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少女の航跡 第2章「到来」 25節「疾走」

.ルージェラ達はアガメムノンから脱出するため、派手な馬車チェイスを展開します。

2011-06-24 09:16:08 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:256   閲覧ユーザー数:223

 

 広間を飛び出したルージェラ達は、幾つかの階段と幾つかの通路を通過し、『ディオクレアヌ

革命軍』兵士に追われる形となっていた。

 

 どこに隠れていたのか、通路から次々とゴブリン達が飛び出し、この綺麗に磨かれた芸術品

のような屋敷を、その汚い足で汚し、ルージェラ達へと襲い掛かってくる。

 

 ルージェラはディオクレアヌの体を担ぎながら、一番先頭を切って走っていた。

 

 ディオクレアヌを連れ、この場を脱出する。それだけで十分だ。無数に沸いてくるゴブリン達

を相手にしている必要など無い。

 

 だが、広大なアジトと、沸いてくるゴブリン達に、次第にルージェラ達は追い詰められていき、

彼女らは、一つの扉の中へと逃げ込む形となっていた。

 

「ちょっとォ! 待ってよお!」

 

 ルージェラ、ロベルトよりも逃げ遅れているフレアーを、さっさとその扉の中の部屋へと入れさ

せ、ついでに、床を走り回ってきた黒猫のシルアの体をつまみ上げ、扉の中へと放り込むと、

ルージェラは素早く扉を閉め、内側からかんぬきをかけた。

 

「フ…、フレアー様…」

 

 床に放り出されたシルアが半分のびている。その様子を見たフレアーはルージェラに向って

いきり立った。

 

「こ、この子も、仲間なんだからね! モノみたいに扱わないで上げて!」

 

 だが、そんな事など、ルージェラは気にしていないらしかった。

 

「ここ…、どこよォ…?」

 

 と、彼女が部屋の中の様子を見回そうとした時だった。薄暗い室内から、まるで猛獣のような

吼え声が彼女へと襲い掛かってくる。

 

 何事かと、ルージェラは思わず武器である斧を引き抜き、吼えかかって来たものの方へと武

器を向けた。

 

 そこには、猛獣、例えば獰猛な野犬と見間違いそうな顔をした何かがいた。

 

「な、何よ! これ!」

 

 目の前に迫って来た怪物のような生き物に、ルージェラは思わず声を上げた。

 

 するとロベルトは、

 

「馬を凶暴化させた、革命軍の新しい戦力だろう…、おそらく、馬車を引かせれば、相当な馬力

を出す戦車になる…」

 

「う、馬ね…、これが…?」

 

 さすがのルージェラもあっけに取られて言った。

 

「使えるかもな…?」

 

 そのロベルトの言葉で、ルージェラ達はある行動に出ようとしていた。

 

 

 

 

 

 侵入者がアジトに潜入したという事で、革命軍のゴブリン兵達は、その回転の遅い頭なりに

は素早く行動し始めた。

 

 侵入者は数人の人間達らしかったが、革命軍の盟主である、ディオクレアヌが連れ去られた

という事で、事は大事になった。

 

 まず歩兵であるゴブリン達が、侵入者を、兵器工廠の馬舎へと追い詰めた。次いで、その侵

入者を逃さないよう、《アガメムノン》の外部通路に、大急ぎで弓隊やら、戦車兵が配置され、さ

らに、工廠から、新兵器まで導入されようとしていた。

 

 だが、侵入者らを追い詰めたゴブリン達は、そんなものまで導入する必要は無いだろうと思

っていた。何しろ、自分達が、侵入者を馬舎へと追い詰めたのだから。

 

 そこは行き止まりで、裏口と言えば、侵入者が逃げてきた方向にしか無いはずだった。

 

 だから、その馬舎から、巨大な何かが、ゴブリン達を吹き飛ばしながら飛び出してきた時、彼

らは目の前で起こった事が信じられないというよりも、何が起こったかさえ分からなかった。

 

 まるで、嵐が過ぎ去ったかのような光景が、後には残っていた。

 

 馬舎には、侵入者の姿は残っていなかった。

 

 

 

 

 

「ねえ! この馬! やっぱり何か違うよォ!」

 

 とてつもない力で引っ張られる手綱を、何とか操りながら、馬車の先頭に飛び乗ったルージェ

ラは、戦車を操ろうとしていた。

 

 背後の車体には、ロベルト、フレアー、シルア、ナジェーニカ、そして捕えられたディオクレア

ヌが乗り込んでいる。このまま戦車を使い、《アガメムノン》から脱出しようと言う手筈だった。

 

 だが、肝心の戦車の馬は、ルージェラの言う事をまるで聞いてくれていない。

 

「ディオクレアヌ達が凶暴化させた、戦用の馬だろう。安心しろ。馬力だけは十分にある」

 

 ロベルトが、ルージェラに言った。

 

「馬力だけは…、ね…」

 

 馬車は山に張り付くように設置された、工廠のようなものの間を通過して行く。山の中に設置

された道を走り抜けていくと、周囲の様子は、まるで山の中に作られた街だった。唯一、建物

に小さな窓しかないことが、ここが兵器工廠だという事を思わせる。

 

「お、おい! 貴様ら! こんな事をしてただで済むと思うなよ!」

 

 馬車の中で、ディオクレアヌが叫んだ。彼の声は、馬車の激しい音で半分かき消されてしまっ

ている。

 

「何さ! 偉そうに!」

 

 と、フレアーが言った時だった。

 

「フレアー様! 気をつけて!」

 

 シルアの呼びかけでフレアーが反応する。

 

金属で出来た馬車の車体に当たる矢の音。直後、開け放たれている車体の後方部から、放た

れた矢が飛び込んできた。

 

 それはディオクレアヌの体のほんの数センチ横に命中していた。

 

 工廠の屋根からは、何匹ものゴブリン達が、一斉に、疾走していく馬車目掛けて矢を放って

きている。ルージェラは、何とか馬を操りつつ、その矢の雨の中を走り抜けていた。

 

「お、おのれえ…、おれがここにいる事を知って、矢を射ているのか…、奴らめ…!」

 

 ディオクレアヌが怒りも露わに言った。

 

「そんな思考がゴブリンにあると思うか…? 怪我をしたくなかったら馬車の奥にいろ」

 

 ロベルトはディオクレアヌにそれだけ言うと、銃を持って、自分も矢の当たらない位置へと移

動した。

 

「な、何とか操れるようになって来たかな…!」

 

 前方ではルージェラが戸惑いながらも馬車を操る。凶暴化した革命軍の馬達2頭は、鼻息を

荒々しく上げながら、何かに怒り狂ったかのように疾走している。

 

 その速度は明らかにただの馬車よりも速かった。車体への振動や車輪にかかる負担も、明

らかに普通の馬車よりも上だ。

 

 車輪は軋み、火花を散らしていた。

 

 

 

 

 

 広間のドアを蹴り破った私とカテリーナは、すぐさま《アガメムノン》上層階のバルコニーへと

飛び出していた。

 

 下の方が騒がしいので、何事かと目を下してみれば、山の中に出来た町のような場所を、一

台の馬車が疾走して行っているではないか。

 

 馬車を荒々しく走らせているのは、ルージェラだった。そして、そんな馬車に向けて、ゴブリン

兵達が一斉に矢を放っている。

 

 それは、山のずっと下で起こっている事だったので、私達にはどうする事もできなかった。

 

 幾ら馬車で走り抜けているとはいえ、あのままではいずれ追い込まれるだろう。そもそもルー

ジェラ達はディオクレアヌを捕えているのだから、革命軍は全総力を持って取り返しにかかる

はずだ。

 

「ここで見ていたって始まらない。行かないと」

 

 と言うカテリーナの言葉で、私達は、下の方へと山を下り始めた。

 道は入り組んでいたが、何とか馬車を引く馬は先に進んで行っているようだった。しかし、変

わらず矢の雨は降り注いでいたし、革命軍の数はどんどん増えているようだった。

 

 ルージェラは、何とか矢に当たらないようにしていたが、だんだん追い込まれて来ている事は

はっきりと自覚していた。

 

 と、前方の道に両開きの鉄扉が見えてくる。凶暴化した馬達は、何のためらいもなく、その扉

へと突進して行こうとしていた。

 

 扉の高さが、馬車の高さよりも明らかに低い。

 

「ちょ…! ふ、伏せて…ッ!」

 

 ルージェラが、馬車にいる皆に呼びかけた直後、馬達は頑丈そうな鉄扉を蹴り破り、外へと

飛び出した。同時に、馬車の上部に、扉の上側の壁が激突する。

 

 壁が崩れる事は無かったが、馬車の車両は上部が破壊され、天井が剥ぎ取られる形になっ

た。

 

 今まで鉄の壁を持っていた馬車の車体だったが、天井が剥ぎ取られる事で、その無防備さを

さらす事になるのだった。

 

 そして馬車は扉から飛び出し、開けた空間へと出ていた。それは、切り立った山の周囲を走

る山道で、見下ろせば断崖が何百メートルも続いている。しかも、他の切り立った山、革命軍

のアジト《アガメムノン》の別の施設からは丸見えだった。

 

 馬車の走る山道は、路面が寒気で凍りついており、更なる速さで馬車は走っていた。

 

「ね、ねえ…? 皆、大丈夫…?」

 

 ルージェラが背後を振り向き、ロベルト達に尋ねた。

 

「ああ…、何とかな…」

 

 と、ロベルトが答えた直後、フレアーの悲鳴にも似た声が上がった。

 

「な、何あれ~ッ!」

 

 彼女達が向いている方、ルージェラ達を乗せた馬車が飛び出してきた扉とは、別に分岐した

道の方から、幾つかの黒い影が現れる。

 

 それは、戦車の姿をした鉄の塊だった。馬に引かれているわけでもないのに、自ら車輪を回

転させ、走ってきている。しかも、ルージェラ達の乗った馬車に追いつこうかと言う勢いを持って

いた。

 

 まるで戦車それ自体が生きているかのようだ。

 

「な、何なのよ! あれは~!」

 

 思わずルージェラも驚きの声を上げた。

 

「我が軍が総力を上げて生み出した、“生きた戦車”、ガルガトンだ」

 

 馬車の中から、ディオクレアヌが叫ぶ。

 

「生きた戦車ですって~ッ? 何てものを造り出しているのよ! あんた達は!」

 

 フレアーがディオクレアヌに向って睨む。

 

「どうせ、ハデスの入れ知恵なのだろう…? 奴はゴーレムを作るのが上手いからな…」

 

 ロベルトがディオクレアヌを見下ろして言った。ディオクレアヌの方はと言うと、不敵な笑みを

ロベルトへと見せつけていた。

 

「おいッ! 何かやって来るぞ!」

 

 そんなやり取りの中に割り入って来たナジェーニカの声。それに反応したロベルトが、素早く

フレアー、ディオクレアヌをかばいつつ、共に馬車の床に倒れこむ。

 

「伏せろッ!」

 

 次いでやって来たのは、矢の嵐だった。金属で出来た弩弓用の矢が、無数に馬車の方へと

撃ち込まれてくる。

 

 それは、ディオクレアヌの言う、“ガルガトン”の方から発射されている矢だった。むしろ、矢と

いうよりも弾丸に近い威力があった。

 

「矢が! 連続で発射されているのッ!?」

 

 ルージェラの方にも矢は飛んできていた。馬車は屋根が吹き飛んでいるから、ほぼ無防備も

同然だ。

 

 ルージェラは何とか馬を操り、矢の軌道上に馬車が来ないようにしたが、背後にいるガルガト

ンは、そんな動きにも対応し、即座に矢を荷台へと撃ち込んでくる。

 

「あのガルガトンは、自動で矢を連発できるようになっているのだ! おのれ! わたしが、馬

車にいる事を承知でけしかけたのか! ゴブリン共め!」

 

 ディオクレアヌが喚いている。だが、そんな彼を押さえつけたまま、ロベルトは叫んだ。

 

「フレアー! 魔法で矢を防御しろ! できるんだろ!」

 

「あっ、はい」

 

 ロベルトに言われ、フレアーは即座に、馬車を覆うように薄い膜を張った。

 

 それは透明な膜で、すぐにも破れてしまいそうではあったが、連続で発射されてくる矢を受け

止めている。

 

「空気の中の水を集めて、フレアー様と私の魔力で氷の膜に変えました。一見すると、脆そうな

壁に見えますが、氷と言うのは案外頑丈でして、そして私どもの魔力も加えられておりますので

…」

 

 と、シルアが説明しようとした直後、一本の矢が氷の膜を破って馬車の中に飛び込んでき

た。

 

「ぬわあ! そ、そんなはずは!」

 

 うろたえるシルアを抱きかかえ、フレアーは身を縮めた。

 

「ほら! シルア! 頑張って! あなたも、氷の膜を維持するんだよ!」

 

 フレアーが呼びかけたが、シルアはパニックになっているようだった。

 

 そんな2人の存在は、猛烈な勢いで山道を突き進んで行く馬車の中では、あまりにもか弱い

存在のように見えた。

 

 一方、ルージェラは、腰から一つの小型斧を取り出した。そしてそれを、疾走していく馬車の

上から見つけた、路上の溝へと投げ込む。ルージェラ達の馬車が行った後、その後ろから追

跡してくる、ガルガトンが、斧が溝にはまった地点へと差し掛かる。

 

 すると、最も先頭にいて、矢を乱射していたガルガトンが、溝にはまった斧へと脚を取られ、

大きく前方へとつんのめる。

 

 走ってきた速度も相まって、車輪を取られたガルガトンはそのまま横転。背後から来たガル

ガトンに次々と追突された。

 

 激しい音を立てながら、仲間のガルガトンに次々と追突されて行く先頭の一台。しかし、後方

から来ていた4台のガルガトンは、仲間にぶつかっている事など、まるで意識もしていないらし

く、勢いで先頭だった一台を、後方へと投げ飛ばすかのようにぶつかっていった。

 

 後方へと吹き飛ばされたガルガトンは更に横転して行くが、4台もの戦車に激突されても、さ

して損傷はないようだった。

 

 4台のガルガトンが、ルージェラ達の乗った馬車を追跡して更なる矢を放つ。しかも、今、後

方へと吹き飛んで行ったガルガトンも、即座に体勢を立て直し、再び追跡してくるではないか。

 

「な、何て奴ら…!」

 

 思わずルージェラが前方から目をそらし、そう呟いた時だった。

 

「おい! ルージェラ! 前を見ていろ!」

 

 馬車からロベルトの声が聞えて来る。ルージェラははっとして前方を振り向いた。

 

 カーブの手前だったので分からなかったが、前に崖が迫ってきていた。山道はそこで急カー

ブを描いて下の方向へと伸びているが、今の馬車の勢いではこのまま道を突っ切って、崖下

へと転落してしまう。

 

「ま、曲がってぇ~ッ!」

 

 あらん限りの力を込めて手綱を引っ張り、暴れ馬達に、曲がるように指示を飛ばすルージェ

ラ。

 

 ぎりぎりの所で、怒り狂ったような馬達も崖に気がついたのか、急いで方向転換する。だが、

馬車はまるで振り子のように崖の方へと投げ出される。

 

「うわあああ~ッ!」

 

 フレアーが馬車から崖へと投げ出されそうになるが、素早くナジェーニカが手を伸ばし、彼女

の腕を掴んだ。

 

 しかしそこへ、勢い良く後方から追跡してきたガルガトンが次々に激突して来る。馬車は激し

く揺らぎ、衝撃が走った。

 

 ガルガトン達は、前方に崖があっても、臆する事も無く馬車へと突っ込んできていた。しかも1

台のガルガトンは崖下へと落ちて行こうとする。

 

 ルージェラの操る馬車は何とかカーブを曲がり切り、元の道へと戻った。しかし、ガルガトン

によって車輪が吹き飛ばされ、何とも酷い走りになる。

 

「お、おのれ~ッ! まるで容赦をせんわ! このわたしが中にいるというのに!」

 

 ディオクレアヌは毒づいたが、彼に構っている暇は無かった。

 

 ガルガトン達は一斉に方向転換をし、馬車の方へと向って来たからだ。しかも崖下へと落ち

ていこうとしていたガルガトンなど、ぎりぎりの所で車輪を逆回転させて戻ってきていたから驚き

だ。

 

 最初と同じ、5台のガルガトンが馬車を追跡してくる。ルージェラ達の馬車では、車輪が破壊

されており、完全な速度で走る事ができない。

 

 更に、馬車に乗っている者達にとっては、幾ら整備された路面であっても、酷い振動が襲い

掛かってきていた。

 

「な、何て奴らよ!」

 

 ガルガトンはあっという間にルージェラ達の馬車に追いつこうとしていた。相変わらず、恐ろし

いほどの勢いで弩弓の矢を発射して来る。

 

 更に、追いついてくると、今度は勢い良く体当たりをしてくるではないか。

 

 しかも、それに追い討ちをかけるかのように、ルージェラはある事に気がついた。

 

 新たに、彼女達の馬車が突入して言った道は、崖の向こう側、『ディオクレアヌ革命軍』のア

ジトの方から丸見えだった。しかも、外部からの敵の攻撃に備えるためにつけられているのだ

ろうか、幾台もの砲台が、こちらの山道の方へと向けられている。

 

 爆発音が炸裂し、砲台から砲弾が発射されてきた。

 

「ふ、伏せてッ!」

 

 ルージェラが叫ぶような間も無く、砲弾が次々と道の方へと着弾した。

 

 爆発が炸裂し、馬車の後方で次々と爆発が炸裂する。フレアー達が乗っている馬車が、その

時の衝撃により、大きく持ち上がった。彼女の悲鳴がこだまする。だが、砲台の有効な射程距

離からは離れているらしく、馬車に砲弾が直撃する事は無かった。

 

 代わりに、後方から追跡してきているガルガトンの方の被害の方が酷かった。馬車をそれた

砲弾はガルガトンの方へと何発か炸裂していた。

 

 その爆風で吹き飛び、ガルガトンの車体は大きく持ち上げられたり、横転したりする。

 

 しかし、ルージェラ達が距離を離し始めた時、ガルガトンは、再びその体勢を立て直し、馬車

を追跡し出した。

 

「う、嘘でしょ~。あんなに砲弾を食らったのに、信じられないよ!」

 

 フレアーが叫ぶ。馬車はすでに車輪が吹き飛んでおり、地面を滑走するような形で走ってい

たから、振動が酷い。どこかに掴まっていなければ振り落とされてしまう。

 

 その時、一つの樽が、馬車の中から転げ落ちて行った。

 

 数秒後、その樽はガルガトン達に踏み潰される事になったが、その時、その樽から黒い砂の

ようなものが飛び散った。

 

「そう言えば、あなた、何でこの樽を積んだの?」

 

 振動の激しい馬車の上で、焦りながらフレアーがロベルトに尋ねた。だが彼が聞いたのはデ

ィオクレアヌの方だった。

 

「…、おい。この樽の中は火薬だろう?」

 

「あ、ああ…」

 

 ディオクレアヌは目の前で爆発を起こされたショックから、まだ復帰していない。

 

「何かに使えるかもしれないと思って、さっき馬舎の奥の倉庫で見つけて積んでおいたのさ…、

それが、どうやら今のようだ」

 

「馬鹿め。火薬の爆発なんぞで、ガルガトンを倒せると思うか?」

 

 と、ディオクレアヌはぬけぬけと言ったが、

 

「その時は、貴様共々、この馬車ごと踏み潰されるだけだな…」

 

 と、ロベルトは言った。

 

 直後、馬車は再び急な曲がり角を曲がる。その時、ごろごろと音を立てて、火薬の入った樽

が馬車の荷台から転げ落ちた。

 

 それを見たロベルトは一体何を思ったのだろうか。

 

「私は、一旦馬車を降りる。この山道は、階段式に降りていく道だから、君らとは次の段で合流

できるだろう」

 

 それだけ言ってしまうと、彼は走っていく馬車から飛び降りてしまった。

 

「な、何をする気よ!」

 

 ルージェラが背後を振り返る。ロベルトは、ちょうど山道の急な曲がり角、崖のすぐ手前で立

ち止まっていた。

 

 直後にガルガトンが彼の方向へと走って来る。猛烈な勢いを持つ4台の怪物のような馬車が

彼に迫ってきていた。

 

 だがロベルトは臆する事なく、自分の側に転がせて置いた、数個の火薬の入った樽に向っ

て、いつの間にか用意しておいたらしい火のついた木の棒を投げ込んだ。

 彼自身はその直後、その場から逃れ、一段下の山道へと飛び降りる。

 

 その直後、ガルガトンが火薬の入った樽のある位置を通過。さらにその直後、火薬に火が引

火し、炎が燃え広がった。

 

 先程から続いている、砲台からの攻撃とは比べ物にならないような爆発音が響き渡った。同

時に爆炎ももの凄い勢いで燃え広がる。それは、既にガルガトン達から距離を離していたルー

ジェラ達の馬車のすぐ背後にまで広がってくるほどだった。

 

 フレアーが悲鳴を上げる。重厚なガルガトンの車体は、何メートルも上空へと舞い上がってい

たし、横に飛ばされて崖に転落して行くものもあった。

 

 しばらく耳を塞いでいたルージェラ達だったが、耳鳴りが止んでくるとその耳から手を離した。

 

「ちょっと…、あのおじさん、大丈夫なの?」

 

 ルージェラが背後を見て言った。

 

「ど、どうやら、爆発の直前に、下の道に逃れて無事のようですぞ…!」

 

 と、シルアが言った時、ルージェラ達を乗せた馬車は再び急な曲がり角を曲がって、さらに一

段下の山道を走っていく、その下の段にはもう山道は無く、このまま、この敵地から丸見えの

道を脱出する事ができそうだった。

 

 

 

 

 

 カテリーナと私は、大急ぎでルージェラ達の後を追っていたが、彼女達は馬車で逃げてしまっ

ているので、走って追いかけようとしている私達が到底追いけるはずもなかった。

 

 何しろ、私達はまだアジトの外部階段を急いで降りている真っ最中だったのだから。

 

 ルージェラ達は、ディオクレアヌを拉致し、馬車で逃げている。アジトの革命軍の注意はそち

らに向いていたから、私達は楽に動く事はできていたのだけれども。

 

 だが、強烈な爆発音が、山に響き渡ったのを聞きつけると、思わず何が起こったのかと、ル

ージェラ達が逃げている山の方に注意が向く。

 

 爆発音が轟いだ辺りを見ると、山全てを燃やしてしまいそうな炎が上がっているではないか。

 

 ついでに、黒焦げになった馬車のようなものが、谷底へと落下して行く。

 

 まさか、と思った。

 

「ああッ! そんなッ!」

 

「落ち着け。ルージェラ達はあっちだ!」

 

 カテリーナが私の早とちりを指摘し、山道を走っていく馬車の方を指差した。確かにルージェ

ラ達は無事なようだった。

 

 私がほっとしたのも束の間、ルージェラ達の馬車が駆けていく山道の、更に先の方から、数

台の馬車を引いた戦車馬が走ってきた。

 

 その馬車は屋根や壁が取り払われ、大柄な怪物がそれぞれ1体ずつ乗り込んでいる。異常

に強化されたゴブリンらしかった。大きな斧やら鉄槌やらの武器を持っている。

 

 そんな戦車が3台、ルージェラ達の方へと向いだしていた。

 

「このままじゃあ、いずれ追い込まれる。何とかしてあそこに行かないと…!」

 

 カテリーナは呟いた。だが、ルージェラ達のいる位置まで行くには、崖を越えなければならな

いし、それには彼女達の馬車が走り去って行った道を行かなければならない。

 

 とても追いつけそうには無かった。

 

 そんな私達のところへ、聞き覚えのある声が聞えてくる。

 

「あらら、お困りのようですね?」

 

 私達の真上から聞えてきた声に、私は思わず驚き頭を上げた。大きな翼が羽ばたき、見え

てくるのは鳥ではなくシレーナの姿。

 

 そこにいたのは、シレーナ騎士団の、デーラとポロネーゼだった。

 

「良い所へ来たな…」

 

「それは、ずっと上から見ていましたから」

 

 と、デーラが答えた。彼女達シレーナは、ずっと上空にいて地上の私達を援護する役割を担

っていた。

 

「本隊には連絡済か?」

 

「もちろんです。もうすぐこちらに来ますよ」

 

 そう答えたのはポロネーゼの方だった。

 

「じゃあ、私達をルージェラ達のいる所まで運んでくれ」

 

「了解です!」

 

 そう言ってポロネーゼは、そのかぎ爪の付いた足でカテリーナの両腕をしっかりと掴んだ。私

も、もう一人の方のデーラに掴まれる。

 

「落ちないように、しっかりと握っていてね!」

 

 とデーラに言われながら、私達はシレーナによって、空中へと運ばれるのだった。

 

 

 

 

 

 未だ炎と埃のように巻き上げられた雪が収まりきらない、上側の道から、ロベルトが馬車へと

飛び乗ってきた。

 

「どーやら、あのしつこい戦車は皆吹っ飛ばしたようだけれども、まだ耳が痛いよ! もっと、紳

士的な方法は無かったの?」

 

 馬車に飛び乗ってきたロベルトにフレアーが言った。

 

「そうか。それは済まなかったな」

 

 ロベルトはフレアーにはただそう言うだけだった。

 

「まだ安心するのは早いぞ」

 

 車輪が破壊され、もはや馬に引きずられているだけの馬車の、激しい走行音の中で、ナジェ

ーニカの声が静かに響いた。

 

 一行の乗せた馬車の前方から、数台の戦車が馬に率いられて攻めてきている。その数は5

台で、ガルガトンではない、生きた馬に引っ張られた馬車だった。

 

 それも、その馬車には、それぞれ一体ずつの大柄な怪物が乗っていた。馬車はルージェラ達

が乗っている馬車の元の姿のように、屋根で覆われた装甲車としての形ではなく、屋根も無く、

壁も無く、剥き出しの形だ。

 

 馬車に乗っている大柄な怪物達は、それぞれ巨大な武器を持っていたから、それを大きく振

るえるために、剥き出しの構造になっているのだろう。

 

 今、ルージェラ達はその戦車に、正面から突っ込む形で進んで行っていた。

 

 並みの騎士ならば、迫ってくる怪物達に怖気づいてしまうのではないかという迫力。しかし、

ルージェラは不敵な眼差しを、迫って来る馬車達の方へと向けた。

 

「面白そうじゃあない? やってやろうじゃあないの」

 

 そう言い、もはや慣れてきてしまった暴れ馬達を、手綱で奮い立たせた。すると、暴れ馬達

は、目の前からも迫って来る同族の馬達の対抗するかのように、更にその迫力を増させた。

 

 馬車に乗っている怪物達は、それぞれの武器を構え、鬨の声を上げた。

 

 戦車馬同士が交差する時、凄まじい迫力が襲い掛かる。ルージェラは素早く身を低くして、自

分の頭上を掠める、大型のゴブリンの鉄球を避けた。

 

 鎖の付いた巨大な鉄球は、強力な破壊力を持つ凶器として振るわれ、それはルージェラの

体のすれすれの所を避けると、後方の馬車の残っている壁へと激突して破壊した。

 

 その衝撃だけでも馬車は、馬との止め具から外れそうになったし、大きく傾く。

 

「お、おのれえ! わたしが乗っているんだぞ! こんな事をしてただで済むと思っているの

か!」

 

 ディオクレアヌが馬車の中から叫んだ。と、そこへ、もう一体、鉄球を振りかざしたゴブリンが

接近し、力任せに、馬車へとその鉄球を叩き付ける。

 

 壁が砕け散り、馬車は大きく体勢を崩す、再び谷底へと落とされそうになった。

 

 ディオクレアヌは、ナジェーニカの手によって、彼女の元へと引き寄せられ、ゴブリンの攻撃

を免れていた。

 

「き、貴様…、こいつらに味方しているのか…?」

 

 ディオクレアヌはナジェーニカの事を知っているはず、だったが、今の彼は、彼女の事など覚

えていないようだった。

 

 ナジェーニカは何も言わず、馬車の奥の方へとディオクレアヌを放り出す。そして、自分達の

乗っている馬車とすれ違った、戦車馬の一台から大型のゴブリンが馬車へと飛び移ってくる。

 

 そのゴブリンの体重だけでも相当なものがあるのだろう。崩壊寸前の馬車はゴブリン飛び移

られた事で、再び大きく損傷した。

 

 馬達の馬車を引く速度も幾分か遅くなる。

 

 飛び移ってきたゴブリンは、頭上で鉄球を振り回し、それを馬車の床へと叩きつけようとして

きた。

 

 目の前に、自分達の主であるはずのディオクレアヌがいるという事など、全くのお構い無しに

鉄球を振り下ろしてくる。

 

 だが、そんな巨大な鉄球を受け止める者の姿。

 

 ナジェーニカは槍を横に構え、ゴブリンの鉄球を受け止めていた。

 

 女としては長身の方だが、体つきは普通と言ってよい。だが、ナジェーニカは自分一人の力

だけで、振り下ろされた鉄球を受け止めていた。

 

 走り行く馬車の中で、ナジェーニカと、大柄なゴブリンとが鍔迫り合いを行なう。方や鉄球で、

方や槍だった。

 

 体格では、ゴブリンの方がナジェーニカの数倍はあるだろうか。見た目では完全に気押しさ

れているが、ナジェーニカも負けてはいない。彼女は槍を突き出し、ゴブリンを走る馬車から外

へと突き落とした。

 

 路面へと転げ落ちたゴブリンは、激しく転がりながら崖から転落して行く。

 

 だが直後、別の戦車に乗っていたゴブリンが今度は大槌を振り上げて、それを飛び移る時の

勢いに任せてナジェーニカへと振り下ろしてきた。

 

 彼女は槍を横に構え、その衝撃を受け止めたものの、ナジェーニカの足元からその衝撃は

伝わり、馬車に更なる損傷を与える。

 

 もはやルージェラ達の乗っている馬は、馬に引きずられている板一枚でしかなかった。

 

 ナジェーニカが押し返そうとしても、今度のゴブリンはしぶとく大槌を振り下ろそうとしたまま一

歩も引かない。

 

 だが、そんなゴブリンの顔面近くで、爆発が起こった。その衝撃に怯むナジェーニカだった

が、間近で爆発を起こされたゴブリンの方は、その衝撃に驚きおののき、大槌を手放してしま

った上、足元を狂わせ、馬車の上から転落していった。

 

 爆発を起こしたのは、魔法を使える、フレアーとシルアだった。

 

 一安心するのもつかの間だった。

 

「跳ね橋が上げられてしまうよ! 急がないと!」

 

 ルージェラは焦り、更に馬を加速させようとする。だが、幾ら暴れ馬達であっても、すでに速さ

は最高速度に近いらしく、それ以上は加速できない。

 

 ルージェラ達の馬車の進む方向には、山々を繋ぐ長い橋がかけられていたが、その手前で、

跳ね橋が設置されていた。

 

 それは、革命軍がルージェラ達を逃さないようにか、橋を上げてしまおうとしている。

 

 このまま突っ込めば、跳ね橋とその先の橋の上の道にある崖から馬車は転落してしまうだろ

う。

 

 馬車を止める事ができたとしても、後続からはゴブリンを乗せた戦車馬が接近してきている。

その挟み撃ちに合うだけだ。

 

「何とかしないと…!」

 

 策を巡らせるルージェラが、考えを思いつくよりも早く、彼女のすぐ横に姿を現したのはフレア

ーだった。

 

「あの跳ね橋を上げられるのを防げばいいんでしょ? なら簡単」

 

 とフレアーは言うと、手に持っている杖を、跳ね橋の方へと向けた。

 

 また、ルージェラ達の馬車へと飛び移ってきた、異常な体躯のゴブリン。今度は、巨大な剣を

振るい、馬車にいる者達に襲い掛かる。

 

 馬車の上ではナジェーニカが、何とか持ちこたえさせていた。彼女は槍で剣を受け、狭い空

間ながら、巨大なゴブリン相手に優勢で戦っている。

 

 ゴブリンとして見れば、馬車に乗っている、小さい相手をそこから放り出し、後でじっくりと料

理するだけで良かったのだろうか。やたらと剣を振り回す。

 

 だが、大きな力と剣の大きさも相まって、馬車の被害は大きくなるばかりだ。ほとんど板切れ

が馬車に引きずられているだけの形と化していた。

 

 馬車に乗っている者が、ディオクレアヌのようにただの人間だったら、その場の出来事に圧

倒され、何もできないでいただろう。事実、彼は頭を抱え込み、馬車の隅で縮こまっている事し

かできていない。

 

 だがそんな中、ロベルトは、相手の剣を転がりながら避けつつも、隙を見逃さなかった。

 

 確かに隙ならば沢山あったのだが、確実に相手を怯ませる事のできる隙だ。

 

 ゴブリンが剣を振り下ろし、馬車の半分ほどを破壊してしまった時、ロベルトは、相手が剣を

振り下ろしきった隙を見逃さず、ゴブリンの顔面へと、床に転がった体勢から銃を撃ち込んだ。

 

 それは、ゴブリンのやたらな攻撃よりも遥かに効果があって、確実に相手の眼を打ち抜いて

いた。

 

 さらにそこにナジェーニカの槍が隙を見逃さず、相手を馬車の外へと放逐した。

 

 ゴブリンの巨大な体が、更に後続に続いて来る馬車の妨げとなり、次々に激突されていく。

 

 その時、フレアーの魔法が発動し、彼女の杖から放たれた、火の塊が、馬車の走る道の先、

跳ね橋を跳ね上げている鎖を撃つ。

 

 たて続けに二発発射された火の塊は、跳ね橋の鎖を次々と破壊した。

 

 支えを失った橋は、ゆっくりと降下しようとするが、ルージェラ達の乗った馬車はそんな橋が

降りるのをよりも早く跳ね橋に到達。

 

 ほとんど無理矢理、馬車を引く暴れ馬に押し倒させるような形で、橋を下ろし、その場を通過

していった。

 

 通過する瞬間、更にフレアーの魔法が発動されていた。

 

 そうとも知らない更に後続から迫る馬車。暴れ馬に引かせ、巨大なゴブリンが乗り込む戦車

兵達は、次々とその跳ね橋へと到達して来たが、

 

 中心部を破壊されていた跳ね橋は、その重さに耐える事ができずに、一気に倒壊した。

 

 威勢よく追跡してきたゴブリン達を乗せた戦車達は、次々と谷底へと落下して行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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26.黒き竜


 
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