えるというのは至難だ。

 そもそも、やたらと燃費の悪い魔力付加により、俺もかなり息が上がっている。持って後一人分。片方と相討ちになれれば良い方……なら、狙うのは土属性の魔本使いの方しかない。

 あえて不利な属性に向かって行くのは無謀に見えるかもしれないが、あちらは広範囲をまとめて攻めるとはいえ、岩の牙や槍は一度きりの攻撃。対して風の魔法で起こされる竜巻は、永続的に発生し続けるもの。ある部分を切ったところで、直ぐに復活してしまう。

 どうせ後のことを考えなくて良いのだから、ありったけの魔力で不利な属性にぶつかって行く事も出来る。これしかないだろう。

「天竜光雷――!七星剣!」

 不利な属性を、居合いで何とか出来るとは思えない。予め抜いた刀に魔力を集中させ、眩い光を纏わせる。

 あまり得意ではないが、雷から派生させた光の魔法だ。

 元々は雷属性なので、不利には変わりないが、単純な雷で立ち向かうよりはいくらかマシだろう。

「ちっ、こっちに来やがったか。どうせなら女の子の相手したかったってのによ……クリスタルランサー!」

 一瞬にして魔方陣が宙に描かれると、そこから無数の水晶の槍が生成、俺に向けて一斉に放たれた。

 当たり前の様に高速詠唱で広域魔法を使って来る。多分、実力ではこいつが一番上だ。

「やる気がないなら、ちょっとは手を抜いてくれるとありがたいんだけど……なッ!」

 全力で迎撃しないと、壊し切れないかもしれない。そして、それは俺の戦闘不能を意味するだろう。

 一振り一振りに渾身の魔力を込め、光の刃で水晶槍を砕きつつ接近する。

 正に弾幕といった激しさで放たれる槍は、止む兆しも見せず、近付けば近付くほど、その厳しさを増し、俺の魔力も間もなく底を尽きようとして来る。が、相手との距離は刀二振り分。十分に接近することが出来た。

 真っ直ぐ目の前に飛んで来た槍を打ち砕き、その一瞬で俺は新たな魔法――実はと言えば、最後の魔法の発動体勢に入り、更に前に半歩出る。

 もうこれ以上は前に出れない。なら、刀を伸ばすしかない……逆に長大なリーチさえ確保出来れば、俺の勝ちは確定する――!

「白雷正法――!解脱剣!」

 光に包まれていた刀が、再び雷を纏う。

 といっても、今度の雷は紫雷剣のものとは明らかに違う。刀は必要以上に放電せず、むしろ雷を刀身に凝縮。それによって刀は本来の長さの約二倍にまで延長され、その刃の幅も広くなっている。

 最早そのビジュアルは、日本刀というよりは、西洋のシャムシールに近いだろう。幅広の点では、それとスクラマサクスを足して二で割った、というところだろうか。

「ガイアシールド!土属性の本分は防御。雷属性の攻撃を防ぎ切れない訳がねぇ!」

「どうだろうな?試してみろ!」

 射程、威力共に大幅に強化された刀を両手で持ち、袈裟がけに振り抜いた。

 白雷の刃は、空を裂く様に進み、紙切れの様に相手の岩石と土で形成された障壁を切り裂く。

 といっても、俺の魔力は既に限界だ。この刀に宿る魔力が最後。完全に壁を断ち切り、相手にダメージを与える前に力が切れてしまえば、もうどうしようもない。

 しかし、そんな不安を他所に、刀は止まらず、壁の向こうで相手も苦い顔をしていることだろう。

 後ろで、あの修道女も息を呑んでいるであろうことが雰囲気で伝わる。

 こいつに勝っても、俺にもう戦えるだけの魔力はないが、間違いなく戦績的には一番だ。

 こんな本試験でもない、いわばお遊びみたいな試合で勝つこと自体に大きな意味はないが、俺の剣術と魔法がここでも通用する。その事実は証明出来る。そして、それは俺の自信に繋がる。――まあ、自分を疑ってはいなかったが。

 ……だが、現実はそう順調に進まなかった。

「くそっ……」

 恐れていた通り、半分ほど切った所で、刀はがきん、と硬いものにぶつかる。魔力が切れ、相手の障壁に止められてしまった。……が。

「お前と共倒れだ。悔しいが、六芒星にはなれるだろう。それなら良い……」

「はっ。残念だが、俺はまだ余裕が……って、おい!?」

 後方に居た修道女風の少女。あいつはただ無意味に突っ立っていた訳ではない。子供とはいえ、あいつは相当優秀な使い手。頭も切れて、十分にしたたかだったのだろう。

 残った方を確実に仕留める為、恐らく自身の最強の攻撃魔法を準備していた。

 風と雷は近しいところにあるから、多少は俺も知っている。あれはインビジブル・ツイスター。名前の通り不可視の局地的竜巻を発生させるものだ。

 強力な魔力反応がある為、何らかの魔法を発動させた、ということはわかるが、視認は出来ず、また、竜巻といっても単純な風を起こすのではなく、かまいたちを発生させる類のものな為、回避が非常に難しい。

 手っ取り早く防ぐなら、障壁を作れば良いのだが、この魔本使いの障壁は俺が半壊させている。しかも土と風は相性が悪い。簡単に決壊してしまうだろう。

「こんな壁一枚じゃ鎬きれねぇ!プリズムウォール!」

 新たな水晶の壁が地面からせり上がって来た時、既に俺も、魔本使いも、倒れてしまっていた。

「それでは、これより六芒星に選ばれた生徒を発表する。――といっても、もう既に自分だと思っている人間も多いことだろう。そして、その予想通りだ。まず、先の模擬戦で最後まで残り、かつ最も多くの相手を倒した者。アリサ・カラブレーゼ」

「……はいっ」

 戦いの後、再び俺達は体育館に集められ、先の戦いの結果発表を受ける事になった。

 結果発表といっても、単純だ。六芒星か、六芒星ではないか。詰まるところ、六人しか表彰枠はない。

 神経質そうな眼鏡の男(勿論、教師だ)に最初に名前を呼ばれたのは、あの修道女風。アリサという名前は、ロシア系だったか。そういえば、色白で、そんな雰囲気がある。

 対して、苗字はイタリアっぽい。ハーフなのか、移民なのか。修道女なので、前者の可能性が高いか。……いや、イタリア=キリスト教徒なんて、短絡的過ぎる考えか。

「次に、同時に倒れた二人。劉堵然(リュー・ドゥラン)と八重樫(やえがし)飛鳥」

 声もなく腰を上げると、例の魔本使い。リュー・ドゥランも同じくさっと立ち上がっていた。

 名前から察するに、中国の出か。中国といえば「法師」ばかりで魔法使いの印象は薄かったが、あれだけ国土が大きければ、西洋魔法を継承している人間が居てもおかしくはない。

「そして、前半において大半の生徒を掃討してしまった、ロレーヌ・ド・ブラフォード。お前も当然六芒星だ」

「ありがとうございます」

 素早く、しかしどこか気品良く立ち上がったのは、俺が唯一討ち取ったあの魔砲使い。「ド」の名前が表す通り、フランス貴族の末裔だろう。

 今改めて見れば、髪こそ金の長髪で女性的だが、精悍な引き締まった面持ちは、騎士か軍人かといった印象を受ける。

 そういえば、かの有名なナポレオン・ボナパルトは士官学校で、砲兵科に所属していたか。

「――お前達もわかっているだろう?六芒星は以上だ。名前を呼ばれなかった者は、そのまま待機していろ。名前を呼んだ四人。お前達は別教室で、六芒星についての説明会を行う。ついて来い」

 ほとんど言い放つ様に、一方的に行って眼鏡教師はくるり、と背を向けて歩き出した。

 初めにアリサ・カラブレーゼが真面目に駆けて追い付き、後にロレーヌ・ド・ブラフォード。それから男二人が歩き出す。

「なんか、すごい教師だな」

 リュー・ドゥランだ。学生服のズボンのポケットに手を突っ込みながら歩き、俺に耳打ちする。

「そうか?あれぐらいさばけている方が、俺は好みだ」

「っぽいな。実力主義なお前はあれぐらいで良いかもしれないけど、俺はいまいちだな。もっと軽ーいノリの奴の方が良いぜ」

「顔を合わせて一時間で理解されるほど、俺は単純な人間じゃないつもりだが」

「魔法と戦闘スタイル見てたらわかるんだよ」

「……そうか。じゃあお前は、女好きで遊び好きって感じか?リュー・ドゥラン」

「然(ラン)で良い。……って、女好きは認めるが、遊び好きって何だよ?」

「俺の攻撃を防いだ時だ。お前なら障壁を三重に作ることぐらい出来た筈だ。それなのに、あえて万全を期さなかった。慢心というよりは、あれは遊びだと感じた。俺の力量を計りつつ、自分自身の限界を計ろうっていう類のな」

「お、流石だな。まあ、結構マジで焦ってたんだけどな?」

 笑って言うが、わからない男だ。

 そして、そんな態度を含めて、こいつは六芒星の中でも最強だと思う。

 いや、最強というよりは「段違い」だ。年嵩なのもあるだろうが、確実に実力は教師陣の中に入っていてもおかしくないレベルに違いない。

「で、お前はなんて呼べば良いんだ?ヤエガシ?アスカ?」

「苗字は長いだろうし、名前の飛鳥で良い」

「わかった。六芒星で二人しか居ない男同士、仲良くやって行こうぜ、飛鳥」

「二人『しか』も何も、女も二人だろ……」

「細かいことは良いんだよ!とりあえず帳尻合わせとけや!」

「ああ。よろしく」

 手を出されたので、それを握り返す。――しかし、大きな、ごつごつとした岩の様な手だ。

 俺も刀を握るという戦闘スタイル上、手はそこそこごつくなっているが、然はこんなにごつくなる理由がない筈。何故か訊いてみたくなったが、いつしても良い話だろう。とりあえず保留にしておく。

「入学前から聞いている話だろうが、六芒星はこの学校の中での特権階級だ。あらゆる施設がお前達の好きな様に使えるし、寮も個室だ。授業も一般生徒と合わせる必要はない。実技を中心とした特別授業を受けてもらう。また、『研修休暇』を取る権利も与えられる。具体的には六十日までなら、自由に欠席することが許される。会社員の有給休暇みたいなものだな。……質問は?」

 体育館からほど近い教室に着くと、教師は一気に説明を終えた。が、聞くまでもない内容だ。というより、説明している本人が一番退屈している。ご苦労なことだ。

「無いな。では、これが女子二人の部屋の鍵、こっちが男子二人のものだ。間取りは全く同じ、陽の入り方も大差ない。好きな方を選べ」

 個室の鍵がぞんざいに机の上に置かれる。然が片方を取って寄越して、それがそのまま俺の部屋になった。

 条件が全く同じなら、後はどうでも良い。部屋の番号の並びの善し悪しなんて占いめいたことには無関心だ。

 ちなみに、番号は404。然は隣なので403だ。

「よし、じゃあ以上。解散だ。これも説明するまでもないだろうが、六芒星は互いが切磋琢磨し合うライバルであるのは勿論だが、一つの組(パーティ)であるのも忘れるな。殺伐とした関係ではたちまち破綻するだろう。この教室は今日一日自由に使って良いから、適当に自己紹介などして親交を深めておく様に。施錠はしなくて良いから、寮に行くなら勝手に行け」

 また一方的に言うと、さっさと出て行く。

 教師自身の自己紹介などはなかったが、興味が湧く。あの態度に恥じない実力者なのだろう。

「さて、と。とりあえず暖房入れるか。あの野郎、女の子が二人も居るのにお構いなしだからな」

 然が立ち上がり、暖房の操作パネルを弄って作動させる。初見の機械だろうに、器用な真似をする。

「……自己紹介か。互いの名前はもう聞いているが、呼び名を決めておくのも良いな」

 さっきの然とのやりとりの影響をはっきりと受けた発言だが、とりあえずの提案としては受け入れられたらしい。

 女子二人も頷き、然も席に戻って来ながら指を立てる。……何故、サムズアップ?

「じゃあ、まずは俺から……」

「レディファーストで行こうぜ!」

「…………」

 自己紹介の順番なんて気にしないが、こいつ、見事なまでに下心しか感じられない。

「では、私から。ロレーヌ・ド・ブラフォードだ。呼び名はファーストネームで構わない。もう既に先の戦いでわかっていることだろうが、火属性魔法を扱い、触媒は槍砲(そうほう)を使用している。得意なのは遠距離(ロングレンジ)、迫撃も可能だ。よろしく頼む」

 威風堂々とした、中性的な口調ではっきりと必要なことだけを並べ立てる。性格の良く出た自己紹介だ。

 尚、触媒というのは魔法使いが魔法を使う際、その補助として使う道具。俺だと刀ということになる。

「なるほど。っと、質問は全員の紹介が終わってからにするか。じゃあ次、アリサちゃん」

「は、はい。アリサは……じゃなくて、僕はアリサ・カラブレーゼといいます。アリサでも、カラブレーゼでも、良いです。風属性の魔法を使っていて、触媒は十字架(ロザリオ)です。全領域(オールレンジ)で戦えますが、一番は中距離(ミドルレンジ)だと思います。えっと、元々は修道女の見習いでしたけど、訳あってこちらでお世話になることになりました。あまりその、世俗……ごめんなさい。皆さんの常識みたいなことはわかりませんが、色々教えてもらえると嬉しいです。……よろしくお願いします」

 どうも無理をしている様な喋り方だが、然は隣でにやにやしていた。

 小動物系とかいう、あれだろうか?

「じゃあ、今度こそ俺だな。八重樫飛鳥だ。飛鳥と呼んでくれれば良い。魔法の属性は雷、触媒は刀。見ての通り得意なのは近距離(ショートレンジ)。全員もう見ているだろうが、魔力付加、及び魔法無効化なんていう、化石みたいな魔法を専門にしている。それ以外の魔法の知識はないが、足手まといになるつもりはない。よろしく」

 必要最低限の情報だけを並べ立てた感じだが、俺にはややこしい家柄も、面倒な戦闘スタイルもない。

 やることはただ刀を振るって相手の魔法を断ち切ることで、親が魔法を使っていたから、必然的に俺も魔法使いなんて身分になっている。

 生まれたことを何度か呪うこともあったが、生まれてしまったものは仕方がない。俺が子供を作らなければ良いだけだ、と今は割り切っている。

「お、そして俺だな。俺は劉堵然。これまた周知の事かもしれないけど、土属性の専門で、触媒は書。まあ、基本は遠距離で戦うべきだろうな。土属性のイメージ通り、本分は防御系魔法だ。障壁、結界、“場”の形成。どれでも出来るぜ。といっても、それだけじゃ終わらないのは見てくれてるよな。攻撃も出来るし、治癒魔法も使える。ロレーヌちゃん、アリサちゃん。怪我したらいつでも言ってくれよ?」

 なんともあいつらしい自己紹介だが、使える魔法の種類を聞いて、俺を含めた全員が驚いたことだろう。

 普通、防御系魔法に秀でた土属性の魔法使いといっても、極めている防御魔法は一つ。精々二つだ。それを、三種類。しかも攻撃に加え、治癒まで出来るのは完全に企画外の実力だ。

 然が扱うという防御魔法の内、障壁魔法は既に先の戦いで見ている。魔力で防護壁を作り出して、それで相手の攻撃を遮るという原始的で、一番扱いやすい魔法だ。土属性以外にも多くあり、火属性なら炎の壁、水属性なら水柱の壁といったところ。

 ちなみに俺の雷属性でも、雷撃を間近に落とす魔法が障壁魔法に分類されるが、これは刹那的なもので、持続性がない。かなり扱いは難しく、カウンター気味に出す必要があるので、俺は出来るだけ自力で避けて相手の魔法には対処する様にしている。

 次に、結界。陰陽の技が有名だが、西洋魔法にも勿論この概念は存在する。簡単にいえば、障壁魔法が物理的な壁であるのに対し、こちらは心理的な壁だ。

 不可視の壁で自分を覆うことで、存在感を希薄にしたり、完全に姿を隠したり出来る。また、相手を結界で覆えば、洗脳にも近い精神干渉が出来るが、こちらはかなり扱いが難しい。然がこれも出来るというのなら、文句なしの天才、鬼才だ。

 尚、この結界と、火属性に多い「幻燈」。つまり幻の魔法を組み合わせると、限りなく現実に近い幻。言ってしまえば一つの「世界」を作ることが出来るとまで言われる。が、これはほとんど伝説みたいなもので、今の世に使い手は居ないと考えられている。

 最後、“場”の形成と言ったが、これは俗にフィールド魔法と呼ばれる。一定の空間内に自分の魔力を充満させることで、物理、魔法法則を歪めるという大魔法だ。

 魔法の属性を強引に変更させたり、魔力を暴走させて魔法の制御を困難にしたり、達人ともなれば相手の魔法を完全に封じる“場”が作れるという。

 どの程度の広さの場を作れるのか、まだ一度も見ていないのでわからないが、このカテゴリの魔法を使えるだけで尊敬されるべきことだ。本当にこの男、何者なのかすら気になって来る。

「ま、国籍も得手不得手もまるで違う四人だけど、仲良くやって行こうぜ?どうせ短い付き合いじゃないんだ」

「――ああ、そうだな。きっと、最初で最後の生涯の友となる四人だ。末永く上手くやって行こう」

 然が誰と握手をすると言うでもなく突き出した手を、最初にロレーヌが取った。

 溢れてしまった俺とアリサは、なんとなく二人で握手を交わす。次に俺はロレーヌと、アリサは然と、最後に女同士、男同士だ。

「そういえば、年を訊いてなかったな。ちなみに俺は十九」

「俺は十七だ」

 ロレーヌも俺と同じ十七、アリサは大分年下になり、十四という話だ。

 ……そう思うと、才能豊かに思えていた然も残念ながら霞む気がする。十四であれだけの魔法を行使出来るとは。歴代の六芒星の中でも最年少ではないだろうか。

「時間はたっぷりあるんだし、話を急ぐ必要はないだろうけど、折角教室を一つ与えられてるんだ。色々と話しておこうぜ」

 やはり自然な流れなのか、最年長の然が率先して皆を引っ張って行く。

 年上なのもあるが、元からそういうのが上手いのだろう。新たな魔法の開発に勤しんだり、特異性故に人に避けられる魔法使いには珍しい気質だ。

 この日、この部屋で話された事には、興味深い話も多分にあったが、およそ雑談と呼べるもので、特筆には値しない。必要な情報は後々になって引き出してくれば良いだろう。

 その代わり、今日出会った三人の主に身体的特徴について、出来るだけ詳細にまとめておきたいと思う。

 

 

 まずは、然。劉堵然(リュウ・ドゥラン)だが、国籍は言うまでもなく中国。俺と同じアジア系だし、外見は俺と似通っている。

 黒髪を短めに切り揃え、適当にセットしている。身長は高く、割と筋肉質。いかにもな体育会系の青年、と言ったところだろう。

 といっても、魔法使いにこんなタイプはかなり珍しい。俺は刀を使う為にある程度鍛えている訳だが、俺より筋肉のある人間に会うとは思わなかった。

 ちなみにその俺の外見は、典型的な中肉中背といったところだ。剣術に過剰な筋肉は必要なく、どちらかといえば脂肪を落とす鍛え方をしている為だ。

 服装は、一般的な洋服だ。――ああ、この学校に制服というものはあるが、着用の義務はない。着るものに困った奴が着れば良い、という程度のものだ。たとえば俺の様に。

 声は大きく、よく通る。低くもなく、高くもない中音域で、非常に聞きやすい。

 

 次にロレーヌ。ロレーヌ・ド・ブラフォード。英語とも仏語とも判断しづらい名前だが、先にも述べた通り、「ド」はフランス貴族の名前なので、それで国籍はわかる。

 腰まではあるだろうか、かなり長い金髪で、髪質も艶やかさの中に、柔和な感じがあり、かなり良いであろうことがわかる。

 身長は俺より少し低く、肉付きは薄い。背丈も相まって、髪が短ければ顔を見なければ男子で通用するかもしれない。……失礼か。

 碧眼で、西洋人の顔というのはいまいちよくわからないが、美形には間違いないだろう。典型的な「おフランスのお嬢様」風だが、威風堂々とした佇まいは男性的で、古くは騎士、今では軍人の家の出だというのがひしひしと伝わって来る。

 服装は、赤を基調としたスーツの様な上着にズボン。スカートでないのがらしい。赤は自身の扱う火属性魔法を示しているのか、金髪との色の取り合わせが印象的だ。

 声はやや低めだろうか。もしかすると今は緊張して話しているだけで、本来はもう少し高めかもしれない。アリサと話している時は、もう少し柔らかめな話し方で、声も少し高いものを出している気がした。

 

 最後、アリサ・カラブレーゼ。イタリア人で、かつては修道女見習いであったことは既に自己紹介があった。

 先二人は、なんとなくそれらしい容姿だったが、彼女が一番見た目と中身のギャップがあるだろう。

 身長は年相応に低く、ロレーヌと比べると頭一つ分か、それ以上小さい。比較対象がいないからわからないが、もしかすると同年代の中でも低い方だろうか。

 それはそうとして、肉付きの豊穣さは年不相応と言わざるを得ないもので、ロレーヌが全体的にシャープで中性的なのに比べると、アリサは曲線的で、女性らしさに溢れていると評価出来るだろう。然も小声でそう言っていた。

 俺個人の話をさせてもらえば、局所の肉付きは良いのに、腕や手指の細い典型的な女性は、どうも苦手だ。正直、先の握手でもどれだけ力を込めれば良いのか難儀した。

 それを考えてみると、扱う触媒の関係からか、指も腕もそれなりの太さのあるロレーヌの方が、なんとなく気軽に付き合える気がする。

 アリサの服装は、先に述べた通り、修道服を改造したもので、全体的にゆったりとしたローブ風になっている。

 声は高めで、おっとりした話し方もあって、年齢以下な印象も受ける甘ったるいものだ。かといって、丁寧な話し方は嫌な印象を受けない。

 一人称が不思議で、「僕」と「アリサ」が混在しているが、誰も触れなかったし、自分から言うこともなかった。

 年上ばかりの中で、自分に自信を持たせる為に、わざと男性的な背伸びした一人称を使おうと努めているのだろうか?

 

 

 俺が気付いたのは、それぐらいのことだ。女性二人に関しては、然が俺の数倍細かく観察していることだろうが、俺はあまりじろじろ見るのも失礼だと思い、視線を外しがちだった。

 二人供、少なくとも俺よりは上等な家の生まれだろう、という意識もそれに拍車をかけさせただろう。然は全くお構いなしだったが。

 さて、数時間のレクリエーションの後、俺達は寮の部屋へと向かった。寮といっても、かなり上等なマンションか、ホテルの一室といったもので、全く不自由は感じない。上等過ぎるぐらいだ。

 そして、二日目。鬼の様な「六芒星」しごきの日々が始まるのだった。

 

 

 

第一日「六芒星」


 
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