ガードのヤペトゥスが歩いていっても、まだ雨岸は青い顔をしていた。
雄二は瓦礫から箱を引きずり出し、ハンカチをかぶせて雨岸を座らせる。
「大丈夫?」
「……ええ。大丈夫です」
雨岸の顔からは明らかに血の気が引いている。雄二には心理的なものだけではないように感じられた。
「……プログラム障害?」
「……大丈夫ですから」
雄二はため息を漏らす。普通の変化ではないし、大丈夫なようにも見えなかった。
「……」
雄二はトントンと自分の頭を叩く。
「……信濃。懐いてる」
「え?」
雄二は腕を組もうとしてやめる。
「……あいつ、深い友達作ろうとしない。でも、雨岸さん、懐いてるみたいだ……軍属なのは四年生の間だけだし、あいつが懐いてる人を、もう軍に獲られたくない」
雨岸は鉄面皮を押し通しきれていない雄二の横顔を見る。
感情を露わにするのが恥ずかしいのか、と変に納得してしまう。
「……駄目?」
表情を消す事を諦めたのか、懇願を露わに雨岸をじっと見つめる。
「……」
雨岸は視線を会わせられない。歳相応に子供らしい真っ直ぐな視線。羨ましく、疎ましい。
もし話せば彼はどう反応するのか、まだ雨岸には判断できずに居た。
いっそ話せれば、そう思っても、理解するのは難しい。
雄二もまた、今日会ったばかりの雨岸に何故ここまで話すのか、自分が不思議になっていた。
「……雄二さん……ズルイです」
「あ……そ、か。ごめん」
らしくない謝り方。これが飾らない雄二なのかと、気が付けばそんなことを考えている。
「転入生だからってチヤホヤしすぎですよ」
「そ……だな」
何か言いかけてらしくないと思ったのか、雄二の顔から表情が消える。
「いきましょう」
雨岸は立ち上がって雄二のハンカチをたたむと、よくなった顔色で微笑んでみせ、ポケットにしまう。
「……」
雄二は肩を竦め、大通りを北向きに歩き始めた雨岸の後を追う。
瓦礫の町。見渡す限りを倒壊寸前であったり、倒壊した建物が埋め尽くしていた。
雨岸には渡した橋に乗ってくれたのか、それとも距離を取られたのかはわからない。
「……雄二さんは、優しいんですね」
肩越しに視線を投げると、雄二は何か考え込んでいて聞き逃した様だ。
「ん?何か言った?」
「ええ。病院ってあの建物かなーって」
大通りの真正面に比較的健全な大きな茶色い建物が見える。
「いや、あっち」
雄二は北東の方を指差す。三階建てだった建物が二階建てになっているような白い建物だ。
「あ、そうなんですね」
「正面のは五番ガード。手続きしたんじゃ?」
「窓潰した兵員輸送車で建物の中に乗り入れて、家の前に降ろされましたから。外観を見てないんですよ」
雄二は雨岸を追い越しながらふーんと息を漏らす。
よくわからない、何を考えているのか、もしかしたらからかわれているのかも知れないが、言動を見ていた限りそういうタイプではなさそうにも思う。
単純に違和感に執着しているだけのようにも感じる。
「あ、そういえば班長って雄二さんなんですよね?」
「ああ……何で確認なんだ」
それは他の班長や担任が苦労するはずだ、小さく苦笑する。
「や、エラソーですから」
がくりと雄二の膝から力が抜けて姿勢を崩す。
「……」
「あはは。スキですよ。エラソーな優しい人」
雄二は苦情をいえなくなって、振り返らずに歩きはじめる。
「……ジュンは……イジワルなのな」
「あはは」
ジュンと呼ばれたのが何とは無しに嬉しい雨岸だった。
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小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。 2000年ごろに書きはじめたものを直しつつ投稿中。