No.310448

君は微睡む…act7〈終章〉

うにょさん

幻想水滸伝 Wリーダーの冒険 (2主人公=マオ・1主人公=ナチ) 続き物です。最終章。act6とact7を同日アップ。旅は終わり、坊ちゃんもグレッグミンスターに帰りつきます。いまだ旅に出ている人達もいつか帰るでしょう。──アンハッピーエンドからはじまるハッピーエンドがテーマでした。最後までおつきあい下さいまして、ありがとうございました。

2011-09-30 23:53:08 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:945   閲覧ユーザー数:942

 

「お帰りなさい、坊っちゃん」

 ドアをあけたそこに、いつも通りのグレミオの笑顔を見つけて、ナチはようやく安らいだ気分になった。

「ただいま」

 頷き返しながら荷物をおろし、辺りを見回す。

 何がかわってるわけでもないのに、遠出する度にいつもそうやって確認してしまう。

 迎えてくれる人達が存在する時を、今感じている幸福感を、いつまでも胸に刻み付けておくために。

「マオくんは、元気でしたか? ミューズはいかがでした? どこか変わってましたか?」

 畳み掛けるようなその質問に、ミューズで逢った少年の面影が重なって、ナチは思わず笑ってしまった。

「あ、なんですか。思い出し笑いですか? どうやら向こうでは、楽しいことがたくさんあったみたいですね?」

 よかったですね──と、グレミオはにこにこしている。

 もう彼は、何があったのかと、かつてのように根掘り葉掘り何が何でも聞き出そうとしたりはしない。そんなことをしなくても、ナチがいずれ自分から話しだすだろうことを、グレミオはちゃんと知っているのだ。

「あ、そう言えば……」

 ふと思い出したように、グレミオが切り出した。

「坊っちゃんがいらっしゃらない間にですね、お客様がいらしたんですよ」

「客?」

 いったい誰だろうと、ナチは首を傾げる。

 ナチがこのグレッグミンスターに帰ってからというもの、マクドール邸を訪れる者の数はぐんと増したが、そのほとんどが古くからの知己で、客と呼べるほどに改まった存在が訪れることは稀だった。

「えーと、お名前は伺えなかったんですけどね。坊っちゃん宛の手紙を受け取っています。なんでも、もしマオさんに会うことがあったなら、坊っちゃんから彼に伝えて欲しいことがあるって」

 居間のサイドボードの引き出しを引き、グレミオはそこから一通の手紙を取り出した。

「伝言──?」

 しかもマオに?──と、怪訝に思いながらナチはその手紙を受け取り、封を切って中に収められた一枚の走り書きを見た。

「これは--」

 くいいるように、その文面に見いっているナチに、グレミオが残念そうに説明した。

「本当に、一足違いだったんです。坊ちゃんがフリックさんとミューズへと出掛けられた翌日、その方々はいらして……」

「方々……? 一人じゃなかったのか?」

「ええ。お連れの方が二人、いらっしゃいましたけど。それがどうかしましたか?」

 とグレミオは首を傾げた後、何事か思い出したらしく、くすくすとその肩を揺らして見せた。

「なかなかにハンサムさん揃いの、しかも礼儀正しい3人連れで、たまたまうちに遊びにいらしてたロッテさんなんか、ぼぉ~っとなって見とれてましたよ。いやもうホントに驚きました。あの娘は猫にしか興味ないんだろうって、私は一時疑ってたんですけど、ちゃんと人間の男性相手に胸をときめかせたり出来るんですねえ……」

 などと、グレミオは妙なところでしきりと感心している。

 だがそんな彼の言葉を、ナチはろくにきいてはいないのだった。

「それで、彼はどこに行くって?」

 もう、急かせないで下さいよ、坊ちゃん……と苦笑しながら、グレミオは続けた。

「なんでも北の方に行くとかで、たぶん数年は帰ってこれないだろうって言ってました。その前に坊ちゃんに会いたかったって、かなり残念がってましたよ。そういえば、レックナートさんの居場所なんかも訊かれたんですが、私には心当たりがなかったんで、もしかしてレックナートさんの後を継いで星見役になったヘリオンさんあたりなら、彼女が何処にいるか捜し出せるかもしれないって話しておきました」

 そうか、とナチが頷いた。

「じゃあきっと彼は、ほとぼりが冷めるころまで帰ってこないつもりなんだね。まあ多分、そうした方いいんだろうな。マオがちょっと、可哀相だけど……」

「せめてそのマオくんへの伝言、早く伝えてあげたほうが良くないですか? なんならその手紙を、ゴードン商会にでも預けてみたらどうでしょう? 交易のついでに、マオくんのもとに持って行ってくれるかもしれません」

 見知った人間に対しては、心底本当に親身になってしまうグレミオだった。そうしたら良いでしょうそうでしょうと、熱心に盛り上がっているグレミオに、ナチは駄目だよと、ゆっくり首を振って見せた。

「あいにくとこの手紙は秘密文書でね。誰にも渡しちゃいけないものなんだ」

「秘密文書……っ?!」

 グレミオが、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ナチが手にしているその紙切れから青年は少し身を引くようにしながら、でもその目は、興味深々と輝いている。

「いったい何が、書いてあるんですか……?」

 おそるおそる尋ねた青年に、ナチはさてね? と笑ってみせて、手紙を暖炉に燃え盛る火の中に放り込んでしまった。

 が、燃え尽きるほんの一瞬、ちらりと金色に輝く紋章が、その紙端に踊ったのだ。

 ナチの乱行を止めようと慌てふためき、暖炉に走り寄った青年にもそれは見えてしまったようで、呆然と立ち尽くしている。

「ぼ……坊ちゃん……。あれって……あれって…、ハイランド皇国の紋章じゃあなかったですか!? っていうことは、もしかしてあの 綺麗な金髪の少年は、ジョッ……!?」

 興奮してはいても、いちおうの理性は残していたと見えて、グレミオはその名を言い切る前に、自らの口をパフッと手のひらで押さえこんだ。

「だから、知らないほうが良いって言ったんだよ」

 ナチは苦笑混じりに、肩をすくめてみせた。

「グレミオはもともと嘘がつけないんだし、万が一拷問されたりしたら、すぐばらしちゃうだろ」

「えっ……、拷問……されちゃうんですか──!?」

 見る間にさあーっ……と青褪めた青年は、必死とばかり両の手を組み合わせ、コクコクと何度もその首を上下させた。

「わ……っ私、頑張ります! 坊ちゃんの為、火に炙られようと水に突っ込まれようと、黙ってるよう努力しますからねっ!」

 悲壮な表情で誓いをたてるグレミオの様に、ナチは思わず苦笑した。

「冗談だよ」

「そんな……、酷いですよ坊ちゃん! 思わず本気にしてしまったじゃないですか!」

「ごめんごめん……」

 ナチは笑いながら肩をすくめて、でもシュウならそれぐらいのことはするかもしれない、と半ば本気で思う。

 自ら支配者となる器を持っていながら、敢えてマオの傍らに身を置き、その補佐を勤める冷徹なあの男──主君が治める世を脅かすかもしれぬ存在を、彼はきっと許しはしない。どんな手段を使ってでも探し出し、滅しようとすることだろう。

「ねえグレミオ。彼等がここに訪れたことも、あの手紙を受け取ったことも、もう誰にも言っちゃだめだよ。グレミオの胸のうちにだけ、おさめておいて欲しい」

「もちろんですとも、坊ちゃん」

 グレミオは大きく頷いた後、少し心配そうに声をひそめた。

「でも、マオくんにだけは、知らせてあげたほうが良いんじゃ……?」

「そうだね。いずれまたマオに会う時があったら、教えてあげることにする」

「そんな坊ちゃん、そんなこと言ってたら、また何年後になるかわからないんじゃありませんか。意地悪はよしましょうよ。聞いたら マオくん、きっと喜ぶと思いますよ」

「そうして何時逢えるかわからない人間を、ずっと待たせるの?」

「坊ちゃん……」

 さらりとナチが返したその言葉に、グレミオが驚いたように大きく目を見開く。

「ああごめん。でもね、すぐ知らせる必要はないって思う。僕とマオの持つ時間は人よりも長いから、数年なんてきっと数日分ぐらいにしか相当しないよ。あ、でも……、もしまた彼等が再会したとして、また紋章をわけあうことになるとしたら、マオの持つ紋章は『はじまりの紋章』じゃなくなるんだね。きっとその時から、マオはまた成長をはじめる。そうしていつか、外見も中身も大人になっていくんだろうね」

「坊ちゃん……」

 繰り返されるその呼び声に、ナチがふと目をあげると、グレミオがなんとも言えぬ寂しげな目で見つめ来ていた。

「どうしたの……?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 慌てたようにふるふるその首を振って、グレミオは何時もどおりの、にこにことした笑顔をつくった。

「わかりました。グレミオはもう何も申しません。どうぞ坊ちゃんが良いと思われるとおりなさって下さい。でもどうせならついでに教えて下さいよ。あの手紙には、なにが書いてあったんです?」

「そんなに知りたいの?」

 とナチは呆れながら、でもまあいいか……と思い直し、口を開いた。

「宝物の在処が、書いてあったんだよ。『秘密の場所を捜してみて欲しい』って」

「それだけですか?」

「うん、それだけ。きっとあの二人の間でしか、通じない暗号なんだよ」

「そうですか……」

 気の抜けた様子で、やれやれとグレミオは首を振っていたが、ふと窓の外をみるなり、おや……と呟いた。

「そろそろ食事時ですね。用意しますから、クレオさんとパーンさんを呼んできて下さい。たぶん裏庭で薪を割っている筈ですから」

 

 外に出ると、夕の陽が眩しかった。ナチは目元に手を翳した。

「あ、坊ちゃん。お帰りなさい」

 かけられた声に、振り向くと、そこには薪を腕いっぱいに抱えたパーンとクレオが立っていて、ナチに向かって微笑んでくれている。

「ただいま--」

 そうと答えることの出来る幸せを、ナチは胸にかみ締める。

 迎えてくれる者がいるからこそ、ナチも、この場所に帰ってこようと思うのだ。

「食事時だから、呼んでこいってグレミオに言われたんだ」

 ナチが告げると、

「おっ、そりゃあ急がないとっ!!」

パーンが慌てふためきながらダッシュをかけた。彼がバラバラ落としていく薪を、クレオが溜め息混じりに、拾いあげて行く。

「まったくもう、パーンときたら! 食うこと以外、能がないんだねえ」

 うんざりしたクレオの物言いに、ナチはくすくす笑いながら、後に続いた。

 

 ドアの前で、ナチはふと立ち止まる。

 夕焼けに燃える空を見上げ、遠く同じ空の下、同じ夕陽を見ているだろう少年のことを、胸に思い起こした。

 マオは、きっと心の何処で感づいているのだろうと思う。

 ジョウイは生きていると、帰って来ると、信じているのだ。

 そうして待ち続ける--黄昏の中に微睡みながら。

 

 だから──いつか、逢える──

 

 その時を想い、少年は微笑んだ──。                  

 

 

 

 F I N

 

 
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