No.302300

真・恋姫無双 EP.83 仮面編(2)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-09-18 00:57:33 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2856   閲覧ユーザー数:2624

 是空(ぜくう)は陸遜の目をじっと見つめ、確かめるように問いかけた。

 

「他人には興味がないと言った陸遜殿が、何故、彼女の事を気に掛けるのだ?」

「そうですねぇ……人物そのものに興味があるわけではなく、情報として知りたいという好奇心でしょうか」

「情報か……なるほど」

「今や権勢を欲しいままにする雷薄(らいはく)さんが、密かに(かくま)う女性……気にならないわけがありませんよ」

「匿っているわけではないが……」

 

 考えるように目を閉じた是空に、陸遜はあと一押しというように付け加える。

 

「お相手が女性では、色々とお世話も大変なんじゃないですか?」

「まあ確かにな……時々、医者が寄越す老婆が面倒を見てくれるが、基本は俺がやっている。朦朧としているが、一応、本人の意識はあるから日常の行為は何とかなっているがな。それでもやはり、男の俺ではわからぬことも多いだろう」

「私も常にここへ来ているわけではありませんが、居る間はお手伝い致しますよ? どうでしょうかね?」

 

 伺うように、陸遜は小さく首を傾げた。目を開けて是空は頷くと、部屋として使っている蔵に向かって歩き出す。

 

「内密にと言われている。その辺りを、ご配慮頂きたい」

「わかっていますよ」

 

 是空の後に続き、陸遜も部屋の中に入る。机の上に自分の食事を乗せ、さらに奥の扉を開けた。するとそこには、地下へと続く階段が現れたのだ。階段の下の方からは、わずかに淡い明かりが漏れている。

 

「扉は閉めてくれ」

 

 陸遜にそう言うと、是空は階段を下りて行く。中は少し肌寒いと感じるほど、空気がひんやりとしていた。一番下に着くと、寝台が二つ分ほどの広さの部屋に出る。壁に寄せた寝台には、一人の女性が眠っていた。

 

「彼女がそうですか……?」

 

 陸遜の問いかけに、是空は黙って頷く。そして持っていた彼女の食事を、寝台脇のテーブルに置いた。壁にはランプがいくつか取り付けられ、オレンジの淡い光を放っている。陸遜はもっとよく見ようと、寝台に近づいた。そして、ハッと驚いたように身を強ばらせたのだ。

 

 

 陸遜の異変に気付いた是空が訊ねる。

 

「どうした?」

 

 その声に、陸遜はゆっくりと是空を見た。

 

「私、この人を知っています……」

「本当か?」

「はい。寿春で何度か……気さくに街の方々と交流をされていました」

 

 是空は一度、陸遜と寝台に横たわる女性に視線を送る。

 

「是空さんはご存じないみたいですね?」

「ああ……ただ、雷薄様は知っているようだった」

「雷薄さんはここへ来られたのですか?」

「いや、人相書きを届けたのだ。どうやら記憶を無くす前の俺は、多少、絵の(たしな)みがあったようだ」

 

 少し恥ずかしそうな是空の様子に、陸遜は目を丸くして驚いた。だがすぐに真顔に戻って、じっと女性を見つめた。

 

「彼女は……孫策さんですよ」

「孫策……聞き覚えがある」

「まあ、この周辺では有名な方ではありますね」

 

 是空は何度か、孫策の名前を呟いてみる。何かが引っかかるというよりも、むしろその名を口にするのが自然な気がした。心に浮かぶのは、記憶にない感情だ。だがそれは、嫌なものではない。

 

「ん……」

 

 話し声は聞こえたのか、寝台の女性――孫策がわずかに声を漏らす。そして、ゆっくりと瞼を開き、ぼんやりと天井を眺めた。

 

「目が覚めたようだな……食事にしよう」

「それでは私が――」

 

 そう言って置いてある食事に手を伸ばした陸遜は、掴もうとしてスプーンを落としてしまう。

 

「ありゃ……すみません」

「いや、別のを持って来よう。少し彼女を見ていてくれ」

 

 是空は落ちたスプーンを拾い、階段を上った。

 

 

 扉を開けようとして、是空は動きを止める。扉の外で、わずかな物音が聞こえた。人の気配は感じられないが、何かが居るようだ。

 一度深呼吸をし、慌てずいつも通りを装って扉を開けた。真っ先に視界に飛び込んで来たのは、奇妙な人形だ。左側にだけ目のような丸いものがあり、それが是空の目と合った。

 

「――!」

 

 瞬間、人形は慌てて窓から飛び出して行く。是空はすぐさま、蔵を飛び出した。

 

(見られたか!?)

 

 確信はない。だが、あの人形は確かにこちらを『見た』のだ。何かを調べていたのかも知れない。だとすれば、地下の女性……孫策のことも嗅ぎつけている可能性がある。このまま逃がすわけにはいかない。

 

(どこだ?)

 

 人形の姿を探すと、ちょうど塀を越えて行くところだった。追いかけるようにして塀に飛び乗ると、向こう側の道にさきほどの人形を手にした少女の姿が見えた。わずかな逡巡の後、覚悟を決めて是空は拳を握る。そして少女目掛けて、力の限りに拳を叩きつけたのだ。

 

「危ない!」

 

 その時、突如として是空の視界の外から何者かがそう叫び、攻撃を仕掛ける中心に飛び込んで来たのだ。目標の少女の頭蓋を粉砕し、死に追いやるはずの拳は障害もなく地面に到達する。砂煙が舞い上がる中、大きくえぐれた地面に是空は立ち上がった。

 視線を向けると、片腕の若者がさきほどの少女を抱えている。どうやらあの若者が助けに飛び込んだようだ。知り合いだろうか、もう一人別の少女が二人に走り寄って来た。

 

(三人……)

 

 全員を始末しなければならない。だが、あの片腕の若者は少し手強そうだ。是空が身構えると、その若者は二人の少女を背中にかばって同じように拳を構えた。飛び込むには、少し遠い間合い。

 緊張で空気が張り詰め、風すらも息を潜めたように静かになった。ズッと摺り足でわずかに詰める。若者も、同じように距離を詰めた。だが一瞬、若者の意識が少女たちに向いたと思った直後、是空が先に仕掛けた。

 

 

 向かい合った瞬間、一刀は圧倒される気持ちになった。並の相手ではない。騒ぎを聞き走って来た稟と風を背中にかばい、拳を構えた。

 

(どうする?)

 

 二人をかばいながら戦うのは難しい。一刀が二人を気遣い、わずかに意識を向けた瞬間、仮面の男が襲い掛かってきた。風たちをかばっている以上、避けるわけにはいかない。一刀は仮面の男の攻撃を片手で受け止め、少ない手数の代わりに回し蹴りを放つ。

 仮面の男はすぐさま、後ろに飛び退いた。

 

「今だ! 二人とも、早く逃げろ!」

 

 そう叫び、一刀はさらに前に進み出る。下がっては、二人を逃がすことは出来ない。

 

「お兄さん!」

「一刀殿!」

 

 二人の声を背中に受け、積極的に攻撃を仕掛けた。だが慣れない素手での戦いに加えて、やはり片手では仮面の男を追い詰めることは出来そうになかった。表情は見えないが、動きの一つ一つに余裕が感じられる。

 

(くそっ!)

 

 もう片手の生活に慣れているつもりだったが、咄嗟の動きではまだ失った右腕を動かそうとしてしまう。もどかしさと悔しさが、一刀の心を泡立てた。

 しかしそんな想いに沈む余裕はなく、仮面の男の反撃に一刀は徐々に押されてゆく。そしてついに、背中が塀にぶつかるところまで追い詰められた。

 

「終わりだ」

 

 籠もった声が仮面の奥から漏れ、そう言うと拳を振り上げる。このまま、一刀の顔面が頭蓋ごと砕かれるのだろうと思われたその時、宝譿が仮面の男の視界を塞いだのだ。

 

「一刀殿、こっちです!」

 

 見ると、風と稟が曲がり角から顔を覗かせていた。

 

「逃げろって言っただろ!」

 

 そう叫びながらも、一刀は二人の元に走った。


 
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