No.254122

二十代魔法少女☆あんこ! Boys Life, Blue Love(part3)

一年ぶりのpart3です。

2011-08-01 23:37:09 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:618   閲覧ユーザー数:591

 

「七枷の関係者って、どういうこと?」

 七枷高校。言うまでもなく現在仙介少年が通っている高校である。S県七枷市にあるので県立七枷高校という。もちろん、祐一や瞬、その他の生徒が通っているのも七枷だ。

「例えば今日の二人は七枷の一年二組に所属する祭戸るち、という少女の双子の兄だ」

 あれ、双子だったのか、と仙介はどう反応すればいいのかわからない。

「その他にも、昨日の関係者は自身が生徒。平日の夜中にあの派手な服を着ていたということについては、あまり言及はせんがね。一番最初もそうだ。女性の方は生徒。男性は三歳年上の大学生の彼氏だった。二年三組の霧崎真名子という。覚えはあるかね、仙介君」 確かに、彼女がしばらく前から家出している、という噂は聞いていた。学校も休んで、塾にも行かず、まるっきり消息不明のようだった。

「まぁ、全てあげてもいいのだが時間がかかる。問題は、七枷の生徒が関係しているということだ」

「まさか……生徒の中に、その、暗示だかをかけたヤツがいるっていうの?」

「わからん。かもしれんし、教師かもしれん。まるっきりの勘違いというのもなきにしもあらずだが、とにかく七枷が関係している可能性は非常に高い。そこでだ、仙介君。君にある程度探ってもらいたいのだ」

「は?」

 珍しく、庵子と仙介の声が重なる。

「私もあんこ君も、なかなか学校には入りづらい。そもそも学校はなにかと理由を付けて異物を排除しようとする性質を持つものだ。部外者が入り込んで、的確に情報を得られるはずもない。ともすれば、中に協力してくれるものを……」

「だめ、絶対だめ」

 変態の言葉が遮られる。

「私がなんとかするわよ。仙介は、もしなにか兆候を見つけたら絶対にそいつには近寄らないで。注意するために今日は呼んだんだから」

「しかしね、あんこ君。こればかりはどうにも」

「ちぎられたいの?」

「……フウム。しかたがない。諦めるとしよう。仙介君、今の言葉は忘れてくれたまえ」「いや、学校で危険も無いだろうし、別にいいけど」

「だめったらだめ」

「アンが手伝わせてくれない」

「君、それはだね、決して君を信頼していないのではなく、むしろ大事に思っているからこそ危険に近づけたくないと言うことなのだ。だがしかし、それだけひ弱そうに思われているのも確かだろうが」

 意外と仲のいい二人である。

「うるさいわね! そんな、人に暗示をかけるようなヤツなんて私だってゴメンよ! さっさとあんたが正体突き止めたら遠くの遠くから燃やしちゃうから近づくなって言ってんの!」

 

 

                   二十代魔法少女☆あんこ!

                    Boys Life, Blue Love

                       part3

 

 

 

 

 

 七枷高校の昼休みは、他の高校と比べても異様に騒がしい。放送部が熱心で、さまざまな企画を立ち上げては面白おかしく流し、ノりやすい生徒達が流れに棹さすのが理由の一端である。

 だがしかし、仙介の前でメイド謹製の手作り弁当をがっつく祐一は、以前と比べて陽気さを失っているように見られた。彼のつたない想像力でも原因は容易にわかる。この二週間ほど、彼は瞬と接触しようとしない。廊下ですれ違ってもシカトするし、放課後になったら一人でどこかに消える。所用で仙介が残っていたとき、瞬が一人でぼんやりとグラウンドを眺めているのを見た。理由は知らないが、二人は今、ケンカだかなんだかの理由で一緒に行動していない。それが祐一の精神から何らかの幸福を奪っているのは確かだった。

 思えば二人の仲の良さは半端ではなかった。学内でも有名な二人である。腐っていると自称する女生徒はなにかにつけ二人を同性愛のネタにしたし、男子もそれに便乗して、美青年嘉島瞬と『美少女』高柳祐一、といった具合だ。まことしやかに囁かれる噂では、二人して街を歩いていた際、カップルと間違われて雑誌の取材をうけたとかなんとか。

 それか? と仙介は乏しい頭を使ってあたりをつける。一応名士の息子である。それが同性愛だのと女性説だのと、あまり世間体のよくない噂を一族が聞きつけたらどうか。瞬には悪いが、嫁のもらい手がいなくなるとかで瞬と絶縁させられたり云々。

 証拠もなにもない妄想にとらわれていた仙介は、不意に、廊下の窓から他クラスの女生徒が自分たちを見つめているのに気づく。

「ホントにケンカでもしてるみたいね」

 輿鞠なんとかさんだっけ。仙介の物覚えはよくない。彼女が確認したのは祐一が仙介といて、瞬といない、という点のようだ。

「ねえ高柳君。高柳君って放課後、予定ある?」

「ない」

 怪訝そうに返事をする祐一。飯を食う手が止まっていないのはほめるべき所か。いや、口にものを詰めたまま喋っているのだから不躾であろう。

 輿鞠はおもむろにメモを取り出すと、強引に祐一の胸ポケットに突っ込んだ。あまりに体を乗り出したので仙介の鼻の先にささやかな胸のふくらみが現れたが、彼の視線はそのとき、少女の手の先、すなわち祐一の胸ポケットにあったので残念ながら見てはいない。

 祐一の手が止まった。

「読んでね。すぐに」

 一言添えて、少女は去る。メッセンジャーだかしらないが、唐突であった。窓から顔を出して後ろ姿を追う仙介を尻目に、祐一は面倒くさそうにメモを開く。

 仙介の目には、廊下で待っていた三人の女生徒と輿鞠が合流したのが見えていた。大人しそうな一人を輿鞠達が励ましているように思える。ここでたいていの人間は気づくかも知れないが、彼は鈍感だから気づかない。

「……なんて書いてたの?」

 四人に目を向けたまま仙介。

 答えがない。

 祐一に目を戻す。

 祐一はメモを読んでいる。

「なんて?」

 再び尋ねる。

 答えはない。

 箸を咥えたまま、両手で小さなノートの切れ端を持って、

(固まってる?)

 ように見える。

「ねえ、高柳……」

「うわあああっ」

 のぞき込もうとした仙介の頬を押しのけて、祐一は立ち上がった。あまりに勢いがついていたので、机に引っかかって酷く大きな音が鳴った。ちなみに声も大きかった。

 クラスのざわめきが止まる。

「あ……あ……」

 教室を見回す祐一。

「あ……なんでもない」

 座る。

 彼の視線が一瞬反対の隅に座る瞬とあったことを知るものは少ない。

「なにしてんの」

「うるせえバカっ」

 やけに慌てた様子でメモを握りつぶす。ぐしゃぐしゃにして、一度開いてまた読んで、今度は細切れに破いてごみ箱まで捨てに行く。あきらかに様子がおかしい。

 

 

 もちろん瞬も飯は食うが、祐一が寄りつかなくなった次の日から、代わる代わる友人が訪れている。今日はゴリラだ。人というかゴリラだ。他の三人は、紅星が放送部、千都は体操部の会議、樹木は図書委員の当番だった。瞬のことを考えてのことであるが、もちろんそれまでもよく机を囲んでいた。用事がなければ。今は用事があっても、誰かしらが瞬の机に来るようになっている。毎日全員は難しいが、せめてローテーションで、という気遣いだ。余計な世話かどうかの判断は難しく、特に瞬も普通だから続いている。

 以前から瞬はあまり口数の多い方ではないので、特に会話が弾むわけでもない。黙々と食べる。それでも別段気まずかったりはしないのがいいところだと、両者の認識である。

 ただし、観察は行っている。観察というと語弊があるので様子を伺うと言い直したほうがよかろう。ゴリラこと小橋大樹の目には、些細な異常が映っている。瞬の右手が、細かに震えているのだ。

「大丈夫か」

 大樹の言葉に、瞬は首をかしげることで応えた。自分の手が震えているのに気づいているのかいないのか、いないのであれば指摘するかどうか、大樹には判断できかねた。手が震えるのは一般的にストレスが原因だというのが彼の知識であり、その原因は容易に想像できた。あまりにナイーブな問題であるがゆえの躊躇である。

「悪くないならいいんだ。体調には気をつけろよ」

「なんだよ、急に」

 弱々しく瞬は笑う。

 意外とも思えるほど、瞬の精神的なショックは大きそうだった。恋心からくる心痛などは、大樹にとっては理解しかねるところである。何度振られても意に介せず立ち上がる漢、大樹。それを千都が迷惑がっているかどうかについては考えが及ばない。

 今日も大音量で校内放送が流れている。紅星の声が聞こえる。

「――というわけで、今日は恋愛相談のコーナーで終わりそうです。みんな抱えてるもんだね」

「紅星君が一番じゃないですか、こういうのって」

「人をなんだと思ってんですか」

「ナンパ師でしょ」

「あの、職員室に呼び出されるんでそういうことは」

 ……デリカシーの無いヤツだ。

 

 

 庵子は社会人である。正確には会社人というべきか、とにかく、彼女は自宅から徒歩県内に勤め先があり、そこでOLをしている。勤続二年目であるが、二年目ともなるとそれなりに職場での地位というものができている。それなりに美人である彼女はセクハラや女子のひがみにそれなりに晒されたこともあったが、現在は年下のツバメを囲っているという話題以外ではそれなりに穏やかなものであった。仕事もそれなりにできる。

 彼女が配属されているのは営業部で、営業の男性(と若干女性)の補佐をするのが仕事だった。いわゆる営業事務だ。

 そして今、彼女はとても嫌な空気を感じ取っている。

 向かい側に座っている男性社員だ。上司から説教を食らっている。出社してから、アポイントを無視してずっと机に張り付いているからだが、その社員の様子がおかしい。目下対処中の『症状』によく似ている。不安げに書類を整理し、爪を噛み、書類をかき回し、ペンを出し、書類を整理し、茶を飲み、ペンを回し、書類をかき回し、というわけのわからない行動が目立つ。なにが苦しいのか脂汗のようなものが絶えず、エアコンが効いているのか寒そうに震えていて、ネチネチと続く小言も耳に入っていないようだ。

 ――変態の言うところ、潜伏期間が三日から三週間ほどであるらしい。個人差が激しい理由はわからないが、速ければ正月から患っているものもいる。初期症状として「消えない不安」、「あらゆる出来事に希望を見いだせない」といったことがあげられ、発症の段階で、末端の震え、不眠症などが外からわかるようになる。

 そして最大限鬱屈した感情が爆発し……文字通り『爆発』が現れる。そもそも治療法は見つかっていないが、爆発の段階まで来ると体のリミッターがはずれ、骨が折れようが肉が裂けようが構わずに超人的な筋力を発揮する。痛覚が鈍くなり、幻覚、幻聴に襲われる。それらから逃れたい一心で、暴力行為に至る。

 ……もし机を挟んだ社員が『そう』であるなら、見た限り、爆発は近いものと思われる。この一連の異常のやっかいなところは、爆発が起きるまで対処のしようがないところだ。いや、そういう風に「定められている」ところだ。まず第一に、爆発の段階まで行かないうちに取り押さえたところで爆発は免れ得ぬこと。第二に、爆発しないうちにその人間を保護するのが難しい点である。爆発してしまえば、救急車を装って攫うことが可能だ。取り押さえるまでに出てしまう被害は、もう諦めるしかない。庵子は、せめて自分で気づいた限りで爆発前に食い止めることができないか考えてみた。しかし『不安を取り除く』という魔法はどう考えても不可能だ(なんでもできる、という変態のことばはなんだったのか)

「不思議なところだがね、これは明らかに誰かが『悪意を持って』広めている」

 とは変態の言葉だ。誰かが『いかにして』『なにゆえに』人々の不安を異常なまでに増大させているかはさっぱりわからない。だがその証拠に、爆発した人間の中には確かに『なんらかの小さい固まり』ができているらしい。これが不安を増大させている原因だとのことだが、同時に爆発が起きるまでは存在しないというわけのわからないシロモノである。ないものは取り除けないが故に、現在の庵子は、この症状に関する対処法を一つしか持たない。

「ああああがああああああがががっ!」

 ほうらやっぱり。目の前で、髪の毛の薄くなった上司が二メートルばかり吹っ飛んだのを見て庵子はため息をつく。ここ最近、症状の現れる人間が非常に多くなっている。魔法を唱えようとして、彼女は周りの視線に気づいた。

 しまった、恥ずかしい。

 

 致命的である。

 

 庵子は舌打ちしながら立ち上がる。そもそも『魔法少女である』と知られてはいけないのが変態と交わした約束であった。彼女だってゴメンだった。魔法を使って取り押さえることは簡単だが(昼でも魔法が問題なく使える、と判明してからは特に)、それが感づかれてはいけないのだった。あくまでも一般人として対処せねばならない。

 そして、一般人として対処しようとすると困ったことになる。

 悲鳴と破戒音の渦巻く中、それでも庵子は男性社員に近づいた。

「飾東さん、危ない!」

 そんなのわかってるわよ、と頭の中で毒づく。しかたないじゃない、どうにかしないと『松下さんは死んじゃうんだから』。

 己の崩壊を知らぬまま暴れるものは、そのまま死の淵を簡単に超える。現在、この症状が原因で死亡したと考えられる人間は五人に昇るのだ。際限なく不安を煽るのだから、むしろ不安がきれいさっぱり消えてしまう死はある意味で救いなのかもしれなかったが、そんな救いを庵子は認めない。

 とはいうが、やはり問題は大きい。まず魔法が使えない彼女はただの女である。そして相対する男性社員は虎もかくやというほどに筋力が上がっている。スタミナは急速に消耗するが、ばてる前にまず間違いなく死者が出る。

 ここで止めるよりほかにない。

「松下さん!」

 とりあえず叫んでみた。こうすると、爆発したものは驚くほど反応するのだった。いまにも上司に飛びかからんとしていた松下社員は、驚くべき速さで体をひねった。そのまま庵子に突進する腹づもりだ。

 庵子は慌てることなく、机の上の湯飲みをつかんで、中身を松下にぶちまけた。あらかじめ用意していた水なので熱さは感じない、が、相手に飛びかかるには視力がいる。突然の水に目を閉じたまま突っ込んでくる松下をよけて、庵子は足を引っかけた。見事に転ぶ。ちょっとやばそうな勢いで、松下は床に顔をぶつけた。

 ある程度シミュレーションしていた戦法だった。この戦い方のいいところは、庵子が最小限の力でもって相手をはり倒すことができる点である。

 まず足払いをかけることで、他の社員からは、ともすれば松下が勝手に転んだように見える。庵子としてはよけただけなのだから、引っかかったのはあくまで松下という認識になる。そして顔を強打することによって急激に脳みそが揺らされるため、なかなか立ち上がれないのだ。立ち上がったとしても、よろよろと足下がおぼつかない。現状、松下が見事にその状況である。

 そして……ここからがどうしても魔法を使わざるを得ない点なのだが……前述したように、爆発した人間の体内にはなにかしらの塊ができるのである。

 庵子は跪いて、男性社員の背中に左手を当てた。傍目に見れば、介抱以外のなにものでもない。「大丈夫ですか?」とでも言っておけば間違いない。

 その上で、とても小さな声で呪文を唱えるのである。

 わずかの後、背中に置いた左手に感触があった。それを握りこんで、庵子は立ち上がる。

「槇さん、お水入れてくれないかしら。落ち着いたようだから……あ、やっぱり私も行く」

 そして給湯室まで女性社員について行き、

「ねえ……あれって、娘さんが受験だってことが原因なのかしら」

「受験?」

「ええ、七枷に通ってる娘さん。センターがうまくいかなかったんだって」

 

 

「尾原君」

 と声をかけてきたものがいる。仙介が帰り支度を始めて、終えて、まさに机を離れようとした時だった。祐一達とつきあいのある海藤千都と栃木樹木の二人。仙介自身が会話を交わすことはほとんどない。

 であるから、次のセリフもだいたい予想できるわけで、

「祐一、知らない? もう帰っちゃったとか」

「さあ」

 答えて、ふと昼食の一件を思い出す。基本的に放課後はダラダラと怠惰を貪っている祐一が最近さっさと消えてしまう、その理由の一端があのメモにあるのではないか。このところ祐一は交友範囲が広がっていた。クラスメートから「痴話げんかか」とツッコミをくらい、女子から「フリーになったの?」と冷やかされ、それに無愛想にだが答えている。新学期が始まって以来のことだが、そういえば彼が瞬と話さなくなったから起きたことだ。

「いや、わかんない。教室にいないなら帰ったんじゃないかな」

「そうよね……ね、なんか言ってなかった? 近頃よく一緒にご飯食べてるじゃない」

「心当たりがないわけじゃないけど、でもわかんないな」

「心当たりって?」

「輿鞠さんが、昼休みに用があったみたいで」

「輿鞠……まる子が?」

 輿鞠まる子。そんな名前だったか。そこまで考えて、そもそも輿鞠の名前など気にもしていなかったことに仙介は気づく。というかまる子なんていう名前だったら嫌でも覚えているはずなので、たぶんあだ名だ。

「まる子が、祐一に?」

 心当たりが全くないのか、それともあるのか、千都は難しい顔で呟いている。

「ねえ、千ぃちゃん。もしかして」

「なに?」

「鵜月さん、祐一君のことがって、前に」

「はぁ?」

 帰っていいかな、と言い出せない小心者であった。

 その後、どういう理由かはさっぱりわからないが「ちょっと来て」という千都の要請の元に、なぜか仙介は廊下に立っている。彼の前には樹木がいて、その前に千都。さらに前、彼女と相対しているのはもちろん輿鞠だった。もちろんというには間をはしょりすぎている気がするが、そもそも彼女らがうすうす感づいていることを仙介に話してくれないのであるから仕方がない。仙介少年は、本人がいたく感じているように、ほぼ蚊帳の外である。

 蚊帳の外であるからして、彼女らの間にはしるわずかな緊張にも気づかない。雰囲気がよくない、ということがかろうじてわかる。

 実際、千都も輿鞠も、相手が何を思っているのかにだいたいの見当をつけており、どう切り出せば相手の意表を突けるか、ということに注力しているのだった。千都は「どこに呼び出してるのかを聞き出す」、輿鞠は「いかにして邪魔されないようにするか」である。

「ね、まる子。祐一をどっかに呼び出したんだって?」

 と千都がストレートに言ったのは、彼女の中で思考がぐるりと一周したからだった。頭があまりよくないのもある。本来的に体で攻めるタイプだと言うこともある。

「なにそれ」

 と輿鞠はつれない。最近染めたばかりの茶髪をかき上げながらそっぽを向く。

「あいつに用があんの。場所教えてくれない?」

「知らないったら。急いでるんだけど」

 雰囲気がよくない、どころではなかった。仙介は、この二人が完璧に敵対していることを思い知る。理由がわからないのが辛いところである。

 脇を通り抜けようとする輿鞠にあわせて千都は動く。

「鵜月のキョーコ、煽ったでしょ」

「だから知らないって言ってるのよ。なんなの、高柳君の保護者のつもり?」

「あ、あの、輿鞠さん……祐一君、いまちょっと問題が……」

 ギロリと睨まれて、樹木はすくみ上がる。仙介もすくみ上がった。げに恐ろしき女子の瞳。

「はあ? 問題? なんなのよそれ」

(たぶん、嘉島とのことだと思うけど……)

 と仙介はアタリをつけるが、だいたいそのことが原因なのだからどうしようもない気がする。話を聞いていれば、どうやら隣クラスの鵜月京子が祐一にアプローチを希望していて、輿鞠がけしかけているようである。となれば昼休みのメモは、どこかに祐一を呼び出して告白でもするつもりなのだ。

 祐一が瞬と離れ、一人でいる時間が多くなったからこそであった。

「えっと、それは……その……」

 言いにくい事情でもあるのか、そもそも女子と待ち合わせするのに問題があるとはどういうことか、仙介にはわかりかねた。輿鞠は鼻を鳴らすと、

「栃木さん、高柳君のカノジョかなにか?」

「え!? そ、そんな……」

「だよねー」

 あわてて首を振る樹木に向かってにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべる輿鞠。

「他人じゃん。高柳君が言ってないんなら、詮索すんなよ」

 多少乱暴な物言いに、樹木は完全に縮こまってしまった。千都は樹木を後ろに下げるが、確かに輿鞠の言い分ももっともだと仙介は思う。というより、もっとも親しい友人達になにも知らせずに一人で行動する、というのは、彼の知る限り初めてのことではないか。

(祐一も秘密を持つようになったのか。そういや、メモ、見せてくれなかったしな)

 と、勝手に思いを馳せてしまう。

「千都ちゃんも、タダのオトモダチなら、そういうことだから」

 

 

 

 

 ……去っていった輿鞠の背中を視線で追った後、仙介は千都を振り返った。

 携帯電話を取り出しているが、発信の様子はない。まさか番号もアドレスも知らぬ訳ではあるまい。後ろからなので表情は見えないが、声をかけがたい雰囲気がある。

「……ち、千都ちゃん……」

「ごめん、帰る。夜メールするから」

 ついて行こうとする樹木を制して、千都は足早に歩いていった。残された仙介と樹木は、周りの生徒達の囁き声に包まれ、立ちつくすよりほかない。

 ――なんだ、海藤、高柳の恋人気取りだったのかよ。

 ――勘違いお疲れさん。

 ――ウケル。てゆーか、誰とでもヤるって噂なかったっけ。

 ――紅星とか、小橋とか。

「……や、」

 ぎくりと反応した仙介は、とっさに樹木の肩を叩く。

「か、帰ろう、栃木さん!」

 仙介は知るよしもなかった。

 高柳祐一に起きている問題も、千都が恋人気取りでも何でもなく、今の祐一に刺激が与えられることをのみ恐れている、ということも。

 だから周りの連中のように露骨ではないが、うすうす似たようなことを考えていたのだ。だが、今の樹木には針のむしろである。

 おそらく「やめて」と言うつもりだったのだろう。それがさらに反感を買ってしまうことも厭わずに。

 祐一も瞬も、知っての通りそれなりに人気がある。にも関わらず彼らは特定の相手を作ろうとせずに、ずっと仲間内で楽しんでいる。千都と樹木はその一員で、しかも彼らのグループは閉鎖的だった。特に前述の二人は、グループ以外の生徒とあまり絡もうとしなかったからなおさらだ。

 一員に加わりたい生徒は多かったと思われる。

 その特権者が地位を剥奪されたのが今だ。どうせ一時的なことだし、数日もたてば収束するたぐいの陰口である。しかしその陰口は、あまり人付き合いの得意でない樹木の心を抉るだろう。と、彼は判断した。

 そのとき、彼の制服のポケットで、携帯電話が鳴った。

 開いてみると、祐一からだった。

『カノジョできた。鵜月さん』

 

 

 

 

「……んー? なんか問題なのそれ」

 七時をすぎた頃、いつものファミレスで、庵子はハンバーグを食べている。

「その高柳って子、格好いいんでしょ?」

「いや……そこじゃなくて、高柳が俺に知らせてきたってとこなんだよね。普通、なにかを知らせるのは真っ先に嘉島とか紅星君とかなんだけど」

「二人にも知らせてるかもしれないじゃない。っていうか、そのなんでも報告するってどうなの? 男として」

「高柳は特殊だから……」

「この前言ってた童貞クンなんでしょ? いい機会じゃない」

「いや、うーん、でもね。なんかモヤモヤしててさ」

 瞬と祐一がケンカなど、あり得ないことのように思える。まずそこに違和感がある。最近、二人はめっきり話さなくなった。

「青春の目覚めってヤツね」

「アン、なんかオヤジくさい」

 睨まれる。

 例の症状は減らず、増加の一途を辿るという。現在、七枷の犯罪件数は鰻登りで、それまでだって決して治安のいい地域ではなかったのだが、今は日本中でダントツのトップのようだ。とサン・ジェルマンは言っていた。

 一連の、流行病のような出来事に犯人がいるというにわかに信じがたい事実が、不気味さを煽っている。なにをどうすれば、人を不安で不安で仕方なくさせ、発狂にまで追い込むことができるようになるのだろうか。

「仙介は考えなくていいから。あの変態の言うことなんて気にしないで」

「でも、学校が発生源だって」

「それも私が調べる」

「危険だよ。第一、どうやって学校のこと調べるのさ。っていうか、アン、魔法で考えてることとかわかるんでしょ?」

「危険だからよ」

 有無を言わせぬ物言いだった。魔法については黙殺するつもりのようだった。

「アンが……心配なんだ」

 初めて会ったときのことがフラッシュバックする。

「今だって、心配だ」

「私も、同じくらい仙介が心配なの。私がなんとかするから、そっちの恋愛相談に乗ってあげなさい」

 

 

 

 

 ベッドから跳ね起きる。

 心臓が激しく脈打っている。時計を見ると、九時だった。

 どうやら、気絶していたらしい。ここ数日、全く眠れなかった反動だ。しかしそれも、数時間で目が覚めた。

 瞬は吐き気に襲われて床に転がった。脂汗まみれの体を引きずってトイレに向かう。

 体がおかしい、と気づいたのは三日前だ。

 勉強にも集中できず、なにをしても気が紛れず、気がつくと仙介のことを考えている。

 不安に満ちた未来のことを考えている。

 胃の中身をはき出しながら、同時に瞬は涙を流した。苦しいのは体だけではなかった。

 取り返しのつかないことをしてしまった、という慚愧の念。

 破滅へと向かう一本道を歩くしかないという恐怖。

 手が震えている。ストレスのためだろう。恐ろしいからだろう。

 好きになったのがたまたまとんでもなく身近にいた人間だった。

 そいつは男だった。

 それで、今だ。

「瞬ー?」

 階下から母親の呼び声がする。

 このまま、死んでしまえたらどんなに楽か。

 祐一の答えを待つより苦しいことなどあるはずがない。その答えが、もしかしたら永遠にもらえないのではないかとなると、地獄のほかになんと例えればいい。

 ――クルクル、強いね。

 どこかから、声が聞こえた。

 声というより鳴き声のようだった。

 

                  <続く>

 

 
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