No.317080

少女の航跡 第3章「ルナシメント」 14節「暗雲」

カテリーナ達がエルフの森に行っている頃、『リキテインブルグ』国境を謎の軍勢が突破、まっすぐカテリーナたちの都、《シレーナ・フォート》を目指しているのでした。

2011-10-12 12:44:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:983   閲覧ユーザー数:277

 

 エルフの森からは数百キロ以上も離れた、『リキテインブルグ』の北東部。そこは、『リキテインブルグ』と『ベスティア』間の国境となっている場所だ。

 両国間の間には断崖絶壁の峡谷が口を開いており、その峡谷自体が国境を示している。人間が文明を築き上げた以前から口を開いているこの峡谷は、歩いて降りる事もできず、翼を持つ種族、例えば『リキテインブルグ』のシレーナ達以外では、数か所の街道にかけられた橋を渡るしかない。

何箇所かの橋がかけられているが、『リキテインブルグ』『ベスティア』の両国の国境は自由国境ではなく、旅人も、商人も、王族であったとしても、検問を通過しなければならなかった。

『リキテインブルグ』『ベスティア』の間で戦争があった、20数年前には国境が閉鎖された事もあるが、再びその国境は解放されていた。

しかしながら、1年前から、西域大陸ではいまだかつてないほどの危機に直面している。事実、『ベスティア』の首都である《ミスティルテイン》は、1年前に陥落してしまった。謎の怪物たちに襲撃を受けた首都からは避難民が溢れだし、現在、『ベスティア』の治めていた大領主であるクローネも行方不明になっている。多くの政府要人と共に死亡したとの見方が強い。

 『ベスティア』自体が、一人の王が治める国家ではなく、幾つもの領地に分かれ、何人もの領主が治める国であったが、《ミスティルテイン》陥落を期に、次々と周辺領地も襲撃され、『ベスティア』は現在では国自体の機能が麻痺していた。

 『ベスティア』からの避難民は溢れ、『リキテインブルグ』や周辺諸国へと逃れてきている。同時に、国内での治安も悪化し、そんな避難民に対しての盗賊や強盗などの輩も増えてきたため、『リキテインブルグ』側では避難民の受け入れは行っていたが、国境の警戒態勢はかなり厳しくなっていた。

 例え避難してくる民であっても、国境では検問を受ける事になっており、国境の橋にかけられた検問所と隣接する砦の周辺には、今日も多くの『ベスティア』側からの避難民で溢れていた。

 ピュリアーナ女王の方針によって、避難民に対しては、食糧の配給など、望めば行えるようになっていたが、『リキテインブルグ』側の物資も不足してきていた。何しろ、国家の財政を支えていた貿易も、現在では『ベスティア』や沿岸三カ国の残りの国で滞ってしまっているのだ。

 西域大陸全土で、大きな力が働き、それは、人々の気がつかないほど、影響力を及ぼしていた。

 大陸規模の影響とは言え、国の政治、経済が、圧迫してきているのではなかった。《ミスティルテイン》が陥落してしまった時によって、正体不明の怪物が出現してきてもいるのだ。

 『ベスティア』を中心に出現しているその怪物は、特に都市部など、人の集まる場所を狙っているらしく、『リキテインブルグ』側も、その怪物が国内に入りこまないような警戒態勢を敷いている。

 とはいえ、それでも『リキテインブルグ』には、『ベスティア』に出現したような怪物が出現し出している。

 どのように国境を越えて出現してきているのかは不明だったが、確かに正体不明の怪物たちは、『リキテインブルグ』側に、そして西域大陸全土にその勢力を広げつつあった。

 これ以上、『リキテインブルグ』側に正体不明の怪物の侵入を許すわけにはいかない。

 そう、命令を受けた国境警備隊の兵士達は、砦に陣取り、国境十数キロメートル先に対しても警戒を払っていた。

 今日は、朝から『リキテインブルグ』特有の少し湿り気の多い晴れとなっており、視界は非常に開けていた。

 その晴れ間は、砦の周辺に広がる草原の全てを見渡すことができるほど、広く広がっており、砦の周辺に避難民さえいなければ、平和そのものだった。

 砦の兵士達も、怪物達も、このような晴れた見通しの良い日に襲撃をしてくるとは想像する事も出来ず、若干警戒を緩めていた。

 むしろ砦の国境警備隊は、『ベスティア』からの避難民の対応に追われており、延々と続いている国境の警備態勢も緩みつつあった。

 避難民は日を追うごとに増えてきており、それは西域大陸の都市が次々と襲撃を受けている事を意味している。

 そんな増え続ける避難民の対応をしているものだったから、国境警備隊の兵士達は近付いてくる脅威には気が付いていなかった。

 それはまず地響きから始まっていた。『リキテインブルグ』の国自体では地震や地響きはしょっちゅう起こるわけでは無い。

 だが、人の体に感じる事の出来ない振動から確かに地響きは始まっており、やがてそれは、避難民たちにも、砦の国境警備隊達にもはっきりと感じられるほどの大きさのものへとなっていった。

 国境警備隊も、避難民達も、初めはただの地響きか、軽い地震なのだろうと思っていた。だが、その地響きは確かに国境の方へと向かってきていた。

 それも、『ベスティア』の方からどんどん近づいてくるかのように地響きは迫ってきていたのだ。

 そして、地震もどんどん強くなってきていた。

 地震は、ものの数分で、人々がそこに立っていられないほどのものとなった。

 避難民達は動揺し、悲鳴を上げるものさえいた。だが、国境警備隊の兵士達には、どうしようもなかった。震え上がるかのように地震を起こしている大地を静めるような事など彼らにはできなかったし、混乱した避難民を抑える事も出来なかった。

 地震は国境の崖にかかった橋も激しく揺さぶり、砦を築きあげている石垣をも倒壊させようとしていた。

 その地震によって引き起こされたのか否かは不明だったが、突然、国境の検問所の一つを構成していた見張り塔が倒壊した。

 見張り塔は足元から、崩れるようにして倒壊していった。瓦礫と化した塔はあっという間に倒壊し、避難民達の混乱はさらに増した。

 塔が崩れた直後、国境付近の地面から、突如として、何かが飛び出してきた。

 それは、地上に避難民達や国境警備隊の兵士達がいる事などお構いなしに出現した。大きさは大きな岩ほどのものもあり、目にも留まらない速さで地面から飛び出してくるものだから、地上にいる者達は逃げる事も出来ないまま、地上から飛び出した何者か、に巻き込まれた。

 地下から飛び出してきた、岩ほどの大きさもあるものは、1つでは無かった。2つ、3つと、次々に出現する。

 地面から、まるで水面に飛び出す飛び魚のように地上に飛び出してくる。土埃をまき散らしながら、その何者か達は、避難民に牙を剥いた。

 地震はやがて収まってきたが、混乱は、地の底から現れた黒い岩の塊のようなものによって、広められていた。

 避難民や、国境警備隊の兵士達が次々とその岩の塊に巻き込まれていたし、誰も、地の底から現れるその者達を防ぐことができなかったからだ。

 地上にいる人々は、地の底から次々と現れるその者達にされるがままになる。

 初めは、この地上の国境付近を狙った、新たな攻撃かと思われた。

 だが、実際はそうではなかった。地底から突如現れた黒い姿をした者達は、国境付近にいた避難民達を狙っていたのではなく、国境警備隊の者達を狙って攻撃を仕掛けてきたわけでもなかった。

 地の底にいた者達は、一斉に一つの方向を目指して地の底から姿を現し、草原の上を駆け出した。

 最終的に地の底からあらわした者その数はおおよそ50以上。まるで黒い岩が平行線を作りだしているかのような姿となって、『リキテインブルグ』の草原の彼方へと消えていった。

 地震が起こってから、黒い姿をした者達が、草原の彼方へと姿が消えていくまで、20分程度の出来事だった。

 国境が混乱に陥っている間は、そこにいる者達にとっては、時間の観念さえも忘れさせてしまうほどの時間が流れていたが、過ぎ去ってしまえばあっという間の出来事であった。

 倒壊した見張り塔から砂埃が巻き起こり、それが冷めない内に、その元凶となった者達は消え去ってしまうのだった。

 しかも、事件はそれだけでは済まされなかった。

 国境の砦の見張り台に立っていた警備兵は、過ぎ去っていった、事の元凶となった50ほどの者達が、一斉にどこに向かっていったかを、すぐに上官に報告した。

 50ほどの者達は、まるで一つの意志に操られているかのように、一つの方向を目指している。

 それはまっすぐ南の方角だった。

 『リキテインブルグ』『ベスティア』間の国境から真南に向かえば何があるのかは、『リキテインブルグ』の民にとっては良く知られた事だ。

 国境が襲撃された後、ものの10分も経たない後に、国境の砦に詰めていた、シレーナの伝令達数名が、《シレーナ・フォート》に向かって飛び去っていった。

 数時間後、そのシレーナ達による言伝は、《シレーナ・フォート》の王宮にいるピュリアーナ女王の耳へと伝えられた。

「“ガルガトン”共が、この王都を目指して、進撃してきている?」

 思わず自分の座っていた玉座から立ち上がり、ピュリアーナ女王は声を上げた。

「まだ確かな事ではありませんが、ガルガトン達が、またこの『リキテインブルグ』で現れたのは確かな事です。私も、確かにこの目で、避難民達が襲われるところは目撃しました。

 そして、ガルガトン達が国境から真南に進んでいた事からして、この《シレーナ・フォート》の警戒態勢を高める必要は十分かと思われます」

 数百キロもの距離を翼を使い、全速力で移動してきたシレーナの伝令達は、まだその翼を休めるような暇もなく、ピュリアーナ女王へと言伝を伝えていた。

 何しろ、この王都に危機が迫りつつあるかもしれないのだ。敵軍の進軍を真っ先に伝える彼女達には、休んでいる暇など無かった。全力疾走で翼を走らせ、ガルガトンと呼ばれる存在が、《シレーナ・フォート》にやってくるのよりも早く到着することができたのだ。

「今、そのガルガトン達はどの辺りまでやってきているのだ?」

 ピュリアーナ女王は、玉座の間に広げさせた『リキテインブルグ』全土を見渡す大きな地図を見下ろして言った。

 彼女の持つ純白の翼を広げてもまだ大きく見えるその地図は、『リキテインブルグ』の全ての大地を見ることができるようになっている。それは正確に測量された地図であり、国土の全てを把握することができる。

「ガルガトン達は再び地下に潜ったため、その詳細な位置は分かりかねますが、この《シレーナ・フォート》を目指して迫ってきている可能性は十分に考えられます」

 伝令のシレーナの一人が声を上げて言った。

「お前達は、このことについて知っていたのか?」

 と、ピュリアーナ女王は地図から顔を上げ、地図を広げたテーブル越しにいる二人の男を見やった。

 そこにいたのは、兵士によって拘束されたままの、ロベルト、そしてカイロスと呼ばれている男達だった。彼らはその身柄を拘束されていたが、緊急事態にピュリアーナ女王の元へと連れて来られたのだった。

 理由はもちろん、ロベルト達は元々は、今、世界に脅威を及ぼしている勢力側にいた人間だったからだ。

 カイロスは、自分が拘束されていると言う事など忘れているかのような口調で答える。

「ああ…、もちろん知っていたさ。だが、予想以上に早くなっちまったようだがな…。オレ達が考えていたよりもずっと早い」

 というカイロスの言葉に、ピュリアーナ女王は彼の顔を射抜くかのような鋭い視線を向けた。

「一体、何が早いと言うのだ? 貴様」

 ピュリアーナ女王は威厳もたっぷりに言い放った。その声はシレーナ種族独特の声帯によって、彼女の声は人ではとても実現することができないほど巨大なものとして増幅し、部屋中に響き渡る。玉座の間にあるステンドグラスさえも、その声によって振動するほどだった。

「慌てるな…って、よォ…。まだ手はあるんだぜ…」

 と、カイロスは呟いたが、今度はピュリアーナ女王は無言のまなざしで彼を射抜いた。そこにいるのが、ただの年相応の若者だったら、その視線によって縮みあがってしまっただろう。だが、カイロスは平然としていた。

 カイロスの隣にいるロベルトは、やれやれといった様子でため息をつくと口を開いた。その口調はカイロスの者に比べれば、幾分も紳士的なものだった。

「それは、“最終攻撃”の事だ」

「“最終攻撃”だと?」

 ピュリアーナ女王が言葉を繰り返して言った。

「そう。あなたのこの国の王都が陥落すれば、この西域大陸は大半の国家の力が失われると言って良い。もちろん、まだ全てが失われるわけではないが、この都が陥落する事によって、人々は絶望に襲われる。

 そのような絶望的な民を追い詰め、最終的には大陸、そして世界を壊滅させるのはたやすいことだ」

 ロベルトは淡々とした口調で答えた。彼自身は全く感情を込めず、まるで全てを受け入れているかのような口調で話す。

「…、貴様らは…、それで一体、何を望んでいると言うのだ?」

 ピュリアーナ女王が再び語気を強めた。彼女にしては珍しく、その瞳に嫌悪をこもらせている。いつもは冷静沈着な女王であっても、この時ばかりは違った。

「この国を、この世界を滅ぼして…、私は万に一つもそのような事を許しはしないが…、そんな事をして一体、何になると言うのだ?」

 するとロベルトは、ピュリアーナ女王よりも冷静な口調で答えた。

「滅んだ世界に、また新しい世界を創り上げる。それが我々の目的だった。あなたも一国の王ならばよく知っているだろう?この国、いや、文明自体も、一つの国が滅んでそこに作り上げられて来たものだと言う事を。

 我々は、我々の元主と言った方が良いだろうか? 主は、それをより効率的にやる。

一つの国が滅び、新たな国が作り上げられる時、そこには戦争というものが必要だ。だが、戦争が行われる事によって、双方に多大な犠牲が出る。それは新たな国の建設にとっては一番の障害になる事だ。

 我々の元主はそのような事はしない。だが、攻撃はする。物言わぬ、感情も持たぬ兵士を幾らでも量産し、徹底的な排除を行うだけだ」

 ロベルトの発する言葉は、恐ろしくもあり、不気味でさえもあった。彼は淡々と言葉を述べるだけだったが、その言葉の意味には非常に大きな意味が含まれている。

「馬鹿な! 貴様らたった10人にも満たないような者達が、この国を滅ぼし、しかもそこに新たな王国を建てるだと…! そのような事が、できるはずもない!」

 ピュリアーナ女王はまるで自分が侮辱されたかのように言い放つ。だが、依然としてロベルトは表情を変えなかった。一方のカイロスは、ピュリアーナ女王からは目線を外し、呟くように口を開いた。

「だから、そんな事にならねえように、協力してやるって言っているじゃあねえか…。オレ達も、元主のやり方に対しては反対なんだぜ…。オレ達の間の中でも大分意見が割れていてな。

 本気でこの文明を排除しようとしている奴。オレ達みたいにそれに反対する奴。どっちにつこうか今だに迷っている奴に分かれているんだぜ…。

 まあ、本気で文明を滅ぼそうなんて考えているのは、オレの知っている限りじゃあ、たったの2人だけだ」

「たった2人だと…、無謀にも程があるな。大体、その者達は、どうして我々に何も接触をして来ない? ただ、自分達がしたいままに世を滅ぼそうとしているというのか?」

 と、ピュリアーナ女王が言った時だった。今まで彼女のついているテーブルから離れた位置にいた一人が歩み出し、彼女へと言い出す。

「ピュリアーナ女王陛下。しかし、こうして、周辺各国に甚大な被害が出ている上に、我が国にも進軍が行われている以上、何か手立てを考えなければなりません」

 それはルージェラだった。彼女はすでに《シレーナ・フォート》に戻ってきており、ピュリアーナ女王の部屋の間にいたのだ。

「分かっている。国境を超えて侵入してきた者達は、この都に辿り着くよりも前に食い止めてやろう。カテリーナよ。お前が軍を指揮して、この都を守る事はできるか?」

 と、言い放たれたピュリアーナ女王の言葉に、今まで下がっていたカテリーナが、一歩歩みを踏み出した。

「はっ。もちろんでございます」

 そのように答えたカテリーナは、私達が再会したばかりのカテリーナとはどこかが違っていた。

 今までのカテリーナは、ただの一人の女としての姿としてしかなかったが、今のカテリーナはどこか違う。私が出会ったばかりの頃の、女騎士としての威厳を持ち、多くの騎士たちの統率を取る事もできると言う威厳を持っていた。

 それは、彼女が堂々とピュリアーナ女王の前に立っているだけでも、はっきりと分かるものだった。

 あのエルフの森で、彼女は、封じられていたという力を取り戻すことができた。それが今、はっきりと彼女から感じ取ることができる。

「よし。すぐに軍を編成し、国境を越えて侵入した、ガルガトン共を迎え撃つ準備を始めろ。あと、もし、都の中にまで敵が侵入した時の為だ。民の避難の準備を始めろ。避難手順は分かっているな?」

「ええ、もちろん分かっております」

 ピュリアーナ女王に答えたのは、彼女の従者として控えているシレーナの一人だった。

 部下達に指示を出した後、ピュリアーナ女王は、はっきりとした口調。部屋全体にいきわたるかのような口調で部下達に言い放つ。

「いいか。これはこの《シレーナ・フォート》を守るための一大決戦だ。もし敵に都を襲われたが最後。甚大な被害を出す事になるだろう。

 そしてもし、この都が陥落するような事があったならば、この国は滅びるだろう。敵も、我が国を滅ぼす目的で攻め入ってきているに違いない。『リキテインブルグ』の民として、命を賭してこの戦いに勝て。いいな」

「はっ!」

 ピュリアーナ女王の声に引き続き、部屋にいた騎士達は、一斉にその返答をするのだった。

 


 
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