「日本って、語呂合わせ好きだよね」
ヴェー、と鳴いたイタリアの言葉に、日本は少し考えてからそうですね、と肯定の言葉を返した。
「英語まで語呂合わせで覚えてるもんね、日本の学生さん」
イタリアの言葉に、自称スタンダードイングリッシュなアメリカと、英語を作り上げ、今現在も世界中のほとんどで話されている元祖ブリティッシュイングリッシュなイギリスがすごい形相で日本を振り返る。
「あー……恐れ入ります、すみません」
日本の言葉も耳に入らず、イギリスは日本に詰め寄った。
「どうして、どうしてそういうことするんだよ、お前は! ただでさえ標準を米語にしてるくせに! その上語呂合わせってお前ってやつは……!」
「大丈夫です、好んで面倒臭い……いえ、格式高いイギリスさんの英語を話すような高尚な方は語呂合わせなんてなさいませんから、市販の語呂合わせの本は大体がアメリカさんの単語集です」
「ちょっ、聞捨てならないんだぞ! 一体どういう意味だいっ!」
今度はメタボ眼鏡な弟につっかかられ、日本は面倒臭そうに舌を打った。
勿論、周囲には聞こえないような音量で。
「だって、そんなの仕方がないことじゃないですか! 他の皆さんはずっと昔から交流していたり、元々の言語が似ていたり、むしろ英語を話せないと困るような状況で生きてらしたかもしれませんけど。私は、英語を知ってから、まだ二百年も経ってないんですからね? それとも、なんですか?」
菊の声がグッと低められた。
「まだ英語に不慣れな日本の学生たちに、英語のせいで成績を落とせと? 受験に落ちろと?」
「イイエ、滅相もない!」
綺麗に声を揃えたアメリカとイギリスに「いいお返事です」と笑みを返した日本をマジマジと見つめて、ドイツが「珍しいな」と漏らした。
「ヴェ? 珍しいって、何が?」
「日本が、食事と金銭のこと以外でアメリカに楯突くことが、だ」
ここにスイスがいれば、彼はさぞや喜んだことであろう。
イタリアは「あぁ」と頷いて、笑った。
「日本ん家ね、今ゆとり教育だったせいで、学力が一気に落ちちゃったんだって。だからきっと、日本の『遺憾の意』は今勉強にも発動するんだよ」
「そうなのか……? 本当にそんな問題なのか?」
「あ、そうだ日本!」
パタパタと日本のもとに走っていくイタリアを見送って、ドイツは溜息を吐いた。
「あのね、俺聞いたんだけどね。日本では、日付も語呂合せするんでしょ?」
イタリアの質問に、日本はそうですね、と頷いた。
「例えば、四月十五日は『よいこの日』と申します」
へー、とイタリアは楽しそうに笑った。
「他には?」
「他に、と言っても、たくさんありますからね。……あ。今日も、語呂合わせがあるんですよ?」
日本の言葉に、イタリアがヴェッ! と鳴いた。
「今日? 十一月二十二日だから……んっと……?」
答えを求めるように日本を見つめてくるイタリアに、日本は苦笑を漏らした。
「いい夫婦の日、と申します」
「ヴェー! そんなの狡い!」
「おや、どこがですか?」
「……どっ、どこもっ! 全部っ!」
「おやおや。困ってしまいましたね」
わからなかったのか悔しいだけなのだと分かっている日本が困ったように笑う。
「そんな餓鬼ほっとくある」
溜息を吐いた中国に、日本は「そりゃ、貴方から見れば餓鬼でしょうけど」と呆れた顔をする。
「お前から見ても充分餓鬼ある。それはそうと、日本」
中国は、名前を呼んだだけで他には何も言っていない。
しかし、日本は「仕方ないですね」と漏らしながら茶をいれ、茶菓子を差し出した。
「お夕飯が入らなくなっても知りませんからね?」
「日本の飯が入らないわけねェある。……あへんじゃあるまいし、ある。あれは入れたくもねぇあるよ」
「お前、どういう意味だ、コラ! しかもいい加減名前で呼べ、アヘンって言うな!」
「嫌ある。あへんはあへんある」
「だから……!」
「あへんあへんあへんあへんあへんあへんあへんあへんあへん」
「おま、どこで息継ぎを……!」
「そこかいっ? そこなのかいっ?」
「日本、あれがねぇある」
「あぁ、すみません。生憎あれは切らしておりまして」
「我の好物くらい、いつでも置いておくよろし」
「そうは言われましても、中国さんいつも突然いらっしゃいますし。今日も、ちゃんと事前に言ってくださればあれも用意してありましたし、そもそもイタリア君たちと鉢合わせすることもなく」
「お前はいつもそうあるな。あれもこれも、あれだって、全部我のせいあるか」
「だって、そうでしょう? あれもこれも、そもそも貴方の不注意が原因ですし、あれは貴方の早とちりじゃないですか」
「ちょっと待て!」
止まらない言葉の雨に、イギリスが思わず待ったをかける。
「お前ら、あれとかこれとかで会話できるのか……?」
日本と中国は目を見合わせて、それから頷いた。
「そういえば、そうですね」
「そういや、そうあるな」
二人を見比べて、イタリアが「そっか」と笑った。
「俺ね、知ってるよ? 日本と中国みたいなのを『ジュクネンフウフ』って言うんでしょう?」
「熟っ?」
「違っ!」
「今日はいいふーふの日だから、中国は日本に会いに来たの?」
仲良しだねぇ、と笑うイタリアには誰も勝てなかった。
「……私たちって熟年夫婦だったんですね」
「まぁ、確かに言葉が必要ないと言えばないあるな」
「じゃあ、熟年夫婦ってことにしておきますか」
「子供は、思考が単純で羨ましいある」
確かに、と日本は苦笑した。
「この年になると、言いたいことも理性や経験が邪魔をして言えなくなってしまいますからね」
だから、と日本は苦笑を崩さず、あえて仕方のないことのように紡いだ。
「ずっと、お慕いしていましたよ」
中国も苦笑を崩さず、日本と同じ調子で紡いだ。
「我も、ずっと好きだったあるよ」
それを聞いて、日本がふきだす。
「駄目ですね。こんなの、熟年夫婦の設定じゃありえませんよ」
「そうあるな。間に言葉なんか、いらねぇある」
「えぇ。だって私たちは『熟年夫婦』ですからね」
日本は中国の肩にそっと頭をあずけて、微笑んだ。
「嗚呼。ねぇ、中国さん? 月が、綺麗ですね」
中国は何も答えずに、日本の膝の上にある手を握った。
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