No.227711

【南の島の雪女】第3話 布団の中の4人(7)

川木光孝さん

【あらすじ】
雪女である白雪は、故郷を脱走し、沖縄まで逃げてきた。
他の雪女たちは、脱走した白雪を許さず、
沖縄の妖怪たちに「白雪をつかまえろ」と要請する。

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2011-07-13 00:16:58 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:446   閲覧ユーザー数:440

【いい加減に忘れ物を探してくださいでありますですの】

 

 

「い、いかん、この羽毛布団、気持ちいい。

 眠く…なって…」

 

白雪は、羽毛布団の気持ちよさに心を奪われつつあり、

信号が点滅するかのように、目を閉じたり開いたりしていた。

 

「ふふ、白雪、気持ちいいでしょう?」

 

風乃は、隣に寝ている白雪の耳に、小さな声でささやく。

 

「き、気持ちよくなんかない!

 くそ、俺が、こんな…

 だめだ、身体が言うことをきかない!」

 

白雪は手足の指先をちろちろと動かし、もがく。

布団から出ようとする。

すべては無駄な抵抗だった。

 

羽毛布団の気持ちよさは、白雪の想像をはるかに超えていた。

何かにつかまってしまったかのように、

白雪は布団の中から出られない。

 

「ウソつき。気持ちよくない、って言っても

 白雪の身体は気持ちいいみたいだよ?」

 

風乃はにやにやした目つきで、

白雪の腹のあたりを指でつついた。

 

「や、やめ、風乃!

 俺は…何とも…思わないぞ」

 

「風乃様、私は気持ちいいです」

 

紳士は、横になった状態で、いたって真面目な表情で、

隣で寝ている風乃に感想を言う。

目を合わせて、感想を言う。

 

「紳士ぃ、お前はだまってろ!」

 

白雪は、意識が遠のいたり、近づいたりする

極限トランポリン状態の中で、ツッコミをいれる。

 

 

【いい加減に忘れ物を探し(略)】

 

 

「風乃! 何している!

 俺にさわるな!」

 

「どうしたの、白雪。

 そんな赤い顔をして。

 単なる仲良し行為だよ、心配ないよ」

 

「お、おい! 風乃…

 いくらなんでもこれは…

 お、俺にふれるなっ、顔を近づけるなっ。

 仲良し行為なんてするな!

 は…恥ずかしい!

 紳士の目の前だろ!」

 

「紳士さんは『紳士』だから、

 女の子同士の仲良し行為なんて

 見ないよねー?」

 

「じーっ…」

 

紳士は、目をそらす様子もなく、両の目を全開して

風乃と白雪の仲良しぶりを見つめている。

 

「思いっきり見てるがな!

 せめて目をふせろ!」

 

「羽毛布団の感触が気持ちよすぎて、

 目をそらすことができません」

 

「ウソつけ!」

 

「紳士さんは『紳士』だから、ウソつかないよ。

 気持ちよすぎて目をそらせないなら、

 仕方ないよね~」

 

「俺はこの現実から、目をそらしたい…」

 

直後、白雪の意識は急速にうすれゆき、

目を閉じていった。

 

受け入れがたい現実から目をそむけるように

白雪は、小さな寝息をかきながら、

赤子のように大人しくなった。

 

 

【いい加減に忘(略)】

 

 

「あれ? 白雪? 白雪?

 …寝ちゃった。

 つまんない、これからだったのに」

 

風乃は「ちぇ」といった感じで口をとがらせ、

つまらなそうな表情をした。

何がつまらないのか。

何がこれからだったというのか。

それは風乃にしかわからない。

 

「紳士さん」

 

風乃は、横に寝ている紳士に顔を向ける。

 

「何でしょうか、風乃様」

 

「紳士さんも…

 わたしと仲良くしてみる?」

 

風乃は、紳士の手をにぎった。

 

「白雪は寝ているよ。

 どれだけ仲良くしても、恥ずかしくないよ。

 紳士さん、いつまでも紳士ぶってないで

 仲良くなりましょう!」

 

風乃は、紳士に顔を近づける。

 

「仲良くなりたいのは結構ですが…」

 

「?」

 

「私が仲良くなりたいのは、本物の風乃様です」

 

「何を言っているのかしら? 紳士さん。

 わたし、風乃だよ」

 

「見かけは風乃様ですね。

 さすがは遊女。

 男をだます演技はうまいものです」

 

「!」

 

風乃の形をした偽風乃は、驚き、目を見開いた。

 

「なんでわたしが、風乃じゃないって言える!?」

 

「3人で布団に入ったときからです。

 私は、風乃様や白雪様と、密着しました」

 

「……」

 

「密着したにも関わらず、あなたは何の反応もない。

 私は、3日くらい、風呂に入っていません。

 嗅覚に優れた先祖様が、今の私の体臭を感じれば

 顔をそむけ、さけび、逃げ回るはずです」

 

紳士は言葉を続ける。

 

「ましてや、今、布団の中で密着しているにも

 かかわらず、あなたは逃げない」

 

「な、なんですって…」

 

「隣の足の臭いまで感じる。

 嗅覚の先祖様はそう言ってましたね。

 あれは、隣の家ではありません。

 私の体臭です」

 

「!?」

 

風乃は、何も言わないまま、黙ってしまった。

 

紳士に遊女だとばれたこと。

紳士が3日風呂に入っていないこと。

想定外のことが起きすぎて、頭がごちゃごちゃになり、

言うべき言葉を失っていた。

 

「あまりの名推理に驚きすぎて、

 何もいえませんか?

 遊女殿」

 

「推理はいいから、風呂入れよ」

 

偽風乃は、みけんにしわをよせ、鼻をおさえた。

 

 

【いい(略)】

 

 

「紳士なのに、レディの前で

 体臭ただよわせたままって、ひどくないかしら?」

 

「いつから風乃様の身体に宿ったのです。

 嗅覚の先祖様はどうしたのです」

 

「紳士さんに、白雪をつかまえる理由を聞いたときから。

 嗅覚さんは、布団に入ったときに追い出した」

 

「なるほど…

 そういうことですか」

 

「ふっ、どうかしら。私の渾身の演技は。

 ばれてしまったけど、

 途中まで気づかなかったでしょ!?」

 

「まさか○ページ前から、

 風乃様が遊女に憑かれていたとは…

 まったく気づきません。不覚でした」

 

「ふっふっふ。すごいでしょう。

 すごいでしょう」

 

「さすがは遊女。

 いや、女優ですね。

 アカデミー賞候補、筆頭です」

 

「ほほほ、もっとほめてちょうだい!」

 

調子に乗る遊女。

 

「最優秀賞! 千両役者!

 女優の中の女優!」

 

「もっとほめて! もっと!」

 

「掃除名人!

 買い物上手!

 節約博士!

 商店街の魔術師!

 家計の錬金術師!」

 

「…ほめられているのに、うれしくないのは

 なぜかしら?」

 

 

【い(略)】

 

 

「ねぇ、紳士さん。

 どうして、遊女である私が風乃の身体に憑いているか、

 教えてあげようか?」

 

偽風乃、もとい遊女はにやりと笑う。

 

「教えてください、お願いします。

 お願いします」

 

「そんな丁寧に頭下げなくていいわよ。

 頭を上げなさい。

 私は、風乃とおじいさんに頼まれて、風乃の身体に

 憑いているのよ。

 『雪女を、沖縄の妖怪の手から守れ』って言われた」

 

「そうですか」

 

紳士は、頭を上げ、遊女と目を合わす。

 

「だから私は、羽毛布団を使って、あなたに近づいた。

 あなたを…」

 

「私を?」

 

「あなたを…倒すためにね!」

 

遊女の瞳が、大きく開く。口元がにやりとゆがむ。

 

「うぐっ!?」

 

遊女は、隣にいる紳士の首を、両手でがしりと絞める。

 

「私、生前は、男をだまして泣かせるのが得意だったの。

 どう? 苦しい? 泣きそう?

 私もこんなことしたくないんだけどねぇ。

 かわいい子孫(風乃)の頼みじゃ仕方ないでしょう?」

 

「う、うう…」

 

紳士は首を絞められ、苦痛に顔をゆがませる。

 

「雪女を捕まえないと誓いなさい。

 そうすれば、この手をほどいてあげる」

 

「そ、そ…んな…こと!

 でき、る、わけ、ありません…」

 

「…じゃあ、もっと苦しみを味わってみる?」

 

遊女は、両腕に力をこめる。

紳士の首に、鋭い爪がくいこみ、穴があきそうな勢いだ。

 

「朝ごはんだよぉ、紳士さんッ!

 ノドの奥までじっくり味わってねぇッ!」

 

遊女は、羽毛布団の中で絶叫し、

笑みを浮かべながら、紳士をにらみつける。

遊女の腕の力は、さっきよりも高まっていく。

ぎちぎちと、紳士の首が音を立てる。

 

「ぐ…は…う…」

 

紳士は、そこまで発すると、がくりとうなだれた。

力なく、うなだれた。

そして、動かなくなった。

 

「バカな男。

 布団の中で、生涯を終えることが

 せめてもの救いね」

 

「誰がバカな男ですって?」

 

遊女の背中から、何者かの声がする。

その声は、今、首を絞めたはずの、男の声。

 

「えっ!?」

 

遊女は驚愕し、寝返りをうち、背後の人物の姿をとらえる。

 

それはまぎれもない、南国紳士。

目があいている。息をしている。

傷ひとつない。苦しみの表情もない。

 

冷静な顔の南国紳士が、羽毛布団の中で横になって、

遊女を見つめていた。

 

「うそだ。なぜ。

 お前はいま、この私が倒したはず!」

 

遊女は、目の前に紳士がいることに、

悪夢を見たような気分を感じた。

 

「…あなたは幻覚を見ているのでは?

 あなたが今、首を絞めた相手を、

 よくごらんになってください」

 

「な、なんですって」

 

遊女は、自分が首を絞めた相手に、視線を向ける。

 

「ゆ…雪女!?」

 

その瞬間、遊女は自分の目を疑った。

首を絞めた相手は、白雪だった。

白雪は、息をする様子もなく、目を閉じたままである。

 

遊女は絶句する。想像したことのない光景が、

今、目の前にある。

 

信じられない、これは何なの。

なぜ白雪と紳士が入れ替わっているの。

いつの間に。

遊女の心は乱れに乱れた。

 

数秒ののち、やっと言葉を発する。

 

「…悪夢だわ!

 あ、ありえない! こんなことッ!」

 

羽毛布団の中で、絶叫し、悲鳴をあげる。

 

「ご安心を。白雪様は、気を失っているだけです。

 さて、遊女様。

 あなたは、白雪様の命を奪おうとしました。

 これは罪です。

 私は、罪をおかした者を、捕まえなければなりません」

 

「え…?」

 

突如、遊女は、拘束される感覚を、感じた。

 

首から下すべて。何かに締め付けられている。

ざらりとしたウロコの感覚。

嫌な予感を感じつつ、遊女は、自らの首の下を見る。

 

大量のハブ。ハブ。ハブ。

数え切れない。

スパゲッティのような状態になっている。

 

遊女の身体は、ハブに埋め尽くされていた。

 

庭中が、遊女の悲鳴につつまれる。

 

「ハブに縛られていて、身動きがとれないでしょう?

 さあ、観念してください。

 私は、これからあなたを逮捕します」

 

「は、はなして!

 早く、ハブを! 解いて!」

 

「すぐあなたを逮捕したい、ところですが、

 羽毛布団が気持ちよすぎて、動けません。

 うーん、むにゃむにゃ。眠いです」

 

「紳士! 寝ないで!

 せめてハブを解いてから寝て!

 お願いよ!」

 

羽毛布団の中で、半狂乱になる遊女。

ハブの大群は、首から下でずっとうごめいている。

 

「うーん、すいません、ちょっと寝かせてくださいー」

 

紳士の目が少しずつ閉じていく。

 

「やめて! 起きて! いやー!」

 

遊女の絶叫が、再び庭中に響き渡る。

 

 

【風乃家の玄関先にて】

 

 

そのころ、風乃家の玄関先に、

一人の人物が立っていた。

 

風乃と同じ年齢くらいで、

黒い髪を肩までのばしている。

少しの寝ぐせ、半そでのシャツ、半ズボン、サンダル。

今、起きたばかりのような恰好をしていた。

 

その人物は、風乃の母親と話をしていた。

 

「おはようございます。中城ですが」

 

「あら? 若葉ちゃんじゃないの。

 どうしたの、こんな朝早くから」

 

「その…兄が、自宅の2階から

 羽毛布団(50万円)を

 投げてしまったようで。

 隣の家の庭に落ちたというので、

 回収しにきました」

 

「へ? そうなの?

 あらまあ、大変ね。

 ちょっとあがっていきなさい。

 一緒に庭に行きましょう」

 

「失礼します」

 

「どうぞどうぞ」

 

(ほんとは、ふーのー(風乃)の家には

 入りたくなかったんだけどな。

 おばけ、いっぱいいるみたいだし…。

 というか、ふーのーに会いたくないというか)

 

若葉は、風乃の家に入りたくなかった。

 

若葉は、小さいころからおばけが苦手だった。

 

隣に住む風乃は、おばけが好きで、

霊的な体験談があとを絶たない。

 

そのせいか、若葉は、風乃と相容れなかった。

できれば会いたくない相手だった。

 

幼・小・中・高校と、風乃と同じ学校に通っているものの、

怖くて、風乃とあまり話したことはない。

 

若葉にとって、風乃は、近くて遠い、そんな人間だった。

 

「そういえば、風乃、見なかった?

 庭先に出たまま行方不明なのよ。

 せっかく、朝食を用意したのに」

 

「ふ、風子おばさん。

 いきなり何を言っているんですか」

 

若葉は、「風乃」という言葉を聞き、びくっとした。

 

「もしかして、庭に落ちた羽毛布団をかぶって

 寝ているのかしらね。風乃ったら」

 

「ふ、ふふふ。

 おばさんも冗談がうまいですね。

 そんなこと、あるわけないでしょう」

 

若葉は、そんなバカな、と苦笑いを浮かべる。

 

「それもそうね。

 じゃあ、庭に行きましょう」

 

母親は、庭につづく戸をがらりと開けた。

 

 

 

 

次回に続く!

 


 
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