No.331827 そらのおとしものショートストーリー3rd 追憶2011-11-09 00:04:45 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:3067 閲覧ユーザー数:2274 |
追憶
「2人きりになっちまったな」
「そう、だね」
そはらには目の前の光景がとても奇妙なものに見えた。
日曜日を利用しての空美神社の裏山の紅葉散策。
いつもの様にみんなで出掛ける筈だった。
ところが出発前日になって、イカロス、ニンフ、アストレア、カオスのエンジェロイドたちがダイダロスに点検を受けることになり不参加になった。
当日になって美香子が家庭の事情で、守形は美香子に引っ張られる形で不参加になった。
日和も隣家の農作業を手伝わなくてはならないとかで不参加。
その結果、散策の参加者は智樹とそはらの2名だけになってしまった。
いつもは両手の指の数でも収まらない大人数で行動していたので、智樹と2人きりという状況にそはらは戸惑っていた。
「いつもはみんなと一緒だから不思議な感じがするよね」
「以前は2人で動くのが普通だったのになあ」
「そう、だよね……」
智樹の言葉にそはらはまた戸惑う。
イカロスたちが桜井家にやって来る以前は智樹と2人きりで行動することが普通だった。
2人でいることがそはらにとってのごく当たり前だった。
それが、イカロスたちが空から降りてきて以降、そはらの世界も大きく変わった。
エンジェロイドたちが、エンジェロイドを通じて親しくなった守形や美香子が常に智樹の側にいるようになった。
それは必然的にそはらの人間関係の中にも彼女たちが加わることを意味していた。
そして、人間関係の変化はそはらが智樹と一緒にいる時間を減らす結果にも繋がった。
時は常に流れており、そはらはその瞬間、その瞬間、適宜智樹との関係を築いてきた。
智樹と疎遠になった覚えはない。男女として意識する機会も以前と比べて増えた。
けれど、イカロスたちがやって来る前と現在を比べると大きな差があると感じる。
特に智樹と2人きりでいる時間、言い換えれば智樹を独占できる時間が極端に減った。
そしてそはらはそんな状態にいつの間にか慣れてしまった。
そんな自分に違和感を覚える。
「2人きりで行っても寂しいから……またの機会にする?」
智樹相手にこんな質問をする自分が不思議でならない。
以前の自分なら2人きりで出掛けることに何の疑問も抱かなかった筈なのに。
何に対して遠慮しているのか。
自分がわからない。
「いいや。2人でも行こうぜ。来週は雨が沢山降るって言うし、葉っぱがみんな散っちゃうかもしれないしな」
「そ、そうだよね。じゃあ、2人で出掛けようか」
智樹が行くと言ってくれてホッとした。
何に対してホッとしたのか自分でもよくわからない。
でも、救われた。
「うわぁ~。紅葉した木々が綺麗……っ」
空美神社の境内から裏山へと至る獣道の入口。
そはらはその赤と黄、そして茶と緑に囲まれた世界に心を奪われた。
自然が生み出す鮮やかなコントラストに意識が蕩けていく。
世界に吸い込まれてしまいそう。
そう思いながらそはらは小さく深呼吸した。
「そういや、そはらは以前あんまり裏山に来たことなかったよな」
「うん。小さい時は体弱かったからね。神社に出掛けることさえ許してもらえなかったし」
昔のことを思い出す。
そはらは今でこそ中学生らしからぬ成熟した体と学年でも上位に入る運動能力を誇っている。
けれど、中学校に入るちょっと前までとても体が弱かった。
そはらは幼稚園、小学校時代を通して友人と遊んだ記憶があまりない。
そして、その遊んだ記憶は智樹と遊んだ時のものばかりだった。
「小学校の時は、神社まで自由に来て遊べるようになるのが夢だったなあ」
昔のことを思い出す。
幼い日のそはらが覚えているのは自室の窓から見上げる空と智樹の部屋。
病弱で寝ていることが多かったそはらに見ることが出来たのは窓枠という決められたフレームから見える限られた世界の小さな変化。
そんなそはらにとっては自分の足で歩いて世界の変化を自ら体験することは切望の対象だった。
その切望した世界がそはらの目の前にあった。
「で、その夢が叶ってどうだ?」
智樹がそはらを見る。普段通りの表情。特に何も考えてないようにも見える。
でも、そはらは知っている。
智樹は何気ないふりをして自分のことを気に掛けていることを。
智樹はそうやってずっと自分を見守り続けてきてくれたことを。
それを知っている上で、さて、どう答えるか?
「う~ん。今は体が自由に動くから、簡単に来れちゃったっていう結果が先。夢が叶ったという意識を持ったのは智ちゃんとの会話の後からかな? うん、嬉しいのは後から来た」
智樹やイカロスたちと神社の祭りに参加したことは何度もある。だから今日、初めて神社に来たわけではない。
神社まで来るのが夢だったという追憶を思い出したのが今さっきだった。
智樹と話している内にそれを思い出した。きっと智樹と2人きりだから思い出したのだと分析してみる。
「夢だったことも忘れちまうぐらいに今は元気だってことだ。良いことだよ、それは」
智樹は笑った。そはらの回答にホッとしたようだった。
でも、その智樹の態度はちょっと不満。
「智ちゃんはわたしが何で夢のことを思い出したのかわかってない」
「はぁ?」
智樹は首を捻る。
「智ちゃんがもっと女心に敏感だったら……もっと違った今があったのかもしれないね」
違う今。
それを考えた瞬間にそはらの顔は瞬間湯沸かし器のように急に熱を持った。
きっと真っ赤になっているに違いない。
「どうしたんだ、お前?」
智樹が頭に?を沢山並べている。
まるでわかっていない。
「あ、あははははは……な、何でもないから」
笑ってごまかす。
何を考えたのか言えるはずがない。恥ずかしいから。
でも、と考え直す。
智樹と恋人同士になっている“今”は確かに素晴らしいものに違いない。
でも、その場合、イカロスたちとの関係はどうなっていたのだろうと。
そはらにとって智樹が大事な存在であることは間違いない。
以前はそれを認めるのに抵抗があったが、恋のライバルがやたらと増えてしまった今、認められないと意地を張っている場合ではもはやなかった。
智樹本人の前で認めたことは現在までないが。
智樹は重要。それは認める。
では、智樹以外は重要じゃないのかと問われるととても大切だからむしろ困る。
イカロスもニンフもアストレアもそはらにとっては大切な友人だった。
守形も美香子も大切な先輩だった。
彼らが欠けることなど考えたくもない。
でも、智樹と特別な関係になっている“今”の場合だったらどうか。
きっと誰かが、もしくは全員が欠けている気がしてならない。
その“今”は幸せと感じられるのだろうか?
誰かが欠けた“今”を幸せと言えてしまう“自分”を自分はどう思うだろうか?
そんなことを考えている内に頭が痛くなってきた。
「ほんと、大丈夫か?」
「うん。色々考えてたら頭がこんがらがっただけ。別に具合が悪いわけじゃないよ」
智樹に笑ってみせる。
「さあ、もっと奥に行こう」
智樹に先立って歩き出す。
この場に留まり続けたのでは智樹に心配を掛けてしまう。
過去の経験からそはらはそれを知っていた。
「お、おい。待てよ」
智樹は首を捻りながら付いてきた。
人1人だけがやっと通れる獣道をゆっくりと歩きながら周囲の背景を眺める。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
「気持ちいいね」
「そうだな」
智樹は両手を首の後ろに組みながら普段通りの表情で付いてくる。
そうだなと返答しつつ、熱心に風景を見ている気配もない。
「智ちゃんは綺麗だと思わないの? あんまり興味なさそうだけど」
「綺麗だとは思うさ。ただ、俺は毎年この風景を見ているから見慣れてんだよなあ」
智樹の言葉を聞いて考える。
自分は智樹とずっと一緒に育ってきた。
でも、自分と智樹では育つ過程の経験が違う。
それはちょっと寂しいことだと思った。
「智ちゃんはずるいなあ。わたしが知らない世界を沢山知ってる」
だからちょっとだけ愚痴ってみた。
「知らない世界って何だよ? ここは空美町内だぞ?」
智樹はそはらの言葉の意味をまるでわかっていなかった。
「まあ、智ちゃんのおかげでわたしの世界はとっても広がったんだけどね。昔も今も、そしてきっとこれからも」
「さっきから何言ってんだ? おかしいぞ」
智樹は何度も頭を捻りながら付いて来るのだった。
更に歩を進める。
すると目の前に小さな川の流れが見えてきた。
「わぁ~っ。川だぁ~っ」
それは何ていうことはないただの小川。
でも、自然の風景の中で突如現れたその小さな水の流れはそはらの心を沸き立てた。
足首程度までしか深さがない水の流れを見ていると楽しくて仕方がない。
「この小川は守形先輩がいつも寝泊りしている川に流れ込んでいるんだぜ」
「へぇ~。そんなんだぁ~」
何ていうことがない説明が面白く感じる。
「ねぇ? 入ってみて良いかな?」
そはらは体がうずうずしていた。
「冷たいし、流れも見た目より速いから止めといた方が良いぞ」
智樹は止めに入る。
「大丈夫だよ。気を付けるから」
けれど、そはらは智樹の言葉を聞き入れない。
靴と靴下を脱いで川の中へと右足を入れる。
ひんやりとした感触。
そして思ったよりも強い水圧。
でも、智樹が心配するほどのものでもないと思った。
自信を得て左足も川の中へと踏み入れる。
その瞬間だった。
「えっ?」
そはらの視界が突如ブレた。
次の瞬間、視界がぐるっと一回転した。
「きゃぁあああああぁっ!!」
自分の身に何が起きたのか。
そはらがそれに気付いたのは尻から川の中へと落ちた時だった。
そはらは川の流れに足を滑らせて転んでしまったのだ。
「おいっ! 大丈夫かぁっ!?」
智樹が慌てて駆け寄ってきて、そはらの手を取る。
「うん。大丈夫だよ。ありがと……痛ったぁっ!?」
智樹に手を引っ張られながら立ち上がろうとした瞬間だった。
右足に激痛が走った。
立ち上がろうと思ったのに、また水の中へと体が沈み込んでしまう。
「足を挫いたのか? 今、引き上げるからな」
智樹が靴のまま川の中へと入って来た。
智樹は両手を伸ばし、右手をそはらの膝に、左手をそはらの首に回した。
そして、力を篭めて引き上げた。
「えっ? えっ? ええ~っ?」
驚きの声を上げるそはら。
それは世間一般ではお姫様抱っこという抱き上げ方。
「あ、あ、あの、智ちゃん。恥ずかしいんだけど……」
「黙ってろ!」
智樹はそはらの言葉を無視して川の中から出る。
川から十分に離れた所で智樹はそはらを下ろした。
「あ、ありがと」
智樹の顔が恥ずかしくて見えない。
けれども、智樹はそんなそはらの様子を無視して彼女の足の状態を確かめる。
「痛っ!」
智樹の手がそはらの右足首に触れた瞬間激痛が走る。
「やっぱり、足首を挫いてるな」
智樹は溜め息を軽く吐いた。
「ちょっと待ってろ」
智樹は着ていたジャケットを脱いでそはらの肩に掛ける。
「あ、あの、ありがとう」
智樹はそはらの礼も聞かずに林の中へ入っていく。
それから1分ほどして2本の木切れを持って戻って来た。
智樹は2本の木切れをそはらの右足首に押し当ててハンカチを取り出す。
そしてハンカチで縛って木切れを足首に固定した。
「これでとりあえずは良し、と」
「慣れてるね」
智樹の動きには迷いがなく手さばきも鮮やかなものだった。
「山の中で遊んでいて怪我するなんてしょっちゅうだったからな。対処法も慣れたよ」
智樹は軽く息を吐き出す。
「じゃあ、帰るか」
「えっ?」
智樹はそはらの返事を聞かずに接近して背を向け、膝に手を入れて負ぶった。
「あの、そんな負ぶってくれなくても大丈夫だよ。しばらく休めば良くなると思うから」
先ほどのお姫様抱っこに続いておんぶという恥ずかしい体勢にそはらの恥ずかしさが止まらない。
「捻挫を甘くみるな。早く適切な処置をしないと筋を違えたり、癖になったりするからな」
智樹はそはらをおぶったまま歩き始める。
「せっかくの紅葉なのに……」
そはらはこのままこの美しい自然から離れてしまうことを惜しいと思った。
何より智樹におぶられているという現状が恥ずかしくて堪らない。
「紅葉は足が治ってからまた来れば良い。でも足は今治さないと後々まで響く」
「うん。わかったよ」
智樹の真剣な声にそはらは抵抗するのを諦める。代わりに智樹の背中に身を預ける。
「智ちゃんの背中……温かいね」
それに、大きく見えた。
身長は自分より小さいのに、とても大きくて逞しい背中が広がっていた。
そはらは智樹の背中にそっと顔を埋めた。
智樹に背負われたままゆっくりと山を神社を離れていく。
智樹の背中に揺られながらそはらは目を閉じてまどろんでいる。
「こうして歩いていると昔のことを思い出すな」
自宅へと続く川辺の道まで戻って来た所で智樹が尋ねてきた。
「えっ?」
智樹の言葉の意味がわからない。
眠り掛けていたということもあるが、頭を働かせてみても何のことだかわからない。
「お前、昔、ガキの頃にもこの川を見てはしゃいで足滑らせてすっ転んだだろ。で、俺におぶられて帰った」
「あっ!」
言われて思い出す。もう5年以上前の出来事を。
あの当時のそはらはまだ体が弱く、外で遊んだ経験がほとんどなかった。
その為、自宅からほどないこの川で遊ぶことでさえ遠足に出掛けるような特別な気分だった。
そはらは目の前に広がる川の流れを見て興奮した。
そして今日のように足を川に踏み入れて転んでしまい智樹におぶわれて帰った。
「わたしが忘れていたことを智ちゃんはよく覚えていたね」
そはらは智樹におぶわれて帰った後、川に落ちて濡れてしまったことが原因で風邪を引いて1週間寝込んでしまった。
高熱を出して苦しみながら寝ている辛い思い出になってしまった為にそはらは今までそのことを忘れていた。
その懐かしい日々のことを智樹が覚えていた。
そはらは体が急に熱くなった。
「そはらのことだからな。忘れるわけがないだろう」
智樹の何気ない言葉にそはらの体の熱はますます上がる。
「智ちゃんは本当に無自覚な天然ジゴロさん、だよ」
「何だ、そりゃ?」
首を傾げて不思議がる智樹にそれ以上は喋らずに智樹の背中に再び深く顔を埋める。
智樹の匂いがした。
大好きな匂い。
今日ぐらいは独占しても良いよね?
そはらは心安らぐ温もりと匂いに包まれながらそっと目を閉じた。
了
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水曜定期更新。
たまには変わった毛色のものを。
とりあえず年末まで戦えるぐらいに補充完了。
いや、あれの続きをそろそろ書くべきなのだろうけど
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