五尺八寸(約175cm)の長身に、腰まで届くほどの長く艶やかな黒髪。その双眸に輝くは、彼女のその熱き魂を現すかのような、真紅の瞳。その手に握るは、これまであまたの戦場を共にした、銀色に輝く己が愛槍
姓は張、名は郃、字は
生まれは冀州の鄴郡。幼い頃から邑一番の力持ちとして知られ、その後本格的に武の路を進み、その修行の最中に、生涯の友(一部文献には愛人と表記される)となる高覧と出会う。
十八になって元服をした彼女は、高覧とともにその武を生かして世のため人々のために働くべく、生まれ故郷の邑を出て当時の鄴郡太守であった韓馥の下へと、士官を求めて旅に出た。ところがその途上、とある分かれ道にでたところで、彼女達はその人生で最大の間違いを犯してしまう。……左と右。それぞれどちらかは目的の場所である鄴の城へと通じ、もう片方は同じ冀州は冀州でも、当時まだ袁紹統治下にあった南皮へと、繋がっていた。
二人にとって不幸だったのは、その分かれ道に、普通なら立っているはずだった指標が無かった事と、太陽が中天にあったこと。そして、そのどちらの路も、暫くは同じ方向へと伸びていた事だった。しかもご丁寧に、高いがけに挟まれた狭い街道だったため、その先を目で確認できない事だった。
この時二人が選んだのは、左側の道だった。……左手にあるそちらの道が、鄴の街がある方角―南側にあったというのも、その選択を後押しした原因である。……結果、その道は一旦は南にこそ向かうものの、少々の遠回りをした上で、最終的には南皮の地へと伸びていた。もはや路銀も底をつきかけ、いまさら後に戻る事も出来なくなった二人は、そのまま南皮に足を運び、袁紹に仕える事にした。
『……何であの時、あっちの道を選ばなかったんだろうなあ……』
……そう言って、その時の事を一生の不覚だったと彼女が後悔するのは、それから何ヶ月かが過ぎた頃であった。
身の丈は三尺五寸(約110cm)。緑の髪をボブカットにした、一見童にしか見えないその容姿。その背には自身の身長とほぼ同じ大きさをした、特注の
姓は高、名は覧。その真名を狭霧という。
元々孤児であった彼女は、その物心ついたときには、すでに一人であった。彼女が覚えていたものは、おそらくは顔も声も覚えていない両親がつけたであろう、その姓名のみだった。そして生まれつきなのか、彼女はとても目が良く、五百メートル先ぐらいまでならば、そこにある小さな文字もはっきりと見ることが出来た。さらに彼女が恵まれていたのは、その常人の域を超えた集中力と、それを活かした弓の腕だった。
彼女はそれを、生きるための手段として最大限に利用した。動物や鳥などを狩るのはもちろんのこと、時にはあまり公に出来ない裏の仕事にも。……罪悪感を感じないわけではなかった。だが、生きていくためには仕方の無いことだと。
そうして生きてきた彼女に転機が訪れたのは、彼女が十三歳になった(はず)の、とある日の事。裏の仕事を請け負い、彼女が狙った人物の護衛に、修行の一環としてついていた張郃と、偶然の出会いをしたことで、彼女の人生は大きく変わった。
それは高覧にとっての初恋だった。
その最初のうちこそ、相手が同性であることに対して躊躇はしたものの、すぐに彼女は吹っ切った。
『相手が同性でも何でも、好きなものは好きなんですから』
そうして彼女は元服した日に張郃に思いの丈を全て打ち明け、そんな高覧を愛しいと思った張郃は、その夜彼女を閨で受け入れた。それから二人はいつでも共にあり、(端から見ればばればれであったが)対外的には刎頚の友であると一応言い、二人きりの時は熱い恋人同士として、袁紹の下に仕官をして以降も、仲睦まじい日々を過ごし始めたのであった。
それから何年かが過ぎ、袁紹が一刀に敗れて冀州を追われた後、二人は旧友の助言もあって一刀に仕官する事を決めた。主君としての器ももちろんそうだが、一刀個人の人としての魅力に惹かれ、特に張郃は異性としても一刀を見るようになってもいた。
……もちろんそうなれば、張郃を愛して止まない高覧の方は、当然いい気がしないもの。しかもその一刀は、周りに何人もの見目麗しい少女をはべらせ、河北の精力魔人とも噂される男なのである(ほぼ事実に近いが)。もちろん彼女自身も、“主君としての”一刀には十分に惹かれていたが、こと個人の恋愛となれば話は別。もし張郃と一刀が二人きりになって、そして何か間違いでも起こったその時には、愛する張郃とともに心中する事も考えていたぐらいである。
そして、その事件が起きたのは、一刀が公孫賛の援軍として南皮の地を発つ、その少し前の事だった。
「……さて、どうしたものかね、これは」
「……どうしたものでしょう……」
「……どうしたものでしょうねえ……」
『……はあ~……』
綺麗に揃った三つのため息。薄暗いその中でそれを吐いたのは、一刀、張郃、高覧の三人。そしてそのため息の理由はと言うと、三人の前にあるその大きな扉が、押せども引けども全く動かない事である。始まりはその日の昼。執務室に居た一刀の下に、張郃と高覧が訪れ、あることを報告に来たのが、その切欠であった。
「失礼します。午前の警邏が終わりましたので、ご報告に上がりました」
「ああ、沙耶さん、狭霧さん。お勤めご苦労様。どうです?あれから随分経ちましたけど、街の人たちの様子は?」
「はい。一刀さまの治世に替わって以降、みな随分活気を取り戻しました。……私が言うのもなんですが、姫様の時とは段違いの笑顔で、民はその日々を過ごしております」
一刀の声に答えた高覧が言う姫とは、南皮の前太守であった袁紹のことである。当時の袁紹はかなりの派手好きで、その性格が政治にも顕著に現れており、街の見栄え等、人の目に映えやすい所を良くする事を念頭に政を行っていた。その為、裕福な者とそうでない者の格差が大きく広がり、農業などのあまり目に映えない方面はかなりおろそかになっていた。一刀はまず、貧富の差を出来る限り減らせるように手を打ち、廃れていた農業を全面的に後押しした。
『……腹が減っては戦が出来ないっていうし、ね?』
本当の意味での戦であれ、普段の生活であれ、生物に生きる気力を与えるのは、基本まずそこである。そうしてかなり生活水準が落ち込んでいた南皮の街も、今ではかなり活気溢れる街へと復活しつつあり、警邏をしても盗人などは殆ど出なくなっており、たとえ騒ぎが起きても、当事者達にたんこぶ一つ出来ればいい所というぐらいまで、治安も落ち着いていた。
「……まあ、それはそれとして、ですね。午前の警邏について、一刀さまに一つご報告がありまして」
「?警邏中に何か問題でも?」
「以前、この街をねぐらにしていた賊集団の、その元本拠らしき屋敷を、午前の警邏で発見しました」
「本当ですか?」
張郃がしてきたその報告。それは、一刀らがこの南皮の地を押さえた際、周辺で暴れまわっていた賊を治安維持の一環として大々的に討伐した、その時に残っていた懸案の一つである。その時の賊たちを率いていた頭目を、その討伐の時に運よく捕縛する事に彼らは成功したのであるが、その頭目から本拠を聞き出すための尋問をするその直前、頭目は自分の歯に仕込んでいた毒を飲んで自殺してしまったのである。
「……あの時の賊たちは、この街の官吏の一人と組んで、大胆にも街中に本拠を作っていたのだったの」
「ああ。その事は当の官吏自身から、直接蒔さんが聞き出したからね。それ自体は間違いの無いことだよ。ただ」
「官吏の方はその本拠の場所を知らなかったんですよね。……賊から賄賂を受け取って、本拠から街の外に繋がる地下道を作る、その工事に便宜を図っていただけでしたもの」
「だから結局、その賊たちのアジト…秘密基地までは分からずじまいだったけど、そこを二人が見つけてくれたんですね?」
『御意』
ということで。早速その本拠地跡らしき屋敷を調査することになり、昼からは非番の予定だった一刀と張郃、高覧の三人で、いくらか兵士を連れて赴く事になった。
……なったのだが。
「……どうです、沙耶さん。そっちは何かありましたか?」
「は。残念ながらなにも。……どうやら、連中の残党が全て持ち出した、その後だったようですね」
「仕方ないですよ、沙耶お姉さま。あれから結構な時間が経っていますし」
頭目から自殺する前に聞いた話では、本拠に相当の略奪品が保管してあったらしいのだが、既に三月近くたってしまった今、屋敷の中には家財道具一つ残っておらず、すでに全てを持ち出されてしまった後であった。
「……となると、後は地下道に繋がっている地下室一箇所だけか。……まあ、多分そこも、手遅れだろうとは思うけど」
「それでも調べぬよりはいいでしょう。あ、それと兵達には、その地下道の先を調べさせています。何処に繋がっているかだけでも分かればいいのですが」
「そうだね。じゃあ、俺達はその部屋を調べよう。……細心の注意を払って、隠し部屋とかを見逃さないようにね」
『御意』
そして。件の地下室を調べて居た一刀たちは、一箇所だけ色の違う壁を見つけ、そこに隠し扉を発見した。その扉を開けた先には四畳程度の小さな部屋があり、その中には、三人の目を疑う光景が広がっていた。すなわち、これまで州の各地から集められたと思しき略奪品の、その中でも特に高級に類する品々が、所狭しと並べられていたのである。
「……どうやら、あの頭目個人の、秘密の保管場所のようだね」
「ですね。他のものたちには一切漏らさず、特に値打ちのあるものを、自分一人で眺めて悦にでも浸っていたんでしょう」
「……ですね。うわ、これなんか超がつくお宝ですよ?!あ、こっちは秦の時代の(かち)……へ?」
『え?』
高覧が、部屋の中にあった宝物の一つに触れたその瞬間、何かの小さな音がした。そして、
バタン!!
『!?しまっ……!!』
三人が部屋に入った時のその扉が、勢い良く閉じられた。
そして、今現在の状況―小部屋に一刀と張郃と高覧が、揃って閉じ込められている―という状況に至っているという、そういうわけである。
「うぅ……すみません……私が不用意にその辺のものに触っちゃったから……」
「ま、まあ、過ぎたことを言っても仕方が無いよ。とりあえず、ここからどうやって出るかを考えないと」
「簡単ですよ。こんな扉は私がふきとば」
「止めー!……力任せにして、部屋が崩れでもしたらどうするんですか?!」
「お姉さま……」
「そ、それもそうですね……どうしましょうか?」
「……どっかに解除装置見たいのがあるかもしれないけど、もしまた別のトラップ…罠が作動でもしたら、今度は三人揃って生き埋めになりかねないし」
「……助けが来るまで、じっとしているのが無難、ですか?」
「そうだね。……地下道を調べてる兵士達が何処まで行ったかは分からないけど、永遠に戻ってこないって事は無いだろうし」
そうして小部屋の中で待つことになって、だいたい一時間も過ぎた頃だろうか。高覧がふと、一刀に対してこんな事を問いかけた。
「……あの、一刀さま?その、良い機会なので一つ、この場でお聞きしたい事があるんですけど」
「ん?何?」
「……その、一刀さまはお、お姉さまの事をどうお思いですか?!」
「へ?」
「ぶっ!ちょ、ちょっと狭霧!?貴女一体何を」
「お姉さまは黙っていてください!……一刀さま。一刀さまはお姉さまを後宮に入れようとか、そういうことを考えたりとかしていませんでしょうね?!」
ずい、と。一刀ににじり寄りそんなことを真剣に問う高覧。で、それを問われた一刀はと言うと、
「……そんなこと考えてないって。大体俺、後宮を持とうなんてこと、一度たりとも考えた事無いんだけど?」
「嘘です!」
「うわ!即座に否定された!」
「だってだって、そうじゃなかったら、輝里さまとか命さまとか、由ちゃんとか蒔さんとか、手当たり次第に手をつけたりしないはずです!いえ、それだけじゃあなく、鄴にいる朔耶さんとかメイドさんとかにももう既に手を」
「ちょおーっと待った!……そりゃ確かに、輝里から蒔さんまでは、その、事実だけど。その後は完全に濡れ衣だ!手当たり次第なんて誰が言ったんだよ?!」
「……もっぱらそういう噂ですが?女官とか兵士とか街の人たちとか」
「……さいですか」
がっくりと。真顔で自分の問いに答えた高覧の台詞で、力なく肩を落とす一刀であった。
「それで実際のところどうなんですか?お姉さまが一刀様に気があること位、お気づきでしょう?」
「ちょっと狭霧!!」
「……沙耶さんが俺を……?ほんとに?」
『……』
ぽか~ん、と。一刀の反応に心底呆れた様子で、その口を大きく開いて固まる張郃と高覧。
「……ほんとに鈍感なんですね、一刀さまって……はあ。変な心配した私が馬鹿だったかも……」
「……あの、一刀さま?さ、狭霧が今言った事はですね、その、あの」
「ごめん沙耶さん。ほんとに全然気づいてあげれてなくて。……でも俺は」
「あ、いえ!い、今のことは忘れてください!……私は生涯、一刀さまの槍であれれば、それだけで十分満足ですから」
「沙耶さん……」
もじもじと恥ずかしがりながらも、一刀のその顔を正面からまっすぐに見つめ、はっきりそう言い切った張郃。その彼女を、同じように正面からまっすぐに見る一刀。……ちょっとだけ良い雰囲気になったその場だったが、
「むう~!お姉さま!一刀様!何いい雰囲気作っているんですか?!ていうか、お姉さまは誰にも渡しません!お姉さまは私だけのお姉さまなんです!!」
と。高覧が二人の間に割って入り、張郃に正面から思い切り抱きついて、一刀に向かって舌を出して睨みつけたのだった。
「……あ~。二人ってそういう関係」
「いや、まあ、その」
「です!だから一刀様はお呼びじゃないですから!ねえ~?沙耶お姉さま~」
「……お幸せに」
「……恋心、露と消えにし、この日かな。……儚い初恋だったなあ……はぁ」
そんな一言を、張郃がその時、ポツリと呟いていた事に、一刀と高覧は全く気付くこと無く。張郃が一刀とそういう関係になることは、多分無かったはずであろうと。後の史書にはそう記されている。
ただし。
そんな張郃にも、一応子孫が居る事ははっきりしているため、この事は歴史上のゴシップ七不思議といわれ、後世の史家達の間において、様々な憶測を呼ぶ事になるのだが、その辺についてはあえて割愛させていただく。
なお、その後無事救助された三人であるが。
「……一刻近く密室に男女三人で居て、それで何も起きなかった……と?」
「……それを妾達に、素直に信じろ……とでも?」
「……だって、事実は事実だし……ね、ねえ、沙耶さん?」
「……です」
「……がたがたぶるぶるがたがたぶるぶる」
「……とりあえず、今夜は寝れないものと、三人とも覚悟してくださいね?」
「みっちりしっかり、話を聞いてやるからの?」
『……はい』
……徐庶と李儒の二人から、夜通しで尋問が行われたことだけは、一応記載しておくものである。
~了~
輝里と命のお説教は恐いですw
というわけで、今回は沙耶と狭霧をメインで、幕間をお届けしました。
ちなみに、最後の七不思議云々ですが、実際のところどうだったのかについては、皆さんのご想像にお任せします♪
でもってまたまた次回も幕間のお話です。
誰がメインのものかは内緒w・・・・・・べ、別にまだ決まって無いとか、そんなことは決して無いんだからね?!www
それでは今回はこの辺で。
また次回投稿にてお会いしましょう。それでは皆さん、
再見~!( ゜∀゜)o彡゜
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北朝伝、幕間シリーズの十五。
今回は張郃こと沙耶と、高覧こと狭霧のお話です。
相も変らぬ駄文ですが、いつも通りの各種ツッコミやコメント、
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