「うお!ヤペトゥスとはすごいものが残ってるな。さすがシメだ」
「運転手を務めます、矢矧と申します」
パイロットスーツに身を包んだ矢矧が大型の複座式立型戦車ヤペトゥスの運転席の上で敬礼する。
「杉田だ。よろしく。しかしこんなに人員割かせちゃって悪いね」
矢矧は微かな笑顔だけ返して運転席に座る。
「射撃手席へ」
「そういえば俺の乗ってきたレイチェは?」
杉田はヤペトゥスの背中、大きく張り出した射撃手席に潜り込む。
「冬月がトラックで同行します。エンジン始動」
矢矧の運転席で射撃手席のハッチオープンランプが消え、ヤペトゥスのエンジンに火を入れる。
『えらく警戒されてんな。まぁ通常対応か』
『申し訳ありません。外部から来た戦力をそのままにするのはガードの本分に反しますので』
杉田は車内回線のくぐもった声に眉を顰める。
『ああ。わかってるよ。この街のルールには従うさ。しかし、隊長より君の方が落ち着いてるねぇ。ベリファイクリア』
『ご理解に感謝します。ベリファイ……クリア。始動』
「矢矧、ヤペトゥス始動します」
倉庫の中に拡声器の声が響き、屈んでいたヤペトゥスが立ち上がる。
先ほどとは違うバギーに乗った大和が倉庫のすぐ外で待機していた。
『あの隊長、何でバギーなんだ?』
『大和機、冬月機、確認。回線接続』
【大和だ。五番ガード本部への移動を開始する。中佐殿には狭いところで申し訳ないがご辛抱願いたい。以上】
『回線切断』
大和のバギーを先頭にレイチェを載せた冬月のトラックとヤペトゥスがついて走る。
瓦礫、廃屋、焼跡、弾痕、爆発痕、一面に広がるこれらはここで起こった大規模な戦闘を示していた。
『あの隊長はまあいいけど、矢矧ちゃんにも嫌われてる?』
杉田の問いかけに答えは返らない。
『無愛想なお嬢ちゃんだね』
スピーカーから溜息が漏れ聞こえる。
『回線接続』
【冬月です。中佐殿、質問してよろしいでしょうか?】
『構わんよ。答えられるかどうかは別にしてナ』
杉田は頭の後ろで手を組み、狭い射撃手席で体を伸ばす。
【ありがとうございます。このレイチェですが……】
『あー、そりゃ駄目だ。答えられん。が、ヒントは今朝広報が出した発表だ』
【かしこまりました……と言う事は捜索ですか】
杉田は冬月の察しのよさに眉根を寄せる。
『プロテクトレベル2つったろ?答えられんよ。当たってるがな』
【うえ!?当たってるんですか?】
『まあアレだ。シメガードへの正式な依頼になるから、プロテクトレベル2はほとんど意味ねぇのさ……この通信、傍受されてたりしねぇだろな』
『通信暗号強度1024。ノイズ強度42、通常域。可能性極めて低』
【だそうです。しばらくはこちらに?】
『見つかるまでこちらに。チョウジャバラはやっぱ焼け野原?』
【あの辺りはヒサヤマとの中継点でしたから、ここより酷いですよ。何も残ってない……ご実家が?】
『ああ。うん。お?何だあの二人?』
杉田は外を写すカメラに、珍しげにヤペトゥスを見上げる学生服の二人を見つける。
【ん?……ああ。シメ学園の生徒です。制服着てるってことは四年生ですね、今日は午前授業ですから下校中でしょう】
『……お前、生徒に詳しいか?手前の、発育のいい女の子』
【は?四年生は把握してますが……見ない顔ですね。今日転入生があるという達しは受けています。ヒサヤマの生き残りだそうですが……なにか?】
『ふーん……なんでもねぇや。どっかで見たような気がしたんだが、ヒサヤマ……か……?』
杉田は自分の顎に手を当てて首を捻る。
『矢矧ちゃんストップ!』
『!?』
ヤペトゥスは立ち止まり、矢矧の運転席で射撃手席のハッチオープンランプが灯く。
「おーい。そこの二人」
杉田はヤペトゥスの射撃手席の上によじ登る。
雨岸は杉田の顔を見て一瞬硬直する。
「……何?」
雄二が庇うように一歩前に出た。
「あいや。俺は中央総督府の杉田ってんだ。あやしいもんじゃないぞ」
「……」
雄二は雨岸の気配を覗う。
「中央の中佐がここに居るのがあやしい」
「はっは。ちげぇねぇ。俺の階級を知ってるってことは、お前耳早いだろ?俺の探し物、しらねぇか?」
杉田は射撃手席の上に胡座をかいて座り、片方の眉を吊り上げる。
「……情報規制無し?」
「四年生は書類上軍属だ。プロテクトレベル2は護ってもらうぜ。どぉよ」
冬月のトラックがそばに来て止まり、小さく手を上げて雄二とアイコンタクトをとる。
「……見てない」
「そか。そっちの嬢ちゃんは?」
雨岸は静かに首を振る。
「……嬢ちゃん。俺しばらくヒサヤマにいたんだけどよ。どっかであってないか?」
「チューガクセイをナンパか?救えない中佐だな」
杉田は驚いた様子で呆け顔を晒し、すぐに笑い出す。
「あっはっは。いっちょまえに騎士様気取りか。おもしれぇ奴だ。なんか見たらガードに報告してくれよ。お前の名前は?」
「……田北だ」
杉田の笑いがピタリと止まる。
「あの田北か。親父さんには随分助けられたよ」
雄二が一瞬睨むような目つきになり、即座に消える。
「あー。親父さんは禁句か。まぁいい。俺はしばらくこの町に居るから、どっかで会う事もあるだろ。またな」
杉田はひらりと射撃手席に潜り込む。
『悪いね矢矧ちゃん。いこう』
『始動します。回線接続』
【中佐殿。失礼ですが、プロテクトレベル2をいかにお心得ですか】
『あー、わかってるよ隊長さん。あんたにもすぐ言うつもりだったけど、プロテクトレベル2は表向きだけでな。実際には規制無しでどんどん流布したいのさ』
【それは……どういう?】
『ま。そこら辺は色々とな。勘弁してくれ。あ、きっちり俺の上からの指示だからな?独断じゃないぞ。冬月。聞いてるか?』
『回線接続。どうぞ』
【どうした矢矧?】
『杉田だ。さっきの女の子の反応見てたな?』
【ええ。見てましたが?】
『あの子のことについて…資料がほしい』
【……は?】
『ありゃ内気や臆病じゃきかん。プログラム適用生なら尚更だ。俺の顔を知ってる風にも見えた。本当にヒサヤマから来たのか調べとけよ』
【はぁ。かしこまりました】
【失礼ですが、ガードで十分にチェック済みです】
『……それなら構わん。が、気になる。そのチェック済みの資料を後で見せてくれ』
【正式なご依頼で?】
『必要ならそうする』
【かしこまりました】
『大和機、回線切断』
『大した嫌われようだ。まぁしゃーねーか』
【中佐殿。今から連絡しときますが、内部資料の外部公開ですから、事務手続きに二日はかかります】
『わかった。中央軍人嫌いはそんなに根深いのかねぇ』
【私に聞きますか】
『矢矧ちゃんもダンマリなんだもんよ』
【矢矧はいつもダンマリです。調べりゃわかるでしょうから言いますが、隊長は元中央軍人なんですよ。察してやってください。資料の外部公開は24時間毎査定を二回パスしなければいけない規則になってます】
『あー。元中央軍人か。なるほどな。あのトシならあの一年を一般兵で乗り切ったってトコか』
【え?……ああ。まぁそんなところです】
『なんだそれ、引っかかるな。隊長の階級は?』
【あー……特佐権大尉です】
『あのトシで中佐ってことはねぇだろうから……サイボーグか。全身レベルの』
【中佐殿の年齢もすごいですけどね】
『ちがいない。あの一件と、先生が逃げなきゃ階級付きになるつもりも無かったしな。随分と優遇してくれたもんだよ。それだけ中央の期待もでかい。シメガードへの期待も、な』
【……喋りすぎですね】
『そうだな。隊長より勝手がよさそうだ。四年生とも面識あるみたいだし、頼むぜ冬月』
【隊長を通してもらわんと困るんですがね】
『善処はしよう。隊長次第だがな』
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小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。 2000年ごろに書きはじめたものを直しつつ投稿中。