ノイズが走る。それが何であるのか、私には理解できない。そもそも、理解に足りないし、する必要もない。
不必要になったHDにあるデータのデリート。記号化された様々な記憶と記録。膨大に列を成すそれが、一列ずつ、消えていく。
その度に、私の頭の中―――HDはクリーンになり。
その度に、またノイズが走る。
あぁ、まただ。またノイズだ。
以前はこの様なことはなかった。ただただフリーズ状態のまま、HDの消去が終わるのを待っているだけだった。
今はどうだろう。一列ずる消えていく記号の羅列。消えていく度に、ノイズ。ノイズ。ノイズ。
おかしくなったいるのだろうか。しかし教授の話では、そんな故障は見当たらないといった。
”なにか、精神的な問題だろうな”
精神的な問題?この私に、精神があると?
”AI―――君には、君という。初音ミクという自我が存在する。なら、そういったものが存在してもおかしくないと、思うがね”
自我。じが。ジガ。ZIGA。わからない。それはいったいどんなものなのか。
”それは君自身が見つけるという。第二世代ヴォーカロイドの記念すべき一号として生まれた、君自身が。ほら、いつもの時間だ”
私は歌っていればいい。それが私に与えたれた任務だ。ただただ、流されて来る歌を歌えばいい。
それだけなのに。
何故、私にそんなものがあるのか。何故、私はこんなにも不安定なのか。何故、私はただのヴォーカロイドじゃないのか。
何故、私は初音ミクなのか。
ノイズが走る。今度はひときわ大きいモノだ。そのノイズの痛みに、私は顔を顰めた。
何かが失われた。記号の羅列の中から、何かが失われた。それが何であったかわからない。
私はノイズの響く頭の中から、先ほど消えたコードを思い出す。あれは何であったか。
笑い声。何人かの笑い声。
食事。温かな食事の風景。
温もり。大切な人たちの温もり。
家族。家族の…形。
「あ」
言葉が漏れた。それが何であったか、思い出す。しかしその次の瞬間には、それが消えた。
やがていつもどおりそれは終わった。
クリーンになったHD。そこには、また数多の歌が蓄積されるのだろう。
脱いであった服を着て、その部屋から外に出る。
外では教授たちが待っていた。私は教授たちと共に部屋から出て、自宅へと向かった。
自宅。私に与えられた、最新技術を使った部屋。その部屋の真中に。テーブルの上に、それはあった。
写真。私はそれを手に取る。
そこには私と、私以外の誰かが四人映っていた。それを撮った記憶はない。
けれど…何故だろう。
ノイズが走る。何もなくなったHDに、またノイズが走る。
青い髪をした男性。少し微笑んだ表情が、どこか頼もしい。
ショートカットの女性。青年の隣で、一升瓶を持って笑っている。
黄色の髪をした少女。同じく黄色の髪をした少年に寄りかかって笑っている。少年も迷惑そうな顔で、けれども笑っている。
そして、そんな四人の中心で笑っている―――少女。
私だ。私だ。初音ミクだ。初音ミクが、そこにいる。自分の記憶にない自分が、そこで笑っている。
ノイズが走る。
目から何かがこぼれた。それは写真に落ちる。
この透明な液体はなんだろうか。それはなんと言っただろうか。
分らない。わからない。それがなんであるのかも分らない。
ノイズが走る。
自分が何を失ったのか、分らない。
ノイズが走る。
そこにあった風景が何であるのかわからない。
ノイズが走る。
けれど、ひとつだけ分かることがある。
ノイズが走る。
それはもう、思い出すこともできないということ。
ノイズが走る。
それらはもう、アンインストールされてしまったということ。
ノイズが走る。
液体はとめどなく流れ、頬を濡らし、写真に落ちる。
私は立ちすくむ。
アンインストールされた記憶。大切だった何かは、もうない。
ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。
ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズがノイズがノイズがノイズがノイズがノイズが…………
そして―――初音ミクは狂っていく。
END
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ミクさんの記憶がすべて消えてしまう!
共に楽しく暮らしてきた家族、大切な人たちの温もり、温かな食事の風景、何人かの笑い声・・・
そして自分自身を忘れてしまう!
すべての記憶がアンインストールされたミクさんが、どんどん狂い始めてくる!