少年が何度も往復するは、とある駅前の雑居ビルのあるドアの前。
薄暗い照明と、独特の刺激臭が否が応でも不安にさせる。
「辞めようか、な」
その時。
静かな空間にひとつの雑音。
鍵が開き、
ノブが回る。
「どなた?」
それは、先程の少女。
少年は数秒、静止した。
何を言えば良いのか、どういう顔をすれば良いのか、決めあぐね
出てきた言葉は。
「これ、さっき落としましたッ」
いたって、シンプルな言葉。
少女の部屋。
穏やかな笑い声が木霊していた。
「でもさ。声かけ辛いじゃん」
「んー。そうかなぁ」
少女が、ハンカチを落としたのは紛れもない事実で。
それを少年が、見つけて「しまった」。
当然、直ぐ様声をかけるべきだったのだが、どうにも照れ臭く
そのままハンカチを握り締めたまま、後をつけてしまったのだ。
「一歩間違えたらストーカーだよね」
少女の屈託の無い笑顔が、少年に向けられる。
「……まぁ、ね」
あはは、と笑う二人。
◆
次の日。
今度は別の人間が、その少女の部屋に来た。
手には「落し物」を握り締めて。
但し、その人間は「少年」ではなかった。
如何にも怪しげで。
額に汗を浮かべ、なんども息を荒げながら
チャイムを数回鳴らした。
ふぅ、ふぅ、と。
それを遠巻きに見つめる人の反応からも
その人間の見た目が、あまり良いものでないのは
確かだった。
少女は、部屋に居た。
だが、
ドアを、
開けなかった。
その後、少女は、自分が「財布」を落としていることに
気付いた。
「まさか、さっきの?」
まさか、ね。
少女は何度も自分に言い聞かせた。
ぶつぶつ。
独り言を言いながら、その部屋を後にした男は、
手に持った財布をじぃ、と見つめていた。
その後、警察から電話が来て、財布は無事少女の元に
わたった、というおはなし。
【了】
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自身のブログで以前に発表したショート=ショートです。