「あなた方にも、避難してもらいます。ロベルトさん…。もちろん警護付きで…。それと…、あなた方に対しての処罰は、戦いの後、王国裁判によって決定されるそうです。一応、敵側の情報を提供し、カテリーナ達に協力してくれたという事からも、恩赦は出るかと思いますが…」
「いや、いいんだ。分かっているさ。そのぐらいの覚悟はあって戻って来た」
私が、後ろ手に手枷をはめられ、連行されていくロベルト達に向かって、共に歩きながら言っていた。彼らは屈強な姿をした2人の兵士によって、今、王宮を下に向かう階段へと降りていくところだった。
「それで、あんたは? 何で、オレ達と一緒に付いて来るんだ?」
と、尋ねてきたのはカイロスの方だった。
私は、彼の少し失礼にも思えてくるような口調に、少し言葉を考えた後で答えるのだった。
「ピュリアーナ女王様から、お願いされたんです。私ならば、あなた達から話を聞きだしやすいだろうって…。あなた達は、もっと何かを隠している。だからそれを、私が聞きだすようにって言われているんですよ」
「ほう。そいつぁ、ありがたいね。拷問なんて言う方法を取られるんじゃあないかと、びくびくしていたところだぜ」
まるで面白い事を言うかのような口調でカイロスは答えた。
「私はこれ以上君や、この王国に対して協力をする事はできない。協力することを私の意志でしないのではなく、すでにできない事態に陥っているのだ」
ロベルトはそのように答えた。
彼らはそのまま地下まで連れられて行き、厳重な警備が敷かれている地下牢だった。《シレーナ・フォート》の宮殿の地下に位置しており、それは、地下の水路に達するほど近い場所にあった。
物々しい姿で警備兵達が警備を行っており、ここには重犯罪者ばかりが収容されているのだという。
ロベルトや、カイロス達も、重犯罪者として扱われてしまっているのだろうか?
重々しい音で、牢獄の鉄扉が閉じられた。
ここに閉じ込められたら最後、もうロベルト達は外へ出ることができないかもしれない。私は牢獄の重々しい雰囲気を見回して感じた。
「あの…、ロベルトさん…」
重々しい鉄扉ごしに、私はロベルトのいるであろう牢獄の向こう側に向かって話しかけた。私のその行動を、見張りに付いた兵士達は、特にとがめる様子も無かった。
ロベルトの方はというと、牢獄の向こう側から話しかけてくる様子は無い。だが、私の話しかける声は聞こえているだろう。
「あの…、ロベルトさん…。私は、その…、あなたの事を信じています。ロベルトさんがカテリーナを連れ去った事については、何か理由があるんだろうと思っています。
その理由が何なのか、私には分かりませんけれども、今、私達に襲いかかってきている危機と、何か大きな関係があるんだろうという事は分かります。だから、その…、私はあなたの事を、信じていますので…」
私はそれ以上、牢獄の前で言葉を詰まらせてしまった。かつては助けられ、共に行動をし、まるで父であるかのように慕っていたロベルトだったが、今は、何だか、遥か遠い世界に行ってしまったかのようだ。
そして、重々しい鉄扉の向こう側の廊下に閉じ込められてしまっている。もう、ロベルトは私の手の届かない所へと行ってしまったのだろうか。
その時だった。
「あんた、じゃあないぜ…」
私の背後から声が聞こえてくる。私はとっさに振り返った。私の背後から話しかけてくるのは、ロベルトと共に牢獄へと閉じ込められた、カイロスだった。
「あんた、じゃあねえんだ…。大事なのはよ…。あんたがロベルトから話を聞いたところで、何も変わる事は無いぜ…」
と聞こえてくるカイロスの声、私は今度は通路の反対側にあるカイロスの入れられた牢獄へと近寄った。
「カテリーナ、だぜ…。カテリーナが鍵なんだ。あんたじゃあねえ。あんたが、何かをしようとした所で、もはや無駄なあがきなんだぜ」
カイロスはそのように言ってくるが、私には一体何のことか分からない。
「一体、何の事を言っているんですか? あなた達がしている事は、この国の未来に関わってくるかもしれないんですよ! しっかり話してください」
私は声を上げて言った。しかし、
「だから、あんたがどうこう騒いだ所で意味は無いって事さ…。だが、一つ忠告だ。もし、この都と運命を共にしたくないんだったら、あんたはさっさと逃げちまった方が良いってことだな…」
私はカイロスの無責任な、そして投げやりな口調を聞いて思わず声を上げた。
「そんな無責任な!カテリーナが知っておかなきゃあいけない事があるんですか?だったら、話してください。私からカテリーナに伝えておきます」
と、私は言うのだが、
「いいや。何も伝える必要はない。カテリーナはすでに自分の存在を知っている。知っていて、これからの戦いに挑もうとしているんだ」
「一体、何が起ころうとしているんですか? 今、この都に襲いかかって来ようとしているものの他に、一体、何が襲いかかってこようとしているんですか?」
と言う私だが、
「無駄だぜ。あんた達には理解する事もできないし、太刀打ちすることもできない。オレ達にだって、どうすることもできないんだからな」
カイロスはそのように答える一点張りで、それ以上私に向かって口を開こうとはしなかった。
何か、とてつもない何かが迫って来ようとしている。という事は私にも分かった。それは、あのガルガトンとか言う怪物達だけではない。それ以外の何かが、私達のいるこの《シレーナ・フォート》に近づいてきているのだ。
私はそれを感じる事は出来なかったけれども、ロベルト達の言葉で分かった。彼らはすでに何かを知っており、覚悟を決めている。しかも、まるで諦めてしまっているかのようだ。
私達も、その迫ってくる何かに対して、覚悟を決めなければならないのだろうか?
ピュリアーナ女王の命令によって、《シレーナ・フォート》では一気に、迫りくる脅威に対しての準備が進められた。
その脅威は、実際の所はまだ私達にもその正体が良く分からないものだった。だが、それはすでに幾つもの都市を壊滅させ、今、この時にも、この都市に迫ってきている事は確かな事だった。
都市の住民に対しては即座に避難命令が出された。しかし、西域大陸の中でも最も多くの人口を持つこの《シレーナ・フォート》の住民すべてを避難させるのはそうすぐに済む事では無い。
まして、戦時に巻き込まれると言う事も、実に100年ぶりになる事だった。ほとんどの住民が、戦争とは無縁の世界にいる者達であった。
住民たちは避難民となり、都市の治安維持部隊によって避難させられた。人口は数万人にも及んでいたが、避難場所はいくらでもある。
それが、巨大な地下水道施設だった。
幽霊が出るとか、一度迷い込んだら二度と出てくる事は出来ないとまで言われている、巨大な地下水道は、それ自体が大きな避難施設になっていた。
巨大な《シレーナ・フォート》の都市を支える足場ともなりつつ、数万人の住民が流す下水を処理する場所でもありながら、同時に備蓄食料なども多く確保してある、秘密の施設でもある。
普段は立ち入り禁止のこの地下水道も、治安維持部隊によって施錠が外され、住民の避難が始まった。
敵が襲撃してくるまでは、およそ3時間と見積もられた。それより早いかもしれないし、遅いかもしれない。
それまでに全ての住民の避難が完了するだろうか、私は《シレーナ・フォート》の王宮の地下から出ると、慌ただしく避難が始まっている《シレーナ・フォート》の街を見つめた。
避難民の中には小さな子どもだっているし、親もいず、路上で生活していたような子どもだっている。そんな小さな存在に対しても、今、《シレーナ・フォート》に迫ってきている存在は容赦なく襲いかかろうとしている。
街の上空にはシレーナが飛び交い、地上の避難民達を誘導し、兵士達はこれから起ころうとしている都市防衛のための戦いに赴こうとしていた。
空を見上げれば、大きな暗雲が大陸の方から迫ってきていた。その暗雲が、今迫ってきている脅威そのものであるかのように襲いかかってきている。
この《シレーナ・フォート》そして、周辺の平原はこれから、大きな戦場と化すだろう。それは避ける事の出来ない攻撃なのだ。
「なあ、ルージェラ? 私は、どうしたらいい?」
突然カテリーナは顔を上げ、ルージェラに向かって尋ねていた。
カテリーナと共に、《シレーナ・フォート》王宮内にある彼女の部屋にいたルージェラは、あっけに取られた様子でカテリーナの方を振り向く。
「はあ?」
ルージェラはすでに迫りくる戦に備えた準備も万端だ。体には甲冑を纏い、腰には数本の斧を吊るしている。今、この部屋に敵が飛び込んできたとしても、即座に戦闘態勢に移ることだってできるだろう。
だが、カテリーナの方は違った。彼女はまだ戦の身支度をしていない。ピュリアーナ女王と謁見したばかりの、騎士の礼服姿のままで、椅子に座っているその姿もあまりに無防備なものだった。
ルージェラはカテリーナの部屋の窓から《シレーナ・フォート》の街を見下ろして言った。
「外では避難も始まっている。でも、敵がこの街にやってくるまでに全ての避難は完了できない。だから、あたし達が街に敵が来るまで食い止め、そして倒す。それだけよ。外では、あんたの指示を待つ騎士や兵士達が、戦への覚悟を決めているって言うのに、あんたは何? 何もしていないじゃあない?」
ルージェラはカテリーナの姿を見て続けざまに言ってくる。
まさか、この娘に対して、こんな言葉を言う事になろうとはね。と彼女は心の中で思った。
カテリーナと言えば、今まで誰にも負けた事も屈した事も無い。その力はピュリアーナ女王さえも認め、ある時は、義理の姉である自分さえも恐ろしいと思ったことがあるほどだ。
それが、今のカテリーナと言えば、何に対しても無関心な様子であり、ずっと何かを隠しているようでもある。
何がカテリーナをそのようにしてしまったのだろうか? ルージェラはカテリーナと再会してからというもの、それを幾度となく考えた。
それは、恐らく、彼女をも上回る巨大なものなのだろう。そしてそれは、今、この《シレーナ・フォート》に向かって迫ってきている敵を動かしている存在と同じものだ。
「カテリーナ。準備をしないと間に合わなくなるよ」
と、ルージェラはカテリーナを急かした。
カテリーナの方はと言うと、壁に立てかけてあった、一つの剣をじっと見つめていた。その剣はカテリーナがずっと持っていた剣。トール・フォルツィーラは、その1メートル以上もある刃渡りと、肉厚の鉄板のような剣であり、その巨大さ故に、カテリーナでしか扱うことができない剣だ。
力自慢のルージェラも、この剣だけは振るう事ができなかった。しかし、カテリーナにはそれができる。
自分よりも華奢な体をしているくせに。何でそんな事ができる?
ルージェラは今までカテリーナのそんな所をいちいち疑問に思っていなかった。ただ妹は自分よりも遥かに強いし、上の立場にいるべき人間。そして、信頼する事ができる。それだけのことが分かっていればよかった。
だが、今はそんなカテリーナに対しての信頼も揺らぐ。本当に、このカテリーナに、これから始まろうとしている戦いを任せても良いのだろうか?
カテリーナが塞ぎこんでいる理由はどうあれ、そんな彼女のやる気を出させるのは、自分しかいないと、ルージェラはカテリーナの目の前に立った。
そして、あまり彼女に対しては発してこなかった口調で、カテリーナに向かって言い放つ。それは、堂々とした性格と、気性の荒いルージェラだからこそ出せる口調だ。
「あんたねえ。どれだけの人があんたを頼りにしているか、分かっているの?」
そう言い放ったルージェラの言葉はとても乱暴だ。だが、今はそうする必要がある。何かを思い悩んでいるカテリーナの目を覚まさせる必要がある。
「それは…、分かっている…。だからこそ、さ…」
仕方ないな。と思いつつ、ルージェラはカテリーナの頬を叩いてみた。もちろん、思い切りやったのではない。自分の意志表示のためだ。いや、自分達の、と言った方が正しいかもしれない。
カテリーナに対する期待を、上の立場から言う事ができる人物は、この『リキテインブルグ』には、ルージェラとピュリアーナ女王しかいない。だから、カテリーナのやる気を出させ、国を守るには、ルージェラがこうして目を覚ましてやるしかない。
カテリーナは少し、あっけに取られたようにルージェラを見上げた。
「何て、顔で見てんのよ。あんたは…。今まで、そんな顔であたしを見たりしなかったでしょ…」
頬を叩いた方のルージェラの方が恥ずかしい顔になってしまった。
相変わらず、訳の分からない娘だ。ルージェラは再び思った。姉代わりになってやった、昔からそうだ。
「皆が、私に対して期待をしている。私がいるからこそ、この難局を乗り越えることができると、そう思っている…」
カテリーナは、まるで独り言のようにそう言いながら、自分が座り、自分の剣を見つめていた椅子から立ち上がった。
「え、ええ…、そうよ。あたしだって、あんたの事、一番信頼してんのよ!」
ルージェラはカテリーナの独り言に合わせてそのように言った。
カテリーナは伸び放題だった髪を、ばっさりと前の通り短く切って、今では刃のような銀髪を取り戻している。あの、甲冑姿とぴったり合う銀髪をだ。それは、ルージェラがしてやった。
どうやら、戦支度は、自分が手伝ってやる必要がある、とルージェラは思い、椅子から立ち上がったカテリーナに近づいた。
「あんたに、ピュリアーナ女王からお届けものがあるのよ」
ルージェラとカテリーナは見合ったまま、ルージェラの方が言った。
「そこに、ある奴か?」
カテリーナが、幾分か自信と、昔持っていた威厳を取り戻したような声で言う。
カテリーナのすぐ傍には、一揃いの甲冑が置かれていた。それは1年前までカテリーナが身に纏っていたものとは大分違うものだった。
甲冑の腕部、脚部は、銀色のプレートで覆われている事は変わらないが、肩当てが簡略化されており、腕を動かしやすくなっている。さらに胴部にはプレートを付けず、チェインメイルだけでできているため、重量も大幅に減らされた甲冑だ。
カテリーナは騎士団長。本来ならば、もっと豪華にできた甲冑を着ても良いものだが、そこにある甲冑は、何よりもカテリーナの為に作られたものだった。身の丈も大きさも、ぴったりなものである。
「あなたは、戦いの時、甲冑に頼る必要が無いでしょう?だから、防御力は結構落ちたけど、前よりも軽くて、動きやすい方が良いと思ったのよ」
と、ルージェラはカテリーナに言って見せた。
「女王陛下のお届けものと言っておきながら、作ったのは、ルージェラ。あなただろう?」
「あんたが、いつか戻って来る時の、ために、ってね…」
と、ルージェラはぼそりと答えて見せた。
カテリーナはしばし、その甲冑を見つめて、まるで自分自身の姿をそこに投影しているかのような仕草をして見せた。
その甲冑を身にまとって戦う姿を想像しているのかもしれない。そこに、かつての自分を映し出すことができるのだろうかと。
やがて、カテリーナは、騎士礼服に付いているスカーフから外し始め、戦支度を始めるのだった。
ものの数分後、カテリーナは新しい騎士団長の姿となってそこに現れた。一時期は見せていた弱弱しい姿、ただの女としてのカテリーナはそこには無く、再び1年以上前に見せていた、凛々しい女騎士の姿となった。
ルージェラは、前よりもカテリーナの姿がすっきりしたと思った。甲冑の胴部プレートや、肩当てが小さくなった事だけではなく、髪も切ったばかりからかもしれない。
だが、それだけではなく、カテリーナの姿がすっきりとして見えたのは、彼女の何かが吹っ切れたように見えたからかもしれなかった。
ルージェラが見つめるカテリーナの瞳には、迷いが無かった。冷たく濡れたガラスのような瞳は揺らいでおらず、一点を見つめている。眼光も大分鋭くなった。
これなら、戦うことができる。ルージェラはそう確信すると、自分が壁に立てかけてあった剣、カテリーナのトール・フォルツィーラを掴んだ。
ずしりと伝わってくる重さ。ルージェラもドワーフ族の血が流れていて、相当な力持ちだったが、それでも重い。
まるで鉄柱を掴んで持ち上げているかのようだった。だが、ルージェラはカテリーナの為にその剣を持ち、カテリーナへと手渡した。
まるでそれは、騎士叙任式の時に、女王陛下の前で行う忠誠の儀式のような形になった。ルージェラが口を開く。
「女王陛下のご加護があらん事を…」
ルージェラはカテリーナの瞳をじっと見つめ、剣を手渡した。
「あなたにも、女王陛下のご加護があらん事を」
ルージェラがカテリーナに剣を渡し終えると、カテリーナはその剣がまだ輝きを失っていない事を確かめるかのように、何度か握り直し、刀身を確かめた。
持ち手や装飾はごつごつとした剣だったが、刃の輝きは鋭く、それは冷たく濡れているようでさえあった。カテリーナの姿と、その大剣は溶け込み合い、お互いが欲している姿になりつつあった。
街の内部では今だに混乱が続いていた。
避難に反発する住民までいたし、何しろ広い《シレーナ・フォート》の路地裏には、鼠よりもすばしっこく、どんな場所にも入りこむと言う、浮浪児達がいたのだ。
「ほ~ら、怖くないからね。お姉さんの言う通りに付いてくれば安全よ」
と言って、とある裏路地の中に逃げ込んだ浮浪児達を、落ち着かせようと歩み寄るのは、一人の若いシレーナだった。簡素な胸当てと腰当てだけを付けた彼女は、立派な兵士ではあったが、所属部隊も街の警備であったためと、まだ若いという理由で、避難民の避難対応に回されていた。
「嫌だ。ここは僕たちの家だよ。さっさと出て行け。大人の都合なんて知った事か」
と、浮浪児達は、自分達の縄張りを主張して言い放ってくる。
「は、はあ…?で、でもね、今はそれどころじゃあないから。皆、避難しているの。だからね、あなた達も避難しないと、その、危ないのよ…」
浮浪児達を避難させようとしているシレーナは、一人で数人の子供たちを力づくで避難させるわけにもいかず、説得を試みていたが、強硬な彼らにはほとほと困りかけていた。
「ねえ!ポロネーゼ!こっちの子達も、手伝ってよ!」
背後から聞こえてきた甲高い声に、シレーナは背後を振り向いた。すると、そこにも一人のシレーナの若い兵がおり、路地に住みついた浮浪児達を避難させようと必死の様子だった。
「ああ、もう駄目。あと1時間以内に全部、避難完了なんて、とても無理だよ!」
と、ポロネーゼと呼ばれたシレーナはほとほと困りかけた様子で答えていた。
すると、そんなシレーナの若き兵に、足元から呼びかけてくる声があった。
「姉ちゃん、何、困ってんだい?」
そこにいたのは、歳の頃、10、11歳ほどの少年だった。シレーナのポロネーゼに比べれば、頭二つ分ほど小さく、小柄だった。
「あんた達が、避難してくれないから、困ってんでしょーが!」
と、ポロネーゼは思わず怒りを爆発させて答えていた。だが、そこにいた少年はまるで得意げな顔をして見せてくる。
「何、あんた達、あたし達を、そんなに困らせたいって言うの?」
と、ポロネーゼと共に行動していた仲間のシレーナのデーラがやってきて、そんな少年の顔を覗き込むように見た。
「これだから、大人はな~。もうおれ達の逃げ場所は決まっているんだぜ。大人が勝手に決めたような逃げ場所に避難するつもりなんてないね」
現れた少年は得意げな顔をして見せた。
「あんた達の逃げ場所ですって?随分な事を言ってくれるじゃあないの。だったら、その逃げ場所にこのあたし達を案内してみなさい!」
ポロネーゼは少年に向かってそのように言い放った。すると、少年はにやりとして見せ、二人のシレーナの兵を路地裏のさらに奥地へと案内した。
建物同士の間に挟まれた路地裏はどんどん狭くなっていき、そこは、大人がやっと通ることができるかと言う狭さだった。そのため、翼を持つ種族、シレーナであるポロネーゼとデーラは、その翼を小さく畳まなくては前に進むことができなかった。
やがて少年は、そんな路地裏の路面にあった鉄の蓋の前までやって来た。
「これだよ。本当は、大人には教えないんだけれどもな、こんなときだ。おれ達の避難場所に案内するぜ」
と言い、その重そうな鉄の蓋を自分で開いた。
少年が開いた鉄の蓋の先には黒い穴が開いていた。それは路面の中に作られていて、地下へと繋がる道だ。
少年は素早くその穴の中に飛び込んだ。梯子さえも備え付けられていないようだが、彼が飛び込んだ直後、軽い水の音がしたため、どうやらその穴の深さはそれほどでも無いらしい。
「ほら、来なよ」
と少年が言うと、デーラとポロネーゼと一緒に連れられて来た子供達が現れ、その穴の中へと順番に飛び込んでいった。
あっという間にデーラとポロネーゼが避難させようとしていた子供達は、穴の中に姿を消してしまった。
「どうすんだい?あんた達も来るのか?」
穴の中から少年の声が響き渡ってきた。
デーラとポロネーゼは顔を見合わせた。彼女達の足元にある穴はそこに鉄の蓋がされてしまえば、子供達が大勢そこに隠れていたとしても、全く分からないだろう。
穴の大きさは大の大人でも何とか通り抜けることができる。シレーナ故、デーラとポロネーゼもその背中には大きな翼を有していたが、このくらいの大きさの穴だったら、何とか降りることができるだろう。
まず、ポロネーゼがその穴の中に飛び込んだ。穴の底は、どうやら水が流れているらしく水の中に着地した音が聞こえた。
どうやら下水道らしい。ポロネーゼがそう判断した時、デーラが頭の上から降りてきた。
流れているのは下水で、ここは路面の下に作られたトンネルになっているようだ。最も先に降りたあの少年が先頭に立ち、灯りをともしていた。その灯りは小さなものだったが、トンネルを照らすには十分だった。
「降りて来たんだったら、きちんと蓋を閉じて来てくれよ。ここは、大人にバレちゃあいけないところなんだ。本当はな」
少年の声がトンネルの中に響き渡った。
「でも、あんた達。こんな路地のすぐ下の下水道じゃあ、大した避難場所にはならないわよ。あたし達が案内する避難場所の方が、よっぽど安全よ」
と、ポロネーゼが言いかけた時、
「ほら、もう行くぜ」
少年の言葉が遮り、下水道の中に降りた子供達は、一斉にどこかに向かって歩き出していた。
デーラとポロネーゼは少年達の最も背後につき、彼らの後について行った。
路地裏などに隠れている子供達の避難と安全を任されている彼女達は、少年達がどこに避難するのかをきちんと見届ける必要があった。
だから、このままどこかへと行ってしまおうとしている子供たちを放っておくわけにはいかない。彼女達も付いて行かなければならなかった。
やがて子供達と2人のシレーナがついていく地下道は、だんだんと天井が高くなっていく、そして、ある所まで達した所で、視界が急に開けた。
「ここは、どこ…?」
デーラは視界が開けた所までやってきて、唐突に声を上げた。
子供達十人ほどと、デーラとポロネーゼがやって来た場所は、非常に広い空間が広がっていた。そこはどうやら地下の水路施設の一つであるらしい。地上からの光は差し込んでいないが、ところどころに灯りが灯されており、その全体像を見ることができた。
高さ10メートル以上はある落差を、デーラ達が進んできた水路から水が落ち、下に大きな下水の流れがある。そして幾つかの橋が渡されており、向こう岸に行く事もできそうだった。
「おーい!」
と呼びかけてくる声がある。向こう岸にもどうやら浮浪児らしき子供達がおり、その人数は数十人もいた。
彼らは灯りの周りに寄り添うようにしており、どうやらこの地下水路の一角で生活をしているようだった。
やがて子供達の先頭を歩き、皆を導いてきた子供がデーラ達の方を振り向いてきた。
「どうだい?おれ達にも立派な、避難場所があるんだ。わざわざ、大人達と一緒にいる必要なんてないね」
と、自信ありげに言ってくる少年。
その、堂々たる態度に、デーラとポロネーゼは思わず顔を見合わせた。
「ここはたぶん、地図にも載っていないような昔の避難場所よ…」
ポロネーゼが言った。
「だから避難場所には指定されていなかった…。どうする?ここに隠れていれば、この子達は安全じゃあない?」
デーラが答える。
2人のシレーナは子供達と共にこの場所に避難する事に決めた。だが、ここにいるのはあくまで子供達でしか無い。
彼らは何をするにも危なっかしいし、これから襲ってくる者達が、この避難場所を見つけ出さないとも限らない。
デーラとポロネーゼは、彼らを保護しておくため、この場に留まる決意をした。
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カテリーナ達の都《シレーナ・フォート》に迫るガルガトンの軍勢。都では輪生体制に入り、カテリーナ達もそれに臨むことに。