★☆★ラクリマ ~ライルの想い~★☆★
「だめーーーッ、いけないっっ!!」
アイツの悲鳴が鼓膜を震わせたが、俺は退く《ひく》気なんざ毛頭なかった。
この状況でアイツを守ってやれるのは、たぶん俺しかいねェと思ったからだ。
パルテノスのラルベール・ブラドラーが、煌く粒子となって射出口に収束されて
いくのをモニタに認めて、俺はふと眉根を寄せた。
ほんの微かなラクリマの残り香-----------。
そうか・・・ アイツ----ユミールをレイオードに乗せた時に移ったんだな。
そのひどく懐かしい香りは、甘くてせつない記憶を呼び覚ますには充分過ぎた。
遠い日にすべてを賭けて愛した女を最後まで信じてやれなかった後悔の念が胸を締
めつける。どうして守ってやれなかったんだろう。憎んで憎みぬいて永劫ともいえ
る時空を彷徨ってしまった自分が情けなくて許せなかった。償いたい相手は、もう
いない。ならば俺のすべき事はたったひとつ。そう、ウェニマス・・・おまえの
忘れ形見を守ること---------
聖地で錬金学士として研究に従事している弟に逢うために、俺はその日、初めて
その地を訪れた。
レニスのヤツは《ゼ=オード》とかの研究に携わっているらしい。以前何度か誘
われたが、俺にゃあ錬金学士なんざ性に合わなかった。それでもあんまりしつこく
誘うので、渋々ながらも足を運んだというワケだ。
聖地のほぼ中央の工房に着いた俺をレニスは笑顔で迎えてくれた。
「やっと来てくれたんだね、兄さん」
「おめェがあんまりしつこいからだ」
「あはは・・・なぁんだ、研究に興味を持ってくれたワケじゃないんだ」
俺の言葉にレニスは苦笑する。
「ま、兄さんらしいけどね」
「あら? レニスじゃない」
背後から突然かけられた声に、俺とレニスは同時に振り向いた。
「ウェニマス」
胸のあたりまできれいに伸びたつややかな銀髪の美女が、柔らかい笑みを浮かべて
佇んでいた。アメジストを彷彿とさせる瞳に俺の目は釘付けになった。
「・・・さん? 兄さんってば・・・」
俺はかなりの間、阿呆のように立ち尽くしていたんだろう。レニスが呆れたように
ため息をついている。
「あ、ああ・・・」
「何ボケっとしてるんだよ? ウェニマスに見惚れてた?」
「バ、バカ言うんじゃねーよ!」
からかいを含んだヤツのセリフについつい声が大きくなった。目の前のウェニ
マスは口に手を当ててくすくす笑っていた。
・・・ったく、何だってんだよ。レニスの言葉は認めたくねェが図星だった。
理由? ンなモンはねェが、俺はたぶん、その瞬間ウェニマスに魅かれていたんだと
思う。
「あ・・・と、紹介するね。こちらはウェニマス博士。僕と同じ《ゼ=オード》研究
プロジェクトに従事してる。ウェニマス、こっちはライル。僕の兄さんなんだ」
「よろしく、ライル」
そっと差し出された華奢な手を、俺はためらいがちに握った。
爪の先ほども興味がなかった《ゼ=オード》の研究に俺が加わったのはそれからすぐの
ことだった。まったく人の運命なんざどこでどう変わるかわからねェもんだなと、自分の
変化を感じつつ思った。日が経つにつれて研究も面白くなってきたが、何よりも俺は
ウェニマスに夢中になった。
レニスのヤツに冷やかされながらも俺はいつもウェニマスの姿を目で追っていた。
誕生日に工房の裏手の丘に呼び出した俺に、ウェニマスはいつもの柔らかな笑みを
浮かべ小首を傾げた。
「話って何? ライル」
「あ・・・ああ」
情けねェことに焦がれてやまない相手を前に、俺の頭は見事に真っ白になった。
言葉が浮かばない・・・・・・口が鉛のように重い・・・・・・。
っくしょう、何やってやがるんだっっ。
「ライル?」
さりげなく先を促されて俺はようやく腹を括った。
「おぅ。・・・今日、おまえの誕生日だろ?」
「まぁ、覚えていてくれたのね」
「ああ、それで俺、何かプレゼントしたくて・・・その、いろいろ考えたんだけどな。
気の利いたモンが浮かばなくて、それで、これ・・・」
顔から火が出る思いで、俺は背中に隠していた右手を半ばヤケクソのように差し出した。
その手の中には一輪の白い花が揺れている。丘のはずれの方に咲いていたのを摘んできた
ヤツだ。あまりの照れ臭さに顔を逸らしたまま伸ばした手に、ウェニマスの柔らかな手が
そっと触れる。
「きれい・・・ラクリマ、ね」
「そ、そうなのか?」
「うふふ、知らなかったの?」
「知るか」
「うれしいな、ライルにプレゼント貰えるなんて」
無邪気に笑うウェニマスを俺はとっさに抱きすくめていた。
「ライ・・・ル?」
淡い香水の香りが鼻腔に拡がった。
「好きだ」
「 ! 」
「はじめて逢ったときからずっと気になってた。なぁ、俺と一緒に------」
「ライル」
俺の腕を振り解くと、ウェニマスは数歩後ずさった。
「知ってる? 私、あなたより年上なのよ?」
「それがどーした? カンケーねェじゃねーか」
そんなバカげたコトで拒絶されるなんて冗談じゃなかった。俺はウェニマスの細い
腕を掴んで、少々手荒に引き寄せた。
「俺のこと・・・どう思ってる? 俺じゃあダメなのか?」
「ううん、突然で・・・すこし混乱してる。ねぇ」
ウェニマスはやんわりと俺を制すると、
「来年の誕生日にまたこの花を貰えるかしら」
「あ? ああ、いいけどよ」
「うん、待ってる」
「お、おい。さっきの答えはどーなんだよ?」
「さぁ、どうかしら」
鈴を転がすように笑いながら、呆然としている俺の腕を擦り抜けて、ウェニマス
は小走りに駆けて行った。
(おい・・・んなのアリかよ?)
必死の思いで告った方の身にもなりやがれってんだ。
俺はウェニマスの後ろ姿を見送りながら軽く舌打ちした。
それから毎年、俺はウェニマスの誕生日にあの花を贈った。花は年を追うごとに
増えてゆき、三年目には両手に抱えるほどの花束をプレゼントすることになった。
一緒に暮らそう-------ごく普通にそんな言葉が零れた。ウェニマスは今度は
ノーとは言わなかった。黙って俺の肩に顔を埋めたアイツを、俺はきつく抱きしめた。
ラクリマの花言葉を知ったのは、それからまもなくのことだった。
ラクリマの残り香に呼び覚まされた遠いあの日の記憶を彼方に追いやると、俺は
バリアを張ったままパルテノスの懐に飛び込んだ。
(最後くらい父親らしいこと、させてくれよな)
シャールの悲鳴にも似た声をどこか遠くで聞きながら、俺はためらうことなく
自爆スイッチに手を伸ばした。
END
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昔出したライブレの同人誌より。
ライルとウェニマスの馴れ初めをでっち上げました(>_