「――まず第一に…お前らには俺を殺す気が無い」
奥田はきっぱりと言い切った。
「すぐにではなくとも、俺を『最終的に殺す可能性がほんの少しでもある』ならば、刑務所の前では待たない。
例えばお前らが『ああいう所』に圧力をかけられるような立場だったとしても、絶対に道を一本外れたところで待ち、俺の周りに人気がなくなったところを狙うだろう。
元々人通りの少ない道だ。ひと手間を惜しんで失敗したのではお前らが上の人間に怒られることになる。
しかしお前らはそれをしていない。だとしたら、最初から俺に危害を加える気や、ましてや殺す気が無いと考えるのが自然だ」
阿久利は奥田の説明に納得し、――――次の瞬間あることに気づき戦慄した。阿久利が全く触れていない事実をあっさりとこの男は、今、言ったのだ。
阿久利はゆっくりと唾を飲み込み、それを質問した。
「…ど…どうして私たちの『上に別の人間が居る』と…?」
奥田は事もなげに返答した。
「――あなたが――」
「えっ?」
「お前は、俺と会ったときに
『あなたが奥田 凱さんですね』
と言った」
「――――」
「お前が俺のことを直接知っている、もしくは俺の事を探している当人であれば、最初に『あなたが』という言葉は付かない。
街で見かけた知り合いに話しかけるとき『あなたが○○さんですね?』とは聞かないだろう?確信があって、あくまで形式的に名前を聞くはずだから『○○さんですね?』と、直接名前が出てこなければいけない。
『あなたが』という台詞の前にはある言葉が抜けている。
つまり
『話に聞いたあなたが――』…だ。
お前は俺のことを直接は知らないんだ。誰かに俺を連れて来いと命令されただけ。…ただの使いだ。
――違うか?」
疑問系ではあるが、奥田は阿久利の答えを聞くつもりはないだろう。
阿久利は自分の顔の筋肉がみるみるこわばっていくのが解っていた。
これでは全力でYESと言っているようなものだ。
阿久利の脳内では、けたたましくサイレンが鳴り響いている。
私は今、とんでもない人間を相手にしているのではないか?と。
奥田は窓の縁にヒジをかけ、右手の親指、人差し指、中指の三本で頭を支え、言葉を続ける。
「あと、そのサングラスも理由の一つだ」
左手の指を一本ずつ立てながら、言葉を続ける。
「人がサングラスをかける理由は三つある。
一つは陽射しが眩しいから。
二つ目はサングラスが似合っていて好きだから。
三つ目は人に顔を見られたくないから――。
運転席の男はサングラスをしている。それはこの陽射しが眩しく、運転に支障が出るからだ。
しかしお前は全く関係無い。助手席に座っていたのだろうからひさしを出すか、後部座席に移ればいいことだ。
暑い時のサングラスは煩わしい物なんだよ。汗で滑るしな。だからクルマに乗るためにサングラスをしているというのは考えづらい。たとえそうだとしても別の理由『も』考えるべきだ」
断定的ではない物言いに、少し付け入る隙もあるかと思ったが、事実、阿久利がサングラスをしているのは日差しが眩しいからではなかった。
奥田が指摘した通り、助手席に座っているときはサングラスは外していた。装着したのは刑務所の前に到着してからだ。
しかしそれは阿久利が今サングラスをしているのが不自然だという理由であって、普段は自分で車を運転していて、サングラスを常備している可能性を否定していない。
そんな考えを見透かすように、奥田は言葉を続けた。
「そして二つ目だが、残念ながらお前はサングラスが似合っていない。これで二つ目の理由は消えた」
「えっ!二つ目それだけ!」
阿久利は思わず突っ込んだが、奥田は全く表情を変えず
「耳」
そういいながら、アゴでしゃくってみせた。
「な、え?は…?」
「それ、どっかのブランドもんだろ?」
「……」
「俺はあまりそういう事に詳しくないが、その横についているブランドのロゴマークは見たことがある。
少なくとも一〇〇均やディスカウントショップで売ってるような、ちゃちい品物じゃない。どこかのメガネ専門店で買ったものだろう。
てことは、メガネの『つる』の部分は、きちんと耳にかかるように店で調整するはずだ。
しかし、そのサングラスは、耳のかかる位置が奥にずれている。
つまり、お前の持ち物じゃない。
誰かに借りたんだろう?」
……なんて男だ。サングラスのつるがズレているだけで、そこまで考えを巡らせる事が可能なものなのか。
そう。このサングラスは阿久利が常備しているものではない。というか一つも持ってない。
いま運転席にいる部下のものだ。車に乗ってから予備を貸してもらったのだ。
「だとすると残る理由はひとつ。顔を見られたくないからだ」
阿久利は再びゆっくりと唾を飲み込んだ。が、緊張で筋肉がうまく動かない。予想よりも大きな嚥下をしてしまった。奥田は大きく動く喉仏を見ただろう。
「ここで考えなければいけないのは『顔を見られたくない理由はなにか?』ということだ」
――阿久利は改めて恐怖した。
サングラスをしている理由として「顔を見られたくない」という結論に至ったのなら、普通、そこから導きだされるのは顔を『覚えられたくない』からだ。
しかし、この男は『理由を考えなければならない』と言っている。それはつまり、『顔を覚えられたくない』というごく当たり前の理由には疑問を持っているということだ。
そして、その考えは当たっている。
阿久利は『顔を見られたくないからサングラスをしている』のは確かだが『顔を覚えられたくないからサングラスをしている』わけではないからだ。
「――……普通サングラスで顔を隠すのは、何かやましいことをする時に目撃者に顔を覚えられたくないから、だ。
しかしお前の場合は違う。何かやましい事をこれから行うのなら、顔はおろか『そこにいる』ことも隠しておきたいはず。
にもかかわらずお前は看守には堂々と姿を晒している。遠くて顔は見えないにしても、だ」
奥田はそこまで言って、自分のセリフを否定した。
「――いや、刑務所の出口の構造がああなっていると知っていれば、もしかするとお前はサングラスすらしていなかったかもしれない。
なぜなら看守のいる出口と、外門のあいだは五十~六十メートルはあった。
顔ははっきり見えないはず」
奥田は小さくため息を付き、呼吸をおいた。
「――では…なぜ?」
阿久利は思わず促した。自分の考えていたことを他人に聞くという奇妙な状況にやや興奮していたのかもしれない。
よく当たるという占い師に話を聞いたってこんな具体的に真実を言い当てられるようなことは無い。
奥田は、もったいぶって息を吸い込み、続けた。
「『姿は見られてもいいけど、顔は見られたくない』なんていう奇妙な状況は、世の中に存在しない…と思ったが、ひとつだけあった。――街中で指をさされたくない芸能人だ」 奥田は笑みをこぼしながら
「お前は、芸能人と同じ理由で変装しているんだ。つまり『自分のことを知っている人間に合う可能性があった』んだ。顔を見られたくない相手は…看守だろう?看守は、お前のことを知っている可能性があった」
阿久利は黙ったまま話を聞いた。
「さっきも言ったが、お前が『ああいう所に圧力をかけられる組織に属する人間』であると仮定すればつじつまが合う。看守に顔を間近で確認され、『あれ…?あんたは…』なんて言われちゃたまんない。
そうおもったあんたはサングラスを借り、門の前に姿を表した。実際には看守が近づくことはなかったから無駄だったんだが…まあ、この日差しだ。サングラスを外す理由もないからかけたままにしていた。
…ま、推測の域を出ないが、こんなもんだろう?」
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世の中には「スペオペ分」が足りない。
C80頒布予定「電脳戦艦アゴスト」の第0章。
http://www.tinami.com/view/256080 の続き。
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