No.234104

はつこいのひと。

hchizuruさん

どうして、君が「生きているんだい?」

2011-07-26 15:19:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:188   閲覧ユーザー数:188

 

訊ねてきた少女は、あの時の「彼女」そのものだった。

 

「そうすると、君のお母さん……は『あの』佐倉さんなんだね」

「はい。旧姓は『佐倉』で有ってます」

 

僕の、初恋の人。

―― 佐倉、という苗字までは覚えていたが、下の名前が

思い出せなかった。

ほら、そんなものだろう?

だが、その『顔』と『声』は、確かにあの時好きだった少女の

面影を映していて。

僕はもう一回りも離れている少女の顔も直視出来ずにいた。

 

「……それで、僕に何の用なんだい?」

「はい。……母の、遺言に従ってここに」

「ゆ、い、ご……ん」

 

佐倉さんは、その短い生涯を終えていた、という。

夫とは結婚して間も無く離婚をしており、少女は

女手ひとつでここまで育てられてきたらしい。

 

「でも……向こうは、僕の事を知らないんだと思ってたよ」

 

そうだ。あの頃、僕はその密かな想いを胸に秘めたまま。

遠くから、ただ眺めているだけだったんだ。

会話も数回しかしていなかったはず。

 

「なのに、何故、遺言……に、僕が」

「遺言に、貴方の名前が有ったんです。……彼なら」

「……彼なら?」

 

「彼なら、きっと貴方の面倒を見てくれるって」

 

「え」

 

「え、えぇぇーーーー?!!!」

 

……驚いた。

何故だ。

何故なんだ?

 

……そうか、これは『ユメ』なんだ。

汚い独身一人の部屋で、僕は寂しくこんな夢を……

 

「って、い、いたたたたたたたた」

「……失礼ですね。今、夢だとか思ったでしょ」

「ごめんなさいゆるしてくださいだからつねるのはやめて」

「……もぉ」

 

と、言って、少女は僕から少し離れる。

 

「……真剣、なんですから」

「……」

 

そういえば。

……あの頃の『佐倉』さんも、

こんな風に、怒ったり、悲しんだりしていたのだろうか。

 

思い出は美化されるから。

……僕の記憶には、

 

笑った彼女しか、

覚えていない気がする。

 

 

 

 

                  ◆

 

「これで全部ですか?」

「ん」

「……冷蔵庫って、何のために有るかわかります?」

「冷やすんだろ。だから、ほら」

「……って、ビールばっかりじゃないですか!」

「だって、ほら、僕は自炊しないし……」

「そんなんだと、栄養が偏ります!……私が作りますから」

「え」

「……私だって食べるんです。作るのは当たり前でしょう!」

「なんか、感動」

「……うぅ」

「って、テレテマスカ?」

「テレテマセン」

 

 

                  ◆

 

「はいはい!起きて起きて!」

「うぅ、何だよぅ、せっかくの日曜日くらいゆっくり

寝させてくれよぅ……」

「私も休みです!……今日は洗濯日和なんですから、

はい、さっさと起きる!」

「ごろんごろん」

「って、ごろごろしない!男なら、さっさと諦めて

その布団から起きなさい!」

「……どうしても?」

「うむ」

「即答ですか」

 

 

                  ◆

 

満月の、夜だった。

……一人暮らしの部屋がやけに最近騒々しいという事で。

隣に住む人から苦情が有ったらしい。

管理人さんがやってきた。

 

「ここは、共同なんだから、もう少し遠慮をだねぇ」

「……はぁ、すみません」

 

後ろで、じっと。

僕の手を掴む、少女。

……ふるえていた。

 

そして。少女はまだ見ていなかったのだろう。

その、管理人の顔を。

 

……目と、

目が、合った。

 

その瞬間。

 

お互いのリアクションが、

異なっていたものの。

 

 

「驚愕」

 

とも言うべきか。

 

管理人は、こういった。

 

「アンタ……ゆいちゃん……かい?

え、でもそんな……え?ど、どういうことだい……」

 

「……!!」

 

――飛び出す、少女。

 

「まっ……」

 

追いかけようとする僕に、管理人の腕がそれをさせない。

 

「何故止めるんですか!話してください、あの娘が、あの娘が!」

「……」

 

無言。

 

だが、重い口を開くように、管理人が発した言葉は。

 

「……なんで、生きているんだい」

 

 

                  ◆

 

「ようやく、見つけたよ」

 

深夜の公園のブランコというシチュエーションで。

僕の声に気付いた少女は、こちらを見て、悲しく笑った。

 

「……卒業アルバムってさ。意外に実家に残ってるもの

なんだな」

「……」

 

一方的に、僕が話しかける。

 

「……さくら、ゆいさん」

「全部、わかったんだ」

 

「いや。辻褄は合う。……だけど、説明してくれなきゃ、わからない」

 

子供に、『自分と同じ』名前を付ける親が仮に居たとしても。

「……この写真と、君は、あまりに『同じ過ぎる』」

 

「遺言、って言ったよね」

「……」

 

「ここからは、小説で良くある話だと思って。……貴方の

知っている少女は、実は重い病気を抱えていた」

 

「大人になって、人並みに社会に出て、なし崩しに結婚して……

幸せだった。でも、病気が再発して……余命幾許もないと

診断された時。夫は、私の前から姿を消したわ」

 

「親戚のおば様が病院を紹介してくれたんだけど……

そこで、私は神様に出会ったの」

 

「……神様は、小さい少女だった。もうすぐ、私は死んじゃう。

その前に、願いを叶えてあげられるって」

 

「私ね。初恋の人に会いたいって言ったの。……ずっと、

好きだった男の子に。……思えば、私が好きになった

男の子は、後にも先にも、あの男の子だけだった」

 

そういって、少女は僕のほうを向く。

 

「……すっごく、汚いかもしれない。あの頃の私は

今貴方が見ている私だけど、本当の『現在』の私は、

病魔に犯されて、顔も、身体も、痩せてしまって見る影も

ないんだ」

 

「最後の、お願い……きいて、くれますか」

 

「私の、はつこいのひと。……私の最後の、

この世界に残したい、ひとことを……聞いてください」

 

 

                  ◆

 

走った。……走り続けた。

管理人から聞いた、病院へはタクシーで30分程した所だった。

……先に着いていた管理人の顔を見つけると、僕は病室へと向かう。

 

入る……のか。

少し躊躇う僕の心に、腹が立った。

 

……謝らないと。この気持ちも。

 

病室には。

……成長した、

佐倉 結衣の姿が有った。

 

僕は、そっとベットの横へ座る。

 

 

 

「……えへへ。奇跡って、起こるんだね」

「神様の、導きなんだろう。……その神様に、感謝、だな」

 

「りん」

 

「……ん?」

 

「かみさまの、名前だよ」

 

「そっか」

 

「おかしくない?」

 

「何が?」

 

「わたし。……顔も青白いし、ほら、手もおばあさんみたいに

痩せ焦げてる」

 

「……僕の初恋の人は」

 

耳元で、看護婦が僕に告げる。

 

(親族の方ですか)

(いいえ違います)

(そうですか、至急呼んで頂きたいのですが……)

(もう、長くありません)

(……出来れば、僕が、最期を)

(……そう、です……か)

(……声を、かけてあげてください。声は、聞こえているはずですから)

 

 

「僕の初恋の人は、優しくて、笑顔の似合う人だった」

「だから、好きになったんだよ」

 

 

涙が、彼女の頬を伝っていった。

 

「あ、あはは……嬉しいなぁ。最期の最期に、両思いになれて。

昔の姿に戻って、会いに行った甲斐が有ったんだね」

「……あぁ、神様に感謝するよ」

 

「……等価交換の話、なんだっけなぁ」

「なぁ、佐倉。……さくら?」

「……あー。あれかぁ。……ふふふ、まぁいっか」

「佐倉?……佐倉!」

 

「ゆいごん、ね……聞いてね」

 

わたし、

 

あなたのことが、

 

ずっと、

 

すきでした。

 

 

                  ◆

 

何故、冷蔵庫の中にシチューが有るのか小1時間悩んだ末、

僕は親が知らない間に上がりこんで作って行ったのだろうと

解釈した。

 

そして何故か管理人のおばさんがよそよそしくなくなったのも

「日頃の行いのお陰だ」と思うようにした。

 

そして、今日はバイトを一名雇う為の面接が有る。

いつもより早く、家を出る。

 

……なんだか管理人のおばさんが言ってきたが

急いでいるので!と受け流す。

 

……ナンなんでしょうね。

 

 

「桜 唯です。2文字しかないので某声優さんみたいですが

気にしないで下さい!」

「……はぁ」

 

やけに元気な女の子だなぁ。

「……年齢は……あれ、同い年だ」

「え、そうなんですか?!……これは偶然」

「もしかして、通った小学校も一緒だったりしてね」

「まっさかぁー。私、○○小ですよ」

「え?す、凄いねぇ。僕も○○小」

「「おぉーーー!!」」

 

驚く僕の手は。

『採用』の欄に「○」をしていた。

 

 

                  ◆

 

深い、深い森の中央にある、神秘的とでも言うべき

泉流れるその場所に、一人の少女が漏らしたひとことを、

僕が知る由も無い。

 

「……驚き。等価交換である『記憶の除去』をした2人が

また出会うだなんて」

「やはり、人間は……無限の可能性を、秘めている」

 

とか、なんとか。

 

 

 

                  ◆

 

「ねぇ、はつこいの人って、どんな人なんですか?」

「……何だよ、そんな事聞いて」

「実はですねぇー。……似ているんですよねーこれが」

「誰にさ」

「さー誰でしょう」

「僕も、さ。……勿論はつこいのひとがいるわけだが」

「はぁ」

「……似ている人が、近くにいるような気がする」

「おぉ!それは気になる!」

 

 

……明日も、きっと良い日、かもな。

 

 

 

 

【了】

 

 
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