Scene2:某研究所 AM10:00
「これが遺留品……」
唐草模様の風呂敷。
ロープ。
手ぬぐい。近所の工務店の屋号入り。
ランタン。
百円ライター。
防毒マスク。
ドライバー。
ガムテープ。
木彫りのクマ。
……などなど、これでもかと机の上に並べられた「遺留品」の数々を見て、青山がげんなりする。
「はあ、追いつめられるとこれをぶつけて逃走しましたようで……」
右手に持ったハンカチでしきりに汗を拭きつつ説明するのは、この研究所の副所長。
「ところであの……どうして市役所の方がいらしたのでしょう?」
困った顔をしている。
れっきとした不法侵入事件なのだ。警察に通報したら市役所の、それもどう見たって二十歳そこそこの若造が一人でのこのこ現れたのでは、心配するなと言う方が無茶である。
青山も苦り切った顔で肩をすくめる。
「どうにも……ダルク=マグナ関連の案件はうちで担当するということになってるみたいっすね。上の方も何考えてんだか」
「はあ……」
「で、犯人はその……妙なアーマーを着けた女で間違いないんすね?」
「ええ、防犯カメラにも逃走時の映像がしっかり残っています……ご覧になりますか?」
「あー……遠慮しときます」
あごを掻く。うちに回ってきただけでもう上の確認は取れているんだろうし。あのふざけた格好を見ていたら、今度こそ殺意が湧きそうだ。
しかし……なんだこれは。
もう一度遺留品の山を眺める。どう考えても何の役にも立たなさそうな物ばかり。
研究所に忍び込んで空き巣でもなかろうに。
「で、盗まれそうになったのはこれだけっすか?」
「いえ」
「他にもまだ何か?」
「……いえ、その……そこにある物は、全てうちとは無関係でして……その」
「つまり、何にも盗まれていない?」
「はい」
開いた口がふさがらないとはこのことだ。
では何か。あのバカは夜の夜中にわざわざこんな大荷物を抱えて人様の研究所に忍び込み、一晩中大騒ぎの追いかけっこをやらかした挙げ句、手ぶらで逃げ出した、と。
「……なんだそりゃ」
「発見されたときに開けようとしていた『第三資料室』も……その……『資料室』と名は付いていますが……いわばただの倉庫でして……」
大事な資料をロックピック程度で簡単に開くようなところに保管するはずもなく。
そういうデータや資料を保管する本来の資料室は、当然のごとくカードキーや指紋認証によってきちんと管理されている。
そもそもそういう重要施設は新設された別棟に集中している。
「ますます不可解っすね」
考え込む青山。
さすがに相手をそこまでバカとは思いたくないのだが。対抗してる自分も馬鹿らしくなってくるし。
ということは、何かこの研究所でも見落とされているような物が第三資料室には隠されていた?
「この研究所では何を研究してたんすか?」
「さすがにそれは、その……企業秘密になりますので……」
汗を拭きつつ下手に出てはいるが、答える気はないようだ。
そこまで信用されてはいない、と言うことか。というかあからさまに「とっとと帰れ」と言われている気がする。
青山は弱って頭を掻いた。
「あー、青山っす。今研究所を出ました」
研究所の門を出てすぐに携帯で田中課長に報告。
「さっぱわかんねっすねー。聞く限り、ただ騒ぎを起こしに侵入したみたいっすよ、奴ら。
……映像ですか?ええ。逃げ出すところがばっちり映ってたとか。
……『侵入するところ』?いや、そう言えば聞かなかったっすけど……はい、では今から帰るっす」
電話を閉じて腕を組む。
「忍び込むときは映ってないのに、逃げ出し始めてから映ってる?下手こいたから泡食って逃げ出しただけじゃねえのかなあ……」
呟きつつも、どうにも腑に落ちないのだった。
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