No.283869

そらのおとしものショートストーリー2nd 海

学術セミナーへの参加で1週間ほど中国に行っており、ネット環境がなかったので完璧に音信不通でした。
水曜定期更新です。
とりあえず海を書こうとして……読者サービスですよ。ええ。
それ以外の何ものでもありません。
返信感想等々はまた後日行います。

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2011-08-24 21:33:06 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4830   閲覧ユーザー数:2539

そらのおとしものショートストーリー2nd 海

 

 夏休みも終盤となったある日、智樹は桜井家の居間で今日も発作を起こしていた。

「うぉおおおおおぉっ! プカプカ水面を浮かぶ美少女のおっぱいが見てぇっ! 海で胸が浮かぶ女の子と付き合いてぇっ! いや、むしろ今すぐ結婚してぇええぇっ!」

 仰向けの姿勢でビクンビクンと跳ね上がる智樹はもう少しで天井にぶつかりそうな勢いだった。

 まあ、そんな発作はいつものこと。

 けれど、困った。

 今回の智樹の発作の内容は私にとっては二重の意味で厄介なものだった。

 

「ニンフさん。確かエンジェロイドは水に浮けないんだよね?」

 静かに、でも熱い闘志を秘めた瞳でそはらが尋ねて来る。

 手に持っている湯飲みが小刻みに振動していることがそはらの本気を物語っている。

「そうね。エンジェロイドは羽が水を吸ってしまうから泳げないし浮けないわ」

 問題点その1。

 エンジェロイドは水に浮かない。

 だから智樹の望む水にプカプカ浮かぶ胸はエンジェロイドには実現できない。

「そう、なんだ……」

 そはらの声は静か。

 けれど、その背後からは闘気が灼熱の炎となって吹き上がっていくのがわかる。

 そはらは今、人間である自分の絶対的有利を認識しているに違いない。

 人間が水に受ける存在であることの有利を。

「新しい水着、買っちゃおうかな。夏なんだし、ビキニのちょっと大胆なのを……」

 智樹の顔をチラチラと横目で見ながらそはらが己の決意を小さく語る。

 智樹の欲望に応える気満々に違いなかった。

 プロポーズされたら即教会で挙式しそうな勢い。

 でも、そはらは重要なことを忘れている。

 そはらは人間なのに泳げない。

 だからプカプカ浮かぶ胸はそはらには実現が不可能。

 やたらとこだわりの深い智樹は、浮き輪越しに水に浮かぶ胸を見せても反応しないに違いない。

 水に受けてこそ任務を完遂できるのだ。

 

 でも、そはらが智樹の欲望を叶えられないことを論理的に立証しても私の優位には何も繋がらない。

 さて、どうしたものかしらね?

「……エンジェロイドは翼があるから泳げない。なら、翼がなければ良い」

 そう言ってアルファは自分の翼に向かって手を添えた。

 そして、根本から一気に引きちぎってしまった。

「ちょっとアルファっ!? アンタ一体、何をしてるのよぉっ!?」

 アルファの暴挙にはさすがに驚いた。

 エンジェロイドにとって何よりも大切な翼を自分で引き抜いてしまうなんて正気の沙汰とは思えない。

「……可変ウィングよりもマスターが喜ぶ胸プカの方が大事と判断しただけ」

 アルファはごくあっさり言ってのけた。

「アンタ、そんなことの為に世界最強の翼を引き抜いちゃったワケっ!?」

 ウラヌス・クイーンと呼ばれたアルファの最強火器管制システムのコントロールは可変ウィングと呼ばれる翼にある。

 つまりアルファは最強のエンジェロイドの称号と引き換えに胸が海水プカプカする道を選んだということになる。

「……兵器としてではなく愛に生きる。それが、人間だと思うから」

 アルファの口調にも瞳にも迷いはなかった。

 まあ、よく考えてみればアルファの自己修復能力の優秀さは他のエンジェロイドとは一線を画している。

 その気になれば今すぐにでも翼を復活させることができるのだと思う。

 その辺は翼を失えば2度と生えて来ない私やデルタと大きく異なる。

「なるほどっ! だったら私も翼を捨てて愛に生きま~す」

 アルファに感化されたデルタがクリュサオルを自分の背中に向かって振り下ろした。

 スパッと根本から切り取られるデルタの超加速型ウィング。

 カオスよりも速く飛行することが可能な最速の翼は一瞬にして羽毛布団の材料へと成り変ってしまった。

「これで私もイカロス先輩と同等です。えっへん!」

 偉そうにドヤ顔をしてみせるデルタ。

「デルタ、アンタ、もう一生飛ぶことができなくなったってわかってるの? これからは山の中の木の実や草を取りに行く時にも歩いていかないといけないのよ」

「そっ、そうでしたぁ~っ! 空を飛べなきゃ私は確実に飢え死にしちゃいますよぉ~!」

 今度は急に泣き出しそうになるデルタ。

 この子はバカだからライバルと捉える必要はないと思う。

 1人脱落。

「……飛べないバ……アストレアはただのバカ……アストレアです。プッ」

 笑わない珍獣がへたれ込むデルタを見ながら笑った。

 どうやらデルタが真似することを見越しての策略だったみたい。

 そしてアルファは私をジッと見た。

 正確には上半身のとある1点を見ている。

「ニンフにはプカプカする胸がありません。従ってこの勝負、私の勝ちです。えっへん」

 アルファは背を反らして胸を強調してみせた。

 Fカップを誇るその胸は、ナイ胸といつも智樹にバカにされている私には眩し過ぎた。そして驚異的だった。

 問題点その2。

 私は胸が小さい。

 水に浮けようが泳げようが胸がないのでは智樹の関心は得られない。

 大問題だった。

 

「ダイダロスに頼んでセクシー美女ボディーに改造してもらおうかしら?」

 でも、言いながら私は自分で出した案に賛同できなかった。

 急造の身体で迫るのは智樹を騙しているような感覚がするので嫌。

 それにありのままの私を愛して欲しいという願望もあるし、この身体にも愛着はある。

 智樹の愛を勝ち取る為とはいえ、やっぱり改造はなしだった。

「となると、小さな胸のハンデをカバーできる別の何かが必要よね……」

 アルファもデルタもそはらも超ド級の胸の大きさの持ち主。

 パッドを入れたぐらいでその差は埋められない。

「やっぱりポロリしかないのかしら? でも、危険な賭けね」

 アルファの顔を横目で捉える。

 水泳大会の王道にして禁断の必殺技でもあるポロリ。

 死にたくなるような恥ずかしさを我慢すれば、私の胸でも智樹をイチコロにできるかもしれない。

 けれど、この面子の前でポロリは危険な賭けになるに違いなかった。

「……ポロリは番組の一部。つまり、計画済みなんです」

 アルファも同じことを狙っているに違いなかった。

「智ちゃんと結婚すれば毎日見られちゃうんだもんね。海で見られても同じだよね?」

 ブツブツと独り言を呟くそはらもポロリを念頭に置いている。

「はいは~いっ! ポロリって何ですかぁ?」

 デルタはバカだから放って置く。

 でも、バカだから素でポロリしそうだった。

 つまり、ここにいるみんなが智樹の前でポロリする可能性が高い。

 言い直せば私がポロリした所でアドバンテージは大して得られそうもない。

 別の作戦を立てる必要があった。

 

「うぉおおおおおぉっ! 明日にでも海に行かないと俺は発作で死んでしまうぅっ!? 美女たちのプカプカおっぱいが俺には必要なんだぁっ!」

 智樹は発作が酷くなり、天井を突き破って2階にまで到達している。

 発作自体は別にいつものことだけど、智樹の言葉には無視できない単語が含まれていた。

「……決戦は明日。急いで新しい水着を調達しないといけません」

 財布を握り締めるアルファ。

 智樹の言葉と身体の具合から海に行くのは明日に違いなかった。

 策を練ったり下準備をしている時間はほとんどない。

「美女たちって、一体誰が海に行くんだろう?」

 不安顔を見せるそはら。

 ここにいる4人は参加が決定。

 けれど、参加者が4人だけとは限らない。

 ライバルが更に増える可能性は高い。

「……カオスも現れるでしょうか?」

「あの子は普段、海底に沈んで住んでいるから海に行けば現れるでしょうね」

 カオスの出現は戦況に大きな変化をもたらすかもしれない。

 けれど幼女モードのカオスは智樹の性的な関心を惹く対象ではないのでそう怖がる必要はない。

 大人モードになった所で修道服なので海では怖くない。

「日和ちゃんにも連絡しないとダメ、だよね? でも……」

 言葉を濁すそはら。

 でも、その言いたいことはよくわかった。

 風音日和の存在は危険すぎる。

 日和は『出オチ』担当という数奇な宿命を背負っている。

 即ち、日和は登場した瞬間にそれまでの話の流れとは一切無関係に智樹と結ばれてしまう。

 私が智樹とハッピーエンドを迎える為には日和を登場させてはダメなのだ。

 日和自身には何の罪もないのに……。

 その辺は自業自得で『出死に』を極めつつあるデルタとの大きな差。

「連絡はしておきましょ」

 ヒロインの矜持にかけて日和を仲間外れにはできない。

 でも、日和はその存在の特殊性故に滅多に登場して来ないので、今回も大丈夫に違いないと心を強く持つ。

 電話を掛けるそはらをジッと見ながら待つ。

「あっ、そうなんだ。みんなに伝えておくね」

 携帯を置くそはらにみんなの注目が集まる。

 運命の一瞬。

「日和ちゃん、弟さんたちの面倒と農作業の都合で海には行けないって」

 そはらのその一言は私たち全員をホッとさせた。

 そして同時に安堵した自分に罪悪感を覚えさせた。

「とにかくこれで明日の決戦に専念できるわね。負けないわよ」

 罪悪感を振り払いながらみんなに宣戦布告する。

「……そういう台詞はせめてCカップに成長してから言ってください」

「智ちゃんだけは絶対に譲らないよ」

「はいは~い。私も負けませ~ん」

 屋根を突き破って痙攣を続ける智樹を横目に私たちは静かに火花を散らした。

 

 

 翌日、福岡県の某海岸で私たちが目にしたのは予想とは異なる光景だった。

「おっと、波でフンドシが流されてしまったな。仕方ない、今日は全裸のままで過ごそう(読者サービス)」

「僕の美しさを水着で覆い隠すなんて、法律が許しても美の神がお許しにならない。よって僕は、僕の全てをあますことなく曝け出すのさ(読者サービス)」

「クックック。ダウナーどもが水遊びにうつつを抜かしている間に地上をこの俺が征服してやろう。おっと、風で服が全て吹き飛ばされてしまったな。仕方ない、今日は全裸のまま過ごすとするか(読者サービス)」

 暴風雨の中、無駄に裸体を曝け出して露骨に読者サービスする男たちの姿。

「わ~い、お兄ちゃん。カオスに会いに来てくれたの?」

「うぉおおおおぉっ! 水着の美女たちは一体どこへ行ったんだぁあああぁっ!?」

 暴風雨の原因カオスと、暴風雨によりいなくなってしまった水着美女を嘆き求める智樹。

 風速40m、波の高さ7m以上、気温15度では流石に私たちも水着に着替える気にはなれない。

 この状況で水着に着替えるのはよほどのバカか天然のどっちかだ。

「この状況で水着はさすがにありませんよね」

 よほどのバカですら普段着のままなのだからこの海岸に水着の美女がいる筈がない。

「あの、桜井くん……。急に大雨が降って仕事ができなくなって、弟たちがせっかくだから海に行って来なって言うものだから連絡もせずに来ちゃったのだけど……迷惑、だったかな?」

 よほどの天然でなければ水着の美女がいる筈がない……。

「おぉおおおおぉっ!? 風音、そのスクール水着は一体ぃいいいいぃっ!?」

「ウチ、貧乏だし、去年の水着はその、胸がキツくなっちゃって、だから、その、学校の水着で来ちゃったんだけど、やっぱり変だよね?」

 よほどの天然でなければ水着の美女がいる筈がない…………。

「ナイスッ! ナイスッ! ナイスッ! 台風如きで水着を諦める人間や未確認生物に絶望していた所だったが、風音のおかげで海に来た甲斐があったってもんだぜっ! ありがたやぁ~ありがたやぁ~」

「そ、そんなに誉められると照れちゃうよぉ」

 よほどの天然でなければ水着の美女がいる筈がない………………。

「きゃぁっ!? 集中豪雨と風速50m以上の突風のせいでむ、む、胸がっ!?」

「オォ~イエ~スっ! 砂浜にいながらにして水にプカプカ浮かぶ美女の胸が拝めるなんて俺は何て幸せ者なんだぁっ! 風音、今すぐ俺と付き合って、いや、結婚してくれっ!」

「わ、私なんかでよろしければ! 不束者ですが、よろしくお願いしますね桜井くん……智樹くん♪」

 …………私は一体、どこで道を間違ってしまったのだろう?

「フム。これだけ雨が激しければ、服を着てもびしょ濡れになってしまうだけだな。よし、今日は全裸のまま過ごそう(読者サービス)」

「天は僕の美しさに涙を流しながら喜んでいるに違いない。よし、今年は全裸のまま過ごそう(読者サービス)」

「クックック。所詮はダウナーども。1日だの1年だのスケールが小さい話だな。シナプスの支配者として、俺は人類が滅びるその時まで全裸のままで過ごしてやる(読者サービス)」

 とりあえず私は波打ち際で露骨な読者サービスに走っているあざとい男たちに対して

「パラダイス・ソングッ!」

 憂さ晴らしの一撃を120%の出力で放った。

 

 

 了 

 

(another routeへ扉が開きました)

 

 

 

 

 

 

 


 
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